泥の水面 ◆Akt6fX8OUk
失う痛みは、泥に似ている。
沼に肩までまんべんなく沈んだように手足が重く、息が苦しい。
重くへばりつく吐き気が腹の中で渦巻き、何度も何度もこみ上げてくる。
そして胸の内から後悔と慚愧が絶え間なく押し寄せるのだ。喉と胸が焼け付くように熱い。
目も熱い。
沼に肩までまんべんなく沈んだように手足が重く、息が苦しい。
重くへばりつく吐き気が腹の中で渦巻き、何度も何度もこみ上げてくる。
そして胸の内から後悔と慚愧が絶え間なく押し寄せるのだ。喉と胸が焼け付くように熱い。
目も熱い。
腹から喉を通り、頭に抜け、どろどろと零れ落ちる。
ああ、いったい、どうすればいいのだろう。
どうすればよかったのだろう。
誰も答えてくれない。
誰も教えてくれない。
どうすればよかったのだろう。
誰も答えてくれない。
誰も教えてくれない。
だから、
「藤原さん……」
そんな嘆きを聞いたときに。
冨岡義勇は、ここでもそうか……と思った。
冨岡義勇は、ここでもそうか……と思った。
◆◆◆
刃を握るものにできることは二つだ。
敵を斬るか。
己を切るか。
己を切るか。
それ以外のことは、刀を握ってできることではない。
刀はただ切ることしかできない。
刀を振るっていた人間も切ることしかできない。
動かせる二本の足は立ち上がるためだけで、他にできると言えば踏みつけることだけだ。
刀はただ切ることしかできない。
刀を振るっていた人間も切ることしかできない。
動かせる二本の足は立ち上がるためだけで、他にできると言えば踏みつけることだけだ。
だから――――。
手を握ってやることも。
背中を撫でてやることも。
抱きしめてやることも。
背中を撫でてやることも。
抱きしめてやることも。
刃を握るものにはできない。
できるのは、きっと、どうしようもなく消せないぐらいに心の底に優しさの泉が湧いている者だけなのだろう。
できるのは、きっと、どうしようもなく消せないぐらいに心の底に優しさの泉が湧いている者だけなのだろう。
俯き嘆く少女のその痛みは、義勇が抱える痛みだった。
炭治郎が抱える痛みだった。
しのぶが抱える痛みだった。
鬼殺隊が抱える痛みだった。
炭治郎が抱える痛みだった。
しのぶが抱える痛みだった。
鬼殺隊が抱える痛みだった。
人が抱える痛みだった。
どうして自分が――と思ってしまうほど深く暗い穴で、でも決して自分だけではないぐらいに多く広く空いた穴だ。
世に、あまりに、多く空いた穴だ。
どんな場所にも空いた穴だ。
世に、あまりに、多く空いた穴だ。
どんな場所にも空いた穴だ。
だからそれを見ると、いつも、義勇は心が重くなる。
わかるよ。
その痛みはわかる。義勇だって立ち止まりそうになって、立ち止まりたくなってしまうから。
見ているだけで辛いものだから。思い出されてならないから。
わかるよ。
その痛みはわかる。義勇だって立ち止まりそうになって、立ち止まりたくなってしまうから。
見ているだけで辛いものだから。思い出されてならないから。
本当の意味で立ち上がれるかはわからない。立てないかもしれない。歩けないかもしれない。
うずくまって泣き出したくなる。
そのまま涙と共に自分が悲しみの泥に溶けてしまえばいいと思うぐらい、辛くて苦しい。
どうしようもなく苦しい。
うずくまって泣き出したくなる。
そのまま涙と共に自分が悲しみの泥に溶けてしまえばいいと思うぐらい、辛くて苦しい。
どうしようもなく苦しい。
わかる。
大切なものに置いていかれることは、失ってしまうことは、苦くて苦しい。
心の手足が萎えてしまうのも、わかる。
大切なものに置いていかれることは、失ってしまうことは、苦くて苦しい。
心の手足が萎えてしまうのも、わかる。
