ChapterXII「水と導き手の蒼」
(執筆:日替わりゼリー)
「セルシウス!!!」
目の前に現れたのは、以前ファントムトロウやヴァルト襲来の折りに我々を救ってくれたあの赤竜だった。たしかセッテは修行時代からの知り合いだとも言っていたか。だが現れたセルシウスは傷だらけで、まさに満身創痍という言葉が相応しい姿をしていた。
この中では最もよく彼のことを知っているセッテは、自分が足を怪我していることもお構いなしに、誰よりも先にセルシウスの下へと駆け寄った。
「こんなにボロボロになって…。一体誰が……何があったんすか!?」
赤竜は何かを言いかけたが、その言葉は弱々しくてうまく聞き取れないままに風の向こうへと消えた。そしてそのままセルシウスは意識を失って、どすんとその場に身体を横たえてしまった。
「なんということじゃ……これはちとひどいな。原因を探るよりも手当てが先だ! おまえたち。至急、村から治療ができそうな者を見つけて呼んで参れ! 私はこやつを安全な場所に運んでおく。それからフレイ王子、そなたも大地の魔法が扱えるじゃろう。さすがに私一人ではちと骨が折れる。セルシウスを運ぶのを手伝ってくれぬか」
「わかった」「お任せを」「セル、俺が戻るまで死んじゃだめっすよ!」
一同散開し、オットーとセッテはこの島でただ一つの村へと駆けて行った。
土地神が司る浮島であるとはいえ、この島も、そしてそこにある村も規模としてはかなり小さく、辺境の地という言葉がとてもしっくりくるような場所だ。都合よく医者がいてくれればいいのだが……
ムスペの王子セルシウスは火竜の中では比較的若いほうだが、それでも僕はもちろん、地竜の姿に戻ったクルスよりもずっと体格が大きい。直接彼を運ぶのはオットーとセッテを含めた四人がかりでも難しいだろう。
「逆に考えるのじゃ。セルシウスではなく地面を動かして、あやつを滑らせて移動させればよい」
古い書物や昔話なんかで読んだり聞いたりしたことがある。まだ機械も魔法もなかった頃、古代の人々は大きな建造物を建てるため、その材料となる石の柱などを運ぶ際に、地面に丸太を並べてその上を転がしていくことで重い材料を運んでいたのだという。そしてその原理を応用して生まれた機械がベルトコンベアだ。
古代人たちの知恵は馬鹿に出来ない。機械や魔法も無かった時代でも彼らは様々なことをやってのけたのだ。その努力と工夫は称賛に値するものだろう。そんな彼らの知恵にあやかって僕たちもセルシウスを運ぶことにした。
原理は丸太と同じだが、魔法ならもっと簡単だ。クルスと力を合わせて大地に祈りを囁き詠唱、そして念じる。地面の一部がぷくっと膨れたかと思うと、セルシウスの真下にある地面が隆起しセルシウスの身体が持ち上がった。あとはベルトコンベアと同じ要領で、進みたい方向に地面の膨らみをスライドさせていくだけだ。
セルシウスはひどく負傷していた。これは誰かにやられたと考えるのが自然だろう。ここでその敵に見つかると厄介だ。それから治療を行うなら水があると便利だろう。僕たちは敵の目をかわすために敢えてこの辺境の島を選んで森の中に魔導船を停泊させていたが、それと同じ理由で船の近くにセルシウスを運ぶことにした。たしかあのあたりには湖もあったはずだ。
「セッテたちは場所がわかるかのう」
「あとで小さなゴーレムの使者を遣わせるよ。ユミルの紋章を刻んでおけば二人なら一目でわかってくれるはずだ」
傷ついた火竜を運びながらオットーとセッテが走って行った方向を振り返る。セルシウスを治療できる人がこの島にいてくれればいいが……
目の前に現れたのは、以前ファントムトロウやヴァルト襲来の折りに我々を救ってくれたあの赤竜だった。たしかセッテは修行時代からの知り合いだとも言っていたか。だが現れたセルシウスは傷だらけで、まさに満身創痍という言葉が相応しい姿をしていた。
この中では最もよく彼のことを知っているセッテは、自分が足を怪我していることもお構いなしに、誰よりも先にセルシウスの下へと駆け寄った。
「こんなにボロボロになって…。一体誰が……何があったんすか!?」
赤竜は何かを言いかけたが、その言葉は弱々しくてうまく聞き取れないままに風の向こうへと消えた。そしてそのままセルシウスは意識を失って、どすんとその場に身体を横たえてしまった。
「なんということじゃ……これはちとひどいな。原因を探るよりも手当てが先だ! おまえたち。至急、村から治療ができそうな者を見つけて呼んで参れ! 私はこやつを安全な場所に運んでおく。それからフレイ王子、そなたも大地の魔法が扱えるじゃろう。さすがに私一人ではちと骨が折れる。セルシウスを運ぶのを手伝ってくれぬか」
「わかった」「お任せを」「セル、俺が戻るまで死んじゃだめっすよ!」
一同散開し、オットーとセッテはこの島でただ一つの村へと駆けて行った。
土地神が司る浮島であるとはいえ、この島も、そしてそこにある村も規模としてはかなり小さく、辺境の地という言葉がとてもしっくりくるような場所だ。都合よく医者がいてくれればいいのだが……
ムスペの王子セルシウスは火竜の中では比較的若いほうだが、それでも僕はもちろん、地竜の姿に戻ったクルスよりもずっと体格が大きい。直接彼を運ぶのはオットーとセッテを含めた四人がかりでも難しいだろう。
「逆に考えるのじゃ。セルシウスではなく地面を動かして、あやつを滑らせて移動させればよい」
古い書物や昔話なんかで読んだり聞いたりしたことがある。まだ機械も魔法もなかった頃、古代の人々は大きな建造物を建てるため、その材料となる石の柱などを運ぶ際に、地面に丸太を並べてその上を転がしていくことで重い材料を運んでいたのだという。そしてその原理を応用して生まれた機械がベルトコンベアだ。
古代人たちの知恵は馬鹿に出来ない。機械や魔法も無かった時代でも彼らは様々なことをやってのけたのだ。その努力と工夫は称賛に値するものだろう。そんな彼らの知恵にあやかって僕たちもセルシウスを運ぶことにした。
原理は丸太と同じだが、魔法ならもっと簡単だ。クルスと力を合わせて大地に祈りを囁き詠唱、そして念じる。地面の一部がぷくっと膨れたかと思うと、セルシウスの真下にある地面が隆起しセルシウスの身体が持ち上がった。あとはベルトコンベアと同じ要領で、進みたい方向に地面の膨らみをスライドさせていくだけだ。
セルシウスはひどく負傷していた。これは誰かにやられたと考えるのが自然だろう。ここでその敵に見つかると厄介だ。それから治療を行うなら水があると便利だろう。僕たちは敵の目をかわすために敢えてこの辺境の島を選んで森の中に魔導船を停泊させていたが、それと同じ理由で船の近くにセルシウスを運ぶことにした。たしかあのあたりには湖もあったはずだ。
「セッテたちは場所がわかるかのう」
「あとで小さなゴーレムの使者を遣わせるよ。ユミルの紋章を刻んでおけば二人なら一目でわかってくれるはずだ」
傷ついた火竜を運びながらオットーとセッテが走って行った方向を振り返る。セルシウスを治療できる人がこの島にいてくれればいいが……
意識が朦朧とする。目が霞む。
私は一体……私の身に一体何が起こったのだろうか。頭がぼんやりして前後の記憶がはっきりしない。
身体が上下に揺れている。手足にはまるで力が入らないが、周囲の風景はひとりでに後ろへと流れていく。
どうやら私は運ばれているらしい。でも一体誰に?
ああ、頭が痛い。どうして私はこんなところにいるのだろうか。
薄暗い景色が次から次へと通り過ぎていく。ここは私の知っている場所ではないようだ。
耳に響くのはカン、カン、と鉄を踏みしめる音。身体が上下に揺さぶられ、少しずつ上に上がって行くのがわかる。そうか、階段を登っているのか。
少しずつだが、だんだんと身体の感覚が戻って来た。腹部にぬくもりと、背中に手を添えられているのを感じる。私は誰かの肩に担がれているようだ。だが私は竜だぞ。そんな私を肩に担ぎ上げられるなんて一体どんな巨体の持ち主なのか。
視界も少しずつはっきりしてきた。段だ。目の前に階段の段差が見える。段差はひとつずつ、音が聴こえるのと同じ数だけ前に、進行方向の逆へと流れていく。頭を後方に、うつ伏せに担がれているのか。
顎を引くと私を担いでいる者の背中が少し見えた。蒼い鎧を身にまとっている。このシルエットは……ニンゲンか。
はっ、ニンゲンだと? あの小さな生き物がどうやって私を担いでいるのだ。ああ、どういうわけかまた頭が痛くなってきた。
どこまでも続くように思えた階段は、響く足音が変わったの同時に終わり、続いて扉を開く音が聴こえた。外からの眩しい光が私の目に突き刺さる。
「あ……ああッ!!」
その瞬間、私は思い出した。
そうだ! 私は見たぞ、眩しい光の向こうに映る人影を! そして次の瞬間には身体の自由が奪われて意識が遠のいて……そうだ。私はニンゲンどもに捕らえられたのだ!!
