A History of Violence(前編)

A History of Violence(前編) ◆27ZYfcW1SM



 残る賢者もとうとう2人まで減ってしまった。
 6時間前は5人は生き残ってたはずだ。
 しかし、今では2人、6時間程度で3人も死んだのだ。

 なぜ? という答えはすぐに出る。
 生き残っている者たちの実力が上がっているのだ。

 現に今生き残っている人物は……

 あたいはマーカー線が42本ひかれている参加名簿に眼を落した。

 博麗霊夢
 言わずとも生き残るべき存在だ。
 共闘関係はまだ続いているので見つけ次第合流しよう。

 霧雨魔理沙、チルノ、藤原妹紅、射命丸文、東風谷早苗、霊烏路空
 たとえ生きて帰っても幻想郷を救うことができない者たち。
 名の知れる実力者もいるが、半分くらいはあたいでも撃墜マークを捧げることは可能だろう。
 殺害対象。見つけ次第排除。

 十六夜咲夜、レミリア・スカーレットフランドール・スカーレット
 おそらく殺して回る側に回っているのはこいつらだろう。
 前回の放送であれだけ脱落者を出すには実力者がチームを組んで狩っていると考えられる。
 対主催側もチームを組んでいるので単騎でのチーム殲滅は難しいからね。
 賢者たちに仲間がいたとしても撃墜マークを付ける可能性がある。
 危険。速やかに見つけ出し排除、排除、排除……

 そして最後の一人。

 八雲紫
 もう一人の賢者。
 現段階では最も重要だ。
 博麗霊夢は代わりがきく。
 今はどこで何をしているのだろうか?

 どれも異変を解決したことがあるか異変そのものを起こしたことがある者たちだ。
 むしろ異変とはほぼ無関係のあたいのほうが浮いて見えるほどだった。

 パタンと名簿を閉じる。
 反省はした。戦う相手も見つかった。
 小町は立ちあがる。トンプソンのグリップを右手に、フォアグリップを左手に。
 安全装置がかかった状態を示す『SAFE』を指したセレクタバーを確認して。
 最後に屍と化したさとりに一礼する。
 安らかそうな死に顔に小町はほほを緩ませた。
 やってやるさ。あんたの死が無駄にならない世界のために……

 教室のドアを開け外に出る。
 小町は律儀にドアを閉めた。

 その時にはもう小町の眼にやさしさはなかった。
 彼岸花のような毒々しいほどの赤。暗闇に溶けることない赤き瞳。
 狩るほうの眼だ。

「さぁ、敵はどこだ?」


 すでに夜もだいぶ更け、朝日が顔を出すのもそう遠くはないだろう。
 放射冷却のためか気温も夜中よりも下がったような気がする。
 人里は耳鳴りが聞こえそうなほどしんと静まり返っていた。

「よっと!」

 ジャンプと能力の飛行を組み合わせた大跳躍で寺子屋の屋根へと昇る。
 最初の殺害の時のように高いところは敵を見つけやすい。それに気分がよい。
 何とかと煙は高いところが好きってよく言うが……なるほど、煙のようにふわふわしているあたいにはぴったりの言葉だ。

 狙撃銃でないとはいえ、トンプソンだって銃だ。
 経験で20間(約35m)くらいなら数撃てば当たるだろう。
 おまけにレーザーサイトがある。先ほどの戦闘ではレーザーサイトのせいで攻撃がばれてしまったが、遠距離射撃なら力になってくれるはずだ。
 それに……奥の手だってある。


「来たね……」
 ジャリジャリと何かを転がす音。荷車かなにかの類だろうか。
 とりあえず見逃す理由はない。小町は屋根伝いに移動を開始した。


              〆


 4人を乗せた月面車は人里の中へと入っていた。
 道中は会話を弾ませていたはずなのに人里に入った途端にみんな口を閉ざし、再び開く様子はなかった。
 人里は一番血を吸っている土地である。4人ともそれぞれ違いはあれど、普通ではない経歴を持つだけあって何かの感覚でそのことを覚ったのだろう。

