―1953年 横浜
私たちは本当ならここに居ないはずの存在。私は、8年前の夏に、あの子は5年前の夏に、この世から居なくなってしまった。
戦没艦。だけれど、色々あってまたこの世界に生み出され、こうして生きている。
終戦後、英国政府も日本政府も対応にこまねいていた。居ないはずのものが居るのだから。
結局、両政府の諜報機関の協力によって、居ないはずの人間としての戸籍を与えられ、私たちは日本へ"帰って"きた。
いつの間にやら"保安庁広報課"の人間になっていた後野さんには大変な迷惑をかけてしまった。
彼女からは、兄弟姉妹にわざわざ会いに行くような真似はやめてほしいと釘を差されている。
もちろん、私たちは居ないはずだからだ。もし知られようものなら、大騒ぎになる。
私達自身、お互いが一緒に過ごせればそれ以上は望まないと思っていた。
……思っていた、のだけど。世の中そうは、上手く行かないみたいだ。
戦没艦。だけれど、色々あってまたこの世界に生み出され、こうして生きている。
終戦後、英国政府も日本政府も対応にこまねいていた。居ないはずのものが居るのだから。
結局、両政府の諜報機関の協力によって、居ないはずの人間としての戸籍を与えられ、私たちは日本へ"帰って"きた。
いつの間にやら"保安庁広報課"の人間になっていた後野さんには大変な迷惑をかけてしまった。
彼女からは、兄弟姉妹にわざわざ会いに行くような真似はやめてほしいと釘を差されている。
もちろん、私たちは居ないはずだからだ。もし知られようものなら、大騒ぎになる。
私達自身、お互いが一緒に過ごせればそれ以上は望まないと思っていた。
……思っていた、のだけど。世の中そうは、上手く行かないみたいだ。
私たちは後野さんの紹介で、横浜中華街の中華飯店"麒麟"というお店で働き、生活費を稼ぐことになった。
このお店のオーナーは、中華民国海軍戦艦だったイェンチュイという女性だった。
軍から失踪した後、中国の国共内戦で何か言えないようなことをしていて、それが終わったからこうして趣味の店を開いているそうだ。
相当滅茶苦茶なことをしてそうだけど、後野さんには詳しいことを聞くことはできなかったし、本人に訊いて機嫌を損ねるのも恐ろしいので気にしないことにしている。
数日間仕事を仕込んでもらったけど、ちょっと口調が荒くて短気なのを気にしなければ信頼はできそうな人だと思う。
このお店のオーナーは、中華民国海軍戦艦だったイェンチュイという女性だった。
軍から失踪した後、中国の国共内戦で何か言えないようなことをしていて、それが終わったからこうして趣味の店を開いているそうだ。
相当滅茶苦茶なことをしてそうだけど、後野さんには詳しいことを聞くことはできなかったし、本人に訊いて機嫌を損ねるのも恐ろしいので気にしないことにしている。
数日間仕事を仕込んでもらったけど、ちょっと口調が荒くて短気なのを気にしなければ信頼はできそうな人だと思う。
ある日の朝。私たちはイェンチュイと一緒に開店準備をしていた。
すると、裏口から来客があった。
私は対応するために裏口の扉を開けると、そこには背の高い、色白で長い黒髪の少女が微笑んで立っていた。
「あーえっと……おはようございます、何か御用ですか?」
私は声をかけるが、少女は返事をしないし、表情も変わらない。代わりに、彼女の足元に置いてある、何か重たげな木箱を指差す。
「えっと……?」
私が対応に困っていると、店の奥から声が近付いてくる。
「姉さん、どうかしたの………うぇっ!?」
声の主は毒雨だった。そして、何か妙に驚いている。
「どうしたのよ?」
「いや……ソイツは……」
「この子は?」
「臘雪(ろうせつ)…だよ」
「うん?」
「……あぁ、姉さんは知らないのか。雨氷型の、59番艦の、臘雪なんだ」
「へぇ~この子が……は?」
唐突な姉妹艦の来訪に私たちは慌ててしまう。どうしよう。
いや、でも、大丈夫なはずだ。私の事を彼女は知らないはずだし、毒雨は当時と違って女の子なのだ。
そんなやりとりをしていると、目の前の少女……臘雪は、メモ帳を取り出し何かを書きはじめる。
書き終わると、丸く可愛らしい文字で"毒雨"と書かれたメモをこちらに見せ、もう片方の手は毒雨を指差し、首を傾げている。
……完全にバレている。
「察しの良い妹は困るねェ」
「女の子だからセーフと思ったのは慢心だったわね」
「まぁ姉さんにも一発でバレたし……きゃっ!?」
いつの間にか臘雪は毒雨の後ろに立っており、毒雨を嬉しそうにハグする。
「あーあーうんうんそうだな久しぶりだな……あの日はお前も一緒に出撃してたんだっけ………お前そんなんだったっけ……?」
「あなたには言われたくないんじゃない?」
「それもそっかー」
気が済んだのかハグをやめた臘雪は私を指差し首を傾げている。
「そうね、自己紹介がまだだったわね。私は雨打。雨氷型の26番艦……だったわ。初めまして」
言い終えると、臘雪は私に向かって深々とお辞儀をする。
「えっとね。私たちがここでこうしていることは……」
言い終えないうちに、臘雪は口に指を立てるジェスチャーをしながら首を傾げる。
「そう、ね。それでお願い。……随分出来の良い妹じゃない?」
「まぁ、そう、だな……」
臘雪は嬉しそうにニコニコしている。
