Chapter10「忍びの者」
梅華京を目指すコテツたち一行は桜舞と梅原を結ぶ峠へと向かうも、件の大蛇が原因か否か、峠は大岩で塞がれてしまっており迂回を余儀なくされていた。
ステイとシエラの提案で、その峠で偶然出逢った同じく梅華京を目的とする狐族の娘イザヨイを旅の仲間に加え、一行は別の道を選んで梅華京へと向かうことにしたのであった。
大岩のせいで通れないため峠を通過するのは諦め、この梅原の半島を海沿いに迂回して西側から梅華京へ入る必要がある。
峠を下って左手に海を眺めつつ岩肌のむき出した坂を降りていくと、道は半島の内側へ潜り込むように伸びており、足元はごつごつした岩から柔らかい砂地へと変わった。
岩がせり出したような形の梅原半島の真下には空洞があり、いくつもの岩の柱が上のせり出した岩を支えているのだ。
この入り江一帯は「伊の谷」と呼ばれており、この谷の奥「伊の里」には癒國の神社の総本山を構え、信仰の地とされている。
仲の悪い犬族も狐族も、そして西の鳴都の猫族もここでは関係なく、癒に棲む信心深い者たちは年の始まりに揃ってここを始点に癒國神社の巡礼に出発するものなのだ。
「はいはーい、コテツ先生。神社って何?」
エルナトから出たことのなかったステイにとって、世の中知らないものばかり。そして神社もそのひとつだ。
「神社…そうだなァ。エルナトには神様っているのか?」
「母なる大地の神様とか、父なる空の神様とかがいるよ。あと狩りの神様とか」
「なら話は早い。神社ってのは癒の神様を祀ってるところなンだ。ここの総本山にはお天道さんが祀られてるらしい」
「オテントサン? テントウムシ?」
「お天道さま。空に浮かぶ太陽のことですね。癒では、とくに高位の神様だとされています」
首をかしげるステイにイザヨイが補足した。
「ふーん、太陽の神様か。空の神様と知り合いなのかなぁ」
「かもしれませんね。どちらもきっと雲の上にいらっしゃるんでしょうから」
「雲の上かぁ。そんなところまではさすがに行けないよね。ちょっと会ってみたかったのに」
「だからこうして神社があるんですよ。神社を通して間接的に神様に会う……そんな感じなんじゃないでしょうか」
「あーなるほどね。でもおいらは直接会ってみたいな。ちょっと本気出して雲の上まで飛んでみようかなー」
「おう、そうしろそうしろ。そしてそのまま戻って来なくても別に構わないぜぃ」
「なにそれひどい」
雲の上の話題でじゃれ合うステイたち。
それとは対照的にシエラは静かに海の向こうの空高くを見上げて一人呟いた。
「空の上に神様なんていないよ…」
その声は入り江の中に静かに響いたが、それはすぐに海からの波の音に掻き消されてしまって、誰も彼女の独り言には気付かなかった。
ステイとシエラの提案で、その峠で偶然出逢った同じく梅華京を目的とする狐族の娘イザヨイを旅の仲間に加え、一行は別の道を選んで梅華京へと向かうことにしたのであった。
大岩のせいで通れないため峠を通過するのは諦め、この梅原の半島を海沿いに迂回して西側から梅華京へ入る必要がある。
峠を下って左手に海を眺めつつ岩肌のむき出した坂を降りていくと、道は半島の内側へ潜り込むように伸びており、足元はごつごつした岩から柔らかい砂地へと変わった。
岩がせり出したような形の梅原半島の真下には空洞があり、いくつもの岩の柱が上のせり出した岩を支えているのだ。
この入り江一帯は「伊の谷」と呼ばれており、この谷の奥「伊の里」には癒國の神社の総本山を構え、信仰の地とされている。
仲の悪い犬族も狐族も、そして西の鳴都の猫族もここでは関係なく、癒に棲む信心深い者たちは年の始まりに揃ってここを始点に癒國神社の巡礼に出発するものなのだ。
「はいはーい、コテツ先生。神社って何?」
エルナトから出たことのなかったステイにとって、世の中知らないものばかり。そして神社もそのひとつだ。
「神社…そうだなァ。エルナトには神様っているのか?」
