山道を歩いていると思ったら大蛇の背中だった。何を言っているのかわからないと思うが、俺にもまるでわけがわからない。ひとつだけ言えるのは大蛇は死んでいなかったということだ。なぜなら、その大蛇には頭がひとつとは限らなかったからだ。
四番星「岩降って地固まる」
今、俺たちは大蛇の背中の上にいる。一見すると雑木林の中のようだが、それは大蛇の背中に木々が覆い茂っているからだ。遠くからみればただの山のように見えていたかもしれない。そして俺たちを囲むように7つの頭が円になってこちらを睨みつけている。それぞれの頭は、今立っているこの山の麓から伸びているようだった。つまり、ひとつの胴体からなんと7つもの頭が生えているのだ。
「我ガ天ヨリ授カリシ能力。其レハチカラノ倍化。頭ヒトツ潰サレヨウトモ、未ダ七倍化ニ在リ」
すでにひとつ頭を倒しているので、もともとは8つの頭を持っていたことになる。
「まさに化け物というわけか。城の文献で似たような話を読んだことがある。頭が8つの大蛇の化け物のことを八岐大蛇とか呼ぶらしいぞ。さすがにおとぎ話かと思っておったが、まさか雲の下に実在しておるとはなあ」
あーぎゃの言う文献とやらには、そのヤマタノオロチとやらの伝説が載っているらしい。さっきから思ってたが、その文献ってのは何のことを言っているんだ。古代文明の話でも書かれているのか、はたまたこことは異なる別の世界の物語なのか。まぁ、そんなことはどうでもいいが。
「で、その文献とやらに八岐大蛇が出たときの対処法は書いてなかったのか?」
「くだらない伝説だとばかり思っておったからな。そこまでしっかりとは読んでおらぬ」
伝説は所詮伝説だ。あくまで過去の話か、あるいは作り話の可能性もある。だが目の前に存在している大蛇は伝説ではなく現実。幻物ではなく現物なのだ。つまり自分で考えて答えを出せってことか。やれやれ、都合よくいかないもんだ。
「それで、こんどはどうしたらいいの? ボクのチカラもあーぎゃの火も大蛇にはきかなかったよ」
「酒樽はもうないぞ。仮にあったとしても、もう奴も同じ手は食わぬだろうな。一番のかりゅーどとやらなんだろう。だったらほれ、早く何かいい案を出さぬか」
ちびたち二匹がすがるような目でこちらを見上げている。みーぎゃは言うまでもなく、あーぎゃのほうも偉そうな物言いではあったが、俺が口を開くのを今かと待ちわびているようだった。期待されているのは悪い気はしない。ならばその期待に応えてやるのが男ってもんだ。
「いいだろう。ここは俺に任せるんだ。いいか、よく聞け。この状況を打開する方法がひとつだけある」
一度相まみえたことで敵の行動はある程度予測ができるし、その対処法も少しはわかる。内部から焼き殺すことで頭のひとつは倒せたのだ。外側は硬いが内側は弱い。つまり、無茶を承知でやつの体内に飛び込むか、あるいはもし喰われてしまったとしても、中でひと暴れしてやれば痛手を負わせることができるわけだ。
もちろん、無策に飛び込むのは無謀なのでお勧めしない。あの牙にやれればそれまでだし、無傷で体内に侵入できたとしても、消化されてしまう前に脱出できなければ一巻の終わりだ。まして、内側から焼き殺す手段をとるならば、中にいれば自分も一緒に焼き殺してしまいかねない。つまり、敵の中に飛び込むのは最後の手段程度に考えておかなければならない。
そうなると、自分たちは外側にいながら奴の内側を攻撃する手段を講じる必要に迫られる。あーぎゃの言うように酒樽はもうないので別のものを時間差で発火させることになるが、酒樽以外で不自然に思われずに奴に呑み込ませられるものといえば、あとは生贄ぐらいのものだ。俺かみーぎゃのどちらかが、あーぎゃの能力で発火性を得てわざと大蛇に喰われれば頭のひとつぐらいは倒せるかもしれないが、それでは本当に生贄として飛び込んでいくことになってしまう。俺はまだ死にたくないし、仮に成功したとしても大蛇の頭はまだ7つも残っているので、全部の頭を倒しきることができない。
