Chapter19「母の願い」
銀魔将エーギル。冷気を操る蒼い魔道士は、こちらに敵意を向けている。それもただウサ晴らしをするというためだけの理由で。暗い表情からは、彼の鬱屈した性格が想像できる。
気をこね合わせるかのように両手の間に魔力を集めると、エーギルは手を突き出して溜まったエネルギーを放出する。それは無数の氷の矢となって飛来する。
フリードは剣で叩き落し、オットーは風で矢の向きを変えた。その後ろでクルスとクエリアが冷気に対する防御魔法を全員にかける。
フリードは剣で叩き落し、オットーは風で矢の向きを変えた。その後ろでクルスとクエリアが冷気に対する防御魔法を全員にかける。
「へえ、おまえ一人で俺たちとヤろうってのか。お譲ちゃんも入れてこっちは四人もいるんだぜ。4Pとは欲張りなやつめ。いや、おまえも足して5Pか。それって明らかに穴の数足りなくねえ?」
「な、何を言ってるんだ。この男は」
「まあいいさ。足りないなら増やせばいい。風穴を開けてやるぜ」
「な、何を言ってるんだ。この男は」
「まあいいさ。足りないなら増やせばいい。風穴を開けてやるぜ」
剣を振り上げてフリードが突撃する。エーギルは両手から吹雪を発生させて接近を拒むが、竜の少女たちがかけてくれた防御魔法のおかげで、雪風をものともせずフリードは突き抜ける。
相手がトロウの手下ならためらう必要などない。手加減することなく、フリードは蒼い魔道士の無防備な胴体を剣で突いた。
相手がトロウの手下ならためらう必要などない。手加減することなく、フリードは蒼い魔道士の無防備な胴体を剣で突いた。
だが手ごたえはなかった。
剣で突いたその瞬間に、エーギルの身体は液体のようになって溶けてしまうと、真っ蒼なローブだけをその場に残して姿を消してしまった。
剣で突いたその瞬間に、エーギルの身体は液体のようになって溶けてしまうと、真っ蒼なローブだけをその場に残して姿を消してしまった。
「消えたぞ! 奴め、そんなに恥ずかしがり屋さんだったのか?」
「いや、気配は消えておらん。どうやら魔法で身体を液体に変えたようじゃ」
「まじかよ。そんなふにゃふにゃじゃ、立つものも立たないぜ」
「……とにかくまだ近くに潜んでおる。気を抜くでないぞ」
「わかった。みんなもケツの穴はしっかり守っとけよ」
「な、なんでそうなる!」
「いや、気配は消えておらん。どうやら魔法で身体を液体に変えたようじゃ」
「まじかよ。そんなふにゃふにゃじゃ、立つものも立たないぜ」
「……とにかくまだ近くに潜んでおる。気を抜くでないぞ」
「わかった。みんなもケツの穴はしっかり守っとけよ」
「な、なんでそうなる!」
四人は警戒しながら周囲を見渡した。ここは氷の洞窟の中だ。周りのすべてが氷の壁で覆われている。すべてが凍っているのだから、地中や壁の中に隠れることはできない。敵は必ずその表面にいることになるので、目に見える範囲に潜んでいるのは間違いないはずだ。
さあ一体どこから仕掛けてくるか。氷の中には隠れられないとはいえ、液体ならばその表面は移動できる。つまり天井から攻撃してくる可能性もある。
緊張からか、背中にはひやりと冷たいものを感じる。こんな寒い場所でも冷や汗はかくものなのだな、とクルスが考えていると、クエリアが驚いた声で叫んだ。
緊張からか、背中にはひやりと冷たいものを感じる。こんな寒い場所でも冷や汗はかくものなのだな、とクルスが考えていると、クエリアが驚いた声で叫んだ。
「クルス! うしろうしろーっ!」
振り返ると背後には、今まさに液体から人の姿に戻って攻撃を仕掛けようとしているエーギルの姿が見えた。
ひやりと感じたのは冷や汗ではなく、液化したエーギルだったのだ。
ひやりと感じたのは冷や汗ではなく、液化したエーギルだったのだ。
「こいつッ! やりおるな」
エーギルは氷で覆って本物の剣のようにした手刀でクルスの首を狙った。
「だが甘いのう。私をただの小娘だと思って最初に狙ったのがお主の過ちじゃ」