「き、貴様っ! 何をする、私を離せ!!」
このままではロクな目に合わない。それにこの私を軽々と運ぶこのニンゲン、なんと力強い。悔しいが今の私はこいつには勝ち目がないだろう。深手を負わされる前に逃げなくては。
私は力の限り暴れた。すると油断していたニンゲンめは私を拘束する手を緩めた。外に出た今がチャンスだ。さっさと大空に飛び立ってしまえば翼をもたないニンゲンなど――
鈍い音が耳に響いた。頭がガンガンする。口の中には土の味が広がった。にがい。
「ううっ、ぺッぺッ! しまった、翼も拘束されていたのか」
どうやら頭から地面に激突してしまったらしい。足下が草地だったので怪我を負うことはなかったが、それにしてはやけに頭がずきずきと痛む。おかしい、私には鉄よりも固い鱗があるはずなのに。
「やれやれ。こいつはとんだおてんばさんだぜ」
私を運んでいた男の声が真上から降って来た。まずい、このままではまた捕まってしまう。いや待て、上から聴こえただと。まさか、そんなはずはあるまい。だって相手はニンゲンだろうに、この男は巨人だとでもいうのか。そもそも私は竜よりも大きなニンゲンの話など見たことも聞いたことも――
不意に身体が浮かび上がった。
「ひゃァうっ!?」
あまりに驚いてヘンな声が出てしまったではないか、このニンゲンめ! 水竜なのに顔から炎が出そうになったぞ。
「貴様、一体どんな魔法を使って……」
「お嬢ちゃん。もうちょっとじっとしてくれないと、お兄さん困っちまうぜ」
「なッ。ば、馬鹿にしおって! これでも私は貴様なんぞより百年も二百年も長く生きておるのだ!」
「へいへい、そいつは悪ぅござんしたね。だがここはまだ敵地だ。ここを抜けきるまでは静かにしててもらうぜ」
そう言って、この男は再び私を肩に担ぎ上げた。身体が浮かんだのは、どうやらこいつに持ち上げられたかららしい。なんという怪力、そしてなんという巨体だ。こんな化け物がいるなんて私は知らなかったぞ。
ああ、また頭がくらくらする。そもそもこいつの担ぎ方が悪い。レディーを肩に担ぎ上げるとは何事か。もっとこう……方法があるだろう。これでは頭に血が昇っていかん。
目の前には憎たらしい蒼い男の背中が見える。悔しいからちょっと爪でも立ててやろうか。
そう思って手を伸ばしかけたときだった。
「ふ、ふにャああぁぁああァッ!!?」
すごく驚いて奇妙な声が出てしまったがそれどころではない。
「な、な。な。ななな、なんだこの手は!? 私の鉤爪はどこへ行った! 美しいマリンブルーの鱗は! というかなんだこの細くてか弱い腕は! これじゃあ風ネズミの一匹も狩れんじゃないか!!」
「んん? こんどはどうした、お嬢ちゃん。大事な付け爪でも落としちまったのかい」
「ば、馬鹿言え! こ、これは……これじゃあまるでニンゲンの手じゃないか!」
「ああ、そうだな。俺にもついてる」
「ああそうだな、じゃなーいッ! 貴様ァァァッ! 私に何をしたのだッ!!」
「俺が聞きたいぜ。一体何が何だって? マリンブルーがどうとか……ああ、俺も蒼い色は好きだが」
「いいから離せッ!」
無理やり蒼い男の腕を振り払って男の手から逃れる。よし、こんどはちゃんと着地してやったぞ。
そして身をひるがえしてこの蒼い男と対峙する。ふむ、顔はなかなか悪くない……じゃなくッて!
「やい貴様。どうやらこの私を怒らせたようだな。死にたくなければ素直に答えろ。おまえは誰だ。ここはどこだ。私に何をした!」
「やれやれ、勘弁してくれよ、お嬢ちゃん。遊んでる時間はないんだ。俺は暇じゃないんだぜ」
こいつめ、まだ自分の立場がわかっていないようだ。たとえ体格で劣っていても、どんな怪力の持ち主であったとしても、私はニンゲンなどには屈しない。ちょっぴり勝てそうにないとか思ってしまったが、さっきのあれは撤回だ。ぼんやりしていた頭もようやくはっきりしてきた。私の魔法にかかればこんなやつ、ものの数ではないからな。
だがこの男はまだ私を子ども扱いしている。仕方ない、侍女たちが泣くほど恐れた私の睨みを見せてやる。
「むん!」
真っ直ぐ蒼い男と目が合った。決まったな。これで今にやつも泣いて詫び……
「むーん? どうした。腹でも痛いのか」
ば、馬鹿な! 私の睨みが効かない! こいつ、正真正銘の化け物というわけか。
「むむん!」
「おうおう、あんまり力むとミが出ちゃうぜ」
「こ、ここ、こいつめぇぇぇッ!」
もうこうなったらなり振り構ってなどいられない。少々この美貌が崩れてしまうが仕方ない。本気で睨み付けてやろうではないか。もう泣いて謝っても遅いのだ。私は悔しくて少し目が潤んだが、断じて泣いてなんかいないんだからな!
「あー…やれやれ。しょうがねぇお嬢ちゃんだ。わかった、説明してやるよ。お嬢ちゃんでも理解できるといいんだが…」
蒼い男はようやく折れたらしい。どうやら私の恐ろしさをやっと理解したようだ。鈍いやつめ。いつの時代でも勝つのは必ず正義だとそーばは決まってるのだ。く、苦しい戦いだった……ぐすっ。
さて、観念した男はようやく事の次第を話し始めた。
「あー、さて…。どう説明したらわかってもらえるかねぇ。まず俺のことか。俺は……うーん、そうだな。まぁ、蒼き勇者とか呼ばれてるから、お嬢ちゃんもそう呼んでくれたらいい」
蒼き勇者。ふん、これが噂に聞く『ゆーしゃ』か。たしかに顔は悪くないが、性格はイマイチだ。
「それからここはどこか、だったな。んー、なんて言やいいかな。お嬢ちゃん家から遠いところ……か? そういやお嬢ちゃんはどこに住んでるんだ」
「ふっ、その手には乗らんぞ。おおかた私の家を聞きだして身代金でも要求するつもりだろうが、それは甘い。なぜなら私は一人でも十分に強いのだ。いいか、おまえなんかあっという間にけっちょんけちょんのぐっちゃぐちゃのぼっこぼこのべろんべろんの…」
「やれやれ。俺は依頼されてお嬢ちゃんを助けに来ただけなんだぜ。俺が名乗ったんだから、そっちも名乗るのがレディーのマナーってもんなんじゃないのかねぇ」
「う…。そ、それは一理ある。しかし、まさか私を知らない者がいようとは。所詮ニンゲンはニンゲンか。よかろうっ、耳の穴かっぽじってよぉーく聞くがいい。私はかの大国ニヴルの偉大なる姫君アクエリアス様であるぞ! どーだ驚いたかっ! そこ、頭が高いぞ。ひかえおろー」
「ほう。そりゃあ大層なことだ。だがお嬢ちゃん、お姫様ならもっと言葉遣いには気をつけるもんだ」
「うるさいな、おまえは爺やか。まったく、どいつもこいつも皆して同じようなことをガミガミと…。それよりもおまえ、私を助けに来たと言ったのか?」
「そうだが? 助けられてる自覚がなかったのか。なるほど、こいつは大物だ。たしかにお姫さまっていうのは本当かもしれない」
「なんだ、おーもの? 意味はよくわからないが、なんとなーく馬鹿にされてるような気がする」
「滅相もありません、お姫様。これは褒め言葉です」
「そ、そうなのか? わかった、ならいい。それなら今までの無礼は水竜の加護において特別に水に流してやる」
続けて蒼き勇者はこの場所について説明した。
どうやらここはニヴル、ムスペ、ユミルの三国を結んだ三角形の内側にある、三国どの国からも最も遠いところにある浮島のひとつらしい。ある筋からの依頼でこの男は、この浮島の地下に作られた秘密研究所に捕らえられた竜たちを解放し、怪しげな研究を行う敵勢力を壊滅させるためにここへやって来たらしい。
どうやら私もその秘密研究所とやらに捕らえられており、この男が助けに来たときには無事だった竜はどうやら私だけだったらしい。
「なぜニンゲンのくせに竜を助ける。他の竜たちはどうした?」
「そういう依頼だからだ。他のやつらは……もう手遅れだったんでちょっと、な」
「そうか…」
そして秘密研究所を制圧したこの男は唯一無事だったというこの私を連れて脱出した。その道中で私が意識を取り戻し、今に至るというわけだ。聞くところによると、犠牲になった竜の中にはニヴルの氷竜や水竜たちの姿もあったという。おのれ、ニンゲンめ。私の大切な仲間をよくも。
私がニンゲンに恨みを募らせていると蒼き勇者は言った。「相手の良いところはなかなか見つからないが、悪いところはよく目立つ」と。たしかに怪しい研究を行い、私を捕らえ、私の仲間を殺したのもニンゲンだが、私を助けてくれたのもニンゲン。この目の前にいるちょっとキザな蒼い男である。
どんな種族にも良い面と悪い面がある。よく目立つ悪い面ばかりを見て、あれは悪い種族だ危険な種族だと考えてしまいがちだが、その種族の者すべてがそうであるとは限らない。どうやらこの男は竜にもニンゲンにも、善いやつもいれば悪いやつもいるということが言いたいらしい。
「たしかにムスペの竜は悪いやつだが、ニヴルの竜は善い竜ばかりだしな」
