1◆
「HPが0になっても復活できるなんて、そんなアイテムありなのかよ! チートってレベルじゃないだろ!」
「そりゃあ信じられないよね。でも、これがあったおかげでボクもカオルを助けることができたよ」
ユウキの所持している【黄泉返りの薬】を見た間桐慎二は、その効果に目を丸くした。
RPGゲームでよく見られる死者蘇生アイテムを本当に見るとは夢にも思わなかった。対象者が死亡してから5秒以内でなければ効果はないけれど、それでも充分に貴重なアイテムだ。しかもまだ4つもあるなんて、非常に心強くなってしまう。
命を賭けた殺し合いでこんなものを支給するなんて矛盾している。運営がこんなものをどうして用意したのかがわからなかった。
だけど、使える物は使わせて貰うつもりだ。
「あとでシンジにも渡そうと思うよ。キリトや、キリトと一緒にいる人達にもね」
「本当か! それは助かる」
「でも、その前にキリトと合流してここから抜け出すことを考えようよ。この森にいると、確かダメージ量が増えるらしいから」
「そ、そうだった!」
運営の嫌がらせなのか、12:00まで全ての森は【痛みの森】というエリアに変えられてしまい、受けるダメージが増えてしまうらしい。その間にPKをすればポイントもいつもより増えるらしいが、そんなことはどうでもよかった。
今の状況で別のプレイヤーに襲われたら、今度こそユウキとカオルは殺されてしまうかもしれない。アーチャーがついているとはいえ、彼一人では限界があった。
こんな場所にいつまでもいたら蘇生アイテムがいくつあっても足りないので、早く抜け出したい。それが慎二の本音だった。
「……そういえば、ユウキ達は大丈夫なのかい?」
「何が?」
「いや、痛いだろ? ダメージだけじゃなく、痛みだって倍増されるってメールには書いてあったからさ……あいつらと戦っていたから、凄く痛かったと思うし」
「ああ、それならボクは大丈夫だよ! みんなと一緒にいるから、あんまり気にならないかな」
あれだけの死闘を繰り広げた後なのに、ユウキはけらけらと笑っている。
そんなはずはない。ダスク・テイカーから与えられたダメージはとても笑って誤魔化せる様な量ではなかった。ならば、それに伴う痛みだって凄まじいはず。
気力で身体を動かしているのかもしれないが、そうだとしたら彼女はどれだけ逞しいのか。ユウキという少女はゲーマーとしてだけではなく、人間としても憧れてしまいそうだ。
「それよりも、本当に辛いのはカオルの方だよ! あのノウミって奴から酷い目に逢わされたし……」
「ええっ!? でも、ユウキさんだって私の為に大怪我をしたじゃないですか! あの時、私がしっかりしていれば、こんなことにはならなかったのに……」
「ボクなら大丈夫だって言ったでしょ。とにかく、二度とこんなことがないようにしようよ。蘇生アイテムがあるからって、痛いことには変わらないし」
ユウキとカオルの言葉が、慎二の胸に深く突き刺さる。
そうだ。例え生き返ると言っても、死んでしまったという事実を変えることなんかできない。そこに至るまでの苦痛や絶望だって、脳裏に強く焼き付いているのだ。
生き返るから、死ぬほどのダメージを受けたって問題はないという訳ではない。むしろ、死による苦しみからの解放すらも認められないのだから、もっと残酷かもしれなかった。
ゲームのキャラクターは死んでから蘇生しても次の瞬間には動いているが、自分達は違う。現実の世界に生きる人間だ同じ目に遭ったら、何もできなくなるはずだ。
普通なら、何らかのトラウマに苦しめられてもおかしくない。それなのにユウキとカオルは、テイカーの火に焼かれたにも関わらず、今も笑っている。
(……僕が二人の立場だったら、例え生き返ったとしてもこうして笑うことなんてできない。絶対に、ショックと恐怖で動けなくなるだろうな……)
ユウキから【黄泉返りの薬】を貰えると聞いて舞い上がってしまった。例え死んでもコンティニューができると喜んでいたが、それは二人に対する冒涜なのではないか。
そう考えると、先程までの自分がとても浅はかに見えてしまい、思わず溜息をつく。
「こんな時に溜息とは、何かあったのか?」
「うわっ!?」
その直後、背後に立つアーチャーから唐突に声をかけられてしまい、驚いた慎二は飛び上がった。
振り向くと、アーチャーは意味ありげな笑みを浮かべているのを見た。
「アーチャー……いきなり声をかけるな! ビックリするじゃないか!」
「すまない。ただ、君があまりにも落ち込んでいるようだから、どうしたものかと思っただけだ」
「別に何でもない! さっきから色々なことがあってちょっと疲れただけだ! 絶対に落ち込んでなんかいないからな!」
「そうか。なら、いいのだが」
アーチャーは頷く。
絶対に本心を見抜かれている。どれだけムキになって否定したとしても、悩みの理由を察しているはずだ。数時間程度の付き合いしかないけれど、アーチャーの考えていることが何となくわかってしまう。
ここで感情を爆発させてもただ疲れるだけで、何の意味もない。なので、慎二は話題を切り替えることにした。
「そ、そうだユウキ! ちょっと聞きたいことがあるけど大丈夫か?」
「どうしたの?」
「そういえば……キリトってどんな奴なんだ? やっぱり、そいつも強いプレイヤーなのか?」
「うん! キリトもすっごく強いよ! ボクの所属するギルドの邪魔をした嫌な連中を足止めしてくれたし、何よりも剣の腕がとても凄いよ!
