―1943年のある日。
「気に食わないガァね」
あひる戦艦の周防は、同僚の伊予と共に戦艦寮の屋上から運動場を眺めていた。
視線の先に居たのは、雨竜型軽巡のネームシップ、雨竜。
雨氷型駆逐艦たちと何やらトレーニングをしているようだが、彼は先程から隅っこに座り込んでいた。
水雷戦隊旗艦として建造された彼だったが、どうにも統率力に欠けているのだ。
今だって、トレーニングの指示をしようとしていたが、手際が良くなかったため上手く行かず、実質自主トレ状態なのだ。
そして、彼は塞ぎ込んでいるのである。
「私の見ているトコロで不愉快な振る舞いは許されないガァよ」
そう言うと周防は屋上から飛び降り、両翼を広げふわっと着地する。
そして彼女はそのままズンズンと雨竜のもとへ歩いていく。
「えっ、うわっ、周防…さん!?なんなんですか!?」
雨竜は周防に気付くが周防は何も答えないし、止まる気配もない。
思わず周防に向かって両手を前に突き出してしまうが、段々と雨竜の意識は朦朧としてくる。
「あれ……僕………ここで…………何……を………?」
雨竜の目は虚ろになり、身体がふらついてくる。
倒れそうになったところを周防はキャッチし、雨竜は周防のフワフワの羽毛に包まれた。
「おーい伊予っぺ。あの駆逐艦共の面倒を代わりに見てほしいガァよ」
「はいはーい。今から降りますから、先にその子運んどいてください」
周防は雨竜を担ぎ、寮の敷地内にある庵に連れて行く。
庵には実質住み込んでる者が居た。
「狐女ー、また連れてきたガァよー」
「名前で呼べ名前で」
「めんどくさいガァ」
「ハァ~これだから白鳥女は……」
狐女と呼ばれたのは第九狐久里丸。通称こっくりさんなのだが、周防は狐女と呼んでいた。
こっくりさんは縁側で茶を飲んでいた。
周防は雨竜の頭をこっくりさんの膝の上に乗せ、縁側に寝かせる。
「じゃ、頼むガァよ」
周防はこっくりさんに羽根を振り、どこかへ行ってしまった。
あひる戦艦の周防は、同僚の伊予と共に戦艦寮の屋上から運動場を眺めていた。
視線の先に居たのは、雨竜型軽巡のネームシップ、雨竜。
雨氷型駆逐艦たちと何やらトレーニングをしているようだが、彼は先程から隅っこに座り込んでいた。
水雷戦隊旗艦として建造された彼だったが、どうにも統率力に欠けているのだ。
今だって、トレーニングの指示をしようとしていたが、手際が良くなかったため上手く行かず、実質自主トレ状態なのだ。
そして、彼は塞ぎ込んでいるのである。
「私の見ているトコロで不愉快な振る舞いは許されないガァよ」
そう言うと周防は屋上から飛び降り、両翼を広げふわっと着地する。
そして彼女はそのままズンズンと雨竜のもとへ歩いていく。
「えっ、うわっ、周防…さん!?なんなんですか!?」
雨竜は周防に気付くが周防は何も答えないし、止まる気配もない。
思わず周防に向かって両手を前に突き出してしまうが、段々と雨竜の意識は朦朧としてくる。
「あれ……僕………ここで…………何……を………?」
雨竜の目は虚ろになり、身体がふらついてくる。
倒れそうになったところを周防はキャッチし、雨竜は周防のフワフワの羽毛に包まれた。
「おーい伊予っぺ。あの駆逐艦共の面倒を代わりに見てほしいガァよ」
「はいはーい。今から降りますから、先にその子運んどいてください」
周防は雨竜を担ぎ、寮の敷地内にある庵に連れて行く。
庵には実質住み込んでる者が居た。
「狐女ー、また連れてきたガァよー」
「名前で呼べ名前で」
「めんどくさいガァ」
「ハァ~これだから白鳥女は……」
狐女と呼ばれたのは第九狐久里丸。通称こっくりさんなのだが、周防は狐女と呼んでいた。
こっくりさんは縁側で茶を飲んでいた。
周防は雨竜の頭をこっくりさんの膝の上に乗せ、縁側に寝かせる。
「じゃ、頼むガァよ」
周防はこっくりさんに羽根を振り、どこかへ行ってしまった。
「あやつも妙な情緒をしておるのう、全く」
雨竜が配属されて以来、何度かこういうことがあった。
気に入らないと言って眠った雨竜を連れてきて、放って帰る。
他の誰かのところではなく、必ずこっくりさんのところへ連れてきたのだ。
「う……あ、こっくりさん……僕、また……」
雨竜が起き、少し身体を起こした。
「何も言わなくても良いのじゃよ。わかっておる、わかっておる。横になっておれ」
こっくりさんが促すと、雨竜は再びこっくりさんの膝に頭を乗せた。
こっくりさんは髪を短く切りそろえていて一見中性的だが、しかししっかり女性型の艦だ。
雨竜にとって膝は柔らかく感じられたし、顔を見ようとすると胸も見上げる形となり、少し気恥ずかしさがあった。
そんな彼を、こっくりさんは子をあやす母親のように撫でる。
「貴様はようやっとるよ。あのやんちゃな雨氷型共をどうにかまとめようと頑張っておる」
