Chapter21「人と竜をつなぐ架け橋」
フレイは人間ではない。竜人族だった。
驚愕の事実をつきつけられて、フレイはパニックを起こしていた。
今まで信じてきたものがすべて音を立てて崩れ去っていくようで、自分が自分でなくなってしまったような気がして、心が叫び声を上げて落ち着かなかった。
驚愕の事実をつきつけられて、フレイはパニックを起こしていた。
今まで信じてきたものがすべて音を立てて崩れ去っていくようで、自分が自分でなくなってしまったような気がして、心が叫び声を上げて落ち着かなかった。
一人で大神殿を飛び出したフレイは、ただ闇雲にアルヴの地を走り回った。頭をからっぽにして、この言いようのない不安を断ち切りたかった。
しかし、いくら走っても気持ちが落ち着くようなことはなかった。
しかし、いくら走っても気持ちが落ち着くようなことはなかった。
(僕は……竜人族なのか。人からも竜からも忌み嫌われる存在……)
走り疲れて立ち止まったフレイは、失意のままにその場に座り込んだ。
そして自分の両手をじっと見つめた。
そして自分の両手をじっと見つめた。
見慣れた手だ。指の数はちゃんと五本あるし、鉤爪があったり水かきがついていたりするようなことはない。もちろん鱗もない。至って普通の人間の手だ。
そのまま両手を頭にやって自分の後頭部に触れる。髪をかきわけてみても、そこにツノが生えていたりするようなことはない。背中や腰に触れても、翼はついていないし、しっぽも生えてはいない。
そのまま両手を頭にやって自分の後頭部に触れる。髪をかきわけてみても、そこにツノが生えていたりするようなことはない。背中や腰に触れても、翼はついていないし、しっぽも生えてはいない。
外見上は普通の人間とまったく変わりない。
アルバスに「そなたは竜人族だ」と言われたのは、ただの聞き間違いだったのではないか。あるいは嘘だったのかもしれない。そうに違いない。いや、そうだと信じたい。
アルバスに「そなたは竜人族だ」と言われたのは、ただの聞き間違いだったのではないか。あるいは嘘だったのかもしれない。そうに違いない。いや、そうだと信じたい。
顔を上げて周囲を見渡すと、何人かの竜人の姿が見える。
人の姿によく似ているが、ツノと翼が生えている者。翼はないが、顔は竜でしっぽが生えている者。ほとんど竜の姿だが翼としっぽがない者。
このへんはまだいい。クルスやクエリアが人間の姿を取っているときと似た雰囲気があるので、ある意味よく見慣れている姿だ。
人の姿によく似ているが、ツノと翼が生えている者。翼はないが、顔は竜でしっぽが生えている者。ほとんど竜の姿だが翼としっぽがない者。
このへんはまだいい。クルスやクエリアが人間の姿を取っているときと似た雰囲気があるので、ある意味よく見慣れている姿だ。
一方で中途半端に肌と鱗が入り混じっていたり、片方の手は人でもう片方が竜だったり、両手の指が二本ずつしかなかったり、手がそもそもヒレ状になっていて物をつかめなさそうだったりと、いかにも異形の姿の者も目に入る。
あれだって竜人族だ。すごく異質な感じがして、少し気味が悪い。
あれだって竜人族だ。すごく異質な感じがして、少し気味が悪い。
(僕があれと同じだっていうのか? 僕も化け物だと?)
