―1946年2月
夜、静まり返った母港。
配備されている艦船達からは"図書館"と呼ばれる資料館がここにはあった。
日が暮れてもなおぼんやりとあかりを灯していたその施設に、入っていく者が一人、いや一隻。
配備されている艦船達からは"図書館"と呼ばれる資料館がここにはあった。
日が暮れてもなおぼんやりとあかりを灯していたその施設に、入っていく者が一人、いや一隻。
「こん、ばん、は……」
妙に現代的なブレザーを身にまとった彼女は"伊予"と命名された鹵獲戦艦だ。
戦前、のちに"周防"と名付けられる珍妙な艦とともに幻海灘付近の海域を漂流していた彼女は、日本海軍に鹵獲され、ここに居る。
「中に誰も居ま……」
「居ますが」
「ひっ!?あ、あ、或間さんお勤めご苦労さまです!」
「白々しいですよ」
或間(あるま)と呼ばれた女性は伊予を半目で睨みつける。
「全く、そんなに怯えなくても、"書庫"を散らかしさえしなければ何も言ったりしませんよ」
「あっはい、毎度スミマセン……お手数おかけしてオリマス……」
伊予には"散らかし癖"があった。そのくせ"片付け"ができない。
利用者のうちでも特にひどく、"司書"である或間には目をつけられていた。
「今度は何を調べるつもりですか。場合によっては私の付き添いが必要かもしれませんね」
「えっとぉ……幻海灘、について、です」
「海図を閲覧したいのですか?」
「あーいえ!もっと歴史とか、文化、とかそういう」
「なるほど。……どうせ退屈ですから、案内して差し上げますよ」
「それはどうも……」
「こちらです」
やや薄暗く、本を読むには不向きな室内をスタスタと歩いていく二人。
向かった先の書庫の扉の小窓からは光が漏れていた。
「あれ、誰か居るんですか?」
「そういえば、居ましたね」
がちゃり、と開けると、そこにはやはり先客が居た。
妙に現代的なブレザーを身にまとった彼女は"伊予"と命名された鹵獲戦艦だ。
戦前、のちに"周防"と名付けられる珍妙な艦とともに幻海灘付近の海域を漂流していた彼女は、日本海軍に鹵獲され、ここに居る。
「中に誰も居ま……」
「居ますが」
「ひっ!?あ、あ、或間さんお勤めご苦労さまです!」
「白々しいですよ」
或間(あるま)と呼ばれた女性は伊予を半目で睨みつける。
「全く、そんなに怯えなくても、"書庫"を散らかしさえしなければ何も言ったりしませんよ」
「あっはい、毎度スミマセン……お手数おかけしてオリマス……」
伊予には"散らかし癖"があった。そのくせ"片付け"ができない。
利用者のうちでも特にひどく、"司書"である或間には目をつけられていた。
「今度は何を調べるつもりですか。場合によっては私の付き添いが必要かもしれませんね」
「えっとぉ……幻海灘、について、です」
「海図を閲覧したいのですか?」
「あーいえ!もっと歴史とか、文化、とかそういう」
「なるほど。……どうせ退屈ですから、案内して差し上げますよ」
「それはどうも……」
「こちらです」
やや薄暗く、本を読むには不向きな室内をスタスタと歩いていく二人。
向かった先の書庫の扉の小窓からは光が漏れていた。
「あれ、誰か居るんですか?」
「そういえば、居ましたね」
がちゃり、と開けると、そこにはやはり先客が居た。
「やぁ、司書さんと、もう一人は伊予じゃないか。珍しいね」
「留萌(るもい)さん!貴艦は確か、明日……」
「そう、幻海灘へ向かう。だから予備知識を改めて、ね」
伊予が探すまでもなく、かの海域や島々の歴史を示す本が留萌の前に積まれていた。
「私もなんとなくあのあたりのことを調べたくなって来たんです」
「誤魔化さなくて良いよ。ボク達が行くから、気になったんだろう?」
「……その通りです」
「あはは。ボクも包み隠さず言えば、沖ノ鳥島に居る"水垂(みだれ)"という艦について知りたいのが本音なんだ」
「水垂?」
「ああ、向こうでボク達の任務の補助をしてくれるらしい艦なんだが、なんでもあの島で建造されたらしくってね」
「そうなんですか?」
「ああ、それも元人間で、生まれも育ちも沖ノ鳥島だそうだ。彼女のことを知るには島のことを知るのが良いと思ったんだ」
「うーん、変ではないはずなんですけど、何か引っかかるような」
「あんな本土から離れた島で建造される大型艦は稀です。というより、彼女ぐらいですよ。あの島で建造された艦は」