 人里に入る直前に武器の再分配が行われていた。
 幸い銃器が大量にあったので一人一挺持つことができた。
 防弾チョッキは早苗に渡った。一番体が弱いことが理由である。
 銀のナイフは1本を紫に、残りの6本はフランと魔理沙が3本づつ持つことになった。
 牛刀は早苗が持っていた博麗霊夢のお祓い棒の先端に救急箱に入っていた縫合糸でくくりつけられ片手でも容易に使える短槍に改造され早苗に渡された。
 手榴弾は火力不足になりやすいハンドガン、ブローニング・ハイパワ―を持っているフランドールが持つことになった。
 毒薬は紫が持つことになる。8本のクナイは金属製ではないゆえに威力は低い。しかし毒を塗れば金属製のクナイ以上の殺傷力を得るだろう。
 人間の迷いを断ち斬ることが出来る短剣、白楼剣はフランが持つ。

 他のもろもろはひとつのスキマ袋に突っ込まれ紫が継続して所持している。

 武器を持ったことによって逆に緊張感が増したようだ。更に沈黙は深まり月面車の走る音だけが耳に届いていた。
 月面車は人里の民家の間を縫って人里中央へと進んでいく。
 途中に燃えている家、爆発したようなばらばらな家、壁に穴があいた家。その他数々の弾幕や銃弾が撃ち込まれた痕。戦闘の傷が生々しく残っていた。

「思っていたより酷いですね」
 早苗が言った。
「一人二人の痕跡じゃないな、何人戦って何人生き残ってるんだ?」
「全滅ってことはないわよね……」
「……そろそろ車を降りて歩いて調べましょうか」

 早苗がそうですねと言い、ブレーキをかけようとした時だった。
「伏せろ!」
 魔理沙は誰が言ったかわからなかった。後でよく考えるとあの声の主は紫だった。
 怒声に体はビクンと反応し頭を垂れる。直後トタタタ、という音が響いた。
 銃声。
 ヒュン!カァン!ギン!ギン!
 銃弾が月面車に当たり火花を散らす。
「ひゃっ!!」
 早苗は驚いてアクセルを踏み込んだ。
 突然の加速にフランと魔理沙は悲鳴を上げる。
「ナイス、ドライブテクニック早苗。前言撤回よ、死んでも止まるんじゃないわよ」

 紫はライトマシンガン、ミニミのバイポットを立てを助手席のシートに置きながら言った。

 月面車はさらに加速し大きな通りへと滑り出した。
「なんか変な赤い点が追ってくるわ」
 フランが指さす方を運転する早苗を除いて全員が注目する。
 赤い光の点が地面を恐ろしいスピードで迫ってくるところだった。
 紫のほほがわずかに引きつった。
「レーザーサイト、あれに向かって銃弾が飛んでくると考えればいいわ」
「なら捕まったら終わりじゃないか」
「早苗!」

 紫は早苗の名前を呼んだ。
 レーザーサイトは相手の狙いを視覚的に表す。
 レーザーサイトにとらえられた時が銃を撃たれるタイミングだ。
 それから逃げるためには車を走らせるしかない。

 私の名前を呼ぶってことは、私を必要としてくれているってことですよね……?
 思い返せば私は何をしてきただろう?
 誰かが私を必要としてくれただろうか。
 それはわからない……
 でも、今確実に紫さんは私のことを必要としている。
 それの何とうれしいことか……

 同時に不安もある。
 私がミスすればみんなが死ぬ。狭い車だから狙われたら避けられない。
 誰かに運転を代わってもらう暇なんてない。
 私がやるしかない。私がやるしかないんだ。
 怖い、私が下手な運転で車を止めてしまったらみんな死ぬんだ。
 みんなの命が私にかかっているんだ。

 早苗は深呼吸をした。

 緊張に押しつぶされてミスするのは一番ダメだ。
 どうせやるなら自分で満足できる結果を出そう。それでだめなら相手が悪かったと思おう。

 じんわりと広がる手の汗をハンドルにしみ込ませた。

 そうだ、私だってやれるってことをこの際見せつけてやろうじゃないか。
 自身の能力を見せつけて相手を感動させるのが幻想郷流の決闘方法じゃないか。
 ネガティブなんていらない。
 たとえ虚栄でも自信を持つんだ。
 むしろ正常な時の自分の力なんてたかが知れている。
 開き直ってしまえ。逆ギレの方が強いかもしれない。
 早苗は自分に言い聞かせるように言った。
「ドライブアクションなんてまるでハリウッド映画ですね! やってやりますよ」


