Kranteerl y io lirca(本編2)




二十七話 「la elmesk」


「実戦訓練……?」
「そうです、リーサさんのウェールフープを引き出すために協力できませんか。」
「私は司書よ。あと、ネートニアーだし。」
「前、黒服が来た時の動き。どうみてもテクタニアーですよね。」
うっ。と藤見が引き下がる。
ユミリアとリーサはフェーユの図書館に行っていた。藤見に会うためであった。

「そうですね、缶コーヒーあげますから。」
「要りません。」
さすが、カフェイン悪魔。コーヒーは常備のようだ。まあ、常備してなきゃ怖くて一緒にいられないわけだが。
「お願いしますよ。頼める人があなたしか居ないんです。」
「ん……まぁ、しょうがないなぁ。正午に図書館前に集合ね。」


「……。」
「……。」
図書館前、時刻は15時になっている。
もう三時間くらい待たされているが、藤見は全く来る気配が無い。
「あの人、しらばっくれましたね。」
「そう……みたいですね……」
他に頼める人も、居ないのに。
「もう、帰りますか。」
「いつまでもここに居ても意味は無いでしょう。帰りましょう。」
そう言って帰ろうとしていたところ。
ユミリアが振り返った。

「風が……違う……。」

そういった瞬間、爆発が起きた。
リーサは立ち尽くしたままだった。
ユミリアは、リーサの手を引いて建物の陰に隠れる。
「多分、夕張の傭兵でしょう。」
「どうしてこんなところにいきなり……」
「私たちの情報を得た諜報員が居たのでしょう。もしくは、この地を彼らの統制下に置くため。」
「……でも、どうするんですか。このままでは安全確認できそうに無いですよ。」
「行くしかないでしょう……」
ちらっと見ると男たちが周りの建物を探し、そして、図書館を見つけるとずかずかとその取り巻きと共に入り込んでいった。

「良いんですか、入れちゃって。」
「良いでしょう、多分藤見司書が居ますし。」
そうは言っても、中に居る人が気になるし、もし藤見さんが居なかったら。
「……私、気になるから行きますね。」
「あ、ちょ、リーサさん!?」
リーサは小走りで音を立てずに図書館の出入り口の脇に、移動する。ユミリアもあとを追いかけた。
「リーサさん、危ないですよ。」
「八ヶ崎は苦しんでいる人を放って置いたんですか。違うでしょう。ならば、私たちが彼らを助けるべきです。」
「……そう、ですか。」
ユミリアはそういった。不承不承ながらという感じであったが。
「……。」
しゃがみながら、図書館の中をそっと見る。
中には、先ほどの数名が図書館に居る人々を一箇所にまとめ、銃を突きつけていた。
「おい、司書の藤見はどこに居る。」
「知らない。お前らは誰だ……。」
「ふん、教える必要は無いだろう。」
藤見を探している……?しかし、何故。
「お前ら、図書館内を隈なく探せ。奴はどこかに居るはずだ。」
「了解しました。」
特徴的な帽子を被り、WPライフルを携えた数人の男たちは図書館のかく方向へ散っていった。
「どうしますか。」
「どうと言っても、ここまで来たら倒すほか無いでしょう。我々の敵でもあるわけだし。」
「ヴァルファーストのメンバーを呼びましょう。」
ユミリアがそういって立った瞬間、リーサがユミリアの通信デバイスを奪い取った。
「何するんですか。」
「静かに、ヴァルファーストの彼らは煩いから奇襲作戦に失敗してしまいます。とりあえず、ユミリアさん。偵察能力で図書室の内部に居る人々の状況を探知してください。」
「……了解。」
そう言って、ユミリアは耳を手で塞いだ。目を瞑り、何かを聞いている。そんな感じであった。

「一階に一人のWPライフルを装備した兵と十数名の民間人が居ます。二階には、三人のWPライフル装備の兵とここにも五人単位の民間人が居るようです。三階には特に人は居ないようですが、遮蔽物が少なく低いため多勢との戦闘になればきついです。屋上には、二人のWPライフルを装備した兵と一人何も装備していない兵が居るようです。」
「了解。武器は……WP拳銃が一つあるか、地上階のを殺してWPライフルを奪います。ユミリアさんは通信機でサポートを。」
「分かりました。」
ここから、リーサの戦いは幕を開けることになった。

二十八話 「La liaxi」


リーサは懐からWP拳銃を取り出し、弾丸を装填する。
そして、図書館の扉にもたれかかり、WP拳銃のスライドを引く。
そしてWP拳銃を胸に構え、図書館の中の様子を窺う。

図書館の中にいる民間人を牽制しながら、1人の兵士が藤見を探している。
彼は民間人の近くにいる。このまま撃ってしまっては彼らが危ない。
リーサは兵士が離れるのをじっと待つ。

『リーサさん、2階から1人降りてきます。気をつけてください』

『了解』

ユミリアから連絡が入った。
その時、2階から兵士が降りてくる。
そして、1階の兵士になにやら囁いた後、また階段を登っていく。

『どうやら彼は3階に向かったようです。それに続いて2階の1人も3階に向かっています』

ユミリアから再び無線が入る。
となると、1階のを殺るのにいい機会になりそうだ。
その彼は、今は人質らしき人達から離れている。ここから照準を合わせれば……いける!
リーサはWP拳銃を構え直した。
扉から中の兵士に照準を合わせる。
こちらに気づかれないよう慎重に……。

『リーサさん、今なら行けます』

『分かってます。爆音に気をつけてください』

WP拳銃の銃口を兵士の頭に合わせたまま、リーサはトリガーを引いた。

バァン!

『弾丸の命中を確認。大丈夫、頭を完全に吹き飛ばしています』

ユミリアから状況を聞いた後、足早に図書館の中に潜入する。
中の民間人は突然兵士の頭が吹っ飛んだ事に驚いたようで、ほぼ全員が固まっていた。

「急ぎここから逃げて下さい、私が何とかします」

そんな彼らに、リーサは小声で図書館から出るように促した。
その途中、2階の兵士がこちらに向かってくる音がした。
リーサは民間人の避難を確認した後、死んだ兵士のそばにあったWPライフルを回収した。

『2階から1人降りてきます。3階の奴らも音に気づいたようで2階に向かっています。屋上のは動く気配がありません。3人との戦闘は危険です。1人ずつ対処をしてください』

『分かりました』

リーサは急ぎ本棚に隠れる。
その直後、兵士が1人降りてくるのが見えた。
ここから狙えなくもないが、向こうが警戒しているため、当たっても致命傷にはならないだろう。
確実に頭かモーニ体を吹き飛ばす必要がある。

「誰だ!姿を現せ!」

降りてきた兵士が声を上げながらリーサを探す。
リーサは本棚の影から彼の様子を窺う。
どうやら突然の出来事に動揺しているようで、何となく震えているようにも見える。
そして、ゆっくりとリーサとは反対側の方を探しに回った。

「どこだ!どこにいる!」

男が離れていくのを確認し、リーサは本棚の影に隠れながら少しずつ近づいていく。
そして、WPライフルの射程範囲まで彼に近づき、息を潜める。
ライフルに弾丸は装填されていたので、そのまま射撃体勢に入る。

リーサはライフルなど扱った事は無いはずなのだが、何となく扱い方が分かる。
頭でどうこう考えるより、自分の身体に任せた方がスムーズだ。
記憶を失う前に陸軍に所属していた影響なのだろうか。

男はリーサの3つ先の本棚の辺りでリーサを探していた。

『2階の二人が降りてくる気配はありません、殺るなら今のうちです』

ユミリアの指示を聞き、リーサはライフルの照準を男に合わせた。
そのままトリガーを引く。

バァン!

弾丸は男の頭部を貫通し、男は図書館の床に倒れた。

『オーケー、彼ももうこちらに戻ってくることは無いでしょう。2階の奴らにも銃声は聞こえていたと思いますが、動く気配がありません。2階へ続く階段からは離れていますが、民間人の側についています。彼らを人質としてこちらと交渉する目的でしょう。どうしますか?』

『ひとまず、1階の状況を確認して、2階に向かいます。何かあるかもしれないので』

『その点は大丈夫です。私が視た限りでは、危険物の存在は確認されていません』

『では、2階に向かいます』

リーサはライフルを構え直し、2階への階段を登った。

二十九話 「La niteken fels'haiser」

2階に向かおうとしていたリーサは思いとどまった。二人?交渉をするはずが無い。敵と認識した私を即座に撃ち殺すだろう。

では、どうするか。
落ち着いて、倒した敵兵の装備を漁る。WPライフル以外にめぼしい物は無かった。防弾ジャケットの裏に弾倉があった。

「……これだ。」
弾倉から弾を引き抜ぬき弾倉をポケットに入れる。
階段を上り、ドアの脇に移動、息を潜める。

決戦は数秒だ。
対象は二人……少しでも遅れれば、私か罪の無い市民が殺される。
そうすれば、終わりだ。
全てが終わる。

リーサがポケットの弾倉を取り出す。
「よし。」
それをそのまま部屋の中に投げ入れる。案の定、武装していた二人が弾倉に注目する。その瞬間リーサは部屋の中に突入した。
即座に中の二人を撃ち殺す。
『リーサさん、三階の兵士が降りてきています。二人です。』
「了解。」
面白くなってきた。自然にそう感じていた、人を殺しているのにという感情を持っていながらもだ。心拍数が上がり、心地よい血の巡りを感じる。体はいつもより俊敏に反応する。

三階の兵士が降りてきて、それを視認する。瞬間、リーサのWPライフルが音をあげた。銃弾は的確に兵士たちの頭を打ち抜く。リーサにはそれらがスローモーションのように見えていた。

兵士たちが倒れる。思ったより重装備であった。防弾チョッキの中身を探る。
「発炎筒?これは……グレネードか。使える。」
『リーサさん、敵が屋上から急速に降りてきています。民間人が危険です。』
そういった、瞬間銃声が聞こえる。
「!?」
既に敵兵は、階段を下りていた。リーサに銃口を合わせる。
「くッ!」
WPライフルを持ち直し、銃口を向け、トリガーを引く。
甲高い音が鳴り、同時に二人とも倒れた。
リーサ自身自分が何をしたのか、良く分からなかった。
冷静になって確認してみると、銃口は敵の真横に向いていた。つまり。
「ちょ、跳弾?」
そう、リーサは無意識に跳弾を利用して倒したのだ。一体、陸軍に入っていた私はどれだけ能力が高かったのか。そんなことを思い、考えていたところ、民間人の存在に気づいた。
『リーサさん、民間人を早く避難させましょう。』
「分かってます。」
『リーサ……さ……屋上……避難……』
「え?」
ノイズが混じり、ユミリアの声が良く聞こえない。
『……………………………………』
完全にノイズが混ざり、聞こえなくなった。
とりあえず、民間人を避難させ、最後の一人―屋上のWPライフルを持たない兵―を倒しに行く。


「……。」
「動くな、もう既に他の兵士は全員片付けた。降参しろ。」
「誰かな。」
黒いコートにモノクルを付けた印象的な顔、誰かは詳細には分からない。だが、覚えている。この人間が、一体どのような強さなのか。この人間が一体どのような人間なのか。体が、心が、記憶している。そうその存在とは。
「ファル……カス……アレス・ファルカス……?」
「誰のことかな、僕の名前は、シフール=ハフリスンターリブだ。君は。」
「……。スカースナ・リーサだ。」
どういうことだ。目の前の人物を鮮明に私は覚えている。その人間と何があったのかは覚えていない。だが、この人間が、アレス・ファルカスということを知っている。絶対にこの人間は、シフール=ハフリスンターリブという他人ではない。この人は私の記憶の一部だ。

「スカースナ・リーサ、うッ……」
リーサの名前を呼ぶと同時に頭を押さえうずくまる。しかし、すぐに頭を押さえるのを止め立ち上がった。
「記憶の証人か。スカースナ・リーサよ、お前が居ると有害だ。消させてもらう。」
「どういうことだ。」
そう問う時間も与えられずに、リーサは吹き飛ばされる。
「くっ!?」
しかし、リーサも体勢を整えて、壁に背中を預ける。
「僕にはある時からの記憶が無い。だが、夕張様の元、正義世界の創造に携われるのならば本望!しかし、貴様ら記憶の証人が、私を夕張様から引き離そうとする!」
シフールが手に黒い球体を作り出す。瘴気があふれ出している。あれはエネルギーの集合体、プラズマ状態を無理やり押し込めているのだ。



「消えてもらおう、この世界には不要だ。」

三十話 「La feucocar」


「二度とこの世界に戻ってこれないようにしてやるよ」

シフールはそう言い放ち、リーサの方へ歩み寄る。
シフールから放たれる強烈な殺気を、リーサは感じていた。
この人は、本気で殺しにかかってくる……!

そう思ったのもつかの間、リーサは胸部に突き刺さるような衝撃を感じた。
気づけば身体が宙を舞い、どうしようもないまま壁に激突する。
受け身も取れないほどの速さで、身体を突き飛ばされたのだ。
胸と背中に走る痛みに堪えながら、リーサはよろよろと立ち上がる。

__見えなかった。
あまりにも速すぎて、何が起きたのか分からなかった。
多分、あの球体から放たれたプラズマにやられたんだろう。
既に結構なダメージを負ってしまった以上、無闇に攻撃を受けるのは危険だ。
せめてタイミングさえ掴めれば、と思うが規則性が分からない。
次がいつ来るか、それが分からなければリーサにはどうしようも無かった。

「どうした。お前はこの程度なのか?」

シフールが残念そうな口調でリーサに問う。

「まあ、お前が『記憶の証人』である以上、消すのが容易い方が」

「どうでしょうかね」

シフールの言葉を遮ってリーサがそう口にした途端、シフールはなにかを感じ取って横に跳躍する。
そのシフールの頬を掠って、弾丸が空気を一閃する。

避けられないからといって、勝ち目が無いわけではない。
相手よりも速く、こちらが攻撃すれば良いのだ。
リーサが立ち上がる時、WP拳銃を懐から取り出し、即座にシフールに向けて放ったのだ。

「なるほど。只者では無さそうだ」

だが掠った程度ではダメージにもならない。
シフールもプラズマを開放する準備に入っている。
リーサはシフールの動きに集中した。いや、そうする事しか出来なかった。

プラズマが収縮された球体から所々放電している。
そして、シフールがプラズマの一部を弾丸のようにリーサに放つ。
音速を超える速度で放たれたプラズマは、爆音と共にリーサの身体に激突する。
その様子を見たシフールはほくそ笑んだ。
もう立ち上がれないだろう、とシフールは心の中で呟く。

__その時、突然銃声が聞こえ、シフールの左腕を弾丸が貫通した。

「ぐっ……!ばかな!」

シフールが顔を上げると、プラズマの軌道から僅かに逸れた所にリーサが立っていた。
リーサはWP拳銃をシフールに向けたまま、再び引き金を引く。
シフールは咄嗟にプラズマを当て、威力を相殺した。

__シフールがプラズマを放つ瞬間、僅かに球体が光る。
多分、発射の際の副作用なのだろう。
その一瞬を見極め、リーサは軌道から逸れたのだ。

「だが、油断したな!」

「かはっ……!?」

しかし、リーサは背後から突き飛ばされた。
ギリギリで受け身をとり、地面に着地する。
リーサが手にしていた拳銃はシフールの方へと飛んでいってしまった。

さっきとは違い、明らかに予兆が感じられなかった。
一体何処からどうやって攻撃をしてきたのかが全く分からない。
シフールが見せた動きに不自然なところなどなかった。
しかも、攻撃は正面からではなく、背後からだったのだ。

シフールは不機嫌そうに左腕を押さえる。

「僕も少し油断してたよ。だが、お前は必ず殺す!」

そう言ったシフールの全身はプラズマで満たされ、身体のあちらこちらから稲妻が発生している。
あのプラズマに当たったら今度こそ死んでしまう。
そう直感したリーサだったが、背中に受けた衝撃が重く、立ち上がることもままならない。
どうにかして攻撃手段はないのか。
せめて、WP拳銃でもあれば……!


