uneiへの強い怒り

2019/6/09 3:35 完成 ほよ

Raは激怒した。
必ず、かの邪智暴虐のYSOKを除かなければならぬと決意した。
Raにはフラッシュ暗算ができないからDPSがわからぬ。
Raは、アークスの感謝されない方の奴隷である。WBを張り、かなこと遊んで暮して来た。
けれど下方修正に対しては、人一倍に敏感であった。

きょう未明Raはアークスシップを出発し、超界砂漠探索を越え超界地下坑道探索を越え、
結局何も落ちなかったし欲しいものがないからロビーにやって来た。
Raにはテクも、カウンターも無い。ガードポイントも無い。
90の、オートメイト依存のHuと二人暮しだ。

このHuは、村の陰キャのPhを、近々、サブクラスとして迎える事になっていた。
HuFiの寿命も間近かなのである。
Raは、それゆえ、ユニットの更新やら肉野菜炒めやらを買いに、はるばるビジフォンにやって来たのだ。

先ず、その品々をマイショップで買い集め、それからロビーをぶらぶら歩いた。
Raには竹馬の友があった。
Teである。
今は固定で、感謝される方の奴隷をしている。
その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。
久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。

歩いているうちにRaは、ロビーの様子を怪しく思った。
ひっそりしている。もう緊急前で、シップ待機してるのは当りまえだが、けれども、なんだか、
シップ待機のせいばかりでは無く、ロビー全体が、やけに寂しい。
のんきなRaも、だんだん不安になって来た。
受付前で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、
二年まえに此のロビーに来たときは、夜でもロビアク放置、
ロビーは賑やかであった筈はずだが、と質問した。

若い衆は、首を振って答えなかった。
しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。
老爺は答えなかった。Raは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。
老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。

「YSOKは、下位職を殺します。」
「なぜ殺すのだ。」
「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、GuみたいなOP性能を持っては居りませぬ。」
「たくさんの下位職を殺したのか。」
「はい、はじめは耐久のないFiを。それから、火力の出ないBrを。それから、Hrを。それから、Boを。それから、Foを。それから、Suを。」
「おどろいた。YSOKは乱心か。」

「いいえ、乱心ではございませぬ。下位職を、上方修正することが出来ぬ、というのです。
このごろは、臣下の心をも、お疑いになり、少しく派手なDPSをしている者には、上方修正しないを命じて居ります。
御命令を拒めば下方修正にかけられて、殺されます。きょうは、六人殺されました。」

聞いて、Raは激怒した。「呆れたディレクターだ。生かして置けぬ。」

Raは、単純な男であった。
買い物を、背負ったままで、のそのそSEAGにはいって行った。
たちまち彼は、巡邏の警吏に捕縛された。調べられて、Raの懐中からはアトラライフルが出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。
Raは、王の前に引き出された。

「このアトラライフルで何をするつもりであったか。言え!」
暴君YSOKは静かに、けれども威厳を以もって問いつめた。
その王の顔は蒼白そうはくで、眉間みけんの皺しわは、刻み込まれたように深かった。

PSO2を暴君の手から救うのだ。」とRaは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」YSOKは、憫笑した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの上方修正がわからぬ。」
「言うな!」とRaは、いきり立って反駁した。
「人の職を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。YSOKは、職のパワーバランスをさえ疑って居られる。」

「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、PSO2運営だ。
SKIは、あてにならない。SKIは、もともとオフパコのかたまりさ。信じては、ならぬ。」
暴君は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。
「わしだって、好きな武器種、クラスで遊べる『PSO2』を望んでいるのだが。」

「なんの為の上方修正だ。自分の地位を守る為か。」
こんどはRaが嘲笑した。
「罪の無い職を殺して、何が平和だ。」
「だまれ、下賤の者。」
YSOKは、さっと顔を挙げて報いた。
「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。
おまえだって、いまに、磔になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ。」

「ああ、YSOKは悧巧だ。自惚れているがよい。
私は、ちゃんとアカウント削除する覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」
と言いかけて、Raは足もとに視線を落し瞬時ためらい、
「ただ、私に情をかけたいつもりなら、BANまでに三日間の日限を与えて下さい。
たった一人のHuに、サブクラスを持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村で固定レベリングを挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」