 トタタタタタタ! という音がした。
 上から撃たれる銃弾は地面に小さな砂柱を作りながら月面車に迫りくる。
「タイヤを撃たれないで、撃たれたら上から蜂の巣よ」
 早苗はハンドルを瞬間的にぐるぐると大きく回す。魔理沙たちは遠心力にブッ飛ばされそうになりながら必死に座席へとしがみついた。
 銃弾の列から月面車は外れる。
 魔理沙は連なる長屋の屋根をみた。
 黒い影が忍者のように走りながら銃をこっちに向けている。
 タタタタタ! 黒い影の持つ銃から閃光が走った。
「掴まっといてくださいよ!」
 早苗はブレーキを踏みながらハンドルを更に切った。
 月面探査車は細いカーブを片輪を浮かせながら曲がる。
 されど黒い影の追跡は振り切れない。赤いレーザーの点は車を追いかける。そしてついに追いつかれた。
「伏せろフラン」
 伏せた直後銃声が鳴り響いた。

 タタタタタタ!

「このままじゃやられちゃうわ。反撃しないと」
「任せなさい」
「私も行くぜ」
 紫は助手席に固定したミニミを銃弾が飛んできた方向へと向ける。
 魔理沙も片手で座席に掴まりながら片手でSPAS12の銃口を向けた。
 ミニミはチェーン状につながれた5.56mm弾を次々と飲みこみ銃弾を発射する。
 SPAS12の最初に装填されているのはバードショットだった。
 火炎放射機のような火花が銃口から飛び出し、次の瞬間には300ほどの小さな鉄弾が面となって宙を飛んでいた。
 魔理沙は片手で撃ったことを後悔した。反動で銃が顔にぶつかったのだ。

 ミニミの十数発の5.56mm弾と、面となって襲い来る12ゲージバードショットに黒い影の足が止まる。
 黒い影はすっと屋根の奥に隠れてしまう。
 瓦が何十枚と割れる音が聞こえた。

 それを境に銃声は止んだ。
 強力な武器を持っていたことに恐れをなしたのか、はたまた別の理由か……
 とりあえず、フランは赤い光が追ってこないことにひとまず胸をなでおろした。
 早苗も今はだいぶスピードを落として月面車を進めていた。
「魔理沙」
 紫はミニミの残弾を調べながら言った。魔理沙はなんだ? とSPAS12が直撃した鼻をさすりながら聞き返す。
「もうすぐ行ったら霧雨店、寺子屋だったかしら?」
 魔理沙は霧雨店という言葉にばつの悪そうな顔を浮かべながらああ、と肯定する。
 紫はそれを聞いてうんうんと頷いた。
「何かあるんですか?」
 早苗の質問に紫は手で口元を隠した。
「ちょっとお買い物にね。魔理沙、ちょっと荷物持ちになりなさい」
 魔理沙はあきれたながら小声で「なんで自分の店に買い物に行かなきゃならないんだ?」と呟いた。

「さっきのやつ追ってくるかな?」
 フランが後ろを眺めながら言った。
「ん?」
 フランは見つける。遠くで光る赤い点を……
「うわっ」
 魔理沙は驚きに声を荒げた。胸の位置に赤い点が突如として浮かび上がったのだ。

 タン!
 一発の銃声。逃げる暇などない。
「魔理沙!!」


「間に合った……わ」
 魔理沙に辿り着くはずの弾が超々ジュラルミン製の盾によって防がれていた。
 フランがハンドガンを持っている理由はただ一つだ。
 フランの身体能力ならショットガンを使うのも悪くない。だがそれだとハンドガンを持つ者装備が一番貧弱になる。
 そこでフランが持っていた機動隊の盾だ。この中で片手で大盾を振り回せるのはフランだけだ。そして片手で扱うことのできる銃がハンドガンだ。

「サ、サンキューフラン。命拾いしたぜ」

 ペタンと魔理沙は尻もちをついた。顔がひどく青ざめている。
 フランはキッと銃声がした方を睨み、ブローニングを向け、闇雲に撃ち放った。
「無駄撃ちはやめなさい。弾はそれだけしかないのよ」
 ブローニングに残っていたマガジンは今装填されているのが最後の一つだ。
 9mmパラベラム弾を使用する銃なので同口径の銃を見つけることができれば補充することはできる。
 しかし、今ある銃の使用弾はそれぞれ5.56mmNAOT、7.62mmNATO、そしてショットガンの12ゲージだけだ。
 どれも銃口に合わず、補充はできない。
 弾薬を撃ち切ったら銃はただの鉄塊だ。
「でも撃ち返さないと腹の虫がおさまらないわ!」