「母なる大地の神様とか、父なる空の神様とかがいるよ。あと狩りの神様とか」
「なら話は早い。神社ってのは癒の神様を祀ってるところなンだ。ここの総本山にはお天道さんが祀られてるらしい」
「オテントサン? テントウムシ?」
「お天道さま。空に浮かぶ太陽のことですね。癒では、とくに高位の神様だとされています」
首をかしげるステイにイザヨイが補足した。
「ふーん、太陽の神様か。空の神様と知り合いなのかなぁ」
「かもしれませんね。どちらもきっと雲の上にいらっしゃるんでしょうから」
「雲の上かぁ。そんなところまではさすがに行けないよね。ちょっと会ってみたかったのに」
「だからこうして神社があるんですよ。神社を通して間接的に神様に会う……そんな感じなんじゃないでしょうか」
「あーなるほどね。でもおいらは直接会ってみたいな。ちょっと本気出して雲の上まで飛んでみようかなー」
「おう、そうしろそうしろ。そしてそのまま戻って来なくても別に構わないぜぃ」
「なにそれひどい」
雲の上の話題でじゃれ合うステイたち。
それとは対照的にシエラは静かに海の向こうの空高くを見上げて一人呟いた。
「空の上に神様なんていないよ…」
その声は入り江の中に静かに響いたが、それはすぐに海からの波の音に掻き消されてしまって、誰も彼女の独り言には気付かなかった。
空洞はずいぶんと天井が高く、巨大な魚が口を開けたような形とでも言えばいいのだろうか、周囲は歯が弧を描いて並んでいるかのように岩の柱が立っている。
ここはちょうどあの峠の大岩の真下あたりだろうか。入り江はとても静かで、海から聴こえてくる波の音と上の半島から落ちてくる滝の水の音以外には何も聴こえてこない。
大声を出せばよく響き渡るだろう。案の定、ステイは「やっほー!」などと叫んでは声を反響させて遊んでいる。
「やめとけよ。一応、総本山なンだから、叫ぶのはさ」
「なんだ、つまんないの。山じゃねぇだろ! ってつっこみ待ちだったのに」
「知るか!」
滝の落ちるその向こうには大きな鳥居がそびえ立ち、巡礼に来た参拝者たちを静かに迎えている。
一行はせっかくなのでと旅の安全を社に祈り、改めて梅華京へと足を進めることにした。
慣れない様子でコテツやイザヨイの見よう見まねで祈りを捧げるステイ。その隣にシエラの姿はなかった。
社を後にして入り江を横断する。降りてきたのと同様に、反対側の崖路を上がればそこは梅華京の西側だ。
その道中、まだ入り江の抜けきらないうちにステイは気になっていたことを訊いた。
「ねぇ、なんでしえしえはお祈りしなかったの?」
「あたいはまぁ……ちょっとね」
首をかしげるステイに、代わりにイザヨイが答えた。
「エルナトにはエルナト、癒には癒の神様がいるように、国によっていろんな神様がいるんです。それによってルールが違ったりするので、つまりそういうことなんでしょう。察してあげるのがいいですよ」
「あ、そうそうそれ。そんなとこ」
「ふーん。なんかめんどくさいんだね」
そういった話をしながら入り江を抜けて上へと登る坂道へと差しかかろうとしたとき。おいらが一番乗りだ、とはしゃいで先頭を行くステイの足下に刃が突き立った。
慌てて足を止めて視線を前方へと戻すと、いつの間にか黒衣の三人組が現れてその行く手を阻んでいるではないか。さっきまではそこには誰もいなかったはずだ。
「なンだ、おめぇら。物盗りか何かか? 悪いがおめぇらにくれてやるようなモンは持ち合わせてねぇぜ」
コテツが威嚇するも、三人組はそれにかまうことなく一点を見つめていた。その視線の先には…
「わ、私……?」
「イザヨイ嬢だな。我々と来い。異論は聞かぬ」
黒衣のうちの一人、黒頭巾の男が言った。
「あなたたちは一体…」
相手は犬でも狐でも猫でもなかった。
一人は黒頭巾を深く耳まで被っている。一人は眼帯で両目を隠している。一人は布で口元を覆っている。
「これ、おいらのと同じだ」
