Chapter24「王宮戦争」
バルハラ前空にケツァル、ムスペ連合軍が到着する。
向かって正面にはバルハラ王宮が鎮座している。ゼロはおそらくその中だ。
「だが、どうやら簡単には入れてくれないようだな」
王宮左右の塔には飛竜兵の姿が確認できる。
さらに樹上の廃墟の影にも天竜親衛隊たちの姿が見え隠れする。
「正面から突っ込むわけにはいかないな」
「ええ。下に気を取られれば上から横からバルハラ兵の攻撃を受けるでしょう。しかし空中に注意を向け過ぎては下から親衛隊に狙い落とされます。ここは兵力を分散させて、それぞれ対応に当たったほうが得策でしょうね」
「具体的には?」
「飛竜兵たちはムスペ兵に任せましょう。そして力のある者のところに兵を集めて親衛隊長をそれぞれ足止めします。残った兵を率いて本隊は王宮への突入を図ります。外があらかた片付いたら城内で合流するのがいいでしょう」
敵は籠城を貫くらしく、向こうから先手を打って仕掛けてくる様子はないようだった。
王宮を前に取り急いで作戦を練る。
「リク、おまえは本隊だ。ゼロを止めるのはおまえの役目なんだろう?」
「ああ。任せてくれ」
「バルハラ兵はムスペ兵がなんとかしてくれる。問題は親衛隊だな」
「親衛隊長は火砕竜、土石竜、離岸竜、乱気竜の4体だ。どれも優れた実力を持つ。一筋縄ではいかんぞ」
ヴァイルが説明する。
火砕竜バーニス。魔竜リムリプスの封印を護っていた火の親衛隊。
土石竜ランディス。魔竜フェギオンの封印を護っていた土の親衛隊。
離岸竜アクアス。魔竜メロフィスの封印を護っていた水の親衛隊。
乱気竜ウィンダス。魔竜ストラグルの封印を護っていた風の親衛隊。
初代ケツァル王が健在だった頃はそれぞれが対応する魔竜の封石の護っていたという。
「やっぱりストラグルの封印を護ってたっていう乱気竜が一番強いのか?」
「そうでもない。風は逆に火を強めてしまうからな。むしろ乱気竜はストラグルの黒炎には相性が悪いだろう。別に魔竜と戦ったわけではないからな。あまり相性は考慮されていなかったのだろう。むしろ、その封石があった場所と関係している」
火砕竜は山。土石竜は地。離岸竜は海。乱気竜は空。
リムリプスの封石は、かつてナープ兄弟が暮らし、ウクツが調査していたアースガーデンの洞窟に。
ストラグルの封石は、今は墜落してスロヴェスト遺跡の一部になっているが、かつて機械都市マキナの上空に浮かんでいた機械の浮島に。
親衛隊たちはそれぞれが得意とする地形にある封石をそれぞれ護っていたのだ。
「火砕竜……バーニスか…」
ガルフがふと呟いた。
「どうしたんだ?」
「ナープ。おまえはまだ幼かったから覚えてないかもしれないが、俺たちが昔アースガーデンで暮らしていた頃、バーニスは俺たちを世話してくれていたんだ。彼女には借りがある。まさか火砕竜はあのバーニスなのか」
「私は覚えてるわ。あのやたらと陽気なおばーちゃんでしょ。まだくたばらずに生きてたのねー」
「マリン。そんなことは言うもんじゃない」
いつのことだったか、タネはかせの発明した奇怪なロケットでウクツが過去の世界に飛ばされたことがあった。
その過去の世界で遭遇したあの火竜がバーニスだった。
バーニスは親切にもウクツに天竜についてを教えてくれたものだった。
しかし、そのバーニスは今は敵の立場なのだ。
「つまり僕らにとって恩のある存在ってことだな」
「そうだったのか。それならナープたちと火砕竜が当たるのは避けたいな」
「いいだろう。それならば俺に任せて欲しい」
名乗り出たのはヴァイルだった。
「同じ火竜として俺が足止めする。それで構わないか、3代目様」
「そうか。わかった、頼むぞヴァイル」
ヴァイルが率いる部隊は火砕竜を相手取る。
「乱気竜…。なんだか空中戦になりそうな名前なのだ」
アットロー号のスピーカーからタネはかせの声が聞こえてきた。
「ええ、そうですね。彼は高い飛行能力と速度を誇ると聞きます。翻弄されないように気をつけなければなりませんし、攻撃を当てるだけでも難しいでしょうね」
ラルガが説明すると、タネはかせは自信を持って答えた。
「それならなおさら私の出番だね。アットロー君がロックオンすれば、どんな獲物だって逃げられないのだ。私に任せてくれたまえ」
「ですが、そんなオモチャのような機械で通用するかどうか…」
「ばかにしないでほしいのだ。アットロー君はそんじょそこらのガラクタとは一味も二味も違うぞ。七味ぐらい違うのだ」
心配するラルガ。しかしウィルオンは珍しくタネはかせを推した。
「任せてやってくれないか。タネはかせはこう見えてもいざというときはやってくれるんだ。それにタネはかせは周囲に災厄を振り撒くからな。俺たちに被害が出るのは困るが、敵を混乱させてくれるならそれは大いに活躍するはずだ」
「ウィルオン様がそういうなら…」
「なんかちょっと気になる言い方だけど、期待されてるなら頑張ってやるのだ。なんたって私こそが真の主役だからね!」
「やはり心配です。そうだ、少しタネリミを貸してもらえませんか。機械の知識は少しだけですが心得ています。また改造を施してみましょう」
「また…? さては以前タネリミ君が暴走したのはやっぱりおまえのせいだったのだな!? 私の可愛いタネリミ君になんてことを!」
「いや、やめとけラルガ…。その結果は散々だったから」
こうしてタネはかせ操るアットローを筆頭に乱気竜を相手する部隊も決まった。
「以上の二部隊には空から進撃してもらいましょう。ヴァイルは丈夫ですし、機械の魚もまぁそう簡単に落とされることはないでしょう。言い方は悪いですが、本隊の頭上を守る盾になってもらいます」
「土石竜と離岸竜はどうする?」
「能力的に見れば、ウィザさんの部隊とフロウさん一家の部隊に食い止めてもらうのがいいでしょう。もちろんウィルオン様は本隊です。しかし、これだけでは本隊の守りが薄くなってしまう。そこで、残りの部隊は本隊と共に行動し、必要とあれば分裂して本隊を守っていただきましょう。そしてリクさん。あなたは本隊を先導して、王宮突入への道を切り開いていただきたいと思っています。やっていただけますね?」
ラルガが確認する。
アットロー号の上に乗っていたリクは静かに頷いた。
「もちろん私も出陣します。私自らウィルオン様を守ってみせましょう。ただの参謀、軍師と侮るなかれ。私だって少しは魔法の心得がありますのでね」
「あれで”少し”かよ。散々俺たちを苦戦させておいて」
「どうです、味方につけば心強いでしょう? さぁ、敵も待ってくれています。行きましょう!」
作戦は決まった。
いよいよケツァル、バルハラ連合軍は王宮への突入を開始する。
「ヴァイル、指揮を」
「うむ。では行くぞ、皆の者! 作戦は聞いたな? いざ進撃!!」
向かって正面にはバルハラ王宮が鎮座している。ゼロはおそらくその中だ。
「だが、どうやら簡単には入れてくれないようだな」
王宮左右の塔には飛竜兵の姿が確認できる。
さらに樹上の廃墟の影にも天竜親衛隊たちの姿が見え隠れする。
「正面から突っ込むわけにはいかないな」
「ええ。下に気を取られれば上から横からバルハラ兵の攻撃を受けるでしょう。しかし空中に注意を向け過ぎては下から親衛隊に狙い落とされます。ここは兵力を分散させて、それぞれ対応に当たったほうが得策でしょうね」
「具体的には?」
「飛竜兵たちはムスペ兵に任せましょう。そして力のある者のところに兵を集めて親衛隊長をそれぞれ足止めします。残った兵を率いて本隊は王宮への突入を図ります。外があらかた片付いたら城内で合流するのがいいでしょう」
敵は籠城を貫くらしく、向こうから先手を打って仕掛けてくる様子はないようだった。
王宮を前に取り急いで作戦を練る。
「リク、おまえは本隊だ。ゼロを止めるのはおまえの役目なんだろう?」
「ああ。任せてくれ」
「バルハラ兵はムスペ兵がなんとかしてくれる。問題は親衛隊だな」
「親衛隊長は火砕竜、土石竜、離岸竜、乱気竜の4体だ。どれも優れた実力を持つ。一筋縄ではいかんぞ」
ヴァイルが説明する。
火砕竜バーニス。魔竜リムリプスの封印を護っていた火の親衛隊。
土石竜ランディス。魔竜フェギオンの封印を護っていた土の親衛隊。
離岸竜アクアス。魔竜メロフィスの封印を護っていた水の親衛隊。
乱気竜ウィンダス。魔竜ストラグルの封印を護っていた風の親衛隊。
