欺瞞走駆のテクトニアー 第六章「決戦」

死とは何なのか。
『魔獣』と呼称され死んでいった他世界の能力者。
その『魔獣』に殺戮されていった地球人。
ウェールフープ可能化剤の副作用で悶え死んでいったソルシエールたち。
そして、私を庇い助け、自身の信念を捨てずに死んでいった賀茂凛。

レイヴァーの行動を邪魔しなければ彼等の死は無意味にはならないだろう。だが、そうしては賀茂が私を庇った意味が無くなってしまう。

直ぐに行動を起こさなければならないのに、寝所に寝転がって無為に考えていることがそんなことだった。学校すら休んだ。兄は訝しく私を見たが、体調が悪いと言うと直ぐに寝ろと言って学校に行った。
どうすれば良いのか良く分からなくなっていた。賀茂は死んだ。確実に死んでいった。事実を隠蔽するために和葉は泣く泣く現場で遺体を燃やす他なかった。レイヴァーとは一切の連絡が取れなくなっていた。私たち全員を殺す気なのかもしれない。そんなことを思っていても全身の倦怠感から寝床から一歩も動くことは出来なかった。

一日何もしないと時が長く感じる。
全部がめんどくさいとすら、感じていた。もういっそレイヴァーも特別警察も全て忘れて生活しよう、と思った。やはり世界の平和だとか、そういったものは忘れて、とりあえず学校に行こう。普通に生活すれば、全部忘れる。



「和葉、おはよう!体調は大丈夫?」
「あぁ……うん……。」
秋と会った途端に和葉は動揺してしまう。彼女自身はまだ賀茂の死を知らないのだから、和葉はそれを秋に言って良いのか言ってはいけないのか、判断に困らされていた。
「そういえば、賀茂ちゃんも休んでるみたいだけど知らない?」
「さあね。時期が時期だし。」
適当に返すと、秋は怪訝な目でこちらを見た。
「和葉、どうしたの?いつもと調子が違うけど。」
「別に何処も悪くないよ。病み上がりだから、まだ調子が出ているように見えないのかも。」
詮索を嫌っていた。ソルシエール関係の一切の出来事を忘れたいと思っていたからであった。私自身これ以上のキャパシティは無かった。しかし、秋はさらに詮索を続けた。
「もしかして、何か隠してない?」
「何で秋に隠さなきゃいけないことが。」
息を吸うように嘘をついてしまう。声色のせいで秋自身にはばれてしまっていたようだった。
「賀茂ちゃんが、学校に来ていない理由を知っているの?」
「……。」
はっきりと知らないとも知っているとも言う気も失せていた。レイヴァーが殺したと言えば簡単だが、一言で分かってくれるはずも無い。今まで和葉が受けてきた運命を一から説明するのも面倒だし、とにかく嫌だという感じであった。
「和葉、もしあなたが仲間なら包み隠さずに全てを言って。私たちは誰もあなたを責めないし、あなたの味方になる。」
仲間。
そうか、そんな言葉もあった気がした。でも、今は面倒だし、疲れたし、協力してもなんかダメな気がする。だから、彼女等に任せる。任せてしまおう。

「レイヴァーが賀茂さんを殺した。」

秋がまたもや怪訝な目をする。どうにもこうにも、今さっき分かってくれるはずの無いことを言ってもダメだったということだ。
「何を言ってるの和葉?レイヴァーが賀茂さんを殺せるわけないでしょ。」
引きつった笑いと共に言い放つ。私が嘘をついてるとばかり、声色が歪んでゆく。
嘘じゃない、そう伝えるためにエビデンスのために『ユエスレオネ連邦』であった事を伝えるつもりだった。
「レイヴァーは私たちの敵だった。異世界から能力者を連れてきて、私たちソルシエールに殺させた。ガンセリアの霧はソルシエールにするための薬剤で賀茂さんはそれの副作用で……」

「嘘をつくな!」

秋が叫ぶ。和葉は目を見開き、その言葉を咀嚼する。

嘘を……つくな……だって……?


