第漆話「感謝」
辺獄の休憩所に到着したのはずいぶんと夜も更けてからだった。
死神は眠らなくても生きていけるが疲れはするし、疲れをとるために眠ることもできる。休憩所はしばらく静寂の中にあった。獣頭は疲れて眠ってしまっただろうか。おれも少し休もうか、そう思っていたとき、ふと獣頭が口を開いた。
「ねぇ、ご主人。起きてる?」
「あ、ああ。なんだ、寝てたのかと思ったよ。どうしたんだ?」
「ちょっと、聞いてほしい話があるんだけど……」
獣頭は自信がなさそうに小さな声で言った。
「おれでいいんだったら、いくらでも聞いてやるけど」
「ご主人じゃなきゃだめなんだ……」
獣頭がおれのことを言っているのか、本当の飼い主のことを言っているのかはわからなかったが、とにかく獣頭を安心させてやろうと思っておれは頷いた。
「……わかった。話してみなよ」
「ありがとう。これは、ちょっと昔の話なんだけれどね……」
そうして獣頭は静かに話し始めた。
死神は眠らなくても生きていけるが疲れはするし、疲れをとるために眠ることもできる。休憩所はしばらく静寂の中にあった。獣頭は疲れて眠ってしまっただろうか。おれも少し休もうか、そう思っていたとき、ふと獣頭が口を開いた。
「ねぇ、ご主人。起きてる?」
「あ、ああ。なんだ、寝てたのかと思ったよ。どうしたんだ?」
「ちょっと、聞いてほしい話があるんだけど……」
獣頭は自信がなさそうに小さな声で言った。
「おれでいいんだったら、いくらでも聞いてやるけど」
「ご主人じゃなきゃだめなんだ……」
獣頭がおれのことを言っているのか、本当の飼い主のことを言っているのかはわからなかったが、とにかく獣頭を安心させてやろうと思っておれは頷いた。
「……わかった。話してみなよ」
「ありがとう。これは、ちょっと昔の話なんだけれどね……」
そうして獣頭は静かに話し始めた。
昔々、ちょっとだけ昔。あるところに一匹の犬がいました。
彼女はもとは飼い犬でしたが、飼い主とはぐれたのか、それとも捨てられたのか、一人で何日も何日も見知らぬ道を歩き続けていました。しかし、無理が祟ってとうとう彼女は倒れてしまいました。
気がつくと、彼女は暖かい部屋で寝かされていました。彼女が目を覚ましたことに気がついた部屋の主は、彼女に食べ物とミルクを与えました。彼は泥やほこりで汚れてしまっていた身体を綺麗に洗ってあげて、病気に罹っていた彼女を病院にも連れて行ってあげました。
彼のおかげで彼女はついに元気を取り戻すことができたのです。彼は命の恩人でした。
だから、彼女は心に誓ったのです。私を救ってくれたこの『ご主人』に恩返しをしようと。
彼女はもとは飼い犬でしたが、飼い主とはぐれたのか、それとも捨てられたのか、一人で何日も何日も見知らぬ道を歩き続けていました。しかし、無理が祟ってとうとう彼女は倒れてしまいました。
気がつくと、彼女は暖かい部屋で寝かされていました。彼女が目を覚ましたことに気がついた部屋の主は、彼女に食べ物とミルクを与えました。彼は泥やほこりで汚れてしまっていた身体を綺麗に洗ってあげて、病気に罹っていた彼女を病院にも連れて行ってあげました。
彼のおかげで彼女はついに元気を取り戻すことができたのです。彼は命の恩人でした。
だから、彼女は心に誓ったのです。私を救ってくれたこの『ご主人』に恩返しをしようと。
「良い話じゃないか……。おれ、こういうのに弱いんだよ」
ご主人は涙ぐんでいました。
「どう? 何か思い出した?」
「えっ、どういうこと? 何かおれに関係あることなの?」
ご主人はきょとんとした様子でした。まだ足りない。
ボクは話を続けました。
ご主人は涙ぐんでいました。
「どう? 何か思い出した?」
「えっ、どういうこと? 何かおれに関係あることなの?」
ご主人はきょとんとした様子でした。まだ足りない。
ボクは話を続けました。
昔々、ちょっとだけ昔。あるところに一匹の犬がいました。
彼女には大好きなご主人がいました。ご主人といっしょにいられるだけで彼女は幸せでした。