「でも……」
「ええんじゃよ。結果がいつでもついてくるなんて思わないことじゃ。そんなこと考えておったら気疲れしてしまうぞ」
「周防さんは……」
「あやつか、あやつのことはよくわからんがの。それでもいつもわしのところへ貴様を連れてくるのはあやつじゃ。何か考えがあるのじゃろう」
「うーん……」
「悪く思うては無いはずじゃ。そうでなければ、きっと貴様はあの羽根でしばかれておる」
「そう……ですかね……」
「そうじゃそうじゃ。わしもいっぺんやられた」
「えっ」
「あぁ、今のは聞かなかったことにしてくれんかの。そうじゃ、みんな忘れて今はゆっくり過ごそうぞ?」
「雨氷型の監督は……」
「周防のことじゃ、きっともう他の者に任せておるじゃろう。伊予とかの」
「そうですか………」
雨竜は空を見上げる。
「もう今日は……何もしたくないかもしれない」
「なんもしとーないときはなんもせんくてええんじゃよ。わしもそうしとるけぇのう、ほっほ……」
「でも僕らは戦闘艦です……しないといけないことはいつでもやってきます」
「そうじゃよ。いつでも、いつかやってくる。だが今じゃないのじゃ。今くらいなんもせんくてよかろうよ」
「そういう……ものですかね……」
「貴様もいつかわかる日が来るじゃろうよ、10年後か、20年後か……」
「僕はまだ就役して1年も経っていません。そんな先のことはとても想像できません」
「想像する必要などありゃしないのじゃよ。直面してそのとき初めてわかるのじゃ」
「年長艦の言うことはよくわかりませんね……」
「ええんじゃええんじゃ、聞き流しておくれ。今貴様がすべきことは何もしないことだけじゃからの」
「何もしないをする、ですか……」
「んむ。わしは茶を啜る」
「こぼさないでくださいよ。僕の顔にかかります」
「失敬な、そんなドジはわしはやらかさん」
「はは、冗談です……」
ゆったりとした時間が、この二人の間に流れていた。
(おわり)
雨竜が配属されて以来、何度かこういうことがあった。
気に入らないと言って眠った雨竜を連れてきて、放って帰る。
他の誰かのところではなく、必ずこっくりさんのところへ連れてきたのだ。
「う……あ、こっくりさん……僕、また……」
雨竜が起き、少し身体を起こした。
「何も言わなくても良いのじゃよ。わかっておる、わかっておる。横になっておれ」
こっくりさんが促すと、雨竜は再びこっくりさんの膝に頭を乗せた。
こっくりさんは髪を短く切りそろえていて一見中性的だが、しかししっかり女性型の艦だ。
雨竜にとって膝は柔らかく感じられたし、顔を見ようとすると胸も見上げる形となり、少し気恥ずかしさがあった。
そんな彼を、こっくりさんは子をあやす母親のように撫でる。
「貴様はようやっとるよ。あのやんちゃな雨氷型共をどうにかまとめようと頑張っておる」
「でも……」
「ええんじゃよ。結果がいつでもついてくるなんて思わないことじゃ。そんなこと考えておったら気疲れしてしまうぞ」
「周防さんは……」
「あやつか、あやつのことはよくわからんがの。それでもいつもわしのところへ貴様を連れてくるのはあやつじゃ。何か考えがあるのじゃろう」
「うーん……」
「悪く思うては無いはずじゃ。そうでなければ、きっと貴様はあの羽根でしばかれておる」
「そう……ですかね……」
「そうじゃそうじゃ。わしもいっぺんやられた」
「えっ」
「あぁ、今のは聞かなかったことにしてくれんかの。そうじゃ、みんな忘れて今はゆっくり過ごそうぞ?」
「雨氷型の監督は……」
「周防のことじゃ、きっともう他の者に任せておるじゃろう。伊予とかの」
「そうですか………」
雨竜は空を見上げる。
「もう今日は……何もしたくないかもしれない」
「なんもしとーないときはなんもせんくてええんじゃよ。わしもそうしとるけぇのう、ほっほ……」
「でも僕らは戦闘艦です……しないといけないことはいつでもやってきます」
「そうじゃよ。いつでも、いつかやってくる。だが今じゃないのじゃ。今くらいなんもせんくてよかろうよ」
「そういう……ものですかね……」
「貴様もいつかわかる日が来るじゃろうよ、10年後か、20年後か……」
「僕はまだ就役して1年も経っていません。そんな先のことはとても想像できません」
「想像する必要などありゃしないのじゃよ。直面してそのとき初めてわかるのじゃ」
「年長艦の言うことはよくわかりませんね……」
「ええんじゃええんじゃ、聞き流しておくれ。今貴様がすべきことは何もしないことだけじゃからの」
「何もしないをする、ですか……」
「んむ。わしは茶を啜る」
「こぼさないでくださいよ。僕の顔にかかります」
「失敬な、そんなドジはわしはやらかさん」
「はは、冗談です……」
ゆったりとした時間が、この二人の間に流れていた。
(おわり)