結論から言おう。今の俺たちには7つもの大蛇の頭を同時に相手して、そのすべてを倒しきるなんて無理だ。
そこで発想の転換だ。つまり、どうやってあれを倒すかじゃない。どうやってあれから生き延びるか。それを考えればたどり着く答えなんてひとつしかないじゃないか。
「何をもったいぶっておる! 今にも襲い掛かってきそうだぞ。早く申さぬか」
「倒すだけが勝利じゃないってことさ」
小脇にちびたちを、右にみーぎゃ、左にあーぎゃをそれぞれ抱えて、大地(正確には大蛇の背中)を蹴って跳躍。覆い茂る木々の陰をうまく利用して一気に駆け抜ける。みーぎゃの生やしてくれた樹がまさかこんな形で役に立つとは思わなかった。
「ほら、よく言うだろ。逃げるが勝ちってな!」
「あれだけもったいぶっておいて結局それか。しかし生贄が逃げればあの村は一体どうなってしまうのかのう」
「知るか! 少なくともあの村のために俺が死んでやる義理なんか最初からないぜ」
大蛇の背中の森を走る、走る。このまま走り続ければいずれ、本当の山道にたどり着くはずだ。まずは逃げよう。考えるのはそれからだ。
そうだ、俺の目的は化け物退治なんかじゃない。落ちた隕石を探しにいくだけだ。このまま逃げ切って、ついでにその足で運良く隕石も見つかればすべて丸く収まってハッピーエンド。そうだろう? 俺を生贄にしようとした村のやつらのことなんかもう知らん。
しかし、いくら走っても走っても、大蛇の森の端が見えてこない。俺の予想が正しければ、大蛇の胴体の端にたどり着いて、そこから本当の地面に飛び降りられるはずなのだ。なのに、どこまで行っても平坦な鱗道。起伏の上下さえありもしない。
「ゆ、ゆ、ゆれてる、の」
気分でも悪くなったのか、みーぎゃが声を震わせながら言った。
「そりゃ揺れるさ。走ってるんだから」
「ち、ちが…う…。地面、ゆれ、てるぅ」
「そりゃ揺れるさ。だって大蛇の背中……はっ!?」
たしかに揺れていた。それはここが大蛇の背中の上であり、大蛇が動いているからそれを揺れとして感じるのだ。ここが大蛇の背中の上だと気付いたのもその揺れがあったからだ。しかし、そのことだけに気を取られていて今までずっと気がつかなかった。そう、大蛇が動くから揺れるのだ。大蛇は動く。こいつ、動くぞ。
「クク……愚カナ。汝ラハ釈迦ノ掌ナラヌ、我ガ背ノ上デ踊ラサレテイルニ過ギヌ。貴様等ニ逃ゲ場ナド無イ!」
たとえ樹の陰に隠れたとしてもここは大蛇の背中の上。だから俺が背中のどこを走っているかは見えなくても大蛇には感触でわかる。奴め、俺が胴体の端にたどり着かないように、うまい具合に身体をくねらせて誘導していやがったのだ。
「戯レモ飽キタ。今コソ晩餐ノ刻」
がくん、と大きく揺れたかと思うと突然地面が隆起した。否、大蛇が胴体を振り上げたのだ。弾き出された俺たちは空中へ。そして目下に待ち構えるのは大口を開けた大蛇の頭。大顎から見える喉の奥は漆黒の闇で、ひとたび飲み込まれれば二度と這い出てこれなさそうな地獄の淵にも感じられる。
「くッそぉ! やられ…」
「てたまるか! 空中に出ればむしろこちらのものだ」
「ふりーど、あきらめはやすぎなの!」
本物の山のほうから伸びてきたツタに身体を引かれ、あーぎゃの吐き出す炎がロケット噴射よろしく推進力となって勢いよく飛び出し、間一髪のところで閉じられる大蛇の大顎から逃げ出した。
そのまま一直線にクロガネの山のほうへと飛び出し、突き刺さるように地面に激突した。土だ。こんどこそ本物の山肌だ。
「いってぇ。だがよくやった、おまえたち! 逃げるが勝ち、作戦通りだったな」
「言ってる場合か。あの巨体だ、すぐに追いついてくるぞ。今は逃げることが先決だ。散れ散れ! 例の村で落ち合おうぞ」
「王女サマの命令とあっちゃ仕方ないな。いざ戦略的撤退!」
「みぎゃーっ!」