初代ケツァル王が健在だった頃はそれぞれが対応する魔竜の封石の護っていたという。
「やっぱりストラグルの封印を護ってたっていう乱気竜が一番強いのか?」
「そうでもない。風は逆に火を強めてしまうからな。むしろ乱気竜はストラグルの黒炎には相性が悪いだろう。別に魔竜と戦ったわけではないからな。あまり相性は考慮されていなかったのだろう。むしろ、その封石があった場所と関係している」
火砕竜は山。土石竜は地。離岸竜は海。乱気竜は空。
リムリプスの封石は、かつてナープ兄弟が暮らし、ウクツが調査していたアースガーデンの洞窟に。
ストラグルの封石は、今は墜落してスロヴェスト遺跡の一部になっているが、かつて機械都市マキナの上空に浮かんでいた機械の浮島に。
親衛隊たちはそれぞれが得意とする地形にある封石をそれぞれ護っていたのだ。
「火砕竜……バーニスか…」
ガルフがふと呟いた。
「どうしたんだ?」
「ナープ。おまえはまだ幼かったから覚えてないかもしれないが、俺たちが昔アースガーデンで暮らしていた頃、バーニスは俺たちを世話してくれていたんだ。彼女には借りがある。まさか火砕竜はあのバーニスなのか」
「私は覚えてるわ。あのやたらと陽気なおばーちゃんでしょ。まだくたばらずに生きてたのねー」
「マリン。そんなことは言うもんじゃない」
いつのことだったか、タネはかせの発明した奇怪なロケットでウクツが過去の世界に飛ばされたことがあった。
その過去の世界で遭遇したあの火竜がバーニスだった。
バーニスは親切にもウクツに天竜についてを教えてくれたものだった。
しかし、そのバーニスは今は敵の立場なのだ。
「つまり僕らにとって恩のある存在ってことだな」
「そうだったのか。それならナープたちと火砕竜が当たるのは避けたいな」
「いいだろう。それならば俺に任せて欲しい」
名乗り出たのはヴァイルだった。
「同じ火竜として俺が足止めする。それで構わないか、3代目様」
「そうか。わかった、頼むぞヴァイル」
ヴァイルが率いる部隊は火砕竜を相手取る。
「乱気竜…。なんだか空中戦になりそうな名前なのだ」
アットロー号のスピーカーからタネはかせの声が聞こえてきた。
「ええ、そうですね。彼は高い飛行能力と速度を誇ると聞きます。翻弄されないように気をつけなければなりませんし、攻撃を当てるだけでも難しいでしょうね」
ラルガが説明すると、タネはかせは自信を持って答えた。
「それならなおさら私の出番だね。アットロー君がロックオンすれば、どんな獲物だって逃げられないのだ。私に任せてくれたまえ」
「ですが、そんなオモチャのような機械で通用するかどうか…」
「ばかにしないでほしいのだ。アットロー君はそんじょそこらのガラクタとは一味も二味も違うぞ。七味ぐらい違うのだ」
心配するラルガ。しかしウィルオンは珍しくタネはかせを推した。
「任せてやってくれないか。タネはかせはこう見えてもいざというときはやってくれるんだ。それにタネはかせは周囲に災厄を振り撒くからな。俺たちに被害が出るのは困るが、敵を混乱させてくれるならそれは大いに活躍するはずだ」
「ウィルオン様がそういうなら…」
「なんかちょっと気になる言い方だけど、期待されてるなら頑張ってやるのだ。なんたって私こそが真の主役だからね!」
「やはり心配です。そうだ、少しタネリミを貸してもらえませんか。機械の知識は少しだけですが心得ています。また改造を施してみましょう」
「また…? さては以前タネリミ君が暴走したのはやっぱりおまえのせいだったのだな!? 私の可愛いタネリミ君になんてことを!」
「いや、やめとけラルガ…。その結果は散々だったから」
こうしてタネはかせ操るアットローを筆頭に乱気竜を相手する部隊も決まった。
「以上の二部隊には空から進撃してもらいましょう。ヴァイルは丈夫ですし、機械の魚もまぁそう簡単に落とされることはないでしょう。言い方は悪いですが、本隊の頭上を守る盾になってもらいます」
「土石竜と離岸竜はどうする?」
「能力的に見れば、ウィザさんの部隊とフロウさん一家の部隊に食い止めてもらうのがいいでしょう。もちろんウィルオン様は本隊です。しかし、これだけでは本隊の守りが薄くなってしまう。そこで、残りの部隊は本隊と共に行動し、必要とあれば分裂して本隊を守っていただきましょう。そしてリクさん。あなたは本隊を先導して、王宮突入への道を切り開いていただきたいと思っています。やっていただけますね?」
ラルガが確認する。
アットロー号の上に乗っていたリクは静かに頷いた。
「もちろん私も出陣します。私自らウィルオン様を守ってみせましょう。ただの参謀、軍師と侮るなかれ。私だって少しは魔法の心得がありますのでね」
「あれで”少し”かよ。散々俺たちを苦戦させておいて」
「どうです、味方につけば心強いでしょう? さぁ、敵も待ってくれています。行きましょう!」
作戦は決まった。
いよいよケツァル、バルハラ連合軍は王宮への突入を開始する。
「ヴァイル、指揮を」
「うむ。では行くぞ、皆の者! 作戦は聞いたな? いざ進撃!!」
王宮内にサクレが走る。そして戦いが始まったことを報告する。
「ゼロ様、敵が動き始めたようです」
「ついに来たか。あんな若造に何ができる。俺は逃げも隠れもしないぞ。来るがいい、ここまで来れるものなら!」
ゼロもまた作戦を伝えると、サクレは取って返して兵たちにそれを伝える。
「敵の狙いはこの王宮だ。虫一匹通すな! ゼロ様をお守りするのだ!!」
「「ウオオオオッ!!」」
それを合図に飛竜兵たちは一斉に飛び立った。
ある者は槍を手に。ある者の手からは魔力が火花を散らす。
ある者は鎧を身にまとい、またある者は魔力のシールドを展開する。
向かい来るはムスペの兵たち。それは無数の蜂の大群のように一斉に面となって攻めかかる。
ムスペの主力とする火竜たちが炎のブレスを嵐のように撃ち飛ばす。
それはバルハラ軍の盾や鎧を溶かし、槍を炭に変えた。
だが一方的に負けているだけのバルハラ兵ではない。
魔力の盾が炎を弾き返し、敵の目を眩ませた隙に火竜が苦手とする水の魔法を大砲のように撃ち放つ。
バルハラ上空では早くも激しい戦いの渦が巻き起こり始めていた。
「これはすごい迫力なのだ! 滅多に経験できないことだぞ、これは!」
「マスターマスター! あっちこっちで戦ってます。散ってます。まるで兵士たちがごみのようだぁ!」
アットロー号はその戦いの渦中にいた。
流れ来る槍や魔法をアットロー号はものともしない。
「さぁ、真の主役の実力を見せてやるのだ。タネリミ君、砲撃準備!」
「さーいえっさぁーです、マスター」
その下を行くのはケツァル、ムスペ連合軍本隊。
廃墟の街並みに身を隠しながら少しずつ、しかし確実に王宮への歩を進める。
先頭に立つのはリク。続いて兵たちを挟んでラルガとウィルオン、続いてリシェ。後方をウィザが守り、左右をナープ一家が固める。
「ウィルオン様、危ない!」
親衛隊の投げた槍が真っ直ぐにウィルオンを狙う。
大樹の枝でできた地面を突き破るようにして水柱が上がると、それは凍り付き壁となる。
氷の壁は雨あられと降り注ぐ槍を受け止めた。
さらに壁は氷の矢を無数に射出し、王を狙った不敬な輩に制裁を加える。
そこで敵に生じた隙を見逃さず、前方の通路を塞ぐ親衛隊たちをリク率いる一団が蹴散らしていく。
「す、すまない。助かったよラルガ」
「お構いなく。しかし奴らめ、国の主たるウィルオン様を狙ってくるとは一体どういうつもりなのでしょう」
「敵も本気ってことだろうな」
すると突然、後方で爆発が起こった。
「な、何事です!?」
見ると、後方には赤黒い岩のような塊がいくつも転がっている。
次第に岩は朱に輝き始めて、そして爆発した。
ウィザが懸命に魔力の壁を張って爆風から本隊を守っている。
「気をつけて! 上から来るよ!!」
岩は上空から投下されているようだった。
「上は任せるんだ!」
ウィザは本隊を守るために手が離せない。
そこで左右に控えるナープたちは羽ばたき上昇、上から奇襲をかける敵に対面する。
そこにはヴァイルにも勝るとも劣らない巨体の火竜の姿があった。
「おまえは……バーニス!」
ガルフが叫ぶ。
「おぬし、儂をしっておるのか?」
「俺だ! ガルフだ!! そしてここにいるのはナープとマリンだ! 思い出してくれ、アースガーデンで生まれた者だ!!」