ん?私は今、何を望んだ?
__拳銃?……拳銃か……。
弾丸を詰めて引き金を引けば、弾丸が飛び出す、殺傷能力が高い武器。
何故だろう。今、私の手には拳銃が握られている気がする。
いや、自分自身の腕が拳銃になっているような……。
身体の底から腕に力が伝わって来て、それが腕を拳銃に具現化しているような、そんな感覚。
リーサは拳銃なのかそうじゃないのか、よく分からない腕をシフールに向け、手をかざす。

「どうした、命乞いでもする気か?」

当のシフールはリーサのその仕草にはなんの疑問も抱かずにリーサに顔を向けている。

__これはチャンスだ。こいつに攻撃を当てるための、多分唯一の。
けれど、弾がない。拳銃に詰める弾が。

「だがそんな事をしたって無駄だ。お前は殺す」

シフールがプラズマを形成し始める。

__私は、こんなところで死ぬわけにはいかない。
こいつを倒さなければ、私は生きられない。
リーサの腕にさらに力が伝わる。
それは自分の手のひらに収束し、ひとつの塊を創りだそうとしている。

「お前はここで終わりだ__」

__今だ!
リーサはシフールを指さす。
と、同時に、リーサの腕のエネルギーが猛烈な勢いで手に向かって流れる。
拳銃のトリガーを引いた時、火薬が燃焼して後ろから弾丸を勢いよく押すように。
そして、手のひらで創られた塊に、エネルギーが流れ込む。
流れこんで来たエネルギーを爆発させ、その塊……いや、弾丸は、シフール向けて一直線に進んだ。

三十一話 「La fuaraptum」


「ぐはっ!?」
何が起きたかを確認したのは少し後であった。リーサの生成したエネルギーの塊―否、銃弾である―は、リーサが手を伸べたシフールの方に飛びシフールの胸を貫通したのだった。衝撃に眩むシフールであったが、そこはケートニアーとしての能力かすぐに回復していた。

「く、くそっ、WPライフルを持っているからと油断したか。しかし、残念だったな……」
シフールはポケットから何かを端末取り出して、何かを打っている。戦闘中と言うのにのんきな奴だと思ったが、次の瞬間そんなことは思えなくなった。

「!?」
衝撃と共に揺れが図書館を襲う。リーサが立つことも出来ないレベルでそれが進んでいた。シフールは、リーサを背にどこかに行こうとしていた。
「ま、待て!」
「スカースナ・リーサ、お前が居るのは正義世界にとっては有害だが、今のところは生かしてやろう。いずれ、また会おう。そのときはお互い無の世界に居るがな。」
そういってシフールは、リーサの前から消え去った。揺れのためリーサはシフールを追いかけることもままならなかった。

粉塵が目の前を遮る、強烈な衝撃と共にリーサの居た場所が陥没した。
「うわっ!?」
意識は暗転し、何も聞こえなくなった。

誰かが呼ぶ声が聞こえた。

「革命のために。」


「今、貴方が行っても、何も出来ないでしょう?彼らを止めたいのは私も同じ。だから、今回は我慢して」



「こんな時に…何もできないなんて…!」




「直ぐかどうかは分かりかねますが…Xelkenを倒す為の話です」




「私たちには、もう後は無い。」






「勝利への順路など……無かったんだ。全部偶然だったんだ。」





「せめて、シャルの供養のため……。」

彼等は一体誰なのだろうか。
声はだけが聞こえて、姿は見えない。
立ち上がり、戦い、敗北して行く。
そんな風景を何回もここで聞いた気がする。
まるで誰かの過去を見透かしているかのように。

そうだ、私は今一体どこに居るんだろう。
ふわふわと気持ちいい暗闇の中、『リーサ』は無になって彼等の声を聞いていた。

『リーサ』?


『リーサ』とは何だ?


私は一体……。

「リーサ!!!」
目が覚めた。どうやらスファガルのベットの上のようであった。今まで、何か夢を見ているような気がしたが、良く覚えていない。

「リーサ……よかった……。ごめん、ごめんなさい。」
九重がベッドの横に立ち、その様なことを言っていた。他のヴァルファーストメンバーもリーサの横に立っていた。
「さすがに夕張軍勢がこの町をいきなり襲うなんて考えられなかった話よ。気にすることは無いわ、九重さん。」
そう青柳が平然のように言い放つ。
「そういえば、奴等は何を目的に図書館を襲撃したんだ?」
「司書の藤見さんを探していたようです。」
リーサがそういうとヴァルファーストメンバーは皆、何分からんといった表情になった。
「どうして、藤見さんを?」
「さぁ?」
そんな会話を続けていたがヴァルファーストメンバーたちは何か予定があるようで部屋を足早に去ってしまった。リーサは既に大丈夫だと思っていたが、ユミリアに安静にすべきだといわれ、ベッドに横たわることにした。

三十二話 「La desnar」


気がついたら日が昇っていた。
日の光が地面を照らし、やんわりとした熱気を感じさせる。

リーサは目を擦りながら、大きく欠伸をする。
一体何があったのか、リーサは少し考える。
夕張の軍勢と戦ったのは4時くらい。日はそれなりに傾いていた。
でも、今、日は真上に高く昇っている。
__つまり今は昼。

……寝ちゃったか。

昨日の戦闘で身体が疲れきってしまったようだ。
リーサは軽く伸びをし、肩を回す。
少し疲れは残っているものの、日常生活に支障はなさそうだ。



リーサは階段を降り、リビングに向かう。
いつもより静かだった。

リビングの扉を開けて中を見ると、誰も居なかった。
普段この時間はいつも九重達が騒いでいる時間なのだが。
リーサは不思議に思いながらも、ご飯を食べようと冷蔵庫に近づく。
扉を開けようと取手に手を掛けた時、張り紙がしてあるのが見えた。

『リーサへ 少し出かけてきます。ご飯は冷蔵庫の中に入れときました』

……なるほど。
とりあえず冷蔵庫の扉を開ける。
すると、いつも扉側の収納を埋め尽くしていたコーヒーが全て無くなっていた。
流石はカフェイン悪魔、少し出かけるのにも相当なコーヒーを消費するようだ。

気を取り直し、冷蔵庫の中を確認すると、リーサの分と思われる食事が冷やされていた。
リーサはそれを取り出し、適当に温めて食べた。
一息ついた後、これからどうしようかと考えを巡らす。

__昨日出来なかった訓練、今日は出来るかな。

そう思い立ったリーサは、机に書き置きをした後、図書館へと向かった。



図書館が無い。
確かにここには図書館があったはずだ。
道を間違えたのかと一瞬疑ったが、リーサは昨日の出来事を思い出した。
だが、突然、地面が崩れた事しか覚えていない。それ以降の記憶は無かった。
どうやら昨日の衝撃で図書館が粉々になってしまったようだ。
リーサはようやくその場で立ち尽くしていた事に気づき、図書館の方へ歩き始めた。

図書館だった物の目の前に辿り着く。
そこには瓦礫の山があった。
図書館の中にあった大量の本が、あちらこちらに散乱して、中には完全に破けて読めなくなってしまったものもある。
昨日の衝撃による影響がどれほどのものだったかを物語っていた。

「あら、リーサさんじゃない。どうしたのこんな所に」

すると、瓦礫の中から本を回収していた藤見さんと出会った。
彼女は軍手をはめて、瓦礫を退けつつ本を残った本を探しているようだ。

「いえ、なんとなく……ていうか大丈夫なんですかこれ」

「大丈夫じゃないわよ。あーもう、私が居ない間に何があったのよ全く」

藤見さんは若干、いや普通に怒っていた。
隠しているつもりでも分かってしまうのか隠す気がないのかは分からない。
だが、藤見さんからは憤怒のオーラが溢れ出していた。
とても昨日の事を言える状況ではない。

「え、えーっと……。と、ところで、昨日どこかへ行ってたんですか?約束の時間にも来ませんでしたし…」

とりあえず話題を逸らした。

「うっ」

すると、藤見さんは痛いところを突かれた、というようで、焦っているように見えた。

「約束をすっぽかす気は無かったんだけど……。えっと……その……ごめん」

「あ、いえ、そこまで気にしてくれる必要は……」

藤見さんに事情があったなら、それも仕方ないことだし。

「次はちゃんと行くようにするわ。……といっても、こっちの修理が先ね」

「はい、またその時はよろしくお願いします」

そう言ってリーサはペコリと頭を下げる。
折角ここまで来たのだし、藤見さんに何か手伝えることはないかと聞いてみたが、昨日の約束を守れなかったのに頼み事は出来ないと言って、そのまま作業に戻っていってしまった。
でもこれで、本格的にWPを扱う術を身につけられそうだ。
……ところで、この図書館、いつになったら治るんだろう。完全に一から作り直しなんじゃないだろうか。
とはいえ、そんなことを思っていても仕方が無いので、スファガルへと引き返した。

三十三話 「La zirken zifoscur」


スファガルへの帰り道、リーサは周りの景色を眺めながら歩いて行く。
この行動に特に意味は無い。ただなんとなく、目が行った。それだけだ。
視線を彷徨わせながら歩いていると、

「リーサ!」

遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。
なんだろう、そう思って振り返る。

「良かった、やっぱりリーサだ。心配してたんだよ。でも元気そうで何よりだ」

「………リファーリン」

振り返った視線の先。
そこには、九重と会って以来、顔を合わせることが無かったリファーリンが居た。
金髪ショートの髪が以前と比べて少し伸びている気がした。
リファーリンは、乱れた髪を整えながら、

「折角会えたことだし、少し話していかないかい?」

と、提案してきた。

「そうですね」

特に断る理由も無いので、リファーリンの誘いを快く受ける。

「じゃ、そこの店でご飯でも食べながら話そうか。あ、お金は奢るからいいよ」

「そうですか、ありがとうございます」

リファーリンが店の中に入るのにつづいて、リーサも店に入った。



店のメニューをいくつか注文した後、リファーリンはリーサに向き直る。

「それで、リーサ。今、君の状況は?」

「私は今、ヴァルファースト達と共に生活しています」

「なんだって!?」

リファーリンが目を見開く。

「九重達と一緒にいるのかい!?それはびっくりだよ」

リファーリンは心底驚いているようだった。
が、リーサはリファーリンの反応に少し違和感を覚えた。

「……止めないんですか?」

「ん?何をだい?」

「私が九重達と一緒にいることですよ」

私が九重に連れていかれた日。
あの時、リファーリンは明らかにヴァルファーストに敵意を覚えていたはずだ。
それなら、私が彼らと一緒にいることを止めると思ったのだが。

「んー。私としては居てほしくないというのはあるけれど、それでもリーサの行動を制限してまで止めようとは思わないよ。君はそこに自分から関わっているんだろう?だったら止はしないさ」

「そうですか……」

「しかし、これからの行動によっては私の君に対する態度は少し変わってくるかもしれない。それだけは言っておくよ」

少し尖った口調でリファーリンは言う。
その瞳には、リーサの姿がぼんやりと写っていた。

「……は、はい」

リーサは戦慄した。
リファーリンから感じられる、殺意のこもった様な視線。
その圧力にリーサは圧倒される。
この人は敵には回したくない存在だ。そう感じた。



その後、お互い話すことも無く注文した食事を食べ、店を出た。

「じゃあ、またね。次に会うときに敵同士じゃ無いことを祈るよ」

リーサに視線を合わせること無く、リファーリンは足早に去っていく。
リーサはその後ろ姿を眺める。
やっぱり、心の底では私を怒っているんだろう。
そのことを少し寂しく思いつつ、リーサは改めて帰路についた。

三十四話 「la fudiuresk」


夕暮れ、薄暗い道を歩いていった。
分かるか分からないかくらいの濃さの自分の影が、暗い灰色の地面に投影される。袖を少し上げて

スファガルに着いた。一つの窓だけに電灯が灯っているので、多分ヴァルファーストのメンバーはそこに集まっているのだろう。階段を行こうとしていたところ、胸ポケットに入っていた携帯が振動する。急いで胸ポケットから携帯を取り出そうとするが誤って地面に落としてしまった。

「はぁ……」
壊れた液晶画面に九重の発信が確認できた。


「あ、リーサ遅かったね。ていうか、どこに行ってたのよ。」
「いえ、あの、と、図書館がどうなってるかなぁと思って……」
とてもじゃないが、リファーリンにあったなどとは言えまい。Issvとヴァルファーストは抗争関係にあるのだ。

「そう、分かったわとりあえず皆座って。」
九重の指示に従って、ヴァルファーストメンバーは着席する。リーサは慌てながらも席に座った。

九重がホワイトボードになにかを書いていく。

「明日、夕張の拠点のひとつであるアル・シェユの最前線基地を叩く。」
「えっ、ええっ!?」
いきなりの宣言に困惑した。夕張の拠点を叩く?この状態で、しかも明日?
「アル・シェユの最前線基地、通称『ジュラール基地』においては翔太らしき人物と同一の固有WP波反応を一ヶ月に十三回ほど受信している。このためここに侵入して調査を行う。」
「し、侵入っていってもそんな簡単に出来るものでは!?」
「該当基地の見取り図、警備や人員の配置から警戒態勢、もう既に天才ハッカーさんがバックアップに入っているわ。」
天才ハッカー?
「あの、これで先月のはちゃらにしてもらえますよねぇ?」
にゅっと九重の後ろから図書室担当の自由人エミーユが出てくる。どうやら九重と事前に何かを約束していたようである。
「ええ、それだけに限らず、働きに準じた報酬を用意できるわ。」
そう九重はエミーユに告げる。確か、この人は書庫のシステム管理などもやってたような。ハッキングやクラッキングも出来るのだろうか。
「と言うわけで、明日に向けて総員早めに就寝するように。以上。解散。」
そういった、九重は部屋を後にしていった。他のヴァルファーストメンバーたちも部屋を出て行く。リーサも自室に戻ることにした。



「はぁ……。」
リーサは自室のベッドに横たわり、ため息を一つついた。明日の作戦。あの図書館での戦闘のように上手くいくとは思えない。ケートニアーだと分かってもウェールフープが使えるとしても、不安はまだ残る。誰かと話したい。話して気を紛らわせたい。そんな気がした。

「……。」
衝動的に図書室まで来てしまった。エミーユは私の話など聞いてくれるだろうか。そんなことを思いながら図書室の中に入っていった。

三十五話 「La starnxen」


九重は、いつもヴァレスは図書室に引きこもっていると言っていた。
それでいて、彼女は天才ハッカーなのだ。引きこもり恐るべし。
そんな彼女だが、性格に癖があり、基本的に自分に利益が及ぶ事以外では動かない。
自分が危機に晒されたらヴァルファーストの皆も捨てるほどだという。
……それは本当にヴァルファーストの一員なのか。
何の意味もなくヴァルファーストに入るなんて……いや、九重なら強引に入れかねない。彼女の気迫に負けたのだろうか。

ヴァレスに会ったらなんて話しかけよう、無視されないだろうか。
リーサの心に不安が募る。
しかし、それを抑えて、図書室内のヴァレスの部屋を開ける。

ガチャリ。


『暗証番号を入力して下さい』


……流石引きこもり、自室の警備は万全である。

「話しかける以前の問題か……」

リーサは扉の前で肩を落とす。
しかし、このままでいてもどうしようもないので、どうしたものかと考えていると、

「どうしましたー?」

丁度良いところにヴァレスがやってきた。
彼女は外から帰ってきたらしく、荷物を背中に背負っていた。



「はあ、ここに入った理由ですか?」

エミーユの部屋に入れてもらい、リーサは以前皆にしてきた話を彼女にもする。
部屋の中は案外綺麗に整頓されていて、居心地が良い空間だ。

「ほとんど見ず知らずの貴方に私の事を話すのはどうかと思いますがー?」

しかし、綺麗な部屋とは裏腹に、ヴァレスの返事はあまり良いものではなかった。

「そもそも、リーサさんはヴァルファーストに入ってないでしょ?ならなおさら話すことは無いですよ」

ヴァレスはあからさまに嫌な顔をしてリーサの要求を拒絶する。
自分の利益になること以外には目が行かないというのは本当のようだ。
だが、リーサも引き下がらない。

「そうですね。でも、一応私のウェールフープに関しては協力してくれるのでしょう?なら少しは貴方の事を知ってもいいんじゃないですか?」

「言ってることの意味がわかんないっすよ~。まぁいいです、そのかわりリーサさんの方の事情も聞かせてもらいますよ」

「勿論、そのつもりです」

リーサは近くにある椅子に腰掛け、ヴァレスに今までの経緯を話した。
……Issvとの関わりを除いて。

「なるほど~。大方は理解しました。つまり、爆発の衝撃によって脳にダメージを負ってしまったと」

「まぁ、そういうことになります」

「その上、先の戦闘で一度だけウェールフープを発動した」

「はい」

「これ私の仕事あるんですかね?」

急に仕事の話に持って行かれても。
実際、ウェールフープを発動出来たのだからヴァレスの仕事が無くなったのかもしれない。
しかし、発動出来るのと扱えるのではまた話が違ってくる。
さらに言えば、リーサは発動すらままならないのが現状だ。あの時使えたのは奇跡に近い。

「でも、使えたのはあの時だけで、今使おうとしても使えません。完全には掌握出来てないと思いますが」

「なるほどねー。初めて使った時、何か違和感とかあったの?」

「そうですね。身体に何かが走っているような感覚はありました」

「その感覚が掴めればウェールフープ掌握まではあと少しですよ~。実戦経験を積めば扱えるようになると思います」

「そういうものですか……」

そう聞いて、リーサは安心する。

「さて、色々教えてもらったし、私の事も話しますねー。彼らの一員になったのには特に大きな理由は特に無いんですが……」

三十六話 「La mistulet」


「さて、色々教えてもらったし、私の事も話しますねー。彼らの一員になったのには特に大きな理由は特に無いんですが……」
そういって、ヴァレスは図書室の天井を仰いだ。

「私には、ITを教えてくれた師匠が居てね。」
「師匠?」
凄腕プログラマーとて師匠は居るものだろう。別におかしくは無いがそれが、これと関係があるのだろうか。
「その師匠が、例の事件が起こった時にここを紹介してくれて、それで入ったって感じかな。まぁ、私はこの組織の目的とかどうでもいいんだけど、簡単なことやるだけでここに住ませてもらえてるし、師匠のお願いだったから、良いかなと思って。」
「は、はぁ」
ヴァレスにはその師匠がとても大切な存在であったのであろう。その特異な性格でヴァルファーストへの参加を承認した程の権威を持っている。しかし、その師匠とやらとヴァルファースト自体に何の関係があったのだろう。

聞こうと思ったところ、ヴァレスも良く知らなかったらしく目ぼしい情報を貰うことは出来なかった。このまま自室に帰っても眠れる気がしなかったから少々本を読むことにした。ヴァレスも自分の邪魔をしなければ勝手にして良いと言っていたし、ここの蔵書も良く知らなかったし良い機会であった。