クルスの首が長く伸びていき、すぐにエーギルの手は届かなくなる。同時に胴体や四肢も比例して大きくなっていき、クルスの姿は地竜に変わった。
「通路は狭くて難儀じゃが、ここは広いから気にせず暴れられるぞ。さあ、地竜相手にどう戦う? また水に化けようものなら、大地の力が水気を吸い取ってお主を干からびさせてやるぞ」
「ち、地竜だと! どうして地竜がニヴルに。まずいぞまずいぞ。これは不利だ。や、やっぱりボクは今日はツイてない」
「ち、地竜だと! どうして地竜がニヴルに。まずいぞまずいぞ。これは不利だ。や、やっぱりボクは今日はツイてない」
慌ててクルスから距離を取ったエーギルは、氷のカプセルを作ってその中に閉じこもってしまった。
「私に手を出したのがお主の運の尽きじゃのう。これでも食らうがいい!」
自信たっぷりにそう言い放ったクルスだったが、氷の洞窟はしんと静まり返って何も起こらない。エーギルは恐る恐る氷のカプセルから顔を覗かせた。
「な、なにも、起こらないぞ?」
「ふ、ふむ。今の攻撃をかわすとは、お主なかなかやるのぅ……」
「ふ、ふむ。今の攻撃をかわすとは、お主なかなかやるのぅ……」
一応そうは言ってみせたものの、実際は何も起こっていない。
ニヴルヘイムは雲の上に大氷塊が載っているだけの大地だ。山も洞窟も城でさえも、すべてがひとつの氷からできている。土や植物は一切存在しない。
ニヴルヘイムは雲の上に大氷塊が載っているだけの大地だ。山も洞窟も城でさえも、すべてがひとつの氷からできている。土や植物は一切存在しない。
(しまった。この環境では媒体がないから、大地の魔法は一切使えんのか)
大地の魔法以外を使えないクルスではないが、その場合は竜の魔力をもってしても詠唱する必要がある。敵に攻撃できる隙をわざわざ教えてやることはない。クルスは大地の魔法の弱点を悟られまいと振る舞うが、その慌てぶりから大地の魔法が使えなくて困っているのは誰の目にも明らかだった。
「よ、よぉし。ま、まだボクにもツキはあるみたいだ。あの地竜はほとんど無力みたいだからな。先にあっちの竜人族みたいな子どもからやっつけてやる」
放置しても大した脅威ではないと判断したエーギルは、攻撃の矛先をクルスからクエリアに変えた。
氷の地面に手をかざすと魔方陣が現れる。そこから巨大な氷の刃が突き出すと、それはまっすぐクエリアのほうへ向かって連鎖状にいくつも出現して迫っていく。
氷の地面に手をかざすと魔方陣が現れる。そこから巨大な氷の刃が突き出すと、それはまっすぐクエリアのほうへ向かって連鎖状にいくつも出現して迫っていく。
一方クエリアは逃げるでも迎え撃つでもなく、ただそのまま突っ立っているだけだ。恐怖で動けないのかとその顔を見ると、自信ありげな笑みを浮かべている。
クエリアは迫る氷の刃に片手をかざすと、直接触れるまでもなく氷の刃はすべてが何事もなかったかのように消えてしまった。
クエリアは迫る氷の刃に片手をかざすと、直接触れるまでもなく氷の刃はすべてが何事もなかったかのように消えてしまった。
「な、なんだと。こ、こいつ何をしたんだ」
「むふーん。このわたしに氷で勝負を挑むとは、おまえ馬鹿だな。ニンゲン如きの力で竜に敵うとでも思ったのか? 氷の扱いも水の扱いも、わたしのほうが一枚も二枚も……いや、千枚ぐらいは上手なんだからな!」
「むふーん。このわたしに氷で勝負を挑むとは、おまえ馬鹿だな。ニンゲン如きの力で竜に敵うとでも思ったのか? 氷の扱いも水の扱いも、わたしのほうが一枚も二枚も……いや、千枚ぐらいは上手なんだからな!」
顔だけ水竜のクエリアは、口を大きく開くと水のブレスを放った。油断していたエーギルは直撃をもらい、身体をくの字にして飛ばされて、激しく氷の壁にたたきつけられた。
「ゲホッ……! あ、あれも竜なのか。妙な格好してるくせに……ゲホゲホ」
咳き込みながらうずくまるエーギルに、フリードは近づいて剣を突きつけた。
「おまえ攻めより受けのほうが向いてるんじゃないか? さあ、わかったらさっさと降参しな。そのほうが失うものは少なくて済むと思うぜ」