火砕竜の攻撃の手が止まった。
そして目を丸くしてガルフたちの姿を見つめる。
「おお……おお! おぬしらは! あのときの幼子らか! そうかそうか、大きくなったな。そちらにいるのは……もしや父君か。ついに見つかったのだな、それはよかったぞ。だが、おぬしらがなぜこのような戦場に?」
「バーニス、まさかあなたが火砕竜だったなんて。俺たちはムスペの軍勢だ」
「な、なんと! 嗚呼、運命とは時に辛いいたずらをしてくれるものじゃな…」
「俺はあなたと戦いたくはない。どうかこの場は退いてはくれないか」
火砕竜は再びガルフたちの姿を見る。
親のいなかったガルフたち兄弟の面倒を見てきたこの老竜にとって彼らは孫も同然。それを手にかけることなどはとてもできない。
「儂とておぬしらとは戦いたくない。だが、天竜様を裏切るわけにもゆかぬのだ」
「バーニス…」
「そうじゃ、おぬしら儂と共に戦わぬか。儂から天竜様に取り入ってやろう。きっと思慮深い天竜様ならおぬしらも温かく迎えてくれるはずであるぞ。戦いに勝ったほうが正義、どちらに味方するかを選ぶのは誰もが持つ当然の権利。何も躊躇する必要はないぞ。どうだ、悪くない話だとは思うが」
火砕竜はガルフたちと戦いたくない一心で、ゼロ側につくように勧めた。
しかし、ティルのために戦っているナープにはその誘いに乗る理由はなかった。
またガルフたちもその誘いを受けることはできなかった。火竜王の期待を裏切ることになるからだ。
「悪いがそれはできない。バーニス、逆に俺たちの下へ来ることはできないのか」
「それはできぬ。儂は天竜様に忠誠を誓った親衛隊。天竜様の期待を裏切ることはできんのだ…」
ガルフと火砕竜は見つめ合ったまま動かなかった。
「どうするんだ、ガルフ」
「火砕竜様、いかがなされたんですか」
ナープや親衛隊員が声をかけるが、両者ともどうすることもできないままに時は過ぎてゆく。
「どうしたんだ、ナープ! 大丈夫か!?」
下方からウィルオンの心配した声が聞こえてくる。
「僕たちは大丈夫だ! ここは任せて先に行ってくれ!」
ナープはそう返した。
少なくとも敵の親衛隊長の一人を足止めするという役目は果たしている。
作戦ではヴァイルが火砕竜を引き付ける手筈になっていたが、細部は捨て置こう。
最も重要なのは本隊が王宮に到達してゼロを倒すことなのだ。
「おい、上はなんだって?」
リクが訊く。
「構わず行けってよ! おまえたちはそのまま進んでくれ!」
「そうか、了解だ!」
次々と向かってくる親衛隊たちを相手にしながら、リク率いる先頭部隊は道を切り開いていく。
ラルガとウィザが左右を守り、リシェが後方を警戒しながら本隊がその後に続く。
「……行ったか。ナープ、マリン、それから親父。バーニスは俺に任せて本隊を助けてやってくれ」
「ガルフ、おまえだけで大丈夫か」
「バーニスのことはよく知っている。俺には手が出せないはずだ」
「そうか、わかった。じゃあこっちはウィルオンを……」
ナープたちが本隊のもとへ向かおうとしたそのときだった。
「バーニス! 何そんなやつらに手間取ってるんだ?」
疾風が火砕竜とガルフたちの間を駆け抜ける。
いや、風ではない。あれは――
「ウィンダスか!」
火砕竜がその名を呼ぶ。
目にも止まらない速さで空を駆けるその白き風竜は、乱気竜ウィンダス。
「待て、こやつらは……違うんじゃ! 儂の孫だ!」
「孫? それがどうした、戦場では親も子もない。そいつらは敵だろーが!」
「そ、それはそうであるが…。やめるのだ、こやつらには手を出さんでくれ」
「なに言ってんだ? まさか裏切るつもりじゃないよな、ばーさん」
乱気竜が火砕竜を睨む。
そこにヴァイルが遅れてやってきた。
「不覚、なんという速さだ。この俺が遅れを取るとは」
火砕竜を相手取る手筈となっていたヴァイルの部隊は乱気竜率いる部隊と衝突し、その速さに翻弄されていたのだ。
「ヴァイル、いいところに! 火砕竜は俺の知り合いだったんだ。バーニスは俺たちには手を出せない。乱気竜は俺たちに任せて手薄になった本隊を助けてやってくれ」
「む。すまん、そうさせてもらう。だが無茶はするな。直にあの鉄の魚が来る。それまで持ちこたえろ」
ヴァイルが去ろうとするが、その前に目にもとまらぬ速さで乱気竜が回り込む。
「おおっと。そうはいかねーよ! このオレを出し抜こうなんて千年早いぜ!」
「ゼロ様、敵が動き始めたようです」
「ついに来たか。あんな若造に何ができる。俺は逃げも隠れもしないぞ。来るがいい、ここまで来れるものなら!」
ゼロもまた作戦を伝えると、サクレは取って返して兵たちにそれを伝える。
「敵の狙いはこの王宮だ。虫一匹通すな! ゼロ様をお守りするのだ!!」
「「ウオオオオッ!!」」
それを合図に飛竜兵たちは一斉に飛び立った。
ある者は槍を手に。ある者の手からは魔力が火花を散らす。
ある者は鎧を身にまとい、またある者は魔力のシールドを展開する。
向かい来るはムスペの兵たち。それは無数の蜂の大群のように一斉に面となって攻めかかる。
ムスペの主力とする火竜たちが炎のブレスを嵐のように撃ち飛ばす。
それはバルハラ軍の盾や鎧を溶かし、槍を炭に変えた。
だが一方的に負けているだけのバルハラ兵ではない。
魔力の盾が炎を弾き返し、敵の目を眩ませた隙に火竜が苦手とする水の魔法を大砲のように撃ち放つ。
バルハラ上空では早くも激しい戦いの渦が巻き起こり始めていた。
「これはすごい迫力なのだ! 滅多に経験できないことだぞ、これは!」
「マスターマスター! あっちこっちで戦ってます。散ってます。まるで兵士たちがごみのようだぁ!」
アットロー号はその戦いの渦中にいた。
流れ来る槍や魔法をアットロー号はものともしない。
「さぁ、真の主役の実力を見せてやるのだ。タネリミ君、砲撃準備!」
「さーいえっさぁーです、マスター」
その下を行くのはケツァル、ムスペ連合軍本隊。
廃墟の街並みに身を隠しながら少しずつ、しかし確実に王宮への歩を進める。
先頭に立つのはリク。続いて兵たちを挟んでラルガとウィルオン、続いてリシェ。後方をウィザが守り、左右をナープ一家が固める。
「ウィルオン様、危ない!」
親衛隊の投げた槍が真っ直ぐにウィルオンを狙う。
大樹の枝でできた地面を突き破るようにして水柱が上がると、それは凍り付き壁となる。
氷の壁は雨あられと降り注ぐ槍を受け止めた。
さらに壁は氷の矢を無数に射出し、王を狙った不敬な輩に制裁を加える。
そこで敵に生じた隙を見逃さず、前方の通路を塞ぐ親衛隊たちをリク率いる一団が蹴散らしていく。
「す、すまない。助かったよラルガ」
「お構いなく。しかし奴らめ、国の主たるウィルオン様を狙ってくるとは一体どういうつもりなのでしょう」
「敵も本気ってことだろうな」
すると突然、後方で爆発が起こった。
「な、何事です!?」
見ると、後方には赤黒い岩のような塊がいくつも転がっている。
次第に岩は朱に輝き始めて、そして爆発した。
ウィザが懸命に魔力の壁を張って爆風から本隊を守っている。
「気をつけて! 上から来るよ!!」
岩は上空から投下されているようだった。
「上は任せるんだ!」
ウィザは本隊を守るために手が離せない。
そこで左右に控えるナープたちは羽ばたき上昇、上から奇襲をかける敵に対面する。
そこにはヴァイルにも勝るとも劣らない巨体の火竜の姿があった。
「おまえは……バーニス!」
ガルフが叫ぶ。
「おぬし、儂をしっておるのか?」
「俺だ! ガルフだ!! そしてここにいるのはナープとマリンだ! 思い出してくれ、アースガーデンで生まれた者だ!!」
火砕竜の攻撃の手が止まった。
そして目を丸くしてガルフたちの姿を見つめる。
「おお……おお! おぬしらは! あのときの幼子らか! そうかそうか、大きくなったな。そちらにいるのは……もしや父君か。ついに見つかったのだな、それはよかったぞ。だが、おぬしらがなぜこのような戦場に?」
「バーニス、まさかあなたが火砕竜だったなんて。俺たちはムスペの軍勢だ」
「な、なんと! 嗚呼、運命とは時に辛いいたずらをしてくれるものじゃな…」
「俺はあなたと戦いたくはない。どうかこの場は退いてはくれないか」
火砕竜は再びガルフたちの姿を見る。
