―1948年、初冬、日本海軍拠点。
岸壁に腰掛け、夕陽を眺める非常に大柄な女性。
彼女は駿河。金田中佐という人物の発案した、空前絶後の50万トン戦艦だ。
しかし、その巨躯は一度動かすと大量の重油を消費し、また多数ある砲塔も使用後の整備には大変な労力が必要とされた。
巨大なひとつの戦艦で国を守れば良い。この突飛なアイデアを実現してみた代償は、あまりにも大きかった。
実際には、複数の通常型戦艦を分散させたほうが、余程効率的だったのだ。彼女の存在は、日本海軍にとって高い勉強料となった。
さりとて、コストをかけて作った戦艦であり、解体も非常にコストがかかることが試算でわかっていた。
生かそうにも殺そうにも困る駿河は、海軍のお荷物と化していたのだ。
とりあえず、動かさないでおこう。それが、海軍の答えだった。
就役以来ずっとそんな扱いであった。先の大戦でも、そして、今次大戦でも出撃の機会は無い。
彼女はすっかり不貞腐れてしまっていた。
そんな彼女に、声をかける者が居た。
「よぉ!そこに居るのは駿河だろ!なぁ!」
駿河は返事をすることはなかったが、声の主は構わず近付いてくる。
「へへ、大先輩になんて口の効き方だって思ってるかもしれねーけど、悪いがアタイは柄にないことは出来ねえんだ、すまねーな」
彼女は因幡。大和型戦艦と同期であったが、艤装の不調によりやはり出撃する機会に恵まれないでいる戦艦だ。
「はぁー、綺麗だな。アタイたち二人しか見てないなんて勿体ねえよ」
やはり駿河は返事をしないが、因幡は声をかけ続ける。
「な、駿河。アンタ毎日ずーっとここでこうしてるよな。戦うために作られて、戦いに出られないんじゃーな」
駿河はゆっくりと頷く。
「アタイも気持ちは痛いほどわかるぜ!アタイだって調子さえ良けりゃ、大和型の連中だって、近江のジジイだって凌駕できるかもしんねーのによ!」
近江、という単語に駿河はピクッと反応し、因幡を睨む。
「おっ、やっとこっち向いてくれたな。ああ、わりぃ、近江のおっさんはアタイだって尊敬してる。アンタの気を引きたくて言ってみただけさ」
駿河の視点は再び夕陽を見つめる。
「そうだよな、アンタは進水前から近江のおっさんに世話になってたんだよな」
駿河はまた、コクコクと頷く。
「近江のおっさんもだし、金剛型、扶桑型、伊勢型、赤城加賀、長門型に三輪の師匠、狐久里丸に下総に…アンタはいろんなヤツと一緒に過ごしてきたんだと思う」
因幡もまた夕陽を見つめ、少し伸びをする。
「同じ艦船には世話されたり、慕われたり、人並みの愛情を受けてこられたはずだ。だけどよ」
因幡は大きくため息をついた。
「だけどよ、軍の連中はアンタに冷た過ぎだ。アタイの何倍も長い時間、戦いに出さずに居るんだろ」
駿河は目を閉じる。ここで過ごした長い時間を思い出した。
「アタイの勝手な妄想だけどよ、もうじきこの戦争も終いが近いと思うんだ」
海軍では『断号作戦』なる、連合軍艦隊へ仕掛ける規模の大きな艦隊決戦の準備が進んでいた。
そんなことをするのは、終わりが近いからに他ならない。
「それでも、軍の連中はアンタを動かそうって気は無いだろうな……残念なこったけど」
駿河は因幡の言葉を黙って聞き続けていた。
「たぶんアタイも出れないまま終わっちまうんだろうな。その後、この国はどうなっちまうんだか」
終戦後の日本。連合軍がどのように日本を統治するというのだろう。二人には全く想像がつかなかった。
「ま、アタイはいいよ。アタイは白兎神だ。戦艦じゃなくなったとしても帰る場所はある」
そう言うと、因幡は駿河の手に自らの手を重ねた。
「だがアンタは違う。ただ純粋に戦いのために生み出されたのに、その役割を全うできないでいる。このまま終わっちゃいけねえよ」
そのまま手を握る因幡。駿河は戸惑いを覚えていた。
「実はな、アンタを一度海へ出すのに充分なだけの資材を、工廠の使われてない区画にこっそり集めてあるんだ。随分時間がかかったが……」
駿河は驚く表情を見せる。滅多にこんな表情はしない。
「ソイツで、アンタはこの国がどうにかなっちまってから……いや、その前でだって構わない。好きなとこへ行って、好きなことやりな」
因幡はそっと手を放した。
「それがアタイの願いだ。伝えたからな。それだけさ、じゃーな」
駿河の元を離れる因幡。駿河は、離れゆく彼女を何も言わず見守っていた。
彼女は駿河。金田中佐という人物の発案した、空前絶後の50万トン戦艦だ。
しかし、その巨躯は一度動かすと大量の重油を消費し、また多数ある砲塔も使用後の整備には大変な労力が必要とされた。