そう考えると少し気分が悪くなってきた。
めまいを感じて膝をつき地面に両手をつくとフレイはぜえぜえと肩で息をする。
そのときふと自分の左手の甲に目をやると、小さな擦り傷があった。いつの間にこんなところを擦りむいたのだろう、と爪でその小さな傷を軽く引っかくと、なんと左手の甲の皮がべろんとめくれてしまった。
それだけでも驚くことなのに、めくれた皮の下には褐色に輝く鱗がびっしりと生えているではないか。
慌ててその鱗を引っかくと確かに痛みを感じた。それは間違いなく自分の身体の一部だった。
それだけでも驚くことなのに、めくれた皮の下には褐色に輝く鱗がびっしりと生えているではないか。
慌ててその鱗を引っかくと確かに痛みを感じた。それは間違いなく自分の身体の一部だった。
半狂乱になりながらその鱗を何とか取り除こうとしているうちに、もう一方の手がいつの間にか竜の手に変わっているのに気がついた。指先には鋭い鉤爪があり、指の数も四本になっている。指の間にはわずかに水かきのようなものも見えた。
衝撃を受けていると、こんどは背筋に電撃が走った。激しい痛みは肩甲骨のあたりから背中、腰へとしだいに降下していき、臀部を過ぎるとさらに下へと進む。慣れない感覚の場所が痛んでいるなと振り返ってみると、ズボンを突き破って長い尾が伸びており、痛みを感じているのはまさにその尾だった。
痛みがあることから、それも紛れもなく自分の身体であることがわかり、しかもそれは自分の意思で自由に動かすことができる。
痛みがあることから、それも紛れもなく自分の身体であることがわかり、しかもそれは自分の意思で自由に動かすことができる。
驚いて尻餅ついた姿勢になると、靴が脱げて足先が変化していくのが目に入る。膝から足首までの間隔が短くなり、代わりにかかとからつま先までの距離が長くなっていく。足の指は三本に変わっていて、その先端にも鋭い鉤爪がある。
なんとか立ち上がろうとしたが、どうしてもかかとが地面につかず、つま先立ちのような格好になってしまう。そしてバランスを崩して前のめりに倒れてしまい、再び四つんばいの体勢になってしまうと、こんどは首が長く伸び始めた。
なんとか立ち上がろうとしたが、どうしてもかかとが地面につかず、つま先立ちのような格好になってしまう。そしてバランスを崩して前のめりに倒れてしまい、再び四つんばいの体勢になってしまうと、こんどは首が長く伸び始めた。
動いていないのに視界がぐんぐん前へと突き出ていく。同時に鼻先も長く伸びているようで、自分の鼻が視界の真ん中にまで見えている。助けを求めようとして声を出そうとするも、口から出たのは獣の咆哮のような音だけ。とうとう言葉を話すことさえもできなくなってしまった。
もはや立ち上がろうとしても、骨格が変化してしまったのか二本の足で立ち上がることができなくなっていた。頭からはツノが生え、口には鋭い牙が並び、背中には大きな翼が姿を現す。
そして一匹の竜と化したフレイは悲しそうに一声鳴くと、翼を羽ばたかせて飛び上がり、独り虚空の向こうへと姿を消していくのだった――
「うわぁぁああぁっ!!」
飛び跳ねるように上体を起こすと、慌ててフレイは立ち上がり自分の身体をまんべんなく確認した。
全身が冷や汗でびっしょりになっていたが、間違いなく人間の姿だった。
両手を掲げて太陽にかざす。大丈夫、見慣れた自分の手だ。
全身が冷や汗でびっしょりになっていたが、間違いなく人間の姿だった。
両手を掲げて太陽にかざす。大丈夫、見慣れた自分の手だ。
(ゆ、夢……か。お、恐ろしい夢だった)
気分が悪くなったフレイは、どうやら身体を休ませるために横になって、そのまま眠ってしまっていたらしい。今のはそのときに見た夢のようだ。
おまえは竜人族だといきなり告げられて、落ち着かない気持ちと不安があのような夢を見させたのだろう。フレイはどっと疲れたような気分だった。
「はあ……。やけにリアリティのある夢だったなぁ」