親のいなかったガルフたち兄弟の面倒を見てきたこの老竜にとって彼らは孫も同然。それを手にかけることなどはとてもできない。
「儂とておぬしらとは戦いたくない。だが、天竜様を裏切るわけにもゆかぬのだ」
「バーニス…」
「そうじゃ、おぬしら儂と共に戦わぬか。儂から天竜様に取り入ってやろう。きっと思慮深い天竜様ならおぬしらも温かく迎えてくれるはずであるぞ。戦いに勝ったほうが正義、どちらに味方するかを選ぶのは誰もが持つ当然の権利。何も躊躇する必要はないぞ。どうだ、悪くない話だとは思うが」
火砕竜はガルフたちと戦いたくない一心で、ゼロ側につくように勧めた。
しかし、ティルのために戦っているナープにはその誘いに乗る理由はなかった。
またガルフたちもその誘いを受けることはできなかった。火竜王の期待を裏切ることになるからだ。
「悪いがそれはできない。バーニス、逆に俺たちの下へ来ることはできないのか」
「それはできぬ。儂は天竜様に忠誠を誓った親衛隊。天竜様の期待を裏切ることはできんのだ…」
ガルフと火砕竜は見つめ合ったまま動かなかった。
「どうするんだ、ガルフ」
「火砕竜様、いかがなされたんですか」
ナープや親衛隊員が声をかけるが、両者ともどうすることもできないままに時は過ぎてゆく。
「どうしたんだ、ナープ! 大丈夫か!?」
下方からウィルオンの心配した声が聞こえてくる。
「僕たちは大丈夫だ! ここは任せて先に行ってくれ!」
ナープはそう返した。
少なくとも敵の親衛隊長の一人を足止めするという役目は果たしている。
作戦ではヴァイルが火砕竜を引き付ける手筈になっていたが、細部は捨て置こう。
最も重要なのは本隊が王宮に到達してゼロを倒すことなのだ。
「おい、上はなんだって?」
リクが訊く。
「構わず行けってよ! おまえたちはそのまま進んでくれ!」
「そうか、了解だ!」
次々と向かってくる親衛隊たちを相手にしながら、リク率いる先頭部隊は道を切り開いていく。
ラルガとウィザが左右を守り、リシェが後方を警戒しながら本隊がその後に続く。
「……行ったか。ナープ、マリン、それから親父。バーニスは俺に任せて本隊を助けてやってくれ」
「ガルフ、おまえだけで大丈夫か」
「バーニスのことはよく知っている。俺には手が出せないはずだ」
「そうか、わかった。じゃあこっちはウィルオンを……」
ナープたちが本隊のもとへ向かおうとしたそのときだった。
「バーニス! 何そんなやつらに手間取ってるんだ?」
疾風が火砕竜とガルフたちの間を駆け抜ける。
いや、風ではない。あれは――
「ウィンダスか!」
火砕竜がその名を呼ぶ。
目にも止まらない速さで空を駆けるその白き風竜は、乱気竜ウィンダス。
「待て、こやつらは……違うんじゃ! 儂の孫だ!」
「孫? それがどうした、戦場では親も子もない。そいつらは敵だろーが!」
「そ、それはそうであるが…。やめるのだ、こやつらには手を出さんでくれ」
「なに言ってんだ? まさか裏切るつもりじゃないよな、ばーさん」
乱気竜が火砕竜を睨む。
そこにヴァイルが遅れてやってきた。
「不覚、なんという速さだ。この俺が遅れを取るとは」
火砕竜を相手取る手筈となっていたヴァイルの部隊は乱気竜率いる部隊と衝突し、その速さに翻弄されていたのだ。
「ヴァイル、いいところに! 火砕竜は俺の知り合いだったんだ。バーニスは俺たちには手を出せない。乱気竜は俺たちに任せて手薄になった本隊を助けてやってくれ」
「む。すまん、そうさせてもらう。だが無茶はするな。直にあの鉄の魚が来る。それまで持ちこたえろ」
ヴァイルが去ろうとするが、その前に目にもとまらぬ速さで乱気竜が回り込む。
「おおっと。そうはいかねーよ! このオレを出し抜こうなんて千年早いぜ!」
一方こちらは本隊。
順調に王宮に向かっているように見えたが、その前に親衛隊長が一角の離岸竜。後方には土石竜が立ちはだかっていた。
「くそっ、挟まれたか」
前には魔竜にも劣らぬ程の巨体を誇る水竜が。
後方には年老いながらも、動きに全く老いを感じさせない地竜が。
「こっから先には進ませられんばい」
「わしらに見つけられたことを悔いるのじゃな」
さらに左右及び上方には、離岸竜と土石竜の率いる親衛隊員たちが本隊を取り囲む。もう逃げ場はない。
「困りましたね…。これは何としても突破するしかありません」
「ボクらの出番だ、ラルガ。こちらがやられる前に敵の頭を叩くよ!」
「ええ、言われなくても!」
ウィルオンを中心に庇うように兵たちが身を固める。
対して離岸竜にラルガが、一方で土石流にウィザが対峙する。
離岸竜アクアスの姿が霞のようにぼやける。
すると次の瞬間にはアクアスの姿は巨大な津波となって本隊一行を呑み込もうとしていた。
土石竜ランディスが勢いよく尾を振りかぶる。
するとその尾が描いた軌跡上に岩塊が現れて流星が如く降り注ぐ。
ラルガが念じると津波は凍り付いた。ウィザは転移魔法で岩の落下地点をズラす。
岩は凍り付いた津波の上に落ちた。砕けた氷は離岸竜のコントロールから外れて、ラルガの魔法で氷の槍に形を変えられ土石流に向かって飛んでいく。氷は粉々になり、離岸竜がそこに再び姿を現す。そこを目がけて土石竜の岩が落ちる。
その間にもリクたち先頭部隊は早くも親衛隊たちの包囲を突破しつつあった。
「リク、おまえたちだけでも先に行け! ゼロさえ倒せば俺たちの勝ちなんだ!」
ウィルオンが叫ぶ。
王宮の入り口はもう目の前だった。
「わかった!」
入り口に向かって走る。
大理石でできた階段を駆け上がり王宮の前へ。
中門を潜り中庭を抜ければいよいよ王宮内だ。
「なかなかやりよー奴らな。ばってん、こげん小さかもんに負けるわけにはいかんと!」
アクアスが水弾を放つ。
水弾はリクたちの頭上を越えて飛び、中門を破壊した。
「しまった!」
門は崩れて中庭へ続く道を瓦礫が塞いでしまう。
「きさんら天竜様ば狙っとっとね? 甘か奴らばい。ばり甘か!」
「おお、よくやったぞアクアス! これで奴らは通れないはずじゃ」
瓦礫の隙間をうまく通り抜けられれば向こうへ抜けられそうだが、兵たちはもちろん、リクが通れる程の隙間はない。
リシェに視線を移す。あるいはリシェならなんとか通り抜けられるかもしれない。
「リシェ、おまえだけでも行ってくれ」
「ええっ、オレが! 一人で!?」
「親父を倒せとまでは言わない。どこか他に出入りできそうな場所を探してくれ。できるか?」
「ううっ……わ、わかった。オレやるよ!」
勇気を奮い立たせ、瓦礫の隙間にリシェが潜り込む。
「ティルのためだ。オレはやれるオレはやれる。リクのためだ。オレはできるオレはできる…」
リシェの姿が門の向こうに消えたのを確認すると、振り返ってリクは身構えた。
階段のすぐ下までは、もう親衛隊たちが迫ってきている。
「俺はこれくらいで諦めたりしないぞ。俺の決意は揺るがないんだ!!」
順調に王宮に向かっているように見えたが、その前に親衛隊長が一角の離岸竜。後方には土石竜が立ちはだかっていた。
「くそっ、挟まれたか」
前には魔竜にも劣らぬ程の巨体を誇る水竜が。
後方には年老いながらも、動きに全く老いを感じさせない地竜が。
「こっから先には進ませられんばい」
「わしらに見つけられたことを悔いるのじゃな」
さらに左右及び上方には、離岸竜と土石竜の率いる親衛隊員たちが本隊を取り囲む。もう逃げ場はない。
「困りましたね…。これは何としても突破するしかありません」
「ボクらの出番だ、ラルガ。こちらがやられる前に敵の頭を叩くよ!」
「ええ、言われなくても!」
ウィルオンを中心に庇うように兵たちが身を固める。
対して離岸竜にラルガが、一方で土石流にウィザが対峙する。
離岸竜アクアスの姿が霞のようにぼやける。
すると次の瞬間にはアクアスの姿は巨大な津波となって本隊一行を呑み込もうとしていた。
土石竜ランディスが勢いよく尾を振りかぶる。
するとその尾が描いた軌跡上に岩塊が現れて流星が如く降り注ぐ。
ラルガが念じると津波は凍り付いた。ウィザは転移魔法で岩の落下地点をズラす。
岩は凍り付いた津波の上に落ちた。砕けた氷は離岸竜のコントロールから外れて、ラルガの魔法で氷の槍に形を変えられ土石流に向かって飛んでいく。氷は粉々になり、離岸竜がそこに再び姿を現す。そこを目がけて土石竜の岩が落ちる。
その間にもリクたち先頭部隊は早くも親衛隊たちの包囲を突破しつつあった。
