第8章「Another Memory(異伝)」
それは現在よりも十数年ほど過去のこと。
世界の始まりから存在し、すべてを見てきたとされる世界最大の樹、大樹。天をつんざくその樹を有するこの広大な地をそのまま大樹大陸と人は呼んだ。
大陸の北部を占めるのは精神の研究が盛んに行われている大国ヴェルスタンド。一方、南部には力を象徴とし、徹底した実力主義を貫く、この大陸で最も古き王国フィーティン。そして北東部の半島には、小国ながら機械技術に優れ、優秀な兵器が豊富なマキナ。当時の大樹大陸ではこの三つの国が大陸の覇権をかけて争っていた。
これら三国の成り立ちには複雑な因果が絡み合い、その歴史の中でそれぞれは互いに何度も対立を繰り返してきた。
世界の始まりから存在し、すべてを見てきたとされる世界最大の樹、大樹。天をつんざくその樹を有するこの広大な地をそのまま大樹大陸と人は呼んだ。
大陸の北部を占めるのは精神の研究が盛んに行われている大国ヴェルスタンド。一方、南部には力を象徴とし、徹底した実力主義を貫く、この大陸で最も古き王国フィーティン。そして北東部の半島には、小国ながら機械技術に優れ、優秀な兵器が豊富なマキナ。当時の大樹大陸ではこの三つの国が大陸の覇権をかけて争っていた。
これら三国の成り立ちには複雑な因果が絡み合い、その歴史の中でそれぞれは互いに何度も対立を繰り返してきた。
ヴェルスタンドはかつてはアルケミアという『錬金術』を研究する小国だった。その小国は神を信仰し『精神』を尊いものとするハイリヒトゥム。そしてカラクリという『技術』に優れていたギミック。これらの国を併合し『科学』という概念を生み出した。現在の精神体技術はハイリヒトゥムの精神信仰の影響と、技術と錬金術から生まれた科学の融合によって誕生したものだ。
フィーティン王国は大陸で最も古く、最も歴史ある、最も大きな国。かつては大陸の覇権を握っていたも同然であったが、近年力をつけてきたヴェルスタンド国をあまり良く思ってはいない。
ギミックはマキナの前身となる国であり、後にアルケミアからの独立を果たして都市国家マキナ国へと成るが、アルケミア=ヴェルスタンドには占領されていたことによる因縁がある。
フィーティン王国は大陸で最も古く、最も歴史ある、最も大きな国。かつては大陸の覇権を握っていたも同然であったが、近年力をつけてきたヴェルスタンド国をあまり良く思ってはいない。
ギミックはマキナの前身となる国であり、後にアルケミアからの独立を果たして都市国家マキナ国へと成るが、アルケミア=ヴェルスタンドには占領されていたことによる因縁がある。
ヴェルスタンドは独立したマキナ国の領土を再び我が手に取り戻そうと考えていた。当然、マキナ側もそういう動きがあるだろうことは警戒の上だ。
そこでマキナはフィーティンと条約を締結した。すなわち、マキナは自前の機械技術を兵器としてフィーティンに提供する。一方でフィーティンはマキナをヴェルスタンドの侵攻から護るものとする。また双方とも互いに不可侵とするものである。
フィーティン王国としても、力をつけつつあるヴェルスタンド国に対抗し圧倒する必要があった。歴史ある王国がまだ歴史の浅い国如きに遅れを取るなどあってはならないことだと考えていた。だからこそマキナを侵攻から護るという条約は、ヴェルスタンドに対抗するための良い名目となったのだ。
一方でヴェルスタンド側はこれに強く反発。条約が発効する前にマキナへ侵攻するという強行手段に打って出た。
マキナ国の安全保障を理由にフィーティン軍が介入。これを受けてヴェルスタンド大統領はフィーティンに宣戦布告。
こうして始まったのがフィーティン-ヴェルスタンド戦争である。
そこでマキナはフィーティンと条約を締結した。すなわち、マキナは自前の機械技術を兵器としてフィーティンに提供する。一方でフィーティンはマキナをヴェルスタンドの侵攻から護るものとする。また双方とも互いに不可侵とするものである。
