―1948年8月6日
「あーあれ?おかしいな?みんな何処行ったんだ?」
俺たちは今、任務が終わって帰るところだった。
なんでも、ベル…ナントカっていう、ウスノロのでっけぇ潜水艦が内地へ艦砲射撃をしているらしく、そいつをシメるために探していた。
だが残念なことに日が暮れるまで探したが収穫はなかった。それどころか、敵艦と遭遇することさえ無かった。
だもんで、作戦を終えて帰るところだったんだが……。
「おーい!誰か居ねえのかよ!」
返事はない。隠れようにもここは海の上だ。それなのに見渡す限りの水平線。どうなってんだ?
電探や音探にも反応はない……いや、なんだこれ?なんも映ってないぞ。ついにイカれたか?
無線の呼びかけにもなーんも返事がない。いくらダイアルを回したって、何も入ってこない。
俺は諦めて全部電源を切った。畜生、こういう時に限ってよォ。帰ったら整備に文句言ってやる。
方位さえわかりゃ帰れる。そう思って羅針盤を取り出した。…のだが。
「ンだよ、これ……」
針の向きは回転を続け一定にならない。磁場の異常か?
いつまで待っても止まらず、むしろ勢いは増すばかりに思えた。
「さっきからなんだってんだよ!」
俺は羅針盤をしまい、教練過程の頃を思い出す。
そうだ、星だ、星を見れば……。
「……なーんも見えねぇ」
空を見上げればベタっと塗ったような薄紫色の空。雲さえ見当たらねえ。
「どーすんだ、これ」
俺は途方に暮れていた。
一応、帰り始めた向きへ向かって進んでいる。
しかし、方向感覚が麻痺するようなこの状況で、俺はずっとまっすぐ進んでいる自信をなくしていた。
俺たちは今、任務が終わって帰るところだった。
なんでも、ベル…ナントカっていう、ウスノロのでっけぇ潜水艦が内地へ艦砲射撃をしているらしく、そいつをシメるために探していた。
だが残念なことに日が暮れるまで探したが収穫はなかった。それどころか、敵艦と遭遇することさえ無かった。
だもんで、作戦を終えて帰るところだったんだが……。
「おーい!誰か居ねえのかよ!」
返事はない。隠れようにもここは海の上だ。それなのに見渡す限りの水平線。どうなってんだ?
電探や音探にも反応はない……いや、なんだこれ?なんも映ってないぞ。ついにイカれたか?
無線の呼びかけにもなーんも返事がない。いくらダイアルを回したって、何も入ってこない。
俺は諦めて全部電源を切った。畜生、こういう時に限ってよォ。帰ったら整備に文句言ってやる。
方位さえわかりゃ帰れる。そう思って羅針盤を取り出した。…のだが。
「ンだよ、これ……」
針の向きは回転を続け一定にならない。磁場の異常か?
いつまで待っても止まらず、むしろ勢いは増すばかりに思えた。
「さっきからなんだってんだよ!」
俺は羅針盤をしまい、教練過程の頃を思い出す。
そうだ、星だ、星を見れば……。
「……なーんも見えねぇ」
空を見上げればベタっと塗ったような薄紫色の空。雲さえ見当たらねえ。
「どーすんだ、これ」
俺は途方に暮れていた。
一応、帰り始めた向きへ向かって進んでいる。
しかし、方向感覚が麻痺するようなこの状況で、俺はずっとまっすぐ進んでいる自信をなくしていた。
ああ、俺はどれだけ進んだ?そもそも進んでるのか?あとどれくらいで帰れるのか?
何も目印になるものが視界に入ってこない。
見えるのは空と、水平線だけ……。
…いや、見えた。何かの影だ。
「おーい!」
俺は喜び勇んで増速した。
影の主が敵だったとしても構わねえ。
誰かと出会えればどうにかなるはずだ。
そう、思っていたんだが。
俺は息を呑んだ。
紫色の、長く伸びた髪をふたつ結んだ姿。
「ゆ……雨打……姉………さん……」
「あら、そんな呼び方してくる子だったかしら、毒雨」
嘘だ。雨打姉さんは、三年前の……今日に、沈んだはずだ。
「どうしたの?幽霊でも見るような顔して」
「いや、その……」
幽霊じゃなかったらなんなんだ?
しかし今見えている姉さんの姿は透けてもないし、足もちゃんとある。
「そんなに上から下まで舐めるように見なくたっていいじゃない」
声も、記憶にある姉さんの声だ。忘れられない、あの声……。
俺は意を決した。
「姉さん……本物、なのか……?」
「私はあなたの知る雨打よ、毒雨。なにかおかしなところ、ある?」
「……わかんねぇ、わかんねぇけど」
姉さんには言いたいことがあった。
「……ごめん、ごめんなさい」
俺はあの日のことをひたすら謝り倒した。
説教に言い返した事、姉さんが落とせなかった機のこと、牡丹雪を責めて殴りまくったこと……。
「もう済んだことでしょう?大丈夫、気にしないで」
そう言うと姉さんは微笑み、両腕を広げてみせた。
あぁ、姉さんだ。そうやって無自覚に、無防備なことをするやつは姉さんしか知らない……。
何も目印になるものが視界に入ってこない。
見えるのは空と、水平線だけ……。
…いや、見えた。何かの影だ。
「おーい!」
俺は喜び勇んで増速した。
影の主が敵だったとしても構わねえ。
誰かと出会えればどうにかなるはずだ。
そう、思っていたんだが。
俺は息を呑んだ。
紫色の、長く伸びた髪をふたつ結んだ姿。
「ゆ……雨打……姉………さん……」
「あら、そんな呼び方してくる子だったかしら、毒雨」
嘘だ。雨打姉さんは、三年前の……今日に、沈んだはずだ。
「どうしたの?幽霊でも見るような顔して」
「いや、その……」
幽霊じゃなかったらなんなんだ?