足下の刃をステイが拾い上げる。それはまさしく平牙の道具屋でステイがもらったものと同じだった。
「クナイ! なンだこいつら。忍びか!?」
抜刀、コテツが身構えると、それとほとんど同時に三人組が飛びかかった。
向かい来る影に一閃。しかし、木刀は虚を切り裂くのみ。既にそこに三人組はいない。
「邪魔立て無用! 火遁!」
黒頭巾は懐から取り出した小瓶をコテツに向かって投げた。
小瓶が地面に落ちて割れると、そこから炎が燃え上がる。炎はコテツの尾を燃やした。
「うわっ!?」
そこに水の球が飛来しすぐに消火した。シエラだ。
「あたいに任せて」
シエラがカギシッポを振るうと、水球は小さく分裂して水の弾丸になり機関銃のように飛び出していく。水弾は迫り来る三人の影を退けることに成功した。
「火だ! しえしえ、あいつらも魔法を!?」
「魔力は感じない。別の何かだと思う」
三つの影は目にも止まらない動きで駆け廻り、コテツとシエラを撹乱すると一斉に三方からイザヨイに向けて距離を詰める。
「危ない! 右と左と後ろから襲ってくる!」
影がイザヨイに重なるかというところで視界を低空飛行するステイが過ぎ去った。
目前でイザヨイの姿が空へと消え、三人は互いにぶつかりそうになって一瞬その足を止める。その隙を狙ってシエラは水を操りドームを形成すると、その中に三人組を閉じ込めた。
「狙いはイザヨイだぜぃ!」
「今のうちに!」
次に水が弾けて一瞬の視界を奪った後に黒衣の三人が一斉に飛び出したが、それよりも早くコテツ一行は姿を消していた。
ここはちょうどあの峠の大岩の真下あたりだろうか。入り江はとても静かで、海から聴こえてくる波の音と上の半島から落ちてくる滝の水の音以外には何も聴こえてこない。
大声を出せばよく響き渡るだろう。案の定、ステイは「やっほー!」などと叫んでは声を反響させて遊んでいる。
「やめとけよ。一応、総本山なンだから、叫ぶのはさ」
「なんだ、つまんないの。山じゃねぇだろ! ってつっこみ待ちだったのに」
「知るか!」
滝の落ちるその向こうには大きな鳥居がそびえ立ち、巡礼に来た参拝者たちを静かに迎えている。
一行はせっかくなのでと旅の安全を社に祈り、改めて梅華京へと足を進めることにした。
慣れない様子でコテツやイザヨイの見よう見まねで祈りを捧げるステイ。その隣にシエラの姿はなかった。
社を後にして入り江を横断する。降りてきたのと同様に、反対側の崖路を上がればそこは梅華京の西側だ。
その道中、まだ入り江の抜けきらないうちにステイは気になっていたことを訊いた。
「ねぇ、なんでしえしえはお祈りしなかったの?」
「あたいはまぁ……ちょっとね」
首をかしげるステイに、代わりにイザヨイが答えた。
「エルナトにはエルナト、癒には癒の神様がいるように、国によっていろんな神様がいるんです。それによってルールが違ったりするので、つまりそういうことなんでしょう。察してあげるのがいいですよ」
「あ、そうそうそれ。そんなとこ」
「ふーん。なんかめんどくさいんだね」
そういった話をしながら入り江を抜けて上へと登る坂道へと差しかかろうとしたとき。おいらが一番乗りだ、とはしゃいで先頭を行くステイの足下に刃が突き立った。
慌てて足を止めて視線を前方へと戻すと、いつの間にか黒衣の三人組が現れてその行く手を阻んでいるではないか。さっきまではそこには誰もいなかったはずだ。
「なンだ、おめぇら。物盗りか何かか? 悪いがおめぇらにくれてやるようなモンは持ち合わせてねぇぜ」
コテツが威嚇するも、三人組はそれにかまうことなく一点を見つめていた。その視線の先には…
「わ、私……?」
「イザヨイ嬢だな。我々と来い。異論は聞かぬ」
黒衣のうちの一人、黒頭巾の男が言った。
「あなたたちは一体…」
相手は犬でも狐でも猫でもなかった。
一人は黒頭巾を深く耳まで被っている。一人は眼帯で両目を隠している。一人は布で口元を覆っている。