だけど、きっと立たなくてはならない。
立って、歩かねばならない。
立って、歩かねばならない。
そうすれば死んだ人だって安心してくれるとか、いつかは悲しみが癒えるからではない。
悲しみは癒えない。
痛みはなくならない。
悲しみは癒えない。
痛みはなくならない。
だけど――。
だけどそんな穴を掘るやつは、悲しみに嘆く時間を与えてはくれない。時間は悲しみや苦しみに寄り添ってくれない。
ずっと穴は掘られていて、その泥の中に沈められてしまう。
惨めったらしく泣いていたって誰も助けてはくれない。そのまま、泥の中に沈められてしまう。
だから、立ち上がらなければならなくて、
ずっと穴は掘られていて、その泥の中に沈められてしまう。
惨めったらしく泣いていたって誰も助けてはくれない。そのまま、泥の中に沈められてしまう。
だから、立ち上がらなければならなくて、
「私は四宮かぐやと申します。貴方との同行を希望します。お名前を伺っても?」
少女がそう立ち上がったときに、外套の男へ言葉を向けたときに義勇は心の中で安堵の溜め息を漏らした。
彼女はきっと強い。強くなれる。
人は失う悲しみに、絶望に足を止めてしまう。
だけれどもそこから立ち上がれたなら、そのまま前に進めるのだから。
彼女はきっと強い。強くなれる。
人は失う悲しみに、絶望に足を止めてしまう。
だけれどもそこから立ち上がれたなら、そのまま前に進めるのだから。
自分の役目は、なかった。
外套の男の発破で立ち上がれた彼女に、自分は必要なかった。
それでいい、と思った。
義勇はあまり得意ではないのだ。誰かを激することも慰めることも得意ではない。
外套の男の発破で立ち上がれた彼女に、自分は必要なかった。
それでいい、と思った。
義勇はあまり得意ではないのだ。誰かを激することも慰めることも得意ではない。
しばらく見守ったが、男と少女は歩き出した。男に不審そうなところは、立ち振る舞い以外は、そうなかった。
だから、義勇は踵を返した。
だから、義勇は踵を返した。
師が今の自分を見たら、判断が遅いと言うだろうか。
ふとそう思いながら、義勇は走り出していた。
◆◆◆
いくらか走りながら見回ったところで、義勇はいくつかを結論付けた。
一つ。
この首輪なるものは、義勇では外す手段を持たないということだ。
剣で爆風を相殺させるならばともかく、首という至近距離に設けられてしまっていてはそれも叶わない。
呼吸の妨げにはならないため、ひとまずは置いておくしかない。
この首輪なるものは、義勇では外す手段を持たないということだ。
剣で爆風を相殺させるならばともかく、首という至近距離に設けられてしまっていてはそれも叶わない。
呼吸の妨げにはならないため、ひとまずは置いておくしかない。
二つ。
あのBBという女の言葉には、少なくともできることには、嘘がないということだ。
名簿を見たときに驚愕があった。
あのBBという女の言葉には、少なくともできることには、嘘がないということだ。
名簿を見たときに驚愕があった。
――煉獄杏寿郎。
鬼との戦いで死んだ筈だった。
死んだ筈なのに名前が乗っているということは、死人と殺し合いをすることができない以上、生きているということか。
或いはそれが何かの血鬼術で再現されているのかはわからない。血鬼術とすれば、あの視界を乗っ取る術もあり、不明だ。
ただ、何某かの意味を込められているのは確かだ。
死んだ筈なのに名前が乗っているということは、死人と殺し合いをすることができない以上、生きているということか。
或いはそれが何かの血鬼術で再現されているのかはわからない。血鬼術とすれば、あの視界を乗っ取る術もあり、不明だ。
ただ、何某かの意味を込められているのは確かだ。
そして、
(鬼舞辻……無惨……!)
