ChapterⅨ「嵐の後、次なる目標」
(執筆:イグリス)
「しかし、ひどい有様じゃのう」
昨夜の戦闘のあとを眺めながらクルスがつぶやいた。クルスが不慣れな空中戦を行なってくれたお陰で二頭の竜の争いには巻き込まれずに済んだものの、船はファントムトロウとの戦いで大きく傷ついていた。航行には問題ないようだがこれでニヴルヘイムへ向かうには不安が残る。
「本当に良かったんスか、オットー?」
疑念を口に出すセッテ。フレイたちの船の現状を見かねたセルシウスは極秘裏にムスペルスヘイム付近の島国で船の修理を行わせるように提案をしてきた。それをオットーが断ったのだ。フレイとしてもなるべくムスペルスヘイムの者には借りを作りたくないと思っていたため、セルシウスの提案を断り直接ニヴルヘイムへ向かうことにしたのであった。この決定は理由を言わず、頑なに否定したオットーを信じたものだった。
「先程の場で何も言わなかったのは他国のものに知られたくなかったからか。しかしもういいだろう。この後はどうする?」
「はい、先程は申し訳ありませんでした。しかし、船の修復だけならば私達でも可能でしょう?」
後半はクルスへの問いかけだった。
「確かに、できなくもない。しかし私も先ほどの戦いで消耗している。さらに、媒体もなく、移動しながらとなると、厳しいのぅ。それにお主たちにも休息は必要だろう」
魔力によって物質を創りだす場合、何もないところから新たに創造するのと、少量の既存の物質を用いその総量を増やすのでは魔力の消費量、また使役者の消耗は全く違ってくる。それに、クルスの指摘する通り、先ほどの戦闘で全員が疲労していた。船を動かすにも魔力が必要だ。オットーもそれが分かっていないわけがない。それを証明するかのように、こう続けた。
「ならば、条件さえ整えば船の修復は可能、ということですね?」
すなわち、どこかの浮島に停泊出来さえすれば船の修復はできるということになる。
「この地図を見て下さい」
オットーが地図を開いて皆に見せる。そして、ユミルからムスペルスヘイム、ユミルからニヴルヘイムを結ぶ線を指でなぞりながら話し始めた。
「ユミルとムスペルスヘイム、ニヴルヘイムの間の浮島は交易が頻繁に行われていたため、無人島というのはほとんど存在しません。しかし、」
次に三国の成す三角形の中央部、そこを示して、
「しかし、この領域は人の行き来も少ないため、浮島があっても人や竜が暮らしていることはほとんどありません。この中にある無人島で船の修復を行いたいと考えています」
「なるほどな。しかし、浮島といってもそう簡単に見つかるものなのか?地図に載っているような場所では良くないだろう。我々はお尋ね者なんだから。そう簡単に見つかるのか?」
浮島といってもそのほとんどは雲によって構成されている。その日の天候によって、浮島の位置は異なる。譜例の疑問も最もだ。
「そこで、クルス殿のお力を貸していただきたい。地竜であるクルス殿ならば大地の存在を感知することもできるのではないかと思います。それに向かって進めば地図に載っていないような浮島でも見つけることができるのではないかと思います」
「なるほどのぅ」
クルスが感心して言った。
「それならばできるじゃろう。あまり大きな範囲を期待されると困るがの。フレイ、お主にも手伝ってもらうぞ」
「分かった、その方針で行こう」
「了解ッス!さっきの中央付近のエリアに移動するまでは暫く時間も掛かるッス。それまで操縦は俺に任せて、休んでてください」
昨夜の戦闘のあとを眺めながらクルスがつぶやいた。クルスが不慣れな空中戦を行なってくれたお陰で二頭の竜の争いには巻き込まれずに済んだものの、船はファントムトロウとの戦いで大きく傷ついていた。航行には問題ないようだがこれでニヴルヘイムへ向かうには不安が残る。
「本当に良かったんスか、オットー?」
疑念を口に出すセッテ。フレイたちの船の現状を見かねたセルシウスは極秘裏にムスペルスヘイム付近の島国で船の修理を行わせるように提案をしてきた。それをオットーが断ったのだ。フレイとしてもなるべくムスペルスヘイムの者には借りを作りたくないと思っていたため、セルシウスの提案を断り直接ニヴルヘイムへ向かうことにしたのであった。この決定は理由を言わず、頑なに否定したオットーを信じたものだった。
