レポート04「ユメトキボウ」
私は電車に乗って研究所に向かっていた。
自分以外の誰の姿も見えない世界だというのに改札はしっかりと仕事をしているのでちゃんと切符を買う。誰の姿もないのに電車も通常通り運行している。そして誰の姿もないのに、電車内はがやがやと騒がしい。
「まったく賑やかな幽霊だことで…」
この車両の中に幽霊どもが大勢いると思うと気味が悪い。これを運転しているのも幽霊なのだろうか。
気を紛らわせるように窓の外を眺めながら、なぜこの異世界に迷い込んだのかを考えてみる。
「隕石の調査」が日記の最後にあった。やはり調査で何かあったのだろうか。
(隕石の未知の力によって? それとも宇宙人の仕業か? …ばかばかしい)
ふと隣を見ると本が浮かんでいる。幽霊も本を読むのか、などと思いながら、なんとなくそれをのぞき込んでみると映画の宣伝があった。隕石が降ってきて世界が滅ぶという、ありがちなパニック映画だ。
(隕石ねぇ…。こういうのがおかしなイメージを作り出して誤解を生むんだ、まったく……ん、隕石だって?)
そこで恐ろしい想像が脳裏をよぎった。まさか隕石が原因の何かで、それによってみんな死んでしまったのではないか。そしてどういうわけか自分だけが生き残ってしまったのではないかと。
(それなら幽霊ばかりなのも、幽霊たちの生活がまるで自分のよく知った街の様子なのも納得できる。街に壊れた様子はない。ならば隕石が未知のウイルスでも運んできたのだろうか。自分の記憶が一部抜け落ちてるのもその影響で…)
パニックなのは私の頭のほうだった。そもそも、隕石の墜落に気がつかないはずがないのだ。その隕石の観測こそが研究所の仕事なのだから。
「ええい、くそ。こんなところにいられるか! まだか…まだ着かないのか!?」
思わず声に出して叫んでしまった。それも立ち上がって。一瞬、場の空気が凍り付いた…ような気がした。
「…?」
立ち上がったちょうどその目線の先に広告が飛び込んでくる。くだらない週刊誌の宣伝だ。その売り文句はこうだった。
『多発する心霊現象の謎に迫る!!』
(心霊現象…か。そんなもの、今まさに目の前で起こりまくってるよ…)
叫んでしまってから、急に周囲が静かになったような気がする。叫んだのが、そんなに幽霊どもに効果的だったのだろうか。何はともあれ居心地は少しマシになった。
座り直して窓の外を眺める。
(あそこは…)
電車はちょうど例の茂みのあたりを通り過ぎるところだった。最初に目を覚ましたあの茂みのあたりを。未だにあんなところにいた理由はわかっていない。結局あれはどういうことだったのかと考えていると、いつの間にか意識が遠のいていく…。
自分以外の誰の姿も見えない世界だというのに改札はしっかりと仕事をしているのでちゃんと切符を買う。誰の姿もないのに電車も通常通り運行している。そして誰の姿もないのに、電車内はがやがやと騒がしい。
「まったく賑やかな幽霊だことで…」
この車両の中に幽霊どもが大勢いると思うと気味が悪い。これを運転しているのも幽霊なのだろうか。
気を紛らわせるように窓の外を眺めながら、なぜこの異世界に迷い込んだのかを考えてみる。
「隕石の調査」が日記の最後にあった。やはり調査で何かあったのだろうか。
(隕石の未知の力によって? それとも宇宙人の仕業か? …ばかばかしい)
ふと隣を見ると本が浮かんでいる。幽霊も本を読むのか、などと思いながら、なんとなくそれをのぞき込んでみると映画の宣伝があった。隕石が降ってきて世界が滅ぶという、ありがちなパニック映画だ。
(隕石ねぇ…。こういうのがおかしなイメージを作り出して誤解を生むんだ、まったく……ん、隕石だって?)