 会話を遮るように銃声が聞こえた。
 再びフランの持つ盾に銃弾が当たる。

「ど、どんどん撃たれてますよ! 反撃してくださいよ」
 早苗が泣きそうな声で叫ぶ。
「下手な鉄砲……って言うほど弾が有るわけじゃないのよ。
 敵はどこから撃ってるかわかってるの?
 300m以上離れているわ」

「300!?」
 魔理沙と早苗は聞き間違いかと思った。

 銃の知識がほとんど無いとはいえ300の数字は大きかった。
 彼女らが得意とする弾幕でも300mもの遠くの人に狙うのは至難の業だ。

 バトルライフルの上に狙撃改造されている64式なら攻撃できないこともないが、銃をさわって数時間の初心者が狙って当たる距離ではない。

「となると相手は……」
「小野塚小町」


              〆


 距離を操る程度の能力
 これほど狙撃に向いた能力はない。

 スナイパーは距離はあきらめるしかないから一番の障害を「風」と答える。
 だが狙撃の一番の障害は「距離」だ。
 距離ゆえに風や重力や気温、気圧、湿度……それらの影響を受ける。

 距離を限りなくゼロに近づけられたら命中率はゼロ距離の時と限りなく近くなる。

 有効射程50mの銃で300m狙撃を可能にするカラクリがこれだ。
 しかし制限された能力を使うのは身体に負担をかける。
 故にトンプソンという連射機能が主の銃であるにもかかわらず、単発でしか銃弾を撃てなかった。

 それに能力を使うにも制限のためか、いつもみたく意のままにということができない。
 短い距離ならまだしも、300mの距離は距離のぶれがひどかった。
 300mの距離を縮めたいのに250mだったり、350mだったり……

 ぴたりと300mの距離を縮めるのには時間がかかった。
 だから走りながらとかとっさにとかの何かをしながら、時間が短いときはできない戦術だった。

 今はちゃんとぶれを修正する時間がある。そして能力を発動させるための力をもう出し惜しみする必要はない。
 能力発動させるための力をすべて出し切った時はもうゲームは終わっているか私は死んでいるだろう。


 小町は屋根瓦に背を預けて空を眺めていた。群青色のキャンバスに星と月が輝いている。
 能力を発動させるだけの力が溜まるまで銃弾を撃つことができない。相手も銃を持っている以上下手に顔を出しすことはできない。
 それに顔を出していたとしても相手の姿はよく見えないのだ。
 小町の眼は死神の眼であるが、視力がよくなるわけではない。暗いところにいる相手は暗く見える。
 狙撃距離を縮めることができても、見ることができる距離までは変わらない。
 トンプソンにスコープが付いていれば完璧であったのだが、生憎トンプソンにスコープをつける改造は通常の運用法を考えるならナンセンスだ。

 能力を使う力が溜まり、3度目の狙撃を行おうと小町は屋根から身を乗り出した。
 眼下に広がる光景に小町は面食らう。

 先ほどまで逃げ惑っていた月面車が今度は自分がいる民家へ向かって真っすぐ走って来ていた。
(狙撃のカラクリがばれたか)

 小町式狙撃は距離は関係ない。距離による命中率は変わらないからだ。
 なら逃げるだけ距離によって命中率が下がる普通の銃のほうが不利だ。

 小町はフルオートでトンプソンを撃ちまくる。


              〆


「ぐえっ! ごほっごほっ、痛すぎる! 当りましたよ」
「死なせはしないぜ、突撃」
「それにしても『ぐえっ!』って……女の子が出す声じゃないわね」
「なら代わってくださいよ! ぐえぇっ!」
「わー、盾にもガンガン当たって腕がしびれる」

 早苗は防弾チョッキを着けている。胴体の守備は万全だ。
 そしてフランの持つ超々ジュラルミンの盾は敵の.45ACP弾を貫通させない防壁だ。
 早苗の頭を守りつつ視界をのぞき窓で確保し、その後ろに3人が隠れる。
 小町も想像にしなかった捨て身の奇策だった。

 しかしこの奇策、功を奏する。
 小町は狙撃をするという遠距離戦闘の思考から中距離戦闘をするという思考に切り替えるのが遅れた。
 狙いはただ撃つだけ。タイヤを撃つという最善の答えが出せなかった。
 ドラムマガジンにたっぷりと込められた弾幕弾の嵐が途切れると同時にトンプソンがカチンと音を立てた。
 弾切れだ。


「私たちのターンよ」
 紫はここぞとばかりに盾から身を乗り出しながら言った。
 すでに小町との距離は50m以内へと入っている。

「紫、ちょっと借りるぜ」
 魔理沙はミニミのトリガーを引いた。

 パパパパパパパパパ!

