着物の娘 『1話』


カァーン……カァーン……
「では、今日の授業はこれで終了といたします」
授業の終了を告げる鐘の音が響き、教室で授業を聞いていた者達が
各々、喋り始めたり帰る準備をしだしたりあわただしくなる。
「ああそうだ、明日はこの教室に転校生がやってきますよ。
 獣人の商家の娘さんのようですが、西の方からやってきたらしく変った召物をしているとか」
「先生、変った召物ってなんですか?」
「校長先生から聞いた話では着物という物を着ているとか……
 ごめんなさいね、先生は見たことないのよ……着物というのを」
ヴァッサーに存在する学院。
ここには各地から多くの留学生が訪れる。
何故なら貿易で栄えるこの港町には多くの者達が長、短期間訪れるからだ。

もっともこの学院、レインチルダには相当の学力か大金を持つ豪商、又は貴族の子供しか
入る事のできないハイレベルな学院である。
しかし、この学院を卒業した者達は軍のエリートコースや、そのまま大学へと進む事ができたり
するので、学力の方でこの学院を目指す者はとても多い。
「なあ、お前ん家に着物っていう服ある?」
ホビットの青年に話しかけられたエルフの青年は少々考え込んだ。
「うーん、もしかしたら見てるかも知れないし、見てないかも知れないな……
 ほら、家は色々な服やその素材を取り揃えてるからさ」
「じゃあお前の父さんに聞いてみたら?」
「そうだな、聞いてみる事にするよ」
エルフの青年はそう言うと、友人のホビットの青年と共に帰路へとついていった。

「ただいま」
「お帰りなさいませ」
エルフの青年の家は中々に裕福な家庭だった。
彼の父が営む店の品物は、様々国から仕入れを行っている結果
珍しい物を好む貴族が、よく買い物をしにきていた。
「父は今日はどれくらいで帰ってくる?」
「旦那様は今日は商談の関係でお帰りなさいません」
メイドの話を聞いた青年は、ふむ…と小さく漏らすが、
致し方なしと諦め、まだ見ぬ着物に思いを馳せる事にした。
「あれがヴァッサーか」
海面に浮かぶガリオン級の船の上で、黄色く大きな尻尾とツンと尖った先が黒い耳を揺らしながら
一人の獣人の娘が呟いた。
「そうだ、あそこがワシの故郷のヴァッサーじゃ…どうだ?でかいじゃろ」
娘の隣にいたドワーフがパイプタバコを咥えながら得意げに話す。
「たしかに、私の居た島にはあのような巨大な壁や魔弾を発射する大砲等存在しないな」
「あれも全ては外敵を寄せ付けぬための処置というものじゃ」
「お主から聞いておる……争いが絶えぬのであろう?
 モンスターという脅威が存在しているというのに、随分と余裕がある事だな」
「まあ、お主がいた島では争いは存在しなかったからのぅ……もっとも…」
ゴホンッ…
そう言い掛けた所で、ドワーフは軽く咳き込みパイプを咥えなおす。
「まあなんにせよ、これからはあそこがお前の新しい故郷になるのだ。
 文化や風習の違いはあるが、早めに慣れておくれよ」
「解った」
「それと、お主の着ている服も相当に目立つからな……
 こちらで主流となっている服にも早めに慣れるのだぞ」
「あちらには着物がないのだったな…」
獣人の娘は少々残念そうに零す。
「仕方なかろう。ヴァッサー……いやレヌリアには着物という服は存在せぬのだからな」
娘は改めて自分の身に纏っている服と、船の上で忙しなく動いている水夫の着ている服とを見比べる。
紅葉の模様が織り込まれた袖の長い上着、一方の水夫は鎖帷子や鉄で出来た胸当てのしたに
簡素な作りのシャツを着ている者が殆どであった。
もっとも、水夫と比べること事態が失礼なのであるが
「彼等は帯をしないのか?」
「帯はないが、ベルトは存在するよ」
「帯と似た物なのか?」
娘の問いかけに、ドワーフは自分の履いていたズボンからベルトを取り、それを見せる。
「帯と違って金具がついておるな……」
「金属加工が最近は発達してきておるからな……と、言っても魔法で作られた金属の加工のほうが
 今も主流だかの」
「ふむ……」
魔法の金属、と言われても実物を見たことのない娘にはチンプンカンプンなのだが、
とりあえずは返事をする。
後で実物を見てみればよいだろうと考え合っての事だ。
「最後にひとつ聞いてもよいか?」
「なんじゃ?」
「褌はあっちでも売っておるか?」
そう言い、娘は自分の股を覆う白い布を指差した。
「ないであろうな……」
「流石に褌無しで生活はしたくないぞ」
「……追々なんとかしよう」
どうしたものか……ドワーフは、娘の下着についてしばらくの間悩む事になる。
「お、港が近づいてきたぞ!」
「そうじゃな、降りるとしようか……ミヤビ」
「うむ」
ミヤビと呼ばれた狐系の獣人の娘は赤い瞳は輝かせ、力強く答えた。

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最終更新:2011年07月20日 09:59
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