三方に散開。ついさっきまで立っていた場所に、次の瞬間にはもう大蛇の頭が突撃してきていた。
「我ガ天ヨリ授カリシ能力。其レハチカラノ倍化。頭ヒトツ潰サレヨウトモ、未ダ七倍化ニ在リ」
すでにひとつ頭を倒しているので、もともとは8つの頭を持っていたことになる。
「まさに化け物というわけか。城の文献で似たような話を読んだことがある。頭が8つの大蛇の化け物のことを八岐大蛇とか呼ぶらしいぞ。さすがにおとぎ話かと思っておったが、まさか雲の下に実在しておるとはなあ」
あーぎゃの言う文献とやらには、そのヤマタノオロチとやらの伝説が載っているらしい。さっきから思ってたが、その文献ってのは何のことを言っているんだ。古代文明の話でも書かれているのか、はたまたこことは異なる別の世界の物語なのか。まぁ、そんなことはどうでもいいが。
「で、その文献とやらに八岐大蛇が出たときの対処法は書いてなかったのか?」
「くだらない伝説だとばかり思っておったからな。そこまでしっかりとは読んでおらぬ」
伝説は所詮伝説だ。あくまで過去の話か、あるいは作り話の可能性もある。だが目の前に存在している大蛇は伝説ではなく現実。幻物ではなく現物なのだ。つまり自分で考えて答えを出せってことか。やれやれ、都合よくいかないもんだ。
「それで、こんどはどうしたらいいの? ボクのチカラもあーぎゃの火も大蛇にはきかなかったよ」
「酒樽はもうないぞ。仮にあったとしても、もう奴も同じ手は食わぬだろうな。一番のかりゅーどとやらなんだろう。だったらほれ、早く何かいい案を出さぬか」
ちびたち二匹がすがるような目でこちらを見上げている。みーぎゃは言うまでもなく、あーぎゃのほうも偉そうな物言いではあったが、俺が口を開くのを今かと待ちわびているようだった。期待されているのは悪い気はしない。ならばその期待に応えてやるのが男ってもんだ。
「いいだろう。ここは俺に任せるんだ。いいか、よく聞け。この状況を打開する方法がひとつだけある」
一度相まみえたことで敵の行動はある程度予測ができるし、その対処法も少しはわかる。内部から焼き殺すことで頭のひとつは倒せたのだ。外側は硬いが内側は弱い。つまり、無茶を承知でやつの体内に飛び込むか、あるいはもし喰われてしまったとしても、中でひと暴れしてやれば痛手を負わせることができるわけだ。
もちろん、無策に飛び込むのは無謀なのでお勧めしない。あの牙にやれればそれまでだし、無傷で体内に侵入できたとしても、消化されてしまう前に脱出できなければ一巻の終わりだ。まして、内側から焼き殺す手段をとるならば、中にいれば自分も一緒に焼き殺してしまいかねない。つまり、敵の中に飛び込むのは最後の手段程度に考えておかなければならない。
そうなると、自分たちは外側にいながら奴の内側を攻撃する手段を講じる必要に迫られる。あーぎゃの言うように酒樽はもうないので別のものを時間差で発火させることになるが、酒樽以外で不自然に思われずに奴に呑み込ませられるものといえば、あとは生贄ぐらいのものだ。俺かみーぎゃのどちらかが、あーぎゃの能力で発火性を得てわざと大蛇に喰われれば頭のひとつぐらいは倒せるかもしれないが、それでは本当に生贄として飛び込んでいくことになってしまう。俺はまだ死にたくないし、仮に成功したとしても大蛇の頭はまだ7つも残っているので、全部の頭を倒しきることができない。
結論から言おう。今の俺たちには7つもの大蛇の頭を同時に相手して、そのすべてを倒しきるなんて無理だ。
そこで発想の転換だ。つまり、どうやってあれを倒すかじゃない。どうやってあれから生き延びるか。それを考えればたどり着く答えなんてひとつしかないじゃないか。
「何をもったいぶっておる! 今にも襲い掛かってきそうだぞ。早く申さぬか」
「倒すだけが勝利じゃないってことさ」
