―1944年夏
「ゆた姉っ!就役の目処立ったんだって?やったね!」
瓶覗色の髪の少女が私に声をかけてくる。
彼女は樹氷。私の妹。陸軍と共同で、何かの実験に参加しているらしい。
一方の私は、建艦方針の変更で艤装が途中で止まっていた。
零式魚雷を主武装とする水雷戦特化の兵装は、今や新たに調達するほど必要ではないようだ。
「随分装備内容は変わるみたいだけどね」
「そう!秋から私はドイツに行くことになって、それでドイツからもこっちにない装備が来るんだよ」
話は聞いている。24cm重高射砲という、本来は陸上に据え置くような大型の対空砲らしい。
……ひ弱な私に扱い切れるかな。少し心配。
「つまり、つまりだよ!私のおかげでゆた姉はやっと海に出れるようになるんだ、感謝してよね~!」
そう言うと樹氷は私の頭をぽんぽんする。ちょっと恥ずかしい。
「それはちょっと恩着せがましくない?」
「あははーごめんねゆた姉、でも私嬉しくって」
実際、樹氷はとても嬉しそうだ。
「私が進水する前からずっと、退屈そうに過ごしてるの見てたんだもん」
私が建造中断で待機している間中、毎日途切れることなく声をかけに来てくれたのが樹氷だ。
「ふふ……そうね」
口数も少なく、決して人当たりが良いとは言えない私に、根気よく声をかけてくれた、数少ない姉妹。
私にとって、一番大切な妹。
瓶覗色の髪の少女が私に声をかけてくる。
彼女は樹氷。私の妹。陸軍と共同で、何かの実験に参加しているらしい。
一方の私は、建艦方針の変更で艤装が途中で止まっていた。
零式魚雷を主武装とする水雷戦特化の兵装は、今や新たに調達するほど必要ではないようだ。
「随分装備内容は変わるみたいだけどね」
「そう!秋から私はドイツに行くことになって、それでドイツからもこっちにない装備が来るんだよ」
話は聞いている。24cm重高射砲という、本来は陸上に据え置くような大型の対空砲らしい。
……ひ弱な私に扱い切れるかな。少し心配。
「つまり、つまりだよ!私のおかげでゆた姉はやっと海に出れるようになるんだ、感謝してよね~!」
そう言うと樹氷は私の頭をぽんぽんする。ちょっと恥ずかしい。
「それはちょっと恩着せがましくない?」
「あははーごめんねゆた姉、でも私嬉しくって」
実際、樹氷はとても嬉しそうだ。
「私が進水する前からずっと、退屈そうに過ごしてるの見てたんだもん」
私が建造中断で待機している間中、毎日途切れることなく声をかけに来てくれたのが樹氷だ。
「ふふ……そうね」
口数も少なく、決して人当たりが良いとは言えない私に、根気よく声をかけてくれた、数少ない姉妹。
私にとって、一番大切な妹。
―1944年秋、夜。
樹氷が明日、ついに出発する。
私の艤装も重高射砲を据えるための作業が進んでいる。
樹氷自身、他の兄弟姉妹と交流する機会は少なかったからか、それとも陸軍絡みだからかはわからないけど、送別会みたいなものは無かった。
私は、樹氷と夜に出かけることにした。
「夜は雰囲気違うねぇ~虫の声も聞こえるし」
「虫の声よりうるさい声が聞こえるわ?」
「えーどこどこ?……聞こえないけど?」
「あなたの声よ、樹氷。ふふっ」
「あーっゆた姉の意地悪だーっ!」
「いいの、たくさん喋って。いっぱい聞きたい」
明日からはしばらく居ないから、声を聞くことはできなくなる。
いっぱい聞いておいて、次聞く時まで、忘れないように。
「私もゆた姉の声たくさん聞いときたいな。こんなに話してくれるようになったの、最近だもん」
嬉しい、とても嬉しい気持ちでいっぱいなのに、私にはそれを伝える語彙が見つからない。
自分に素直になりたいのに。
「そう?」
どうして。私の口からはこんな言葉しか出てこないのだろう。
「うん。嬉しい」
「私も」
こんな短い言葉でしか伝えられないの。どうして。
「ゆた姉、そろそろ歩き疲れたから休憩しよ」
「このあたりは…春にお花見したわね、二人で」
「覚えててくれたの?私が帰ってくるの遅くて、ちょっとしかできなかったよね」
覚えてる。紫色の八重桜が満開だった。樹氷は、綺麗だね、ゆた姉の髪といっしょだ、って言ってくれた。