シンジもゲームチャンプの称号を背負うなら、気を付けた方がいいよ~! 油断したら、すぐに追い抜かれちゃうから!」
「ハン! それなら、返り討ちにしてやるとも! キリトが僕に挑むのなら、僕はそれに全力で答えて倒す……それだけさ!」
「そっか! それなら精一杯、頑張ってね! シンジならキリトにも負けないくらい、完璧に強くなれるってボクは信じてるから!」
「ユウキに言われなくとも、そうするつもりさ!」
満面の笑顔を浮かべるユウキに向かって、慎二は大きく胸を張る。
そんな二人を見守っていたアーチャーとカオルはこう語った。
「……やれやれ、自信を持つのはいいが、またすぐに調子に乗ってしまいそうだ」
「でも、シンジさんは大きくなっています。一歩ずつですが、確実に」
「そうだな。彼には無限の可能性がある……私のマスター以上にだ。尤も、私も慎二に負けないように強くなるつもりだが」
「それなら、私はアーチャーさんとアーチャーさんのマスターさんを応援しますよ! ユウキさんが慎二さんを応援するなら、私はあなた達を応援しますよ」
「それは有難い。なら、私達はそれに答えなければならないな」
2◆◆
俺はずっと失意に沈んでいた。もしも今、鏡を見たら曇っている俺の顔を見ることができるかもしれない。
あれから、俺はブルースやピンクと一緒にずっと森に留まっていた。どうやら、二人は森に集まってきた危険なプレイヤーを倒すつもりらしい。
俺はそんな二人の邪魔をする訳にはいかなかった。サチのアバターに黒いナニカを植えた犯人でない以上、敵対する理由などない。
「それで、キリトはこれからどうするつもりだ? このまま、この森に留まるつもりなのか?」
ブルースの問いかけに俺は何も答えられない。
それが失礼な態度であることはわかっているが、言葉が見つからなかった。
「お前がこの森に留まるのは勝手だが、あのサチという少女はどうするつもりだ? それに、お前の娘のユイだっているはずだ……二人のことを捜さなくてもいいのか」
ブルースの口からその名前が出てきたことで、俺の身体が震えてしまう。
サチが俺のことを刺してから、既にかなりの時間が経っている。こうしている間にも、サチはどこかで危険な目に遭っているはずだった。
それにユイのことだって心配だった。戦う力を持たない彼女までもがここにいては、いつデリートされてもおかしくない。
わかっている。
彼女達の為を思うなら、いつまでもこんな所にいる訳にはいかない。ブルースの言う通り、サチやユイの元に駆けつけなければいかなかった。
頭ではわかっているし、俺自身もそうしたいと思っている。
だけど……身体が動かなかった。
「キリト……あんた、何とか言ったらどうなの?」
怒りを露わにした表情で詰め寄ってくるのはピンクだった。
彼女の声は非常に威圧感があって、並のプレイヤーを怯ませてしまいそうだった。普通なら悲鳴を漏らすかもしれないが、どういう訳か俺はそうする気すらも湧かない。
「あんた、いつまでウジウジするつもりなのよ! あたしがわざわざ回復結晶を渡して、ブルースも剣を返したっていうのに……肝心のあんたは何もしないってどういうことよ!
