かつて、この大樹の大陸ではマキナ-ヴェルスタンド戦争と呼ばれる大戦があった。
精神を研究する国ヴェルスタンド。機械技術を誇る国マキナ。
鯰と呼ばれる兵器が突如としてマキナを襲い都市は半壊、さらに半島の一部が失われるほどの被害を与えた。
圧倒的な強さを誇る鯰の前にマキナの軍勢は敗北、もはやこの国もおしまいかと思われていた。
それがどういうわけか、鯰は破壊され、ヴェルスタンドの大統領が死んだことで戦争は終わった。
その戦争の影に歴史には語られぬ小さな英雄たちの活躍があったことを知る者は多くはない。
英雄たちは戦いの後、それぞれが静かに姿を消した。
マキナは徐々に復興され、かつての栄光を取り戻しつつあった。
ヴェルスタンドの悪夢は終わった……はずだった。
精神を研究する国ヴェルスタンド。機械技術を誇る国マキナ。
鯰と呼ばれる兵器が突如としてマキナを襲い都市は半壊、さらに半島の一部が失われるほどの被害を与えた。
圧倒的な強さを誇る鯰の前にマキナの軍勢は敗北、もはやこの国もおしまいかと思われていた。
それがどういうわけか、鯰は破壊され、ヴェルスタンドの大統領が死んだことで戦争は終わった。
その戦争の影に歴史には語られぬ小さな英雄たちの活躍があったことを知る者は多くはない。
英雄たちは戦いの後、それぞれが静かに姿を消した。
マキナは徐々に復興され、かつての栄光を取り戻しつつあった。
ヴェルスタンドの悪夢は終わった……はずだった。
第一章「終わらない悪夢」
マキナの都市部に存在するとある地下研究所。
そこで正体不明の漆黒の球体、ブラックボックスの研究に精を出す一人の男の姿があった。
彼はガイスト。先の戦争で仲間とともに密かに活躍した知られざる英雄の一人だ。
戦いの犠牲となって散った仲間メイヴの遺したブラックボックスの正体を突き止めるため、ガイストは同じく先の知られざる英雄の一人で師でもあるスヴェン博士のこの地下研究所で日々研究に励んでいるのだった。
そんなある日、ガイストの元へと一本の連絡が寄せられた。
端末の画面に一件のメールが届いたことを知らせる表示が点滅する。
知らない連絡先からだった。
誰からだろうと少し不審に思いながらも、ガイストは端末を操作してメールを確認する。
研究室のホログラムモニタに一人の男の姿が映し出された。
男は慌てた様子で用件を話し始める。
『もうおしまいだ! 精神体が暴走してヴェルスタンドは壊滅的被害を受けた。私もおそらくもう長くはないだろう…。このメッセージを見てくれた誰でもいい。どうか精神体の暴走を止めてくれ! 世界中からすべての命が失われてしまう前に…』
映像にノイズが走り始め、音は不明瞭に、ホログラムの男の姿は不鮮明になり、とうとうぷつりと映像は途絶えてしまった。
どうやらこれはヴェルスタンドから全世界に向けて一斉送信されたものらしい。それが偶然この研究所に届いたということだろう。
ところでガイストにはこのホログラムの男の顔に見覚えがあった。
マキナの出身でありながら、貧しい家庭で育ったガイストは出稼ぎのために以前はヴェルスタンドで働いていた。おそらくその当時に出逢ったことがある人物だ。
たしか名はゲシュペンスト博士。ガイストが責任者として勤めていたガイストクッペルとは別のドームの責任者だったと記憶している。
見知った顔、そして以前はヴェルスタンドに住んでいたこともあり、ガイストはホログラムの言うヴェルスタンドの壊滅的被害が気になった。
ガイストが以前ガイストクッペルで研究していたのは精神体と呼ばれるものだ。その精神体の暴走と聞いて、とても他人事ではないように思えたのだ。
端末を操作してヴェルスタンドの情報を探る。
すぐに見つかった。最近のニュース映像がホログラムで映し出される。