まだ心臓が早鐘のように脈打っている。
座り込んでがくりとうなだれていると、足音が近寄ってきて声をかけた。
座り込んでがくりとうなだれていると、足音が近寄ってきて声をかけた。
「……あの。大丈夫? ずいぶんと気分が悪そうだけど」
顔を上げると、そこに一人の竜人がいた。
薄紫色の鱗に長い尾があるが翼はない。竜に近い顔立ちをしているので、竜の血が濃いほうの竜人族だろう。
薄紫色の鱗に長い尾があるが翼はない。竜に近い顔立ちをしているので、竜の血が濃いほうの竜人族だろう。
「わたしはゲルダ。あなたは?」
そう言ってゲルダは手を差し出す。
「フレイ。僕はフレイだ」
手を取って、ゆっくりとフレイは立ち上がった。二人の背丈はだいたい同じぐらいだが、並んで立つとわずかにフレイのほうが高い。
「心配してくれてありがとう。少しめまいがしただけなんだ。もう大丈夫だ」
「そう。ならいいんだけど」
「そう。ならいいんだけど」
ゲルダは頬に手を当てて首を傾げている。
人の尺度でいうとゲルダはなかなか良いスタイルをしており、気にしないようにしてもくびれた身体のラインについ視線がいってしまう。というのもゲルダを始めとして竜人族は服を着ていなかったからだ。そういう文化がないからなのかもしれないが、フレイは目のやり場に困っていた。
思わず照れたように少しうつむくフレイに、ゲルダから言葉を投げかけた。
人の尺度でいうとゲルダはなかなか良いスタイルをしており、気にしないようにしてもくびれた身体のラインについ視線がいってしまう。というのもゲルダを始めとして竜人族は服を着ていなかったからだ。そういう文化がないからなのかもしれないが、フレイは目のやり場に困っていた。
思わず照れたように少しうつむくフレイに、ゲルダから言葉を投げかけた。
「見かけない顔だね。外から来たの?」
「ま、まあ、そんなところだ」
「へぇ~。だから変わったものを身に着けてるんだね。フレイって人間?」
「ま、まあ、そんなところだ」
「へぇ~。だから変わったものを身に着けてるんだね。フレイって人間?」
よほど外から来た者が珍しいのか、純真無垢な顔を近づけてゲルダは熱心に聞いてくる。少し悩んだが、フレイは正直に答えることにした。
「そうだと思ってたけど違った。僕も竜人族らしいんだ」
それを聞いてゲルダはフレイの周囲を回りながら、その姿をぐるっと見回すと、
「そうなんだ。じゃあわたしと同じだね」
と純粋な笑顔をみせるのだった。
「ねえねえ、外ってどんなところ?」
「どんなって……そうだな。僕の育ったところは大樹の上に街があって」
「タイジュって何?」
「あ、ああ。大樹っていうのはすごく大きな木で、正式な名前はユグドラシルというんだ。まるで島みたいに広くて、枝は何人乗っても大丈夫な道みたいなもので、葉っぱも人より大きいし……」
「どんなって……そうだな。僕の育ったところは大樹の上に街があって」
「タイジュって何?」
「あ、ああ。大樹っていうのはすごく大きな木で、正式な名前はユグドラシルというんだ。まるで島みたいに広くて、枝は何人乗っても大丈夫な道みたいなもので、葉っぱも人より大きいし……」
ゲルダは興味津々に外の世界のことをフレイに聞いてきたので、フレイはこれまでに行ったムスペルスやニヴルヘイムなどの様子を語って聞かせた。その話にゲルダは食い入るように耳を傾けた。
話を聞き終えるとゲルダは軽くため息をつきながら、まだ見ぬ外の世界について思いを馳せるのだった。
話を聞き終えるとゲルダは軽くため息をつきながら、まだ見ぬ外の世界について思いを馳せるのだった。
「はぁ~あ、いいなぁ。外の世界かぁ。わたしも見てみたいな」
「君はアルヴから出たことがないのか?」
「うん。わたしはここで生まれて、ここで育って、ずっとここで暮らしてきたの」
「そうなんだ。でも気になるなら、外に出たらいいんじゃないの?」
「そうだよね。でもわたしには羽がないから……」