下の本棚は大体がウェールフープ関連のようだ。S.H.K. WP概論にプレス現象の論文か、興味深い。今度読んでみようかな。
それらの本の間に薄っぺらい冊子が挟まっていた。結構古いようでよれよれになっているため慎重に引き抜く。
「他世界においてのリパライン語の認知についての研究?」
なんか見たことがある気がする。ああ、シャル、アレス・シャルが言っていた。アレス……シャル……って誰だ。思い出せない、その論文の執筆者では無い様であるが私はアレス・シャルがこれを教えてくれたことを知っている。

「……はっ!?」
頭の中に激痛が走る。アレス・シャル、八ヶ崎翔太、レシェール・クラディア、アレス・ファルカス、脳はおぞましい量の情報を想起させた。思い出した。思い出したぞ。私が誰なのか、何者なのか。アフの子孫とXelkenに巻き込まれ、最終的にこうなってしまった。一体どうすれば良いのか。リーサにはこれからが分からなくなっていた。

とりあえず自室に戻る。あの事件は翔太が起こしたのだ。爆破もXelken総長の殺害も、全て。一人で?否、夕張が関わっていることはもう既に分かっている。そういえば、始めて夕張と戦闘するときに確かハフリスンターリブが攻撃しにスファガルに来ていた。夕張はハフリスンターリブをも掌握している……?分からない。一体夕張が何をしようとしているのか。

長い間、深く考えていたのか空が薄暗くも少し明るみの青色になってることに気づかなかった。リーサは少しでも寝ねばと思い。ベットにもぐった。

三十七話 「la enomionas」


翌朝、リーサはベッドから起き上がり、軽く伸びをした。
窓から入ってくる日差しが気持ち良い。
まだ眠気の残った目をこすりつつ、九重達の居るであろうリビングへ向かう。

今日は夕張の基地の一つを攻める日だ。
今までとは違い、戦闘もより激しくなる。
きっと戦場に立ったとしても、私は何も出来なかった。下手をすれば死んでしまっただろう。
しかし、今は違う。
私は今日までの事を全て思い出したのだ。
翔太と夕張の関係、特別警察との関わり、私のウェールフープのこと、そして……シャルのこと。
彼が狂ってしまった原因となった、1人の少女。
彼女とは友達だった。だから、彼女の死は私にとってもショックは大きかったのだ。
しかし、翔太が受けたものはこんなものではないだろう。
だからこそ、あんなふうになってしまったのだ。

翔太を止める。
その理由が明確になったことで、今回の作戦の重要度がどれだけのものか理解出来てきた。
失敗は許されない。
だからこそ__リーサは九重達と真正面から向き合わなければならない。



「今回の作戦の概要を説明する」

リーサが入ってくるなり、九重はリーサを席に座らせて説明を始める。

「今作戦の目的は、アル・シェユにある『ジュラール基地』の調査及び破壊である」

皆の顔が強張る。

「ここでは、翔太と同型のWP波が多く確認されているため、翔太が居る可能性が非常に高い。よってこの基地に潜入してその真偽を確認する。そしてそれと共に、前線基地を破壊しておくことで夕張に歯止めを掛ける」

「それで、どうやって潜入するんだ?」

山田が九重に聞く。

「潜入方法だけれど、まずこの地図を見て」

そう言うと、九重が机の上に一枚の大きな紙を広げた。
そこには、見取り図のようなものが描かれていた。「ジュラール基地」の地図だ。

「エミーユが色々調べてくれたおかげで大分助かったわ。で、まずこの地図なんだけど……」

九重が地図を指差しながら説明を始める。
そこには大まかな基地の構造と、謎の三角が書かれていた。

「まず、真ん中に建物があるでしょう?それは翔太が居るであろうと推測される場所。4階構成になっているわ。翔太が何処にいるかまでは分かってないから一番上まで登る必要があるわ」

九重は指を動かしつつ説明を続ける。

「そしてその建物の西側と南側には宿舎があるわ。当然、ここには兵士達が沢山いるから、彼らに気付かれないように注意する必要がある」

「でも、これだけ近くにあったら流石に基地内の誰かが気付くんじゃないかしら?」

青柳が質問を投げかける。

「そこについてもしっかり考えてあるわ。でも、取り敢えず全体の説明をさせてちょうだい」

「わかったわ。話の腰を折って悪かったわ」

「ありがとう、気にしなくて大丈夫よ。それで、西側の宿舎の南には車が置いてあるわ。南の宿舎から見れば西ね。ここには目立ったものは無かったわ」

九重は息をつく間もなく話を続ける。

「そして、これら全ての建物と車を囲うように塀が立っているわ。横長な長方形といったところかしら。この塀の南北に基地への入り口の門があるわ」

一通り概要を説明し終えたのか、九重がふぅっと息を吐く。
すると、山田が地図を見ながら、

「大体理解したが、この三角形は何なんだ?」

と質問した。
他の皆も疑問だったようで、九重に視線を向けた。
それを見た九重は待ってましたとばかりに顔を輝かせて説明を始めた。

「それはね、警備に回っている奴が何処に配属されているのかを表したものよ。よく見て、その付近に矢印が書いてあるでしょう?それが奴らの移動経路。そこを通らなければ気付かれることは無いってわけ。まぁ彼らの視界に入ったら元も子もないけどね」

「なるほどな。それで、どうやって潜入するつもりだ?」

九重が目を閉じる。
先程よりも張り詰めた空気となり、リーサも緊張せずにはいられなかった。

「さっき青柳が言ったように、宿舎の兵士達に気付かれずに潜入するには彼らが活動していない時間、すなわち夜に潜入する必要があるわ」

夜に潜入……奇襲を掛ける、ということだろうか。

「それでどちらから潜入するかだけど、南側は宿舎に近い分危険性が高い。だから北側から潜入する」

「北に居る警備はどうするつもり?」

「彼らの移動経路を見てくれれば分かるけれど、外側の奴らが入り口から離れた所を狙って潰していくわ。当然音は立てないようにしてね」

「中の奴らはどうするの?」

「遠距離からの射撃で仕留める。片方を殺った隙にもう片方が報告に行ったりすると困るから、両方同時にね」

「宿舎の奴らに気付かれないか?」

「進入者が現れた場合、警備が宿舎に連絡を入れる事になっているわ。だから彼らを潰してしまえば____」

ヴァルファーストの皆が質疑応答を繰り返して作戦の確認をしている。
リーサはその話を淡々と聞いていた。
ジュラール基地を攻めるに当たって、特におかしな点は無い。
けれど、今の私達だけで果たしてこの基地を潰すことは可能なのか?
記憶がもどった今のリーサからしてみれば、彼らの戦力は意外と少ない。
夕張達が弱いなんてことはないだろう。むしろ私達なんかよりずっと強い。
きっと、このまま行けば私達は彼に敗れてしまう。
……だから、リーサはヴァルファーストの皆に一つの大きな提案をすることを決意したのだ。

議論が中頃になった時、リーサは動き出す。

「あの、皆さん」

「どうしたの、リーサ」

「作戦の話をしている所申し訳ないけれど、意見を言わせてくれないでしょうか」

「いいわ、なんでも言ってちょうだい」

九重は優しく答えてくれる。
……その優しさが逆に辛い。

「……私は、今回の作戦、成功する確率は低いと思います」

リーサが重い一言を放つ。
部屋の空気が一気に凍りついたように感じた。

「……理由を説明してもらえるかしら」

九重は不機嫌そうに尋ねる。

「多分、今の私達の力じゃ彼らに負けてしまう。少なくとも、あの夕張がこんなあからさまに翔太と通信するとは思えない。だから、これは私達をおびき寄せるための罠なんじゃないかと思います。それに、もし本当に翔太が居たとして、その側に夕張が居ないとは考えにくいですし」

「……あの夕張、ねぇ……」

「……」

「リーサ、あんた記憶戻ったでしょ。あの夕張、なんて含みのある言い方が出来るのは彼の事を良く知ってないと言える言葉じゃ無いわ」

「……えぇ、まぁ。私は事故にあった頃以前の出来事を全て思い出しましたから」

「なるほどね。話を続けてちょうだい」

「……私から見て、夕張達の戦力と渡り合うためにはこちらの戦力は余りにも少なすぎると思います。彼の部下達も相当な実力者が揃っていますから。それに、私達が基地の中心で戦闘を起こした場合、その音に気付いた宿舎の兵士達が下から襲ってくることも考えられます。挟み撃ちにされたらこちらの勝機がほぼ無くなります」

「だったら何か!作戦をやめろとでも言うのか!?」

山田が机を叩いて立ち上がり、リーサを睨みつける。
リーサはその視線から目を逸らすこと無く話を続ける。

「そんなこと言うつもりはありません。こちらの戦力が足りないなら、応援を要請すればいいと、そう言いたいのです」

「誰に?」

青柳がリーサに尋ねる。

「……私達と同じ目的を持っている人達を知っています。記憶が戻った今だから言えることですが……」

リーサは大きく息を吸い、彼ら全員を見据えて告げる。

「特別警察ですよ。……レシェール・クラディアさん。彼女等に協力してもらいましょう」


三十八話 「la xorlnarjalfkark」


「はあ?」

九重が顔をしかめる。他三人も何言ってるんだこいつと言うような顔つきであった。リーサは眼を細め、回りを見渡す。
「私が駄目だったらレシェールさんを取り込む。そもそも元々そういう作戦だったはずです。別に驚くことではないでしょう。」
「だ、だがなあ!俺らはあいつ等に捕まえられかけたんだぞ。今度何もありませんでしたね~じゃけん手組みましょうねぇ~とは、」
山田が反論しようとするが、リーサの手によって遮られる。

「いいえ、可能です。」
「か、可能……?」
リーサの目は一点、九重に据えられた。九重の目も逃さないよぅにリーサを据えていた。
「レシェール・クラディアさんとはxelken総統との闘争、アフの子孫事件まで一緒にxelkenや共産党と闘ってきた。きっと私達と対話してくれます。」
九重がリーサを睨む。
「そんな簡単に事が運ぶとでも?」
「はい、まずはこれを見てください。」
リーサは机に一つ紙切れを置いた。数字の羅列が所狭しと書かれていた。

「これは?」
「レシェールさんの個人携帯電話番号です。これを使ってレシェールさんをおびき出します。そうですね、名目上『連邦郵便局私書箱に停留している税務調書の取り扱いの件』などと件名を付け、ショートメッセージを送ります。」
「なるほど、それは誘き出せそうね。しかし、こんな情報を誰が?」
「ヴァレスさんですよ。」
青柳がリーサを一瞥する。
「報酬は何だったんですか。彼女は報酬無しでは動かないはずです。」
「彼女にスイーツ一年分を保障したら、乗ってくれましたよ。」
ヴァルファーストの皆は顔を歪めていた。
「け、結構乙女なところもあるのね。あの人。」
九重が驚きに満ちた顔でそういう。リーサはそんななか咳払いをして、さて、と話を切り出す。
「多分、レシェールさんの方も、いや、特別警察庁も只ではこさせないでしょう。監視役が居るはずです。レシェールさんを上手く取り込めなければ、戦闘になるでしょう。否、戦闘になる確率のほうが高いと思っていただいたほうが良いかもしれません。」
「リーサ。あなた、本当に軍隊の頃の記憶を思い出したのね。」

「はい、でもこのヴァルファーストを裏切るつもりはありません。私も、レシェールさんもヴァルファーストの皆さんも思いは一つのはずです。八ヶ崎翔太を救う、この不毛な争いから手を引かせる。そうして彼を救うことは私たちの共通認識です。九重さん、青柳さん、山田さん、山吹さん、この戦闘が正念場です。この作戦、絶対に成功させましょう。」
ヴァルファーストの全員は無言でリーサの言葉に頷いた。

三十九話 「La ixvarlafirlex」


「綜合逓信局に行く?」

イェクトが不思議そうにクラディアの顔を見つめる。
クラディアもまた首を傾げつつ今朝受け取った書類に目を落とす。
そこには、『連邦郵便局私書箱に停留している税務調書の取り扱いの件』と書かれていた。
しかし、郵便局からの通達とあっては行かないわけにはいかない。
仕方なく、クラディアは綜合逓信局に向かうこととなったのだ。

「税務調書の取り扱いについてだそうです。直ぐに行って戻ってきますよ」

「そうか。だが、念の為僕とヴァレス、それからカーナも付いて行っていいか?」

「まぁ、いいですよ。但し、これはプライバシーに関わるから少なくとも300fta(90m)くらいは離れて居てくれると有り難いですね」

「あぁ、分かったよ。じゃあ、僕はヴァレスとカーナを呼んでくる」

イェクトは彼らを呼びに部屋の外へ出る。
郵便局に行くのに必要なものでは無いが、念の為にWP拳銃を懐に忍ばせ、クラディアは玄関に向かった。

「待たせたか?」

後ろからイェクトの声が聞こえた。
イェクトの左にはヴァレス、右にはカーナがいた。
二人は何故呼び出されたのかに若干納得していないらしく、なんとなく不機嫌そうだった。

「いえ、私も今来たところです。それでは行きましょうか」

「ああ」

そんな二人に少し申し訳なく思いながら、クラディアは綜合逓信局に向かった。



何処か淋しげな青空の下、クラディア達は歩みを進める。
綜合逓信局まではそれほど遠くない。わざわざウェールフープを使って移動する必要もない。
連邦を出てから15分ほど歩けば綜合逓信局だ。
周りに夕張の軍勢が居ないか警戒しながら、クラディアは道を進んでいく。
イェクトら一行も、クラディアの後から付けていた。

「しかし、随分唐突なように感じるが……」

「そうかぁ?事前連絡なんてぇ普通さそうだし普通じゃぁないかぁ?」

「確かにね。だが今は夕張達によって多くの場所で被害が起きている。そんな中綜合逓信局に来いなんて通達出さないと思うけど……」

「なんでもいいわよ。とにかく、クラディアの身に何かあるかもしれないんだから警戒しときましょう」

「そうだな。ほら、行くぞ」

「あいよぉ」

ヴァレスの返事を聞き流しながらイェクトが前に進もうとした時、違和感に気付いた。
クラディアが歩みを止めている。
そこは綜合逓信局の入り口だった。そのまま中に入って手続きを終えるはずだったのに、何故かクラディアは動かない。
その事に疑問を覚えたイェクトがクラディアの前方を見る。

そこには、何処かで会ったことがある気がする少女と、その後ろに、最近手を焼いていた4人組がクラディアを待ち構えていた。



クラディアは暫くの間驚きを隠せずにいた。
目の前には今迄行方を眩ませていた少女……スカースナ・リーサが立っているのだ。
そしてその後ろには、いつも私達の邪魔をしてきたヴァルファーストの4人。
一体何故リーサが突然私の前に姿を現したのか。そしてどうして彼らと一緒にいるのか。
クラディアの中に一瞬で幾つかの疑問が芽生え、それらがクラディアを混乱させた。

「リーサ……なの?」

「……はい」

一応聴いてはみたが、返事が頭に入ってこない。
一旦頭を落ち着けなければ。
そう思いつつも、目の前に居るリーサが懐かしくてたまらない。
一体何処で何をやっていたんだろう。
……いや、リーサとは以前会ったことがあるような気がする。
何処でだったかは忘れた。けど一瞬だけ、リーサと似ている人を見たことがあった。
ヴァルファーストのメンバーの中に。
そして今、リーサの後ろには、あの忌々しいヴァルファーストがいる。
やはり、リーサはヴァルファーストにいたんだ。
連邦から抜けだして、一体何をやっているんだか……!