「まぁ……まだちょっと勘違いしてる気もするが、だいたいそんなとこだ。だから、相手のある一面だけを見てだめだと決めつけるんじゃなくて、もっとじっくり付き合って相手の良いところを探してやるべきだぜ。相手を本当の意味で愛するっていうのはそういうことだ」
なーにが愛だ。やはりこの男はキザである。
少しハナについたのでひっかいてやろうか、と思って腕を伸ばしかけたところでもうひとつ気になっていることを思い出した。
「そうだ、うっかり忘れてた。私の爪や鱗はどこへ消えたんだ? こんなわけのわからない色じゃ私の美貌が台無しじゃないか。それになんかこう、変にぶにぶにしてるぞ。こんなんじゃ、竜が触っただけでも怪我をしてしまう」
「わけのわからないって…。色はともかく、人というのはそういうものだ。だから鱗の代わりに鎧をまとう。爪の代わりが剣だ」
「ふぅん。ニンゲンどもは魔法も何かと不器用だし貧弱だな。それに翼もないし。さっさと爪なり鱗なり生やせばいいのに。ああ、尻尾もない。おまえたちはどうやって歩くときバランスを取るんだ。というか、早く私をもとに戻してくれ」
「でもその分身軽だろう? どうやらお嬢ちゃんはあまりお城の外のことは知らないようだな。それも魔法だ。たぶん、おまえをさらったやつが運びやすいように姿を変えたんだろう」
すでにアリアスやセルシウスなどがその魔法を披露しているが、ここで改めて説明しよう。
蒼き勇者の言うように、竜は強大で打たれ強いがその分動きは遅い。逆に人は竜よりは打たれ弱いが動きが速い。また、今では人々が空の世界に馴染んでしばらく経つので、竜たちは自然と人の言葉を覚えてそれを話すようになったが、かつては人の言葉を扱える竜の数はそれほど多くはなかった。
そこで竜たちは人に化ける魔法を創り出したのだ。変身中は身体の構造が人のそれに一時的に変わるため、とくに意識することなく自然に言葉を発するだけで、それは人の言葉となって飛び出すというわけだ。今では人の言葉を覚えて竜の姿のままでも人との意思の疎通が可能になったが、人の身軽な性質を利用して、潜入や諜報などの際には人化の魔法が使われることもあるという。
なお、人はその身体の構造上、竜の言葉を話すことは不可能ではないにせよ非常に困難を極めるため、竜たちが人の言葉を話してやるということになっている。
逆の発想で人々も竜化の魔法を生み出したが、竜の身体をうまく操れなかったのと、人という生き物は本能的に変化というものを恐れるためか、こちらの魔法はあまり浸透せず今ではほとんど廃れてしまっている。
「うまいやつだと翼だけ残したりして化けてるのを見たことがある。俺ももし翼があったら空は飛んでみたいと思う。尾はいらん。あんなの邪魔なだけだろ」
「なるほど。よくわからんが、とにかく魔法でどうにかなるんだな。よしわかった。それじゃあ、さっそく治せ。このままではどうにも落ち着かない。私はやっぱりこの手が蒼くないとどうにも変な感じがする。いや、その前に翼を返せ。この私に歩けというのか? ものすごく不便だぞ」
「悪いが俺は魔法使いじゃない。俺はこの剣と共に生きることを誓ったんだ。だから魔法は使えない」
「なんだ、使えないやつか。今どき剣とは古くっさいやつだなぁ。せめて魔法付加ぐらいはできるんだろうな」
「エンチャントのことか。大丈夫だ、拠点に戻れば俺の仲間がやってくれる」
「まるで使えないな。まぁいい。それじゃあ、早くその仲間の魔道士のところに連れて行け。これは命令だぞ」
「こんなときだけお姫様みたいだな。はいはい。わかりましたよ、大アクエリアス姫様」
ため息をつきながら蒼い男は私を持ち上げると、最初のように肩に背負い上げて歩き始めた。
「だから! その担ぎ方はやめろ! もっと方法があるだろうに……そうだな、私はお姫様だっこがいい」
「やれやれ、注文の多いお嬢ちゃんだぜ」
私は一体……私の身に一体何が起こったのだろうか。頭がぼんやりして前後の記憶がはっきりしない。
身体が上下に揺れている。手足にはまるで力が入らないが、周囲の風景はひとりでに後ろへと流れていく。
どうやら私は運ばれているらしい。でも一体誰に?
ああ、頭が痛い。どうして私はこんなところにいるのだろうか。
薄暗い景色が次から次へと通り過ぎていく。ここは私の知っている場所ではないようだ。
耳に響くのはカン、カン、と鉄を踏みしめる音。身体が上下に揺さぶられ、少しずつ上に上がって行くのがわかる。そうか、階段を登っているのか。
少しずつだが、だんだんと身体の感覚が戻って来た。腹部にぬくもりと、背中に手を添えられているのを感じる。私は誰かの肩に担がれているようだ。だが私は竜だぞ。そんな私を肩に担ぎ上げられるなんて一体どんな巨体の持ち主なのか。
視界も少しずつはっきりしてきた。段だ。目の前に階段の段差が見える。段差はひとつずつ、音が聴こえるのと同じ数だけ前に、進行方向の逆へと流れていく。頭を後方に、うつ伏せに担がれているのか。
顎を引くと私を担いでいる者の背中が少し見えた。蒼い鎧を身にまとっている。このシルエットは……ニンゲンか。
はっ、ニンゲンだと? あの小さな生き物がどうやって私を担いでいるのだ。ああ、どういうわけかまた頭が痛くなってきた。
どこまでも続くように思えた階段は、響く足音が変わったの同時に終わり、続いて扉を開く音が聴こえた。外からの眩しい光が私の目に突き刺さる。
「あ……ああッ!!」
その瞬間、私は思い出した。
そうだ! 私は見たぞ、眩しい光の向こうに映る人影を! そして次の瞬間には身体の自由が奪われて意識が遠のいて……そうだ。私はニンゲンどもに捕らえられたのだ!!
「き、貴様っ! 何をする、私を離せ!!」
このままではロクな目に合わない。それにこの私を軽々と運ぶこのニンゲン、なんと力強い。悔しいが今の私はこいつには勝ち目がないだろう。深手を負わされる前に逃げなくては。
私は力の限り暴れた。すると油断していたニンゲンめは私を拘束する手を緩めた。外に出た今がチャンスだ。さっさと大空に飛び立ってしまえば翼をもたないニンゲンなど――
鈍い音が耳に響いた。頭がガンガンする。口の中には土の味が広がった。にがい。
「ううっ、ぺッぺッ! しまった、翼も拘束されていたのか」
どうやら頭から地面に激突してしまったらしい。足下が草地だったので怪我を負うことはなかったが、それにしてはやけに頭がずきずきと痛む。おかしい、私には鉄よりも固い鱗があるはずなのに。
「やれやれ。こいつはとんだおてんばさんだぜ」
私を運んでいた男の声が真上から降って来た。まずい、このままではまた捕まってしまう。いや待て、上から聴こえただと。まさか、そんなはずはあるまい。だって相手はニンゲンだろうに、この男は巨人だとでもいうのか。そもそも私は竜よりも大きなニンゲンの話など見たことも聞いたことも――
不意に身体が浮かび上がった。
「ひゃァうっ!?」
あまりに驚いてヘンな声が出てしまったではないか、このニンゲンめ! 水竜なのに顔から炎が出そうになったぞ。
「貴様、一体どんな魔法を使って……」
「お嬢ちゃん。もうちょっとじっとしてくれないと、お兄さん困っちまうぜ」
「なッ。ば、馬鹿にしおって! これでも私は貴様なんぞより百年も二百年も長く生きておるのだ!」
「へいへい、そいつは悪ぅござんしたね。だがここはまだ敵地だ。ここを抜けきるまでは静かにしててもらうぜ」
そう言って、この男は再び私を肩に担ぎ上げた。身体が浮かんだのは、どうやらこいつに持ち上げられたかららしい。なんという怪力、そしてなんという巨体だ。こんな化け物がいるなんて私は知らなかったぞ。
ああ、また頭がくらくらする。そもそもこいつの担ぎ方が悪い。レディーを肩に担ぎ上げるとは何事か。もっとこう……方法があるだろう。これでは頭に血が昇っていかん。
目の前には憎たらしい蒼い男の背中が見える。悔しいからちょっと爪でも立ててやろうか。
そう思って手を伸ばしかけたときだった。
「ふ、ふにャああぁぁああァッ!!?」
すごく驚いて奇妙な声が出てしまったがそれどころではない。
「な、な。な。ななな、なんだこの手は!? 私の鉤爪はどこへ行った! 美しいマリンブルーの鱗は! というかなんだこの細くてか弱い腕は! これじゃあ風ネズミの一匹も狩れんじゃないか!!」
「んん? こんどはどうした、お嬢ちゃん。大事な付け爪でも落としちまったのかい」
「ば、馬鹿言え! こ、これは……これじゃあまるでニンゲンの手じゃないか!」
「ああ、そうだな。俺にもついてる」
「ああそうだな、じゃなーいッ! 貴様ァァァッ! 私に何をしたのだッ!!」
「俺が聞きたいぜ。一体何が何だって? マリンブルーがどうとか……ああ、俺も蒼い色は好きだが」
「いいから離せッ!」
無理やり蒼い男の腕を振り払って男の手から逃れる。よし、こんどはちゃんと着地してやったぞ。
そして身をひるがえしてこの蒼い男と対峙する。ふむ、顔はなかなか悪くない……じゃなくッて!