「先程の場で何も言わなかったのは他国のものに知られたくなかったからか。しかしもういいだろう。この後はどうする?」
「はい、先程は申し訳ありませんでした。しかし、船の修復だけならば私達でも可能でしょう?」
後半はクルスへの問いかけだった。
「確かに、できなくもない。しかし私も先ほどの戦いで消耗している。さらに、媒体もなく、移動しながらとなると、厳しいのぅ。それにお主たちにも休息は必要だろう」
魔力によって物質を創りだす場合、何もないところから新たに創造するのと、少量の既存の物質を用いその総量を増やすのでは魔力の消費量、また使役者の消耗は全く違ってくる。それに、クルスの指摘する通り、先ほどの戦闘で全員が疲労していた。船を動かすにも魔力が必要だ。オットーもそれが分かっていないわけがない。それを証明するかのように、こう続けた。
「ならば、条件さえ整えば船の修復は可能、ということですね?」
すなわち、どこかの浮島に停泊出来さえすれば船の修復はできるということになる。
「この地図を見て下さい」
オットーが地図を開いて皆に見せる。そして、ユミルからムスペルスヘイム、ユミルからニヴルヘイムを結ぶ線を指でなぞりながら話し始めた。
「ユミルとムスペルスヘイム、ニヴルヘイムの間の浮島は交易が頻繁に行われていたため、無人島というのはほとんど存在しません。しかし、」
次に三国の成す三角形の中央部、そこを示して、
「しかし、この領域は人の行き来も少ないため、浮島があっても人や竜が暮らしていることはほとんどありません。この中にある無人島で船の修復を行いたいと考えています」
「なるほどな。しかし、浮島といってもそう簡単に見つかるものなのか?地図に載っているような場所では良くないだろう。我々はお尋ね者なんだから。そう簡単に見つかるのか?」
浮島といってもそのほとんどは雲によって構成されている。その日の天候によって、浮島の位置は異なる。譜例の疑問も最もだ。
「そこで、クルス殿のお力を貸していただきたい。地竜であるクルス殿ならば大地の存在を感知することもできるのではないかと思います。それに向かって進めば地図に載っていないような浮島でも見つけることができるのではないかと思います」
「なるほどのぅ」
クルスが感心して言った。
「それならばできるじゃろう。あまり大きな範囲を期待されると困るがの。フレイ、お主にも手伝ってもらうぞ」
「分かった、その方針で行こう」
「了解ッス!さっきの中央付近のエリアに移動するまでは暫く時間も掛かるッス。それまで操縦は俺に任せて、休んでてください」
蝋燭の小さな火だけが周囲を照らす薄暗い空間の中、一人の男が座って、なにかの作業に集中している。男の周囲には魔術に要する道具や材料が散乱していて、足の踏み場もない。小さな明かりに照らされた、足元の様子から暗闇に隠れた場所にも乱雑に置かれているであろうことが容易に想像できる。いや、もしかするとこの部屋全てが怪しげな道具で埋め尽くされているのかもしれない。机の上、必要な小道具か、壊れた部品か、区別のつかない山の中が青く光った。
「ドローミよ。例の研究はどこまで進んだ?」
光の中から声が聞こえてきた。何かに没頭していた男が慌てて、道具の山の中から青く光る球体を取り出し、目の前に置いた。声はその球から発せられている。魔力を増幅する球体を使った長距離通信のようだ。
「これはこれは、お久しぶりです。我が主。研究の方ですが、理論の構築はほとんど完了しております。しかし、実際に行なってみなければ机上の空論に過ぎません」
ドローミと呼ばれた男は、球体の声に恭しく答えた。
「以前サンプルを捕らえただろう。それを使って実験すればよかろう」
「もちろん、行なっております。しかし、あれ一匹だけでは十分なデータが取れません。サンプルの数は多いに越したことはありません」
「ふむ、数が足りないのは分かった。その点については心配しなくとも良い。直に手に入るようになる。そのサンプルは今はどうなっているのだ?」