小脇にちびたちを、右にみーぎゃ、左にあーぎゃをそれぞれ抱えて、大地(正確には大蛇の背中)を蹴って跳躍。覆い茂る木々の陰をうまく利用して一気に駆け抜ける。みーぎゃの生やしてくれた樹がまさかこんな形で役に立つとは思わなかった。
「ほら、よく言うだろ。逃げるが勝ちってな!」
「あれだけもったいぶっておいて結局それか。しかし生贄が逃げればあの村は一体どうなってしまうのかのう」
「知るか! 少なくともあの村のために俺が死んでやる義理なんか最初からないぜ」
大蛇の背中の森を走る、走る。このまま走り続ければいずれ、本当の山道にたどり着くはずだ。まずは逃げよう。考えるのはそれからだ。
そうだ、俺の目的は化け物退治なんかじゃない。落ちた隕石を探しにいくだけだ。このまま逃げ切って、ついでにその足で運良く隕石も見つかればすべて丸く収まってハッピーエンド。そうだろう? 俺を生贄にしようとした村のやつらのことなんかもう知らん。
しかし、いくら走っても走っても、大蛇の森の端が見えてこない。俺の予想が正しければ、大蛇の胴体の端にたどり着いて、そこから本当の地面に飛び降りられるはずなのだ。なのに、どこまで行っても平坦な鱗道。起伏の上下さえありもしない。
「ゆ、ゆ、ゆれてる、の」
気分でも悪くなったのか、みーぎゃが声を震わせながら言った。
「そりゃ揺れるさ。走ってるんだから」
「ち、ちが…う…。地面、ゆれ、てるぅ」
「そりゃ揺れるさ。だって大蛇の背中……はっ!?」
たしかに揺れていた。それはここが大蛇の背中の上であり、大蛇が動いているからそれを揺れとして感じるのだ。ここが大蛇の背中の上だと気付いたのもその揺れがあったからだ。しかし、そのことだけに気を取られていて今までずっと気がつかなかった。そう、大蛇が動くから揺れるのだ。大蛇は動く。こいつ、動くぞ。
「クク……愚カナ。汝ラハ釈迦ノ掌ナラヌ、我ガ背ノ上デ踊ラサレテイルニ過ギヌ。貴様等ニ逃ゲ場ナド無イ!」
たとえ樹の陰に隠れたとしてもここは大蛇の背中の上。だから俺が背中のどこを走っているかは見えなくても大蛇には感触でわかる。奴め、俺が胴体の端にたどり着かないように、うまい具合に身体をくねらせて誘導していやがったのだ。
「戯レモ飽キタ。今コソ晩餐ノ刻」
がくん、と大きく揺れたかと思うと突然地面が隆起した。否、大蛇が胴体を振り上げたのだ。弾き出された俺たちは空中へ。そして目下に待ち構えるのは大口を開けた大蛇の頭。大顎から見える喉の奥は漆黒の闇で、ひとたび飲み込まれれば二度と這い出てこれなさそうな地獄の淵にも感じられる。
「くッそぉ! やられ…」
「てたまるか! 空中に出ればむしろこちらのものだ」
「ふりーど、あきらめはやすぎなの!」
本物の山のほうから伸びてきたツタに身体を引かれ、あーぎゃの吐き出す炎がロケット噴射よろしく推進力となって勢いよく飛び出し、間一髪のところで閉じられる大蛇の大顎から逃げ出した。
そのまま一直線にクロガネの山のほうへと飛び出し、突き刺さるように地面に激突した。土だ。こんどこそ本物の山肌だ。
「いってぇ。だがよくやった、おまえたち! 逃げるが勝ち、作戦通りだったな」
「言ってる場合か。あの巨体だ、すぐに追いついてくるぞ。今は逃げることが先決だ。散れ散れ! 例の村で落ち合おうぞ」
「王女サマの命令とあっちゃ仕方ないな。いざ戦略的撤退!」
「みぎゃーっ!」
三方に散開。ついさっきまで立っていた場所に、次の瞬間にはもう大蛇の頭が突撃してきていた。
ただただ必死に逃げた。「ふりーどとあーぎゃはうまくにげたかな」と考えながらもひたすら逃げた。なぜなら自分の力では歯が立たないことが、みーぎゃにはよくわかっていたからだ。
背後からめきめきと木々をへし折りながら大蛇が迫ってくる音が追ってきている。
「ボクにもっと力があれば…」
そう考えながら、ただただ逃げ続けた。しかし、このままではいずれ追いつかれてしまうだろう。
「みぎゃっ!?」
どうしようかと考えながら走って注意が及ばなかったのか、ぬかるみに足を取られてみーぎゃは転んだ。まずい…。そう思ったときにはもう、大蛇の鼻先が目の前にまで迫っていた。