「今日は、クラディアさんに話が有ってきました。偽装した手紙を送ってすみませんでした」

リーサはペコリと頭を下げる。
クラディアはそんなリーサには目もくれず、憤りを露わにしていた。

「貴方、急に居なくなったと思ったらこんな所で……一体何をしているんですか!」

「……すみません」

「謝って済む問題ではないでしょう」

「私にも色々あったんです。全ての経緯を話すには時間が足りませんけれど」

「……まあ、いいでしょう。それで、私に何の用ですか?今ここで決着でも付けましょうか?」

クラディアはウェールフープ発動の準備に入る。
たとえリーサであっても、連邦の邪魔をするならば容赦はしない。

「そういきり立たないで下さい。取り敢えず、私が彼らと何をしていたのかを聞いてもらいたいので」

クラディアの剣幕に気圧されること無くリーサは言葉を続ける。
少なくとも、リーサに恐怖心は無かった。

「Xelken式典を覚えていますか?あの時、私は爆発に巻き込まれて記憶を失っていたんですよ」

「……」

クラディアは黙ったままだ。

「その時出会ったのが彼らヴァルファーストです。特別警察とは結構ぶつかっているようですね」

「彼らは我々の妨害をしているだけです。今この状況と同じように」

彼女はリーサを睨みつける。

「私も最初は貴方達はヴァルファーストを妨害しているだけのように感じていました」

リーサは一息ついて、クラディアを真正面から見つめる。

「でも、それは違った」

「どういうことかしら」

「貴方と彼等に違いは無かったんですよ」

「はい?」

クラディアは訝しげな顔をする。

「だから、違いが無かったんですよ。連邦の目的とヴァルファーストの目的に」

「理解しかねますね。彼等と目的が一緒というのは」

「では改めて確認します。貴方方の目的はなんですか?」

「翔太を止める事です。彼をあれ以上放置していては危険です。それに、彼はシャルを亡くしてから自暴自棄のようになっている節があります。だから彼を止めたい、助けたい。それだけです」

「……知ってますか?ヴァルファーストの活動目的は、翔太を助ける事なんです。彼等にとって翔太は恩人なんですよ。だから、今苦しんでいる彼を助けたい。そう願っています」

「そんな……」

クラディアは目を見開く。

「で、でも」

驚きのあまり、言葉を繋ぐのが必死だった。

「彼等は私達の邪魔をしたことが何度もあります。私達と目的が同じなら、そのような齟齬は起きないはず」

それでも、彼女は納得が行かない。
今まで散々私達の妨害をしてきた。そうとしか思えないから。

「誤解です」

「え?」

「正確にはヴァルファーストの、ですが。彼等はシャルを貴方達が殺したと勘違いしていたんですよ。今までずっと」

「それは……」

「そしてそれが連邦を恨む原因になり、結果的に貴方達を敵と見ていた。同じ目的を持っているはずなのに、何だか悲しいものです」

「っ……!」

クラディアは唇を噛む。
まだ納得が行かない、そんな様子でリーサを見つめている。

「ちょっと」

リーサがどう続けようか考えていると、後ろから九重がやってきてリーサに声を掛けた。

「どういうこと?連邦がシャルを殺したんじゃないの?」

しまった、ヴァルファースト側の誤解を解くのをすっかり忘れていた。
リーサが逡巡していると、

「……シャルを殺したのはシャルの父親であるファルカスです」

クラディアが俯いて答えた。

「それは事実?」

九重が聞き返す。

「ええ。少なくとも、私達がシャルを殺すなんてことはしません。彼は私達の大切な仲間でしたから」

「シャルを利用していたんじゃないの?」

「元々、私達は翔太を保護しようとしてたんです。シャルとは別に。だから、最初出会った時は乱闘しましたからね」

「えぇ……」

リーサがため息を漏らす。
どうして乱闘したのか気になる。だが今は抑えておこう。

「……なるほど」

九重が頷く。

「シャル殺害の誤解は解けたかしら?」

「正直、まだ納得していない節はあるけど、まあ大体分かったわ。私達が誤解していたせいで争っていたとは思わなかったけど」

九重はバツが悪くなったようでクラディアから目を逸らす。

「私だってそうよ……。つまり、私達の争いが意味が無かったと、そう言いたいのですねリーサ?」

「その通りです」

「……」

クラディアと九重が顔を見合わせた。
気まずい雰囲気が漂う。

「争いが無意味であったとはいえ、これで誤解は解けたんです。そこで、今回、我々が立てた夕張の基地偵察に協力していただきたいのです」

「偵察?」

「夕張の一拠点から、翔太の物と見られるWP波が何度も観測されているんです。そこで、夜間そこに乗り込もうという算段をたてています」

「なるほど。それが罠の可能性は?」

「無いとは言えません。しかし、それでも行く価値はあります。そこは前線基地ですので」

「……?そこまで分かっているなら我々に協力を要請する必要は無いのでは?」

クラディアが首を傾げる。
ヴァルファーストのメンバーが少し眉を上げたがリーサは気にせず続ける。

「我々の戦力では太刀打ち出来るかどうか。前線基地ですからそれなりの戦力が居るだろうし、翔太が居る場合夕張も居る可能性が高い。そのような状況で我々が勝利するのは厳しいかと」

「……なるほど。状況は理解しました」

「ありがとうございます」

リーサは感謝の意を表し、そして姿勢を正す。

「それで、提案に乗って頂けますか?」

これが本題なのだ。特別警察がこの提案に乗ってくれなければリーサ達に勝機は無い。
辺りを静寂が満たす。
肌に当たる風が冷たい。
クラディアは暫く考え込んでいた。
リーサやヴァルファースト、そして後方から話を聞いていたイェクト等も、クラディアが言葉を発するのを待った。

……どれくらい待っただろうか。
それほど長くは無いはずだ。
実際は数分のことでも何十分のことのように感じられる。
リーサ達は息を呑む。
クラディアが返答したのはそれから数十秒経ってからだった。

「一つ、条件があります」

「なんでしょうか」

「今後私達の活動を邪魔しないことです」

「当然よ。これ以上邪魔したってしょうがないし」

九重が即座に答えた。

「……分かりました。引き受けましょう」

クラディアは頷き、返事をした。
ヴァルファースト一行の顔が明るくなる。
山田は「よっしゃ!」と拳を突き上げ、青柳等も陰ながら喜んでいるようだ。

「本当ですか!ありがとうございます!」

それはリーサも同じことで、思わず声が大きくなってしまった。

「えぇ。ヴァルファーストの皆とも協力できるよう尽力します。これからまたよろしく、リーサ」

「はい!こちらこそよろしくお願いします!」

「私からも。これからよろしくお願いします」

九重がクラディアに握手を求める。

「今まで色々あったけど、一旦それは水に流して、一緒にやっていきましょう!」

元気な声でクラディアに話しかけた。

「そうですね。今は今の事を考えていきましょう」

クラディアは九重の手を握り返した。

四十話 「La ixvarlafirlex」


朝、小鳥の声とともに強い光が差す。そんな毎日と同じような情景は心情を通して少し違うものに見えた。今日、クラディアもスファガルに集合し計画の手順と偵察状況について会議を行う。しっかりと合意形成を行う。ここまで来たのだから、私は引き下がることは出来ない。

ベットから体を起こし、少し背伸びをする。着替えをすぐに済ませる。よし、と言ってドアをあけて会議室に向った。

会議室にはクラディアと九重、数名の特別警察官が居た。どうやら自己紹介をしている様子であった。
「ああ、リーサ丁度良いところに来たわね。ちょっと厄介なことが起きていて。」
九重は部屋に入ったリーサに渋い顔でそう告げると、中に入ることを指図した。
「彼女等、クラディアとあと四人の特別警察官はどうやら未来から来たそうなの。」
「み、未来?」
いきなり突拍子のない話と来た。クラディアが未来から来た?何故、一体どうして。
「私たちは、未来を変えにここまで着ました。未来は翔太が暴走しようとして連邦は、壊滅状態。そこでサニス条約機構はその状態を改善するために私たちを送りました。しかし。」
クラディアの顔が曇る。他の特別警察官は顔を背けるように動かした。
「私たちは翔太の制圧に失敗しました。現に私たちがタイムリープしたため、歴史は変わり、今私たちはここに居るわけです。」

耳が痛いほどの静寂が、部屋の中を通った。
「それじゃあ、絶対にこの作戦を成功させなくてはなりませんね。」
「ええ、必ず。」
リーサとクラディアが向き合って、その意思を確認すると後ろから一人の少女が出てきた。
「ええっと、自己紹介の件は……。」
「ああ、そうでした。彼女がプリア・ド・ヴェフィサイティエ・プヴェリア、当分はプヴェリアと呼んであげて下さい。」
「あ、はい、ヴェフィサイティエです。よろしくお願いします。」
ぺこりとお辞儀をする。名前の形式から見て、ヴェフィス人であろうだから名前が前に来て、苗字が後ろに来ている。その他にも戦闘で出会ったイェクト・ヴィエーナ、特別警察研究所所属のファフス・ファリーア・カーナ、同所属でデュイン訛りが激しいヴァレス・ゲーンが紹介された。全員特別警察の精鋭とあって、雰囲気に違いがあった。

「それでは、基地潜入計画について話を始めましょう。」
九重がそう言い、机の上に基地の地図を広げたところで、サイレンが部屋の中に響いた。クラディアたちが警戒する。すぐに駆け足の後に部屋のドアが開かれた。
「敵襲です九重さん、連邦兵数十名がスファガルを目指している模様で。」
ユミリアが息を切らしながら言う。
「ど、どういうことよ!クラディア!話が違うじゃない!」
九重はクラディアを睨み付け呻くように言う。クラディアは目が見開かれ、少々焦り気味になっていた。
「い、いえ、私たちは未来からやって来ていますし、連邦軍を指揮する権限はありません。そもそも、私たちのうち誰かがここに来るまでに通信デバイスを今まで開きましたか。」
「じゃあ、誰の仕業だと言うの。」
「……。」
クラディアは答えることが出来なかった。何故ここを察知し、攻撃できるのか。
「ユミリア、奴等の狙いは。」
「不明です。スファガルに向い進軍中のためスファガルと私たちを一気に仕留めるのが目的かと。」
ユミリアは淡々と言った。考えろ、クラディアは少なくとも連絡するはずが無い、とすると他の特別警察官にも連絡用のツールは持たせないはずである。分からない、どのように情報が漏れ、スファガルに何故攻めてきている。
「ともかく、考えるのは後よ。今は掃討が先よ。」
「私も出ます。クラディアさんたちはここに残っていてください。」
なぜ、とクラディアが尋ねる。
「貴方たちの無実を証明するためです。」
そう言って、リーサと九重たちはスファガルを後にした。


暗がり、西フェーユに位置するIssvの名を冠する建物の地下に位置する一室には緊迫した空気が流れていた。
「なぁ、現在の奴等の戦況は?」
「はい、報告では全滅に近いと思われます。」
「……。僕が直接行こう。それで終わらせる。」
側近は、顔を歪めて明らかな不快感を表明する。
「君は僕を何者だと思っているのだね。」
「し、しかし。」
「取引には影響しない方が、君も良いだろう?僕達は彼らと裏では一体なのだし。」


「ふっ!」
山田が最後の一人を倒す。連邦兵は倒れ、坂を転がって行った。九重が周りを見渡してもう敵が居ないことを確認する。

「リーサ、何でこうなったか分かるの?」
「いえ、ですが特別警察ではないと言うことは分かります。連邦兵力自体も出し惜しみをしている感じがありますね。」
九重の怪訝な表情がさらに深くなる。
「つまり、どう言うこと?」
「裏に誰かが居る可能性があります。今まで私たちに接触してきた誰かが。」
土埃が巻き上げられ視界が遮られる。その先に確かに人影が確認できたヴァルファーストのメンバーたちはその人間を警戒した。

「やあ、やあ、ヴァルファーストの皆、こんにちは。」
「!?」
そこに立っていたのは紛れも無く、あの時リーサを助けたリファーリンであった。一体何が起こっているのかさっぱり理解できない。まさか、リファーリンが連邦兵を送ってきた?しかしIssvは連邦とは別働のはず。何故だ、何故目の前に恩人が立っているんだ。

「どうやら、混乱してるようだね。リーサ。ことの始まりは全て君のせいだったのに何も分からないとは。」
ヴァルファーストの前でそんなことを言われても全く分からない。私が悪かった?一体どういうことだろう。

「さてさて、どうしてこうなったか知りたいかい?」
リファーリンは、私たちを嘲笑するかのような笑みを浮かべていた。
「教えてください。リファーリン、貴方が何でここに居るのか。」

「お前らは商売敵になったんだよ。」
「商売……敵…?」
全く理解できない言葉に復唱することしか出来なかった。
「リーサ、君が入ってきて出てゆくまでは良かった。しかし、ヴァルファースト、貴様等が夕張を攻撃し始めた。それが君等の終わりだった。」
「な、何故夕張のことを!?」
九重が驚いた様子でリファーリンを見つめる。
「取引さ、夕張の攻撃を受けない代わりに、夕張の邪魔をしない代わりに、デュインの非合法市との窓口を開けさせていただいた『お友達』でね。デュインの市場でよく売れるものを爆発に巻き込まれた奴等に作らせて、投げると、なんとまぁ金ががっぽり入るのさ。僕があいつ等を助けていたんじゃない。あいつ等は僕にこき使わされていただけさ。」
驚愕の事実をさらさらと言い放つリファーリン、ヴァルファーストの面々は憎悪を顔にこめていた。リーサは静かに、それでもしっかりとした口調でリファーリンに語りかけた。
「Issvに居た面々はリファーリン、あなたとIssvのスタッフによって管理されていました。食事、衣服、寝床、そこまでしてあなたは彼らを助けようとしたのではないのですか。」
「違うよ、リーサ。甘い甘い。」
リーサの最後の望みを載せた語り掛けはさっとリファーリンの一言、二言で打ち砕かれた。信じられなかった。あんなに無邪気で頼れるリーダーであったのに。

「世の中は金、金は何でも得ることが出来る、人の心もな。夕張の計画などどうでもいい、その爆破に巻き込まれた奴なんかもどうでもいい。僕は僕が何でも得られるようになればいいんだ。だから、爆破に巻き込まれた奴を騙して、僕も優しいけどちょっと間が抜けたIssvの西フェーユ支部長を演じていただけなんだよ。リーサ、あとヴァルファーストの諸君、君たちは私のその望みをぶち壊そうとしてくれた。夕張には指一本も触らせない。私の理想のためにね。」
「聞いたことがあるわ。」
小声で青柳が呟く。
「ほう、そこの娘は僕を知っているらしいね。感心感心」
リファーリンが嘲るようにそういうと青柳がリファーリンを睨み付ける、殺気立った目はリーサをも巻き込みかねなかった。
「『裏切り者改革者』、誰かに似ていると思ったらそういうことだったのね。今やっと気づいたわ。」
青柳が早口で言うその通り名らしき名詞に誰も心当たりは無かった。そう、リファーリン以外は。
「そうだねぇ、そう呼ばれていたときもあったっけ。」
「ショレゼスコ、再構造改革時の連邦の大手投資家だったのだけれども連邦の経済的不安定と外資の急激な乗り込みに乗じて投資系統を次々と外資に売りつけ、幾つもの企業を売って金を得た改革者。結果、連邦の経済はさらに不安定を極め、デフレ促進、失業率・自殺者率の上昇なども引きつられて発生した。そう、その原因となった投資者が。」
青柳の手がリファーリンを指す。
「ターフ・リファン・リファーリン、貴方の正体よ。」
冷たい風が吹いた。リーサが少し前に出てリファーリンを見つめる。それも睨み付けるのではなく、優しく包み込むかのように。もう一回だけ、もう一回だけ確認したいことがあった。
「リファーリン、私は最後に一つだけ言うことがあります。私を助けたのは本当に金のためですか。いままであれほどの人々を助けてきたのに何の感情も生まれなかった、そうなんですか。」
リファーリンは少し考えていった。
「全く、何にも、君たちを思ってやったことは無いよ。だから、夕張の軍勢に攻めようとするのならば容赦無く、殺す。皆殺しにする。」
リファーリンの目が赤く輝いているように見えた。私は幻想を見ていたのだ、ターフ・リファン・リファーリンによって形作られた平和な幻想。しかしそれは彼女の敵となった瞬間すぐに崩れ落ちた。
「そうですか……。」
リーサは顔を背け、もう一回顔をリファーリンに据える。

「それでは仕方がないですが、ヴァルファースト含め私たちの敵ですね。」
「ふふっ、そうこなくっちゃ始まらないよ。リーサちゃん。」
リファーリンの手に何かが集積され、光の球となり、それが空に撃ち上がる。ヴァルファーストは警戒をしていたが、リーサは分かっていた。この人間は人を食ったようなタイプであることはもう分かっていた。だから、毅然とした態度でリファーリンと向かい合っていた。

「スカースナ・リーサは私の正義として貴方を断罪します。」

リファーリンが放った光の球が彼女の真上で独特な火花が散るような音を鳴らしながら、蒼い光を拡散させていた。

「良いだろう、こちらも万全の態勢で対応して差し上げる。高貴な富豪としてね。」

四十一話 「la jyrus」


上空に打ち上げられた玉は青白い光を放って辺りを照らしている。
「さぁ、宴の始まりだ」
リファーリンがその光球の一部をリーサに向けて撃ち落とすとともに地面を蹴る。
プラズマによって加速されたリファーリンは、あっという間にリーサの目前まで迫る。
「……最後の晩餐って事ですか」
しかし、リーサは落ち着いて、自分の身体の周りに弾丸を生成し、リファーリンに向けて数発撃ちつつ飛躍して降り注ぐ光球を躱す。
しかしその弾丸は虚空を切り、リファーリンはニタリと笑みを浮かべつつ上空の光球を操作する。
光球は1つの大きな玉から分散して多数の弾となって地面に降り注ぐ。
1つ1つは小さいが、そのスピードはとても目で追えるものではない。1発でも当たれば身動きが取れなくなるであろう。
リーサはそれらを生成した弾丸を駆使しながら感覚で避けつつ、リファーリンに弾を撃ち続ける。
「どうした、リーサ。そんなものを撃ち続けた所で、私には当たらないぞ?」
リーサが放った弾丸をひらひらと躱しながらリファーリンは言う。
しかし、リファーリンの言葉を聞いていないかのようにリーサは弾を撃ち続ける。
「連れないねぇ。せっかくのパーティーなのにさぁ!」
そんなリーサを見ていて業を煮やしたのか、リファーリンが急加速してリーサの目の前まで迫った。
「……っ!」
リーサはその俊敏な動きについていけない。
リファーリンのプラズマを纏った拳がリーサの顔面に直撃する……



「なぁ、行かなくていいのか?」
イェクトはクラディアに話しかける。
「何がですか?」
「あいつらの所だよ」
クラディアは少し考える仕草をする。
「……やはり、そうした方が良いですか」
「そりゃあそうだろう。僕達が助けられっぱなしという訳にも行かないだろう」
「そうですね。彼等とは同盟関係にあるのですし、お互い協力しましょうか」
「私も行こうかしら?」
カーナがクラディアに問いかける。
しかし、クラディアは首を振り、
「貴方達3人はここで待っていて。人が居なくなった所を狙って連邦の軍勢が来るかもしれません」
と、言った。
「それじゃあ、僕とクラディアが出る。君達はここを頼んだ」
「あいよぉ」
ヴァレスがやる気のないような返事をする。
その声を聞き終えた後、クラディアとイェクトは外へ駆け出した。