「やい貴様。どうやらこの私を怒らせたようだな。死にたくなければ素直に答えろ。おまえは誰だ。ここはどこだ。私に何をした!」
「やれやれ、勘弁してくれよ、お嬢ちゃん。遊んでる時間はないんだ。俺は暇じゃないんだぜ」
こいつめ、まだ自分の立場がわかっていないようだ。たとえ体格で劣っていても、どんな怪力の持ち主であったとしても、私はニンゲンなどには屈しない。ちょっぴり勝てそうにないとか思ってしまったが、さっきのあれは撤回だ。ぼんやりしていた頭もようやくはっきりしてきた。私の魔法にかかればこんなやつ、ものの数ではないからな。
だがこの男はまだ私を子ども扱いしている。仕方ない、侍女たちが泣くほど恐れた私の睨みを見せてやる。
「むん!」
真っ直ぐ蒼い男と目が合った。決まったな。これで今にやつも泣いて詫び……
「むーん? どうした。腹でも痛いのか」
ば、馬鹿な! 私の睨みが効かない! こいつ、正真正銘の化け物というわけか。
「むむん!」
「おうおう、あんまり力むとミが出ちゃうぜ」
「こ、ここ、こいつめぇぇぇッ!」
もうこうなったらなり振り構ってなどいられない。少々この美貌が崩れてしまうが仕方ない。本気で睨み付けてやろうではないか。もう泣いて謝っても遅いのだ。私は悔しくて少し目が潤んだが、断じて泣いてなんかいないんだからな!
「あー…やれやれ。しょうがねぇお嬢ちゃんだ。わかった、説明してやるよ。お嬢ちゃんでも理解できるといいんだが…」
蒼い男はようやく折れたらしい。どうやら私の恐ろしさをやっと理解したようだ。鈍いやつめ。いつの時代でも勝つのは必ず正義だとそーばは決まってるのだ。く、苦しい戦いだった……ぐすっ。
さて、観念した男はようやく事の次第を話し始めた。
「あー、さて…。どう説明したらわかってもらえるかねぇ。まず俺のことか。俺は……うーん、そうだな。まぁ、蒼き勇者とか呼ばれてるから、お嬢ちゃんもそう呼んでくれたらいい」
蒼き勇者。ふん、これが噂に聞く『ゆーしゃ』か。たしかに顔は悪くないが、性格はイマイチだ。
「それからここはどこか、だったな。んー、なんて言やいいかな。お嬢ちゃん家から遠いところ……か? そういやお嬢ちゃんはどこに住んでるんだ」
「ふっ、その手には乗らんぞ。おおかた私の家を聞きだして身代金でも要求するつもりだろうが、それは甘い。なぜなら私は一人でも十分に強いのだ。いいか、おまえなんかあっという間にけっちょんけちょんのぐっちゃぐちゃのぼっこぼこのべろんべろんの…」
「やれやれ。俺は依頼されてお嬢ちゃんを助けに来ただけなんだぜ。俺が名乗ったんだから、そっちも名乗るのがレディーのマナーってもんなんじゃないのかねぇ」
「う…。そ、それは一理ある。しかし、まさか私を知らない者がいようとは。所詮ニンゲンはニンゲンか。よかろうっ、耳の穴かっぽじってよぉーく聞くがいい。私はかの大国ニヴルの偉大なる姫君アクエリアス様であるぞ! どーだ驚いたかっ! そこ、頭が高いぞ。ひかえおろー」
「ほう。そりゃあ大層なことだ。だがお嬢ちゃん、お姫様ならもっと言葉遣いには気をつけるもんだ」
「うるさいな、おまえは爺やか。まったく、どいつもこいつも皆して同じようなことをガミガミと…。それよりもおまえ、私を助けに来たと言ったのか?」
「そうだが? 助けられてる自覚がなかったのか。なるほど、こいつは大物だ。たしかにお姫さまっていうのは本当かもしれない」
「なんだ、おーもの? 意味はよくわからないが、なんとなーく馬鹿にされてるような気がする」
「滅相もありません、お姫様。これは褒め言葉です」
「そ、そうなのか? わかった、ならいい。それなら今までの無礼は水竜の加護において特別に水に流してやる」
続けて蒼き勇者はこの場所について説明した。
どうやらここはニヴル、ムスペ、ユミルの三国を結んだ三角形の内側にある、三国どの国からも最も遠いところにある浮島のひとつらしい。ある筋からの依頼でこの男は、この浮島の地下に作られた秘密研究所に捕らえられた竜たちを解放し、怪しげな研究を行う敵勢力を壊滅させるためにここへやって来たらしい。
どうやら私もその秘密研究所とやらに捕らえられており、この男が助けに来たときには無事だった竜はどうやら私だけだったらしい。
「なぜニンゲンのくせに竜を助ける。他の竜たちはどうした?」
「そういう依頼だからだ。他のやつらは……もう手遅れだったんでちょっと、な」
「そうか…」
そして秘密研究所を制圧したこの男は唯一無事だったというこの私を連れて脱出した。その道中で私が意識を取り戻し、今に至るというわけだ。聞くところによると、犠牲になった竜の中にはニヴルの氷竜や水竜たちの姿もあったという。おのれ、ニンゲンめ。私の大切な仲間をよくも。
私がニンゲンに恨みを募らせていると蒼き勇者は言った。「相手の良いところはなかなか見つからないが、悪いところはよく目立つ」と。たしかに怪しい研究を行い、私を捕らえ、私の仲間を殺したのもニンゲンだが、私を助けてくれたのもニンゲン。この目の前にいるちょっとキザな蒼い男である。
どんな種族にも良い面と悪い面がある。よく目立つ悪い面ばかりを見て、あれは悪い種族だ危険な種族だと考えてしまいがちだが、その種族の者すべてがそうであるとは限らない。どうやらこの男は竜にもニンゲンにも、善いやつもいれば悪いやつもいるということが言いたいらしい。
「たしかにムスペの竜は悪いやつだが、ニヴルの竜は善い竜ばかりだしな」
「まぁ……まだちょっと勘違いしてる気もするが、だいたいそんなとこだ。だから、相手のある一面だけを見てだめだと決めつけるんじゃなくて、もっとじっくり付き合って相手の良いところを探してやるべきだぜ。相手を本当の意味で愛するっていうのはそういうことだ」
なーにが愛だ。やはりこの男はキザである。
少しハナについたのでひっかいてやろうか、と思って腕を伸ばしかけたところでもうひとつ気になっていることを思い出した。
「そうだ、うっかり忘れてた。私の爪や鱗はどこへ消えたんだ? こんなわけのわからない色じゃ私の美貌が台無しじゃないか。それになんかこう、変にぶにぶにしてるぞ。こんなんじゃ、竜が触っただけでも怪我をしてしまう」
「わけのわからないって…。色はともかく、人というのはそういうものだ。だから鱗の代わりに鎧をまとう。爪の代わりが剣だ」
「ふぅん。ニンゲンどもは魔法も何かと不器用だし貧弱だな。それに翼もないし。さっさと爪なり鱗なり生やせばいいのに。ああ、尻尾もない。おまえたちはどうやって歩くときバランスを取るんだ。というか、早く私をもとに戻してくれ」
「でもその分身軽だろう? どうやらお嬢ちゃんはあまりお城の外のことは知らないようだな。それも魔法だ。たぶん、おまえをさらったやつが運びやすいように姿を変えたんだろう」
すでにアリアスやセルシウスなどがその魔法を披露しているが、ここで改めて説明しよう。
蒼き勇者の言うように、竜は強大で打たれ強いがその分動きは遅い。逆に人は竜よりは打たれ弱いが動きが速い。また、今では人々が空の世界に馴染んでしばらく経つので、竜たちは自然と人の言葉を覚えてそれを話すようになったが、かつては人の言葉を扱える竜の数はそれほど多くはなかった。
そこで竜たちは人に化ける魔法を創り出したのだ。変身中は身体の構造が人のそれに一時的に変わるため、とくに意識することなく自然に言葉を発するだけで、それは人の言葉となって飛び出すというわけだ。今では人の言葉を覚えて竜の姿のままでも人との意思の疎通が可能になったが、人の身軽な性質を利用して、潜入や諜報などの際には人化の魔法が使われることもあるという。
なお、人はその身体の構造上、竜の言葉を話すことは不可能ではないにせよ非常に困難を極めるため、竜たちが人の言葉を話してやるということになっている。
逆の発想で人々も竜化の魔法を生み出したが、竜の身体をうまく操れなかったのと、人という生き物は本能的に変化というものを恐れるためか、こちらの魔法はあまり浸透せず今ではほとんど廃れてしまっている。
「うまいやつだと翼だけ残したりして化けてるのを見たことがある。俺ももし翼があったら空は飛んでみたいと思う。尾はいらん。あんなの邪魔なだけだろ」
「なるほど。よくわからんが、とにかく魔法でどうにかなるんだな。よしわかった。それじゃあ、さっそく治せ。このままではどうにも落ち着かない。私はやっぱりこの手が蒼くないとどうにも変な感じがする。いや、その前に翼を返せ。この私に歩けというのか? ものすごく不便だぞ」
「悪いが俺は魔法使いじゃない。俺はこの剣と共に生きることを誓ったんだ。だから魔法は使えない」
「なんだ、使えないやつか。今どき剣とは古くっさいやつだなぁ。せめて魔法付加ぐらいはできるんだろうな」