「誰が嘘だ!私がどれだけの苦労を得てきたか知らないくせに!」
和葉も叫んでしまう。もはや正気の沙汰とはいえなかった。心の隅でなんとか繋ぎとめていたものが遂に離れていってしまった感覚、全世界が敵に見えた。
「それはそうよ!賀茂さんが死んでいるわけがないじゃない!ねえ、和葉賀茂さんは本当はどこに」
「死んだっていってるでしょ!」
「そうですね、あなたが殺した。ということですが。」
後ろから声が聞こえてくる。振り返るとそこには金髪ロングの美少女が立っていた。言わずとも分かる月読だった。
「どういうこと……。」
秋が月読に視線を投げる。
「レイヴァーから連絡がありました。そこにいる八ヶ崎和葉は、」
月読が和葉を指差す。
「ロシア・ソルシエール部隊の工作員です。」
「うわああああああああああああああああああ!!!」
耐え切れず耳を塞いで廊下を駆ける。只でさえ、精神状態がおかしかった和葉にとっては聞いていられなかった。
皆、全員、全世界が本当に敵だ。皆、私を囲んで私を居なかったことにしようとしているんだ。
東側諸国からも、西側諸国からも、世界の半数のソルシエールからも、連邦からも、国家公安警察からも、公安調査庁からも、CIAからも、アメリカ軍からも、レイヴァーからも

そして、パフェ・パフィエからも。

全部レイヴァーと言う奴のせいだ。レイヴァーめ。あいつさえ、あいつさえこの世界に居なければ、私はこんなことにならなくて済んだのに。
和葉には、もう立ち上がる気力すら残されていなかった。やっと最後の力を使って、家に帰る。台所に向って、包丁を手に取った。
「ぐっ」
腹を刺す、太股を刺す、腕を刺す。痛くても、気にならなかった。
床中が血に塗れ、壁が血に塗れた。
ソルシエールは死なないと分かって居ても、死にたかった。世界中の意志が自分を否定しているなら、消えてしまいたかった。これじゃ、とても生きていけない。レイヴァー、憎き名前を何度も泣き叫んだ。自分の体はみるみるうちに回復してゆくが、心は全く回復してくれない。賀茂も戻っては来ない。レイヴァーを殺したい。レイヴァーさえ居なければ、私はこの世界から消えられる。賀茂のところに行ける。そうだ。

レイヴァーを殺そう。



――ロシア・サハ共和国南西部オリョークミンスク町

ここに来た理由は、ただ一つだった。レイヴァーを殺すために利用できるソルシエールを拉致するのみだった。ドラグミロヴァ某が飛ばされたのはここだった。木造のコテージに住んでいるという情報は輿齊から受け取った。信用はしていなかったが輿齊は快く和葉を支援してくれた。もちろんレイヴァーが賀茂を殺した事実や異世界がある事実などは教えては居ない。また、裏切り者扱いされてしまうからだった。木造のコテージ、ドアを叩いて、家の主を呼び出す。
「кто、ってお前は……」
「久しぶりで、アナスタシア・ヴィクトレフナ・ドラグミロヴァ少尉。」
ドラグミロヴァは和葉を見ると、一瞬気味悪そうな顔をしたが、すると嘲笑しながらこちらを自嘲した。
「何よ、ここまで来て私が左遷されたのを笑いに来たわけ?残念だけどあなたを入れる宿は無いわ。」
「レイヴァーは敵だった。だから、ドラグミロヴァ。お前は協力しなくてはならない。」
和葉は淡々と文章を読み上げるかのように言う。ドラグミロヴァは今度ははっきりと気味悪いと顔に表した。
「ロシア側から見たら、そりゃ敵でしょうけど。私を左遷したあなたに協力する筋合はないわ。」
「これを。」
懐から一枚の紙を取り出す。輿齊に作らせたものであった。
「何?日本政府からの命令ならロシアを通して……これは!?」
ドラグミロヴァはその顔を一瞬で恐怖に染め上げた。
「アナスタシア・ヴィクトレフナ・ドラグミロヴァという人物が国内外でどれだけの違法行為や人道に対する罪を行なってきたかをまとめたものです。もちろん、もっと詳細なデータは日本にあります。場所、日次、行為全てが記録されています。」
言いきった瞬間、ドラグミロヴァはストレートを一発和葉に当てようとしたが、さらりと和葉は避けて背中に15センチサバイバルナイフを背中につき立て、肉を裂く。
「ぐはッ、貴様……何を……!」
笑いながら和葉は倒れたドラグミロヴァに顔を近づける。サバイバルナイフをドラグミロヴァの背中から抜き取ると彼女は悶絶して呻いた。
「抵抗しても無駄だよ、私が死んだらこの情報は全世界の機関全体に送られるようになってるし、あなたじゃ私は殺せない。」
「何が目的なんだ……私を殺すことなの…か……」
ドラグミロヴァは半分怯えて、目から涙が出ていた。
「言ったでしょ、レイヴァーを殺す。それに協力して、ね?」
最大限の笑顔でドラグミロヴァに呼びかけるがそんな和葉の配慮に関わらず、彼女はどうやら失神しながら失禁していたようであった。冗談ではない。こんな小便臭い女と同行なんて嫌なこったと思いながらも、利用できる人間は利用しなくてはならなかった。