情けない……ああ、情けないわね! 情けなさ過ぎて腸が煮えくりかえりそうだわ!」
ピンクの罵倒が俺の耳に突き刺さってくる。彼女の声量は凄まじくて、実際にダメージを与えてしまうかもしれないと錯覚してしまいそうだった。
拘束を解かれてから、俺はブルースから【虚空ノ幻】を返して貰い、ピンクから与えられた回復結晶でHPを回復した。それは二人が俺のことを一先ず信用してくれたことだろう。
こうまでお膳立てをさせてしまった以上、俺は二人の気持ちに答えるのが筋だ。俺だってそうしたいと考えている。
だけど、今の俺はただ突っ立っているだけ。我ながら情けなさすぎて嫌になってしまう。ピンクが怒るのも無理はない。
何も答えないこんな俺の姿に苛立ちを覚えたのか、ピンクは強く舌打ちをして、その手に持つ武器を向けてきた。
「……そう。そういうつもり。だったら、ここでいっそのことあんたのことを斬ってあげようか?」
刃の切っ先が太陽に照らされるのを見て、俺は反射的に後ずさってしまう。無気力になっているにも関わらず、生存本能だけは働いてしまったのだ。
そんな俺に対して嫌悪感を強めたのか、ピンクは更に表情を顰めた。
「ハッ、何もやる気がないくせに助かろうとするの? 随分と虫がいいのね」
「おい、ピンク!」
「ブルースは黙ってて!」
ブルースの制止の言葉すら、ピンクはあっさりと斬り捨てる。
このままでは、ピンクは本当に俺のことを斬ってしまうかもしれない。だけど、それを防ぐための言葉が見つからなかった。
彼女の手を汚させたくなんかないし、何よりも俺だってここで死ぬわけにはいかない。でも、口が動かなかった。今は何を言ってもピンクを納得させられないだろうし、それ以前にその為の言葉すら見つからない。
どうすればいいのか……そんな思考が芽生え始めた時、ピンクはその刀を収めた。
「……やっぱりやめた。あんたなんかを斬ったって何の得にもならないし、体力を無駄にするだけだわ」
「……ごめん」
「ごめんで済んだらヒーローもオフィシャルもいらないでしょ! 悪いと思うなら、あたし達の前からとっとと消えなさいよ!」
ようやく出てきた俺の言葉に、案の定ピンクは激怒する。
ヒーローとオフィシャルが何なのかはわからないが、きっと警察のようなものかもしれない。そんな二人の邪魔をしてしまったことが、今になって申し訳なく思ってしまう。
あの時、もしも二人が事情を知っていたらサチのことだって助けようとしたはずだ。俺には説明の義務があったはずなのに、一方的に襲いかかった。
……これでは、サチが俺のことを失望したって無理はない。もしかしたら、サチにはあの時の俺がレッドプレイヤーに見えてしまったから、攻撃した可能性だってある。
サチがそんな人ではないのはわかる。例え相手がレッドプレイヤーだろうと、いきなり傷付けるなんてありえない……
その瞬間、守りたかったサチのことまでも疑っていることに気づいてしまい、俺自身がとことん惨めに思えてしまった。
「キリト! キリトなんだね!」
自己否定の思考が芽生えた瞬間、俺の耳に声が響く。
俺はその声を知っている。ブルースと戦う直前に再会したユウキの声だ。
それに気付いた俺が振り向くと、木々の間からユウキが現れるのを見た。そんな彼女に続くように、見知らぬ二人の男とユウキと一緒にいた女が出てくる。
現れた女はピンクを見て、驚いたようにピンクの名前を呼ぶ。同じようにピンクも「カオル!」と声をかけた。もしかしたら二人は知り合いなのかもしれないが、今の俺にはあまり関心がない。
ただ、ユウキが無事でいる姿を見られたことで、ほんの少しだけ心が軽くなるのを感じた。
「ゆ、ユウキ……!」
「よかった……いきなり飛び出していったから、心配したよ!」
「あっ……!」
ユウキの言葉を聞いて、俺は思い出す。
サチの居場所を尋ねてから何も考えずに飛び出してしまい、勝手に暴走をしてしまった。
一方、ユウキはかつてのように眩い笑顔を向けてくれる。そんなユウキの姿が輝いて見えてしまい、思わず目を逸らしてしまいそうだった。
「ごめん、ユウキ……勝手に飛び出したりして」
「大丈夫だよ。キリトが無事でいてくれたから……ところで、あのサチって女の子は見つかったの?」
「……っ!」
ユウキの口からサチの名前が出てきたことで、俺の身体はピクリと震えてしまう。
すると、ユウキは怪訝な表情を浮かべながら俺の顔を覗き込んできた。
「……キリト、どうかしたの?」