「エンチャントのことか。大丈夫だ、拠点に戻れば俺の仲間がやってくれる」
「まるで使えないな。まぁいい。それじゃあ、早くその仲間の魔道士のところに連れて行け。これは命令だぞ」
「こんなときだけお姫様みたいだな。はいはい。わかりましたよ、大アクエリアス姫様」
ため息をつきながら蒼い男は私を持ち上げると、最初のように肩に背負い上げて歩き始めた。
「だから! その担ぎ方はやめろ! もっと方法があるだろうに……そうだな、私はお姫様だっこがいい」
「やれやれ、注文の多いお嬢ちゃんだぜ」
一方その頃、アクエリアスたちの進む森の奥では火竜セルシウスを囲んで人だかりができていた。
村から集まった人々はもの珍しそうにセルシウスの顔を覗きこんでいる。
「あれま。村の神竜様の像によく似てること!」
「そうか、きっとこれは神竜様の生まれ変わりに違いない。すぐに新しい祠を建てよう」
「ああ、神竜様。ありがたやありがたや…」
集まって来たのは医者ではない。ましてや治療が行える者すらいなかった。
セッテたちは急いで村へ走りセルシウスのことを知らせたが、集まって来たのは野次馬ばかりで、セルシウスの手当てはまるで進まなかった。なにせ小さな島にひとつしかない小さな村である。突然現れた火竜の噂は瞬く間に広がり、村の人という人が一挙として押し寄せて来てしまったのだ。
「お、王子…。まさかこんなことになろうとは、申し訳ありません」
「いや、二人のせいじゃないさ。二人のせいじゃない……けど、どうしよう」
「これだけ騒ぎになっちゃ、セルを襲ったやつが噂を聞き付けてすぐにでもトドメを刺しに来るかもしれないっすよ!」
(わ、私が地竜だということは黙っていたほうがよさそうじゃな)
一行は途方に暮れていた。この騒ぎではセルシウスの手当てどころではない。だがいくら竜とは言えども、大怪我を負ったセルシウスをこのままにしておいては彼の命が危ないだろう。さらにセッテの言うように、ここが敵に発見されてしまう恐れもある。
「フレイ様、どうするっすか」
「ううん…。仕方ない。村人たちには悪いけど、ちょっと魔法で驚かして帰ってもらうしか…」
野次馬たちの対処に頭を悩ませていると、突然森を激しい風が襲った。おかげで邪魔な野次馬たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていったが、木々はなぎ倒され、風は呻り声を上げて、森は一瞬にして荒地に変わってしまった。
ここは雲の上の世界だ。まさかこんなところで嵐が起こるわけが……と頭上を見上げると――
「がはははは! 見つけたぞぉぉぉ、火竜王子ぃぃぃ!! 誰の手柄か知らんが、貴様が今にも死にそうだと聞いて死を見舞いに来てやったわぁぁぁ!!!」
そこにはいつぞやの風竜の姿があった。
「この下品な喋り方、ヴァルトじゃな!」
「いかにも、私は第五竜将ヴァルト様だぁぁぁ! ぬ、おまえはジオクルスではないか。奇遇だなぁぁぁ! さては、おまえもセルシウスを殺しに来たか。たしかにムスペの火竜王は目の上のたんこぶだからなぁぁぁ! 大事な跡取りが死ねば、あの生意気な火竜どももさぞかし慌てふためくことだろうなぁぁぁ、がっははは!!」
「黙れ! 貴様と一緒にするでない。『地竜族は和を以って尊しとする』じゃ! 貴様らのように野蛮な風トンボどもとは違う」
「か、風トンボだぁぁぁ!? それは最大級の侮辱と見なすぞ!! ……だが、今日はセルシウスに免じて見逃してやる。私は火竜どもがこの世で一番大ッ嫌いなのだ。それにセルシウスにはこの前の戦いで邪魔をされたからな。その憎きセルシウスが目の前で死にそうになってるんだぜぇぇぇ!? このチャンスを逃がす手はねぇだろうがよぉぉぉ!!」
「くっ、この外道め…」
そのままヴァルトは上空で激しく羽ばたいた。すると翼からは猛烈な風の渦が生み出されて、セルシウス目掛けて一直線に迫って行く。
ただの風と侮るなかれ。超高速で発せられた風は、大気との摩擦で一瞬の真空状態を生み出す。その真空が皮膚を斬り裂き傷つける。いわゆる鎌居達の原理である。だがヴァルトの起こしたそれはただの鎌居達の規模とはまるで違う。それは大地を呑み込み岩をひっぺがし、折れた木々を巻き込んでさらなる殺傷力を得る!
溶岩の中でもものともしない火竜の鱗の強度さえあれば、たとえどんな風が吹こうともその身を傷つけられるようなことはない。火竜は風竜に対して圧倒的な優位に立つものだ。しかし、今のセルシウスは違う。あちこちが傷だらけで、たとえどんなに固い鱗があってもこの風の渦を受け止めることはできない。なぜなら、風の刃がその数々の傷口を抉り斬り裂き貫くからだ。
「いかん!」
クルスは咄嗟に竜の姿になり、セルシウスの前に立ち塞がった。
大地の魔法で防壁を張れないこともないが、今からではとても間に合わない。クルスはその身を呈してセルシウスを庇うつもりなのだ。
「ク、クルス殿! いけない、風竜は地竜の天敵…!!」
「だめだ兄貴! 離れないと俺たちもやられちまうっすよ!」
そうは言うが、オットーもセッテもクルスの身を心配して今にも駆け出そうとしている。
「くそっ…。二人とも、退くんだ! ここはクルスを信じよう!」
あんな攻撃を食らっては、人の身ではとてもじゃないがただでは済まない。相性は圧倒的に不利だが、それでもクルスは竜だ。こんなことでやられるはずはない……そう信じたい。悔しいが今は信じるしかない。
二人を伴ってフレイは魔導船の影に向かって走った。クルスの身を案じて振り返りたい思いに何度も駆られながらも、それでも決して振り返らずに走った。クルスは大切な仲間だ。だがオットーとセッテの命も大切だ。
二人はユミル王の命令などではなく、またフレイから頼んだわけでもない。二人自らがこの旅に同行し、フレイの力になると誓ってここまでついてきてくれたのだ。そんな彼らの想いを無駄にしてはいけない。フレイは王子として、大切な家臣を守らなくてはならない。
(クルスと二人の命を天秤にかけるようなことはしたくない。クルスは竜だから大丈夫だろう、なんてそんな安易な考え方をしちゃいけないこともよくわかってる。でも、今の僕にはオットーとセッテを守ることしかできない。くそッ、僕にもっと力があれば…!)
辛い決断だった。
だが王族たるもの、この戦乱の時代に綺麗事だけ並べて生きていくことができないのもまた事実。
いつの頃だったか、まだユミル国王ニョルズが正気を保っていた頃に彼が話してくれた言葉がふとフレイの脳裏によぎった。
(よいか、フレイよ。我々は国を支え人の上に立つ者だ。我々は慢心してその地位にあぐらをかいてもいけないし、民たちの期待を裏切るような政治を行ってもいけない。国を支える者は、常に民たちを支える者でなければならん。そして、そのためには時に重大な決断をしなければならないことがある。また時には犠牲を払わなければならないことがある。だがそれでも我々は民を守るためにその決断を下さなければならない。これが王族たる者の義務であり、王族たる者に求められる覚悟なのだ)
父上の言葉を聞いたのが、もうずいぶん昔のことのように感じる。大義を成すためには、時に切り捨てなければならないこともある。それがたとえ大切な仲間であっても、実の父親であったとしても……
「すまない、クルス…ッ」
歯を食いしばり、目を固く閉じて、魔導船の陰に飛び込んだ。
次の瞬間、浮島がひっくり返らんばかりの轟音と暴風が耳をつんざいた。
そのとき背筋にいやな寒気を感じた。
(だが忘れてはならぬぞ、フレイよ)
辺りを静寂が包みこむ。
(たとえどんなことが起ころうとも…)
まるで空気が凍りついてしまったかのような静けさだ。
あまりの静かさに本当に寒さを感じたような気がして思わず身震いする。
(我々は希望を捨ててはいけない。なぜなら――)
いや、違う。本当に凍っている! 飛び交う木々も、岩の欠片も、風さえも。
そしてヴァルトまでもが氷に閉じ込められて、地上に墜落しているのだ。
「な、なんだこれはぁぁぁ!! 貴様ら、まだ他に仲間がいたと言うのかぁぁぁ!!?」
「仲間……だって?」
凍りついた大地を太陽が白く眩しく照らす。その光のカーテンの向こうに二人の人影が見えた。背の高い影と、人間形態クルスと同じぐらいの大きさの影。そのうちの背の高いほうの影が勢いよく走りだした。
影は見る見るうちに大きくなり、フレイたちの横を通り過ぎるとそのままヴァルトへ向かって突進。凍りついた倒木を踏み台に空高く跳躍、身の丈ほどもある長剣を頭上高く振り上げる。そして……
「なんだ貴様!? 一体何者……や、やめろ。やめろぉぉおおぉおぉ!!!」
(――なぜなら、我々が民たちの希望だからだ!)