 ライトマシンガンの弾幕が小町に向かって殺到する。
 盾も貫通できないようなサブマシンガンの比でない力強い弾幕が小町の潜む民家の柱という柱を食い破る。

「そこよ!」

 紫が持っていたのは64式小銃。
 民家の薄い屋根など容易に貫通する銃弾を放つバトルライフルだ。
 紫は引き金を絞る。
 セミオートにセレクタをあわされていた64式がダァンダァンダァンと3回銃声を鳴らした。

「きゃん!」
 屋根の裏から短い悲鳴とドサッと落ちる音が聞こえ、静かになった。


              〆


 魔理沙は落ちていた金属製の太い円柱の箱を拾った。
 それはかすかに熱を持っている。トンプソンのドラムマガジンだった。
 中身は空であり、さっきのフルオートで撃ち切ったマガジンをそのまま捨てて行ったのだと安易に予想がついた。

 地面には5cmほどの血だまりがあり、そこからぽつぽつと血のしずくが続いている。

 魔理沙たちは車から降り、小町が落ちたと思われる地点を調べていた。
 小町の姿はそこになく、代わりに空のマガジンと血の跡だけが残されていた。
 フランがポイントマンとなり盾を構えながら血の跡を追いかける。
 血の跡は寺子屋の方へと続いていた。

「中にいるわ。正確な位置はわかんないけど」
 スターサファイアの能力を使ったのだろう。
「マガジンが落ちてたってことはまだ敵の銃弾は尽きてないわ」
 紫はミニミをスキマにしまい、クナイを取り出していた。ミニミは狭い室内では長すぎる。

「行きましょう」
 早苗の声を合図に魔理沙たちは寺子屋の扉を開けた。
 寺子屋の中は暗く不気味なほど静かであった。

 自分の呼吸がひどくうるさく感じる。

 魔理沙とフランが先頭に立って進む。
 フランの盾は小町の持つトンプソンを無力化できるし、魔理沙の持つSPAS12は室内戦では無類の強さを誇る。

 廊下には相変わらず血の跡がある。しかし血の量が倍かそれ以上に増えていて、その血は少し固まり始めていた。
「ここも戦闘があったのでしょうか……」
 早苗は声を殺して言った。
「だろうな、里の参事を見てここだけ被害がないのもおかしいし」
「すごい血の量ね……これじゃ生きていられないでしょうに」
「うーん、3人分の血の匂いがするわ」
「流石吸血鬼ですね。やっぱりかっこいいな」
「血の匂いが分かるくらいで憧れるなよ……」

 突如フランが足を止める。
「この部屋からすごい血のにおいがする」

 そこは玄関からみて一番近い教室だった。おびただしい量の血の跡もその教室へと続いていた。
 教室の扉はわずかに開いており、何となくだが人の気配を感じる。
 魔理沙と早苗、フランと紫と扉の左右に分かれる。

 魔理沙は扉に手をかけて一気に扉を開いた。

 魔理沙たちを迎えたのはトタタタタという銃声だった。
「くそっ、やっぱり待ち伏せか」
 魔理沙はサッと扉の陰に身を隠す。
 何発かはフランの持つ盾に当たってガンガンと銅鑼を叩くような音を立てている。
 魔理沙は教室の中央で立って銃を撃つ黒い影を見ていた。おそらく小町だろう。

 銃の連射の間をついて魔理沙は滑り出す。
 どんっと重い音。SPAS12が火を噴いた。

 黒い人影はくの字に体を折り曲げながら後ろに吹っ飛び、窓にぶつかった。
 ガラスが一斉に割れた。耳をふさぎたくなるような音とともに月明かりを反射したガラスがダイヤモンドダストのように教室を舞った。


「殺したんですか?」
「ああ、たぶんな」
 早苗は何も言わなかった。今更襲ってくる者を殺したって咎める者はいなかった。
 魔理沙は2発ほど減ったSPAS12に12ゲージ弾を追加する。

 魔理沙の悲しみと怒りは霊夢に香霖を殺された時点ですでに限界に達していた。
 何度も行った自問自答でふわふわと漂っていたその思いは塊となり、もう殺しに躊躇はなかった。
 ただ殺した後にこんなもんかと思ったのと、殺しを平然とやってのけた自分に驚きと悲しみが込み上げたのだった。

「とりあえずこれで人里の敵はいなくなったかもな。紫、行くところがあるんだろ?
 それに早苗は銭湯に行きたいって言ってたよな。ちょうど近くに有るぞ。
 お、そうだ。小町が使ってたマシンガンはフランが使えよ」

 魔理沙はトンプソンを取りに死体へと近づいた。

「!?」
 魔理沙は驚きに言葉を忘れた。
 死んでいると思った体が突如上半身を起こしたのだ。
(生きていたのか!)