「ばかな。」と暴君は、しわがれた声で低く笑った。「とんでもない嘘を言うわい。逃がした同接が帰って来るというのか。」
「そうです。帰って来るのです。」
Raは必死で言い張った。
「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。Huが、私の帰りを待っているのだ。
そんなに私を信じられないならば、よろしい、このシップにTeという奴隷がいます。
私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。
私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人をBANして下さい。
たのむ、そうして下さい。」

 それを聞いてYSOKは、残虐な気持ちで、そっとほくそえんだ。
生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。
この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白い。
そうして身代りの男を、三日目にBANしてやるのも気味がいい。
人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、
その身代りの男を磔刑に処してやるのだ。
世の中の、正直者とかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。

「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。
おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。
おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」
「なに、何をおっしゃる。」

「はは。アカウントが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」
Raは口惜しく、地団駄踏んだ。ものも言いたくなくなった。
竹馬の友、Teは、深夜、SEAG本社に召された。
暴君YSOKの面前で、佳き友と佳き友は、二年ぶりで相逢うた。
Raは、友に一切の事情を語った。
Teは無言でうなずき、Raをひしと抱きしめた。
友と友の間は、それでよかった。Teは、縄打たれた。
Raは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。

Raはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、
ロビーへ到着したのは、翌あくる日の午前、陽は既に高く昇って、
固定たちは超界探索に出てレア堀をはじめていた。Raの90のHuも、

きょうはRaの代りにかなこの番をしていた。よろめいて歩いて来るRaの、
疲労困憊の姿を見つけて驚いた。そうして、うるさくRaに質問を浴びせた。

「なんでも無い。」Raは無理に笑おうと努めた。
「SEAG本社に用事を残して来た。またすぐSEAG本社に行かなければならぬ。
あす、おまえのレベリングを挙げる。早いほうがよかろう。」
Huは頬をあからめた。

「うれしいか。グレーススタミナも買って来た。
さあ、これから行って、固定の人たちに知らせて来い。レベリングは、あすだと。」
 Raは、また、よろよろと歩き出し、マイルームへ帰ってエンペルアキシオンを飾り、
獲得経験値75%を調え、間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。

眼が覚めたのは夜だった。Raは起きてすぐ、Phのマイルームを訪れた。
そうして、少し事情があるから、レベリングを明日にしてくれ、と頼んだ。
Phは驚き、それはいけない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、
季節緊急まで待ってくれ、と答えた。Raは、待つことは出来ぬ、
どうか明日にしてくれ給え、と更に押してたのんだ。Phも頑強であった。
なかなか承諾してくれない。夜明けまで議論をつづけて、
やっと、どうにかPhをなだめ、すかして、説き伏せた。

レベリングは、真昼に行われた。Hu/Phの、チームツリーへの宣誓が済んだころ、
黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。
レベリングに列席していた固定たちは、何か不吉なものを感じたが、
それでも、めいめい気持を引きたて、狭い出口バーストの中で、
作業感も怺え、ケートス・プロイ、気弾を拍うった。
Raも、満面に喜色を湛たたえ、しばらくは、王とのあの約束をさえ忘れていた。
PSEバーストは、クロスバーストに入っていよいよ乱れ華やかになり、固定は、外のメセタを全く気にしなくなった。
Raは、一生このままここにいたい、と思った。

この固定たちと生涯ゲームして行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、
自分のものでは無い。ままならぬ事である。
Raは、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。
あすの日没までには、まだ十分の時が在る。
ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。
その頃には、雨も小降りになっていよう。少しでも永くこの家に愚図愚図とどまっていたかった。
Raほどの男にも、やはり未練の情というものは在る。
今宵呆然、歓喜に酔っているらしいHuに近寄り、

「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。
眼が覚めたら、すぐにSEAGに出かける。大切な用事があるのだ。
私がいなくても、もうおまえには優しいサブクラスがあるのだから、決して寂しい事は無い。
おまえの兄の、一ばんきらいなものは、障害PSOと、それから、フラッシュ暗算だ。
おまえも、それは、知っているね。PSO2との間に、どんな利用規約違反のツールを作ってはならぬ。
おまえに言いたいのは、それだけだ。おまえの兄は、たぶん偉い男なのだから、
おまえもその誇りを持っていろ。」