「サチは……サチは、その……見失った。これから……捜すつもりだ」
ユウキの疑問に対して、俺はしどろもどろに答えることしかできない。
「ねえ、キリト……何があったの?」
「えっ……いや、別に……なんでもない、けど」
「嘘だよ。キリト、何かを隠してるでしょ……嘘つきは泥棒の始まりだよ」
「本当に何でもないよ……ユウキの勘違いだって」
「……よかったら、何があったのかを話してくれないかな? ボクにできることがあるなら、何でもするから……一人で悩むなんてよくないよ」
真摯な視線が突き刺さり、俺は後ずさってしまう。
やはり、ユウキは俺が隠し事をしていると察しているのだ。一緒にいた時間はそれほど長くはないが、その僅かな間にデュエルやフロアの攻略を通じて絆を深めあっている。だから、ユウキは俺のことがわかるのだろう。
俺のことを心配してくれているのは嬉しいが、今だけは素直に受け取ることができない。それがユウキの気持ちを冒涜することになるのはわかっているが。
ユウキのことを裏切りたくない。だけどユウキには今の俺を知られたくない。そんな二つの感情が俺の中で鬩ぎ合っている最中だった。
「……キリトはサチのことを守ろうとして、あたし達のことを襲ったの」
ピンクはそう淡々と語ったことで、俺の意識は急激に覚醒する。
振り向いた先では、ピンクはどことなく辛そうな表情を浮かべていた。
「あのサチって子のアバターには、ウイルスのような何かが感染していたの。それをあたし達がやったと勘違いをして、それから戦いになって……今度はサチがキリトを襲って、それからサチは逃げたわ」
「ピンク、お前……!」
「こうでもしないと、キリトは何も言わないでしょ! いつまでもウジウジと黙ったままのキリトにイラついただけよ! それとも、ブルースが説明でもしてくれたって言うの!?」
ブルースは咎めるのに対して、ピンクは激怒することで返す。
その声は相変わらず凄まじくて、現実だったら鼓膜を破く程の威力を発揮しそうだった。
「……キリト、この人の言っていることって本当なの?」
そして、当然のことながらユウキは尋ねてくる。
その声はほんの少しだけ憂いに満ちていて、真実を言うことを躊躇わせてしまう。だけど、こうなった以上は話さなければならない。
「ああ、本当だよ……俺はこの二人の話を聞かずに、一方的に襲った……殺し合いを止めようとしていた二人を犯人だと決めつけて、傷付けた……
こんな俺は、最悪のレッドプレイヤーさ」
俺は全てをユウキに話した。
本当なら逃げ出してしまいたいが、そんなことをしても何の解決にもならない。仮に逃げ出しても、ユウキの翼ならば一瞬で追いつかれてしまうだろう。
彼女は俺のことを失望するはずだ。ユウキだけでなく、アスナやユイの信頼を完全に裏切ってしまったのだから。
俺はそう思ったが……
「そっか……大変だったね、キリト。それと、話してくれてありがとう」
だけど、肝心のユウキは真剣な表情を浮かべている。そこに幻滅の感情は感じられない。
俺はそれが理解できず、瞼をしばたかせた。
「キリトは勘違いからピンクとブルースのことを襲っちゃった……それは残念だけど事実だよね
でも、キリトはそれを反省しているでしょ? それとも、これからも誰かを襲いたいって思ってる?」
「……思っていない。いや、そんなことをしていいわけがないだろう! 意味もなく、誰かを傷付けるなんて……!」
「なら、キリトはレッドプレイヤーなんかじゃないよ。ボクやアスナやユイちゃん……それにみんなが知っているキリトだよ!」
そう言いながら、ユウキはにっこりと笑顔を浮かべる。
すると、そんなユウキと入れ替わるようにカオルと呼ばれた女が俺の前に出てきた。
「キリトさん。あなたが悪いことをしたことで、今も責任を感じているかもしれません……でも、それを認めているのなら、あなたはこれから誰かの為に戦えるはずです」
「誰かの為に、戦う……?」
「はい。私だって、昔は私自身のワガママのせいでたくさんの人に迷惑をかけてしまいました……それはもう取り戻すことができません。
でも、キリトさんにはまだ時間があります。どうか、大切な人を守ってください……不安があるのはわかりますけど、このままではキリトさんは本当に後悔をしてしまうことになってしまいますから」
俺を見つめているカオルの顔はどこか寂しげだった。
