第参話「罪」
神社のような建物で獣頭と話しているとそこに例の死神、竜頭がやってきた。
「うむ、ちゃんと揃っているようだな。では、早速だがおまえたちに最初の仕事を与える」
どうやら、おれたち二人だけらしい。
「し、死神のおシゴトかぁ。な、何をやらされるのかな。ドキドキ……」
隣では獣頭が不安そうにしている。死神の仕事と言えば、やはり死期が近付いた人を「お迎え」に行って魂をこの鎌で……。手にしている鎌を見つめて、ごくりと生唾を飲み込む。
「おまえたちの最初の仕事は――」
竜頭の指示を受けて、おれたちは愕然とした。
「うむ、ちゃんと揃っているようだな。では、早速だがおまえたちに最初の仕事を与える」
どうやら、おれたち二人だけらしい。
「し、死神のおシゴトかぁ。な、何をやらされるのかな。ドキドキ……」
隣では獣頭が不安そうにしている。死神の仕事と言えば、やはり死期が近付いた人を「お迎え」に行って魂をこの鎌で……。手にしている鎌を見つめて、ごくりと生唾を飲み込む。
「おまえたちの最初の仕事は――」
竜頭の指示を受けて、おれたちは愕然とした。
三途の川。それは現世と死者の世界をつなぐ川。川原では子どもたちの魂が石を積み上げて何かをつくっている。
おれたちは、その三途の川に来ていた。この川を遡ればおれは生き返ることができるのだろうか。少し試してみたい気持ちもあったが、記憶がなく自分が何者かもわからなかったので怖いという気持ちもあった。竜頭の監視があったので、結局のところ実行には移せないわけだが。
その三途の川で、おれたちは鎌を棒に持ち替えて、なぜか川掃除をやらされていた。
「これが死神の仕事?」
「うわぁ、見て見てご主人! こんなにヘドロが」
「おい、おまえら、口より手を動かせ!」
竜頭にしっかりと釘を刺さされる。
「まだまだ新米のおまえたちに、重要な仕事を任せられるわけがないだろうが。嫌ならすぐにでも無間地獄(むげんじごく)に送ってやるから安心しろ。俺には俺の仕事があるから、おまえたちはしっかりやっておくのだぞ」
言い終えると、竜頭はどこかへ行ってしまった。
掃除をしている間にも三途の川を大勢の死者が通っていった。人間もいれば動物もいる。
人間が通ると、老女の鬼がやってきては死者の着物をはぎ取っている。獣頭によると、あれは脱衣婆とかいうらしい。 よくわからないが、どうもあの世っていうのはいろいろ変なのがいる場所のようだ。
「それにしても、どうしてここはこんなに汚れてるんだろうね。死者がたくさん通るからなのかな」
獣頭が素直な疑問を口にした。
「おおかた人間のせいじゃないの。ここを通るのは死者の魂なんだろ? 汚れた魂を持っているのなんて人間ぐらいのもんだからな。人間なんて糞くらえだね」
おれはいつの間にか、なぜか腹が立っていた。獣頭が不思議そうにおれのほうを見つめている。
「ニンゲン嫌いなの?」
「……わからない。けど、なんでだろ。自然に出てきたのがこの感想だった」
「ニンゲンも悪いヒトばかりじゃないよ。ボクは知ってる。優しいヒトもいっぱいいる」
「そんなもんかな」
「そんなもんだよ」
それから、しばらく沈黙が続いた。
黙々と川をかき回してヘドロを取り除く作業。
ずる、びちゃ。ずる、びちゃびちゃ。
濁った音が三途の川に響き渡る。
おれたちは、その三途の川に来ていた。この川を遡ればおれは生き返ることができるのだろうか。少し試してみたい気持ちもあったが、記憶がなく自分が何者かもわからなかったので怖いという気持ちもあった。竜頭の監視があったので、結局のところ実行には移せないわけだが。
その三途の川で、おれたちは鎌を棒に持ち替えて、なぜか川掃除をやらされていた。
「これが死神の仕事?」
「うわぁ、見て見てご主人! こんなにヘドロが」
「おい、おまえら、口より手を動かせ!」
竜頭にしっかりと釘を刺さされる。
「まだまだ新米のおまえたちに、重要な仕事を任せられるわけがないだろうが。嫌ならすぐにでも無間地獄(むげんじごく)に送ってやるから安心しろ。俺には俺の仕事があるから、おまえたちはしっかりやっておくのだぞ」
言い終えると、竜頭はどこかへ行ってしまった。
掃除をしている間にも三途の川を大勢の死者が通っていった。人間もいれば動物もいる。
人間が通ると、老女の鬼がやってきては死者の着物をはぎ取っている。獣頭によると、あれは脱衣婆とかいうらしい。 よくわからないが、どうもあの世っていうのはいろいろ変なのがいる場所のようだ。