Huは、夢見心地で首肯うなずいた。Raは、それからPhの肩をたたいて、
「仕度の無いのはお互さまさ。私の家にも、宝といっては、Huとかなこだけだ。他には、何も無い。
全部あげよう。もう一つ、Huのサブクラスなったことを誇ってくれ。」
 Phは揉もみ手して、てれていた。Raは笑って村人たちにも会釈して、
ADレベリングから立ち去り、マイルームにもぐり込んで、死んだようにロビアク放置した。

 眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。
Raは跳ね起き、南無三、寝過したか、
いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、緊急までには十分間に合う。
きょうは是非とも、あの王に、人の信実の存するところを見せてやろう。
そうして笑って磔の台に上ってやる。Raは、悠々と身仕度をはじめた。
雨も、いくぶん小降りになっている様子である。
身仕度は出来た。さて、Raは、ぶるんと両腕を大きく振って、
雨中、ラストネメシスの如く走り出た。

私は、今宵、BANされる。BANされる為に走るのだ。
身代りの感謝される方の奴隷を救う為に走るのだ。王の奸佞邪智を打ち破る為に走るのだ。
走らなければならぬ。そうして、私はBANされる。

若い時から採掘基地を守れ。さらば、固定。
若いRaは、つらかった。幾度か、立ちどまりそうになった。
えい、えいと大声挙げて自身を叱りながら走った。
アークスシップを出て、砂漠を横切り、森林をくぐり抜け、
凍土に着いた頃には、雨も止やみ、日は高く昇って、そろそろ暑くなって来た。
Raは額の汗をこぶしで払い、ここまで来れば大丈夫、
もはや固定への未練は無い。Huたちは、きっと佳いサブクラスになるだろう。

私には、いま、なんの気がかりも無い筈だ。
まっすぐに王城に行き着けば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要も無い。
ゆっくり歩こう、と持ちまえの呑気のんきさを取り返し、好きな小歌をいい声で歌い出した。
ぶらぶら歩いて二里行き三里行き、そろそろ全里程の半ばに到達した頃、
降って湧わいた災転輝与、Raの足は、はたと、とまった。

見よ、前方の非エキスパートを。
きのうのアップデートで条件を達成できなかったアークスが氾濫し、
濁流滔々とUHに集り、猛勢一挙にブロックに流れ込み、どうどうと響きをあげる激流が、
木葉微塵にUH推奨を貫通していた。
彼は茫然と、立ちすくんだ。

あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼びたててみたが、
繋舟は残らず浪に浚らわれて影なく、渡守りの姿も見えない。
流れはいよいよ、ふくれ上り、海のようになっている。
Raはブロック移動前にうずくまり、男泣きに泣きながらSGNMに手を挙げて哀願した。
「ああ、鎮めたまえ、荒れ狂う非エキスパートを!
時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。
あれが沈んでしまわぬうちに、SEAGに行き着くことが出来なかったら、
あの佳い奴隷が、私のために死ぬのです。」

濁流は、Raの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。
浪は浪を呑み、捲き、煽立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。
今はRaも覚悟した。ブロック連打より他に無い。ああ、神々も照覧あれ!
濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。

Raは、ざんぶと流れに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪を相手に、
必死の闘争を開始した。満身の力をEnterにこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、
なんのこれしきと掻きわけ掻きわけ、めくらめっぽう獅子奮迅の人の子の姿には、
神も哀れと思ったか、ついに憐愍を垂れてくれた。
押し流されつつも、見事、630でアークスが1人落ちたUH推奨に、
すがりつく事が出来たのである。

ありがたい。Raは馬のように大きな胴震いを一つして、すぐにまた先を急いだ。
一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。
ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、
ほっとした時、突然、目の前に一隊の龍族が躍り出た。

「待て。」
「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに王城へ行かなければならぬ。放せ。」
「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け。」
「私にはアカウントの他には何も無い。
その、たった一つのアカウントも、これから王にくれてやるのだ。」
「その、アカウントが欲しいのだ。」
「さては、王の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな。」
 山賊たちは、ものも言わず一斉にランチャーを振り挙げた。
Raはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近の一人に襲いかかり、
そのランチャーを奪い取って、
「気の毒だが正義のためだ!」とクレイジースマッシュ、
たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙に、さっさと走って峠を下った。