「でも、楽しかったわ」
「よかった~あの頃はまだ全然喋ってくれなかったよね」
正直、後悔している。こんなことなら。
「でも、私は今ゆた姉の声がたくさん聞けてるからいいの」
「照れるわよ」
「おぉ~ゆた姉の照れ顔見れちゃう~?もっと照れろ照れろ~」
「やっぱりやめる」
「あぁーっいけずー」
こんなやり取りのできる時間も残り少ない。
そう思うと、つい声が詰まってしまう。もっとお話したいのに。
「あ、そうだ。ゆた姉に渡したいものがあるんだよね」
そう言うと、樹氷は青いリボンを差し出した。
「私が普通の駆逐艦として進水してからしばらく使ってたんだけどね。試験艦になってから今使ってるのに変わっちゃってさ」
私は受け取り、まじまじと見つめる。
「使う時が無いから、ゆた姉にあげる。私だと思って持っといてよ」
「本当にいいの?」
「私を思い出してもらえそうなもので、他にあげられそうなもの無いんだ」
「でもこれは……」
樹氷は普通に駆逐艦として就役する機会があった。
彼女自身、それを望んでいたという話もたくさん聞いた。
このリボンは、大切なもののはず。
「ゆた姉には、必要でしょ」
この子には敵わない。見透かされてるみたいだ。
もう何も言葉が出てこない。
「うーん……それじゃあ……」
樹氷は少し間を置いて、また話し始める。
「じゃあさ、これは私がドイツに行っている間、ゆた姉に貸してることにする。だから、私が帰ってくるときは、元気に迎えて、これをちゃーんと返してよね、ゆた姉」
「……もちろん。当たり前でしょ」
絶対に返さないといけない。
そのためには、樹氷が帰ってくるまで、帰ってくる場所を守らなければならない。
私には、その力が与えられるんだから。必ず、守ってみせる。
私の艤装も重高射砲を据えるための作業が進んでいる。
樹氷自身、他の兄弟姉妹と交流する機会は少なかったからか、それとも陸軍絡みだからかはわからないけど、送別会みたいなものは無かった。
私は、樹氷と夜に出かけることにした。
「夜は雰囲気違うねぇ~虫の声も聞こえるし」
「虫の声よりうるさい声が聞こえるわ?」
「えーどこどこ?……聞こえないけど?」
「あなたの声よ、樹氷。ふふっ」
「あーっゆた姉の意地悪だーっ!」
「いいの、たくさん喋って。いっぱい聞きたい」
明日からはしばらく居ないから、声を聞くことはできなくなる。
いっぱい聞いておいて、次聞く時まで、忘れないように。
「私もゆた姉の声たくさん聞いときたいな。こんなに話してくれるようになったの、最近だもん」
嬉しい、とても嬉しい気持ちでいっぱいなのに、私にはそれを伝える語彙が見つからない。
自分に素直になりたいのに。
「そう?」
どうして。私の口からはこんな言葉しか出てこないのだろう。
「うん。嬉しい」
「私も」
こんな短い言葉でしか伝えられないの。どうして。
「ゆた姉、そろそろ歩き疲れたから休憩しよ」
「このあたりは…春にお花見したわね、二人で」
「覚えててくれたの?私が帰ってくるの遅くて、ちょっとしかできなかったよね」
覚えてる。紫色の八重桜が満開だった。樹氷は、綺麗だね、ゆた姉の髪といっしょだ、って言ってくれた。
「でも、楽しかったわ」
「よかった~あの頃はまだ全然喋ってくれなかったよね」
正直、後悔している。こんなことなら。
「でも、私は今ゆた姉の声がたくさん聞けてるからいいの」
「照れるわよ」
「おぉ~ゆた姉の照れ顔見れちゃう~?もっと照れろ照れろ~」
「やっぱりやめる」
「あぁーっいけずー」
こんなやり取りのできる時間も残り少ない。
そう思うと、つい声が詰まってしまう。もっとお話したいのに。
「あ、そうだ。ゆた姉に渡したいものがあるんだよね」
そう言うと、樹氷は青いリボンを差し出した。
「私が普通の駆逐艦として進水してからしばらく使ってたんだけどね。試験艦になってから今使ってるのに変わっちゃってさ」
私は受け取り、まじまじと見つめる。
「使う時が無いから、ゆた姉にあげる。私だと思って持っといてよ」
「本当にいいの?」