「これ、おいらのと同じだ」
足下の刃をステイが拾い上げる。それはまさしく平牙の道具屋でステイがもらったものと同じだった。
「クナイ! なンだこいつら。忍びか!?」
抜刀、コテツが身構えると、それとほとんど同時に三人組が飛びかかった。
向かい来る影に一閃。しかし、木刀は虚を切り裂くのみ。既にそこに三人組はいない。
「邪魔立て無用! 火遁!」
黒頭巾は懐から取り出した小瓶をコテツに向かって投げた。
小瓶が地面に落ちて割れると、そこから炎が燃え上がる。炎はコテツの尾を燃やした。
「うわっ!?」
そこに水の球が飛来しすぐに消火した。シエラだ。
「あたいに任せて」
シエラがカギシッポを振るうと、水球は小さく分裂して水の弾丸になり機関銃のように飛び出していく。水弾は迫り来る三人の影を退けることに成功した。
「火だ! しえしえ、あいつらも魔法を!?」
「魔力は感じない。別の何かだと思う」
三つの影は目にも止まらない動きで駆け廻り、コテツとシエラを撹乱すると一斉に三方からイザヨイに向けて距離を詰める。
「危ない! 右と左と後ろから襲ってくる!」
影がイザヨイに重なるかというところで視界を低空飛行するステイが過ぎ去った。
目前でイザヨイの姿が空へと消え、三人は互いにぶつかりそうになって一瞬その足を止める。その隙を狙ってシエラは水を操りドームを形成すると、その中に三人組を閉じ込めた。
「狙いはイザヨイだぜぃ!」
「今のうちに!」
次に水が弾けて一瞬の視界を奪った後に黒衣の三人が一斉に飛び出したが、それよりも早くコテツ一行は姿を消していた。
「不覚……!」
口元を隠した忍びが恨めしそうに、イザヨイの消えた先を睨みつけた。
その先にはひとつの刃が落ちている。自分たちの持っているものとよく似ているが意匠が少し異なる。
「どうした。何か見つけたのか、イワザル?」
眼帯の忍びが訊いた。両目が塞がれているが、どうやら彼にはそれでも周囲の状況がわかる様子だった。
「苦無」
イワザルと呼ばれた忍びがそれに答える。
「ふむ。イザヨイ嬢に護衛がいるなどとは聞いていないが……奴らは何者だ?」
「水遁ノ使用ヲ確認」
「我々の仲間ではないようだが…」
「ミザル、何の話をしているか」
黒頭巾の忍びが頭巾をとって訊いた。
「いっつも思うんだが、それ不便じゃないのか、キカザル?」
「かまわぬ。余計な音がないほうが任務に集中できるのだ。それで何かわかったのか」
「何も。だがイワザルがこいつを見つけた」
クナイを見ると、キカザルは訝しそうに眉間にしわを寄せた。
「これは一度、お屋形様に報告すべきだと考えるが如何に」
「それがいいだろうな。敵対勢力がいるとわかった以上、下手には動けまい」
「承知」
互いに頷き合うと三人の忍びはふっと姿を消した。
口元を隠した忍びが恨めしそうに、イザヨイの消えた先を睨みつけた。
その先にはひとつの刃が落ちている。自分たちの持っているものとよく似ているが意匠が少し異なる。
「どうした。何か見つけたのか、イワザル?」
眼帯の忍びが訊いた。両目が塞がれているが、どうやら彼にはそれでも周囲の状況がわかる様子だった。
「苦無」
イワザルと呼ばれた忍びがそれに答える。
「ふむ。イザヨイ嬢に護衛がいるなどとは聞いていないが……奴らは何者だ?」
「水遁ノ使用ヲ確認」
「我々の仲間ではないようだが…」
「ミザル、何の話をしているか」
黒頭巾の忍びが頭巾をとって訊いた。
「いっつも思うんだが、それ不便じゃないのか、キカザル?」
「かまわぬ。余計な音がないほうが任務に集中できるのだ。それで何かわかったのか」
「何も。だがイワザルがこいつを見つけた」
クナイを見ると、キカザルは訝しそうに眉間にしわを寄せた。
「これは一度、お屋形様に報告すべきだと考えるが如何に」
「それがいいだろうな。敵対勢力がいるとわかった以上、下手には動けまい」
「承知」
互いに頷き合うと三人の忍びはふっと姿を消した。