Chapter54「フレイ倒れる2:錬金術師イアトロ」
ゲルダに案内されて、アルヴァニア外円部にあるひとつの家の前に着いた。
周囲の家と比べても何の変哲もない普通の雲の家だが、ここに彼女の言う錬金術師が住んでいるらしい。
外円部にいるからには外から来た者かと思ったが、どうやらそういうわけでもなく、その錬金術師はこのアルヴ出身の竜人のひとりだそうだ。
周囲の家と比べても何の変哲もない普通の雲の家だが、ここに彼女の言う錬金術師が住んでいるらしい。
外円部にいるからには外から来た者かと思ったが、どうやらそういうわけでもなく、その錬金術師はこのアルヴ出身の竜人のひとりだそうだ。
「なんでも研究に使う材料はこっちにいるほうが手に入れやすいんだって。外円部のひとたちは、アルヴの外に詳しいからね。調達に便利なんだとか」
「そっすか。それじゃ声かけるっすよ。あのー、夜分遅くにすんません! 錬金術の先生はいらっしゃいますか?」
「そっすか。それじゃ声かけるっすよ。あのー、夜分遅くにすんません! 錬金術の先生はいらっしゃいますか?」
雲の扉はノックしても音が響かない。呼び鈴のようなものもついていないので、ありったけの声で家の中へと呼びかけた。夜中に大声なんか出しては迷惑は承知だが、今はフレイ様の命がかかっているんだ。かまうものか。
「ごめんくださーい! 誰かいないっすかぁ! 急ぎの用事なんすよぉ!!」
しかしいくら呼びかけても返事はない。
「まさか留守ってことないっすよね」
「うーん。材料調達はよく他のひとに頼んでるみたいだから、本人が出かけてるなんてこと滅多にないはずなんだけど。もう寝ちゃったのかな」
「こっちは切羽詰まってるんだ。こうなったら叩き起こしてでも……」
「うーん。材料調達はよく他のひとに頼んでるみたいだから、本人が出かけてるなんてこと滅多にないはずなんだけど。もう寝ちゃったのかな」
「こっちは切羽詰まってるんだ。こうなったら叩き起こしてでも……」
戸口の前で二人で話していると、そのときわずかに雲の扉が開いて、薄暗い屋内から機嫌の悪そうな声が聞こえてきた。
「ええい、さっきから騒々しいやつらだな。私は忙しい。研究の邪魔をするな」
そう言って扉の隙間から顔を覗かせたのは、眼鏡をかけた竜人の女性だった。くすんだ蒼の体色に銀色でぼさぼさの長髪。服を着るという習慣がない竜人には珍しく白衣を羽織っている。
どっしりとした脚腰と、その後ろには先端が鮮やかな緑色で地面にまで届くほどの長い尾が伸びている。竜寄りの姿の竜人だ。
どっしりとした脚腰と、その後ろには先端が鮮やかな緑色で地面にまで届くほどの長い尾が伸びている。竜寄りの姿の竜人だ。
「あ、これはどうも失礼しました。あの、おれたち大事な用があってやって来たんすけど、お姉さんが噂の錬金術の先生っすか?」
「何、君たち? たしかに私は錬金術をやっているイアトロという者だけど……。もう一度言うけど私は今忙しい。こっちも大事な研究の真っ最中でね。その大事な用というのは、あとじゃだめなわけ?」
「何、君たち? たしかに私は錬金術をやっているイアトロという者だけど……。もう一度言うけど私は今忙しい。こっちも大事な研究の真っ最中でね。その大事な用というのは、あとじゃだめなわけ?」
いらいらした様子で、イアトロはじろじろとおれたちの姿を眺めている。
「今じゃないとだめっす! 今すぐお姉さんの助けが必要っす! じゃないとフレイ様……友達の命が危ないんすよ!!」
「イアトロさん、わたしからもお願いします。フレイは神竜様から大事な使命を賜っているアルヴにとっても大事なひとなんです。だからどうか助けてください!」
「イアトロさん、わたしからもお願いします。フレイは神竜様から大事な使命を賜っているアルヴにとっても大事なひとなんです。だからどうか助けてください!」
二人で必死に説得を試みていると、そのとき不機嫌な錬金術師の背後から何かが爆発してガラスのようなものが割れる音が聞こえてきた。
それを聞くとイアトロはさらに険しい表情になって舌打ちをした。
それを聞くとイアトロはさらに険しい表情になって舌打ちをした。
「ああもう! またやり直しじゃないか。……はぁ、しょうがない。おかげで手が離せる状態になってしまった。話だけは聞いてあげよう。けど、くだらない頼みだったら、すぐに出てってもらうからね」
それを聞いておれとゲルダは顔を見合わせて、ほっと胸を撫で下ろした。
イアトロは不機嫌そうな態度は変わらなかったが、それでも丁寧におれたちを家の中へと招いてくれた。
イアトロは不機嫌そうな態度は変わらなかったが、それでも丁寧におれたちを家の中へと招いてくれた。