そこで恐ろしい想像が脳裏をよぎった。まさか隕石が原因の何かで、それによってみんな死んでしまったのではないか。そしてどういうわけか自分だけが生き残ってしまったのではないかと。
(それなら幽霊ばかりなのも、幽霊たちの生活がまるで自分のよく知った街の様子なのも納得できる。街に壊れた様子はない。ならば隕石が未知のウイルスでも運んできたのだろうか。自分の記憶が一部抜け落ちてるのもその影響で…)
パニックなのは私の頭のほうだった。そもそも、隕石の墜落に気がつかないはずがないのだ。その隕石の観測こそが研究所の仕事なのだから。
「ええい、くそ。こんなところにいられるか! まだか…まだ着かないのか!?」
思わず声に出して叫んでしまった。それも立ち上がって。一瞬、場の空気が凍り付いた…ような気がした。
「…?」
立ち上がったちょうどその目線の先に広告が飛び込んでくる。くだらない週刊誌の宣伝だ。その売り文句はこうだった。
『多発する心霊現象の謎に迫る!!』
(心霊現象…か。そんなもの、今まさに目の前で起こりまくってるよ…)
叫んでしまってから、急に周囲が静かになったような気がする。叫んだのが、そんなに幽霊どもに効果的だったのだろうか。何はともあれ居心地は少しマシになった。
座り直して窓の外を眺める。
(あそこは…)
電車はちょうど例の茂みのあたりを通り過ぎるところだった。最初に目を覚ましたあの茂みのあたりを。未だにあんなところにいた理由はわかっていない。結局あれはどういうことだったのかと考えていると、いつの間にか意識が遠のいていく…。
気がつくとなぜか私は車を運転していた。
(またこの夢か…?)
私は私を背後から見下ろしていた。
どこかへ向かっているようだが、どこへ向かっているのかが運転している私自身ですらわからない。ただ、どこか嬉しいような楽しいような気持ちが胸の中にあった。
(これはもしかすると、私の記憶…。教えてくれ、何がそんなに嬉しいんだ)
なにがそんなに私を喜ばせるのかはわからないが、夢の中の私は喜々としてアクセルを踏み込んだ。
街の様子を見る。通行人の姿がちらほらと見える。まだこの時点では私のよく知る風景だ。
(このあとだ。やはりこのあと、何かが起こったんだ)
住宅街を通り抜けて、例の線路沿いの道路に差し掛かる。すると突然目の前に白いもやが現れ始めた。
(なんだ? またここで途切れるのか!?)
目を凝らして様子を探るが目の前は真っ白で何もわからない。そして私の意識は再び遠のきつつあった。
(ま、まだだ…。途切れるな、きっとこの先に謎を解くカギが…)
意識を失わないように集中して耐えるが、不意に激しい頭痛に襲われた。
「……!?」
そこで私の意識は途絶えた。
(またこの夢か…?)
私は私を背後から見下ろしていた。
どこかへ向かっているようだが、どこへ向かっているのかが運転している私自身ですらわからない。ただ、どこか嬉しいような楽しいような気持ちが胸の中にあった。
(これはもしかすると、私の記憶…。教えてくれ、何がそんなに嬉しいんだ)
なにがそんなに私を喜ばせるのかはわからないが、夢の中の私は喜々としてアクセルを踏み込んだ。
街の様子を見る。通行人の姿がちらほらと見える。まだこの時点では私のよく知る風景だ。
(このあとだ。やはりこのあと、何かが起こったんだ)
住宅街を通り抜けて、例の線路沿いの道路に差し掛かる。すると突然目の前に白いもやが現れ始めた。
(なんだ? またここで途切れるのか!?)
目を凝らして様子を探るが目の前は真っ白で何もわからない。そして私の意識は再び遠のきつつあった。
(ま、まだだ…。途切れるな、きっとこの先に謎を解くカギが…)
意識を失わないように集中して耐えるが、不意に激しい頭痛に襲われた。
「……!?」
そこで私の意識は途絶えた。
「小惑星研究所前~、小惑星研究所前~。お乗換えの方は…」
車内アナウンスが駅に到着したことを知らせる。朦朧とする意識でなんとかそれを聞きとった。
「研究所前か……。っけ、研究所!?」
目的地ではないか。慌てて電車を駆け降りようとする。扉は容赦なく目の前で閉じようとしている。
(おのれ、幽霊ども。いくら私の姿が見えないからと言ってこの仕打ちは…!)