それを見て、俺は思う。もしかしたら、彼女も俺のように大切な人がいて、その人の為に一生懸命頑張っていたのかもしれない。だけど、何かを間違えてしまい、全てを失ってしまった。
手段を選ばなかった彼女にも非はあったかもしれない。だけど、彼女の心にあるのは、大切な人の力になりたいと言う純粋な気持ちだったはずだ。それが間違った方向に向かってしまっただけだ。
俺だって、ブルースやピンクを襲ってしまったけど、それはサチを守りたいと思ったからだ。
サチを守ることができればそれでいい……あの時の俺は、それ以外のことを考えないで突っ走っただけだった。
「……おい、キリトって言ったよな」
今度はユウキと一緒にいた男が前に出てくる。青いウエーブヘアーが特徴の男だ。
ユウキが「シンジ?」と呼びかけてくるが、それに答えずに口を開く。
「君がそのサチって子とどんな関係かは知らないけど……まあ、探しておいてやるよ。僕達も用事があるから、そのついでにな……
言っておくけど、君の為じゃないからな! 君が悲しむと、なんというか……ユウキも悲しんで、場の空気が悪くなるんだ! それが嫌なだけだからな!」
「キリト。彼は悪ぶっているが、本当は素直になれないということを察するといい」
「うるさいぞアーチャー! 変なことを言うな!」
「そうか。それは失礼した」
シンジからアーチャーと呼ばれた白髪の男は、意味ありげに笑う。
しかし、すぐに俺の方に振り向いて、真摯な表情になった。
「そしてキリト。君がどうするのかは勝手だが、これだけは絶対に忘れるな……君には帰りを待っている娘がいることを」
「娘……? じゃあ、ブルースの言っていた伝言はあんたからだったのか!?」
「そうだ。ユイは今、私とは別行動を取っているが、私のマスター達が守っているから無事なはずだ。後でB-3エリアの月海原学園で落ち合うことになっているから、そこに行けば会えるだろう」
「そっか……よかった」
「安心するのはいいが、それ以上にやるべきことがあるのではないのか?」
「あっ……」
アーチャーの言葉を聞いて、俺は気付く。
俺のやるべきこと。それは俺自身の答えをみんなに言うことだ。ここにいるみんなは、俺の為に助言をしてくれている。
ブルースやピンクだって厳しい言葉を突き付けたが、それは俺のことを考えてくれたからだ。俺が不甲斐無いせいで、二人に損な役目を背負わせてしまった。
もしかしたら、ユウキ達も悪者にさせてしまう可能性だってあるかもしれなかった。
『ジローさん………大好きですよ………』
不意に、レンさんが残した最期の言葉が俺の脳裏にリピートされる。
彼女はジローさんのことを一途に想い、ジローさんのことをひたすら愛して、俺のことをジローさんだと勘違いして……笑顔のまま、この世から去った。
俺がみんなを守りたかったように、レンさんもジローさんを失いたくないはずだった。そしてジローさんだってレンさんのことを守りたかったはずだった。その気持ちに何一つの嘘は存在しない。
『いいぜ、キリト。お前となら、どこまでだってやれる気がする』
あの戦いの最中、巡り会うことができたシルバー・クロウだって、守りたかった人がいるはずだった。
そして、クロウが言っていた【バルムンク】という人物も、同じかもしれない。クロウはバルムンクの仇を取る為に、フォルテに立ち向かった。
だけど三人はもういない。純粋な気持ちが蹂躙される悲劇を繰り返さないと誓ったはずなのに、デスゲームは続いてしまう。
レンさんやクロウが今の俺を見たら何と言うか? レンさんとクロウは俺が心を閉ざしてしまうことを望んでいるのか? 二人のことを思い出した瞬間、俺の中でそんな疑問が芽生えてしまう。
それはあの二人だけではない。ここにいるみんなや、どこかにいるであろうみんなにも同じことが言える。
二度と大切なものを失いたくないと誓ったはずなのに、今の俺は何をやっているのか。その誓いを破っているのは、他でもない俺自身なのではないか。
「……みんな、聞いて欲しい」
だから、俺は俺自身の答えを口にする。
嘘偽りを混ぜたりなんかせず、正真正銘の真実を言葉にして。
「正直な話、今も不安なんだ……ユウキやカオルの話をきちんと聞かず、しかも勝手な思い込みでブルースとピンクを襲った俺が、誰かを守れるのか……俺も、自信がない」
「キリト、あんた……!」
「でも、みんなのことを守りたいのだけは本当だ! サチも、アスナも、ユイも、ユウキも、カオルも、ブルースも、ピンクも、シンジも、アーチャーも……俺は失いたくない!