フィーティン王国としても、力をつけつつあるヴェルスタンド国に対抗し圧倒する必要があった。歴史ある王国がまだ歴史の浅い国如きに遅れを取るなどあってはならないことだと考えていた。だからこそマキナを侵攻から護るという条約は、ヴェルスタンドに対抗するための良い名目となったのだ。
一方でヴェルスタンド側はこれに強く反発。条約が発効する前にマキナへ侵攻するという強行手段に打って出た。
マキナ国の安全保障を理由にフィーティン軍が介入。これを受けてヴェルスタンド大統領はフィーティンに宣戦布告。
こうして始まったのがフィーティン-ヴェルスタンド戦争である。
互いに南北に位置するフィーティンとヴェルスタンドは、大陸を横断して長く伸びる国境線を広くその戦場とした。国境線こそが防衛線でもあったのだ。とくにマキナに近い東部国境は両国の最前線である。
フィーティンからは機動性を重視した最低限の装甲を身につける特攻兵、胸鎧兵団。そして続くはマキナの技術を取り入れた機械兵団、及び戦車隊。
ヴェルスタンドからは、十八番の精神研究の成果により誕生した強化兵士部隊。そして、かつて占領していた頃にギミック国が残した技術を利用した機械兵団。
両国はこの東部国境――後にヴェルスタンドでは「痛み」を意味するシュメルツと呼ばれるようになる地――で日々激突を繰り返し、戦線は押したり押し戻されたりと、どちらも退かない状況が続いていた。
フィーティンからは機動性を重視した最低限の装甲を身につける特攻兵、胸鎧兵団。そして続くはマキナの技術を取り入れた機械兵団、及び戦車隊。
ヴェルスタンドからは、十八番の精神研究の成果により誕生した強化兵士部隊。そして、かつて占領していた頃にギミック国が残した技術を利用した機械兵団。
両国はこの東部国境――後にヴェルスタンドでは「痛み」を意味するシュメルツと呼ばれるようになる地――で日々激突を繰り返し、戦線は押したり押し戻されたりと、どちらも退かない状況が続いていた。
広大な荒地には塹壕がところどころ掘られている。
最前線に立つはフィーティン軍、胸鎧兵団。その背後には指揮車と、それを防衛するように前方は機械兵団、後方には戦車隊が並ぶ。
向かい来るはヴェルスタンドの強化兵士たち。精神操作による士気向上、脳のリミッター解除による超反応及び身体能力の大幅増強。並みの兵士では束になっても敵わない彼らのことをフィーティン軍は化け物と呼んだ。
そこでついにある男が前線に立つこととなった。本作戦の全部隊をまとめ上げるアルフリード将軍は、その兵団全員を束にしても、それを更に凌駕するほどの実力を持つ神将であると噂されている。
伝説級の戦士の参戦に自然と軍内の士気も高まる。
指揮車両からアルフリード将軍が号令をかけた。
「デルタチームが陽動をかける。ブラボーは右舷、チャーリーは左舷から攻めろ。そしてアルファはその隙を突いて正面より特攻をかける。さあ、行け行け行け! 一機でも多くスクラップにしてこい!」
「「イエッサー!!」」
歩兵たちがマキナ製の最新兵器を片手に駆け出していく。
突撃銃でヴェルスタンドの強化兵士たちの気を引き、左右から歩兵と機械の混合部隊が挟撃を仕掛ける。
「たとえ反応速度が強化されていようとも、三方同時に反応はできまい」
しかし対するヴェルスタンド軍もまるで怯む様子は見せない。
「遅い、遅すぎる。まるで止まって見えるぜ。挟み撃ちなど予想していたことだ。機械兵団、前へ」
ヴェルスタンドの機械兵。かつて占領下に置いていた旧ギミック国の残した技術を独自に発展させたものだ。マキナの機械とはルーツこそ同じだが異なる機構を持つものであり、だからこそフィーティン軍はこの機械兵たちに手を焼いてきた。
「くッ……お出ましか。だが、やはりそう来ると思ったぞ。アルファチーム、今だ!」