一閃。
刃は凍りついた風竜を真っ二つに両断した。
第五竜将ヴァルト――凍てついた森において、ここに散る。
村から集まった人々はもの珍しそうにセルシウスの顔を覗きこんでいる。
「あれま。村の神竜様の像によく似てること!」
「そうか、きっとこれは神竜様の生まれ変わりに違いない。すぐに新しい祠を建てよう」
「ああ、神竜様。ありがたやありがたや…」
集まって来たのは医者ではない。ましてや治療が行える者すらいなかった。
セッテたちは急いで村へ走りセルシウスのことを知らせたが、集まって来たのは野次馬ばかりで、セルシウスの手当てはまるで進まなかった。なにせ小さな島にひとつしかない小さな村である。突然現れた火竜の噂は瞬く間に広がり、村の人という人が一挙として押し寄せて来てしまったのだ。
「お、王子…。まさかこんなことになろうとは、申し訳ありません」
「いや、二人のせいじゃないさ。二人のせいじゃない……けど、どうしよう」
「これだけ騒ぎになっちゃ、セルを襲ったやつが噂を聞き付けてすぐにでもトドメを刺しに来るかもしれないっすよ!」
(わ、私が地竜だということは黙っていたほうがよさそうじゃな)
一行は途方に暮れていた。この騒ぎではセルシウスの手当てどころではない。だがいくら竜とは言えども、大怪我を負ったセルシウスをこのままにしておいては彼の命が危ないだろう。さらにセッテの言うように、ここが敵に発見されてしまう恐れもある。
「フレイ様、どうするっすか」
「ううん…。仕方ない。村人たちには悪いけど、ちょっと魔法で驚かして帰ってもらうしか…」
野次馬たちの対処に頭を悩ませていると、突然森を激しい風が襲った。おかげで邪魔な野次馬たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていったが、木々はなぎ倒され、風は呻り声を上げて、森は一瞬にして荒地に変わってしまった。
ここは雲の上の世界だ。まさかこんなところで嵐が起こるわけが……と頭上を見上げると――
「がはははは! 見つけたぞぉぉぉ、火竜王子ぃぃぃ!! 誰の手柄か知らんが、貴様が今にも死にそうだと聞いて死を見舞いに来てやったわぁぁぁ!!!」
そこにはいつぞやの風竜の姿があった。
「この下品な喋り方、ヴァルトじゃな!」
「いかにも、私は第五竜将ヴァルト様だぁぁぁ! ぬ、おまえはジオクルスではないか。奇遇だなぁぁぁ! さては、おまえもセルシウスを殺しに来たか。たしかにムスペの火竜王は目の上のたんこぶだからなぁぁぁ! 大事な跡取りが死ねば、あの生意気な火竜どももさぞかし慌てふためくことだろうなぁぁぁ、がっははは!!」
「黙れ! 貴様と一緒にするでない。『地竜族は和を以って尊しとする』じゃ! 貴様らのように野蛮な風トンボどもとは違う」
「か、風トンボだぁぁぁ!? それは最大級の侮辱と見なすぞ!! ……だが、今日はセルシウスに免じて見逃してやる。私は火竜どもがこの世で一番大ッ嫌いなのだ。それにセルシウスにはこの前の戦いで邪魔をされたからな。その憎きセルシウスが目の前で死にそうになってるんだぜぇぇぇ!? このチャンスを逃がす手はねぇだろうがよぉぉぉ!!」
「くっ、この外道め…」
そのままヴァルトは上空で激しく羽ばたいた。すると翼からは猛烈な風の渦が生み出されて、セルシウス目掛けて一直線に迫って行く。
ただの風と侮るなかれ。超高速で発せられた風は、大気との摩擦で一瞬の真空状態を生み出す。その真空が皮膚を斬り裂き傷つける。いわゆる鎌居達の原理である。だがヴァルトの起こしたそれはただの鎌居達の規模とはまるで違う。それは大地を呑み込み岩をひっぺがし、折れた木々を巻き込んでさらなる殺傷力を得る!
溶岩の中でもものともしない火竜の鱗の強度さえあれば、たとえどんな風が吹こうともその身を傷つけられるようなことはない。火竜は風竜に対して圧倒的な優位に立つものだ。しかし、今のセルシウスは違う。あちこちが傷だらけで、たとえどんなに固い鱗があってもこの風の渦を受け止めることはできない。なぜなら、風の刃がその数々の傷口を抉り斬り裂き貫くからだ。
「いかん!」
クルスは咄嗟に竜の姿になり、セルシウスの前に立ち塞がった。
大地の魔法で防壁を張れないこともないが、今からではとても間に合わない。クルスはその身を呈してセルシウスを庇うつもりなのだ。
「ク、クルス殿! いけない、風竜は地竜の天敵…!!」
「だめだ兄貴! 離れないと俺たちもやられちまうっすよ!」
そうは言うが、オットーもセッテもクルスの身を心配して今にも駆け出そうとしている。
「くそっ…。二人とも、退くんだ! ここはクルスを信じよう!」
あんな攻撃を食らっては、人の身ではとてもじゃないがただでは済まない。相性は圧倒的に不利だが、それでもクルスは竜だ。こんなことでやられるはずはない……そう信じたい。悔しいが今は信じるしかない。
二人を伴ってフレイは魔導船の影に向かって走った。クルスの身を案じて振り返りたい思いに何度も駆られながらも、それでも決して振り返らずに走った。クルスは大切な仲間だ。だがオットーとセッテの命も大切だ。
二人はユミル王の命令などではなく、またフレイから頼んだわけでもない。二人自らがこの旅に同行し、フレイの力になると誓ってここまでついてきてくれたのだ。そんな彼らの想いを無駄にしてはいけない。フレイは王子として、大切な家臣を守らなくてはならない。
(クルスと二人の命を天秤にかけるようなことはしたくない。クルスは竜だから大丈夫だろう、なんてそんな安易な考え方をしちゃいけないこともよくわかってる。でも、今の僕にはオットーとセッテを守ることしかできない。くそッ、僕にもっと力があれば…!)
辛い決断だった。
だが王族たるもの、この戦乱の時代に綺麗事だけ並べて生きていくことができないのもまた事実。
いつの頃だったか、まだユミル国王ニョルズが正気を保っていた頃に彼が話してくれた言葉がふとフレイの脳裏によぎった。
(よいか、フレイよ。我々は国を支え人の上に立つ者だ。我々は慢心してその地位にあぐらをかいてもいけないし、民たちの期待を裏切るような政治を行ってもいけない。国を支える者は、常に民たちを支える者でなければならん。そして、そのためには時に重大な決断をしなければならないことがある。また時には犠牲を払わなければならないことがある。だがそれでも我々は民を守るためにその決断を下さなければならない。これが王族たる者の義務であり、王族たる者に求められる覚悟なのだ)
父上の言葉を聞いたのが、もうずいぶん昔のことのように感じる。大義を成すためには、時に切り捨てなければならないこともある。それがたとえ大切な仲間であっても、実の父親であったとしても……
「すまない、クルス…ッ」
歯を食いしばり、目を固く閉じて、魔導船の陰に飛び込んだ。
次の瞬間、浮島がひっくり返らんばかりの轟音と暴風が耳をつんざいた。
そのとき背筋にいやな寒気を感じた。
(だが忘れてはならぬぞ、フレイよ)
辺りを静寂が包みこむ。
(たとえどんなことが起ころうとも…)
まるで空気が凍りついてしまったかのような静けさだ。
あまりの静かさに本当に寒さを感じたような気がして思わず身震いする。
(我々は希望を捨ててはいけない。なぜなら――)
いや、違う。本当に凍っている! 飛び交う木々も、岩の欠片も、風さえも。
そしてヴァルトまでもが氷に閉じ込められて、地上に墜落しているのだ。
「な、なんだこれはぁぁぁ!! 貴様ら、まだ他に仲間がいたと言うのかぁぁぁ!!?」
「仲間……だって?」
凍りついた大地を太陽が白く眩しく照らす。その光のカーテンの向こうに二人の人影が見えた。背の高い影と、人間形態クルスと同じぐらいの大きさの影。そのうちの背の高いほうの影が勢いよく走りだした。
影は見る見るうちに大きくなり、フレイたちの横を通り過ぎるとそのままヴァルトへ向かって突進。凍りついた倒木を踏み台に空高く跳躍、身の丈ほどもある長剣を頭上高く振り上げる。そして……
「なんだ貴様!? 一体何者……や、やめろ。やめろぉぉおおぉおぉ!!!」
(――なぜなら、我々が民たちの希望だからだ!)