効果がないのはわかっている。でも黙って喰われてやるのも悔しい。みーぎゃは持てるすべての力を振り絞って祈り念じた。すると目の前の地面が見る見るうちに隆起していき、迫る大蛇の首を高く高く持ち上げていく。この程度のことしかできないが、多少の時間稼ぎにはなるだろう。そう考えていた。しかし、その行動は予想外の作用を見せた。
「な……なんだぁ、ありゃ!」
逃げる最中、遠景の山がどんどん高くなっていくのをフリードは目撃した。いや、山ではない。あれは木々に覆われた大蛇の身体だ。追い詰められたみーぎゃの祈りは、大蛇の頭ひとつを持ち上げただけのつもりが、大蛇の身体全体を持ち上げてしまっていたのだ。
そしてさらに驚く光景を目にした。
前方にそびえ立つ黒く染まった岸壁。見上げるとそこにはクロガネの山頂が見えるはずだった。が、そこにあるべき山頂がそこにはない。代わりにそこには黒い岩石の塊がいくつも宙に浮かんで渦巻いているではないか。それはまるで竜巻に巻き上げられた石のように。しかしスケールが違いすぎる。なんせ山を砕いた岩の塊がいくつも宙に浮かんでいるのだから。
浮かんだ山の欠片は、それ自体が意思でももったかのように、揃って持ち上げられた大蛇へと次々に降り注いだ。どがらどがらと岩の雨が大きな音を立てて降り重なっていく。そしてついに大蛇は土煙の向こうに姿を消し、そこに新たなクロガネ山の山頂が出来上がった。大蛇は新しくできた山の中に埋もれてしまったのだ。最期に上げた大蛇の断末魔の叫びがまだ土煙晴れぬ山間に響き渡っていた。
「い、いまの……もしかして、ボクがやったの…?」
驚きを隠せないみーぎゃの足には、さっき踏んだぬかるみの黒い液体がまだ糸を引いて垂れていた……
しばらくして、スサの村にて合流したフリード、みーぎゃ、あーぎゃはそこで新しい噂を聞いた。大蛇の叫び声が聴こえたと思ったら、クロガネ山の位置がいつの間にか変わっていた。それ以来、大蛇の姿を全く見なくなった。そんな内容だ。
スサの長老は確認のために村の者を何人か移動した山頂へと遣わせると、フリードに向かって言った。
「まさか生きて帰ってくるとは思わんかった。だがおまえさんが無事ということは、大蛇は退治されたようじゃな」
何が起こったのかさっぱりわからないフリードはただ困惑するばかりだったが、
「も、もちろんだ。なぜなら俺はカルスト村にその人ありと謳われた一番の狩人だからな!」
歓迎してくれるようだったので、とりあえずありがたく受け取っておくことにした。そして無事生還したフリードを大蛇殺しの英雄として称えた祝宴が、三日三晩にわたって開かれた。
よくわからないままにも催された宴だったが、フリードの調子のいい性格もあってか彼らは祝宴をそれなりに楽しんだ。彼が言うには「まぁ、せっかく称えてくれて祭りまで開いてくれたんだから、わざわざ口出しして水を差すこともないだろう」ということだった。一方みーぎゃも、大蛇を岩で押し潰したのは状況から考えて自分だったのではないかと考えて複雑な思いでいたが、純粋かつ単純な性格だったので祭りの雰囲気に飲まれてすぐに忘れてしまった。
そして四日目の朝――
背後からめきめきと木々をへし折りながら大蛇が迫ってくる音が追ってきている。
「ボクにもっと力があれば…」
そう考えながら、ただただ逃げ続けた。しかし、このままではいずれ追いつかれてしまうだろう。
「みぎゃっ!?」
どうしようかと考えながら走って注意が及ばなかったのか、ぬかるみに足を取られてみーぎゃは転んだ。まずい…。そう思ったときにはもう、大蛇の鼻先が目の前にまで迫っていた。
効果がないのはわかっている。でも黙って喰われてやるのも悔しい。みーぎゃは持てるすべての力を振り絞って祈り念じた。すると目の前の地面が見る見るうちに隆起していき、迫る大蛇の首を高く高く持ち上げていく。この程度のことしかできないが、多少の時間稼ぎにはなるだろう。そう考えていた。しかし、その行動は予想外の作用を見せた。