これ以上、誰一人だろうと死んでほしくない! これだけは……これだけは本当だ! その為に、俺は戦いたい!」
ピンクが苛立ちで声を荒げる前に、俺は心からの言葉を宣言する。
今もどこかでレンさんの帰りを待っているジローさんの為にも。
俺に力を貸してくれたシルバー・クロウのことを、残された人達に教える為にも。
こんな俺を信じて、励ましてくれたここにいるみんなの為にも。
そして……俺が助けなければならない、大切な人達の為にも。サチを、アスナを、ユイを救う為にも……
守りたいものを、守る為にも。
かつて、一人で我武者羅に戦っていた俺を絶望から救ってくれたように、今度は俺がみんなを絶望から救う番だ。
今でも忘れられないあの夜に、サチから届けられたメッセージ録音クリスタルに込められた最後の内容はまだ思い出せない。
だけど、俺は知っている。サチは恐怖に囚われながらも、決して自分自身を失わないで《月夜の黒猫団》のみんなや俺の為に頑張っていたことを。そして、こんな俺の為にメッセージを残してくれたことを。
サチは優しい少女だ。そんなサチが、望まない戦いをさせられている……そんなの、許せるわけがなかった。
彼女と再び出会えても、俺を信じてくれるかはわからないが関係ない。彼女が俺を拒絶したとしても、俺は守るつもりだ。
「みんな、本当にごめん……俺が情けないせいで、みんなに迷惑をかけて」
「お前がもう誰かを襲わないのなら、俺は何も言わない。だが、もう二度と変なことをするな……いいな?」
「わかったよ、ブルース……それと、ピンクもごめん」
「謝る暇があるなら、さっさと動きなさいよ! もしもまた泣き言を並べたりなんかしたら、あたしは二度とあんたのことを許さないからね!」
「ああ、そのつもりだよ」
ブルースとピンクには随分と迷惑をかけてしまった。
本当なら二人に償いをしたいがその時間はないし、何よりも二人は望んでいない。二人の為を思うなら、俺がやるべきことをやらなければならなかった。
「キリト。君が立ち直るのは良いが、いつまでもここにいてもいいのか?」
「……いや、すぐにでも捜しに行くよ。こうしている間にも、サチが危険な目に遭っているかもしれないから」
「だろうな。だが、仮にサチを見つけたとしても君一人でどうにかできるのか? 彼女のアバターに侵食したバグを除去する方法はあるのか?」
「あっ……」
アーチャーの言葉に俺は何も返せない。
そうだ。例えサチを見つけたとしても、あの黒いナニカをどうにかしなければ同じことの繰り返しだ。
あの苦い記憶が脳裏に過ぎった瞬間、カオルが口を開く。
「キリトさん、そのことなんですが……私が力になりましょうか? バグやウイルスを取り除く作業なら、何度もやったことがありますので」
「えっ……カオル、本当か? 本当にサチを助けられるのか?」
「サチさんに取り付いたバグの構造を把握して、あとはワクチンを作れば何とかなるかもしれません。ただ、その為の場所も必要ですが」
「そっか……なら、カオルにお願いしてもいいかな?」
「勿論ですよ!」
「ありがとう……!」
カオルが頷くのを見て、俺は心の中が晴れていくのを感じる。
ようやくサチを救う手段が見つかったことで、希望が芽生えた。ウイルスを解除できるカオルがいるなら、あとはサチを見つけるだけだ。
「それじゃあ、キリトもボク達と一緒に来る? 二手に別れて探しても、カオルがいないとどうにもならないし、何よりボクもキリトとまた話をしたいからね」
「ああ、そうするよ……ありがとう、ユウキ!」
「どういたしまして! シンジやアーチャーはどう?」
「どうって……まあ、ユウキとカオルがいいなら僕は別に構わないさ。ノウミを探すついでだ」
「私も異論はない」
「それじゃあ、決定だね……あ、そうだ」
ユウキは何かを思い出したかのようにウインドウを操作して、薬のようなアイテムを二つ取り出す。
それを持ったユウキは、ブルースとピンクの方に振り向いた。
「そういえば、ブルースとピンクはこれからどうするの? ボク達と来る?」
「悪いが、俺達はここでしばらくは危険人物を待ち構えるつもりだ……12時まで、この森は榊達の手によって戦場になっているのだから」
「そっか……なら、二人にはこれを受け取って欲しいんだ。何かあった時の為にね」
「そうか。これは回復アイテムなのか?」
「ううん。回復じゃなくて、蘇生アイテムなんだ」
「何?」
「蘇生ですって!?」
「えっ!?」
ユウキの言葉にブルースとピンクは驚く。無論、俺も例外ではない。
だけど、ユウキはそれに構わず説明を続ける。