『――では次のニュースです。また犠牲者が出てしまいました。本日未明、西部海岸沿いの都市リュッケンで原因不明の意識喪失者が出たことがわかりました。今回倒れたのは二十人余りで、彼らはすぐに病院に運び込まれましたが、治療を担当した医師数名も意識を失うなどの騒ぎになっています。この原因不明の意識喪失者の数はこれまでで合わせて数万人に上っており、最近では首都ゲーヒルンでも犠牲者が出るようになるなどの不安が続いています。政府の発表ではヒュフテ研究所地帯で行われている精神研究とは一切関係がないとされていますが、当地域の研究所関係者は発言を頑なに拒んでおり……』
どうやらヴェルスタンドで国民が突然意識を失って倒れるという現象が相次いでいるらしい。その原因は依然不明とのことだ。
調べていくと今ではヴェルスタンドに暮らす人々のほとんどが倒れてしまい、最初のホログラムが言っていたように壊滅的な状態になっているらしい。
前大統領が死んで、それに代わって新しい大統領が国家代表に就任していたが、その新大統領はフィーティン国に避難しフィーティン王の助力を得て対策を講じているようだ。
「精神体の暴走……か」
その言葉をガイストは無視することができなかった。それはかつて自分も研究していたものなのだから。
また知られざる英雄たちが活躍した先の戦争では、ヴェルスタンド前大統領の計略と精神体の存在が大きく関わっていた。
前大統領はもう死んだが、この一件にはもしかしたら精神体が何か関係しているのかもしれない。
かつて精神体を研究していたガイストには、自分にも責任があるのではないかと思えてならなかった。
それにヴェルスタンドの人々は今ではほとんどが意識を失ってしまっているのだ。もしかすると、研究者の数だって不足しているかもしれない。
「これは放ってはおけないな。それに隣国で起こっていることだ。マキナでもいずれ同じような被害が起きるかもしれない。もし精神体が原因だとしたら、それをよく知っている僕が黙って見ているわけにはいかないな」
責任を感じたガイストはスヴェン博士に研究所を任せると、単身ヴェルスタンドへ調査へと乗り出した。
そこで正体不明の漆黒の球体、ブラックボックスの研究に精を出す一人の男の姿があった。
彼はガイスト。先の戦争で仲間とともに密かに活躍した知られざる英雄の一人だ。
戦いの犠牲となって散った仲間メイヴの遺したブラックボックスの正体を突き止めるため、ガイストは同じく先の知られざる英雄の一人で師でもあるスヴェン博士のこの地下研究所で日々研究に励んでいるのだった。
そんなある日、ガイストの元へと一本の連絡が寄せられた。
端末の画面に一件のメールが届いたことを知らせる表示が点滅する。
知らない連絡先からだった。
誰からだろうと少し不審に思いながらも、ガイストは端末を操作してメールを確認する。
研究室のホログラムモニタに一人の男の姿が映し出された。
男は慌てた様子で用件を話し始める。
『もうおしまいだ! 精神体が暴走してヴェルスタンドは壊滅的被害を受けた。私もおそらくもう長くはないだろう…。このメッセージを見てくれた誰でもいい。どうか精神体の暴走を止めてくれ! 世界中からすべての命が失われてしまう前に…』
映像にノイズが走り始め、音は不明瞭に、ホログラムの男の姿は不鮮明になり、とうとうぷつりと映像は途絶えてしまった。
どうやらこれはヴェルスタンドから全世界に向けて一斉送信されたものらしい。それが偶然この研究所に届いたということだろう。
ところでガイストにはこのホログラムの男の顔に見覚えがあった。
マキナの出身でありながら、貧しい家庭で育ったガイストは出稼ぎのために以前はヴェルスタンドで働いていた。おそらくその当時に出逢ったことがある人物だ。
たしか名はゲシュペンスト博士。ガイストが責任者として勤めていたガイストクッペルとは別のドームの責任者だったと記憶している。
見知った顔、そして以前はヴェルスタンドに住んでいたこともあり、ガイストはホログラムの言うヴェルスタンドの壊滅的被害が気になった。