戦場に吹き抜ける砂煙の向こうからは、すでに到着し陣形を組んでいた戦車隊が姿を見せた。
「一時の方角! 炸裂榴弾、撃てェ!」
「正面目がけて発射!」
「こっちは十一時、行けェ!」
アーチを描いて戦車隊の集中砲火が取り囲まれたヴェルスタンド軍を襲う。
逃げ遅れた兵士は爆発に巻き込まれ、あるいは爆散した破片に巻き込まれ、息絶える。独自開発で自慢の機械兵も次の瞬間にはくず鉄だ。爆発から生じた黒煙が戦場を覆い隠す。
「やったか!?」
しかし隙を突いて側面からヴェルスタンド軍の別動隊が戦車隊目がけて突撃してきた。
「三時だ! 次弾装填急げ」
「間に合いません!」
「くそッ……機銃斉射しつつ後退!」
敵の機械兵たちは銃弾の雨をかいくぐり距離を詰めてくる。
一体、二体と次々に倒れていくが、その勢いは止まらない。
「トロいぜ。行け行けェ!」
たちまち戦車を取り囲み次々と潰していく。
さらにその背後からはヴェルスタンドの最新大型兵器が姿を見せる。
八本の脚と圧倒的な破壊力を持つそれ『オクトプス』は一機にして、戦況をひっくり返すほどの戦力を持つ。
「敵の新型か!?」
「鉄蜘蛛……いや、蛸か! くそ、敵わねぇ」
「誰か隊長を呼んで……ぐぁッ!?」
胸鎧兵団の攻撃をものともせず、その脚で蝿を払うかのごとく機械兵たちをなぎ払い、機銃の掃射で脚の届かない場所にいる兵を嬲り殺しにする。
一時は窮地に陥ったかに見えたヴェルスタンドであるが最新兵器の投入で勝敗は決したかに見えた。
しかし眼前に一人の兵士が立ちふさがる。他の兵士とは違い全身を重鎧で固め、二メートルに届こうかという大剣を肩に担いでいる。
「しょ、将軍!?」
「アルフリード将軍! 危険です、どうかあなたは後方に……」
「もしあなたが倒れれば軍の士気に大きな影響が……」
伝説の男は目を閉じ、深く息を吸う。
集中。己の心臓の鼓動以外は何も聴こえない。
「馬鹿が。伝説の英雄気取りか? 時代は変わったんだよ、おっさん!」
「おいおい、あんな剣一本でおれたちの最新兵器とやりあうつもりかよ」
オクトプスの操縦室には兵士たちの嘲笑が響く。
「見てろ。蜂の巣にしてやる」
薄ら笑いを浮かべながら照準を合わせ、トリガーを引く。しかしその時にはすでに男の姿は照準から外れており、撃ち出された弾丸は地面を抉るばかり。慌てて彼の姿を目で追うも、機銃の旋回はその速さに追いつけない。
「なにッ! あの重装であの速度とは。まさか奴も強化兵士なのか!?」
「なぜやつらがその技術を! まさか我が国にスパイが……いや、そんなはずは!!」
二基の機銃を使い左右から男を追い詰め、そこに炸裂弾を撃ち込む。しかし男はオクトプスに一直線に向かい、砲弾の下をくぐり抜けた。爆風を背に受け更に加速した男はオクトプスの懐に入り、真一文字に斬り上げる。
【警告! 警告! 第二脚に重大な損傷】
「ば、馬鹿なぁッ!? ただの剣でこのアイゼニウムの装甲を!!」
その大剣で脚の一本を両断するやいなや、続け様に二本、三本と吹き飛ばしていく。その間も機銃は男を追いかけるがその速さに追いつくことはなく、
【第四、第五、及び第八脚破損。危険! 危険! 転倒します】
「あいつは化け物か! 撤退だ、急げぇッ!!」
「もう遅い。これで終わりだ!」
やがて全ての脚を斬り落としてしまった。
「最新兵器というからどんなものかと思ったが、この程度か」
アルフリードはため息とともに呟くと、最後の仕上げにと『蛸』の胴体部を両断し背を向けた。
爆発を背景に指揮車へと戻る彼に兵士たちが駆け寄り声をかける。
「将軍! お見事であります! 見てください。やつら尻尾を巻いて逃げていきますよ」
「馬鹿者! ここはまだ戦地内だ、気を抜くんじゃない。俺にかまう暇があったら、負傷兵を助けてやれ」
「はッ、申し訳ありませんでした。将軍」
「アルファチーム! ブラボーからデルタまでまだ動ける者を集めて部隊を再編、前線を維持だ。すぐに増援が来る」