しかし今見えている姉さんの姿は透けてもないし、足もちゃんとある。
「そんなに上から下まで舐めるように見なくたっていいじゃない」
声も、記憶にある姉さんの声だ。忘れられない、あの声……。
俺は意を決した。
「姉さん……本物、なのか……?」
「私はあなたの知る雨打よ、毒雨。なにかおかしなところ、ある?」
「……わかんねぇ、わかんねぇけど」
姉さんには言いたいことがあった。
「……ごめん、ごめんなさい」
俺はあの日のことをひたすら謝り倒した。
説教に言い返した事、姉さんが落とせなかった機のこと、牡丹雪を責めて殴りまくったこと……。
「もう済んだことでしょう?大丈夫、気にしないで」
そう言うと姉さんは微笑み、両腕を広げてみせた。
あぁ、姉さんだ。そうやって無自覚に、無防備なことをするやつは姉さんしか知らない……。
俺はふらふらと吸い込まれるように姉さんのもとへと近寄った。
姉さんに赦されたんだ。
気付けば俺は姉さんの胸元に飛び込んでいた。
構いやしねえ、どうせ誰も見てないんだ。
「きっと、大変だったのでしょうね」
姉さんは俺の頭を撫でてくる。
昔だったらとっくに逃げているが、俺は身を委ねてしまっていた。
「姉さん……姉さん……」
三年間、忘れようとしていたし、忘れていたつもりだった。
けど、どうもそうじゃなかったらしい。
「あなたはあれから正直になれたのかしら?」
「いいや……でも、今ここで、正直になってる……」
「そう。なら、それでいいのよ」
俺はたくさん嘘をついてきた。生きるため、楽しむため、その場を逃れるため……。
姉さんが居た頃だって姉さんにたくさん嘘をついた。
姉さんへの嫌がらせ、イジってるんだと言い張っていた色々なこと。
違う。本当は、甘えたかったんだ。じゃれてたかったんだ。
嘘ばかりついて他の兄弟から白い目で見られていた中で、姉さんの俺への接し方は違っていた。
姉さんにはわかってたんだ。それなのに、それなのに。
「ごめん……」
「心の整理はついた?」
「うん……でも、もう少ししばらくだけこうさせといてくれよ……」
「もう、仕方のない子……」
あったかくて、気持ちいい。姉さんの、温もり……。
空が暗くなってくる。星が綺麗だ。
……星?星が突然見えてくるなんておかしい。
俺ははっと立ち上がろうとしたが、下半身に力が入らない。
下に目をやると、俺は半分が紫色のブヨブヨした何かに包み込まれていた。中にあるはずの足の方が見えない。
「おやおや、気づいちゃった?」
聞いたことのない形容し難い声。見上げると、そこには姉さんの姿はなく、ぎょろりとした目が片方だけ見えるデカい女が居た。
「そのまま気づかなければ幸せなまま眠れたのにねェ」
女は俺を抱き締め続けている。今までのはコイツが見せていた幻覚だったとでも言うのか?
「さぁ、もうオ眠り。お姉様とお幸せにネ」
声を上げようとした瞬間、視界が濁った紫色に包まれ、俺の意識はそこで途切れた。
姉さんに赦されたんだ。
気付けば俺は姉さんの胸元に飛び込んでいた。
構いやしねえ、どうせ誰も見てないんだ。
「きっと、大変だったのでしょうね」
姉さんは俺の頭を撫でてくる。
昔だったらとっくに逃げているが、俺は身を委ねてしまっていた。
「姉さん……姉さん……」
三年間、忘れようとしていたし、忘れていたつもりだった。
けど、どうもそうじゃなかったらしい。
「あなたはあれから正直になれたのかしら?」
「いいや……でも、今ここで、正直になってる……」
「そう。なら、それでいいのよ」
俺はたくさん嘘をついてきた。生きるため、楽しむため、その場を逃れるため……。
姉さんが居た頃だって姉さんにたくさん嘘をついた。
姉さんへの嫌がらせ、イジってるんだと言い張っていた色々なこと。
違う。本当は、甘えたかったんだ。じゃれてたかったんだ。
嘘ばかりついて他の兄弟から白い目で見られていた中で、姉さんの俺への接し方は違っていた。
姉さんにはわかってたんだ。それなのに、それなのに。
「ごめん……」
「心の整理はついた?」
「うん……でも、もう少ししばらくだけこうさせといてくれよ……」
「もう、仕方のない子……」
あったかくて、気持ちいい。姉さんの、温もり……。
空が暗くなってくる。星が綺麗だ。
……星?星が突然見えてくるなんておかしい。
俺ははっと立ち上がろうとしたが、下半身に力が入らない。
下に目をやると、俺は半分が紫色のブヨブヨした何かに包み込まれていた。中にあるはずの足の方が見えない。
「おやおや、気づいちゃった?」
聞いたことのない形容し難い声。見上げると、そこには姉さんの姿はなく、ぎょろりとした目が片方だけ見えるデカい女が居た。
「そのまま気づかなければ幸せなまま眠れたのにねェ」
女は俺を抱き締め続けている。今までのはコイツが見せていた幻覚だったとでも言うのか?
「さぁ、もうオ眠り。お姉様とお幸せにネ」
声を上げようとした瞬間、視界が濁った紫色に包まれ、俺の意識はそこで途切れた。
1948年8月6日 駆逐艦毒雨 失踪
同 9月2日 亡失認定
(おわり)
同 9月2日 亡失認定
(おわり)