「リク、おまえたちだけでも先に行け! ゼロさえ倒せば俺たちの勝ちなんだ!」
ウィルオンが叫ぶ。
王宮の入り口はもう目の前だった。
「わかった!」
入り口に向かって走る。
大理石でできた階段を駆け上がり王宮の前へ。
中門を潜り中庭を抜ければいよいよ王宮内だ。
「なかなかやりよー奴らな。ばってん、こげん小さかもんに負けるわけにはいかんと!」
アクアスが水弾を放つ。
水弾はリクたちの頭上を越えて飛び、中門を破壊した。
「しまった!」
門は崩れて中庭へ続く道を瓦礫が塞いでしまう。
「きさんら天竜様ば狙っとっとね? 甘か奴らばい。ばり甘か!」
「おお、よくやったぞアクアス! これで奴らは通れないはずじゃ」
瓦礫の隙間をうまく通り抜けられれば向こうへ抜けられそうだが、兵たちはもちろん、リクが通れる程の隙間はない。
リシェに視線を移す。あるいはリシェならなんとか通り抜けられるかもしれない。
「リシェ、おまえだけでも行ってくれ」
「ええっ、オレが! 一人で!?」
「親父を倒せとまでは言わない。どこか他に出入りできそうな場所を探してくれ。できるか?」
「ううっ……わ、わかった。オレやるよ!」
勇気を奮い立たせ、瓦礫の隙間にリシェが潜り込む。
「ティルのためだ。オレはやれるオレはやれる。リクのためだ。オレはできるオレはできる…」
リシェの姿が門の向こうに消えたのを確認すると、振り返ってリクは身構えた。
階段のすぐ下までは、もう親衛隊たちが迫ってきている。
「俺はこれくらいで諦めたりしないぞ。俺の決意は揺るがないんだ!!」
上空。
乱気竜ウィンダスの素早い身のこなしに誰もが翻弄されていた。
相手の次の動きを予想してヴァイルが炎を纏った拳を突き出す。
しかしウィンダスはその動きを見てからでも余裕の様子でかわしてしまう。
さらにヴァイルの次の動きを読んで先回りし、狙ったところへ痛恨の一撃を打ち込む。
「ぐっ…!」
「ほらどうした? おまえは力が自慢のようだけど、オレの前じゃそんなものは無意味だぜ。当たらなければどうということはないからな!」
ナープが、ガルフが、そしてマリンが次々と飛びかかるが、ウィンダスを前にしてはまるで相手にならない。
フロウが得意とする大地の魔法も空中戦とあってはあまり効果が得られない。
「ひィーっはァ! 止められるもんなら止めてみやがれー!!」
調子に乗ってハチの字を描きながら飛びまわり挑発するウィンダス。
「くそっ、こいつめ。ばかにしやがって!」
そんなウィンダスを捕まえようとしても、誰も触れることさえ適わない。
そこに遠方からの攻撃。
両軍の兵士たちが混戦するそのさらに向こうの空がわずかに光ったかと思うと、蒼い光を発しながら高エネルギーの波動が敵味方両方の兵士を巻き添えにしながら一直線にウィンダスへと向かってくる。
「おっと。なんだ、こんなもん」
ウィンダスはそれをひらりと避けてみせると、攻撃が飛んできた方向を眺める。
波動を受けた兵たちが黒く焦げながら落ちて空間が開ける。
その向こうには鋼の魚。アットロー号が浮かんでいた。
「マスター、波動砲見事外れたです!」
「なんだって! せっかく時間をかけてエネルギー充填120%完了したのに! 運命とは非情なのだ!!」
アットロー号を真っ直ぐ見つめるウィンダス。
「なんだありゃ。でっかい雑魚だな」
ウィンダスが力強く羽ばたく。
すると風が刃のようになり、アットローを鋭く切り刻む。
風の刃はアットローの表面に傷をつけたが、内部はまるでどうということもない。
「ふははは! その程度の攻撃なんともないのだ。だから風は威力が足りないって言われるのだよ。命中は低いけど必殺があるから私はサンダー派だよ。風使いは天馬でも狩ってればいいのだ。そーれタネリミ君、反撃なのだ!」
「さーいえっさーですー」
アットローからはミサイルが続けて数発発射される。
「そんなもの! あたら、なければ、どうって、ことは、ないんだよー!!」
ウィンダスは身軽にそれを避けて見せるが、
「甘い、甘いぞランなんとか君! 生きて動くものには決して無くすことができない弱点がある。それは体温なのだ! 追尾ミサイルはロマンなのだ!!」
ミサイルはどこまでもウィンダスを追い続ける。
「うわっ、こいつめ卑怯だぞ! だがミサイルだろうがなんだろうがオレの速度には絶対に勝てない運命なのさ! どこまでも逃げ切ってやるぜ、いやっはァ!!」
乱気竜はミサイルから逃れるために雲の向こうへと飛び去ってしまった。
「作戦の勝利なのだ。さすが私、天才なのだ! これでご褒美はいただきだぞ! わっはっは」
「絶好調です! 頭に夏がやってきました。ところで隣のセミがマジうるさいです」
手放しで喜ぶタネはかせ。その声はスピーカーから周囲にだだ漏れだった。
それを聞き付けたバルハラ兵にアットロー号が囲まれていることに気がつくまであとどれだけかかることだろう。
「乱気竜が馬鹿で助かったな」
「いいえ、これは愛の勝利よ」
「よし、改めてみんなは本隊の援護に向かってくれ。バーニスは俺が引き付けておく」
「頼んだぞ、ガルフ」
こんどこそナープたちは本隊の援護に向かう。
一方ヴァイルはタネはかせがウィンダスを引き付けた隙に、既に本隊の元へと向かっていた。
乱気竜ウィンダスの素早い身のこなしに誰もが翻弄されていた。
相手の次の動きを予想してヴァイルが炎を纏った拳を突き出す。
しかしウィンダスはその動きを見てからでも余裕の様子でかわしてしまう。
さらにヴァイルの次の動きを読んで先回りし、狙ったところへ痛恨の一撃を打ち込む。
「ぐっ…!」
「ほらどうした? おまえは力が自慢のようだけど、オレの前じゃそんなものは無意味だぜ。当たらなければどうということはないからな!」
ナープが、ガルフが、そしてマリンが次々と飛びかかるが、ウィンダスを前にしてはまるで相手にならない。
フロウが得意とする大地の魔法も空中戦とあってはあまり効果が得られない。
「ひィーっはァ! 止められるもんなら止めてみやがれー!!」
調子に乗ってハチの字を描きながら飛びまわり挑発するウィンダス。
「くそっ、こいつめ。ばかにしやがって!」
そんなウィンダスを捕まえようとしても、誰も触れることさえ適わない。
そこに遠方からの攻撃。
両軍の兵士たちが混戦するそのさらに向こうの空がわずかに光ったかと思うと、蒼い光を発しながら高エネルギーの波動が敵味方両方の兵士を巻き添えにしながら一直線にウィンダスへと向かってくる。
「おっと。なんだ、こんなもん」
ウィンダスはそれをひらりと避けてみせると、攻撃が飛んできた方向を眺める。
波動を受けた兵たちが黒く焦げながら落ちて空間が開ける。
その向こうには鋼の魚。アットロー号が浮かんでいた。
「マスター、波動砲見事外れたです!」
「なんだって! せっかく時間をかけてエネルギー充填120%完了したのに! 運命とは非情なのだ!!」
アットロー号を真っ直ぐ見つめるウィンダス。
「なんだありゃ。でっかい雑魚だな」
ウィンダスが力強く羽ばたく。
すると風が刃のようになり、アットローを鋭く切り刻む。
風の刃はアットローの表面に傷をつけたが、内部はまるでどうということもない。
「ふははは! その程度の攻撃なんともないのだ。だから風は威力が足りないって言われるのだよ。命中は低いけど必殺があるから私はサンダー派だよ。風使いは天馬でも狩ってればいいのだ。そーれタネリミ君、反撃なのだ!」
「さーいえっさーですー」
アットローからはミサイルが続けて数発発射される。
「そんなもの! あたら、なければ、どうって、ことは、ないんだよー!!」
ウィンダスは身軽にそれを避けて見せるが、
「甘い、甘いぞランなんとか君! 生きて動くものには決して無くすことができない弱点がある。それは体温なのだ! 追尾ミサイルはロマンなのだ!!」
ミサイルはどこまでもウィンダスを追い続ける。
「うわっ、こいつめ卑怯だぞ! だがミサイルだろうがなんだろうがオレの速度には絶対に勝てない運命なのさ! どこまでも逃げ切ってやるぜ、いやっはァ!!」
乱気竜はミサイルから逃れるために雲の向こうへと飛び去ってしまった。
「作戦の勝利なのだ。さすが私、天才なのだ! これでご褒美はいただきだぞ! わっはっは」
「絶好調です! 頭に夏がやってきました。ところで隣のセミがマジうるさいです」