「お、おまえなんか怖くない。地竜が役立たずとわかったからには、おまえの剣もむ、む、無力なんだ。き、斬れるもんなら斬ってみろ!」
「お、おまえなんか怖くない。地竜が役立たずとわかったからには、おまえの剣もむ、む、無力なんだ。き、斬れるもんなら斬ってみろ!」
エーギルは再び液化すると、またしても姿を消してしまった。
やれやれとフリードは首を振る。そしてオットーのほうを振り向いた。
合図を受けてオットーは頷くと、両手を合わせて呪文を唱える。オットーの足元には魔方陣が現れて、呪文の詠唱に合わせてその範囲は次第に広がっていく。
魔方陣がこの氷のホール全体にまで広がると、オットーは詠唱を切り上げて両手を上方に高く広げた。
すると渦巻く風がこの空間全体に広がり、旋風が周囲の氷の表面を擦っていく。よく見ると氷の壁の一部がさざなみのように揺れているのにオットーは気付いた。
やれやれとフリードは首を振る。そしてオットーのほうを振り向いた。
合図を受けてオットーは頷くと、両手を合わせて呪文を唱える。オットーの足元には魔方陣が現れて、呪文の詠唱に合わせてその範囲は次第に広がっていく。
魔方陣がこの氷のホール全体にまで広がると、オットーは詠唱を切り上げて両手を上方に高く広げた。
すると渦巻く風がこの空間全体に広がり、旋風が周囲の氷の表面を擦っていく。よく見ると氷の壁の一部がさざなみのように揺れているのにオットーは気付いた。
「そこだ!」
風は唸りを上げて揺れるその一点へと集約する。それはさながらドリルのように回転しながら氷の壁を削り取って穴を開ける。
削れた氷の欠片とともに水滴が周囲に飛び散った。その水滴は慌てて一箇所に集まっていくと、人の形になってエーギルの姿に戻った。
削れた氷の欠片とともに水滴が周囲に飛び散った。その水滴は慌てて一箇所に集まっていくと、人の形になってエーギルの姿に戻った。
「む、無駄だぞ。そ、そんな攻撃じゃボクは、た、倒せないんだからな」
「そうかもしれないな。だがおまえの居場所はこれですぐにわかる。いくら隠れても無駄だぞ。そんな魔法じゃ我々は欺けない」
「く、くそう。なんなんだ、こいつら。思ったより手強い。このままじゃ追い詰められる。だめだだめだ。こうなったらもう、あれを使うしか……」
「何をぶつぶつ言っているんだ。さあ、諦めて降参しろ。ついでにトロウのことで知っていることを全て話してもらおうか」
「こ、こ、こ、断る! こうなったら、お、奥の手を見せてやる!」
「そうかもしれないな。だがおまえの居場所はこれですぐにわかる。いくら隠れても無駄だぞ。そんな魔法じゃ我々は欺けない」
「く、くそう。なんなんだ、こいつら。思ったより手強い。このままじゃ追い詰められる。だめだだめだ。こうなったらもう、あれを使うしか……」
「何をぶつぶつ言っているんだ。さあ、諦めて降参しろ。ついでにトロウのことで知っていることを全て話してもらおうか」
「こ、こ、こ、断る! こうなったら、お、奥の手を見せてやる!」
再びエーギルの身体が液体に変わったかと思うと、その色がどんどん黒く変わっていく。黒くなった液体は泡立ちながら瘴気のようなものを発している。
『あ、あとで気分が悪くなるからあまり使いたくなかったけど仕方ない。ボ、ボクの本気を見せてやる。ボクは毒だ。人だろうと竜だろうと、この毒に触れればただでは済まないぞ。し、死んじゃうかもね。ふひ、ふひひひ……』
もう姿を隠すつもりはないらしい。黒い毒液は素早く氷の上を滑って移動して、さらには複数に分裂してオットーたちに襲い掛かる。
飛び上がって顔に迫ってくる毒液をフリードは剣で切り払ったが、それは二つに分裂しただけでフリードの頬と肩に落ちた。
飛び上がって顔に迫ってくる毒液をフリードは剣で切り払ったが、それは二つに分裂しただけでフリードの頬と肩に落ちた。
「あちち!」
毒液を受けた頬は火傷をしたようにただれて、肩の鎧は煙を出して溶けた。さらにフリードはめまいを感じて膝をついてしまった。