リファーリンが突然左の方に吹き飛んだ。
さっきまでリファーリンが立っていた場所には、九重が立っていた。
九重は、衝撃波を発生させてリファーリンを吹き飛ばしたのだ。
「私達を無視しないでくれる?」
そう言った九重は、どこか頼もしさを感じられた。

「これは失礼。眼中に無かったよ」
一方、リファーリンは特に深手を負った様子はなく、直ぐに体勢を立て直した。
「それじゃあ、君達も交えて続きをしようか。楽しい宴になりそうだ!」
リファーリンが高笑いし、再びプラズマを生成する。
「させるか!」
いつの間に居たのか、後ろから山田が走ってきてリファーリンに襲いかかる。
「遅い」
しかし、山田の拳が繰り出された時、既にそこにリファーリンは居なかった。
そして、いつの間にか山田の背後に回っていた。
「うおっ!?」
そのまま回し蹴りを放ち、山田を突き飛ばす。

「君はそこで寝ていたまえ」
山田は地面に蹲っていて、立ち上がれそうにない。
リファーリンは、硬化された山田の身体をものともしない一撃を放ったのだ。
そして、リーサに向け光球を放つ。
亜音速で放たれたその玉を、身体を反らしてギリギリで避ける。
しかし、そんな避け方をしたにも関わらず、リーサの顔に焦りの色は無かった。
「……へぇ。身体が勝手に動いたってところかな?」
「まぁ、そんな感じですね」

といっても、実際に勘で動いた訳ではない。
リーサは身体に電気を纏っていたのだ。
光球がリーサに近づいた時、リーサとその玉は反発し合い、斥力を受けたリーサは自然と身体が反れたのだ。

「逆にこういうことも可能ですが」
そう言ってリーサは、一つの弾丸を生成する。
リーサが制御を外した瞬間、それはリファーリンに向かって光の如き速さで撃ち出された。
「ぐっ!?」
そして、それはリファーリンの左足を射抜いていた。

四十二話 「la stidisno」


「少しはやるようだね。リーサ。容赦はしない、抹殺する。」
リファーリンはリーサだけを目に据えて、手を翳す。
「私たちを!」
「無視するな!」
衝撃波で加速した九重が一瞬でリファーリンの目の前に接近する。時同じくして、WPライフルを装備した青柳が走りこんでいた。
「君たちには、華麗さと言うものが無いねぇ」
九重の一撃を寸で避け、青柳の背後に瞬間で移動する。
「ッ!?」
WPライフル持ち直しリファーリンに向けようとするが背後にはリファーリンが居なかった。
「ふふっ、私の相手にはならないようだな。」
紫色の閃光と共に青柳が吹き飛ばされる。九重は瞬間で衝撃波による加速でリファーリンの背後を取る。
「リーサ!」
リーサに指示を出す。リファーリン-九重-リーサの位置、リーサは手を翳し銃弾を打ち出す。瞬間九重がそれを衝撃波で加速するリファーリンと彼我の距離を急激に詰め、頭付近で爆発した。

「やったか……。」
「いいえ、彼女は。」
―上です。

その言葉を言う前に九重が回避行動を取る。
「リーサああああああああああああああああ」
「弾丸誘導―Korlixtel Kvasm―」
リーサが弾道を再度形成し、リファーリンに向けてそれを放つ。リファーリンが接近してきていることもあり、瞬間で足を打ち抜く。
バランスを崩すが、リファーリンはプラズマを形成して反動でバランスを取り戻す。肉体を損傷したのにもかかわらず、顔色は一つも変えていない。
「さすが、リーサ、軍隊仕込みの技術はレベルが高いね。」
「いいえ、これらの技術は軍隊に入る以前からありました。」
「リーサ?」
九重がリーサに問う。
「詳しい話が聞きたいところだが、そんな時間は無いッ!」
強力な爆風と共に掲げられた手にプラズマが集結する。瞬間それらは散ってリーサを標的とする。しかし、リーサは動かない。
「リーサ!避けて!」

瞬間乾いた衝撃音と共にリファーリンの頭が爆破四散した。
リーサの前は霧で見えなくなっている。
霧が晴れ、現れたのはクラディアであった。
「間に合いましたね。」
リーサの後方にはスナイパーライフルをたずさえたプリアが居た。
「ちゃんとできましたよ。クラディア先輩。」
クラディアはその言葉に頷いた。

「クラディア……。」
リーサはクラディアに抱きついた。一人でここまでやってきたが、とてもじゃないが酷い重圧を受けていた。
「わ、私……これまで頑張ってきました……誰一人、全てを知らなかった。でも、でも!」
「分かっています。リーサ、よくここまでやってきましたね。お帰りなさい。」
リーサの嗚咽が聞こえてくる。
お帰りなさい。クラディアはもう一回そういった。

「!?」
乾いた破裂音に目を向けるとプリアが体勢を崩し、倒れていた。
「くっ、そ……。」
「感動シーンのところ、すまないけど、僕はそういうのをぶっ壊していくのが大好きなんだよね。」
趣味の悪いやつめ。
九重の小声が戦場に響いた。

四十三話 「La kafi'astan」


「やはりこの程度では倒れてはくれませんか……」
そう言いつつも、クラディアは残念そうな顔をしていなかった。
「そりゃあそうさ。あんなのでくたばってたらやっていけるわけが無いじゃないか」
リファーリンは乱れた髪を整えながら言う。
彼女の表情に変わりは無かった。
不意打ちに対応出来るだけの力はあるようだ。

「しかし連邦のクラディアまでやって来るとは。いやはや油断していたよ」
そう言ったリファーリンは不気味な笑みを浮かべる。
もはや見慣れたその笑みは、ただこの状況を楽しんでいるだけのように見えた。
「いいえ、私だけではありませんよ」
クラディアがいつもの様子で言う。

「もう一人、ここにいます」
クラディアがリーサを指差す。
「ええ、その通りです。私を忘れてもらっては困ります」
リーサはそれに応じるように続ける。
クラディアに今の自分の苦悩を理解してもらえたことで、かなり負担が減ったようだ。
そしてそのお陰か、リーサは今まで以上の力を出せる気がしていた。

「………クックックッ。アーッハッハッハッハッハ!!!!」
リファーリンが突然大声で笑い出す。
リーサとクラディアはそんな彼女の様子に不気味ささえ覚えた。
「いいねいいねェ、もっと私を楽しませろ!そして、お前ら全員私の前に跪くがいい!」
そう言った直後、リファーリンの身体がプラズマにまみれる。
その影響を受けてか、リーサ達に強風が吹きつける。
吹き飛ばされないようバランスを取っていると、リファーリンの姿が目の前から消えた。
しかし、リーサ達にはリファーリンの居場所は分かっている。
上だ。
リファーリンは、一瞬の内に遥か上空まで昇っていた。
そして、リーサ達めがけて急降下する。

「今日はなんて素晴らしい日だ!これでこそ今ここに生きている価値があるものさ!!」
プラズマをリファーリンの両腕に集中させ、二つの剣を生成した。
そして、落下速度を上げながら、更にプラズマを生成する。
「貴方の生きる価値など知りません。好きにすればいい。しかし、これ以上続けると言うのなら……。覚悟はいいですね?リファーリン」
それに抗うようにクラディアが巨大な氷の槍を創りだす。
両者共に、これで決着を付ける気のようだった。

「……それは私の台詞だよクラディアァァァァ!!!」
「貴方にその台詞を言う余地などない!!」
リファーリンが剣を構え、クラディアに向け突き出した。
そしてクラディアはリファーリンに向け槍を突き刺した。

「……リファーリン。私に嘘でも親切にしてくれたことには感謝してます。今まで有難う。そして、さようなら」

二つの槍と剣は、周囲に多大な衝撃波を放ち激突した。

四十四話 「La ansournust」


砂埃が晴れた頃には、目の前の光景が良く見えていた。
リファーリンが倒れている。
「倒した……のか。」
九重が言う。
「い、いや……まだだァ、クラディア、リーサ、ヴァルファースト、お前等を殺して私は金を得る!うっ、がはっ!」
リファーリンは吐血していた。既に身体も見るも無残な状態、クラディアとリーサはあの一瞬でリファーリンの双方のモーニ体を破壊した。回復能力は失われていた。
「リファーリン、もうこれ以上無駄な抵抗は止めろ。」
先程地面に打ち付けられていた山田が、リファーリンの目の前に居る。
「抵……抗…だと?ふざけるな……お前等は殺す、殺してやるからなァ!」
「……。」
九重が無言でリファーリンに手を翳す。
「私たちですらその活動自体は善いものだと錯覚していた。しかし、お前は皆を欺き自分だけのためにIssvという組織、夕張の被害者を利用し続けた。」
リファーリンは悪びれもせずに九重を指差して笑う。
「何が悪いさ、僕はただ、僕のために生きているだけだ。お前等は皆僕が楽しく生きるための哲学的ゾンビに過ぎないんだ。」
「殺す。この捻くれ者!」
九重が手を掲げる。慌てて山田が止めに入る。
「ま、待て、警察に引き渡すのはどうだ。どの道今ここで殺す必要は無い。」
「警察もこれと繋がってて、腐ってるって話じゃないの。警察に引き渡したら文字通り私たちを殺しに国を挙げてくるわ。」
リーサが手を掲げ、注目を集める。
「一旦スファガルに持って帰りましょう。ほっといても回復はしませんから。」

「んで、どうします。」
リーサは円卓を臨んで言う。九重を始めとしたヴァルファーストメンバー、クラディアを筆頭とする特別警察陣が円卓を囲んでいた。

「リファーリンは地下に監禁しています。ちゃんと鎖で縛ってありますし、WP不可能剤を増量したので当分はWP回復しないと思います。死ぬかもしれませんけど。」
クラディアがさらっと言う、あんた特別警察だろ。というツッコミは多分効かないだろう。
「そうではなくて、作戦のことでしょ。てか、あなた、WP不可能化剤なんて持ってたのね。」
「まあ、基本的なアンプルは持ち歩いてます。見ますか?」
「お、興味ありますね。僕見たいです。」
にゅっと山吹が出てくる。話を元に戻そうとリーサは二回手を叩いた。
「基地への侵攻の件です。リファーリンの話が国家権力に回る前に早期決戦を行いたいところです。」
「情報は十分にある。力も、勝算は十分にあるはずよ。」
「では、近日中に攻め込みましょう。以上、解散です。」


リーサはスファガルの廊下、暗がりを歩いていた。
ある場所へ向っていた。

このヴァルファーストに裏切り者が存在している。
その確証を得たからであった。

図書室に入り、当人を見つける。
「あら、リーサさんじゃないですか。お疲れ様です。」
「こんばんは、ヴァレス・フミーヤ・エミーユさん。」
ヴァレスをリーサは優しくにらみつけていた。
「どうしたんですー?寝ないと体に障りますよ。まあ、私が言うことじゃないけど。」
ふふっと少し笑ってノートパソコンの画面に目を向け、作業する。
「このヴァルファーストには裏切り者が居ます。」
ヴァレスは手を止めずに作業を続けている。
「それが、私と?」
リーサは頷き、瞬きする。
「リファーリンにこのスファガルの位置情報を流しましたね。」
図書室の中に静寂が流れた。ヴァレスの打鍵音だけが空しく鳴っている。
「リーサさん、一つだけ確認しておきます。あなたは何のために今まで生きているんです?」
リーサはヴァレスが言っていることが良く分からなかった。聞いた事に答えろと言おうとしたところ、ヴァレスがまた口を開いた。
「貴方のこと、調べさせてもらいましたよ。ユエスレオネ・アルシェユ出身15歳という異例の若さでユエスレオネ連邦陸軍に入隊。対テロ作戦に投げ込まれて、とんとん拍子で特別工作隊の隊長に任命された。エリートさん。何のために今まで生きてきたんですか?」
「その前に質問に答えてください。」
苦し紛れだった。ヴァレス自身がどんな人生を歩んできたかそんなことは全然知らない。しかし、エリートだという言葉、概念に厭味を持っていることは分かった。
「何のことかさっぱりですね。私が位置情報を漏らして何の益があるんですか。」
「回線に流れるパケットをキャプチャして解析しました。よくもまあ、専用回線で流さなかったものです。」
「…………。」
ヴァレスは下を向いたまま泣きそうな表情になる。
リーサはヴァレスを睨み付ける。
「あなたがリファーリンの差し金であることは分かっています。でも最初からそうではなかったはずです。一体何を対価にリファーリンに位置情報を流したんですか。」

また静寂が訪れた。

「……師匠。」
「え?」
ヴァレスは泣きそうな顔を上げてリーサに懇願するように言う。
「師匠であるアレス・リェユがIssvの地下に囚われているんだ!協力しなければ殺すといわれて、協力する他無かったんだ……。」
ヴァレスは嗚咽しながらリファーリンとの接触から協力について話してくれた。
事の発端はIssvのロッジにヴァルファーストが来てからだった。あれが起こった後、リーサ自身Issvのロッジには顔を出してないのだが、リファーリンはその頃からヴァルファーストが夕張を狙うはずだと見当をつけていたらしい。リファーリンはたまたま外出してきたヴァレスに接近し、親しい友人のふりをしながら使える情報を引き出していたらしい。この基地侵攻作戦も筒抜けであった。本性を表したリファーリンはIssvに丁度居たヴァレスの師匠であるアレス・リェユを地下に閉じ込め、それの解放と等価にスファガルとヴァルファーストに関する情報を漁らせた。ばらせば殺すと脅されていたらしい。

「もうリファーリンは倒しました。恐れる必要はありません。」
「まだ、師匠がIssvに残っているんです!地下だから何されるか分からないっすよ……。」
大丈夫、とリーサがヴァレスの頭を撫でる。

「ばれていないと相手側に錯覚させればいいのでしょう?私一人で、言って取り戻してきますよ。」
「そんな無茶な。」
ヴァレスがリーサを掴む。
「あそこにはまだIssvのリファーリン直下の特殊部隊が残っているんですよ。一人では無理ですよ!」
リーサはヴァレスの手を解いて、図書室のドアに手を掛ける。
「リーサさん!」
「私は、翔太と同じように人を無邪気に助ける存在でありたいんです。そう、そう在らせてください。」
そういって、リーサは部屋を出て行った。

四十五話 「La lattarlfi'e」


「エミーユがリファーリンに情報を流したぁ?」
九重は驚きに満ちた表情で言う。
部屋には九重の他に、青柳、山吹がいた。
二人共リーサの話を聞いて目を丸くしている。
「ええ。しかし、それには色々と事情がありまして……」
リーサは、先程のエミーユとのやりとりを九重達に話した。

「……なるほどねぇ」
九重は神妙な面持ちになる。
「ところで、それは私たちに話す必要は有ったのですか?」
隣にいた青柳がリーサに問いかける。
「念の為です。エミーユが嘘を付いている可能性もありますので」
「それもそうですね。しかし、それだとリーサさん1人では危ないのでは?」
「私は大丈夫です。寧ろここで全員で行くほうがかえって危険です」
「僕がサポートしようか?」
山吹が手を上げる。
「万が一もあるだろう?"念の為"にね」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
リーサは微笑んで承諾した。

「山吹、貴方のWPが届く範囲はどのくらいですか?」
「大体、100mといった所かな。遮蔽物があっても位置が把握できれば問題ないよ」
「なるほど、ではIssvの外で待機していてください。位置情報はユミリアさんを経由して流してもらいますので」
『リーサさんに何かあったらこちらから連絡を入れます』
「了解した」
「では、行ってきます」
「僕の役目が無いことを祈るよ」
山吹の冗談めかした声を合図に、リーサはIssvの扉を開けた。
中にいる人達から奇妙な目で見られたが、特に何もしてこないようだ。
出来るだけ音を立てないよう、慎重に進んでいく。

階段の前まで来た所で深呼吸をする。
階段の段差は少し錆ついているようだった。
年季が入っているようで、段差を踏むと軋む音がする。
「ここから降りれば良いのですか?」
『そうです。そのまま地下まで慎重に進んで下さい』
「了解」
リーサは注意深く段差を降りていく。
時折、音を立ててしまったが、誰かがそれに気づいた様子はない。
上から銃で撃たれるかとも思ったが、誰も追ってこない。
下に待ち伏せも居ないようだ。
警戒心を解かずに、一番下の段を下りる。地下に侵入したのだ。
すぐさま辺りを確認するが、誰もいない。
そこは薄暗い空間で、所々で光っている電球も、点滅をしているものがちらほら見える。
床や壁を見ても、とても手入れされているようには見えない。
リーサは懐中電灯を灯しながら、左の方に進んでいった。

そこは1本の廊下のようになっていて、左右に扉があるが中に人がいる気配はない。
懐中電灯で先の方を照らしてみても行き止まりは見えない。どうやらそれなりの長さがあるようだ。
もしかしたらリェユが居るかもしれないので、扉の向こうを一つ一つ確認していく。
だが、案の定中には誰もいない。
そして、誰もリーサの侵入を止めようとしない。
もしかしてここには誰もいないんじゃないか、と思った矢先、とうとう廊下の行き止まりまで来てしまった。
そのまま元来た道を引き返していく。
ついでにもう一度部屋の中を一つ一つ確認してみたが、やはり人は居ないようだった。