ドローミが部屋の片隅に目をやり、その問いに答える。
「今は例の装置で力を無効化し、逃げられぬよう、繋いでおります。まだまだ使いようがあるでしょう」
ドローミが目をやった場所には青い髪の少女が、今は目をつむって横になっていた。少女の両の手、足首、そして首には奇妙な紋様が刻まれたリングがはめられていた。逃げ出す事のないように、首のリングは鎖で壁につながれている。
「ふむ、その装置はどの程度使えるのだ?」
「はあ、この個体にしか使用していないため、他の種に有効であるかは不明ですが、完全に無力化させるために、五つの装置を直接取り付けて使用しています。無力化するにはそれだけの用意が必要となります」
「完全に無力化させるのではなく、弱体化ならばどうだ?」
「それならば。……装置の数を増やす必要はありそうですが、空間を取り囲むように設置すればあるいは可能かと」
「よし、ならば今しばらくはその方向で研究を進めよ。成果を期待しているぞ」
「承知しました。トロウ様」
「では、通信を終わる」
トロウの言葉とともに球体の青い光が一瞬強くなったかと思うと。徐々に光を失っていき、何の変哲もない石ころとなった。通信を終え、ドローミはおもむろに立ち上がると少女がいる部屋の隅に向かった。少女を見下ろし、語りかけるようにつぶやく。
「私の研究ももうすぐ完成する。ふふふ……。愚かな竜共よ、後悔するがいい。その時こそ私の復讐が終わるのだ……」
暗い部屋にドローミの笑い声が響き渡った。その言葉が届いているのか、いないのか。少女の目が開かれることはなかった。
「ドローミよ。例の研究はどこまで進んだ?」
光の中から声が聞こえてきた。何かに没頭していた男が慌てて、道具の山の中から青く光る球体を取り出し、目の前に置いた。声はその球から発せられている。魔力を増幅する球体を使った長距離通信のようだ。
「これはこれは、お久しぶりです。我が主。研究の方ですが、理論の構築はほとんど完了しております。しかし、実際に行なってみなければ机上の空論に過ぎません」
ドローミと呼ばれた男は、球体の声に恭しく答えた。
「以前サンプルを捕らえただろう。それを使って実験すればよかろう」
「もちろん、行なっております。しかし、あれ一匹だけでは十分なデータが取れません。サンプルの数は多いに越したことはありません」
「ふむ、数が足りないのは分かった。その点については心配しなくとも良い。直に手に入るようになる。そのサンプルは今はどうなっているのだ?」
ドローミが部屋の片隅に目をやり、その問いに答える。
「今は例の装置で力を無効化し、逃げられぬよう、繋いでおります。まだまだ使いようがあるでしょう」
ドローミが目をやった場所には青い髪の少女が、今は目をつむって横になっていた。少女の両の手、足首、そして首には奇妙な紋様が刻まれたリングがはめられていた。逃げ出す事のないように、首のリングは鎖で壁につながれている。
「ふむ、その装置はどの程度使えるのだ?」
「はあ、この個体にしか使用していないため、他の種に有効であるかは不明ですが、完全に無力化させるために、五つの装置を直接取り付けて使用しています。無力化するにはそれだけの用意が必要となります」
「完全に無力化させるのではなく、弱体化ならばどうだ?」
「それならば。……装置の数を増やす必要はありそうですが、空間を取り囲むように設置すればあるいは可能かと」
「よし、ならば今しばらくはその方向で研究を進めよ。成果を期待しているぞ」
「承知しました。トロウ様」
「では、通信を終わる」
トロウの言葉とともに球体の青い光が一瞬強くなったかと思うと。徐々に光を失っていき、何の変哲もない石ころとなった。通信を終え、ドローミはおもむろに立ち上がると少女がいる部屋の隅に向かった。少女を見下ろし、語りかけるようにつぶやく。
「私の研究ももうすぐ完成する。ふふふ……。愚かな竜共よ、後悔するがいい。その時こそ私の復讐が終わるのだ……」
暗い部屋にドローミの笑い声が響き渡った。その言葉が届いているのか、いないのか。少女の目が開かれることはなかった。