 SPAS12を向け、急いで引き金を引き絞った。

 SPAS12の銃口から激しくマズルフラッシュが光った。
 SPAS12から発射された散弾は首へと密集した。距離でいうと1,2メートルの距離だ。
 散弾は発射されたばかりで拡散などほとんどせず首の組織を吹っ飛ばした。

 頭が勢いよく回転しながら吹っ飛ぶ。
 魔理沙は見ていた。
 マズルフラッシュで照らされた一瞬……
 その体は古明地さとりだった。

(こいつ、さとりを盾にしやがったのか)

 小町はさとりの体の後ろから飛び出す。
 魔理沙とほかの三人は完全に意表を突かれた。体が膠着し、動けない。
 それは小町の思惑通りだった。
 小町の右側の髪留めは壊れたのか左側だけが縛ってあるという歪な髪型だった。そして、右側のこめかみのところから出血している。
 小町は魔理沙の持つSPAS12をつかんだ。
 魔理沙はとっさに引き金を引く。小町は予想していたのかSPAS12の銃口を地面へと下げていた。
 木製の床がばらばらにはじけ飛ぶ。
(くそっ!)
 SPAS12を持つ手を払いのけようと魔理沙はSPAS12を引こうとする。が、妖怪の小町の力にSPAS12はびくともしない。
 小町はもうSPAS12を持つ手とは逆の手をふるった。
 その手にはトンプソンの銃身をもっており、巨大なハンマーのようであった。
 トンプソンが則頭部に叩き込まれる。
 魔理沙の体が空中で一回転して吹っ飛ばされる。

 4人の内の1人が戦闘不能へと陥る。

「魔理沙ぁ!」
 ぱんと音がした。
 フランがブローニングを発射したのだ。引き金を痙攣したように引き続ける。
 小町は横飛びで射線から逃げると魔理沙から奪ったSPAS12をくるんと一回転させグリップに右手を寄せると間髪をいれずに発砲した。

 とっさに盾でガードする。しかしトンプソンとは違い、面で襲い来る散弾だ。
 散弾の貫通力は弱いものの、数のパワーはすさまじい。
 フランの小さな体ではエネルギーを抑えきれず盾ごと吹っ飛ばされる。

 4人の内の2人目だ。

 小町は銃剣が装着されていることに気がつくとSPAS12を持って紫へと一気に接近した。
 紫はクナイを投擲するが小町はそれをよけない。
 腕と肩にクナイが深々と突き刺さるが小町は特攻をやめない。

 紫はナイフを抜いた。
 金属と金属がぶつかる甲高い音が響いた。
 ギリギリと銃剣とナイフがぶつかり合う。

 銃剣とナイフではリーチが致命的に違う。
 それに加えて小町は長物の扱いに慣れていた。
 死神の鎌を普段から使っているだけはある。

 小町にとって紫のナイフさばきは甘く見えた。
 小町は銃剣でナイフを弾く。
 紫は何とかナイフを手放さなかったものの、ガードが甘くなった。

 小町は左手を銃から放し、紫の手をつかむと流れるような動作で紫の背後に回った。

 3人目……

「うっ……」
「暴れると関節外れるよ」

 カランと音を立てて銀のナイフは床へと落ちた。
 紫の体の構造は人間と大差ない。
 関節の回る限界も同じだった。

 小町に腕を取られ関節技を掛けられた紫に抵抗手段はなかった。
「紫さん」

 早苗は64式小銃を小町へと向ける。
 しかし引き金は引けなかった。

「そうだ、撃てない。あたいもその銃は知ってるよ」
 小町は64式小銃を眺めながら言った。
「その銃はあのトンプソンよりずっと強い弾を撃つんだ。体を貫通するくらいね」