「な……なんだぁ、ありゃ!」
逃げる最中、遠景の山がどんどん高くなっていくのをフリードは目撃した。いや、山ではない。あれは木々に覆われた大蛇の身体だ。追い詰められたみーぎゃの祈りは、大蛇の頭ひとつを持ち上げただけのつもりが、大蛇の身体全体を持ち上げてしまっていたのだ。
そしてさらに驚く光景を目にした。
前方にそびえ立つ黒く染まった岸壁。見上げるとそこにはクロガネの山頂が見えるはずだった。が、そこにあるべき山頂がそこにはない。代わりにそこには黒い岩石の塊がいくつも宙に浮かんで渦巻いているではないか。それはまるで竜巻に巻き上げられた石のように。しかしスケールが違いすぎる。なんせ山を砕いた岩の塊がいくつも宙に浮かんでいるのだから。
浮かんだ山の欠片は、それ自体が意思でももったかのように、揃って持ち上げられた大蛇へと次々に降り注いだ。どがらどがらと岩の雨が大きな音を立てて降り重なっていく。そしてついに大蛇は土煙の向こうに姿を消し、そこに新たなクロガネ山の山頂が出来上がった。大蛇は新しくできた山の中に埋もれてしまったのだ。最期に上げた大蛇の断末魔の叫びがまだ土煙晴れぬ山間に響き渡っていた。
「い、いまの……もしかして、ボクがやったの…?」
驚きを隠せないみーぎゃの足には、さっき踏んだぬかるみの黒い液体がまだ糸を引いて垂れていた……
しばらくして、スサの村にて合流したフリード、みーぎゃ、あーぎゃはそこで新しい噂を聞いた。大蛇の叫び声が聴こえたと思ったら、クロガネ山の位置がいつの間にか変わっていた。それ以来、大蛇の姿を全く見なくなった。そんな内容だ。
スサの長老は確認のために村の者を何人か移動した山頂へと遣わせると、フリードに向かって言った。
「まさか生きて帰ってくるとは思わんかった。だがおまえさんが無事ということは、大蛇は退治されたようじゃな」
何が起こったのかさっぱりわからないフリードはただ困惑するばかりだったが、
「も、もちろんだ。なぜなら俺はカルスト村にその人ありと謳われた一番の狩人だからな!」
歓迎してくれるようだったので、とりあえずありがたく受け取っておくことにした。そして無事生還したフリードを大蛇殺しの英雄として称えた祝宴が、三日三晩にわたって開かれた。
よくわからないままにも催された宴だったが、フリードの調子のいい性格もあってか彼らは祝宴をそれなりに楽しんだ。彼が言うには「まぁ、せっかく称えてくれて祭りまで開いてくれたんだから、わざわざ口出しして水を差すこともないだろう」ということだった。一方みーぎゃも、大蛇を岩で押し潰したのは状況から考えて自分だったのではないかと考えて複雑な思いでいたが、純粋かつ単純な性格だったので祭りの雰囲気に飲まれてすぐに忘れてしまった。
そして四日目の朝――
「それは本当か!」
ついに有力な情報を得た。村のやつが言うには、スサのすぐ近くの森に隕石が落ちたところをしっかり見たのだという。というかよく無事だったな、この村。
どうやら今回の俺の旅も終わりが近づいてきたらしい。大蛇の一件が無駄足にならなくて正直ほっとしている。
隕石のことを教えてくれた村人に例を言うと、さっそく情報の場所へと出発することにした。善は急げというやつだ。
「短い間だったが世話になったな。無事空の国とやらに帰れることを祈るぜ。それじゃあ達者でな」
「またね」
あーぎゃと別れてスサを発とうとすると、
「待て。私はまだおまえに用があるのだ」
先を急ぎたいというのに、あーぎゃに呼び止められた。
「私は王家を継ぐために祖国に帰らなくてはならない。だが地上のことにはちと疎くてな。つまり、そのだな……率直に言って道がわからん。だから案内しろ」