「大丈夫か!?」
「ちょっとふらっとしただけだ。だがたしかに、これは何度も食らうとヤバいぜ」
「ここはすぐに俺の風で吹き飛ばして……。いや、他の仲間に飛び散ると危険か。それにしても毒とは厄介な」
「ちょっとふらっとしただけだ。だがたしかに、これは何度も食らうとヤバいぜ」
「ここはすぐに俺の風で吹き飛ばして……。いや、他の仲間に飛び散ると危険か。それにしても毒とは厄介な」
竜の巨体では表面積が大きく毒にあたりやすいため、クルスは再び少女の姿になって逃げ回っている。頼みの綱のクルスに期待するのも難しいようだ。
残るクエリアに目をやると、逃げ回るどころか腕を組んで仁王立ちしているではないか。
残るクエリアに目をやると、逃げ回るどころか腕を組んで仁王立ちしているではないか。
「だから言ったではないか。ニンゲン如きが水の魔法でわたしに敵うわけないと。毒だろうと何だろうと水は水だ。わたしは水竜なんだぞ」
分裂した毒液はクエリアの周囲にだけはなぜか近寄らない。いや、近寄ろうとした毒液は弾かれるようにクエリアから離れていく。そして弾かれた毒液はしだいに動きがぎこちなくなっていった。
『うわっ。なんだこいつ! か、身体の言うことが……きか、な、い……』
「わたしに操れない水はないっ! 水竜の前で水に化けたのが馬鹿だったな」
「わたしに操れない水はないっ! 水竜の前で水に化けたのが馬鹿だったな」
クエリアがさっと片手を上げると、操られた毒液が一箇所に集まっていき、分裂する前のひとつの塊に戻った。さらに上げた手をぐっと握ると、水の球体が生成されて毒液を包み込んだ。毒液は水にとけ込んで薄まっていく。
『し、しまった……い、意識が、う、うす、れて……』
最後にもう一方の手を上げると、水の球体が凍りついた。すかさずフリードが駆け寄ると、それを剣で斬り付けて粉々に割ってしまった。
「ナイスコンビネーション! さすがわたしの一番の家来だな」
「家来じゃないって。それであの魔道士は死んだのか?」
「水になってるから死んでないと思う。でも凍ってしかもばらばらにされたわけだから、しばらくは動けないと思う」
「ふーん、そうか。よくやったぞ、お譲ちゃん」
「家来じゃないって。それであの魔道士は死んだのか?」
「水になってるから死んでないと思う。でも凍ってしかもばらばらにされたわけだから、しばらくは動けないと思う」
「ふーん、そうか。よくやったぞ、お譲ちゃん」
褒められてクエリアは得意そうな顔をしてみせた。
「よし。この勢いで城に向かうぞ! お母様を説得してわたしは旅に出る!」
そして先頭に立って意気揚々と歩き出した。エーギルが気絶したことによって、塞がれていた通路の氷塊も消えてなくなっている。
「それはいいんじゃが、その中途半端な姿をどうにかせんか? ほれ、私も手伝ってやるから……」
「へーきへーき。それより調子がいいうちに城に戻――――ふぎゃぁーっ!」
「へーきへーき。それより調子がいいうちに城に戻――――ふぎゃぁーっ!」
言うそばから、クエリアは引きずる自分のしっぽがひっかかって再び盛大に転んでいた。
城の前につくと、氷竜の女王ヘルがちょうど城から出てくるところだった。わざわざ出迎えに来てくれたのかと思ったが、どうもそんな様子ではないらしい。ヘルはフリードたちの姿を確認するや否や、すぐにここを出るように言った。
「そなたたち、まだおったのか。ここは危険だ。すぐに脱出せよ! もはやこの国に安全な場所などなくなってしまった」
「お母様? 危険ってどういうこと?」
「お母様? 危険ってどういうこと?」
クエリアが駆け寄って尋ねた。クルスに手伝ってもらって、今はクエリアは再び少女の姿に落ち着いているが、頭には珊瑚のようなツノと、背中にはこんどはちゃんと二つの翼がある。
「クエリア? そんな変な格好をして遊んでないであなたも早く逃げなさい。たかがニンゲン一匹と侮っていた。あの侵入者は只者じゃない」
「侵入者? それならさっきわたしがやっつけたぞ」