一閃。
刃は凍りついた風竜を真っ二つに両断した。
第五竜将ヴァルト――凍てついた森において、ここに散る。
男は慣れた手付きで剣を収めると、あとから走ってついて来たもう一人を賑やかに迎えた。
「どうだ、見たか。剣も悪くないだろう。古臭いなどとはもう言わせんぞ」
「なーに言ってるんだ。私がやつを凍らせてやったから、おまえは安心してその剣を振り回せたんだろうが。感謝しろよー。私がお母様とお姉様から氷魔法をしっかり教わってたおかげなんだからな! 水竜だからって水だけだと侮ってもらっちゃあ困るね」
「わかった。じゃあ、そのお母様とお姉様に感謝させてもらうとするぜ」
「わーたーしーにーかーんーしゃーしーろーっ!!」
ひとしきりじゃれ合った後に、光の向こうから現れた二人はようやくフレイたちに気がついた。
アクエリアスは見たことないニンゲンだ、と蒼き勇者の背後に隠れて警戒したが、当の蒼き勇者は気さくに話しかけてきた。
「これはこれは。たしかユミルの王子様ですなぁ、噂はかねがねうかがっておりますよ、と」
一目見てフレイの正体を見抜いたこの男、侮れないとオットーは早速この男に喰ってかかった。それをいつものようにフレイがたしなめる。その間にフレイに代わってセッテが話しかけた。
「あんた何っすか。フレイ様に何か用でも?」
「いやぁ、こいつは良かったぜ。一度に二つも任務が片付いちまうとは……っといかん、敬語敬語。えーと、私はですねぇ。ある筋からの依頼で仕事をこなして回っておりまして、そのォーなんだ。えっと、ホラあれだよ。こういうとき何て言うんだったかな」
「僕は構いませんから、どうぞ話しやすいように仰ってください」
「お、そうかい。それは助かるな。じゃあ、気にせず説明させてもらうが」
蒼き勇者はまず島の地下のドローミ秘密研究所に潜入し、アクエリアスを救出した一部始終を説明した。次に彼は、その「ある筋」からの依頼でフレイ王子を保護する任務を請け負っていることを明らかにした。
「フレイ王子の保護……ね。聞こえはいいが、どうも胡散臭く聞こえてしまうのは私だけかのう」
「王子、これはトロウの放った新たな刺客かもしれません。どうか口車に乗せられませんよう」
例によってクルスとオットーは警戒の一点張りだ。そして、フレイの対応もまた例によるものだった。
「まぁ落ち着くんだ、二人とも。彼らは僕たちやセルシウスを助けてくれたじゃないか」
「ですが…」
「それにあのヴァルトがトロウの手下だということは、ファントムトロウと一緒に現れたことから明らかだ。もし本当にトロウの刺客なら、ヴァルトを倒したりすると思うか?」
フレイの言うことはもっともだ。また早とちりをしてしまったと二人は謝った。もちろん、自分のことを心配してくれてのことだろうとフレイがとくに咎めることもなかった。
「だが敵ではないとわかったとしても、それがまだ味方と決まったわけでもない。アリアスやセルシウスのときと同じだ。また何か僕にやらせようと言うのなら、じっくりと話を聞こう。ただし隠し事は一切しないと約束してくれ」
「わかった。と言いたいが、俺からはなんとも言い難い。詳細はそのある筋……つまり俺の依頼主から直接聞いてもらいたい。俺はフレイ王子を連れてくるように言われただけだからな」
「ふむ。ところで隠し事はしないと約束したばかりじゃったのう。その依頼主とは誰だ」
「俺からはそれも言えない。だが俺たちがおまえたちの敵ではないことは保証する。これから一緒に来てもらいたいのは、ムスペでもニヴルでもユミルでもない」
「それはつまり…?」
「アルヴヘイム、と彼らは呼んでいた」
「アルヴ! 隠れ里のアルヴじゃと! 噂には聞いていたが、まさか実在したとは…」
クルスが驚いた声を上げた。曰く、隠れ里アルヴヘイムとは通称『地図にない国』なのだ。
この空の世界には大樹を除けば大小様々の浮島が存在する。この島のように土地神の力によって浮かんでいる島もあれば、浮雲に大地が乗っかったものもあり、ムスペやニヴルなどの国が存在するような大きな島は大抵が後者である。その二国に加えて、大樹の頂上に王宮を構えるユミル国を合わせた三国が現在の空の世界を代表する三大国であるが、実はもうひとつ、この世界には四番目の大国が存在するという伝説がある。それが隠れ里アルヴヘイムだ。
前述の通り、ニヴルは浮雲に乗った大氷塊にできた国。ムスペは少し変則的ではあるが、積層雲の中に大地が内包されている後者のタイプの国。そして大樹の頂上にあるユミル。これらは基本的にその位置を大きく移動しないため、この空の世界の地図にはその位置がしっかりと記されている。
一方で土地神によって管理される島は、土地神次第でその位置をある程度移動することが可能なため、おおよその位置は地図に記されているが、具体的にどこにあるのかは実際に行ってみなければわからない。島を動かすにはとてつもない力が必要になるため、土地神の島は比較的小さいものが多く、そのために土地神が治める国というものは存在しないというのが通説だ。
だが世界のどこかに大きな島を自由に操り管理する土地神の中の土地神、大神竜が治めるアルヴヘイムという国が存在するという伝説が、昔からまことしやかに囁かれ続けてきた。
アルヴの島は他の神竜たちの島よりもずっと大きく、その移動域も非常に広範囲に渡るため、地図にはおおよその位置はおろか、その名前すらも記されていない。そもそも本当にあるのかとその存在を疑う声さえもある。そして未だかつてその島を探しに行った者で、実際に見つけて帰って来た者は一人もいない。それが『地図にない島』アルヴヘイムだ。
「蒼き勇者殿、まさかあなたはそのアルヴヘイムの在り処を知っているというのか」
「案内できる。だが俺が乗って来た竜はドローミのやつにやられてしまって…」
「わかった。僕たちの船に乗るといい。連れて行ってもらおうか、そのアルヴヘイムに」
こうして次の目的地は決まった。ニヴルへ向かい事実関係を確かめるつもりだったが、消えた土地神に負傷したセルシウス、そして突然現れた伝説のアルヴヘイムからの使者。どうやら事はそう単純ではなさそうだ。
「そうだ、セルシウスっす! お二人に尋ねるっすが、どちらかセルシウスを治療できないっすか!? このままじゃセルが…」
アルヴへ向かうにしても、このままここにセルシウスを置いていくわけにはいかない。それにセルシウスが負傷している原因も気になるところだ。なんとしても彼には意識を取り戻してもらわなければならない。
するとアクエリアスが治療術を心得ていると名乗り出た。
「私が診るぞ。水は浄化の力を備えているからな。それでそのセルシウスっていうのはどこのどいつだ?」
「おやまぁ、これまたちっこいのが出てきたっすねぇ。クルスといい勝負だ。おちびちゃん、本当に任せて大丈夫なんすか」
「無礼者! 私はこれでも貴様より遥かに長く生きているのだぞ。ニンゲン風情が調子に乗るなッ!」
「ってことは、あんたも竜っすね。たしかアクエリアスとか言ったっすか」
「いかにも。私はニヴル国第二王女アクエリアス様だぞ」
「長い名前っすねぇ…。そうだ、クルスみたいに縮めてクエリアと呼ばせてもらうっすよ」
「な、なんだと! 私の名前を勝手に略すんじゃない、この無礼者め!」
「はいはい、アメちゃんあげるから怒んないでほしいっす。それよりも早く、セルを診るっすよ」
「ふ、ふん。こんなもので私の機嫌をとろうなど……(あっ、甘い) ま、まぁ特別に許してやらんでもないか」
お嬢ちゃんもといアクエリアス改めクエリアを引き連れてセッテは魔導船の向こう側へと回った。セルシウスは先程の戦いで少し霜を被っていたが、クエリアと蒼き勇者のおかげでこれ以上傷が増えることはなかったようだ。
セッテはさっそくセルシウスを治療するように頼んだ。しかし、セルシウスを見るや否やクエリアは態度を一変させてしまった。
「火竜!? なぜ私がムスペの竜なんか助けなければならないんだ。さっきの話はナシだ。断る!」
「ひどいっす! セルシウスは俺の大切な友達なんすよ!」
「無理なものは無理だ。それにもし私が認めたところで私の治療術は水の魔法。水で火竜を治療することはできんぞ。逆に息の根を止めてしまうことになるだろうな」
「そんな…! じゃあ、どうすれば」
「まぁ……方法がないわけではない。その……さっきのアメチャンとやらをもっとよこせば考えてやらんこともない」
クエリアは物欲しそうな顔でセッテを見上げている。
そんなものでよければ、とセッテはありったけの飴玉を差し出した。飴の包みを両手いっぱいに抱えて満足顔のクエリアは「火竜を治療するには火。傷口を火で炙り続けるのが最も有効だ」と説明した。
炎を操り溶岩の中に暮らす火竜たちにとって、火こそがそのエネルギーの源。これは火竜を嫌うクエリアのでたらめではないとクルスが補足してくれた。
さて、そうなるとこの中で火が扱えるのはセッテだけだ。そこでセッテは一人この島に残ってセルシウスを治療すると言い出した。
「一人で大丈夫なのか、セッテ」
「大丈夫っすよ、兄貴。セルが元気になったら、セルに乗せてもらってすぐに追いつくっすから!」
「セッテ、くれぐれも気をつけてくれ。念のため僕が作ったゴーレムを置いていく。こいつがきっと僕たちのもとに導いてくれる。合流に必要なはずだ」
「ありがとうございます。フレイ様もどうか気をつけて…」
彼一人をここに残していくことはオットーもフレイも心配だったが、セッテの決意に満ちた目を見て彼を信じることにした。
こうしてセッテとセルシウスを残し、蒼き勇者先導のもと魔導船が浮上を開始した。
出発の間際、クルスはこの島で拾った例の不思議な石をセッテに託した。
「残るのならおぬしが持っておけ。これはこの島で見つかったものだし、まだ何かわかるかもしれんからの。それからセッテ。おぬし、見かけによらず意外と…」
「えっ、なんすか?」
「いや、なんでもない。幸運を祈るぞ!」
そのまま魔導船は浮島を発った。セッテは空の向こうへと消える船が見えなくなるまでしっかりとフレイたちを見送っていた。