さっき降りてきた階段まで戻ってきた。
今度は先ほどと逆方向に進んでいく。
念の為、ユミリアに報告を入れておこう。
「こちらリーサ。地下の階段から左側を確認しましたが、人の気配はありませんでした」
『了…。状況の…告……が…うござ……す』
どうやら地下に居るせいで通信が途切れ途切れになっているようだ。
このまま不安定なままだと危険なので、リーサは手短に右側を調べる事にした。

左側と同じく、こちら側も1本の長い廊下の左右に扉があるだけだ。
例のごとく扉の中を確認しつつ奥へ進んでいく。
廊下は左側に比べて短いようで、直ぐに行き止まりまでついてしまった。
やはり人が居る様子はない。
エミーユは私に嘘をついたのだろうか。
そう思いつつ、リーサは階段までの道を引き返そうとした。

「誰かな?君は」
リーサが戻ろうとした瞬間、後ろから声が聞こえた。
リーサは自身の背筋が凍っていくのが分かる。
この人の気配すら感じなかったのだ。かなりの実力者であることは間違いないだろう。
リーサは恐る恐る振り返った。

「……貴方は、アレス・リェユ……」

そこには、エミーユの師匠、リェユが立っていた。

四十六話 「La hyrcorfilen」


「誰かな?君は」
リーサが戻ろうとした瞬間、後ろから声が聞こえた。
リーサは恐る恐る振り返った。

「……貴方は、アレス・リェユ……」
そう、エミーユの師匠アレス・リェユは何の変った様子も無く立っていた。
「もう一度聞くよ、君は誰だ。」
「知っているでしょう、ここIssvのロッジで何気なく会話をして、人質にされたあなたを解放しようとヴァルファーストに連れられたスカースナ・リーサですよ。」
リェユははっとした表情でリーサを見つめていた。
「そうか、君を倒せばエミーユは無事という訳か。」
「は?」
リェユが言ったことが理解できなかった。そもそもリェユ自身が何故監禁されておらず普通に出てきているのか。それが理解できなかった。
「リファーリンは私の弟子であるエミーユを間接的な人質としてヴァルファーストの構成員を殺すことを要求した。」
「しかし、あなたはエミーユを守ってくれると考えてヴァルファーストに紹介したのではないのですか。」
リェユはリーサを睨み付ける。

「そう、あの娘はあのような性格だから守ってくれるような存在が必要だった。それがヴァルファーストだった。でも、リファーリン自身の力は優にヴァルファーストを超えていた。ヴァルファーストが邪魔になったのか、彼女のお遊びなのかは知らないが、君たちの命とエミーユは交換されたのさ。」
「そうですか、エミーユさんも同じですよ。」
リェユは一瞬きょとんとするが、再度顔をこわばらせる。
「簡単な嘘を付くんだね。」

「嘘ではありません、エミーユさんはリファーリンにあなたの命とヴァルファーストの情報を提供することを交換していました。」
「証拠は、証拠なんかあるわけが」
リーサは胸ポケットからボイスレコーダーを取り出して再生ボタンを押す。


『師匠であるアレス・リェユがIssvの地下に囚われているんだ!協力しなければ殺すといわれて、協力する他無かったんだ! 』


他でもないエミーユの声。
「子弟のエミーユさんで間違いないですね。」
「は……い、一体、どういうことだ……。何が起こっているんだ!?」
リェユは錯乱状態であった。
「落ち着いてください、二人ともリファーリンに利用されていただけです。今は協力して……」

「そうはさせないがね。」
かつかつと暗い廊下を歩く音。リーサの真後ろには、見覚えのあるシルエットが居た。
「――シフール=ハフリスンターリブ」
モノクルを取って廊下の壁に投げつける。ガラスが割れ、モノクルは粉々になった。
「スカースナ・リーサ、また会うときは無の世界とは言ったが、その願いは叶いそうになさそうだ。」
「やる気ならお相手しましょう。」
リーサは手をシフールに伸べた。

四十七話 「La makarelm」


シフールの方へ手を向けつつも、彼に質問をする。
「貴方はやはり、アレス、ファ―」
「それ以上その名を口にするな!」
だが、彼はそれを聞くのを拒絶するように、リーサの言葉を遮る。
さらに、いつの間にか生成された漆黒の珠から、何発もの稲妻がリーサに走る。
(これくらいなら……!)
が、リーサは稲妻の隙間を縫うように抜け、シフールの眼前に迫る。
そのまま突き出した右手から銃弾を生成し、発射する。
しかし、シフールも、身体を仰け反らせつつ展開された球からの稲妻で弾丸を吹き飛ばした。
そのままバックステップをしてリーサから距離をとる。
リーサはシフールに向け銃弾を撃ち続けるが、全て跳ね返されてしまった。

「無駄だ。いくら同じことをしたって俺には効かん」
シフールは稲妻を走らせながら、余裕のある態度で言う。
以前は不意を打てた事で傷を負わせる事が出来たが、今回は別だ。こちらの手の内が分かっている以上は同じことを続けても意味が無い。
「それくらい分かってますよ」
と言いつつ、リーサは新たな弾の生成に入る。
その一瞬の隙を付いて、今度はシフールが急速に距離を詰めてくる。
リーサはシフールに合わせて後退するが、シフールのスピードには抗えず、目の前数メートルの所まで接近される。
「この距離からは避けられないぞ!」
そしてシフールの両サイドから現れた稲妻がリーサを射ようとした。
「……!」
その直後、シフールは急に身体を左に傾ける。
が、シフールは背中に衝撃を受け、リーサの視界の右側へと吹き飛ぶ。
シフールは壁に激突した。しかし、受け身はとっていたようで、ダメージはほとんど負っていない。
「成程……ただ弾を打つだけじゃないな、お前……」
シフールが嫌味ったらしく呟いてリーサを睨む。

リーサは稲妻を撃たれる直前、手からではなく、額から弾を撃った。
それまで手から発射されていた為、シフールはこの攻撃に対応するのが少し遅れた。
咄嗟に身体を左に逸らしたが、今度は何もない空中、シフールの背後から弾丸が発射され、シフールを吹き飛ばしたのだ。

「余裕がある人ほど倒しやすい。その余裕が命取りになる」
「ふん、説教のつもりか。お前と話すことなどもう無い」
稲妻がリーサの眼前に迫る。
すかさずそれを回避するために横に移動する。
が、稲妻は直進して来ること無く少し曲がり、そして今度はズレたリーサに向けて軌道修正がされる。
(当たる……!)
リーサは対応することが出来ずに電撃を直に受けてしまう。
そのまま後ろに弾き飛ばされ、床に身体を叩きつけられる。
リーサが起き上がろうとしたのも束の間、次々に稲妻が降り注ぎ、リーサはそれらを避けることに集中せざるを得なくなった。
軌道を見切りながら姿勢を戻したが、リーサは立ち上がる時に足に違和感を覚えた。

(左足が……動かない……)
リーサの足がシフールが設置していたトラップに嵌ってしまったのだ。
左足が痺れ、立つのが辛くなってゆく。足に微弱な電撃を与えるものだったようだ。
「おいおい、大丈夫か?まさかさっきのでやられた訳じゃないだろう?」
当のシフールはリーサの様子を見て笑みをこぼす。
「まさか。その程度でやられるとでも?」
リーサは強く返したが、足の痺れは増す一方だ。
見動きが取れず、徐々に右足に重心を預けてしまい、シフールに対して劣勢となってしまった。
(一歩でも動けば倒れて立ち上がれなくなる……動かずにシフールを倒すにはどうする……?)
リーサはシフールに警戒しつつ、頭を回転させて、この状況を打破する為の手段を探しだした。

四十八話 「La arfeser」


状況は依然皮肉なる物であった。堂々と入り込んだ私は、その警備のザルさに心を許し警戒を怠っていたためとも一瞬考えた。事の顛末はこうである。
ヴァルファーストの司書(ただの司書ではない、ウィザードライブラリアンとでもいうべきか。)ヴァレスはヴァルファーストの情報を裏からリファーリンに流していた。リファーリンは夕張と繋がっており、夕張の敵となったリファーリンは我々と対峙することになったが苦戦の後に倒すことになったが、我々はリファーリンがスファガルを察知した理由を知る必要があった。

リファーリンがスファガルの位置を特定してしまったのは回線のパケットキャプチャを行っていれば、直ぐ分かった。流していた情報は非暗号化されたこの地帯の情報、出先はそもそもこのスファガルのネットワーク機器が固定IPで全て設定されていたために簡単にヴァレスのものだと察知できた。何故こんなに簡単に分かるような設定にしているのか彼女からは一言も聞いていない。ただ、こういうことかもしれない。

『誰かに気付いて欲しかった。助けて欲しかった。』

そう。ヴァレスが情報を流したのはヴァレスの師匠であるアレス・リェユ(偶然にも私があのIssvのロッジで同席した)という人間であった。ヴァレスの心配を取り払い、無言の要求を受け入れることにヴァルファーストは皆で襲撃しリェユを取り戻すといったが、依然彼らには静かに乗り込むということは向きはしないだろうと私は踏んでいたので連れて乗り込むことはなかった。そして、これは自分に対するけじめでもあった。Issvの、リファーリンの、そしてヴァレスとリェユという全く知る由も無かった関係に対して与えてしまった影響に対する責任を自分なりに取る予定であった。だが、潜んだIssvの内部には人影も無く、ただ騙されていたリェユだけが居た。彼もまた私を倒すことによって捕らえられた(とされている)ヴァレスを取り戻す。そうリファーリンの情報を受けていた。だが、もうリファーリンは居ない。リェユと和解することも簡単にできた。だがしかし、背中には夕張の手下であるアレス・ファルカス、否シフール=ハフリスンターリブが居た。



足の痺れはもう足の感覚を失わせ、リーサは完全に地べたにぺたんと座っていた。ただこれだけみれば可憐で可愛らしい少女なのだろうが、状況はそう可愛いものではない。

「どうした、トラップ程度で倒れていては相手にならんぞ。」
シフールが薄い笑みを浮かべる。余裕の表情に片手は黒球を携えている。状況は非常に芳しくない。どうにか動かずに奴を倒す……いや、この際字段階の攻撃を防げれば時間稼ぎにはなる。どの道、助けは来ない。自分のこの状況でも下手に弾を打てば隙を与えかねない。

黒球は考えている時間を刻々と刻むかのようにその大きさと禍々しさを増していた。数メートル先のシフールを見上げる。気持ちの良い緊張感、木のきしむ音がした。

木が、軋む?

「何を笑っている。無力を前に気が狂ったか?」
「いいえ?」
リーサが手をシフールの頭上に翳す。シフールがその手の向う方向を見上げる。ハッとした表情でリーサへと電撃を向わせようとするが、体勢が整わずに手にある黒球が不安定にその色を薄めた。

「木が軋む音が面白くてね。」
集中したレーザー線が細かい線を描く、天井の木を縫って吸い込まれたかのように消えていった瞬間、天井部の組み木が綺麗に落下してきた。
「ぐっ、貴様ァ!」
叫び声は落下してきた木の衝撃音に打ち消された。シフールは目の前には居なかった。
行きましょう――と声をかけてリェユに手を伸べる。リェユはしかし手を渡さずにリーサの背後を呆然と見ていた。リーサは背後に振り向きその正体を確認した。

四十九話 「la cuturl」


「………?」
リェユが何を見ているのか、警戒しながら振り返ったリーサだが。
誰もいない。
だが、さっきのリェユの様子から見て、そこに人が居たのは確かだ。
リーサは振り返ってリェユを誰も居なかったぞという顔で見る。
だが、リェユはそれでも目を見開いたまま硬直している。
「あの……?」
リーサは気になってリェユに声をかける。
すると、リェユは驚きのあまり上手く喋ることが出来ないのか、口を震えさせながらも、
「確かに……今君の背後に人が居たんだが……君が後ろを向いた瞬間、消えたんだ」
「え?」
「嘘じゃない!確かに私は見た。どこか見たことがあるような服を着ていて、突然現れて、そして消えたんだ」
突然……人が消えた?
何を言っているんだ、とも思ったが、リェユのこの慌てようから見てもあながち嘘では無さそうだ。
だが、その人物が本当にいたとして、わざわざ消える理由などあったのか?
それに、嘘では無さそうとは言え、嘘ではないと言い切れる訳でもない。
リェユはまだリファーリンがやられたという事を信じていない可能性だってある。
この発言がブラフである可能性を否定出来ない。

とはいえ、気になるものは気になるので……
リーサは一応牽制の意味で左の手のひらをリェユに向けつつ、首を少し捻って背後を確認する。
……やはり誰もいない。
「……誰も居ませんよ?」
リーサが後ろを向いたままリェユにそう答えた時、

「……俺の事か?」
という声がリーサの視線の先から聞こえた。
「な……!?」
そして、その声の主――声質からして男だろう――が何の前触れも無く、リーサの正面数メートル先に現れた。
一切の音を立てること無く、気配も感じさせず。
リーサは知覚することすらできなかった。
言葉の通り、突然出現したのだ。
言うならば、「気づいたらそこにいた」というような感じだった。
「お前がアレス・リェユか。リファーリンに利用されていたとは、弟子のためとはいえ愚かな奴だ」
その男は、リェユの方を向いて独り言の用に何かつぶやいている。
彼は頭にフードを被っていて顔は確認できないが、茶髪に近いようだ。
上半身を黒いコートで隠し、ズボンも濃い灰色で、とても地味だ。
他人に容姿を特定されないようにするためであろう。
だが、リーサには心当たりが一つある。
以前にも、似たような風貌でヴァルファーストを襲った男を。
「夕張の仲間か……!」
思わずリーサは口に出してしまった。
コートの男はリーサの言葉にピクッと身体を震わせ、リーサを睨めつける。
そして、リーサの風貌を確認するように視線を巡らす。
リーサもつい対抗して男の顔をガン見してしまう。一応右手でWPを発動する準備をしつつ。
その視線を気にも止めずにリーサを睨み続けていたが、もういいと判断したのか、視線をリーサの顔に持っていく。
「スカースナ・リーサだな」
そして目が合うと同時にリーサの本名を特定してきた。
突然名前を言われて内心ドキッとしたが、「ハイその通りです」と答える訳にもいかないので、そのまま黙ってスルー。
「沈黙を通すなら肯定とみなす。リーサ、俺はお前の言うとおり夕張の一味だ。だが、危害を加えるつもりはない」
男が二人を見据えて言ったが、リーサは警戒を解かない。寧ろ強めた。
自分から夕張の一味だと認めたということは、それが周囲にバレても問題ないということであるのだ。
すなわち、バレたとしても対処できる。それだけの実力があるというこなのだから。こいつが馬鹿なだけかもしれないけど。
「……ならお前は何をしに来たんだ」
リーサが思っていたことはリェユも同じらしく、男に聞き返している。
「……お前達は今ヴァレス・フミーヤ・エミーユに関する事で争っていた。そうだろう?」
「………」
どうやら、この男は事の顛末を知っているらしい。
ヴァレスの名前が出てきた辺り、おおよそ全て知っているのだろう。
「そして、和解に向かっていた所で奴がお前達を妨害したといったところか。しかし、リーサの機転の利かせ方は悪くなかった」
「それはどうも」
男は、上から目線で言葉を繋げていく。
多少イラッと来たが、ここは堪える。
しかし、彼は今さっきの状況を詳しく知っているようだ。あの時既に居たのだろうか。
「奴も暫くは出てこないだろう。ところで、リーサ、お前が穴を開けたせいで上の階では大騒ぎだ。今頃、多くの職員がこっちに駆けつけている頃だろう。そろそろここに付くんじゃないか?」
……考えてなかった。
咄嗟の判断とはいえ、自ら敵をおびき寄せる形となってしまった。
考えてみれば、ここは敵のアジトの最深部。突入したのは私一人、四面楚歌だ。
「君一人ならどうにかなるかもしれないが、生憎ここにはリェユがいる。見つかれば即殺されるだろう。そうなると脱出は困難じゃないかな?リェユを守りつつここを抜け出すのは」
「………」
リーサは何も言えない。実際そのとおりだからだ。
リーサが悔しそうに下を向くと、
「そこで提案がある。今から俺がお前達をエミーユの所に連れて行く」
コート男が驚愕の発言をしてきた。
「「は!?」」
あまりの言葉に二人とも思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
この男は自分がなに言ってるのか分かっているのか。ついさっき自分で脱出は困難だって言ったばっかりじゃないか。
「そう驚くな。今回は俺からのサービスだ。但し、助けられたことを口外するな。これで貸し借りナシだ」
リーサ達が驚いている間にも、コート男はリーサ達を無視して事を進めている。
「ヴァレスの所までの距離は大体こんなものか……よし、準備が出来た。お前達、目を瞑れ」
なにやらぶつぶつ呟いてから、コート男が二人に指示を出してくる。
「…ちょ、ちょっと待って下さい!私はまだ貴方を信用していません!」
「まだそんな事を言うか。いいから早く。捕まるぞ」
「だから、私は……」
リーサがコート男に抗議しようとしたその時。
『ここだ!ここに跡があるぞ!』
と、上から職員のものであろう声が聞こえてきた。
もう間に合わない。そう思ったリーサは、コート男の方に振り返り、
「分かりました、一旦信用しましょう。嘘だったら殺しますよ?」
と言った。
「私も乗ろう。どのみち、上から逃げることは無理だろうしな」
リェユも決意を露わにした。
「良い返事だ。じゃあ、目を瞑れ。身体が後ろに押し出されるような、引っ張られるような感覚が数秒するが、それが収まったら目を開けろ。以上だ。行くぞ!」
コート男が最後の台詞を強く言ったため、リーサ達はその勢いに飲まれてそのまま目を瞑った。