ですが彼女のご主人はなぜか、いつも元気がありませんでした。
それがどうしてかなのかは彼女にはわかりません。
彼女には大好きなご主人がいました。ご主人といっしょにいられるだけで彼女は幸せでした。
ですが彼女のご主人はなぜか、いつも元気がありませんでした。
それがどうしてかなのかは彼女にはわかりません。
彼女はいつもご主人のそばにいました。
私には何もできないけれど、あなたのその辛い気持ちを二人で半分こしましょう。
彼女はいつもご主人のそばにいました。
少しずつ、少しずつ、ご主人の顔には笑顔が戻ってくるようになりました。
私には何もできないけれど、あなたのその辛い気持ちを二人で半分こしましょう。
彼女はいつもご主人のそばにいました。
少しずつ、少しずつ、ご主人の顔には笑顔が戻ってくるようになりました。
ご主人の幸せは私の幸せ。
だから、私はいつでもご主人に笑っていてほしい。
だから、私はいつでもご主人の役に立ちたい。
だから、私はいつでもご主人に笑っていてほしい。
だから、私はいつでもご主人の役に立ちたい。
「なんて優しいやつなんだ……! そいつは幸せ者だな、うぅ」
ご主人は号泣していました。
「まだ思い出さない?」
「うぅ……?」
ご主人は何も答えませんでした。しかし、ご主人の心にはきっと響いているはず。
信じて待つ。それしかない。信じてあげられるのは……自分だけ!
ボクはさらに話を続けました。
ご主人は号泣していました。
「まだ思い出さない?」
「うぅ……?」
ご主人は何も答えませんでした。しかし、ご主人の心にはきっと響いているはず。
信じて待つ。それしかない。信じてあげられるのは……自分だけ!
ボクはさらに話を続けました。
昔々、ちょっとだけ昔。あるところに一匹の犬がいました。
私には大好きなご主人がいました。ご主人も私のことが大好きのようでした。
ですが、ご主人は今でも時々悲しそうな顔を私に見せます。ご主人は虐められていたのです。
あるとき私はご主人を守るために、ご主人を虐めるわるいやつに立ち向かいました。その結果、相手はひどい怪我をしてしまいました。
危ない犬だ、と判断された私はご主人と引き離されてしまいました。
そして私は……
私には大好きなご主人がいました。ご主人も私のことが大好きのようでした。
ですが、ご主人は今でも時々悲しそうな顔を私に見せます。ご主人は虐められていたのです。
あるとき私はご主人を守るために、ご主人を虐めるわるいやつに立ち向かいました。その結果、相手はひどい怪我をしてしまいました。
危ない犬だ、と判断された私はご主人と引き離されてしまいました。
そして私は……
処分されてしまいました。
私はご主人を守り切れなかったことを悔やんで死神になりました。
私はご主人を守り切れなかったことを悔やんで死神になりました。
「これでおしまいです」
獣頭は静かに語り終えると、何かを期待するようにおれの顔を覗き込んでいた。
「今の話……どこかで…。もしかして、おまえ……?」
「ご主人……」
「ティア……なのか?」
「ご主人……!」
獣頭は。いや、ティアは勢いよく胸の中へ飛び込んできた。
獣頭は静かに語り終えると、何かを期待するようにおれの顔を覗き込んでいた。
「今の話……どこかで…。もしかして、おまえ……?」
「ご主人……」
「ティア……なのか?」
「ご主人……!」
獣頭は。いや、ティアは勢いよく胸の中へ飛び込んできた。
昔々、ちょっとだけ昔。あるところに一匹の犬がいました。そして一人の少年がいました。
彼女には大好きなご主人がいました。少年には愛犬がいました。
彼女はご主人との出逢いに、少年は彼女との出会いに感謝しました。
そして、ご主人は私をこう呼ぶようになりました。
彼女には大好きなご主人がいました。少年には愛犬がいました。
彼女はご主人との出逢いに、少年は彼女との出会いに感謝しました。
そして、ご主人は私をこう呼ぶようになりました。
グラティア(感謝)と――