最愛の仲間と一旦別れ、そして新たな仲間、蒼き勇者と水竜クエリアを加えて、フレイ一行は次なる目的地、伝説の隠れ里『アルヴ』を目指す。
「どうだ、見たか。剣も悪くないだろう。古臭いなどとはもう言わせんぞ」
「なーに言ってるんだ。私がやつを凍らせてやったから、おまえは安心してその剣を振り回せたんだろうが。感謝しろよー。私がお母様とお姉様から氷魔法をしっかり教わってたおかげなんだからな! 水竜だからって水だけだと侮ってもらっちゃあ困るね」
「わかった。じゃあ、そのお母様とお姉様に感謝させてもらうとするぜ」
「わーたーしーにーかーんーしゃーしーろーっ!!」
ひとしきりじゃれ合った後に、光の向こうから現れた二人はようやくフレイたちに気がついた。
アクエリアスは見たことないニンゲンだ、と蒼き勇者の背後に隠れて警戒したが、当の蒼き勇者は気さくに話しかけてきた。
「これはこれは。たしかユミルの王子様ですなぁ、噂はかねがねうかがっておりますよ、と」
一目見てフレイの正体を見抜いたこの男、侮れないとオットーは早速この男に喰ってかかった。それをいつものようにフレイがたしなめる。その間にフレイに代わってセッテが話しかけた。
「あんた何っすか。フレイ様に何か用でも?」
「いやぁ、こいつは良かったぜ。一度に二つも任務が片付いちまうとは……っといかん、敬語敬語。えーと、私はですねぇ。ある筋からの依頼で仕事をこなして回っておりまして、そのォーなんだ。えっと、ホラあれだよ。こういうとき何て言うんだったかな」
「僕は構いませんから、どうぞ話しやすいように仰ってください」
「お、そうかい。それは助かるな。じゃあ、気にせず説明させてもらうが」
蒼き勇者はまず島の地下のドローミ秘密研究所に潜入し、アクエリアスを救出した一部始終を説明した。次に彼は、その「ある筋」からの依頼でフレイ王子を保護する任務を請け負っていることを明らかにした。
「フレイ王子の保護……ね。聞こえはいいが、どうも胡散臭く聞こえてしまうのは私だけかのう」
「王子、これはトロウの放った新たな刺客かもしれません。どうか口車に乗せられませんよう」
例によってクルスとオットーは警戒の一点張りだ。そして、フレイの対応もまた例によるものだった。
「まぁ落ち着くんだ、二人とも。彼らは僕たちやセルシウスを助けてくれたじゃないか」
「ですが…」
「それにあのヴァルトがトロウの手下だということは、ファントムトロウと一緒に現れたことから明らかだ。もし本当にトロウの刺客なら、ヴァルトを倒したりすると思うか?」
フレイの言うことはもっともだ。また早とちりをしてしまったと二人は謝った。もちろん、自分のことを心配してくれてのことだろうとフレイがとくに咎めることもなかった。
「だが敵ではないとわかったとしても、それがまだ味方と決まったわけでもない。アリアスやセルシウスのときと同じだ。また何か僕にやらせようと言うのなら、じっくりと話を聞こう。ただし隠し事は一切しないと約束してくれ」
「わかった。と言いたいが、俺からはなんとも言い難い。詳細はそのある筋……つまり俺の依頼主から直接聞いてもらいたい。俺はフレイ王子を連れてくるように言われただけだからな」
「ふむ。ところで隠し事はしないと約束したばかりじゃったのう。その依頼主とは誰だ」
「俺からはそれも言えない。だが俺たちがおまえたちの敵ではないことは保証する。これから一緒に来てもらいたいのは、ムスペでもニヴルでもユミルでもない」
「それはつまり…?」
「アルヴヘイム、と彼らは呼んでいた」
「アルヴ! 隠れ里のアルヴじゃと! 噂には聞いていたが、まさか実在したとは…」
クルスが驚いた声を上げた。曰く、隠れ里アルヴヘイムとは通称『地図にない国』なのだ。
この空の世界には大樹を除けば大小様々の浮島が存在する。この島のように土地神の力によって浮かんでいる島もあれば、浮雲に大地が乗っかったものもあり、ムスペやニヴルなどの国が存在するような大きな島は大抵が後者である。その二国に加えて、大樹の頂上に王宮を構えるユミル国を合わせた三国が現在の空の世界を代表する三大国であるが、実はもうひとつ、この世界には四番目の大国が存在するという伝説がある。それが隠れ里アルヴヘイムだ。
前述の通り、ニヴルは浮雲に乗った大氷塊にできた国。ムスペは少し変則的ではあるが、積層雲の中に大地が内包されている後者のタイプの国。そして大樹の頂上にあるユミル。これらは基本的にその位置を大きく移動しないため、この空の世界の地図にはその位置がしっかりと記されている。
一方で土地神によって管理される島は、土地神次第でその位置をある程度移動することが可能なため、おおよその位置は地図に記されているが、具体的にどこにあるのかは実際に行ってみなければわからない。島を動かすにはとてつもない力が必要になるため、土地神の島は比較的小さいものが多く、そのために土地神が治める国というものは存在しないというのが通説だ。
だが世界のどこかに大きな島を自由に操り管理する土地神の中の土地神、大神竜が治めるアルヴヘイムという国が存在するという伝説が、昔からまことしやかに囁かれ続けてきた。
アルヴの島は他の神竜たちの島よりもずっと大きく、その移動域も非常に広範囲に渡るため、地図にはおおよその位置はおろか、その名前すらも記されていない。そもそも本当にあるのかとその存在を疑う声さえもある。そして未だかつてその島を探しに行った者で、実際に見つけて帰って来た者は一人もいない。それが『地図にない島』アルヴヘイムだ。
「蒼き勇者殿、まさかあなたはそのアルヴヘイムの在り処を知っているというのか」
「案内できる。だが俺が乗って来た竜はドローミのやつにやられてしまって…」
「わかった。僕たちの船に乗るといい。連れて行ってもらおうか、そのアルヴヘイムに」
こうして次の目的地は決まった。ニヴルへ向かい事実関係を確かめるつもりだったが、消えた土地神に負傷したセルシウス、そして突然現れた伝説のアルヴヘイムからの使者。どうやら事はそう単純ではなさそうだ。
「そうだ、セルシウスっす! お二人に尋ねるっすが、どちらかセルシウスを治療できないっすか!? このままじゃセルが…」
アルヴへ向かうにしても、このままここにセルシウスを置いていくわけにはいかない。それにセルシウスが負傷している原因も気になるところだ。なんとしても彼には意識を取り戻してもらわなければならない。
するとアクエリアスが治療術を心得ていると名乗り出た。
「私が診るぞ。水は浄化の力を備えているからな。それでそのセルシウスっていうのはどこのどいつだ?」
「おやまぁ、これまたちっこいのが出てきたっすねぇ。クルスといい勝負だ。おちびちゃん、本当に任せて大丈夫なんすか」
「無礼者! 私はこれでも貴様より遥かに長く生きているのだぞ。ニンゲン風情が調子に乗るなッ!」
「ってことは、あんたも竜っすね。たしかアクエリアスとか言ったっすか」
「いかにも。私はニヴル国第二王女アクエリアス様だぞ」
「長い名前っすねぇ…。そうだ、クルスみたいに縮めてクエリアと呼ばせてもらうっすよ」
「な、なんだと! 私の名前を勝手に略すんじゃない、この無礼者め!」
「はいはい、アメちゃんあげるから怒んないでほしいっす。それよりも早く、セルを診るっすよ」
「ふ、ふん。こんなもので私の機嫌をとろうなど……(あっ、甘い) ま、まぁ特別に許してやらんでもないか」
お嬢ちゃんもといアクエリアス改めクエリアを引き連れてセッテは魔導船の向こう側へと回った。セルシウスは先程の戦いで少し霜を被っていたが、クエリアと蒼き勇者のおかげでこれ以上傷が増えることはなかったようだ。
セッテはさっそくセルシウスを治療するように頼んだ。しかし、セルシウスを見るや否やクエリアは態度を一変させてしまった。
「火竜!? なぜ私がムスペの竜なんか助けなければならないんだ。さっきの話はナシだ。断る!」
「ひどいっす! セルシウスは俺の大切な友達なんすよ!」
「無理なものは無理だ。それにもし私が認めたところで私の治療術は水の魔法。水で火竜を治療することはできんぞ。逆に息の根を止めてしまうことになるだろうな」
「そんな…! じゃあ、どうすれば」
「まぁ……方法がないわけではない。その……さっきのアメチャンとやらをもっとよこせば考えてやらんこともない」
クエリアは物欲しそうな顔でセッテを見上げている。
そんなものでよければ、とセッテはありったけの飴玉を差し出した。飴の包みを両手いっぱいに抱えて満足顔のクエリアは「火竜を治療するには火。傷口を火で炙り続けるのが最も有効だ」と説明した。
炎を操り溶岩の中に暮らす火竜たちにとって、火こそがそのエネルギーの源。これは火竜を嫌うクエリアのでたらめではないとクルスが補足してくれた。
さて、そうなるとこの中で火が扱えるのはセッテだけだ。そこでセッテは一人この島に残ってセルシウスを治療すると言い出した。
「一人で大丈夫なのか、セッテ」
「大丈夫っすよ、兄貴。セルが元気になったら、セルに乗せてもらってすぐに追いつくっすから!」
「セッテ、くれぐれも気をつけてくれ。念のため僕が作ったゴーレムを置いていく。こいつがきっと僕たちのもとに導いてくれる。合流に必要なはずだ」
「ありがとうございます。フレイ様もどうか気をつけて…」
彼一人をここに残していくことはオットーもフレイも心配だったが、セッテの決意に満ちた目を見て彼を信じることにした。
こうしてセッテとセルシウスを残し、蒼き勇者先導のもと魔導船が浮上を開始した。
出発の間際、クルスはこの島で拾った例の不思議な石をセッテに託した。
「残るのならおぬしが持っておけ。これはこの島で見つかったものだし、まだ何かわかるかもしれんからの。それからセッテ。おぬし、見かけによらず意外と…」
「えっ、なんすか?」
「いや、なんでもない。幸運を祈るぞ!」
そのまま魔導船は浮島を発った。セッテは空の向こうへと消える船が見えなくなるまでしっかりとフレイたちを見送っていた。
最愛の仲間と一旦別れ、そして新たな仲間、蒼き勇者と水竜クエリアを加えて、フレイ一行は次なる目的地、伝説の隠れ里『アルヴ』を目指す。