ガイストが以前ガイストクッペルで研究していたのは精神体と呼ばれるものだ。その精神体の暴走と聞いて、とても他人事ではないように思えたのだ。
端末を操作してヴェルスタンドの情報を探る。
すぐに見つかった。最近のニュース映像がホログラムで映し出される。
『――では次のニュースです。また犠牲者が出てしまいました。本日未明、西部海岸沿いの都市リュッケンで原因不明の意識喪失者が出たことがわかりました。今回倒れたのは二十人余りで、彼らはすぐに病院に運び込まれましたが、治療を担当した医師数名も意識を失うなどの騒ぎになっています。この原因不明の意識喪失者の数はこれまでで合わせて数万人に上っており、最近では首都ゲーヒルンでも犠牲者が出るようになるなどの不安が続いています。政府の発表ではヒュフテ研究所地帯で行われている精神研究とは一切関係がないとされていますが、当地域の研究所関係者は発言を頑なに拒んでおり……』
どうやらヴェルスタンドで国民が突然意識を失って倒れるという現象が相次いでいるらしい。その原因は依然不明とのことだ。
調べていくと今ではヴェルスタンドに暮らす人々のほとんどが倒れてしまい、最初のホログラムが言っていたように壊滅的な状態になっているらしい。
前大統領が死んで、それに代わって新しい大統領が国家代表に就任していたが、その新大統領はフィーティン国に避難しフィーティン王の助力を得て対策を講じているようだ。
「精神体の暴走……か」
その言葉をガイストは無視することができなかった。それはかつて自分も研究していたものなのだから。
また知られざる英雄たちが活躍した先の戦争では、ヴェルスタンド前大統領の計略と精神体の存在が大きく関わっていた。
前大統領はもう死んだが、この一件にはもしかしたら精神体が何か関係しているのかもしれない。
かつて精神体を研究していたガイストには、自分にも責任があるのではないかと思えてならなかった。
それにヴェルスタンドの人々は今ではほとんどが意識を失ってしまっているのだ。もしかすると、研究者の数だって不足しているかもしれない。
「これは放ってはおけないな。それに隣国で起こっていることだ。マキナでもいずれ同じような被害が起きるかもしれない。もし精神体が原因だとしたら、それをよく知っている僕が黙って見ているわけにはいかないな」
責任を感じたガイストはスヴェン博士に研究所を任せると、単身ヴェルスタンドへ調査へと乗り出した。
戦争以後、ヴェルスタンドの新大統領とマキナは互いに不干渉を守ることを条件に和解した。
以前はヴェルスタンドの研究者だったとはいえ、マキナ出身であるガイストが今ヴェルスタンドに干渉することは禁じられている。
「だが精神体を研究していたのは僕だ。しかも一応これでも主任だったんだ。この一件に目を瞑るわけにはいかない」
戦争後、マキナとヴェルスタンドを結ぶ鉄道や道路はことごとく封鎖された。これも相互不干渉のためだ。
国境付近は厳しく監視されており、見つからずに通行することは不可能だ。
そこでガイストは海路を渡ってヴェルスタンドに潜入することにした。
マキナで新しく開発された小型潜水艇の『鯱』に乗って、かつての戦争でヴェルスタンドの兵器『鯰』が起こした地震によって大地が陥没してできた入り江から北へと回り込んで、潜行しながらヴェルスタンドへと向かう。
海底には戦前の建物などの残骸がそのままの形で取り残されていた。
「精神体の暴走か…。またあのときのようなことにならなければいいけど…」
かつての戦争でヴェルスタンドの脅威『鯰』と戦ったのは、当時のマキナ最新鋭の潜水飛行艇スロヴェスト、通称『鯨』だった。
無人の鯰とスヴェン博士の操縦する鯨は死闘を繰り広げた。しかし、鯰はいくら破壊されてもなお動き続けた。
鯰の正体とは、鯰という鉄の鎧をまとった精神体だったのだ。意識を持つ精神体が鯰に取り憑いて操っていたと説明すればわかりやすいだろうか。