「イエッサー!」
最前線に立つはフィーティン軍、胸鎧兵団。その背後には指揮車と、それを防衛するように前方は機械兵団、後方には戦車隊が並ぶ。
向かい来るはヴェルスタンドの強化兵士たち。精神操作による士気向上、脳のリミッター解除による超反応及び身体能力の大幅増強。並みの兵士では束になっても敵わない彼らのことをフィーティン軍は化け物と呼んだ。
そこでついにある男が前線に立つこととなった。本作戦の全部隊をまとめ上げるアルフリード将軍は、その兵団全員を束にしても、それを更に凌駕するほどの実力を持つ神将であると噂されている。
伝説級の戦士の参戦に自然と軍内の士気も高まる。
指揮車両からアルフリード将軍が号令をかけた。
「デルタチームが陽動をかける。ブラボーは右舷、チャーリーは左舷から攻めろ。そしてアルファはその隙を突いて正面より特攻をかける。さあ、行け行け行け! 一機でも多くスクラップにしてこい!」
「「イエッサー!!」」
歩兵たちがマキナ製の最新兵器を片手に駆け出していく。
突撃銃でヴェルスタンドの強化兵士たちの気を引き、左右から歩兵と機械の混合部隊が挟撃を仕掛ける。
「たとえ反応速度が強化されていようとも、三方同時に反応はできまい」
しかし対するヴェルスタンド軍もまるで怯む様子は見せない。
「遅い、遅すぎる。まるで止まって見えるぜ。挟み撃ちなど予想していたことだ。機械兵団、前へ」
ヴェルスタンドの機械兵。かつて占領下に置いていた旧ギミック国の残した技術を独自に発展させたものだ。マキナの機械とはルーツこそ同じだが異なる機構を持つものであり、だからこそフィーティン軍はこの機械兵たちに手を焼いてきた。
「くッ……お出ましか。だが、やはりそう来ると思ったぞ。アルファチーム、今だ!」
戦場に吹き抜ける砂煙の向こうからは、すでに到着し陣形を組んでいた戦車隊が姿を見せた。
「一時の方角! 炸裂榴弾、撃てェ!」
「正面目がけて発射!」
「こっちは十一時、行けェ!」
アーチを描いて戦車隊の集中砲火が取り囲まれたヴェルスタンド軍を襲う。
逃げ遅れた兵士は爆発に巻き込まれ、あるいは爆散した破片に巻き込まれ、息絶える。独自開発で自慢の機械兵も次の瞬間にはくず鉄だ。爆発から生じた黒煙が戦場を覆い隠す。
「やったか!?」
しかし隙を突いて側面からヴェルスタンド軍の別動隊が戦車隊目がけて突撃してきた。
「三時だ! 次弾装填急げ」
「間に合いません!」
「くそッ……機銃斉射しつつ後退!」
敵の機械兵たちは銃弾の雨をかいくぐり距離を詰めてくる。
一体、二体と次々に倒れていくが、その勢いは止まらない。
「トロいぜ。行け行けェ!」
たちまち戦車を取り囲み次々と潰していく。
さらにその背後からはヴェルスタンドの最新大型兵器が姿を見せる。
八本の脚と圧倒的な破壊力を持つそれ『オクトプス』は一機にして、戦況をひっくり返すほどの戦力を持つ。
「敵の新型か!?」
「鉄蜘蛛……いや、蛸か! くそ、敵わねぇ」
「誰か隊長を呼んで……ぐぁッ!?」
胸鎧兵団の攻撃をものともせず、その脚で蝿を払うかのごとく機械兵たちをなぎ払い、機銃の掃射で脚の届かない場所にいる兵を嬲り殺しにする。
一時は窮地に陥ったかに見えたヴェルスタンドであるが最新兵器の投入で勝敗は決したかに見えた。
しかし眼前に一人の兵士が立ちふさがる。他の兵士とは違い全身を重鎧で固め、二メートルに届こうかという大剣を肩に担いでいる。
「しょ、将軍!?」
「アルフリード将軍! 危険です、どうかあなたは後方に……」
「もしあなたが倒れれば軍の士気に大きな影響が……」
伝説の男は目を閉じ、深く息を吸う。
集中。己の心臓の鼓動以外は何も聴こえない。
「馬鹿が。伝説の英雄気取りか? 時代は変わったんだよ、おっさん!」
「おいおい、あんな剣一本でおれたちの最新兵器とやりあうつもりかよ」