「案内しろって、そのムスペとかいう国にか。そんなの俺だって知らないぜ。自称王族なんだろ? だったら心配した国の誰かが捜しに来てくれたりするもんじゃないのか」
「火竜は身内を甘やかしたりはしない。もし私が帰らなければ兄弟の誰が国を継ぐだけだ。我が国に後継者の順位はない。国を継げるのは後継者候補の中でもっとも強い者だけだからな」
「ふぅん…。それで?」
「おまえは生贄にされかかっていた私を助けただろう。ならば最後まで責任を持ってもらわねば困る」
「いや、あれはみーぎゃが勝手に…」
「保護者なのであろう? だったら責任を取るのはおまえだ。ではそういうことなので宜しく頼むぞ」
何がそういうことなのかわからないが、あーぎゃもついてくることに勝手に決められてしまった。責任とか言われても困るが、空の国のことはあまり信じていなかったので、そのうちなんとかなるだろうと納得してしまった。
「あーぎゃ、いっしょに来るの? みぎゃー! やったー!」
「勘違いするなよ。べつにおまえたちともっと一緒にいたいわけではない。甘ったれの兄弟どもに王座を継がせては国の将来が危ういから、帰れるまでしかたなぁーく同行してやるだけだ。ほれ、わかったらさっさと歩け」
とか言いながら、ぷいと顔を背けて一人先陣を切って歩き出していった。顔が赤かったような気がしたが、そういえばあーぎゃの鱗はもとから赤かったんだった。最初から素直に一緒に来たいと言えよ。
まあ、みーぎゃと仲がいいようだし、こいつの能力も何かの役に立ちそうだし……ま、いいか。
ついに有力な情報を得た。村のやつが言うには、スサのすぐ近くの森に隕石が落ちたところをしっかり見たのだという。というかよく無事だったな、この村。
どうやら今回の俺の旅も終わりが近づいてきたらしい。大蛇の一件が無駄足にならなくて正直ほっとしている。
隕石のことを教えてくれた村人に例を言うと、さっそく情報の場所へと出発することにした。善は急げというやつだ。
「短い間だったが世話になったな。無事空の国とやらに帰れることを祈るぜ。それじゃあ達者でな」
「またね」
あーぎゃと別れてスサを発とうとすると、
「待て。私はまだおまえに用があるのだ」
先を急ぎたいというのに、あーぎゃに呼び止められた。
「私は王家を継ぐために祖国に帰らなくてはならない。だが地上のことにはちと疎くてな。つまり、そのだな……率直に言って道がわからん。だから案内しろ」
「案内しろって、そのムスペとかいう国にか。そんなの俺だって知らないぜ。自称王族なんだろ? だったら心配した国の誰かが捜しに来てくれたりするもんじゃないのか」
「火竜は身内を甘やかしたりはしない。もし私が帰らなければ兄弟の誰が国を継ぐだけだ。我が国に後継者の順位はない。国を継げるのは後継者候補の中でもっとも強い者だけだからな」
「ふぅん…。それで?」
「おまえは生贄にされかかっていた私を助けただろう。ならば最後まで責任を持ってもらわねば困る」
「いや、あれはみーぎゃが勝手に…」
「保護者なのであろう? だったら責任を取るのはおまえだ。ではそういうことなので宜しく頼むぞ」
何がそういうことなのかわからないが、あーぎゃもついてくることに勝手に決められてしまった。責任とか言われても困るが、空の国のことはあまり信じていなかったので、そのうちなんとかなるだろうと納得してしまった。
「あーぎゃ、いっしょに来るの? みぎゃー! やったー!」
「勘違いするなよ。べつにおまえたちともっと一緒にいたいわけではない。甘ったれの兄弟どもに王座を継がせては国の将来が危ういから、帰れるまでしかたなぁーく同行してやるだけだ。ほれ、わかったらさっさと歩け」
とか言いながら、ぷいと顔を背けて一人先陣を切って歩き出していった。顔が赤かったような気がしたが、そういえばあーぎゃの鱗はもとから赤かったんだった。最初から素直に一緒に来たいと言えよ。
まあ、みーぎゃと仲がいいようだし、こいつの能力も何かの役に立ちそうだし……ま、いいか。