一気に峠を駈け降りたが、流石さすがに疲労し、折から午後の灼熱の太陽がまともに、
かっと照って来て、Raは幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、
と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。
立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。
ああ、あ、非エキスパを泳ぎ切り、龍族を三人も撃ち倒し韋駄天、
ここまで突破して来たRaよ。真の感謝されない方の奴隷、Raよ。

今、ここで、PP使い切って動けなくなるとは情無い。
愛する友は、おまえを信じたばかりに、やがて殺されなければならぬ。
おまえは、稀代の不信の人間、まさしく王の思う壺だぞ、
と自分を叱ってみるのだが、全身萎なえて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。
路傍の草原にごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。

もう、どうでもいいという、奴隷に不似合いな不貞腐れた根性が、
心の隅に巣喰った。私は、これほど努力したのだ。約束を破る心は、
みじんも無かった。SGNMも照覧、私は精一ぱいに努めて来たのだ。
動けなくなるまで走って来たのだ。私は不信の徒では無い。
ああ、できる事なら私の胸を截たち割って、真紅のPPをお目に掛けたい。
オービットとトラップだけで動いているこのPPを見せてやりたい。
けれども私は、この大事な時に、オートメイトもPPも尽きたのだ。
私は、よくよく不幸な男だ。私は、きっと笑われる。

私の一家も笑われる。私は友を欺いた。
中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事だ。
ああ、もう、どうでもいい。これが、私の定った運命なのかも知れない。
Teよ、ゆるしてくれ。君は、いつでも私を信じた。
私も君を、欺かなかった。私たちは、本当に佳い友と友であったのだ。
いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。
いまだって、君は私を無心に待っているだろう。ああ、待っているだろう。
ありがとう、Te。よくも私を信じてくれた。

それを思えば、たまらない。友と友の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝なのだからな。
Te、私は走ったのだ。君を欺くつもりは、みじんも無かった。信じてくれ!
私は急ぎに急いでここまで来たのだ。濁流を突破した。
龍族の囲みからも、するりと抜けて一気に峠を駈け降りて来たのだ。
私だから、出来たのだよ。ああ、この上、私に望み給うな。放って置いてくれ。
どうでも、いいのだ。私は負けたのだ。だらしが無い。笑ってくれ。

王は私に、ちょっとおくれて来い、と耳打ちした。
おくれたら、身代りを殺して、私を助けてくれると約束した。
私は王の卑劣を憎んだ。けれども、今になってみると、私は王の言うままになっている。
私は、おくれて行くだろう。王は、ひとり合点して私を笑い、
そうして事も無く私を放免するだろう。そうなったら、
私は、アカウントBANよりつらい。私は、永遠に裏切者だ。

地上で最も、不名誉の人種だ。Teよ、私も死ぬぞ。
君と一緒にアカウントBANさせてくれ。君だけは私を信じてくれるにちがい無い。
いや、それも私の、ひとりよがりか? ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやろうか。
固定には私の家が在る。かなこも居る。Hu/Phは、まさか私を固定から追い出すような事はしないだろう。
正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。
人を通報して自分が生きる。それがPSO2の定法ではなかったか。
ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。
どうとも、勝手にするがよい。やんぬる哉かな。
――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。

ふと耳に、潺々、コンテナが壊れる音が聞えた。
そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。
すぐ足もとで、トリメイトが落ちているらしい。
よろよろ起き上って、見ると、コンテナの裂目から滾々と、
何か小さく囁きながらトリメイトが湧き出ているのである。
その泉に吸い込まれるようにRaは身をかがめた。
トリメイトを両手で掬って、一くち飲んだ。

ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。
歩ける。行こう。肉体の疲労恢復と共に、
わずかながら希望が生れた。義務遂行の希望である。
わが身を殺して、名誉を守る希望である。
斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、
葉も枝も燃えるばかりに輝いている。

日没までには、まだ間がある。
私を、待っている人があるのだ。
少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。
私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。
アカントBANでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。
私は、信頼に報いなければならぬ。
いまはただその一事だ。走れ! Ra。

 私は信頼されている。私は信頼されている。
先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。
忘れてしまえ。五臓が疲れているときは、ふいとあんな悪い夢を見るものだ。
Ra、おまえの恥ではない。やはり、おまえは真の奴隷だ。
再び立って走れるようになったではないか。ありがたい! 
私は、正義の士として死ぬ事が出来るぞ。ああ、陽が沈む。
ずんずん沈む。待ってくれ、SGNMよ。
私は生れた時から正直な男であった。正直な男のままにして死なせて下さい。