「ちょっと散らかってるけど気にしないで。あと、素人にはがらくたに見えるかもしれないけど、どれも大事な研究資材だから勝手に触ったりしないように」
屋内はちょっと散らかってるというようなレベルではなく、足の踏み場にも悩みそうなぐらいに色々なものがあちこちに散らばっていた。
汚れたビンやプラスチック製の容器、古びた本、何かの植物の断片、何かの骨、くしゃくしゃになった紙くずの山、割れた食器、ハエのたかった食べかけの料理、虫の死骸、異様な臭いを発するスライム状の物質がこびりついた謎の丸い物体。
そういえば以前に訪れたことのあるドローミの研究所も似たような様相だった。研究者の家というのはだいたいこういうものなんだろうか。なんて考えを浮かべていると、イアトロの少しかすれたような声に注意を呼び戻された。
「それで? わざわざこんな夜中にひとの研究を邪魔してまで頼みにくるような大事な用って何? それってどうしても私じゃないとだめなわけ?」
おれはフレイ様が倒れたこととその症状をイアトロに説明した。もしかしたら呪いをかけられたのかもしれない、ということも。
最初は「私は医者じゃない」と渋っていたイアトロだったが、呪いかもしれないという話を聞くなり、途端に彼女は眼の色を変えた。
最初は「私は医者じゃない」と渋っていたイアトロだったが、呪いかもしれないという話を聞くなり、途端に彼女は眼の色を変えた。
「へぇ……? 呪いねぇ。なんか面白そうじゃん」
「全然面白くないっすよ! 命の危機なんすよ!!」
「ああ、ごめんごめん。でも呪いというのは興味深いな。魔法の中でも呪いというのはちょっと特殊でね。今の魔法体系が確立されるよりもずっと太古の昔から存在する概念なんだけど、そのメカニズムは難解で今でも完全には解明されていないんだよね。それで魔法の効果をポーションに落とし込むのは簡単なんだけど、呪いの効果を込めたものっていうのはまだ誰も成功していないんだ。もしそれを私が実現できれば、きっと錬金術師界では一目置かれる存在になれる! そう思わない?」
「全然面白くないっすよ! 命の危機なんすよ!!」
「ああ、ごめんごめん。でも呪いというのは興味深いな。魔法の中でも呪いというのはちょっと特殊でね。今の魔法体系が確立されるよりもずっと太古の昔から存在する概念なんだけど、そのメカニズムは難解で今でも完全には解明されていないんだよね。それで魔法の効果をポーションに落とし込むのは簡単なんだけど、呪いの効果を込めたものっていうのはまだ誰も成功していないんだ。もしそれを私が実現できれば、きっと錬金術師界では一目置かれる存在になれる! そう思わない?」
呪いの効果を込めた薬だって? 誰がわざわざそんな薬を好んで飲むんだ。
急に饒舌に話し始めたイアトロの様子に若干引きながらも、おれは話を続けた。
急に饒舌に話し始めたイアトロの様子に若干引きながらも、おれは話を続けた。
「と、とにかく友達が呪いで苦しんでるんすよ! それでお姉さんのところになら呪いを治せる薬があるかもしれないと思って、それでおれたち来たんすよ」
「あー、ちがうちがう。呪いを治すって表現はおかしい。呪いは解くものだよ。だけど……ふーん。それはちょっと面白、じゃなくて興味深いね。学術的な意味で」
「で、フレイ様は治るんすか? 薬はあるんすか!?」
「あー、ちがうちがう。呪いを治すって表現はおかしい。呪いは解くものだよ。だけど……ふーん。それはちょっと面白、じゃなくて興味深いね。学術的な意味で」
「で、フレイ様は治るんすか? 薬はあるんすか!?」
思わず前のめりになって訊いていたおれを軽く手で制して、ひとつ咳払いをすると、イアトロは胸を張って言ってのけた。
「ポーション精製は錬金術のキホンのキってね。心配はいらないよ。解呪薬というものはちゃーんとあります!」
「それじゃあ、それがあればフレイ様は助かるんすね!?」
「まあ、実際に診てみないとわからないけど、だいたいの呪いならそれでイッパツだね。まぁ説明してもどうせ理解できないだろうけど、まず呪いというのは変性魔法に構成が近い術式が多くて、その効果を貼り付けるような作用を為しているのがほとんどだから、まずはそれを剥がし取るために魔力の流れを絶って……」
「それじゃあ、それがあればフレイ様は助かるんすね!?」
「まあ、実際に診てみないとわからないけど、だいたいの呪いならそれでイッパツだね。まぁ説明してもどうせ理解できないだろうけど、まず呪いというのは変性魔法に構成が近い術式が多くて、その効果を貼り付けるような作用を為しているのがほとんどだから、まずはそれを剥がし取るために魔力の流れを絶って……」