手放しで喜ぶタネはかせ。その声はスピーカーから周囲にだだ漏れだった。
それを聞き付けたバルハラ兵にアットロー号が囲まれていることに気がつくまであとどれだけかかることだろう。
「乱気竜が馬鹿で助かったな」
「いいえ、これは愛の勝利よ」
「よし、改めてみんなは本隊の援護に向かってくれ。バーニスは俺が引き付けておく」
「頼んだぞ、ガルフ」
こんどこそナープたちは本隊の援護に向かう。
一方ヴァイルはタネはかせがウィンダスを引き付けた隙に、既に本隊の元へと向かっていた。
王宮の内部を一匹の犬が駆ける。
リクのために別の入り口を探すぞ、と駆けまわる。
「オレだって役に立てるんだ! これは重要な役目なんだ! セキニンジュウダイってやつだぞ」
自分の行動が戦局を左右するのだ。そう信じてきいろいわんこが駆ける。
王宮へはリクと共に一度来ているのだ。迷うはずはない。
そう、迷うはずは……
「こ、ここはどこだー!?」
どこもかしこも部屋、部屋、部屋。
上を見ても下を見ても階段、階段、階段。
同じような通路が続き、同じような角を曲がって、同じような扉を潜る。
まずい。これは完全に迷子だ。
「ど、どうしよう…。オレ、せっかくリクに期待されたのに。重要な役目なのに」
焦りが募る。心が落ち着かない。鼻が乾く。
「このまま出口が見つからなかったどうしよう。オレこのままずっとここで暮らすのかな。そしたらリクにはもう会えないのかな。……うわぁぁぁあああ! 誰か助けてくれぇ!!」
嫌な想像をしてしまった。
そして思わず叫んで駆けだしていた。それも全力で。
その声が王宮内に響く。
近衛兵たちは耳聡くその異音を聞き付ける。
「誰だ! 侵入者か!?」
「ひィッ」
王宮の中の開けた空間に出る。
目の前には座り心地の良さそうな椅子があった。
ふとそこに寝そべってみたい誘惑に駆られたが、今はそんな場合ではない。
リシェは慌ててその椅子の後ろに身を丸くして隠れた。
部屋の向こうから話し声が聞こえてくる。
「気のせいか? たしかにこっちから聞こえたと思ったのですが」
「まぁいいさ。敵の狙いは俺だ。もしいるならそのうち自分から出てくるだろうさ」
声が近付いてくる。まずい、この部屋に入って来た。
「ところで戦況はどんな様子だ、サクレ」
声の主が椅子に座った。
「はい。乱気竜がやられたようですね。一方で離岸竜と土石竜が敵の本隊を囲い込むなどの活躍を見せています」
「ほう、それは好調だな。もう少し骨のあるやつらだと思ったがな。俺の力を振るう機会がないのは少し残念だ、わははは!」
「あとはもうひと押しといったところでしょう。敵将はいかがいたしますか、ゼロ様」
「あの若造か…。かまわん殺せ。ああ、おそらくどこかにリクがいるはずだ。リクは生け捕りにしろ。いいな」
「了解しました。そのように伝えて参ります」
話し相手はどうやら退出していったらしい。
しかし、声の主はまだこの椅子に座ったままだった。
(やべー。すぐそこに敵のボスがいるよ! リクを捕まえるとか言ってた。知らせなきゃ。でもどうやってこの部屋から脱出しよう…)
ゼロは玉座に腰かけたまま何かぶつぶつ独り言を言っていたが、ふと何かに気がついたように呟いた。
「ん? 何か臭うな」
(ひゃあああっ!!)
一気に血の気が引いていくのがリシェにはよくわかった。
リクのために別の入り口を探すぞ、と駆けまわる。
「オレだって役に立てるんだ! これは重要な役目なんだ! セキニンジュウダイってやつだぞ」
自分の行動が戦局を左右するのだ。そう信じてきいろいわんこが駆ける。
王宮へはリクと共に一度来ているのだ。迷うはずはない。
そう、迷うはずは……
「こ、ここはどこだー!?」
どこもかしこも部屋、部屋、部屋。
上を見ても下を見ても階段、階段、階段。
同じような通路が続き、同じような角を曲がって、同じような扉を潜る。
まずい。これは完全に迷子だ。
「ど、どうしよう…。オレ、せっかくリクに期待されたのに。重要な役目なのに」
焦りが募る。心が落ち着かない。鼻が乾く。
「このまま出口が見つからなかったどうしよう。オレこのままずっとここで暮らすのかな。そしたらリクにはもう会えないのかな。……うわぁぁぁあああ! 誰か助けてくれぇ!!」
嫌な想像をしてしまった。
そして思わず叫んで駆けだしていた。それも全力で。
その声が王宮内に響く。
近衛兵たちは耳聡くその異音を聞き付ける。
「誰だ! 侵入者か!?」
「ひィッ」
王宮の中の開けた空間に出る。
目の前には座り心地の良さそうな椅子があった。
ふとそこに寝そべってみたい誘惑に駆られたが、今はそんな場合ではない。
リシェは慌ててその椅子の後ろに身を丸くして隠れた。
部屋の向こうから話し声が聞こえてくる。
「気のせいか? たしかにこっちから聞こえたと思ったのですが」
「まぁいいさ。敵の狙いは俺だ。もしいるならそのうち自分から出てくるだろうさ」
声が近付いてくる。まずい、この部屋に入って来た。
「ところで戦況はどんな様子だ、サクレ」
声の主が椅子に座った。
「はい。乱気竜がやられたようですね。一方で離岸竜と土石竜が敵の本隊を囲い込むなどの活躍を見せています」
「ほう、それは好調だな。もう少し骨のあるやつらだと思ったがな。俺の力を振るう機会がないのは少し残念だ、わははは!」
「あとはもうひと押しといったところでしょう。敵将はいかがいたしますか、ゼロ様」
「あの若造か…。かまわん殺せ。ああ、おそらくどこかにリクがいるはずだ。リクは生け捕りにしろ。いいな」
「了解しました。そのように伝えて参ります」
話し相手はどうやら退出していったらしい。
しかし、声の主はまだこの椅子に座ったままだった。
(やべー。すぐそこに敵のボスがいるよ! リクを捕まえるとか言ってた。知らせなきゃ。でもどうやってこの部屋から脱出しよう…)
ゼロは玉座に腰かけたまま何かぶつぶつ独り言を言っていたが、ふと何かに気がついたように呟いた。
「ん? 何か臭うな」
(ひゃあああっ!!)
一気に血の気が引いていくのがリシェにはよくわかった。
王宮前。
離岸竜、土石竜たちと本隊の戦いはまだ続いていた。
本隊には早くもヴァイルが合流し、土石竜をリクと共に相手していた。
一方でラルガとウィザは離岸竜を相手に苦戦を強いられていた。
ラルガは氷や水の魔法を得意とする。同じく水を操る離岸竜アクアスに水は効果的ではなく、いくら水を凍らせてもすぐに次の攻撃が来る。
ウィザは炎や雷の魔法を得意とする。水は電気を通すとよく言われるが完全に純粋な水は電気を通さない。電気を通しているのは水に含まれるイオンなどの不純物だ。魔法によって生成された水は純粋な水であり、ウィザの雷はアクアスには通用しない。また炎が効果的でないことには説明は不要だろう。
アクアスに対してラルガは防御面では優れていたが、決定的な攻撃手段がない。ウィザに至っては相性そのものが不利だった。
「水に強い魔法って?」
「それを吸収してしまえる土の魔法です。火は風を吸収してより激しく燃え上がり、水は炎を消し、土は水を呑み込み、風は土を風化させて削り取る。これが基本的な4すくみです。そこに氷、雷、光、闇が加わると少し複雑にはなりますがね」
ウィザたちの中で土魔法が扱えるのはフロウだけだ。
しかし、そのフロウは火砕竜の相手に向かったまま戻ってきていない。
「土石竜を操れないの? ティルのときみたいに」
「あれは非常に高度な魔法。精神を十分に集中させる必要がありますが、今はそんな余裕がありません。食い止めるだけで精一杯ですよ」
隊の中央でウィルオンは歯痒い思いをしていた。
仲間たちが戦っているというのに、自分には何もできないのだろうか。こうして護られているだけでいいのだろうか。
ケツァルの血を引くウィルオンには強い魔力が眠っているはずだが、ウィルオンはまるで魔法が使えなかった。
それは砂漠にティルを救出に向かった際に思い知らされている。
「せめて何かここを突破する方法さえ思い付ければ…」
土石竜や離岸竜は仲間たちが食い止めてくれている。
考えろ。仲間が作ってくれたこの機会を無駄にするな。
突破口を見つけ出せ。解決の糸口はすぐそこまで見えている。こんなところで諦めてなるものか。
(俺は……俺にできる方法で仲間を救うんだ。考えろ、俺は何者か。俺は何ができるのか!)