「君はアルヴから出たことがないのか?」
「うん。わたしはここで生まれて、ここで育って、ずっとここで暮らしてきたの」
「そうなんだ。でも気になるなら、外に出たらいいんじゃないの?」
「そうだよね。でもわたしには羽がないから……」
なるほど、たしかにゲルダには翼は生えていない。竜というのは飛ぶものだという固定観念みたいなものがフレイにはあったが、竜人の場合はそのすべてが必ずしも翼をもっているとは限らない。自分もそうであるように。
見たところ、アルヴには魔導船のような移動手段も存在していないようなので、翼も船もなければたしかにここから出ることは難しい。
(そういえば、フリードは転移魔法で送ってもらったと言ってたもんな)
そんなことを考えていると、ゲルダは再びフレイの姿をじっと見つめた。
「何?」
「ううん。フレイにも翼ないなぁって。どうやってここに来たのかなって」
「ううん。フレイにも翼ないなぁって。どうやってここに来たのかなって」
ごもっともな質問だ。こんどは魔導船のこと、それに乗って旅をしてきたことを話すと、ゲルダは目を丸くして驚いてみせた。
「フネ! そんな大きな乗り物があるんだ!」
「ああ……。そうか、そこからか」
「やっぱり外の世界ってすごいなぁ。わたしもいつかアルヴを出て、フレイみたいに外の世界を旅して回ってみたいな。外にはアルヴ以外にもいろんな国があって、いろんな文化があって、竜人の他にもいろんな種族がいるんでしょ。そんないろんなもの、いっぱい知りたい。いっぱい見てみたい。いっぱい体験したい!」
「ああ……。そうか、そこからか」
「やっぱり外の世界ってすごいなぁ。わたしもいつかアルヴを出て、フレイみたいに外の世界を旅して回ってみたいな。外にはアルヴ以外にもいろんな国があって、いろんな文化があって、竜人の他にもいろんな種族がいるんでしょ。そんないろんなもの、いっぱい知りたい。いっぱい見てみたい。いっぱい体験したい!」
純粋に外の世界への憧れを語ってみせるゲルダの姿は、まるで世界に憬れる人間の女の子となんら変わりはない様子だった。
(そうか……。僕は誤解していた。姿が少し違っていても、心は同じなんだ。人も竜も、そして竜人族も。多少の考え方の違いはあっても、それは文化の違いによるものであって、何をどう感じるかというのはみんな同じだったんだ)
これまでフレイは、人と竜はまったく別の生き物だと思っていた。たしかに姿形も能力も暮らし方も全然違う。しかしそれは文化が違うだけ。同じ空に生きるものとして、人も竜も根本的には同じなのだ。そしてもちろん、竜人も。
初めて出会った竜人が竜くずれのヴェンだったこともあって、竜人というのは卑屈で不気味で人とはまったく別種の生き物だと思っていたところもあった。
「でもそうじゃなかった。(ヴェンには悪いけど)あれはあくまでヴェン個人がああいう性格なだけで、竜人族のすべてがそうだというわけじゃないんだ」
そう思うと、今まで不安を感じていた自分がばかばかしくなった。今まで自分は一体何を怖がっていたのだろう。ただ少し姿が違うだけで、中身はみんなそれほど大きな違いはなかったのに。
ただ知らないだけで、知ろうともせずに怖がっていた。知らないからこそ怖がっていた。ずっと誤解をしていた。そう気がついてフレイは反省した。
ただ知らないだけで、知ろうともせずに怖がっていた。知らないからこそ怖がっていた。ずっと誤解をしていた。そう気がついてフレイは反省した。
ずっと心のどこかで竜人族のことをバケモノか何かだと思い込んでいた。しかしそうではないということは、目の前で純粋に笑ってみせるゲルダを見ていればよくわかる。
竜人族は人からも竜からも差別されていると聞いてフレイは育った。だから竜人族とは悪いものなのだと勝手に決め付けていた。
そして自分がその竜人族だと知らされて、自分も差別されるのではないかとフレイは思った。いや、その事実を隠されていたこと自体を差別されたと感じた。
