レポート03「イセカイ」
結局、自分以外のまともな人間を見つけることができなかったので、私は独力でこの事態をなんとかすることにした。
やつらは声はすれども姿は見えない。私は断じてそんなものを信じてなどはいないが、とりあえず”幽霊”と呼ぶことにする。あくまで仮の呼び名だ。
なんにせよ、まだ現状を把握し切れていない状態ではどうにもできないだろう。必要なのはまず第一に情報だ。私は幽霊たちの会話に耳を傾けてみることにした。
何もない空間から聞こえてくる声。相変わらず気味が悪かったが、慣れてしまえばどうということはない。そうだ、あくまでこれらは研究対象なのだと自分に言い聞かせる。断じて私は怖がってなどいない。
幽霊たちの会話は、世間話だったり日常会話だったりと実に庶民的だった。公園では楽しそうにはしゃぐ子供たちらしき声も聞こえてくる。
姿が見えない以外はまるで普段通りの街と変わらない様子だ。姿が見えないこと以外は。
街の外観や雰囲気は私のよく知っているものにそっくりだが、ここはまるで幽霊たちが暮らている街と言ってもおかしくないぐらいだ。
しかし非常によく似ている。似ているがそこに暮らす者たちの姿が見えないという点だけは異なる。
「似て異なる世界…か」
果たしてここはパラレルワールドか何かなのだろうか。そして私はその異世界に迷い込んでしまったのだろうか。
にわかには信じられない話だったが、現実にそれが目の前で起こっている以上は信じざるを得ない。
(そういえば、偉い博士だったかが光よりも速く動くものを見つけたとかで、タイムマシンが実現できるかもしれないだとか一時期話題になっていたな…)
あくまで科学はその時点での定説であり、新たな発見によって常識が覆されることもある。未知の部分に関してその時点での科学を用いてうまく説明することができたとしても、それが正しいと証明されない限りは仮説でしかないのだ。
パラレルワールド…並行世界が存在するかどうかは、その異世界へ行って帰ってきた人がいない以上、その存在を証明することはできない。逆に誰かがその異世界へ行って帰ってくれば、それが存在すると証明することができる。存在しないということを証明することは非常に困難を極める。なぜなら、存在するというあらゆる可能性を否定しなければならないからだ。だが、存在することを証明するのは簡単だ。目の前に実物を突き付けてやる、それだけでいい。そして、それが今こうして私の目の前には突き付けられているのだ。あるいは、私がその存在を証明することになるのかもしれない。
百歩譲って、仮にここが自分の世界とよく似た異世界なのだとしよう。ならば、なんとかしてもとの世界に戻る方法はないのだろうか。そもそもどうしてこんな世界に迷い込んでしまったのかだろうかと記憶をたどる。
「たしかあの日は…。あの線路沿いで目が覚めて……そう、問題はなぜあんなところで寝ていたかだ。それ以前に私は一体何をしていたんだ?」
しかし、うまく思い出せない。
「待て待て、そんなはずはない。私はあの研究所で隕石の研究をしていたのだ。同僚の顔もしっかりと覚えている。研究所の場所だってわかる。私はこの街をちゃんと知っている!」
ここ数日の記憶も、自分が住んでいる街の記憶もしっかりと残っている。もちろん、自分の名前だってわかる。だが、自分以外に誰もいなくなっていることに気がついたあの日の前の何日かの記憶だけが抜け落ちている。
「おかしい…。なぜそこだけ思い出せないんだ…?」
人は何か強いショックを受けると、その周辺の記憶だけが失われてしまうという話を聞いたことがあった。これは自分の心を守るために脳が引き起こす現象だとされている。
(やはり何かがあったのか…? 記憶が途切れたそのときから、あの場所で目を覚ますまでの間に)
それを思い出すために、あの場所で目を覚ますまでに自分が何をしたのか行動の順を追って振り返ってみることにした。
「とりあえず自分の家に戻ってみるとするか。何日か空けてしまったしな…」
やつらは声はすれども姿は見えない。私は断じてそんなものを信じてなどはいないが、とりあえず”幽霊”と呼ぶことにする。あくまで仮の呼び名だ。
なんにせよ、まだ現状を把握し切れていない状態ではどうにもできないだろう。必要なのはまず第一に情報だ。私は幽霊たちの会話に耳を傾けてみることにした。
何もない空間から聞こえてくる声。相変わらず気味が悪かったが、慣れてしまえばどうということはない。そうだ、あくまでこれらは研究対象なのだと自分に言い聞かせる。断じて私は怖がってなどいない。
幽霊たちの会話は、世間話だったり日常会話だったりと実に庶民的だった。公園では楽しそうにはしゃぐ子供たちらしき声も聞こえてくる。
姿が見えない以外はまるで普段通りの街と変わらない様子だ。姿が見えないこと以外は。
街の外観や雰囲気は私のよく知っているものにそっくりだが、ここはまるで幽霊たちが暮らている街と言ってもおかしくないぐらいだ。
しかし非常によく似ている。似ているがそこに暮らす者たちの姿が見えないという点だけは異なる。
「似て異なる世界…か」
果たしてここはパラレルワールドか何かなのだろうか。そして私はその異世界に迷い込んでしまったのだろうか。
にわかには信じられない話だったが、現実にそれが目の前で起こっている以上は信じざるを得ない。
(そういえば、偉い博士だったかが光よりも速く動くものを見つけたとかで、タイムマシンが実現できるかもしれないだとか一時期話題になっていたな…)
あくまで科学はその時点での定説であり、新たな発見によって常識が覆されることもある。未知の部分に関してその時点での科学を用いてうまく説明することができたとしても、それが正しいと証明されない限りは仮説でしかないのだ。