ふと王宮に目をやった。
王宮の左側の塔が音を立てて崩れていくのが目に入った。
原因はアットローから発射されたミサイルだ。
「タネはかせめ、またやってくれやがったな。せっかくみんなが直してくれたのに」
塔が崩れて螺旋状の階段が剥き出しになった。あれはたしか王宮の屋上へと続く階段だ。
「はっ……そうか!」
たとえ入り口が崩されてしまっても、屋上からなら城内に侵入することができる。
そうでなくても今崩れた塔から内部に入り込むことだってできる。問題はどうやって向かうかだ。
「リク! ウィザ! 俺に考えがある」
ラルガとヴァイルが親衛隊長を食い止めている間にウィルオンがその考えを告げた。
「――というわけだ。無理に親衛隊に勝つ必要はない。砂漠のときと同じだ。敵を倒せなくても目的さえ達成すれば俺たちの勝ちだ。リク、おまえだけでもゼロのもとに辿り付くんだ!」
「それはわかったがウィルオン、おまえはそれで大丈夫なのか!? 敵は真っ先におまえを狙ってくるに違いないぞ」
「いや、それが狙いなんだ。大丈夫、いざとなったらラルガやヴァイルがいるさ。ウィザも準備はいいな?」
「任せてよ! 修行した甲斐があったというもんだね」
アクアスが水のドームをラルガの周囲に発生させる。
ドームの内側には見る見るうちに水が満たされてラルガの呼吸の余地を奪っていく。
しかし次の瞬間には水のドームが氷のドームに変わって砕け散っていた。
こんな水と氷の攻防が続く。だが、これではいつまで経っても決着はつかない。
「このままではいずれ魔力が尽きて、決定打のないこちらがやられてしまう。策を講じなければ…」
何か使えるものはないかと周囲を見回すラルガ。すると、上空になんとウィルオンの姿があった。
「ウィルオン様!? な、何を!!」
ウィルオンは真っ直ぐに王宮の屋上を目指していた。
「そうか、上から侵入しようというのですね。しかし、あれでは狙ってくれと言っているようなもの。これはいけない!」
予想通り、敵の攻撃の矛先はすぐにウィルオンに向けられた。
アクアスやランディスは自分やヴァイルが食い止めているが、周囲の親衛隊たちが槍を投げ、魔法を放ち、攻撃が舞い乱れる。そんな空を、攻撃を掻い潜りながらウィルオンは行く。
飛んできた槍が胴をかすり、炎が尾を焼いたがそれでも決して屈しない。
「これが俺にできる方法、俺の役目だ!! リク、頼んだぞ! 俺たちの想いを未来へ繋いでくれ!!」
次々と襲いかかる猛攻を避け切ることは不可能に近い。ついにウィルオンは撃ち落とされた。
「ああ、ウィルオン様っ!!」
そんなウィルオンの背には……誰の姿もなかった。
(そうだ、これは陽動だ。敵は王である俺を真っ先に狙ってくるだろう。それでいい。敵の目をそらせることさえできたのなら!)
屋上から城内に侵入することはできる。
しかし、そもそも侵入するのに道など必要なかったのだ。
ウィルオンが思い出したのは、屋上で悩みを抱えていたあのときのことだった。
ティルが自ら封印されることを望み、それがウィルオンを悩ませていた。
しかし、そのときにはすでにティルは王宮の牢から姿を消していた。城内が騒ぎになっていたことをよく覚えている。
その記憶が答えを導き出す。そうだ、道なしに王宮に侵入した例がここにある。道なしにティルを連れ出した技がここにある。
「リク、頼んだよ」
「任せろ。待ってろよ、親父!」
光に包まれてリクの姿が城内へと吸い込まれていった。ウィザの転移魔法だ。
ウィルオンは自ら囮になることで敵の目を自分に向けさせ、ウィザに精神を集中させる時間を作ったのだった。
それと時を同じくしてウィルオンが墜落した。
(リク、後は頼んだぞ……)
「ウィルオン!」
「ウィルオン様!!」
ラルガとウィザが同時に駆け寄る。
だがウィルオンはそのまま意識を失ってしまった。
離岸竜、土石竜たちと本隊の戦いはまだ続いていた。
本隊には早くもヴァイルが合流し、土石竜をリクと共に相手していた。
一方でラルガとウィザは離岸竜を相手に苦戦を強いられていた。
ラルガは氷や水の魔法を得意とする。同じく水を操る離岸竜アクアスに水は効果的ではなく、いくら水を凍らせてもすぐに次の攻撃が来る。
ウィザは炎や雷の魔法を得意とする。水は電気を通すとよく言われるが完全に純粋な水は電気を通さない。電気を通しているのは水に含まれるイオンなどの不純物だ。魔法によって生成された水は純粋な水であり、ウィザの雷はアクアスには通用しない。また炎が効果的でないことには説明は不要だろう。
アクアスに対してラルガは防御面では優れていたが、決定的な攻撃手段がない。ウィザに至っては相性そのものが不利だった。
「水に強い魔法って?」
「それを吸収してしまえる土の魔法です。火は風を吸収してより激しく燃え上がり、水は炎を消し、土は水を呑み込み、風は土を風化させて削り取る。これが基本的な4すくみです。そこに氷、雷、光、闇が加わると少し複雑にはなりますがね」
ウィザたちの中で土魔法が扱えるのはフロウだけだ。
しかし、そのフロウは火砕竜の相手に向かったまま戻ってきていない。
「土石竜を操れないの? ティルのときみたいに」
「あれは非常に高度な魔法。精神を十分に集中させる必要がありますが、今はそんな余裕がありません。食い止めるだけで精一杯ですよ」
隊の中央でウィルオンは歯痒い思いをしていた。
仲間たちが戦っているというのに、自分には何もできないのだろうか。こうして護られているだけでいいのだろうか。
ケツァルの血を引くウィルオンには強い魔力が眠っているはずだが、ウィルオンはまるで魔法が使えなかった。
それは砂漠にティルを救出に向かった際に思い知らされている。
「せめて何かここを突破する方法さえ思い付ければ…」
土石竜や離岸竜は仲間たちが食い止めてくれている。
考えろ。仲間が作ってくれたこの機会を無駄にするな。
突破口を見つけ出せ。解決の糸口はすぐそこまで見えている。こんなところで諦めてなるものか。
(俺は……俺にできる方法で仲間を救うんだ。考えろ、俺は何者か。俺は何ができるのか!)
ふと王宮に目をやった。
王宮の左側の塔が音を立てて崩れていくのが目に入った。
原因はアットローから発射されたミサイルだ。
「タネはかせめ、またやってくれやがったな。せっかくみんなが直してくれたのに」
塔が崩れて螺旋状の階段が剥き出しになった。あれはたしか王宮の屋上へと続く階段だ。
「はっ……そうか!」
たとえ入り口が崩されてしまっても、屋上からなら城内に侵入することができる。
そうでなくても今崩れた塔から内部に入り込むことだってできる。問題はどうやって向かうかだ。
「リク! ウィザ! 俺に考えがある」
ラルガとヴァイルが親衛隊長を食い止めている間にウィルオンがその考えを告げた。
「――というわけだ。無理に親衛隊に勝つ必要はない。砂漠のときと同じだ。敵を倒せなくても目的さえ達成すれば俺たちの勝ちだ。リク、おまえだけでもゼロのもとに辿り付くんだ!」
「それはわかったがウィルオン、おまえはそれで大丈夫なのか!? 敵は真っ先におまえを狙ってくるに違いないぞ」
「いや、それが狙いなんだ。大丈夫、いざとなったらラルガやヴァイルがいるさ。ウィザも準備はいいな?」
「任せてよ! 修行した甲斐があったというもんだね」
アクアスが水のドームをラルガの周囲に発生させる。
ドームの内側には見る見るうちに水が満たされてラルガの呼吸の余地を奪っていく。
しかし次の瞬間には水のドームが氷のドームに変わって砕け散っていた。
こんな水と氷の攻防が続く。だが、これではいつまで経っても決着はつかない。
「このままではいずれ魔力が尽きて、決定打のないこちらがやられてしまう。策を講じなければ…」
何か使えるものはないかと周囲を見回すラルガ。すると、上空になんとウィルオンの姿があった。
「ウィルオン様!? な、何を!!」
ウィルオンは真っ直ぐに王宮の屋上を目指していた。
「そうか、上から侵入しようというのですね。しかし、あれでは狙ってくれと言っているようなもの。これはいけない!」
予想通り、敵の攻撃の矛先はすぐにウィルオンに向けられた。
アクアスやランディスは自分やヴァイルが食い止めているが、周囲の親衛隊たちが槍を投げ、魔法を放ち、攻撃が舞い乱れる。そんな空を、攻撃を掻い潜りながらウィルオンは行く。
飛んできた槍が胴をかすり、炎が尾を焼いたがそれでも決して屈しない。
「これが俺にできる方法、俺の役目だ!! リク、頼んだぞ! 俺たちの想いを未来へ繋いでくれ!!」
次々と襲いかかる猛攻を避け切ることは不可能に近い。ついにウィルオンは撃ち落とされた。
「ああ、ウィルオン様っ!!」
そんなウィルオンの背には……誰の姿もなかった。
(そうだ、これは陽動だ。敵は王である俺を真っ先に狙ってくるだろう。それでいい。敵の目をそらせることさえできたのなら!)