――ユエスレオネ連邦南フェーユ特別警察事務所

プリアに頼み込み、レイヴァーを殺すためにドラグミロヴァをつれてやってきたのはユエスレオネだった。特別警察官のレシェール・ラヴュールに再会する必要があった。ドラグミロヴァは「魔獣語を話している……」などとほざいていたが気にする必要はあっただろうか、いやあった。正直この件を隠していたのは、最初の接近時に怪しまれないためだ。ドラグミロヴァはもう既に前の一件で言う事を誠実に実行するようになっていた。
レイヴァーに特別警察のデータベースの回覧を要求すると、一度は拒否されたもののしつこく要求してやっと見られることになった。知りたいのはレイヴァーがいまどこにいるかということだ。旅券、切符からWP飛行記録まで全てを調べ尽くす。どこからどこに移動して、どこからどこへ到着したのか、手にとって分かる。連邦がこれでも手を出さないのは、その構造に異常があるからだった。ならば、私が成し遂げる。

レイヴァーの居る施設は地下にあった。ユエスレオネ構造の-1段階と呼ばれる利用可能な地下構造である。爆撃などに強く、只では確実にはしとめることが出来ないと分かった。とすれば、レイヴァーが気付かないように殺すのみだった。ドラグミロヴァにベストを渡して、レイヴァーの施設に入り込ませる。ピザの配達に見せかけるために上から制服を着せる。ドラグミロヴァは突入前にこんなことを言ってきた。

「お前は一緒に突入しないのか?」
和葉は軽く答える。
「私は遠距離から攻撃をするから。」
ふうんと軽くドラグミロヴァは返事をした。

施設の入り口にドラグミロヴァを侍らせる。和葉は近くのビルからその様子を見ていた。スイッチを片手に。
『ピザの配達です。ピザをお持ちしました。』
『え?ピザなんて配達してないけd』
ドアからレイヴァーが出てきた瞬間、片手に持っていたスイッチを親指で強く押し付ける。

「去ね。」

その自分の一言が和葉の耳に聞こえた瞬間、入り口が大爆発を起こす。爆風と共に爆薬が炸裂した時の特有の匂いが鼻をくすぐる。和葉はニヒルに笑った。爆発の中心となって四肢が吹き飛びばらばらになったドラグミロヴァの死体が見えた。レイヴァーは施設内の方向に吹き飛ばされ、死んだと考えた。和葉がドラグミロヴァに渡していたベストには炸薬を大量に仕込んでいた。無線起動式の信管もつけておいた。つまるところ、彼女はただの人間爆弾だったってことだ。悲しみも何も感じない。皆自分をあざけて、忌んで、反対しようとする敵なんだから、その敵を一人殺したところで何を感じることがあろうか。いや、実は感じるところはいくらかはあった。和葉は今頃になって自分が何をしでかして、考えていたのか良く分からなくなって怖くなってきた。みんな敵なんだから、レイヴァーを殺すために何をしても良い。思えばこの考えはどう見てもおかしいのだ。
しかし、もう彼女は死んでしまった。私は私の正義にも、背いて人を殺してきた。私も死んでしまおう。最初から思ってきたことだが今度は違う。死ねばこの一連のことが終わるからだ。私も、賀茂も、レイヴァーも、ソルシエールも、いずれ忘れられるからだ。そうすれば