そして自分がその竜人族だと知らされて、自分も差別されるのではないかとフレイは思った。いや、その事実を隠されていたこと自体を差別されたと感じた。
しかしそれは違った。なぜなら人も竜も竜人もみんな同じだからだ。
外見上、人とまったく同じ姿なのだから、それをわざわざ竜人だと区別する必要なんてない。異なる存在なのだと区別してしまうことそれ自体が差別になる。
外見上、人とまったく同じ姿なのだから、それをわざわざ竜人だと区別する必要なんてない。異なる存在なのだと区別してしまうことそれ自体が差別になる。
(なんてことだ。無意識のうちに僕自身も竜人族のことを差別していたんだ。なぜなら僕は竜人族のことを何も知らなかったから。勝手に誤解して、勝手に恐れて)
きっと誰もがそういう誤解をしている。
いや、竜人族だけに限った話ではない。人と竜も同様だ。
いや、竜人族だけに限った話ではない。人と竜も同様だ。
人も竜も、互いをまったく別の生き物だと思っている。自分とは違うのだと心のどこかで勝手に決め付けて、勝手に恐れているのだ。
だから互いのことを理解し合おうとはしないし、互いのことを認め合おうとしてこなかった。だから人と竜は解り合えなかった。
だから互いのことを理解し合おうとはしないし、互いのことを認め合おうとしてこなかった。だから人と竜は解り合えなかった。
それは違う。
人と竜は解かり合える。
互いをよく知れば、きっと共存することができる。
人と竜は解かり合える。
互いをよく知れば、きっと共存することができる。
竜人族という存在は、そのことを教えてくれた。竜人族はバケモノなんかじゃない。人と竜の間に位置する存在。つまり人と竜をつなぐ架け橋になる存在だ。
(僕は竜人族だ。だから人のことも竜のことも、きっとどちらも理解することができる。竜人族だからこそ、人と竜をつなぐ架け橋になることができる!)
フレイは理解し、そして決意した。自分が架け橋になると。
竜人族のことが理解されれば、きっとみんな同じなのだと理解されるはず。そうすれば人も竜も、そして竜人も共存することができる。
竜人族のことが理解されれば、きっとみんな同じなのだと理解されるはず。そうすれば人も竜も、そして竜人も共存することができる。
「そういう共存の形もあるのか……!」
ずっと一人で何やらつぶやいていたフレイの様子を、ゲルダは不思議そうな顔をして眺めていた。そして急に頷きながら大きな声を出したフレイに驚いた。
「えっ。何の話?」
「なんでもない。でも君に会えたおかげで、僕は大事なことに気がつくことができたんだ。だから言わせて欲しい。ありがとう」
「なんでもない。でも君に会えたおかげで、僕は大事なことに気がつくことができたんだ。だから言わせて欲しい。ありがとう」
突然わけもわからずお礼を言われて、ゲルダはさらに不思議そうな顔になった。
「なんだかよくわからないけど……。でも元気になったのならよかった」
「ああ、君のおかげだ。でもそうとわかったら、僕にはやらなければならないことがある。君にはいくらお礼を言っても足りないぐらいだけど、もう行かないと」
「そうなんだ……。もう行っちゃうんだね。わたしも色々お話を聞かせてもらえて楽しかったよ。わたしのほうこそ、ありがとう」
「そんな大したことじゃないよ。じゃあ僕はもう行くね」
「ああ、君のおかげだ。でもそうとわかったら、僕にはやらなければならないことがある。君にはいくらお礼を言っても足りないぐらいだけど、もう行かないと」
「そうなんだ……。もう行っちゃうんだね。わたしも色々お話を聞かせてもらえて楽しかったよ。わたしのほうこそ、ありがとう」
「そんな大したことじゃないよ。じゃあ僕はもう行くね」
別れを告げて背中を向けたフレイに向かって、ゲルダは最後に問いかけた。
「ねぇフレイ! いつかまた、会えるかな?」
振り返ってフレイは頷いた。