扉に挟まれたかとも思ったが、どうやらなんとか間に合ったらしい。
そんなことを気にする様子もなく、電車は定刻通りに走り去る。
「まったく…。駅員は何をしているんだ。これが元の世界だったのなら、文句を言い付けてやるところだ」
一息ついて駅を出ようとするが、ふと何かが引っかかった。
「…待てよ。いくら”私の姿が見えない”から?」
そういえば、と思い返す。幽霊どもは私には無干渉だった。向こうからこちらに絡んできたことは一度もない。
「幽霊というのは生きている者を妬んだり、あるいは何か伝えたいことがあって現世に姿を現すと聞く。だがこいつらはなんだ。まるで向こうからは私のことが見えていないかのようだ。まぁ、こちらからも見えないのだが…」
厳密には幽霊ではないのかもしれない。そもそも私が勝手に幽霊と呼んでいるだけなのであって、透明人間かそういう類の種族なのかもしれない。だが、どうやらあちらからも私が見えていないらしい。異なる世界の住人は互いにその姿を確認し合うことができないのだろうか。声だけは聞こえるというのも不思議ではある。
「思えば最初の夢もそうだった。夢の中の同僚たちは私にまったく気付かないようだったが…」
何かが原因で、この異なる世界にズレて移ってしまったのだろうか。並行世界というものがそもそもどういうものかわからない未知の領域だった。ピントがずれるとカメラはうまくものを映すことはできないが、音はピントがずれていようと正しく拾う。これもそういうものなのかもしれない、と自分に言い聞かせてその場はとりあえず納得しておくことにする。
「とにかく研究所に行ってみよう。そこできっと何かがわかるはずだ…」
それだけが私にとって真実を知るための唯一の希望だった。それが絶望に繋がるとはもちろんこのときの私が知る由もなかった。
車内アナウンスが駅に到着したことを知らせる。朦朧とする意識でなんとかそれを聞きとった。
「研究所前か……。っけ、研究所!?」
目的地ではないか。慌てて電車を駆け降りようとする。扉は容赦なく目の前で閉じようとしている。
(おのれ、幽霊ども。いくら私の姿が見えないからと言ってこの仕打ちは…!)
扉に挟まれたかとも思ったが、どうやらなんとか間に合ったらしい。
そんなことを気にする様子もなく、電車は定刻通りに走り去る。
「まったく…。駅員は何をしているんだ。これが元の世界だったのなら、文句を言い付けてやるところだ」
一息ついて駅を出ようとするが、ふと何かが引っかかった。
「…待てよ。いくら”私の姿が見えない”から?」
そういえば、と思い返す。幽霊どもは私には無干渉だった。向こうからこちらに絡んできたことは一度もない。
「幽霊というのは生きている者を妬んだり、あるいは何か伝えたいことがあって現世に姿を現すと聞く。だがこいつらはなんだ。まるで向こうからは私のことが見えていないかのようだ。まぁ、こちらからも見えないのだが…」
厳密には幽霊ではないのかもしれない。そもそも私が勝手に幽霊と呼んでいるだけなのであって、透明人間かそういう類の種族なのかもしれない。だが、どうやらあちらからも私が見えていないらしい。異なる世界の住人は互いにその姿を確認し合うことができないのだろうか。声だけは聞こえるというのも不思議ではある。
「思えば最初の夢もそうだった。夢の中の同僚たちは私にまったく気付かないようだったが…」
何かが原因で、この異なる世界にズレて移ってしまったのだろうか。並行世界というものがそもそもどういうものかわからない未知の領域だった。ピントがずれるとカメラはうまくものを映すことはできないが、音はピントがずれていようと正しく拾う。これもそういうものなのかもしれない、と自分に言い聞かせてその場はとりあえず納得しておくことにする。
「とにかく研究所に行ってみよう。そこできっと何かがわかるはずだ…」
それだけが私にとって真実を知るための唯一の希望だった。それが絶望に繋がるとはもちろんこのときの私が知る由もなかった。