巨大なひとつの戦艦で国を守れば良い。この突飛なアイデアを実現してみた代償は、あまりにも大きかった。
実際には、複数の通常型戦艦を分散させたほうが、余程効率的だったのだ。彼女の存在は、日本海軍にとって高い勉強料となった。
さりとて、コストをかけて作った戦艦であり、解体も非常にコストがかかることが試算でわかっていた。
生かそうにも殺そうにも困る駿河は、海軍のお荷物と化していたのだ。
とりあえず、動かさないでおこう。それが、海軍の答えだった。
就役以来ずっとそんな扱いであった。先の大戦でも、そして、今次大戦でも出撃の機会は無い。
彼女はすっかり不貞腐れてしまっていた。
そんな彼女に、声をかける者が居た。
「よぉ!そこに居るのは駿河だろ!なぁ!」
駿河は返事をすることはなかったが、声の主は構わず近付いてくる。
「へへ、大先輩になんて口の効き方だって思ってるかもしれねーけど、悪いがアタイは柄にないことは出来ねえんだ、すまねーな」
彼女は因幡。大和型戦艦と同期であったが、艤装の不調によりやはり出撃する機会に恵まれないでいる戦艦だ。
「はぁー、綺麗だな。アタイたち二人しか見てないなんて勿体ねえよ」
やはり駿河は返事をしないが、因幡は声をかけ続ける。
「な、駿河。アンタ毎日ずーっとここでこうしてるよな。戦うために作られて、戦いに出られないんじゃーな」
駿河はゆっくりと頷く。
「アタイも気持ちは痛いほどわかるぜ!アタイだって調子さえ良けりゃ、大和型の連中だって、近江のジジイだって凌駕できるかもしんねーのによ!」
近江、という単語に駿河はピクッと反応し、因幡を睨む。
「おっ、やっとこっち向いてくれたな。ああ、わりぃ、近江のおっさんはアタイだって尊敬してる。アンタの気を引きたくて言ってみただけさ」
駿河の視点は再び夕陽を見つめる。
「そうだよな、アンタは進水前から近江のおっさんに世話になってたんだよな」
駿河はまた、コクコクと頷く。
「近江のおっさんもだし、金剛型、扶桑型、伊勢型、赤城加賀、長門型に三輪の師匠、狐久里丸に下総に…アンタはいろんなヤツと一緒に過ごしてきたんだと思う」
因幡もまた夕陽を見つめ、少し伸びをする。
「同じ艦船には世話されたり、慕われたり、人並みの愛情を受けてこられたはずだ。だけどよ」
因幡は大きくため息をついた。
「だけどよ、軍の連中はアンタに冷た過ぎだ。アタイの何倍も長い時間、戦いに出さずに居るんだろ」
駿河は目を閉じる。ここで過ごした長い時間を思い出した。
「アタイの勝手な妄想だけどよ、もうじきこの戦争も終いが近いと思うんだ」
海軍では『断号作戦』なる、連合軍艦隊へ仕掛ける規模の大きな艦隊決戦の準備が進んでいた。
そんなことをするのは、終わりが近いからに他ならない。
「それでも、軍の連中はアンタを動かそうって気は無いだろうな……残念なこったけど」
駿河は因幡の言葉を黙って聞き続けていた。
「たぶんアタイも出れないまま終わっちまうんだろうな。その後、この国はどうなっちまうんだか」
終戦後の日本。連合軍がどのように日本を統治するというのだろう。二人には全く想像がつかなかった。
「ま、アタイはいいよ。アタイは白兎神だ。戦艦じゃなくなったとしても帰る場所はある」
そう言うと、因幡は駿河の手に自らの手を重ねた。
「だがアンタは違う。ただ純粋に戦いのために生み出されたのに、その役割を全うできないでいる。このまま終わっちゃいけねえよ」
そのまま手を握る因幡。駿河は戸惑いを覚えていた。
「実はな、アンタを一度海へ出すのに充分なだけの資材を、工廠の使われてない区画にこっそり集めてあるんだ。随分時間がかかったが……」
駿河は驚く表情を見せる。滅多にこんな表情はしない。
「ソイツで、アンタはこの国がどうにかなっちまってから……いや、その前でだって構わない。好きなとこへ行って、好きなことやりな」
因幡はそっと手を放した。
「それがアタイの願いだ。伝えたからな。それだけさ、じゃーな」
駿河の元を離れる因幡。駿河は、離れゆく彼女を何も言わず見守っていた。
このしばらくのち、駿河は基地を抜け出し、英艦隊と遭遇することになる。
これを英艦隊は日本海軍の攻撃とみなし、近隣に展開していた氷山空母ウリエルに対応させ、駿河と激しい戦いを繰り広げることとなった。
だがしかし、それはまた別の話だ。
(おわり)
これを英艦隊は日本海軍の攻撃とみなし、近隣に展開していた氷山空母ウリエルに対応させ、駿河と激しい戦いを繰り広げることとなった。
だがしかし、それはまた別の話だ。
(おわり)