「ああ、きっとね。そうできるようにするために僕は行くんだ」
そしてまっすぐとアルバスの待つ大神殿のほうへと歩き出した。
行く先を見つめるフレイの目にはもう不安も迷いもなかった。
行く先を見つめるフレイの目にはもう不安も迷いもなかった。
大神殿に戻ると、仲間たちが心配そうな顔でフレイを出迎えた。
「フレイよ。さっきはお主の気持ちも考えずにすまなかった。しかし私は決してお主を騙すようなつもりで黙っていたわけじゃない、ということはわかってほしい」
「おれはいつでもフレイ様についていくっすよ。フレイ様はフレイ様だ。竜人族がどうとかそういうのは関係ないっすからね!」
「王子、あまり無理はなさらないでください。たしかに私なんかには王子の気持ちは完全にはわからないのかもしれまん。ですが、王子の力になりたいと思っていることに偽りはありません。セッテ共々、我々はいつでも王子の従者ですから」
「おれはいつでもフレイ様についていくっすよ。フレイ様はフレイ様だ。竜人族がどうとかそういうのは関係ないっすからね!」
「王子、あまり無理はなさらないでください。たしかに私なんかには王子の気持ちは完全にはわからないのかもしれまん。ですが、王子の力になりたいと思っていることに偽りはありません。セッテ共々、我々はいつでも王子の従者ですから」
それぞれがフレイを心配したり、励ましたり、謝ったりと一言ずつ声をかけた。
すべてを黙って聞き届けると、フレイは立ち並ぶ仲間たちの前を通り抜けて、背中を向けたまま言った。
すべてを黙って聞き届けると、フレイは立ち並ぶ仲間たちの前を通り抜けて、背中を向けたまま言った。
「みんな心配かけてすまない。僕のことならもう大丈夫だ。それにわかったんだ。竜人族は人と竜の間に立つ存在だ。その位置にいるからこそ、できることがある。それは人と竜をつなぐ架け橋になることだ」
フレイは心に決意を抱いた。
そしてそのまま白竜の前に歩み出ると、その決意を述べた。
そしてそのまま白竜の前に歩み出ると、その決意を述べた。
「神竜アルバス様。あなたのご依頼、受けさせていただきます。僕はアルヴの竜人たちを導き、トロウの暴走を止めてみせましょう。ユミル国の代表として、人間の代表として、そして竜人族の代表として!」
すると白竜は安心したような笑みをみせた。
「よくぞ決心してくれた。私は竜の代表としてそなたに感謝の意を表させてもらおう。ありがとう、フレイ王子。これより我々は同志だ」
白竜は大きな手をフレイの前に差し出した。どうやら握手のつもりらしい。
フレイはその指先を両手でしっかりと握った。
フレイはその指先を両手でしっかりと握った。
こうしてフレイはアルヴの竜人族を率いることになったが、ほとんどの者がフレイとは初対面であり、そんな状態で指揮を執るというのも無理な話だった。
そこでアルバスはフレイにしばらくこのアルヴで生活することを提案した。
そこでアルバスはフレイにしばらくこのアルヴで生活することを提案した。
「トロウを止めるにしても、今のそなたらでは戦力不足は否めない。それにアルヴの民たちは戦い方を知らない者も多い。だから交流も兼ねて、ここの民の中から戦えそうな者を選び、そして彼らに稽古をつけてやってほしい」
「しかし、その間にトロウが黙っているでしょうか。もし襲撃を受けたら?」
「それなら心配には及ばない。ヴォルヴァよ、こちらへ」
「しかし、その間にトロウが黙っているでしょうか。もし襲撃を受けたら?」
「それなら心配には及ばない。ヴォルヴァよ、こちらへ」
呼ばれて現れたのは、巫女装束に身を包んだ女性。一見すると人間のようだが、よく見ると頭に小さなツノが生えているので竜人族であることがわかる。アルバスは彼女を予知の巫女であると紹介した。
予知の巫女ヴォルヴァはこのアルヴを護る防衛魔法を司る巫女の一人でもあり、彼女の魔法に干渉する力を観測したのだという。