オクトプスの操縦室には兵士たちの嘲笑が響く。
「見てろ。蜂の巣にしてやる」
薄ら笑いを浮かべながら照準を合わせ、トリガーを引く。しかしその時にはすでに男の姿は照準から外れており、撃ち出された弾丸は地面を抉るばかり。慌てて彼の姿を目で追うも、機銃の旋回はその速さに追いつけない。
「なにッ! あの重装であの速度とは。まさか奴も強化兵士なのか!?」
「なぜやつらがその技術を! まさか我が国にスパイが……いや、そんなはずは!!」
二基の機銃を使い左右から男を追い詰め、そこに炸裂弾を撃ち込む。しかし男はオクトプスに一直線に向かい、砲弾の下をくぐり抜けた。爆風を背に受け更に加速した男はオクトプスの懐に入り、真一文字に斬り上げる。
【警告! 警告! 第二脚に重大な損傷】
「ば、馬鹿なぁッ!? ただの剣でこのアイゼニウムの装甲を!!」
その大剣で脚の一本を両断するやいなや、続け様に二本、三本と吹き飛ばしていく。その間も機銃は男を追いかけるがその速さに追いつくことはなく、
【第四、第五、及び第八脚破損。危険! 危険! 転倒します】
「あいつは化け物か! 撤退だ、急げぇッ!!」
「もう遅い。これで終わりだ!」
やがて全ての脚を斬り落としてしまった。
「最新兵器というからどんなものかと思ったが、この程度か」
アルフリードはため息とともに呟くと、最後の仕上げにと『蛸』の胴体部を両断し背を向けた。
爆発を背景に指揮車へと戻る彼に兵士たちが駆け寄り声をかける。
「将軍! お見事であります! 見てください。やつら尻尾を巻いて逃げていきますよ」
「馬鹿者! ここはまだ戦地内だ、気を抜くんじゃない。俺にかまう暇があったら、負傷兵を助けてやれ」
「はッ、申し訳ありませんでした。将軍」
「アルファチーム! ブラボーからデルタまでまだ動ける者を集めて部隊を再編、前線を維持だ。すぐに増援が来る」
「イエッサー!」
こうして今日は、フィーティン-ヴェルスタンド間の国境線は僅かながら上方に修正されることとなった。
しかし、ヴェルスタンド側は明日にでもすぐに、国境線を押し戻しに来ることだろう。
フィーティンにはアルフリードという伝説の男がいたが、ヴェルスタンドにもまたフリードリヒという人間離れした実力を持つ将軍がいるという。
二人のフリードの名を持つ将軍。どちらも両国における生ける伝説だった。
彼らの存在によって白兵戦は拮抗。機械の性能はマキナのものが上だが、領土が狭いマキナには材料となる資源が少ない。また鉄の鉱脈をその領土内に持つヴェルスタンドにはそういった意味でも相対的に劣る。
次々とヴェルスタンドが新兵器を投入してはアルフリードが撃破し、ようやく完成したマキナの新兵器はフリードリヒの手によってすぐにくず鉄と化す。そんな戦いがしばらく続いた。
一進一退の戦況を覆すには、両国ともに新たな一手を打つ必要があった。
フィーティン王はこの状況に頭を悩ませていたが、ヴェルスタンド大統領にはある秘策があった。
「ヘイヴ君、私だ。研究のほうはどうかね。何か進展はあったのか?」
ヴェルスタンド首都ゲーヒルン。中枢ツインタワー最上階、大統領執務室。
受話器を片手に大統領アドルフ・ルートヴィッヒが小さな袋に入った黒い石の欠片を眺めていた。
これは西部にある都市リュッケンの鉄鉱山で偶然発見された黒石だ。
初めは鉄鉱石だと思われていた。しかし、いくら加工しても鉄を取り出せず、またあらゆる処理を施しても変質しない奇妙な石。どんなに熱しても溶けず、どんな溶液にも反応することがなかった未知の石だった。
電話の向こうのヘイヴと呼ばれた男が答えた。
「やはり一切の反応を示しません。成分を分析してみましたが、現在判明しているいずれの元素にも当てはまりません。電気を通すので、厳密には石でもないようです。便宜上『黒石』と呼んでいますが」
「ふむ。そうなると、つまりどういうことになるのだ」