「そうなのだとしたら、そいつはまだ死んでない。今やあいつはこの国そのもの。もはや国を捨てて逃げるしかない。だからあなたも早く逃げなさい!」
「えっ? 国そのものってどういう……」
「侵入者? それならさっきわたしがやっつけたぞ」
「そうなのだとしたら、そいつはまだ死んでない。今やあいつはこの国そのもの。もはや国を捨てて逃げるしかない。だからあなたも早く逃げなさい!」
「えっ? 国そのものってどういう……」
そのとき氷の洞窟が大きく揺れた。
複数の氷柱が落ちてくるのをヘルが魔法で打ち払おうとする。しかし氷柱は自然に落下するにしては明らかにおかしい軌跡を描いてヘルを襲った。
複数の氷柱が落ちてくるのをヘルが魔法で打ち払おうとする。しかし氷柱は自然に落下するにしては明らかにおかしい軌跡を描いてヘルを襲った。
「お母様、危ない!」
水のブレスを放って氷柱を弾き飛ばそうとするが、まるで意志をもっているかのように氷柱が自ら動いてブレスを回避してしまった。そしてそのまま氷柱はヘルを囲うように落ちると、そのまま固まって氷の檻になった。
そのときクエリアたちは聞き覚えのある声を聞いた。
そのときクエリアたちは聞き覚えのある声を聞いた。
『つ、捕まえたぞ、氷の女王! ふひひひ……。女王さえ押さえれば、もうボクが勝ったも同然だ。た、たった一人でニヴルを制圧したら、トロウ様もすごく褒めてくれるに違いないぞ』
「あっ。この声はさっきの!? 気絶したはずじゃ」
『お、おまえはさっきの。ま、まさかおまえがトロウ様の言ってた竜姫だったなんてね。で、で、でも、もうおまえは必要ない。おまえを人質にするつもりだったんだけど、この調子ならそんなことしなくてもこの国を制圧できそうだ。こうなったのもおまえのおかげなんだけどね。どうやら竜姫はボクの幸運の女神みたいだ』
「どういう意味だ! 何がどうなってるんだ!?」
「あっ。この声はさっきの!? 気絶したはずじゃ」
『お、おまえはさっきの。ま、まさかおまえがトロウ様の言ってた竜姫だったなんてね。で、で、でも、もうおまえは必要ない。おまえを人質にするつもりだったんだけど、この調子ならそんなことしなくてもこの国を制圧できそうだ。こうなったのもおまえのおかげなんだけどね。どうやら竜姫はボクの幸運の女神みたいだ』
「どういう意味だ! 何がどうなってるんだ!?」
エーギルが笑うと、氷の洞窟もそれに反応して大きく揺れる。
『教えてあげようか。ボクがニヴルヘイムになったんだ。この国の氷はすべてボクの思うがままってわけさ。キミがボクを水に混ぜてくれたおかげでね!』
「そ、そんな。わたしの……せいで……!?」
「そ、そんな。わたしの……せいで……!?」
クエリアの魔法によって水と同化したエーギルは、凍らされて氷の洞窟に散らばった。そして凍ったエーギルはそのまま洞窟の氷とくっついて同化し、ニヴルヘイムの氷そのものとなった。
ニヴルヘイムは島雲に載ったたったひとつの大氷塊からできている。山も城も泉もすべてだ。その氷と同化するということは、このニヴルヘイムのすべてを支配下に置くということ。ゆえにエーギルは今や、この国そのものだった。
ニヴルヘイムは島雲に載ったたったひとつの大氷塊からできている。山も城も泉もすべてだ。その氷と同化するということは、このニヴルヘイムのすべてを支配下に置くということ。ゆえにエーギルは今や、この国そのものだった。
『ふふふ。すごく大きくなったような気分だ。念じるだけで、この国のどこにだって自分の意識を飛ばせる。ニヴルヘイムの氷全部がボクの身体だ。だから、こんなことだってできる!』
氷の地面が割れて、ヘルとクエリアの間に大きなクレバスが口を開けた。もはやこの国の地形でさえ、エーギルの手にかかれば自由自在らしい。
巨大な裂け目が竜の母子を分断し、続けてエーギルはうめき声を上げた。
巨大な裂け目が竜の母子を分断し、続けてエーギルはうめき声を上げた。