イアトロは一人で難しい説明をし始めたが、そんなことよりも重要なのはフレイ様が治るかどうかということだ。解説なんてどうでもいい。
とにかく解呪薬が存在するなら、少しは希望が見えてきたというものだ。
とにかく解呪薬が存在するなら、少しは希望が見えてきたというものだ。
「それじゃあお願いします! その解呪薬をおれたちに譲ってください!」
「ちょっと君さ、私の話聞いてた? 効用をちゃんと知らずに薬を使うのって危険なことなんだよ。正体不明の薬をいきなり飲めって言われたら怖いでしょ?」
「大丈夫っす。呪いを解く薬ってことっすよね? だから、それください!」
「ええっとね……。そうじゃなくて、なんで薬を飲むだけで呪いが解けるのとか、それが身体の中でどんな影響を与えるのかとか、そういうの気にならない?」
「どうでもいいっす。大事なのはフレイ様が元気になることっす!」
「……まあいいけど。でも、今すぐに解呪薬を渡すことはできないよ」
「それなら大丈夫っすよ。お金ならほら、ちゃんともってきてるっすから」
「いや、ちょっと待って。そういうことじゃなくて……」
「ちょっと君さ、私の話聞いてた? 効用をちゃんと知らずに薬を使うのって危険なことなんだよ。正体不明の薬をいきなり飲めって言われたら怖いでしょ?」
「大丈夫っす。呪いを解く薬ってことっすよね? だから、それください!」
「ええっとね……。そうじゃなくて、なんで薬を飲むだけで呪いが解けるのとか、それが身体の中でどんな影響を与えるのかとか、そういうの気にならない?」
「どうでもいいっす。大事なのはフレイ様が元気になることっす!」
「……まあいいけど。でも、今すぐに解呪薬を渡すことはできないよ」
「それなら大丈夫っすよ。お金ならほら、ちゃんともってきてるっすから」
「いや、ちょっと待って。そういうことじゃなくて……」
解呪薬はたしかに存在する。そういうものはたしかにある。
だけど今ここにあるとは言っていない。そうイアトロは説明した。
だけど今ここにあるとは言っていない。そうイアトロは説明した。
「そんな! もしかして簡単には手に入らないとか? どうしよう、これでフレイが助かると思ったのに……」
せっかくつかみかけた希望を失ったかと、がっくり肩を落とすゲルダ。
そんな彼女を安心させるようになだめると、イアトロは自信満々に言った。
そんな彼女を安心させるようになだめると、イアトロは自信満々に言った。
「なければ作ればいいのさ! 私は錬金術師だからね。材料さえあればどんな効果のポーションだって作ってみせるよ。呪い付加のやつ以外はね」
「それはよかった。早くフレイ様を助けるために、おれたちも一肌脱ぐっすよ! 何か足りない材料はあるっすか?」
「おっと、話が早いね。それじゃあ、手元にある材料で下準備をしておくから、君たちにはこれとこれ、あとこれを取ってきてもらおうかな」
「それはよかった。早くフレイ様を助けるために、おれたちも一肌脱ぐっすよ! 何か足りない材料はあるっすか?」
「おっと、話が早いね。それじゃあ、手元にある材料で下準備をしておくから、君たちにはこれとこれ、あとこれを取ってきてもらおうかな」
さらさらと手ごろな紙にメモを書いておれたちに手渡すと、イアトロはさっそく解呪薬精製の下準備を開始した。
メモには必要なものが簡単な図付きで必要な分量まできっちり書かれている。
ひとつはゼンマイのような渦を巻いた植物、キュアル草。治癒の効果がある。
ひとつは空に浮遊する桃色の生物、メーの体液。魔力の流れを制御する作用。
ひとつは刃のように鋭い風竜の鱗。粉末にして煎じて飲むと気力が回復する。
ひとつはゼンマイのような渦を巻いた植物、キュアル草。治癒の効果がある。
ひとつは空に浮遊する桃色の生物、メーの体液。魔力の流れを制御する作用。
ひとつは刃のように鋭い風竜の鱗。粉末にして煎じて飲むと気力が回復する。
「簡単に手に入るものばかりでよかった。でもけっこう数が要るね」
「たぶん濃縮しないと薬にならないんすよ。それじゃ手分けして集めるっす」
「わかった。セッテ、わたしたちの力でフレイを救おうね!」
「当然っす。さあ、ぐずぐずはしていられない。行くっすよ!」
「たぶん濃縮しないと薬にならないんすよ。それじゃ手分けして集めるっす」
「わかった。セッテ、わたしたちの力でフレイを救おうね!」
「当然っす。さあ、ぐずぐずはしていられない。行くっすよ!」
固く握手してお互いの決意を確かめ合う。
そしてどちらがどの材料を探しに行くのかを確認し、イアトロの家を飛び出すとおれたちは二手に分かれて走り出した。
そしてどちらがどの材料を探しに行くのかを確認し、イアトロの家を飛び出すとおれたちは二手に分かれて走り出した。