「あるいは……この惑星の外からやってきた物質である可能性があります」
「隕石である、と?」
「発見された地層から見て、数百年前のものだということは間違いないでしょう。当時の記録が残っていないので、なんとも言えませんが」
「なるほど。それで、たしかこの石には強力なエネルギーが蓄えられてるのだと、以前君は言ったな。化石燃料に代わる新時代のエネルギーになるかもしれない、とも。そっちのほうはどうなった?」
「黒石そのものを変容させることは難しいと思われます。しかし、エネルギーを取り出すことは可能だと考えています。通電するということは、エネルギーが移動しているという証拠です。ただその方法ではロスが大きすぎて使い物になりません。別の手段でエネルギーが取り出せれば可能性はあります」
「精神科学に関わる科学者を助手に欲しいと要求してきたのはその為か」
「ええ。どうやら特定の思念に反応して、黒石が活性化するようなのです。あたかも石そのものが生命体であるかのように。思念パターンの特定には至っていませんが、反応によって黒石が液状化したとの報告も上がっています。この方法を確立できれば、石油同然に扱うことができるかもしれません。しかも含有エネルギーは少なく見積もっても化石燃料の10倍は下らないかと」
「是非ともそれは実現させたいものだな。要求通り人員を送ろう。では引き続き研究に当たってほしい。頼んだぞ、ヘイヴ君」
「それでは次の実験がありますので、私はこれで失礼致します」
そう言ってヘイヴは静かに受話器を置いた。
未知なるエネルギー。新時代のエネルギー。黒石の可能性にヘイヴは期待していた。
大樹大陸では電気が主要なエネルギーとして使用されているが、機械技術の進歩に伴い要求される電力も次第に大きく、最新鋭の兵器に至っては莫大な電力を必要とするまでになった。
いくら強力な兵器を開発しても、発電機や燃料電池の性能がまるで追いついていないため、実戦投入してもオクトプスのような兵器はせいぜい数十分程度しか活躍することができない。電源をすぐ隣に確保できる実験室とはわけが違うのだ。
大統領はこの新エネルギーの開発をもって、新たな一手として戦線に投入するつもりのようだったが、ヘイヴにはそんなことはどうでもよかったし、興味もなかった。
彼が興味を持ったのは、黒石がまだ誰も実現していない新技術の礎となり得るという点のみだった。
「これを成し遂げれば世界は大きく変わるだろう。黒石によって世界は新たな時代へとシフトするのだ。そして私の名は未来永劫、歴史に刻まれる。『科学』という概念を生み出した、かの偉人ヴァンドラム博士がそうであったように。科学者ならば誰もが一度は歴史に名を残すことを夢見る。そして今、私はそれに手が届く位置にいる! 成し遂げてみせるぞ、絶対に……!」
しかしこの黒石はそんな希望に満ちたものではなく、絶望しかもたらさないものであることをヘイヴはまだ知らない。
そう、まだこの時点では――
しかし、ヴェルスタンド側は明日にでもすぐに、国境線を押し戻しに来ることだろう。
フィーティンにはアルフリードという伝説の男がいたが、ヴェルスタンドにもまたフリードリヒという人間離れした実力を持つ将軍がいるという。
二人のフリードの名を持つ将軍。どちらも両国における生ける伝説だった。
彼らの存在によって白兵戦は拮抗。機械の性能はマキナのものが上だが、領土が狭いマキナには材料となる資源が少ない。また鉄の鉱脈をその領土内に持つヴェルスタンドにはそういった意味でも相対的に劣る。
次々とヴェルスタンドが新兵器を投入してはアルフリードが撃破し、ようやく完成したマキナの新兵器はフリードリヒの手によってすぐにくず鉄と化す。そんな戦いがしばらく続いた。
一進一退の戦況を覆すには、両国ともに新たな一手を打つ必要があった。
フィーティン王はこの状況に頭を悩ませていたが、ヴェルスタンド大統領にはある秘策があった。