「それにしても、どうしてここはこんなに汚れてるんだろうね。死者がたくさん通るからなのかな」
獣頭が素直な疑問を口にした。
「おおかた人間のせいじゃないの。ここを通るのは死者の魂なんだろ? 汚れた魂を持っているのなんて人間ぐらいのもんだからな。人間なんて糞くらえだね」
おれはいつの間にか、なぜか腹が立っていた。獣頭が不思議そうにおれのほうを見つめている。
「ニンゲン嫌いなの?」
「……わからない。けど、なんでだろ。自然に出てきたのがこの感想だった」
「ニンゲンも悪いヒトばかりじゃないよ。ボクは知ってる。優しいヒトもいっぱいいる」
「そんなもんかな」
「そんなもんだよ」
それから、しばらく沈黙が続いた。
黙々と川をかき回してヘドロを取り除く作業。
ずる、びちゃ。ずる、びちゃびちゃ。
濁った音が三途の川に響き渡る。
しばらく川を掃除していると川の上流のほうから、どんぶらこ、どんぶらこと何やら大きなものが流れてきた。大きな桃ではない。それは魚の頭蓋骨を被り、魚の骨でできた鎌を持って水面に浮かんでいた。
「あ、魚頭さん。おはようございます」
獣頭は、それを魚頭と呼んだ。どうやらあれも死神の仲間らしい。
「早上好、獣頭」
魚頭はよくわからないことばで返事をした。
「魚心水心。我流故行」
魚頭はそのまま、どんぶらこと三途の川を流れていく。
「あれもごみに含むのか?」
「ちがうよ! 魚頭さんは大先輩なんだよ! 竜頭さんよりも古株の死神なんだよ!」
「よくわからないことばを話してるけど、獣頭にはわかるのか?」
「なんとなくは」
「我第一次見到?」
魚頭はこちらに近寄って来た。獣頭や竜頭の表情は読むことができたが、なぜかこいつの表情だけは読めなかった。少し不気味だ。
「我們毎一個背著罪。可以彌補的罪過、我們可以去天堂。者不能它、要工作永遠」
「えっ、えっ? な、なんだって?」
「えっとね。死神はみんな何か罪を持ってて、その罪を償わないと天国に行けずにずっと働かされるんだって」
獣頭が意訳してくれた。
「じゃあ、おれとかあんた、それから魚頭と竜頭にもみんな罪があるのか。みんな罪があるから死神をやらされてるのか?」
「うーん、わかんない」
「獣頭はどんな罪があるんだ?」
「それは……。ボクの罪は、大切なヒトを守れなかったことだよ」
獣頭は少し悲しそうな顔をして言った。大切な人のことは気になったが、獣頭の表情を見て詮索するのはやめた。
「それじゃあ、魚頭さんは?」
魚頭は「怠惰」とだけ呟くと、再び川の流れに乗って去って行った。
「ああ、それはわかりやすいわ……」
流れていく魚頭を生暖かく見送った。
こんどは獣頭が返して聞いてくる。
「ねぇ、ご主人の罪はなんなの?」
「おれの罪? おれは……わからない」
おれには生前の記憶が残っていなかったので、思い当たるふしが全くないのだ。
「うーん、それじゃ仕方ないよね」
「おれの罪かぁ。なんだろうな」
「ニンゲンが嫌いなことと関係ある?」
「わからない」
魚頭の姿が見えなくなるまで見送ると、おれたちは川掃除を再開した。
獣頭は真面目に仕事をしていたが、おれは自分の罪が何なのか気になって仕方がなかった。
おれの罪とは一体何なのか。なぜ、おれは人間を憎んでいるのか。おれの頭蓋骨はどう見ても人骨だから、生前は人間だったに違いない。そうなると、何か対人的なトラブルがおれの罪なのかもしれない。
「あ、魚頭さん。おはようございます」
獣頭は、それを魚頭と呼んだ。どうやらあれも死神の仲間らしい。
「早上好、獣頭」
魚頭はよくわからないことばで返事をした。
「魚心水心。我流故行」
魚頭はそのまま、どんぶらこと三途の川を流れていく。
「あれもごみに含むのか?」
「ちがうよ! 魚頭さんは大先輩なんだよ! 竜頭さんよりも古株の死神なんだよ!」
「よくわからないことばを話してるけど、獣頭にはわかるのか?」
「なんとなくは」
「我第一次見到?」
魚頭はこちらに近寄って来た。獣頭や竜頭の表情は読むことができたが、なぜかこいつの表情だけは読めなかった。少し不気味だ。
「我們毎一個背著罪。可以彌補的罪過、我們可以去天堂。者不能它、要工作永遠」
「えっ、えっ? な、なんだって?」
「えっとね。死神はみんな何か罪を持ってて、その罪を償わないと天国に行けずにずっと働かされるんだって」
獣頭が意訳してくれた。
「じゃあ、おれとかあんた、それから魚頭と竜頭にもみんな罪があるのか。みんな罪があるから死神をやらされてるのか?」
「うーん、わかんない」