やはり引っかかり続ける伊予。
「……あの島に何があるんですか?本土から遠いのに、大きな拠点もあって、島生まれの艦まで居るなんて」
「そうだな。一通り読んだから、かいつまんで説明しようか」
そう言うと留萌は山の中から一冊を広げるて語り始める。
「沖ノ鳥島は200年ほど前までは漁民が少数住む集落程度しかない島だった。漁業資源は豊富だったが、それ以外は人が住むにはまるで向いていない険しい地形の島だからな」
留萌は沖ノ鳥島の古地図を広げる。離島にしては高い山、大きな川、崖、そして鬱蒼とした熱帯雨林。海岸沿いにわずかに集落が示されている。
「だが、1800年代にある出来事が起きる。山間部に迷い込んだ漁民が、光る鉱石を持ち帰ったんだ」
「光る鉱石?」
「"夢素(むそ)"結晶を多く含む鉱石だ。"ソムニウム"とも言うが……」
留萌が書籍の写真を指し示す。紫水晶のような色をした、しかし微かに発光しているようにも見える鉱石。
「ソムニウムそれそのものは世界中で発見されているが、採掘量は少なく、金に次ぐ希少元素として取引されている」
「ただ綺麗なだけじゃない、と」
「そうだ。ソムニウムを構造材に用いれば強度は増し、燃料に用いれば燃焼効率は格段に上がる。ありとあらゆる機械の強化につながる。産業革命の時期に発見された効果だ」
「燃料はちょっともったいない気もしますね」
「そうだな、だがわずかに混ぜるだけで別物になる。そして、近年では生物への効果も研究が進められているらしい。沖ノ鳥島で、そのソムニウムの大鉱脈が見つかったというわけだ」
書籍をパラパラとめくると、開拓の歴史を示す図表の載ったページが現れた。
「明治に入って沖ノ鳥島は開発が進められた。陸軍が開拓を推し進め、大正には陸軍技術本部に属する機関も置かれた。水垂もその頃に建造された艦だな」
「なるほど……ソムニウム鉱脈は日本国内には他に?」
「多少あるが、沖ノ鳥島のものが最大の規模のものだ。だからこそ、あのような一大拠点になっている」
「そして、貴艦達が防衛のために派遣されるということですね……」
「そういうこと。あそこが陥落すれば、もう日本は保つまい」
「わわ、そういうこと言っちゃって良いんですか!?」
「ここにはこの三人しか居ない。或間は別にこんなこと言ったところで怒らないだろう?」
「ええ、まあ。事実ですから」
「そうだったんですね……」
ソムニウム。機械を強化する作用。沖ノ鳥島、幻海灘……。
伊予は、この元素を知っている気がした。"元の世界"にも、"それ"はあった。そして、"それ"は、時空間異常をもたらす性質があることを知っている……。
「……知りたかったことを知ることができました」
「そうか、それはよかった。……ボクはもう少しここに居るよ」
「ありがとうございます。明日、見送りに行きますね」
「そうかい、嬉しいよ」
「留萌(るもい)さん!貴艦は確か、明日……」
「そう、幻海灘へ向かう。だから予備知識を改めて、ね」
伊予が探すまでもなく、かの海域や島々の歴史を示す本が留萌の前に積まれていた。
「私もなんとなくあのあたりのことを調べたくなって来たんです」
「誤魔化さなくて良いよ。ボク達が行くから、気になったんだろう?」
「……その通りです」
「あはは。ボクも包み隠さず言えば、沖ノ鳥島に居る"水垂(みだれ)"という艦について知りたいのが本音なんだ」
「水垂?」
「ああ、向こうでボク達の任務の補助をしてくれるらしい艦なんだが、なんでもあの島で建造されたらしくってね」
「そうなんですか?」
「ああ、それも元人間で、生まれも育ちも沖ノ鳥島だそうだ。彼女のことを知るには島のことを知るのが良いと思ったんだ」
「うーん、変ではないはずなんですけど、何か引っかかるような」
「あんな本土から離れた島で建造される大型艦は稀です。というより、彼女ぐらいですよ。あの島で建造された艦は」
やはり引っかかり続ける伊予。
「……あの島に何があるんですか?本土から遠いのに、大きな拠点もあって、島生まれの艦まで居るなんて」
「そうだな。一通り読んだから、かいつまんで説明しようか」
そう言うと留萌は山の中から一冊を広げるて語り始める。
「沖ノ鳥島は200年ほど前までは漁民が少数住む集落程度しかない島だった。漁業資源は豊富だったが、それ以外は人が住むにはまるで向いていない険しい地形の島だからな」