「おいィ、開店前だっつーのになんだか騒がしいじゃねえか、どうしたんだ?」
オーナーだ。
「なんだ魚屋のネーちゃんじゃねえか、オッス。売りに来たのか?」
「魚屋?」
「そうだぞ?アタシは前にコイツが港で魚を釣ってるのを見かけて取引を始めたんだ。その魚をウチで使わせてくれってな」
「へぇーそうなんすね」
「お前ら随分仲良さそうだが何だ?知り合いなのか?」
「彼女は臘雪、私たちの姉妹艦なの。尤も、私は初めて会ったんだけど……」
「はーん、ソイツは奇妙な縁もあったもんだな。ってかローセツって名前なんだな、初めて知ったぜ!」
相変わらず臘雪はニコニコしているが、思い出したように木箱を運び入れてきて、開けてオーナーに見せる。中には氷と新鮮な魚が詰まっていた。
「おうおう上等じゃねえか。お代持ってくるから待ってろよ」
一度カウンターに潜り、再び戻ってきたオーナーは臘雪に小袋を渡す。臘雪は受け取るとニコッと笑い、オーナーに軽く会釈をする。
「ウチの魚料理は評判がいいんだぜ?ローセツサマサマよ。もちろんアタシの腕あってこそだけどな!ギャハハ!」
オーナーのちょっと下品な笑いが炸裂する。
「そういやお前らはまだアタシの魚料理食ったこと無かったっけな?良い機会だからアタシの腕前にひれ伏せよ。二度と立ち上がれなくしてやるぜ」
「マジで?やった!」
「二人は待ってる間に開店準備進めとけ!ローセツは今から客人だ、客席で待ってろ」
「はいはーい」
中華飯店"麒麟"の朝はまだ、始まったばかりだ。
(おわり)
すると、裏口から来客があった。
私は対応するために裏口の扉を開けると、そこには背の高い、色白で長い黒髪の少女が微笑んで立っていた。
「あーえっと……おはようございます、何か御用ですか?」
私は声をかけるが、少女は返事をしないし、表情も変わらない。代わりに、彼女の足元に置いてある、何か重たげな木箱を指差す。
「えっと……?」
私が対応に困っていると、店の奥から声が近付いてくる。
「姉さん、どうかしたの………うぇっ!?」
声の主は毒雨だった。そして、何か妙に驚いている。
「どうしたのよ?」
「いや……ソイツは……」
「この子は?」
「臘雪(ろうせつ)…だよ」
「うん?」
「……あぁ、姉さんは知らないのか。雨氷型の、59番艦の、臘雪なんだ」
「へぇ~この子が……は?」
唐突な姉妹艦の来訪に私たちは慌ててしまう。どうしよう。
いや、でも、大丈夫なはずだ。私の事を彼女は知らないはずだし、毒雨は当時と違って女の子なのだ。
そんなやりとりをしていると、目の前の少女……臘雪は、メモ帳を取り出し何かを書きはじめる。
書き終わると、丸く可愛らしい文字で"毒雨"と書かれたメモをこちらに見せ、もう片方の手は毒雨を指差し、首を傾げている。
……完全にバレている。
「察しの良い妹は困るねェ」
「女の子だからセーフと思ったのは慢心だったわね」
「まぁ姉さんにも一発でバレたし……きゃっ!?」
いつの間にか臘雪は毒雨の後ろに立っており、毒雨を嬉しそうにハグする。
「あーあーうんうんそうだな久しぶりだな……あの日はお前も一緒に出撃してたんだっけ………お前そんなんだったっけ……?」
「あなたには言われたくないんじゃない?」
「それもそっかー」
気が済んだのかハグをやめた臘雪は私を指差し首を傾げている。
「そうね、自己紹介がまだだったわね。私は雨打。雨氷型の26番艦……だったわ。初めまして」
言い終えると、臘雪は私に向かって深々とお辞儀をする。
「えっとね。私たちがここでこうしていることは……」
言い終えないうちに、臘雪は口に指を立てるジェスチャーをしながら首を傾げる。
「そう、ね。それでお願い。……随分出来の良い妹じゃない?」
「まぁ、そう、だな……」
臘雪は嬉しそうにニコニコしている。
「おいィ、開店前だっつーのになんだか騒がしいじゃねえか、どうしたんだ?」
オーナーだ。
「なんだ魚屋のネーちゃんじゃねえか、オッス。売りに来たのか?」
「魚屋?」
「そうだぞ?アタシは前にコイツが港で魚を釣ってるのを見かけて取引を始めたんだ。その魚をウチで使わせてくれってな」
「へぇーそうなんすね」
「お前ら随分仲良さそうだが何だ?知り合いなのか?」
「彼女は臘雪、私たちの姉妹艦なの。尤も、私は初めて会ったんだけど……」
「はーん、ソイツは奇妙な縁もあったもんだな。ってかローセツって名前なんだな、初めて知ったぜ!」
相変わらず臘雪はニコニコしているが、思い出したように木箱を運び入れてきて、開けてオーナーに見せる。中には氷と新鮮な魚が詰まっていた。
「おうおう上等じゃねえか。お代持ってくるから待ってろよ」
一度カウンターに潜り、再び戻ってきたオーナーは臘雪に小袋を渡す。臘雪は受け取るとニコッと笑い、オーナーに軽く会釈をする。
「ウチの魚料理は評判がいいんだぜ?ローセツサマサマよ。もちろんアタシの腕あってこそだけどな!ギャハハ!」
オーナーのちょっと下品な笑いが炸裂する。
「そういやお前らはまだアタシの魚料理食ったこと無かったっけな?良い機会だからアタシの腕前にひれ伏せよ。二度と立ち上がれなくしてやるぜ」
「マジで?やった!」
「二人は待ってる間に開店準備進めとけ!ローセツは今から客人だ、客席で待ってろ」
「はいはーい」
中華飯店"麒麟"の朝はまだ、始まったばかりだ。
(おわり)