『うっ……。じ、地割れはや、やめとこう。こ、これはボクも痛いみたいだ……。と、とにかくニヴルヘイムはもうボクのものだ! このボクの体内にいる限りは絶対に誰も逃がしはしないよ。ふひ、ふひひ、ふひゃははは!』
再び洞窟が大きく揺れると、通ってきた通路が狭まり始めた。心なしか天井も低くなってきているような気がする。
「まさかこのまま我々を押し潰すつもりでは!? 早く脱出しないと!」
「わ、わかってる。でもお母様を! お母様を助けないと!!」
「わ、わかってる。でもお母様を! お母様を助けないと!!」
クエリアは必死に手を伸ばすが、氷の割れ目のせいでヘルには近づくことすらできない。もし近づけたとしても、氷の檻をまずなんとかしなくては、ヘルを助け出すことができない。
時間がないと感じたヘルは、目が合ったフリードに向かって言った。
時間がないと感じたヘルは、目が合ったフリードに向かって言った。
「妾(わらわ)のことはかまわん。そなたたちだけでもすぐに脱出せよ!」
「そうは言っても、女王さまはどうするんだよ」
「案ずるな、妾は自分でなんとかする。それよりも妾はクエリアのことが心配でならないのだ。だから母としてお願いする。娘をそなたに託す。どうかクエリアのことを守ってやって欲しい……」
「そうは言っても、女王さまはどうするんだよ」
「案ずるな、妾は自分でなんとかする。それよりも妾はクエリアのことが心配でならないのだ。だから母としてお願いする。娘をそなたに託す。どうかクエリアのことを守ってやって欲しい……」
氷の女王はクエリアを頼む、とフリードに頭を下げた。
そこには竜の誇りも種族の壁も関係ない。娘を想う母の愛だけがあった。
そこには竜の誇りも種族の壁も関係ない。娘を想う母の愛だけがあった。
「ちっ。女王さまにそうお願いされちまったんじゃ断れないぜ。わかった。お譲ちゃんは俺が責任をもって保護する。だから次会うときまで死ぬんじゃねえぞ!」
ヘルは安心したように笑ってみせた。その直後、巨大な氷の塊が落ちてきて、フリードたちとヘルの間を完全に分断してしまった。
「お母様が! お母様が!!」
クエリアが悲痛な声で泣き叫んでいる。そんなクエリアを抱きかかえるとフリードは通路を引き返して走り出した。
「おい、聞いただろ。すぐにここを出るぞ! 出口を塞がれちまったら終わりだ」
「でもお母様がまだッ!!」
「今は我慢しろ! 女王さまならきっと大丈夫だ。次会ったときにおまえが元気で笑顔を見せてやれるように、今は我慢しろ。生きてここを出るんだ!」
「ぐすっ……。わ、わかった」
「でもお母様がまだッ!!」
「今は我慢しろ! 女王さまならきっと大丈夫だ。次会ったときにおまえが元気で笑顔を見せてやれるように、今は我慢しろ。生きてここを出るんだ!」
「ぐすっ……。わ、わかった」
来た道を引き返して走る。クエリアを抱きかかえるフリードの後に、オットーとクルスが続く。
例の氷のホールを抜けて、さらに氷の通路を抜けて、氷の階段を駆け上がる。あとは一本道だ。正面に外の光が見える。
例の氷のホールを抜けて、さらに氷の通路を抜けて、氷の階段を駆け上がる。あとは一本道だ。正面に外の光が見える。
「出口はすぐそこだ! フレイが待ってる。滑るから気をつけろよ」
しかしあと少しで出口にたどり着く、というところで氷の塊が落ちてきて出口を塞いでしまった。それと同時にエーギルの悪魔のような笑い声が響く。
『ふひゃははははは! 残念だったねぇ。もう少しで脱出できたのに。ボクがそう易々とキミたちを逃がすと思ったかな? 哀れにもキミたちは出口を目前にして、指を咥えながらそこで死んでいくんだ。せめて神様に祈る時間ぐらいはあげるよ。せいぜい最期のひと時を楽しんで。じゃあね!』
エーギルが黙ると、氷の通路が狭まる速度が目に見えて上がった。すぐにフリードたちは立っていることもできなくなり、膝をついて両手で天井を支えたが、全く何の効果もなかった。