留萌は沖ノ鳥島の古地図を広げる。離島にしては高い山、大きな川、崖、そして鬱蒼とした熱帯雨林。海岸沿いにわずかに集落が示されている。
「だが、1800年代にある出来事が起きる。山間部に迷い込んだ漁民が、光る鉱石を持ち帰ったんだ」
「光る鉱石?」
「"夢素(むそ)"結晶を多く含む鉱石だ。"ソムニウム"とも言うが……」
留萌が書籍の写真を指し示す。紫水晶のような色をした、しかし微かに発光しているようにも見える鉱石。
「ソムニウムそれそのものは世界中で発見されているが、採掘量は少なく、金に次ぐ希少元素として取引されている」
「ただ綺麗なだけじゃない、と」
「そうだ。ソムニウムを構造材に用いれば強度は増し、燃料に用いれば燃焼効率は格段に上がる。ありとあらゆる機械の強化につながる。産業革命の時期に発見された効果だ」
「燃料はちょっともったいない気もしますね」
「そうだな、だがわずかに混ぜるだけで別物になる。そして、近年では生物への効果も研究が進められているらしい。沖ノ鳥島で、そのソムニウムの大鉱脈が見つかったというわけだ」
書籍をパラパラとめくると、開拓の歴史を示す図表の載ったページが現れた。
「明治に入って沖ノ鳥島は開発が進められた。陸軍が開拓を推し進め、大正には陸軍技術本部に属する機関も置かれた。水垂もその頃に建造された艦だな」
「なるほど……ソムニウム鉱脈は日本国内には他に?」
「多少あるが、沖ノ鳥島のものが最大の規模のものだ。だからこそ、あのような一大拠点になっている」
「そして、貴艦達が防衛のために派遣されるということですね……」
「そういうこと。あそこが陥落すれば、もう日本は保つまい」
「わわ、そういうこと言っちゃって良いんですか!?」
「ここにはこの三人しか居ない。或間は別にこんなこと言ったところで怒らないだろう?」
「ええ、まあ。事実ですから」
「そうだったんですね……」
ソムニウム。機械を強化する作用。沖ノ鳥島、幻海灘……。
伊予は、この元素を知っている気がした。"元の世界"にも、"それ"はあった。そして、"それ"は、時空間異常をもたらす性質があることを知っている……。
「……知りたかったことを知ることができました」
「そうか、それはよかった。……ボクはもう少しここに居るよ」
「ありがとうございます。明日、見送りに行きますね」
「そうかい、嬉しいよ」
「おーい、スワン子やーい」
「何ガァ。こんな夜中に迷惑ガァよ。せっかく他艦が寝かかっていたところを」
「ごめんごめん。ちょっとね、気になることがあって」
伊予は、図書館で知ったことを周防に話した。
「フゥーン、それはかなりクサいガァね」
「でしょうでしょう?だからさ、行ってきて色々調べてきてほしいの」
「貴艦が行けガァ」
「いやいや、私みたいな大型戦艦が勝手にどっか行ったら目立つでしょ。その点ガァ子ちゃんはただの白鳥」
「ふざけるなガァ」
「ウソウソ、スワン子ならアレ、使えるじゃん、へなへな装置と脱力装置。あれでいくらでも誤魔化せるよね」
「そうガァねぇ……仕方ないガァね。引き受けるガァよ。あの高飛車つるぺた女にもこの件ちゃんと伝えておいてガァよ?」
「りょーかい。それじゃ、おやすみ消灯!」
「おやすみガァ」
各艦の思惑が錯綜しながら、幻海灘への派遣前夜は更けていくのだった。
(おわり)
「何ガァ。こんな夜中に迷惑ガァよ。せっかく他艦が寝かかっていたところを」
「ごめんごめん。ちょっとね、気になることがあって」
伊予は、図書館で知ったことを周防に話した。
「フゥーン、それはかなりクサいガァね」
「でしょうでしょう?だからさ、行ってきて色々調べてきてほしいの」
「貴艦が行けガァ」
「いやいや、私みたいな大型戦艦が勝手にどっか行ったら目立つでしょ。その点ガァ子ちゃんはただの白鳥」
「ふざけるなガァ」
「ウソウソ、スワン子ならアレ、使えるじゃん、へなへな装置と脱力装置。あれでいくらでも誤魔化せるよね」
「そうガァねぇ……仕方ないガァね。引き受けるガァよ。あの高飛車つるぺた女にもこの件ちゃんと伝えておいてガァよ?」
「りょーかい。それじゃ、おやすみ消灯!」
「おやすみガァ」
各艦の思惑が錯綜しながら、幻海灘への派遣前夜は更けていくのだった。
(おわり)