屋上から城内に侵入することはできる。
しかし、そもそも侵入するのに道など必要なかったのだ。
ウィルオンが思い出したのは、屋上で悩みを抱えていたあのときのことだった。
ティルが自ら封印されることを望み、それがウィルオンを悩ませていた。
しかし、そのときにはすでにティルは王宮の牢から姿を消していた。城内が騒ぎになっていたことをよく覚えている。
その記憶が答えを導き出す。そうだ、道なしに王宮に侵入した例がここにある。道なしにティルを連れ出した技がここにある。
「リク、頼んだよ」
「任せろ。待ってろよ、親父!」
光に包まれてリクの姿が城内へと吸い込まれていった。ウィザの転移魔法だ。
ウィルオンは自ら囮になることで敵の目を自分に向けさせ、ウィザに精神を集中させる時間を作ったのだった。
それと時を同じくしてウィルオンが墜落した。
(リク、後は頼んだぞ……)
「ウィルオン!」
「ウィルオン様!!」
ラルガとウィザが同時に駆け寄る。
だがウィルオンはそのまま意識を失ってしまった。
王宮内、玉座の間。
部屋の隅にリシェは追い詰められていた。
怯える小さな影に黒い影が迫る。
「なんだこいつは。こんなやつが侵入者とは、俺も甘く見られたもんだな」
「ううっ……」
「だが見かけで判断してやるのは悪いか。こんなのでも敵なのだからな」
必死に敵を睨みつけるリシェ。
恐怖心はすぐに相手に見抜かれる。気持ちで劣っていては勝つことなどできない。
唸り声を上げて威嚇して見せるが、腰が引けて後脚にはまるで力が入らない。
そんなリシェの様子をゼロはとっくに見抜いていた。
「これは戦争だ。ナメるな! 戦とは常に非情、命と命のやり取り、甘さを見せたほうが負ける世界だ! 死にたくなければ全力で抗え。それができないならば……ここで死ぬがいい!!」
「う、うわぁぁああああっ!!」
恐ろしい程の力でゼロはリシェをつかみ上げる。
足が宙に浮いて踏ん張りが効かない。いくら足をじたばたさせてもゼロの手の内から逃げ出すことができない。
ゼロのもう一方の手がリシェの首筋に伸びる。
竜人族の力をもってすれば、リシェの首の骨を折るなど容易いことだろう。
「悪く思うなよ…。これが戦争というものだ!!」
リシェの首筋に手が触れるか触れないかといったそのときだった。
「そこまでだ、親父ィ!!」
何かが飛んできて、ゼロの傍にあった玉座を吹き飛ばした。
振り返ると玉座があった位置に気を失った飛竜が落ちている。
「サクレ! おまえ程の者がやられるとは」
玉座の間入り口に目を向ける。
そこにはゼロのよく知った顔があった。
「ついにここまで来たか……リク!」
「まずリシェから手を放せ」
「ふん。俺とやる気か? 砂漠ではまるで手も足も出せなかったおまえが?」
ゼロはリシェを投げ捨てた。
リシェはサクレの上に転がった。
「あのときはティルを守るのに必死だったからな。こんどはハンデなしだ」
「そうか。俺もおまえのためを思ってわざと全力を出さなかったんだがな」
リクとゼロが対峙する。
玉座の間を支配するのは重々しい沈黙の空気。
「俺はティルを守る。誰が何と言おうとだ。仲間たちの想いを背負って俺はここに来てるんだ」
「俺の背負う遺志はさらに重いぞ。オーシャン様の遺志だ。誰が何と言おうとリムリプスは封印する」
「そうはさせない。俺はここで親父を止めてみせる。絶対に俺の意志は揺るがないぞ」
「いいだろう。おまえはおまえの好きにすればいい。だが俺も俺の好きなようにしよう」
翠と黒が睨み合う。
両者ともに一歩も譲らず、また微塵も動きを見せない。
まるで誰がか戦いのゴングを打ち鳴らすの待つかのように。
「俺が親父の暴走を止めてやる。これが俺の役目だ!」
リクが叫ぶ。
「おまえなんかには負けん。俺が勝って魔竜は封印する。これが俺の役目だ!」
ゼロが叫ぶ。
その様子を見ていたリシェはごくりと固唾を呑む。
しばしの静寂。
そして誰が合図したか、両者同時に跳躍。拳を交える。
「今こそ決着をつけてやるぜ、親父ィ!!」
「悪く思うなよ、今度も勝つのは俺だ!!」
魔竜ティルを巡る最後の戦いが今ここに始まる。
部屋の隅にリシェは追い詰められていた。
怯える小さな影に黒い影が迫る。
「なんだこいつは。こんなやつが侵入者とは、俺も甘く見られたもんだな」
「ううっ……」
「だが見かけで判断してやるのは悪いか。こんなのでも敵なのだからな」
必死に敵を睨みつけるリシェ。
恐怖心はすぐに相手に見抜かれる。気持ちで劣っていては勝つことなどできない。
唸り声を上げて威嚇して見せるが、腰が引けて後脚にはまるで力が入らない。
そんなリシェの様子をゼロはとっくに見抜いていた。
「これは戦争だ。ナメるな! 戦とは常に非情、命と命のやり取り、甘さを見せたほうが負ける世界だ! 死にたくなければ全力で抗え。それができないならば……ここで死ぬがいい!!」
「う、うわぁぁああああっ!!」
恐ろしい程の力でゼロはリシェをつかみ上げる。
足が宙に浮いて踏ん張りが効かない。いくら足をじたばたさせてもゼロの手の内から逃げ出すことができない。
ゼロのもう一方の手がリシェの首筋に伸びる。
竜人族の力をもってすれば、リシェの首の骨を折るなど容易いことだろう。
「悪く思うなよ…。これが戦争というものだ!!」
リシェの首筋に手が触れるか触れないかといったそのときだった。
「そこまでだ、親父ィ!!」
何かが飛んできて、ゼロの傍にあった玉座を吹き飛ばした。
振り返ると玉座があった位置に気を失った飛竜が落ちている。
「サクレ! おまえ程の者がやられるとは」
玉座の間入り口に目を向ける。
そこにはゼロのよく知った顔があった。
「ついにここまで来たか……リク!」
「まずリシェから手を放せ」
「ふん。俺とやる気か? 砂漠ではまるで手も足も出せなかったおまえが?」
ゼロはリシェを投げ捨てた。
リシェはサクレの上に転がった。
「あのときはティルを守るのに必死だったからな。こんどはハンデなしだ」
「そうか。俺もおまえのためを思ってわざと全力を出さなかったんだがな」
リクとゼロが対峙する。
玉座の間を支配するのは重々しい沈黙の空気。
「俺はティルを守る。誰が何と言おうとだ。仲間たちの想いを背負って俺はここに来てるんだ」
「俺の背負う遺志はさらに重いぞ。オーシャン様の遺志だ。誰が何と言おうとリムリプスは封印する」
「そうはさせない。俺はここで親父を止めてみせる。絶対に俺の意志は揺るがないぞ」
「いいだろう。おまえはおまえの好きにすればいい。だが俺も俺の好きなようにしよう」
翠と黒が睨み合う。
両者ともに一歩も譲らず、また微塵も動きを見せない。
まるで誰がか戦いのゴングを打ち鳴らすの待つかのように。
「俺が親父の暴走を止めてやる。これが俺の役目だ!」
リクが叫ぶ。
「おまえなんかには負けん。俺が勝って魔竜は封印する。これが俺の役目だ!」
ゼロが叫ぶ。
その様子を見ていたリシェはごくりと固唾を呑む。
しばしの静寂。
そして誰が合図したか、両者同時に跳躍。拳を交える。
「今こそ決着をつけてやるぜ、親父ィ!!」
「悪く思うなよ、今度も勝つのは俺だ!!」
魔竜ティルを巡る最後の戦いが今ここに始まる。