「そうだよ。でも、これは5秒以内に使わないと効果がないらしいから、使う時は急いで使ってね」
「お前……そんなアイテムを俺達に渡しても大丈夫なのか?」
「君達だからこそ、持っていて欲しいんだよ。君達はキリトのことを信じてくれたから、ボクも君達のことを信じたい……それに、君達が死んじゃったら気分が悪くなるし。
大丈夫、ボク達の分も残っているから心配しないで」
「……そこまで言うなら構わない。だが、本当にいいのか?」
「大丈夫って言ってるでしょ?」
「そうか。なら、受け取ろう……感謝するぞ」
「どういたしまして!」
ユウキの手から蘇生アイテムを受け取ったブルースとピンクは、ウインドウを操作してすぐにしまう。
蘇生アイテムまでもがこんな所にあるのは驚いた。だが、アインクラッドでも<<還魂の聖晶石>>というドロップアイテムがあったので、存在しても不思議ではないかもしれない。
「さて、別れは名残惜しいし、私としてもブルースとピンクには色々と聞きたいことがあるが……今は時間がない。
ブルース、そしてピンク。もしも何かあったら、月海原学園に向かうといい。そこなら、私のマスターや仲間と出会えるはずだ」
「そうか……なら、余裕ができたらそちらも当たってみよう。ピンクはどうする?」
「あたしも別に構わないけど……」
「なら、決まりのようだな」
アーチャーの提案にブルースとピンクは頷いた。
これから二人とはしばらくお別れになる。だから、その前に俺は二人に言わなければならない。
「ブルースもピンクも、どうか気を付けてくれ」
「当たり前だ」
「あんたに言われるまでもないわよ」
「そうだよな……それと、本当にありがとう」
ありがとう。
この言葉を言うのはもう何度目になるのかは俺もわからない。だけど、何度だろうと言いたかった。安っぽいと言われようと、胡散臭いと思われようとも……この気持ちを言葉に出したかった。
本当なら、二人は俺のことを見捨てることだってできたはずなのに、それをしなかった。これだけでも、二人にはどれだけ感謝をしても足りない。
絶対に、サチやユイを守らなければならなかった。
「キリト、行こう」
「ああ」
ユウキの言葉に頷いてから、俺は森の中を進んでいく。
この先にサチがいることを信じて。そして、守りたかった人達を守れることを信じて……
【E-5/森/1日目・昼】
【キリト@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP100%、MP40/50(=95%)、疲労(大)、SAOアバター
[装備]: {虚空ノ幻、蒸気式征闘衣}@.hack//G.U.、小悪魔のベルト@Fate/EXTRA、
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~1個(水系武器なし)
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考・状況]
基本:絶対に生き残る。デスゲームには乗らない。
0:今はユウキ達についていきながら、サチを探す。
1:サチやユイ、それにみんなの為にも頑張りたい。
2:二度と大切なものを失いたくない。
3:レンさんやクロウのことを、残された人達に伝える。
[備考]
※参戦時期は、《アンダーワールド》で目覚める直前です。
※使用アバターに応じてスキル・アビリティ等の使用が制限されています。使用するためには該当アバターへ変更してください。
- SAOアバター>ソードスキル(無属性)及びユニークスキル《二刀流》が使用可能。
- ALOアバター>ソードスキル(有属性)及び魔法スキル、妖精の翅による飛行能力が使用可能。
- GGOアバター>《着弾予測円(バレット・サークル)》及び《弾道予測線(バレット・ライン)》が視認可能。
※MPはALOアバターの時のみ表示されます(装備による上昇分を除く)。またMPの消費及び回復効果も、表示されている状態でのみ有効です。
※ユイが殺し合いに巻き込まれている可能性を知りました。
【ユウキ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP10%、幸運上昇(中)
[装備]:ランベントライト@ソードアート・オンライン
[アイテム]:黄泉返りの薬×2@.hack//G.U.、基本支給品一式、不明支給品0~1
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:洞窟の地底湖と大樹の様な綺麗な場所を探す。ロワについては保留。