三つ目――――。
討たねばならない怨敵が、その名簿には記されていたのだ。
鬼の源。
悲しみの源。
闇に潜み人を喰らう悪鬼の頂点の名が、そこにはあった。
討たねばならない怨敵が、その名簿には記されていたのだ。
鬼の源。
悲しみの源。
闇に潜み人を喰らう悪鬼の頂点の名が、そこにはあった。
故に、義勇の胸に訪れるのは焦りだった。
この場にいる柱は、二人だけだ。胡蝶しのぶと煉獄杏寿郎だけだ。
彼らだけで鬼舞辻無惨を打倒できるのか。遥か昔から生き続け、幾度と鬼殺隊を壊滅に近付けていたというあの男を。
この場にいる柱は、二人だけだ。胡蝶しのぶと煉獄杏寿郎だけだ。
彼らだけで鬼舞辻無惨を打倒できるのか。遥か昔から生き続け、幾度と鬼殺隊を壊滅に近付けていたというあの男を。
いや、違う。それだけではない。
無数に並んだ名簿の名前はすべて人だ。そして今、日は落ちた。
日暮れにより跋扈するのが鬼であるなら――この時間帯はまさに、奴らにとっての狩りの時間だ。
無数に並んだ名簿の名前はすべて人だ。そして今、日は落ちた。
日暮れにより跋扈するのが鬼であるなら――この時間帯はまさに、奴らにとっての狩りの時間だ。
それが、不味い。
そして、
「……!」
傍目からは無表情に見える顔で、義勇は内心で眉を上げた。
何かの弾ける音。銃声。
それが連なったものが聞こえたのは、さきほど義勇が少女と別れた――出逢ってもないが――方角であった。
何かの弾ける音。銃声。
それが連なったものが聞こえたのは、さきほど義勇が少女と別れた――出逢ってもないが――方角であった。
彼女が撃ったのか。
彼女以外が撃ったのか。
彼女以外が撃ったのか。
それは判らないが、鬼のいるこの場でのそれの意味は、あまりにも大きかった。
ひゅうううぅぅぅぅっと、音が鳴る。逆巻く風の音が鳴る。
息吹が巡る。血が巡る。鼓動が巡り、拍動が巡る。
力が、巡る。
ひゅうううぅぅぅぅっと、音が鳴る。逆巻く風の音が鳴る。
息吹が巡る。血が巡る。鼓動が巡り、拍動が巡る。
力が、巡る。
――“水の呼吸”。
取り込む空気が、膨らむ肺が、走る血が、起きる肉が義勇に力を与える。
人の身を鬼の域まで引き上げる。
常に続けている“全集中の呼吸”をひときわ強め、冨岡義勇は地を蹴った。
人の身を鬼の域まで引き上げる。
常に続けている“全集中の呼吸”をひときわ強め、冨岡義勇は地を蹴った。
風になるとは、相応しくない例えだ。
草も揺れぬ。
地も揺れぬ。
花も揺れぬ。
影一つ足音一つ足跡一つ残さずに駆けるその姿は、その景色は――――それは波紋一つない湖面にも似ていた。
草も揺れぬ。
地も揺れぬ。
花も揺れぬ。
影一つ足音一つ足跡一つ残さずに駆けるその姿は、その景色は――――それは波紋一つない湖面にも似ていた。
◆◆◆
そして結論からいえば、義勇は間に合わなかった。
ただ、今度は、血の匂いはしなかった。
ただ、今度は、血の匂いはしなかった。
硝煙を漂わせる見慣れぬ銃を抱えて慌てるような様子の少女に傷はなく、争いの跡もほとんどない。
おそらく身を守るために発砲をし、そして彼女を狙う襲撃者は身の危険に合わせて退いたのだろう。
そのことには、安堵と驚愕があった。
おそらく身を守るために発砲をし、そして彼女を狙う襲撃者は身の危険に合わせて退いたのだろう。
そのことには、安堵と驚愕があった。
無事であったなら、それはよかった。
彼女は立ち上がって、そして生殺与奪を他人に預けることなく己の身を守った。
それだけできっと、称賛されるに値するだろう。
そして、襲撃者は鬼ではない。
鬼なら銃を意に介さない。鬼でないのに人を襲うものがいたと言うことだ。
彼女は立ち上がって、そして生殺与奪を他人に預けることなく己の身を守った。
それだけできっと、称賛されるに値するだろう。
そして、襲撃者は鬼ではない。
鬼なら銃を意に介さない。鬼でないのに人を襲うものがいたと言うことだ。
……無論、義勇とて知っている。人は争うものだ。
鬼に限らず、人は争う。だからそれも、不思議ではないのだろう。
少女もそのことを存じていたのか、それからしばらくし気を取り直したのか動き出す。
その背中を見ながら、義勇はふと考えていた。
鬼に限らず、人は争う。だからそれも、不思議ではないのだろう。