 小町は紫の体を引きずり教室の壁へと移動した。
 近くにいるフランはぐったりと壁に背を向けて座っていた。
 体の上には盾が重なっており、その小さな体をすっぽりと覆っている。
 恐らく後頭部を打って気絶してしまったのだろう。

 近くにはハンドガンのブローニングが落ちていた。
 吹っ飛ばされた拍子に落としたのだ。

 小町は重いSPAS12を投げ捨てるとブローニングを拾って紫の脇へと押し当てた。
「もう引き金に手を掛けてるよ。あたいが死んだら拍子に撃っちゃうかもね」
「くっ……卑怯な……」

 早苗は銃を構えながらも無力感に襲われる。
「あたいは1人、4人も殺るには人質くらい取らないとね。卑怯ついでにもう一つ要求だ」
 小町の目つきが一段と鋭くなった。
「誰か一人殺せ」

「な!」
 早苗の顔色が一気に青くなった。
 早苗は周りを見渡す。
 小町の攻撃で気絶した魔理沙とフランが転がっている。
 このうちの誰か一人を……
「殺す? できるわけないじゃないですか!」

 ぱんと銃声が早苗の耳に響いた。
 ブローニングから細く白い煙がすーと上がっている。
「できるできないじゃなく、やるんだよ。それしか生きる道はないよ。お前も、紫も」
 小町はブローニングを紫の側頭部へと押し付ける。
 発射したばかりの熱い銃口を押し付けられ紫はうめき声をあげた。

 小町は紫を盾にすれば早苗たちは撃てないことをいいことに一方的に攻撃することができる。
 しかし、一人でも小町の手で殺されれば冷静を忘れて何をしでかすか分からない。
 下手をすれば生かす予定の紫ごと撃つかもしれない。おまけに銃で魔理沙とフランを殺して回っているうちに紫が拘束から逃げる可能性が十分あった。
 銃は常に紫にも使える状態にしておかないと拘束の意味はなさない。
 だから人数減らしを早苗にさせたのだ。
 小町は最初から全滅狙いじゃない。
 あくまで戦力を削ることだ。
 一人を殺し、一人の心を殺せば十分だった。

――そもそも、小町が紫を襲った理由は紫がいたからだ。

 小町は紫に生き残ってほしい。
 その方法が優勝することなら、優勝するように動いてほしい。

 紫が何を考えているか分からないが、仲間とつるんでいるだけじゃ未来はない。
 保身ばかり優先しても時間が過ぎるだけだ。

 紫が本気を出せばそこらの妖怪には負けないくらい強いはずだ。優勝だって十分狙える大妖怪だ。
 紫が優勝を目指さないのはその仲間が何かをしているか、もしくは紫が仲間がいることによって脱出できると考えているからか。

 仲間がいれば脱出の手順でも考え付くと思っているのだろうか?

 兎に角、仲間がいなければ殺しあいに乗ってくれるかもしれない。
 さとりのときだってそうだ。
 もう仲間を護衛代わりに付けさせるよりも攻めに出てもらった方が優勝させやすいのだ。


              〆


 紫は言えなかった。
「撃ちなさい! 私ごと撃ちなさい」
 と言えなかった。

 自分の命が惜しいなどという下種な感情からではない。
 ただ居合わせただけという関係であるが、仲間を殺して自分が生き残るということは紫にとっては屈辱だ。

 紫はゲーム破壊の手段をまだだれにも話していない。
 今、紫が死んだらもうゲームを破壊する手段を持つ者はいなくなってしまうだろう。

 だから何としても今の状況から生き延びねばならない。

 しかし、小町は銃を持ち紫に押し付けている以上紫に抵抗手段はなかった。
 この場にいる3人の、いや、小町の命も合わせて4人の命は早苗の判断でどうにでもなる状況だ。

 早苗は64式小銃のグリップをギュッと握りながらきょろきょろと戸惑う。
「殺さないのかい?」
「こ、殺せるわけないじゃないですか。紫さんも魔理沙さんもフランさんもみんな仲間なんですよ」
 早苗は震える声で叫ぶ。対照的に小町は冷めた声で言った。
「殺せばあたいは皆殺しにはしないって言ってるんだよ」
 小町は気絶している魔理沙に銃口を向けた。
「やめてください!」
 早苗は64式小銃を小町へと向ける。
「そら、どうした? 銃口を向ける相手が違うよ。あたいが撃てば魔理沙は死ぬ。そしてお前さんが撃てばあたいと紫も死ぬ。死体が1つから3つに増えるだけだよ」
「あなたは死ぬのが怖くないのですか」
 はっ! と小町は鼻で笑った。
「顔見知りを殺して回って得る命なんかに興味はないね。あたいはすでに命を捨てる覚悟さ」