1:みんなで野球場に行き、そのついでにサチを探す。
2:専守防衛。誰かを殺すつもりはないが、誰かに殺されるつもりもない。
3:また会えるのなら、アスナに会いたい。
4:黒いバグ(?)を警戒。 さっきの女の子(サチ)からも出ていた気がする。
[備考]
※参戦時期は、アスナ達に看取られて死亡した後。
※ダスク・テイカーに、OSS〈マザーズ・ロザリオ〉を奪われました。
【カオル@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP25%
[装備]:ゲイル・スラスター@アクセル・ワールド
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~2
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:何とかしてウイルスを駆除し、生きて(?)帰る。
1:ユウキさん達についていく。
2:どこかで体内のウイルスを解析し、ワクチンを作る。
3:デンノーズのみなさんに会いたい。 生きていてほしい。
4:サチさんを見つけたら、バグを解析してワクチンを作る。
[備考]
※生前の記憶を取り戻した直後、デウエスと会う直前からの参加です。
※【C-7/遺跡】のエリアデータを解析しました。
【間桐慎二@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP50%(+40)、ユウキに対するゲーマーとしての憧れ、令呪一画
[装備]:開運の鍵@Fate/EXTRA
[アイテム]:不明支給品0~1、リカバリー30(一定時間使用不能)@ロックマンエグゼ3、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:ライダーを取り戻し、ゲームチャンプの意地を見せつける。それから先はその後考える。
1:ひとまずはユウキ達についていきながら、ノウミ(ダスク・テイカー)も探す。
2:ユウキに死なれたら困る。
3:ライダーを取り戻した後は、
岸波白野にアーチャーを返す。
4:サチって子もついでに探す。
5:いつかキリトも倒してみせる。
[サーヴァント]:アーチャー(無銘)
[ステータス]:HP70%、MP75%
[備考]
※参戦時期は、白野とのトレジャーハンティング開始前です。
※アーチャーは単独行動[C]スキルの効果で、マスターの魔力供給がなくても(またはマスターを失っても)一時間の間、顕界可能です。
※アーチャーの能力は原作(Fate/stay night)基準です。
【E-5/森/1日目・昼】
【ブルース@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:HP70%
[装備]:なし
[アイテム]:ダッシュコンドル@ロックマンエグゼ3、SG550(残弾24/30)@ソードアート・オンライン、マガジン×4@現実、不明支給品1~2、アドミラルの不明支給品0~2(武器以外)、ロールの不明支給品0~1、基本支給品一式、ロープ@現実、黄泉返りの薬@.hack//G.U.
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:バトルロワイアル打倒、危険人物には容赦しない。
1:悪を討つ。
2:森で待ち構え、やってきた犯罪者を斬る。
3:俺の守ろうとしている正義は、本当に俺が守りたいものなのか?
4:機会があれば、月海原学園にも向かう。
[備考]
※アーチャーから聞いた娘のことは、ユイという名前だと知りました。
【ピンク@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP100%
[装備]:ジ・インフィニティ@アクセル・ワールド
[アイテム]:基本支給品一式、黄泉返りの薬@.hack//G.U.
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
1:悪い奴は倒す。
2:一先ずはブルースと行動。
[備考]
※予選三回戦後~本選開始までの間からの参加です。また、リアル側は合体習得~ダークスピア戦直前までの間です
※この殺し合いの裏にツナミがいるのではと考えています
※超感覚及び未来予測は使用可能ですが、何らかの制限がかかっていると思われます
※ヒーローへの変身及び透視はできません
※ロールとアドミラルの会話を聞きました
最終更新:2015年06月23日 00:37