ほんの一瞬、身体が宙に浮いた様な感覚。
そして直ぐ、強烈な勢いで後ろに引っ張られる感覚がした。
まるで、何十人もの人達がリーサの身体を綱引きで引っ張っているかのように。
その強力な力に耐えること数秒。
今度は足が地面に付いたような感覚がした。
ので、目を開けると……

見覚えがある部屋がそこにあった。
壁際に本棚があり、本がびっしりと並んでいる。図書室だ。
そしてここは、いつもヴァレスがいる部屋だ。
さらに驚くことに、目の前には、突然の目の前に現れたリーサ達にびっくりして目を見開き、そのまま後ろに尻もちを付き、抱えていた本を辺りに散らばらせて愕然としている、ヴァレスの姿があった。

五十話 「la viroterss」


「し、師匠……」
ヴァレスは目を見開いて二人を見る。
「エミーユ……」
「師匠!!」
ヴァレスがリェユに飛びつくようにハグする。リェユもそれに答えて強く抱きしめた。二人は再会を果たした。ついにこれで破壊工作をなかからするものは居なくなったであろうし、リーサ自身彼らの境遇に悲しみを感じていた。解決してすっきりした、という感じであった。
これらの惨事を起こして、連邦を引き回し、関わる人間の人生をめちゃくちゃにした大役者は誰だ。ヴァルファーストという組織の発足とリーサ自身の記憶喪失からここまでの道のりをたどってきたがそれは偶然ではなかったはずだ。まるでその道が綺麗に決まっていたかのようにアレフィス様は私にこの道を見せ付けた。ならば、正義が神にも認められるのであれば、
『夕張』、お前を倒すしかない。

ヴァレスとリェユが感動の再開をしているところにどかどかと入ってきたのはヴァルファーストのいつもの面子であった。本当にこの人たちは静かではない、まあそれが魅力では在るのだけど。
「リーサ無事帰ってきたのね……」
「僕の役目は無かったようだね!」
「お前は引っ込んでろ山吹、今日は再会祝いにパーティーだ!」
「ええ、少しは祝ってもいいかしら。」
「コーヒーいります?」
ユミリアはいつも通りカフェイン悪魔だし、ヴァルファーストに居るのが楽しいなと思うのはこういうときだった。

「そうとも言ってられないようですよ。」
楽しい時間はまだだとばかり言いたげにクラディアが口を挟む。ぱちんと指を鳴らすと奥からゲーンが出てくる。
「夕張ぃはぁどうやらぁ、近くのぉ郵便局ぅデータセンターぁを襲撃するぅ計画をぉしているようだぁ」
癖の在る声はデュイン方言の訛りだ。それはそうと郵便局のデータセンターを襲撃してどうなるというのだ。
「夕張派の兵士らしき人間がデータセンターにすでに偵察に入っています。センターには電信やメールなどの電子通信を仲介する設備が大量にあります。どうやらこれらを破壊もしくは監視するために侵入する可能性があります。連邦の安全保障上の問題も兼ねますがなんと言っても全国十億人の電子通信を把握されるのは私たちのような隠密な行動者にとって問題です。早急に降りかかる火の粉は払うべきです。またデータセンターには夕張関係の重要な情報が残されている可能性もあります。破壊される前に……」
「あー、とにかくそのデータセンターを?守れば良いんだろ?」
細かい長話が嫌いそうなあいつ――山田――が言う。まあ、まとめとしては間違っては無いだろう。重要な場所であるデータセンターを守る、そして検索して夕張の情報を探り出す。
「まあ戦闘要員としては私たちが行けば良いとして、データを引き出すのは誰がやるのよ。」
九重が言う。ヴァレスは多分追加報酬が無ければ来まい。
「私が行きます。師匠、一緒に行きましょう。」
「ああ。」
ヴァレスは能動的に手をあげた。予想に反した行動にヴァルファーストメンバーは目を丸くする。
「別に師匠を助けてもらったからじゃないです。私の意志でヴァルファーストの作戦に参加するだけです。八ヶ崎さんとやらもそうやって正義を貫いたなら私もそうするだけですよ。」
ヴァレスはリーサに向ってウィンクした。畜生、ヴァレスを説得したときの話を覚えていたとは。しかし、ヴァレスのケートニアーとしての能力というのは訊いたことが無かった。
「ヴァレスさん、そういえばヴァレスさんのウェールフープって何が出来るんですか。」
「それはね……」
ヴァレスは誇らしそうに手を掲げた。

五十一話 「la viestiest」


その手に、光が集まってゆく。
ヴァレスの腕を包み込むようにしながら、ゆるやかに光の珠を作り出す。
どこかで見たことがあるどころではないこの光景には、リーサも少し躊躇ってしまう。
「貴方も、プラズマの能力者でしたか………」
リーサが若干の呆れ顔でヴァレスを見る。が、
「………」
本人は黙っている。
これは肯定と見なしていいのだろうかと、リーサがヴァレスを見つめていると、

光の珠が緩やかに消えていった。
残ったのは掲げられたヴァレスの腕だけ。先程までそこにあった光は消え失せている。
もう見せる必要がないと思って能力を解いたのだろう。
と、考えていたリーサだったが……
今度は、ヴァレスが天に掲げた拳を握り締めた。
「………っ!」
ヴァレスが腕に力を込める。
そして、リーサの方を一瞥した。
「出来れば、隠したかったんですけど。まあリーサさんには色々とお世話になっているので。他言無用で」
「……?ええ、まぁ…」
リーサにはヴァレスが言っていることがよく分からなかったが、一応頷いておく。
ヴァレスはそれを見て納得したようで、更に腕に力を込め始めた。
空気がピリピリとし始める。
リーサはそんな空気を感じ取ってか、身体が緊張し始めた。
自分自身でもよく分からない謎の緊張感に覆われていたリーサだったが、それが一種の誤解であることに気付くまで時間がかからなかった。
これは、ピリピリした空気になったんじゃない。
本当に空気がピリピリとしているんだ。
つまり、空気が振動している。
最初は微小だったその振動は次第に大きくなっていき、リーサの肌で感じ取れるまでになっていた。
そして、その震源は何処かとリーサが探るまでもなく……ヴァレスの握られた拳には衝撃波が発生していた。
ヴァレスは腕を引き、勢い良く前に突き出す。
それにともなって、ヴァレスの腕がまるで銃声のような、しかしそれの何倍も大きな音を立てる。
そしてその腕の前方にあったものが、凄まじい勢いで吹き飛ばされ、前方の壁や天井などに次々と激突していく。
「ちょ、ちょっとやり過ぎよ!」
九重が慌てて止めに入ったが、その辺はヴァレスにも分かっていたようで、直ぐさまWPを使うのを辞めた。
「あー、すいません。未だに加減がちょっと分かんなくて……」
腕を下ろしたヴァレスは九重達に頭を掻きながら謝罪した。
リーサは一連の光景を見て、既視感を覚えた。
しかしそれは同じような力を使っていた人物が目の前に居るからだと、直ぐに思い至る。
つまり、ヴァレスは九重と似た力を使える、ということだろう。

リーサが納得しかけていると、ヴァレスは近くにあった本を手に取った。
それが何なのかはよくわからないが、よく読み込まれているようだ。
ヴァレスはそれを持ったまま、さっき物が散乱した壁の方に歩いて行く。
目の前についた所で、ヴァレスはふうっと息を吐いた。
何をするつもりなのかと疑問に思いながら見ているリーサだったが、ヴァレスの行動に目を丸くした。
ヴァレスは本を持った方の腕を振りかぶった。
それを見ていた九重は「はぁ……」と息をついていた。
しかし、どう見てもヴァレスは壁に向かって本をぶつけようとしているようにしか見えない。
リーサは不思議そうに眺めていると、ヴァレスは振りかぶった腕を壁に向かって振るった。
車にぶつけられた様な激しい音がしたので、リーサは一瞬目を瞑るが……即座に目を開き、そして目の前の光景に唖然とした。
壁が抉れている。
コンクリート……いやそれ以上の強度があるはずだ。
それなのに、大体ヴァレスの身長と同じくらいの長さで、真横に爪で引っ掻いたような痕が残っている。
そして、ヴァレスは何事もなかったかのようにこちらに向き直り、さっき持っていた本を見せてくる。
確かに、壁にぶつけられたその本が……傷どころか、しわ一つ増えていない。
リーサには、何が起きたのか分からなかった。
それを察したらしく、九重がリーサの方を向いて答える。
「硬化よ。本をあの壁以上に固くして、壁をぶん殴ったのよ。あーもう、どーすんのよこれ……」
九重がやけくそ気味に教えてくれたが、
「大丈夫です、後で直しますんで」
と、ヴァレスは特に気にしていない様子。
もしかして、何かとんでもないことをしているんじゃないかと、リーサは思い始めた。

そのまま唖然と突っ立っているリーサに、ヴァレスが近寄り、
「お怪我はありませんか?」
と聞いてきた。
ハッと我に返ったリーサが自分の身体をチェックするが、特に傷は見当たらない。
「い、いえ、別に、ないかなと……」
無意識に声が震えた。
今までの光景が非現実的過ぎたせいだろうか。いつも非現実的ではあるが。
「そーですか……じゃー仕方ないですねぇ」
そう言って、ヴァレスは自分の足に指を食い込ませた。
「……!?何してるんですか!?」
たまらず声を掛けた。
ヴァレスが指を抜くと、直ぐに血が大量に出てきた。
自分から足を指で刺すなど正気の沙汰ではない。
「おー痛てー。まあそんな驚かないでくださいよー」
「いや驚くなって……」
無理でしょう。
そう言おうとした所で、ヴァレスがその患部に手をかざしていることに気付く。
何をしようとしているのかは、何となく分かる。
治そうとしているんだろう。
そうリーサが思った通り、足の傷が徐々に小さくなっていき、最後には前と同じにまで傷が治った。
これも知っている。山吹の力だ。
さっきの硬化だって、山田の力と似ている。

ということは……
「たぶん今リーサさんが考えていることは当たっています」
そう言ってヴァレスはWP拳銃を取り出した。
それを右手で握るように持ったが、直ぐに拳銃がバラバラになり、小さな部品の集まりと化してしまった。
「………」
リーサの感覚が麻痺してきたのか、ヴァレスがあまり大胆なことはしなかったせいなのかは分からないが、言いたいことは伝わった。
つまり、青柳と似ている力も使える。ということだ。
「ということは……ヴァルファーストの皆の力を使えるということですか……?」
「ええ、まあそうなりますね」
そんな馬鹿な、とリーサは思う。
リーサが出会ってきた人達は皆、一つの力しか使えなかったからだ。
けれど、今ヴァレスはヴァルファースト達の力を使ってみせた。
リーサが驚いているその合間に、いつの間にかヴァレスが、さっき抉った壁に向け、手をかざしている。
(……まさか!)
リーサがそう思うのと同時に、ヴァレスの手から高速で弾が発射された。
更に壁の傷が深くなるのを見て、九重がまた溜息をついた。
ヴァレスは、リーサの力まで使える。
「まあこんなものでいいですか?リーサさん」
その事実がわかった時、ヴァレスがとても危険な人物に思えて、ついヴァレスから距離をとってしまった。
「ちょ、そんな避けることないでしょう」
「えっ!?あ、その、すいません……」
ヴァレスが少し寂しそうにしているのを見て、リーサは直ぐに謝った。

「………。そろそろ私の力の事を説明しますか」
若干元気を無くしたような声でヴァレスがリーサに話す。
「私のWPは他人のWPをコピーする力。他人のWPの発動の瞬間を見たりその方法を知れば、それをそっくりそのまま再現できる。まあ性能はオリジナルより劣りますがね」

五十二話 「la cifurl」


作戦は開始された。
既にヴァレスとリェユはデータセンター内の保守を装って内部に侵入している。あとは、夕張の回し者が来ないかどうか各自ユミリアが回した車の中から監視していた。

「ヴァレスさん、データの検索の進み具合はどうですか。」
無線通信で問いかける。
「そうとうガバガバなセキュリティみたいで検索するところまではいけました。ただ、情報の量が多すぎてどれくらい時間がかかるか分かりませんねえ~」
「そうですか、まあ、危険になったら直ぐに逃げてください。本作戦はデータを取得することより、場所を保守することが第一ですから。」
そう、ばれてしまっては元も子もない。夕張の傭兵がこっちに来たら直ぐに二人には退避してもらわないと困る。ヴァルファーストと現役特別警察官が居るにしても、念には念を掛けた方が良い。

数時間も発った。
夕張の回し者も来なければ有力な情報も検索にヒットしていなかった。
「どうしましょう、このまま検索を続けても情報が見つからないかもしれません。」
「まあ、ギリギリまで粘って……」
そうリーサが指示を仕掛けた瞬間同時に二つの声が聞こえた。一つはヴァレス、次にユミリアだった。

「これは……八ヶ崎翔太関連の情報?」
「西方から武装している兵士らしき人物が接近中です。最前列には……これはシフール=ハフリスンターリブですね。」
タイミングがさすがに悪すぎた。
「ヴァレスさん、その情報は有力なものですか?」
「う、ううん。でも、夕張関係で出てきたのはこれが一つだけみたいですし。」
「なるほど、情報の抽出を続けてください。」
リーサ車外に出た。ユミリアも合図を出し、各待機場所に待機していたメンバーも警戒を強める。


「シフール=ハフリスンターリブ……。」
「やあやあ、スカースナ・リーサこれで会うのは何回目かな。」
「誰に操られているのか知りませんが、目を覚まさせてやりますよ。“アレス・ファルカス”。」
その名前を言った瞬間シフールは眉を顰める。
「記憶の証人め、お前の墓場をここにしてやろう。」
「それはどうですかね。」
リーサは余裕に笑って見せた。
「多勢に無勢とはこのことだ。
やれ。」
シフールが指示するのと同時に兵士たちはリーサを照準に捕らえ、引き金を引いた。

五十三話 「la zelte vynutj nyj」


すかさずリーサも腕を構えてWPを発動する。
生成された弾丸はそれぞれ別の方向に飛んで行く。
それらが弾を全て弾き返した。
車体へ、地面へと、それぞれの弾が跳弾する音が響き渡る。
その内の何発かは敵の兵士達に当たるよう仕向けたが、大したダメージになっている様子はない。
こいつらもただの雑魚ではない、というわけだ。

今の状況から得た様々な情報を元に敵の内情を把握しようと試みつつ、身体の方はシフールめがけて一直線に進ませる。
シフールはすかさずプラズマによる防御壁を展開する。
それを見て跳躍し、上からの狙撃を試みる。
何度か訓練をして編み出した、ただの弾よりも威力が増す、ミニ徹甲榴弾の3連射だ。
腕に来る反動も半端ないのだが、この際躊躇している場合ではなかった。
なんだかんだ言ってこれで3戦目。そろそろ決着を付ける時だろう。
先手必勝だ。
腕に来る強烈な反動を全身で受け、徹甲榴弾を放つ。
距離は1mほど。撃つまでのラグも大してない。
シフールの反応までに1発は当たるはずだ。

「……甘いんだよ。そんな程度か」
シフールはこちらも見ずに右腕を上げ、3発全てを受け流す。
地面に激突した弾は爆発を起こしてシフールを爆炎の中に閉じ込める。
徹甲榴弾全受け流しには驚いたが、それはある程度予想できたこと。
多分、プラズマを使って強引に腕を動かしたんだろう。その腕もプラズマで守って。
しかし今問題なのは、シフールの姿が煙に隠れて見えないことだ。
まずいことをした、と舌打ちをする。
リーサは着地し、直ぐに距離を取る。
何かしてきても反応が遅れないようにするためだ。
自分の周囲を警戒しつつ、煙が晴れるのを待つ。

徐々に見えてきた。
煙の中に、シフールの影は……あった。
彼はあそこから動いていないのか。
特に何もしてこない、というのは予想外だった。
調子が狂う。
「油断したな」
「!?」
突然、前触れも無く前方から光線が飛んできた。
……速い!
咄嗟に避けようと思ったが、リーサはそれをしなかった。
この手法は……以前にもあった。
背後からも光線が飛んで来る可能性がある、と思ったからだ。
とはいえ、何もしない訳にはいかない。
一度躊躇った時点で光線を回避することは不可能だ。
ならば、受け止めるしかない。
(間に合え……!)
弾丸が作れるのなら、その元である金属の塊が作れるかもしれない。
それをひらめいたリーサは左腕を光線に向けて翳し、金属を生成し始めた。
徐々に大きくなりかけていた時に、光線が金属塊に届いた。

五十四話 「la farnen larta」

強烈な破裂音と共に金属が解け散る。
金属生成が間に合わなかったか、それとも精製した金属が耐え切れなかったのかリーサは考える瞬間が無かった。
光線が目の前に迫る。
普通なら、ここで望みが途切れたと思うのだろう。
しかし、今の自分たちには仲間がいる。
最初のように、一人ではない。
最後のように、失っては居ない。