少女もそのことを存じていたのか、それからしばらくし気を取り直したのか動き出す。
その背中を見ながら、義勇はふと考えていた。
鍛錬を積み、努力を載せ、誰よりも柱らしい柱の煉獄杏寿郎なら彼女を褒め称え、そして守ると誓うかもしれない。
或いは、胡蝶しのぶ。
鬼の首を斬れない非力ながら、鬼を殺す毒を作り、人を癒やす力を蓄えた柱らしい柱の彼女なら少女を安らがせたかもしれない。
或いは、胡蝶しのぶ。
鬼の首を斬れない非力ながら、鬼を殺す毒を作り、人を癒やす力を蓄えた柱らしい柱の彼女なら少女を安らがせたかもしれない。
だけれども、義勇にはできない。
義勇はただ刀を振るい、鬼の首を落とすことしかできない。
煉獄のように心を燃やして敵と戦うことも、胡蝶のように常ににこやかな笑みを浮かべ続けることもできない。
ただ、無心のように鬼と戦うことしかできない。首を切ることしかできない。
義勇はただ刀を振るい、鬼の首を落とすことしかできない。
煉獄のように心を燃やして敵と戦うことも、胡蝶のように常ににこやかな笑みを浮かべ続けることもできない。
ただ、無心のように鬼と戦うことしかできない。首を切ることしかできない。
或いは、竈門炭治郎なら――彼なら。
上弦を二つも打った彼なら、自分よりも水柱に近い彼なら、剣を持ったままでも手を伸ばせるかもしれない。
人の嘆きを逃さず、人の悲しみを逃さず、人のために正しく怒れる彼なら寄り添って歩めたかもしれない。
上弦を二つも打った彼なら、自分よりも水柱に近い彼なら、剣を持ったままでも手を伸ばせるかもしれない。
人の嘆きを逃さず、人の悲しみを逃さず、人のために正しく怒れる彼なら寄り添って歩めたかもしれない。
それとも、錆兎なら――。
共に鱗滝左近次の元で育てられた錆兎なら、彼なら――。
共に鱗滝左近次の元で育てられた錆兎なら、彼なら――。
(……)
ああ、と義勇は思った。
この場は似ているのだ。そうだ。似ているのだ。
義勇と錆兎が共に望んだ鬼殺隊の最終選別。
鬼の蔓延る山に入れられ、双方ともに逃げることもできず、七日間生き残らなければならないというあの場に。
この場は似ているのだ。そうだ。似ているのだ。
義勇と錆兎が共に望んだ鬼殺隊の最終選別。
鬼の蔓延る山に入れられ、双方ともに逃げることもできず、七日間生き残らなければならないというあの場に。
錆兎ならきっと、ここでも人を守るために動く。
すべての人を守るために動く。
叱咤し、立ち上がらせ、前を向かせるために動く。
そして誰も取り零すこともなく、守り抜いて、戦い抜いて、きっと首輪も外して、あのBBに戦いを挑む。
すべての人を守るために動く。
叱咤し、立ち上がらせ、前を向かせるために動く。
そして誰も取り零すこともなく、守り抜いて、戦い抜いて、きっと首輪も外して、あのBBに戦いを挑む。
でも、自分はそうはなれない。きっとそうできない。
そうしている内に、また少女は歩き出した。
あの同行者だった筈の男が失せているというのに、彼女は一人で、決意を新たに歩き出した。
不意を打たれても己の生殺与奪を与えずに応じられる技量を持ちながら、この後すぐに動き出すとしても、義勇は、僅かにその背中を眺めとどまっていた。
あの同行者だった筈の男が失せているというのに、彼女は一人で、決意を新たに歩き出した。
不意を打たれても己の生殺与奪を与えずに応じられる技量を持ちながら、この後すぐに動き出すとしても、義勇は、僅かにその背中を眺めとどまっていた。
水面のように。
水滴のように。
水滴のように。
【C-7/1日目・黎明】
【冨岡義勇@鬼滅の刃】
[状態]:健康
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:鬼舞辻無惨を討つ。鬼を切り、人を守る。
1:…………。
2:少女に声をかけるか否か。
[備考]
※参戦時期、柱稽古の頃。
[状態]:健康
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:鬼舞辻無惨を討つ。鬼を切り、人を守る。
1:…………。
2:少女に声をかけるか否か。
[備考]
※参戦時期、柱稽古の頃。
| 前話 | お名前 | 次話 |
| Debut | 冨岡義勇 | 見守る柱、見届ける鬼 |