だから鎧に過ぎない鯰の部分をいくら攻撃しても勝ち目はなかった。しかも、いくら破壊しても精神体の力によってすぐに自己修復されてしまう。
そこで仲間の一人メイヴが捨て身の波動砲で鉄の鎧を完全に吹き飛ばし、また別の仲間ゲンダーが射影機で精神体を封じ込めたのだった。
メイヴとゲンダーは、ガイストが尊敬する研究者ヘイヴが発明した、なぜか心を持つ機械たちだ。
この戦いが原因でメイヴは粉々になってしまい、メイヴの動力として使われていたブラックボックスだけが私の手に遺された。
ゲンダーはメイヴをなんとか復活させる方法があるのではないかと、手掛かりを求めて当てのない旅に出てしまった。
そして私はブラックボックスを研究することでいつかメイヴを蘇らせることができるのではないかと信じて、スヴェン博士の研究所で日々研究に励んでいるのだった。
「だが、すまないメイヴ。それは少しだけ遅れそうだ。精神体を生み出してしまったのは、もとを辿れば僕の研究のせいなんだ。つまり、この一件は僕の責任でもある。これ以上みんなに迷惑をかけるわけにはいかない」
決意と少しの不安を胸に、ガイストは鯱の操縦桿を握る。
戦争の傷跡を遺す暗い海底を一機の小さな潜水艇が突き進んでいった。
以前はヴェルスタンドの研究者だったとはいえ、マキナ出身であるガイストが今ヴェルスタンドに干渉することは禁じられている。
「だが精神体を研究していたのは僕だ。しかも一応これでも主任だったんだ。この一件に目を瞑るわけにはいかない」
戦争後、マキナとヴェルスタンドを結ぶ鉄道や道路はことごとく封鎖された。これも相互不干渉のためだ。
国境付近は厳しく監視されており、見つからずに通行することは不可能だ。
そこでガイストは海路を渡ってヴェルスタンドに潜入することにした。
マキナで新しく開発された小型潜水艇の『鯱』に乗って、かつての戦争でヴェルスタンドの兵器『鯰』が起こした地震によって大地が陥没してできた入り江から北へと回り込んで、潜行しながらヴェルスタンドへと向かう。
海底には戦前の建物などの残骸がそのままの形で取り残されていた。
「精神体の暴走か…。またあのときのようなことにならなければいいけど…」
かつての戦争でヴェルスタンドの脅威『鯰』と戦ったのは、当時のマキナ最新鋭の潜水飛行艇スロヴェスト、通称『鯨』だった。
無人の鯰とスヴェン博士の操縦する鯨は死闘を繰り広げた。しかし、鯰はいくら破壊されてもなお動き続けた。
鯰の正体とは、鯰という鉄の鎧をまとった精神体だったのだ。意識を持つ精神体が鯰に取り憑いて操っていたと説明すればわかりやすいだろうか。
だから鎧に過ぎない鯰の部分をいくら攻撃しても勝ち目はなかった。しかも、いくら破壊しても精神体の力によってすぐに自己修復されてしまう。
そこで仲間の一人メイヴが捨て身の波動砲で鉄の鎧を完全に吹き飛ばし、また別の仲間ゲンダーが射影機で精神体を封じ込めたのだった。
メイヴとゲンダーは、ガイストが尊敬する研究者ヘイヴが発明した、なぜか心を持つ機械たちだ。
この戦いが原因でメイヴは粉々になってしまい、メイヴの動力として使われていたブラックボックスだけが私の手に遺された。
ゲンダーはメイヴをなんとか復活させる方法があるのではないかと、手掛かりを求めて当てのない旅に出てしまった。
そして私はブラックボックスを研究することでいつかメイヴを蘇らせることができるのではないかと信じて、スヴェン博士の研究所で日々研究に励んでいるのだった。
「だが、すまないメイヴ。それは少しだけ遅れそうだ。精神体を生み出してしまったのは、もとを辿れば僕の研究のせいなんだ。つまり、この一件は僕の責任でもある。これ以上みんなに迷惑をかけるわけにはいかない」
決意と少しの不安を胸に、ガイストは鯱の操縦桿を握る。
戦争の傷跡を遺す暗い海底を一機の小さな潜水艇が突き進んでいった。