 小町はにやにやとさもうれしそうに言った。

「10秒だ。10秒で殺したら見逃してやるよ」

「そんな……」
「…………」
 早苗は魔理沙とフランを交互に見つめた。
 二人とも気絶をしているのかピクリとも動かない。
 早苗は深く息を吸うと、目を閉じた。

「10……一応聞くけど誰を殺すんだい?」
「そうですね」
 先ほどのヒステリックな声ではなかった。
 早苗は64式小銃のマガジンリリースボタンを押した。
 マガジンがスッと小銃から落ちる。
 早苗はそれをつかむと小町に向けて投げつけた。

 マガジンは小町の頭に当たった。
「これが私の答えです」

 マガジンがカランと床を滑る。

「……やるね、小娘」
「やめ」
 紫の制止の声は銃声によってかき消された。
 パンっという軽い音が何度も響く。

 早苗の体が銃声のたびに不自然なダンスを踊る。

「早苗!」
「最初からこうしておけばよかったんだ」
 小町は銃を魔理沙に向ける。
 すでに半分は気絶しているんだ。
 安全策で早苗に殺させようとしたが早苗さえ殺すことができれば問題はクリアだ。

 後は気絶している二人を片付け、逃げるだけだ。
 そしたら生き残っている大きなグループは紅魔館の吸血鬼を残すのみ。
 紫も脱出を諦めて優勝を狙ってくれるだろう。

 小町は人差し指に力を込めた……

 その時、小町の視界に緑色の髪の毛が映った。
「!」
 小町はそれを目で追う。銃を向ける。
 小町はそれに向けて引き金を引いた。
 銃弾が発射される、しかしそれに銃弾が当たるも、血は一滴も出なかった。

 胴体はダメだ。小町は頭に銃口を合わせる。
 その時気がつく。銃のスライドが下がりきったまま止まっていた。
 また、弾切れだと!?

 銃声が鳴り響く。
 小町の銃を持つ腕が一瞬で赤く染まり、彼女の手からブローニングが放り出された。
「ぐぅあぁあ!」

 すぅーと銃口から昇る白煙。
 小町の腕にぴったりと押し付けられた64式小銃。
 はぁはぁと息を切らせた早苗だ。


 小町はマガジンを捨てた銃を脅威から外したのが一つの理由。
 銃はマガジンを外しても弾を発射することができる。
 銃はマガジンに弾を込めるがそこから直接銃口へ向かうのではなく、チャンバーと呼ばれる所に一発だけ銃弾を送り込み、そこで実包の火薬を燃焼させて銃口から弾は出るからだ。
 チャンバーに銃弾が残された状態でマガジンが外されても、チャンバーの中の弾までは取り外されない。
 その状態で引き金を引けば1発だけだが撃つことができる。

 そして、早く全員殺そうとして早苗が死んだことを確認しなかったのがもう一つの理由。
 最後の一つは小町は防弾チョッキの存在を知らなかったこと。

 気づくことができる要素はいくつかあった。しかし、小町はそのすべてを見逃していた。
 彼女は歴代の戦士でも名探偵でもない。ただの死神なのだから。


 小町を襲った痛みは紫の拘束を解かせた。
「ッ! しまった」

 紫はクルリと振りかえると小町の足を蹴り上げた。
 足を取られ小町の体は倒れこむ。

「――チェックメイト」

 尻もちをついた小町の喉元に銃剣が押し付けられる。
 紫は満足げに銃剣がつけられたSPAS12をさらに押し付けた。


              〆






174:正直者の死(後編) 時系列順 175:A History of Violence(中編)
174:正直者の死(後編) 投下順 175:A History of Violence(中編)
174:正直者の死(後編) 小野塚小町 175:A History of Violence(中編)
173:All things are accepted there.Even if it is inconsistency. 霧雨魔理沙 175:A History of Violence(中編)
173:All things are accepted there.Even if it is inconsistency. フランドール・スカーレット 175:A History of Violence(中編)
173:All things are accepted there.Even if it is inconsistency. 八雲紫 175:A History of Violence(中編)
173:All things are accepted there.Even if it is inconsistency. 東風谷早苗 175:A History of Violence(中編)



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年03月22日 19:09
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。