「獣頭はどんな罪があるんだ?」
「それは……。ボクの罪は、大切なヒトを守れなかったことだよ」
獣頭は少し悲しそうな顔をして言った。大切な人のことは気になったが、獣頭の表情を見て詮索するのはやめた。
「それじゃあ、魚頭さんは?」
魚頭は「怠惰」とだけ呟くと、再び川の流れに乗って去って行った。
「ああ、それはわかりやすいわ……」
流れていく魚頭を生暖かく見送った。
こんどは獣頭が返して聞いてくる。
「ねぇ、ご主人の罪はなんなの?」
「おれの罪? おれは……わからない」
おれには生前の記憶が残っていなかったので、思い当たるふしが全くないのだ。
「うーん、それじゃ仕方ないよね」
「おれの罪かぁ。なんだろうな」
「ニンゲンが嫌いなことと関係ある?」
「わからない」
魚頭の姿が見えなくなるまで見送ると、おれたちは川掃除を再開した。
獣頭は真面目に仕事をしていたが、おれは自分の罪が何なのか気になって仕方がなかった。
おれの罪とは一体何なのか。なぜ、おれは人間を憎んでいるのか。おれの頭蓋骨はどう見ても人骨だから、生前は人間だったに違いない。そうなると、何か対人的なトラブルがおれの罪なのかもしれない。
結局そのことが気になって、仕事にはロクに手がつかないまま今日の作業は終了となった。戻ってきた竜頭が雑な確認しかしなかったのは助かった。
その後おれたちは竜頭に連れられて閻魔邸の見学に向かった。閻魔邸では髭の大男が何やら読み上げては、列をなす死者たちをを裁いている。あれが噂に聞く閻魔大王だろうか。
「閻魔様、次の者です」
側近の鬼らしき従者が閻魔に紙を手渡した。
「うむ。えー、汝の罪は……窃盗が十七件に、殺人が三件。続きを読むまでもない、地獄行きじゃ!」
「そ、そんな! 地獄なんて嫌だァ! まだ死にたくない!!」
「もう死んでおろうが! こいつをさっさと連れてゆけッ」
鬼たちが裁かれた男をどこかへ引きずって行った。へえ、地獄はあっちにあるのか。
「殺しだってよ、おっかねぇ。それも三件だと」
「なんてやつだい。そんなに他人が憎いってのかい、人でなしめ」
「おれの親父は誰かに殺されたんだ! まさか、さっきのあいつじゃ……。地獄逝きかよ。へっ、ざまあみやがれってンだ!」
列に並ぶ死者たちが騒ぎ始める。
「こらこら、おまえたち。閻魔様の御前であるぞ、静まらんか!」
鬼たちがそれを鎮めてまわる。
「うわぁー、生エンマサマだよ! 迫力あるねぇ~。サツジンだって。怖い怖い」
獣頭は初めて見る閻魔裁判に興奮していたが、おれはそれよりも、さっきの死者たちの話が気になっていた。殺し……。他人が憎い……。地獄逝き……。
おれが思い出していたのは、三途の川での出来事だった。無意識のうちに出てきた、人間が憎いというあの気持ち。おそらくは、おれの失くした記憶に関係があるのだろうけど。
おれは怖かった。失った記憶の中の自分が。生前の自分の正体が。
まさか、俺の罪は人を……?
その後おれたちは竜頭に連れられて閻魔邸の見学に向かった。閻魔邸では髭の大男が何やら読み上げては、列をなす死者たちをを裁いている。あれが噂に聞く閻魔大王だろうか。
「閻魔様、次の者です」
側近の鬼らしき従者が閻魔に紙を手渡した。
「うむ。えー、汝の罪は……窃盗が十七件に、殺人が三件。続きを読むまでもない、地獄行きじゃ!」
「そ、そんな! 地獄なんて嫌だァ! まだ死にたくない!!」
「もう死んでおろうが! こいつをさっさと連れてゆけッ」
鬼たちが裁かれた男をどこかへ引きずって行った。へえ、地獄はあっちにあるのか。
「殺しだってよ、おっかねぇ。それも三件だと」
「なんてやつだい。そんなに他人が憎いってのかい、人でなしめ」
「おれの親父は誰かに殺されたんだ! まさか、さっきのあいつじゃ……。地獄逝きかよ。へっ、ざまあみやがれってンだ!」
列に並ぶ死者たちが騒ぎ始める。
「こらこら、おまえたち。閻魔様の御前であるぞ、静まらんか!」
鬼たちがそれを鎮めてまわる。
「うわぁー、生エンマサマだよ! 迫力あるねぇ~。サツジンだって。怖い怖い」
獣頭は初めて見る閻魔裁判に興奮していたが、おれはそれよりも、さっきの死者たちの話が気になっていた。殺し……。他人が憎い……。地獄逝き……。
おれが思い出していたのは、三途の川での出来事だった。無意識のうちに出てきた、人間が憎いというあの気持ち。おそらくは、おれの失くした記憶に関係があるのだろうけど。
おれは怖かった。失った記憶の中の自分が。生前の自分の正体が。
まさか、俺の罪は人を……?