出口を塞ぐ氷塊をなんとかしようとクエリアが頑張っているが、ニヴルヘイムと同化したエーギルは途方もなく強大な力を得たらしく、クエリアの力ではいくら頑張ってもこの氷塊を溶かしたり消滅させることはできなかった。その隣でクルスが何か呪文を唱えているが、この様子ではとても間に合いそうにない。
出口を塞ぐ氷塊をなんとかしようとクエリアが頑張っているが、ニヴルヘイムと同化したエーギルは途方もなく強大な力を得たらしく、クエリアの力ではいくら頑張ってもこの氷塊を溶かしたり消滅させることはできなかった。その隣でクルスが何か呪文を唱えているが、この様子ではとても間に合いそうにない。
「だめか! くそっ、女王さまに頼まれたばかりだぜ、おい」
「あ、諦めるな! わたしがすぐにどかーんってやるから。す、すぐに!」
「王子……どうかご武運を……」
「ぐぬぅ! この程度の壁、大地の魔法さえ使えたら何でもないのじゃが……」
「あ、諦めるな! わたしがすぐにどかーんってやるから。す、すぐに!」
「王子……どうかご武運を……」
「ぐぬぅ! この程度の壁、大地の魔法さえ使えたら何でもないのじゃが……」
とうとう四人ともうつ伏せになって、辛うじてまだ潰されずにいられるだけの状態になった。しかし数秒後にはすべてが終わっているだろう。
フリードは初めて神に祈った。せめてクエリアだけでも助けてやってくれと。
フリードは初めて神に祈った。せめてクエリアだけでも助けてやってくれと。
「諦めるのは、まだ早いっすよ!!!」
すると業火が巻き起こり、周囲の氷の壁を瞬く間に溶かしていく。迫り来る圧迫感から解放されて顔を上げたその先には、セッテとセルシウスの姿があった。
強大な魔力による氷だろうと関係ない。セッテとセルシウスは力を合わせて、凍てつく酷寒の氷ですら溶かしてしまうほどの炎を放った。炎を前にしたとき、どんな氷であろうとそれは絶対無力なのだ。
強大な魔力による氷だろうと関係ない。セッテとセルシウスは力を合わせて、凍てつく酷寒の氷ですら溶かしてしまうほどの炎を放った。炎を前にしたとき、どんな氷であろうとそれは絶対無力なのだ。
セッテの隣にはほっとした様子のフレイと、今にも気を失ってしまいそうなフィンブルの姿もあった。
「みんな無事でよかった。ちょうどセッテが戻ってきたところで助かったよ。一体何があったんだ?」
「王子、話はあとです。ここは危険です。まずは船に乗ってニヴルからの脱出を。フィンブル殿も我々と共に来てください」
「わ、わかりました……。アクエリアス様は無事なんですよね。ふぅぅぅ……」
「王子、話はあとです。ここは危険です。まずは船に乗ってニヴルからの脱出を。フィンブル殿も我々と共に来てください」
「わ、わかりました……。アクエリアス様は無事なんですよね。ふぅぅぅ……」
大地の魔法でフレイが船からツタのはしごを下ろす。グリンブルスティは大地の素材でできているので、氷しかないニヴルヘイムでも船の近くでだけは大地の魔法が力を発揮することができる。
全員が船に乗ると、地面から巨大な氷柱が空に向かって生えてきた。それは山ほどにも大きく、グリンブルスティなど簡単に貫いてしまえるほどのスケールだ。
全員が船に乗ると、地面から巨大な氷柱が空に向かって生えてきた。それは山ほどにも大きく、グリンブルスティなど簡単に貫いてしまえるほどのスケールだ。
『逃がさない。絶対に逃がさないよ! おまえたちの亡骸をトロウ様への手土産にしてやるんだ。だから死ね!!』
巨大な氷柱は次々と氷の大地から飛び出してくる。
クルスは大急ぎで船を浮上させると、すぐに高度を上げて船を飛ばした。
まるで地獄のような場所になってしまったニヴルヘイムから、フレイたちは間一髪のところで脱出を果たしたのだった。
クルスは大急ぎで船を浮上させると、すぐに高度を上げて船を飛ばした。
まるで地獄のような場所になってしまったニヴルヘイムから、フレイたちは間一髪のところで脱出を果たしたのだった。
遠ざかっていく故郷を、クエリアは涙を溜めた目で見送った。
(お母様……。いつか必ずどこかで。そしてそのときは必ず元気で、笑顔で……)