「ヘイヴ君、私だ。研究のほうはどうかね。何か進展はあったのか?」
ヴェルスタンド首都ゲーヒルン。中枢ツインタワー最上階、大統領執務室。
受話器を片手に大統領アドルフ・ルートヴィッヒが小さな袋に入った黒い石の欠片を眺めていた。
これは西部にある都市リュッケンの鉄鉱山で偶然発見された黒石だ。
初めは鉄鉱石だと思われていた。しかし、いくら加工しても鉄を取り出せず、またあらゆる処理を施しても変質しない奇妙な石。どんなに熱しても溶けず、どんな溶液にも反応することがなかった未知の石だった。
電話の向こうのヘイヴと呼ばれた男が答えた。
「やはり一切の反応を示しません。成分を分析してみましたが、現在判明しているいずれの元素にも当てはまりません。電気を通すので、厳密には石でもないようです。便宜上『黒石』と呼んでいますが」
「ふむ。そうなると、つまりどういうことになるのだ」
「あるいは……この惑星の外からやってきた物質である可能性があります」
「隕石である、と?」
「発見された地層から見て、数百年前のものだということは間違いないでしょう。当時の記録が残っていないので、なんとも言えませんが」
「なるほど。それで、たしかこの石には強力なエネルギーが蓄えられてるのだと、以前君は言ったな。化石燃料に代わる新時代のエネルギーになるかもしれない、とも。そっちのほうはどうなった?」
「黒石そのものを変容させることは難しいと思われます。しかし、エネルギーを取り出すことは可能だと考えています。通電するということは、エネルギーが移動しているという証拠です。ただその方法ではロスが大きすぎて使い物になりません。別の手段でエネルギーが取り出せれば可能性はあります」
「精神科学に関わる科学者を助手に欲しいと要求してきたのはその為か」
「ええ。どうやら特定の思念に反応して、黒石が活性化するようなのです。あたかも石そのものが生命体であるかのように。思念パターンの特定には至っていませんが、反応によって黒石が液状化したとの報告も上がっています。この方法を確立できれば、石油同然に扱うことができるかもしれません。しかも含有エネルギーは少なく見積もっても化石燃料の10倍は下らないかと」
「是非ともそれは実現させたいものだな。要求通り人員を送ろう。では引き続き研究に当たってほしい。頼んだぞ、ヘイヴ君」
「それでは次の実験がありますので、私はこれで失礼致します」
そう言ってヘイヴは静かに受話器を置いた。
未知なるエネルギー。新時代のエネルギー。黒石の可能性にヘイヴは期待していた。
大樹大陸では電気が主要なエネルギーとして使用されているが、機械技術の進歩に伴い要求される電力も次第に大きく、最新鋭の兵器に至っては莫大な電力を必要とするまでになった。
いくら強力な兵器を開発しても、発電機や燃料電池の性能がまるで追いついていないため、実戦投入してもオクトプスのような兵器はせいぜい数十分程度しか活躍することができない。電源をすぐ隣に確保できる実験室とはわけが違うのだ。
大統領はこの新エネルギーの開発をもって、新たな一手として戦線に投入するつもりのようだったが、ヘイヴにはそんなことはどうでもよかったし、興味もなかった。
彼が興味を持ったのは、黒石がまだ誰も実現していない新技術の礎となり得るという点のみだった。
「これを成し遂げれば世界は大きく変わるだろう。黒石によって世界は新たな時代へとシフトするのだ。そして私の名は未来永劫、歴史に刻まれる。『科学』という概念を生み出した、かの偉人ヴァンドラム博士がそうであったように。科学者ならば誰もが一度は歴史に名を残すことを夢見る。そして今、私はそれに手が届く位置にいる! 成し遂げてみせるぞ、絶対に……!」
しかしこの黒石はそんな希望に満ちたものではなく、絶望しかもたらさないものであることをヘイヴはまだ知らない。
そう、まだこの時点では――