だから、信用できる。

山田がリーサの前方に出てきて、レーザーを受ける。
強化された肉体にレーサは貫通することも出来ず面を滑るようにリーサを射線上から反らす。
計画した攻撃だったものの、非常に驚いたものだった。次の瞬間に九重と青柳が左右から飛び出してシフールの取巻きを倒してゆく。
「ふふっ、自分が弱いと分かってお仲間を連れてきたのか。無様だな。」
「どう考えても私には関係ありません。私の目的はあなた本人ですし。」
「は?」と九重が言う。
この対決を聞いた瞬間からリーサの脳内に残っていたシフールとファルカスの同一説をこの際解決してしまおうと思っていた。
「どうすれば良いか分かりませんけど、あなたはアレス・ファルカルであることに間違いはないと思います。」
「勝手に思っていろ!」
空中にプラズマを拡大して巨大なプラズマガスの集合を作り出す。
あんなものを落とされればデータセンターも私たちもシフールもろともちりじりになって消滅してしまう。
「もうここまでだ、そろそろ夕張様の再教育も切れそうだ。」
「認めるんですね。アレス・ファルカスであることを。」
「ああ、俺の人生は最後まであいつの手に渡っていたからな。生きていたと思っていたシャル一人さえあいつの手には自分の髪の毛を抜くくらいに簡単なことだった。俺が利用されていただけならもうこの世界に居る必要はない。お前等ももろとも死ね!」

巨大なプラズマガスの雲が少しずつ降下してくる。こんなもの逃げようがない。
「ふはあはっはっはははは!死ぬが良いアフツァーフリーガの子孫の生き残りよ!夕張も八ヶ崎も、偽者のシャルさえ俺にはどうすることも出来なかった!だから、お前等だけでも殺してやる。ここで終わりなんだよ!」
狂ったような笑い声から決意が読み取れた。本当に巻き込んで死ぬつもりらしい。さあ、どうする。こんなところで死んではられない。その時、頭を回転させ始めたリーサの前に一人の人影が見えた。

五十五話 「la fontapiedisal」


ふわっ、とリーサの顔に長い髪がかかるのを感じた。
「はぁっ!」
クラディアの気迫のこもった声が聞こえた。
「なに……!?」
直後、上空のプラズマガス、そしてその中にいるシフールも含めて、巨大な球体に覆われてしまう。
一瞬の出来事だったので、何が起きたのか良くわからなかったが、それをよく見ると、分厚い氷で出来ているように見えた。
「流石に、今のはちょっと、疲れます……」
リーサの目の前に立っていたクラディアが、膝をついて倒れた。
「クラディアさん!」
慌ててリーサはクラディアの頭部を守り、そのまま肩を担いだ。
「私はいいですから、早くあの球体を壊して……」
「そ、そんなこと言われても!」
「大丈夫です、プラズマガスはもう収まっているでしょう。それに、そのせいで氷の壁も薄くなっているはずです。壊すことは容易です」
「本当ですか?」
「確信はないけれど……。でも、早くしないとあれの下敷きになりますよ…!」
「あっ!?」
球体の影がリーサ達を黒く染めている。
顔を見上げると、あと数秒で地面に落下するであろうものが、リーサ達を押しつぶそうとしていた。
「速く!!」
返事をすることもなく、リーサは体勢を整えて、必死に自分の使えるWP全てを出して氷塊を粉砕しにかかる。
「「「うおおおおおおお!!」」」
他の皆も必死で氷塊を攻撃する。
「砕け散れえぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
九重が渾身の一撃を放つ。
辺りに耳が破裂しそうな爆音が響き渡り、氷塊にヒビが入る。
あと一押し。あと一押しだ!
「そりゃああああ!!」
そのヒビに山田の強化パンチが炸裂した。
ヒビが大きくなり、ピシピシと音を立てて氷が崩れ始める。
「あとは私に!!」
崩れだした氷の塊をリーサが的確に撃ちぬいてゆく。
破片が砕け、また砕けを繰り返し、その大きさが徐々に小さくなる。
それが地面に届く頃には、地面の石ころよりも小さくなっていた。

リーサは地べたに座り込む。
クラディアの方はほとんど元に戻ったようだったので、今度は逆にクラディアに肩を貸してもらう事になった。
九重や山田も息を切らしている。
壁に寄りかかって、身体を休めていた。
「シフール……いや、ファルカスは……」
「意識がないようです。死んでしまったかもしれません」
「そうですか……」
リーサは辺りを見渡す。
氷がそこら中に散らばっているばかりだ。
何もあんな事する程だったかとクラディアに愚痴りたい気もするが、ああしなければ皆吹っ飛んでたし何も言えない。
「とにかく、皆さん身体を休めて…っ!?」
「クラディアさん!?」
突然クラディアが呻き声を上げた。
何事かとクラディアを見ると、腰の辺りから血が出ていた。
「クラディアさん!!」
「……すみません、不覚を取りました……」
「クラディアさん!!しっかり!!」
腰の辺りに手を当てて静かに倒れこむ。
皆も異常に気づいてこちらに駆けつけてくる。
「大丈夫です、モーニ体は無事……気をつけて」
「……!」
リーサはクラディアの後方を見つめる。
そこには、この事件の全てを引き起こした、元凶が立っていた。

「やあ。お疲れな所済まないけど、真打ち登場、ってね」

五十六話 「la cirlastan」


「おま……えは……」
全ての事件、殺戮、混乱、破壊、疑心暗鬼の元凶。ヴァルファーストに対する完全悪。ジュラール基地に居たはずの人物。ヴァルファースとのメンバーを詰り、誇りを傷つけた人物。
忘れることも出来ない。

「まさか忘れたわけじゃあるまいねぇ?健忘症じゃあるまいし。」
あいも変わらず人を食ったかような口調。八ヶ崎翔太の親友。その男の名前は。
「夕張……。」
「ちゃんとフルネームで人を呼びなよ。夕張悠里ってなあ。まあ、それすらも偽名なんだけど。」

ヴァルファーストのメンバーは皆、夕張を目の前にして体をこわばらせていた。何時来るか分からない攻撃は以前の戦闘で十分体に染みていた。夕張はその短い髪を掻き毟りながら、弁明するかのような顔をする。
「まあ、俺はユミリアさえ出してもらえれば良いんだけど、どうせ君たちにはその気はないんでしょ。」
九重は頭にまたもや血が上ったのか目を見開いて夕張を睨み、言う。
「この前も、今回も、ユミリアがどうだとか、好きにはさせないとか。それはどういう意味?なんでヴァルファーストのメンバーの中でもユミリアに固執するの?まさか、恋しちゃったとかじゃないでしょうね?」
夕張は最後の言葉が可笑しかったのか少し微笑して言う。
「それはないよ。だって、俺は女だもの。」
ヴァルファーストメンバーの目が見開かれる。
こいつ、何から何まで人を欺いていやがる。そういう共通認識の空気が流れていた。
「まあ、そんなことはどうでもいい。いいか?俺がこの戦いを始めたのはそこにいるユミリアとの決裂からだ。」
夕張は一点を指差していた。何時の間に指揮車の中から出てきていたユミリアだ。
「お久しぶりですね。元気にしていましたか、ユーリアフィス。」
ユミリアが夕張に話しかける。ユーリアフィス。それが奴の本名か。
「俺はそこにいるユミリアとADLPに居た時代から同期の学生でな。ADLPの世界平和安定部門を一緒に勤めることになったが、決裂した。」
「私はあなたが気に入らなかった。多くを滅ぼして、少なくを救うなんて、アレフィスを愚弄している……。だから」
ユミリアは少し焦った様子で話しかける。
「何がアレフィスを愚弄しているだ。神は存在しない。世界の再構成は人間の手にのみ委ねられている!」
「我等の神、恵みのアレフィスを信じない者は無の世界に落ちます。そうADLPで教わったのではありませんか。」
夕張は小笑いして言う。
「アレフィス、アレフィスと。これだから狂信者はいつまでも合理的な社会の創造に追いつかない。考えても見ろ、神の裁きがあるなら今頃俺は死んでいるさ。」
「アレフィスはまだ、あなたを許しておられるのです。だから、私が鉄槌を下す。」
ユミリアは夕張を睨みつけるが、夕張はそれにニヒルな笑いで返した。
「笑わせるなよ、自分では何も出来ないくせに。聞け、アフツァーフリーガの子孫もどきと、九重よ」
九重は少し嫌そうに目をそらす。
「笑い話だ、そこにいるファリーア・ラヴュール・ユミリアはお前等を利用したに過ぎない。八ヶ崎翔太に関係して、命拾いした人間の記憶を作り上げ、WP可能化剤を打ち込みケートニアー化したに過ぎない。そして実際の記憶をむりやり抹消させた。」
真後ろでヴァルファーストのメンバーたちがうめき声を上げて倒れこむのを九重とリーサは見ていた。ユミリアはいつもの顔が豹変して、怒りに満ちて夕張を睨みつけていた。夕張はまた笑う。
「お前等が見ていたのは幻想だ。一人では何も出来ない臆病者に利用され、ありしない記憶を埋め込まれている。この争いが終わったとして、ユミリアに使い捨てられたお前等の帰る場所はない。いや、正確に言えば帰る場所を思い出せない。」
「う、嘘を言うな!でたらめを言うな!僕は、僕は八ヶ崎翔太さんに救われたんだ!」
「そ、そうよ。嘘よ。惑わされてはダメ。」
「ユミリアが嘘を付くわけがない!」
ヴァルファーストの人間たちは、少しずつ立ち上がってくる。しかし、九重はまだユミリアに向っていた。
「ユミリア、やっぱりあなたはこの子達を騙していたのね。」
山田、青柳、山吹の顔が狂気に反転する。今九重は何を言ったのか反芻できなかったから、否、理解したくなかったからだ。
「……言いたくないことですが、アンポールネムにはこう書いてあります。『汝、汝の意思を果たせ』と、だから私は」
「くっ……。」
九重は悔しげに顔をゆがめていた。

「おい、そこの地球のケートニアーたち。選択肢を与えよう。今俺たちの創造しようとする新世界につくのか、ユミリアについて旧世界として滅びていくのか。」

ヴァルファーストにとって至極難題だった。

五十七話 「意思」


「俺たちは……ただ利用されていただけ……?」
「そんな……」
「じゃあ……何のために今まで……」
山田も山吹も、そして青柳も、ユミリアに利用されていただけと知り、地面に崩れたまま、立ち上がろうとしない。
今まで真実だと信じてきたことは、全て偽りであった。
三人ともそのショックからか目の焦点が合っておらず、立ち直ることは出来そうになかった。
「………」
九重が悲しげな眼差しをユミリアに向ける。
ユミリアはただ、三人の方を向いて目を瞑っているだけだった。
「全く、こんな奴に利用されてたなんて、災難だなお前らも。さぁどうする?」
夕張が問いかける。
「そんなこと言われたって……」
視線を地面に落としたまま青柳が応える。
「貴方達を利用した事は、申し訳なく思っています。けれど、そうでもしなければ、夕張を止めることは出来ない」
「今更御託はいらねえよ!」
山田が怒鳴る。
「お前がどうしたいのかなんて知らねえよ。俺はお前を許す気はない」
「……」
ユミリアが俯いて黙る。
「……それと、九重」
山田が顔を上げ、九重を正面に見据える。
「お前は、この事を知っていたのか?」
「……ユミリアを疑い始めたのは大分前だけれど、その事実が本当だと知ったのは今この瞬間よ」
「そうか……。お前も、感づいてはいたわけだ……」
「そうね」
「……俺はお前を、信頼しすぎていたのかもしれないな」
「……」

山田は声なく立ち上がり、膝の埃を手で払い落とした。
「九重。お前も同罪だ。俺はお前を許さない」
「悪かったわよ」
「けっ、謝る気なんて無いくせに」
「それで?」
「俺はもう、自分で何をしたらいいのかが分からねえ。自分で考えろなんて言われたって無理に決まってんだろ。記憶がないも同然なんだぞ?」
「そうね」
「そこで、だ。お前はどうするんだ?」
「というと?」
「お前はどっちにつくんだって聞いてんだよ。俺はユミリアとお前に裏切られた。俺の人生を狂わされたと言ってもいい」
「何が言いたいのよ」
「けど、それでも、俺はヴァルファーストでの生活を後悔することはない。楽しかったしな。その事に関しては恩を感じてる」
「それはどうも」
「そんなわけで、一時的にお前への罪を不問にする。一時的にな」
「……」
「その上で、問いたい。お前は俺にまだ何か隠していることがあるか?」
「アンタが判断しなさいよ。無いものをどう証明しろっていうのよ。一応言っとくと私はこれ以上の隠し事なんて持ってない」
「何も知らないのにどうするんだっつーの。けど、俺の持つ判断材料はお前の言ったことだけだ。これ以上の隠し事がない、か」
「そ。これ以上は何も無い。約束するわ」
「……そうか。なら、その約束、乗ったぜ。俺はまた、お前についていくことにする。因みにまた裏切ったら殺すからな」
「怖いこと言ってくれるわねー。まーあんたごときに殺されるタマじゃないけどね」
九重が山田に笑いかけ、山田は夕張を見据える。
「言ってくれるぜ。そういうわけだ夕張さんよ。残念だが俺はお前につく気はない」
少し間を置いて夕張が口を開く。
「そうか……。そいつは残念だ」
夕張は心底残念そうに首を振った。が、最初からこうなることを見越しているようだった。

そして、視線を青柳の方へ向けた。
「それで、君は?」
青柳は呆然としたままだ。
口を動かそうとはしているが、言葉が出てこない様子だった。

しばしの沈黙。
徐々に冷静さを取り戻してきた青柳がようやく声を出した。
「…私はそこまで切り替えは速くないから、まだ混乱したままだけど……少なくとも、貴方の望む新世界には興味ないわ」
地面に座り込んだままの青柳が、しかしはっきりと、意志を込めて夕張を睨みつけた。
「お前も、愚かな奴だな。青柳さんよ」
夕張はまたもや首を振る。
その顔には不気味な笑みが浮かんでいた。

「とりあえず今、私がするべき事は、貴方を止めること……だと思う」
最後の方はか細い声でリーサには聞き取りづらかった。
青柳は、きっとそうだ、と小声で反復しながら立ち上がり、九重の後方に位置取った。
「なるほどぉ?君はまだ迷いがあるねぇ。引き込む余地はありってことか」
その様子を見ていた夕張がほくそ笑んだ。
「誰があんたなんかにうちの青柳を渡すのよ」
九重がいつもの口調で、どこか刺々しく言う。

「おー怖い怖い。青柳を引き込むのには手間が掛かりそうだ。じゃあ、そっちの君は?山吹君」
山吹は夕張に名指しされて体をこわばらせる。
「僕は……」
「さあ、俺と一緒に新世界を創造しようじゃないか」
「でも……」
「何を躊躇う必要がある?」
「……わからないんだ」
吐き捨てるように呟く。
「自分の過去もわからない。今何をするべきかもわからない。これからどうしていけばいいのかもわからない。何が正しくて、何が間違っているのかもわからない。何を信じて、何を指標にしていけばいいのかもわからない」
「憐れだな。あのバカに操られたせいで、自分を見失ったか」
「そうだね……。何にも分からなくなった。もうさ、全部どうでも良くなった」
山吹の乾ききった声が辺りに響く。

夕張以外は皆息を詰まらせた。
今までの自分が偽りであった。その残酷な事実が山吹を根本から破壊してしまったのではないかとリーサは思った。
が、その推測はリーサの思う斜め上の結論を導き出す。
「……お陰で、吹っ切る事も出来た」
その言葉に、夕張は疑問を抱いて眉をひそめた。
山吹が軽く息を吸って、思い切り吐いた。

「……ふぅ。とりあえず、お前ら一発殴らせろ」
まず夕張、そして次にユミリアを指さす。
「「は?」」
夕張とユミリアの声が重なった。
「は?じゃなくてだな。まず夕張、君には借りがたくさんあるからね、それをちゃんと返さないと。だから君についていくことは出来ない」
「そんなに俺貸したっけかなぁ」
「多かろうが少なかろうがこの際関係無いだろが。でユミリア、君の夕張を止めたいという気持ちは分かる。けど、やり方が外道だ」
「う……」
「君によって僕が受けた苦しみをそのまま返したいくらいだ。だから僕はユミリア側につく気もない」
「じゃあどうするのよ?」
九重が腕組みをして聞く。
「消去法だ。僕は九重達につくよ。ここから逃げ出そうと思っても逃げれそうにないしね」
「一応私ユミリアについてるんだけど」
「そうかな?二人の立場は同じようで違うように見えるよ」
「まあユミリアの下で色々やってきたつもりはないけれど」
「じゃあいいさ。ユミリアと九重は同盟関係。僕は九重側についただけ。所詮は同盟と考えれば、それくらい平気さ」
「よく分かんないけど、あんたも夕張と戦うってことね」
「結果的にはね」
山吹がポケットに片手を突っ込んで言った。
その一部始終を見ていたリーサだったが、部外者感が否めなかった。
それにしても、山吹の性格が大分変化したような。
なんか色々吹っ切ったとか言ってたし、ストレスでも貯まってたのだろうか。

「あーあ。残念だなぁ。折角新世界に招待してあげようと思ったのに」
「招待されたって断るだけだ」
「招待状が来てたらビリビリに破いていた所ね」
「もったいないからちり紙にしてたかも」
皆それぞれがいつもの調子に戻ったのか、夕張相手に怯むことなく向き合っている。
むしろ今までより団結力が強くなっているんじゃないか、とも思う。
「もう話をしても無駄ってことだね。決意を新たにした所悪いけど、君達にはここで死んでもらうよ」

五十八話「」

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最終更新:2017年05月27日 19:49