パラレルワールド…並行世界が存在するかどうかは、その異世界へ行って帰ってきた人がいない以上、その存在を証明することはできない。逆に誰かがその異世界へ行って帰ってくれば、それが存在すると証明することができる。存在しないということを証明することは非常に困難を極める。なぜなら、存在するというあらゆる可能性を否定しなければならないからだ。だが、存在することを証明するのは簡単だ。目の前に実物を突き付けてやる、それだけでいい。そして、それが今こうして私の目の前には突き付けられているのだ。あるいは、私がその存在を証明することになるのかもしれない。
百歩譲って、仮にここが自分の世界とよく似た異世界なのだとしよう。ならば、なんとかしてもとの世界に戻る方法はないのだろうか。そもそもどうしてこんな世界に迷い込んでしまったのかだろうかと記憶をたどる。
「たしかあの日は…。あの線路沿いで目が覚めて……そう、問題はなぜあんなところで寝ていたかだ。それ以前に私は一体何をしていたんだ?」
しかし、うまく思い出せない。
「待て待て、そんなはずはない。私はあの研究所で隕石の研究をしていたのだ。同僚の顔もしっかりと覚えている。研究所の場所だってわかる。私はこの街をちゃんと知っている!」
ここ数日の記憶も、自分が住んでいる街の記憶もしっかりと残っている。もちろん、自分の名前だってわかる。だが、自分以外に誰もいなくなっていることに気がついたあの日の前の何日かの記憶だけが抜け落ちている。
「おかしい…。なぜそこだけ思い出せないんだ…?」
人は何か強いショックを受けると、その周辺の記憶だけが失われてしまうという話を聞いたことがあった。これは自分の心を守るために脳が引き起こす現象だとされている。
(やはり何かがあったのか…? 記憶が途切れたそのときから、あの場所で目を覚ますまでの間に)
それを思い出すために、あの場所で目を覚ますまでに自分が何をしたのか行動の順を追って振り返ってみることにした。
「とりあえず自分の家に戻ってみるとするか。何日か空けてしまったしな…」
そうして自宅へと戻ってきた。一人暮らしなので、出迎えてくれる家族はいない。もしいたとしてもおそらく姿が見えなくなっていたのだろうが。家の様子はそっくりそのままいつも通りだった。
「パラレルワールドというのはこんなところまで同じものなのか……ふむ」
ふと、”この世界の自分”が気になった。このままここで待っていれば、”この世界の自分”が帰宅してくるのだろうか。そして、その”自分”もやはり姿が見えないのだろうか。主人公が未来や過去へ行ったりする物語では、その時代での自分や先祖、子孫に下手に干渉するとタイムパラドックスが起こって自身の存在が云々…というものがあるがこの場合はどうなるのか。
…などといったことを考えながら”この世界の自分”が帰宅してくるのを待ったが、いつまで待っても玄関の戸が開くことはなかった。
少しがっかりしたが、気を取り直して自身の記憶を探ることを再開した。
自分の日記を開いてみる。最後のページには「隕石の調査で出張する」とあった。待てども帰宅してこないのはそのせいか。
この日記の内容を書いた記憶もないので、これを書いたのが私なのか、それとも”この世界の私”なのかはわからないが、今は他に情報もない。
「まぁ、ずっとここで待っていても仕方がないしな…」
私は日記にあったその出張先に向かうことにした。その出張先とは、私が勤める隕石の研究所だ。
「研究所か…」
脳裏に冒頭の不可解な夢が蘇る。
見慣れた風景。しかし誰も私の存在に気付かず、まるで最初からいなかったかのように振る舞った。気がつくと誰の姿もなくなっていて、そして暗転。衝撃。
思えばその直後からなのだ、この奇妙な世界に迷い込んでしまったのは。
(あの夢にはやはり何かがある…。この不可解な現象の謎に関わる何かが研究所にあるに違いない…!)
そして覚悟を決めると私は自宅を後にしたのだった。
「パラレルワールドというのはこんなところまで同じものなのか……ふむ」
ふと、”この世界の自分”が気になった。このままここで待っていれば、”この世界の自分”が帰宅してくるのだろうか。そして、その”自分”もやはり姿が見えないのだろうか。主人公が未来や過去へ行ったりする物語では、その時代での自分や先祖、子孫に下手に干渉するとタイムパラドックスが起こって自身の存在が云々…というものがあるがこの場合はどうなるのか。
…などといったことを考えながら”この世界の自分”が帰宅してくるのを待ったが、いつまで待っても玄関の戸が開くことはなかった。
少しがっかりしたが、気を取り直して自身の記憶を探ることを再開した。
自分の日記を開いてみる。最後のページには「隕石の調査で出張する」とあった。待てども帰宅してこないのはそのせいか。
この日記の内容を書いた記憶もないので、これを書いたのが私なのか、それとも”この世界の私”なのかはわからないが、今は他に情報もない。
「まぁ、ずっとここで待っていても仕方がないしな…」
私は日記にあったその出張先に向かうことにした。その出張先とは、私が勤める隕石の研究所だ。
「研究所か…」
脳裏に冒頭の不可解な夢が蘇る。
見慣れた風景。しかし誰も私の存在に気付かず、まるで最初からいなかったかのように振る舞った。気がつくと誰の姿もなくなっていて、そして暗転。衝撃。
思えばその直後からなのだ、この奇妙な世界に迷い込んでしまったのは。
(あの夢にはやはり何かがある…。この不可解な現象の謎に関わる何かが研究所にあるに違いない…!)
そして覚悟を決めると私は自宅を後にしたのだった。