「私を思い出してもらえそうなもので、他にあげられそうなもの無いんだ」
「でもこれは……」
樹氷は普通に駆逐艦として就役する機会があった。
彼女自身、それを望んでいたという話もたくさん聞いた。
このリボンは、大切なもののはず。
「ゆた姉には、必要でしょ」
この子には敵わない。見透かされてるみたいだ。
もう何も言葉が出てこない。
「うーん……それじゃあ……」
樹氷は少し間を置いて、また話し始める。
「じゃあさ、これは私がドイツに行っている間、ゆた姉に貸してることにする。だから、私が帰ってくるときは、元気に迎えて、これをちゃーんと返してよね、ゆた姉」
「……もちろん。当たり前でしょ」
絶対に返さないといけない。
そのためには、樹氷が帰ってくるまで、帰ってくる場所を守らなければならない。
私には、その力が与えられるんだから。必ず、守ってみせる。
―1954年 横須賀基地
今日は横須賀基地の一般公開だった。
私は、元々雨氷型駆逐艦だったことを黙って、元雨氷型駆逐艦の現役護衛艦たちの様子を見に来ている。
以前見たことのあるくす型護衛艦の子も見かけた。彼らにも私の正体は告げられていない。
試験艦だったころ、普通に出撃任務のあった子たちと会う機会はほとんどなかった。
だから、私が会いに行っても基本的にバレないのだ。
少し大人しそうなレーダーピケット艦の子、ちょっと大柄な猫耳のような装備をつけた子。
私も彼女たちの駆逐艦としての現役当時の姿は知らない。
いつかちゃんとお話したいけど、それは護衛艦として退役してからになるだろう。
何やら大きな得物を振り回してショーをしている子も居る。あの子は……リストにあったかなぁ?
そうして基地を歩き回っていると、少し遠くから声がする。
「そこの瓶覗色のお姉さん!」
周りにそんな色の髪や服の人は居ない。どうやら私が声をかけられているようだ。
駆け寄ってくる少女は……確か、護衛艦みぞれ。この子は私のずっと後の妹だ。
「どうかしましたか?」
「いきなりすみません!ちょっと、お渡ししたいものがありまして!」
そう言うと彼女はサイドテールを留めているリボンを解き、差し出してくる。
「遅くなってごめんなさい。お返ししますね」
「えっ」
思わず声が漏れる。
黒く薄汚れた青いリボン。これは……。
「それじゃ……」
彼女は再び駆けていく。私は頭が追いつかなかった。
「また来てくださいね、樹氷お姉ちゃん」
混乱のあまりよく聞き取れなかったけれど、私には確かにそう聞こえた気がした。
(おわり)
私は、元々雨氷型駆逐艦だったことを黙って、元雨氷型駆逐艦の現役護衛艦たちの様子を見に来ている。
以前見たことのあるくす型護衛艦の子も見かけた。彼らにも私の正体は告げられていない。
試験艦だったころ、普通に出撃任務のあった子たちと会う機会はほとんどなかった。
だから、私が会いに行っても基本的にバレないのだ。
少し大人しそうなレーダーピケット艦の子、ちょっと大柄な猫耳のような装備をつけた子。
私も彼女たちの駆逐艦としての現役当時の姿は知らない。
いつかちゃんとお話したいけど、それは護衛艦として退役してからになるだろう。
何やら大きな得物を振り回してショーをしている子も居る。あの子は……リストにあったかなぁ?
そうして基地を歩き回っていると、少し遠くから声がする。
「そこの瓶覗色のお姉さん!」
周りにそんな色の髪や服の人は居ない。どうやら私が声をかけられているようだ。
駆け寄ってくる少女は……確か、護衛艦みぞれ。この子は私のずっと後の妹だ。
「どうかしましたか?」
「いきなりすみません!ちょっと、お渡ししたいものがありまして!」
そう言うと彼女はサイドテールを留めているリボンを解き、差し出してくる。
「遅くなってごめんなさい。お返ししますね」
「えっ」
思わず声が漏れる。
黒く薄汚れた青いリボン。これは……。
「それじゃ……」
彼女は再び駆けていく。私は頭が追いつかなかった。
「また来てくださいね、樹氷お姉ちゃん」
混乱のあまりよく聞き取れなかったけれど、私には確かにそう聞こえた気がした。
(おわり)