「あなたたちの船……アルヴに向かう道中……何者かがそれを監視しようとしていた……。外からの力……場所はここから遠い……すごく大きな大地の力を感じた……。まるで巨大な植物のよう……」
「巨大な植物とはもしやユグドラシル? ユミルの方角か。ということは……やはりトロウは僕たちを何らかの方法で監視していたのか。行く先々で敵に遭遇するものだから、おかしいとは思っていたんだ」
「その力は今はもう感じない……私の魔法がそれを遮ったから……。アルヴにいる限り、あなたは決してトロウには見つからない……」
「巨大な植物とはもしやユグドラシル? ユミルの方角か。ということは……やはりトロウは僕たちを何らかの方法で監視していたのか。行く先々で敵に遭遇するものだから、おかしいとは思っていたんだ」
「その力は今はもう感じない……私の魔法がそれを遮ったから……。アルヴにいる限り、あなたは決してトロウには見つからない……」
神竜アルバスと巫女たちの魔法によって、隠れ里アルヴの位置は知らない者には絶対にわからないようになっている。だからこそトロウもアルヴには手が出せず、フレイがここにいる限りは時間を稼ぐことができるという。
加えてヴォルヴァはその予知の力によって、万が一にもトロウがこのアルヴに攻め込んでくるような未来は観測できないと保障してくれた。
加えてヴォルヴァはその予知の力によって、万が一にもトロウがこのアルヴに攻め込んでくるような未来は観測できないと保障してくれた。
そういうことなら、とフレイはアルヴに残って竜人たちを訓練することを受け入れた。
「それからフレイ王子の仲間の方々。そなたらも望むなら、このアルヴで好きなように過ごしてもらってかまわない。フレイ王子を手伝うも良し、やるべきことがあればここを拠点として使うも良し。行くべき所があれば、私が転移魔法で送り届けてやることもできる」
それならば、と仲間たちはそれぞれの考えを述べた。
もともとこのアルヴへ来たのも、ムスペルスやニヴルヘイムの協力を得ることができず、他に味方になってくれそうな者を求めてのことだった。
アルヴの竜人族が味方になってくれるのは戦力的にプラスになるが、これから訓練をすることを考慮すると即戦力とは言いがたいし、それだけでトロウに立ち向かうのは不十分だ。
だから各々が各地に散って、手分けして力になってくれる者を捜すのがいいだろうということで意見が一致した。
もともとこのアルヴへ来たのも、ムスペルスやニヴルヘイムの協力を得ることができず、他に味方になってくれそうな者を求めてのことだった。
アルヴの竜人族が味方になってくれるのは戦力的にプラスになるが、これから訓練をすることを考慮すると即戦力とは言いがたいし、それだけでトロウに立ち向かうのは不十分だ。
だから各々が各地に散って、手分けして力になってくれる者を捜すのがいいだろうということで意見が一致した。
ある者は知り合いにあたってみるといい、ある者は魔法を極めた偉人である賢者を捜して相談してみるといい、またある者は特定の分野に特化し独自の魔法を操るという魔女に会ってみるのもひとつの手だと提案した。
まだこの世界には事情を話せば協力してくれる者がいるかもしれない。
フレイたちの他にもトロウに対抗しようとしている勢力があるかもしれない。
それにもしかしたら、仕方なくトロウに従わされている者もいるかもしれない。
そういった者たちを味方につけるのもひとつの手だった。
フレイたちの他にもトロウに対抗しようとしている勢力があるかもしれない。
それにもしかしたら、仕方なくトロウに従わされている者もいるかもしれない。
そういった者たちを味方につけるのもひとつの手だった。
こうして他の面々は、それぞれの思う方法で自分たちの力になってくれる味方を増やすために各地へと散っていった。
来るべき決戦の時、いつの日かトロウを打ち倒すその時に備えて――
来るべき決戦の時、いつの日かトロウを打ち倒すその時に備えて――