「そこに居たんだね。和葉く~ん」
和葉が立っていたところから一瞬で壁に叩きつけられる。衝撃のあまり、反応することも出来ずに前のめりに倒れこむ。
「お前は……生きていたんだな。」
今私の後ろには、レイヴァーが立っている。全ての元凶はまだ死んでいなかった。
「特別警察のコネから、俺の居場所を探し出すとは苦労したろうに。お友達を使って爆破するのは良い案だったけれど、死亡確認をしないとは馬鹿だねえ。」
レイヴァーが拳銃を持って、和葉に向ける。
「ここで死にな。それが正義世界にとっての一番の糧となる。」
レイヴァーが目の前に居る事実も飲み込めずに死ぬのだ。
和葉は目を瞑った、でもいい私は諦めるよ。
世界が何時までもこんな調子じゃ、生きるのが辛いだけだ。
なら、死ぬのが最良の選択だろう。




「諦めないでください!」
レイヴァーの銃撃音と共に氷結が形成され高速移動する音が耳を掠った。二つの鋭い氷塊はレイヴァーの腰周りに突き刺さる。その氷塊を投げた正体は。
「月読……さん……。なんで。」
「輿齊さんから聞きました。レイヴァーは嘘をついている、とね。」
私を……信じてくれた?
「なんで……なんで私を……。」
「私を救い出してくれたのは和葉さんです。和葉さんを救い出すのも私ですから。」
無表情な顔でもその顔には強い意思が垣間見えた。
「ふっ、ハハッ、アハハッハハハハハハハハハ!」
不気味な笑い声が聞こえる。レイヴァーであった。顔色がどんどん悪くなっているのが分かる。ケートニアー独特の回復反応も無い。倒したと言っても過言ではないが。
「知っているか……?こちらの世界のトイターという宗教の原理派はこう考えるんだよ。その人間の身が滅んでも、その人間の考えは残されうるとね。」
「何を言っている。もうお前は終わりだ。」
月読は怪訝な顔でレイヴァーを見下げる。
「ユーバリさまの……計画は……こんなことでは終わらん……グッ……お前等も……みんn」
言い切る前に月読はレイヴァーの頭を氷塊で破裂させる。確かに不快極まりないものであった。もう終わりで良い。こんな世界とはこれ以上関わりたくもない。直ぐに地球に戻りたい気分であった。









少年がモニターを見上げながら、ため息をつく。
「はぁー。レイヴァーの馬鹿、結局失敗したのかよ。」
「夕張様、今日の学習は終了しました。」
少女が少年に話しかける。
「お疲れ、君はシャル88号だっけ?もう寝て良いぞ。」
少年が少女にそういっても少女は寝床に着こうとはしなかった。
「夕張様」
「ん?」
少女がモニターを見上げて言う。
「教えてください、人はなぜ自ら死ぬのですか?」
少年は一瞬答えに詰まったが、昔読んだ良書から語句を引き出して弄くることにした。
「この世に永遠など存在しないから、自分が目的を達成できなければ、何も出来なくなければ死ぬしかないんだよ。」
「夕張様も、そうなってしまいますか。」
少女の問いはおちょくっているように見えて真剣だ。コンピューターによる学習の結果がこんな人間性に欠ける会話とは。
「俺は絶対に計画を完結させる。さあ、寝なさい。」


少年は少女が寝床に着いたのを確認して、機械の操作を行なう。コールドスリープしていた試作品のアレス・シャルの廃棄を行なうためだ。レイヴァーが失敗したために新たな計画を始めなければならない。新しく全てを破壊する計画を、これからが楽しい毎日になるだろう。


「さあ、始めよう。Kranteerl y io xalを。」

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最終更新:2016年03月16日 02:57