路行く人を押しのけ、跳はねとばし、Raは黒い風のように走った。
野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、
ファングバンサーを蹴けとばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。
一団の旅人と颯さっとすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。


「いまごろは、あの男も、磔にかかっているよ。」
ああ、その男、その男のために私は、いまこんなに走っているのだ。

その男を死なせてはならない。
急げ、Ra。おくれてはならぬ。
愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。
風態なんかは、どうでもいい。Raは、いまは、ほとんど全裸体であった。
呼吸も出来ず、二度、三度、口からアッパートラップが噴き出た。
見える。はるか向うに小さく、SEAGが見える。
SEAGは、夕陽を受けてきらきら光っている。

「ああ、Ra様。」うめくような声が、風と共に聞えた。
「誰だ。」Raは走りながら尋ねた。
「Foでございます。貴方のお友達Te様の弟子でございます。」
その若いFoも、Raの後について走りながら叫んだ。
「もう、駄目でございます。むだでございます。走るのは、やめて下さい。
もう、あの方かたをお助けになることは出来ません。」
「いや、まだ陽は沈まぬ。」
「ちょうど今、あの方がアカウントBANになるところです。ああ、あなたは遅かった。
おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」

「いや、まだ陽は沈まぬ。」Raは胸の張り裂ける思いで、
赤く大きい夕陽ばかりを見つめていた。走るより他は無い。
「やめて下さい。走るのは、やめて下さい。いまはご自分のアカウントが大事です。
あの方は、あなたを信じて居りました。刑場に引き出されても、
平気でいました。王様が、さんざんあの方をからかっても、
Raは来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました。」
「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。
人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、
もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。ついて来い!Fo。」

「ああ、あなたは気が狂ったか。それでは、うんと走るがいい。
ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。走るがいい。」

 言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。
最後の死力を尽して、Raは走った。
Raの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。
ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。
陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、
消えようとした時、Raはイル・ゾンデの如く刑場に突入した。間に合った。

「待て。その人を殺してはならぬ。Raが帰って来た。
約束のとおり、いま、帰って来た。」
と大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、
喉のどがつぶれて嗄しわがれた声が幽かすかに出たばかり、
群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。
すでに磔の柱が高々と立てられ、縄を打たれたTeは、
徐々に釣り上げられてゆく。
Raはそれを目撃して最後の勇、
先刻、濁流を泳いだように群衆を掻きわけ、掻きわけ、

「私だ、刑吏! BANされるのは、私だ。Raだ。
彼を人質にした私は、ここにいる!」と、
かすれた声で精一ぱいに叫びながら、
ついに磔台に昇り、釣り上げられてゆく友の両足に、
齧ついた。群衆は、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、
と口々にわめいた。Teの縄は、ほどかれたのである。

「Te。」Raは眼に涙を浮べて言った。
「私をウォンドで殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。
私は、途中で一度、悪い夢を見た。
君が若もし私を殴ってくれなかったら、
私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ。」

Teは、すべてを察した様子で首肯うなずき、
刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くRaの右頬を殴った。
殴ってから優しく微笑ほほえみ、
「Ra、私をランチャーで殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。
私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。
生れて、はじめて君を疑った。
君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」

Raはランチャーに唸うなりをつけてTeの頬を殴った。
「ありがとう、友よ。」二人同時に言い、ひしと抱き合い、
それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。
 群衆の中からも、歔欷きょきの声が聞えた。
暴君YSOKは、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、
やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。

「おまえらの望みは叶かなったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。
信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。
どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、ユーザーの願いを聞き入れて、
おまえらのクラスを上方修正させてほしい。」
 どっと群衆の間に、歓声が起った。
「万歳、YSOK万歳。」

 ひとりの少女が、アトライクスをRaに捧げた。Raは、まごついた。
佳き友は、気をきかせて教えてやった。
「Ra、君は、アトラライフルじゃないか。早くそのライフルを装備するがいい。
この可愛い娘さんは、Raの武器を、UHで見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」
 奴隷は、ひどく赤面した。
最終更新:2019年06月10日 20:17