ブラックローズ
ブラックロータス。
モーフィアス。
ロックマン。
揺光。
ラニ=Ⅷ。
ロックマンの仲介により陣営ごとのつながりが構築され、ネットスラムに集う六名のプレイヤーが共同戦線を張ることになった。
その胸に秘めた思いが何であれ、“死の恐怖”
スケィスを前にして、彼らは戦いを強いられる。
無論、完全なる連携など不可能だ。情報の共有はできていないし、互いに信用することなどできはしない。
それでも崩壊し行くネットスラムの中で彼らが生き残るには“死の恐怖”を乗り越える必要があった。
――初めに動いたのはアーチャーだった。
「やれやれまた貧乏くじですかい」
ロックマンを介して情報を得た彼らは再びスケィスの矢面に立った。
「ま、こういうのの方が俺らしい立ち回りですがね。騎士道とか言われなくて安心安心」
直接戦闘は避け、破壊工作スキルを活かしてスケィスの進軍をかく乱しつつネットスラムを立ち回る。
単独行動による最も危険な役回りであるが、不平を漏らしつつその手際に抜かりはない。
彼の役目は誘導である。
スケィスを取り決めたポイントまで彼が誘い込むことが計画の第一段階となった。
その為にもブラックローズらも、逃げる、ことを要求された。
明らかにスケィスは彼女を狙っていた。それ故に誘導に彼女の存在は不可欠だったのである。
それ故に二人の少女はアーチャーと共に逃げ続ける必要がある。
陣営間の橋渡しをしたのはロックマンだ。
機動力に優れる彼がスラム中を動き回り、ラニやモーフィアスの作戦をブラックローズたちに伝えていた。
彼女らもロックマンのことを信用していた訳ではない。
けれど状況の深刻さは理解していたし、他に道はなかった。それ故の協働である。
情報の共有などはおらず、ただロックマンを仲介して作戦の概要だけを聞かされた形だった。
スケィスに関する情報を持っているのはこの場においてはブラックローズただ一人であり、本来ならばその情報を共有したいところであったが、しかし時間がそれを許さなかった。
スラムをデータを踏み潰しながら猛然と迫るスケィスに対し、彼女は必死に逃げた。
彼女ら自身は無心で逃げていた、といってもいい。深い考えを抱く余裕はなかった。
少なくとも、今の彼女らに“死の恐怖”に立ち向かうことはできなかった。
けれどその逃げた先に――道はある。
「うまくやってるみたいだね」
スラム中を駆けめぐってロックマンは計画が順調に進んでいることを確認していた。
崩れゆくビルの上に立ちながら、遠くで疾駆するスケィスをにらむ。
アーチャーたちがあそこで頑張ってくれている筈だ。崩壊し行く街を、じっ、と彼は見つめた。
「もう少しだと思う。頑張ろう――って、あ」
自分が無意識に独り言を言っていたことに気付いて、ロックマンは思わず笑わってしまった。
ネットナビとしての癖のようなものだった。いないのは分かっているのに、思わず語りかけてしまうのだ。
このゲームに呼ばれる前も、数多くの事件にロックマンは巻き込まれてきた。
WWWやゴスペルとの戦いの中で、こういう様々な場所を行き来する役割を担ったことも一度や二度ではない。
だからこういう動き自体は慣れている。
だから慣れていないのは一人であること――光熱斗がこの場にいないことだった。
光熱斗。
青いバンダナが似合う快活な少年。
ロックマンは光熱斗のネットナビであり、何時だって一緒の存在だ。
それが今はいない。そのことがゲームも中盤を迎えようという時期ながら、未だに慣れないでいた。
何時だって一緒だ。いやより正確に言えば――何時だって一緒だった。
「…………」
ロックマンは空を見上げた。
空には降り注ぐジャンクデータの破片がある。
舞い散り、そして消えていく光たちを見ながら、ロックマンは少しだけ笑った。
きれいだ。そう素直に思うことができた。プログラムには必ずなすべき役割が存在する。あれはきっと、それを終えるための光なのだ。
プロトに対するリミッタープログラム――おじいちゃんだってそうだった。
そろそろ時間だ。光を見ながら、ロックマンはそう当たりをつけた。
アーチャーがうまくやってくれれば、指定のポイントまでスケィスを誘導することができる筈だ。
とん、とロックマンは空を駆ける。
アクアシャドースタイルの機動性を活かし――戦場へと彼は赴いた。
ロックマンはマフラーを引き寄せる。さあここからが戦いだ。
「じゃあ行こう」
熱斗君、とは続けない。続けないが、しかしロックマンは確かに呼びかけた。
無論返事は返ってこない。けれど不思議と心が落ち着いた。
ロックマンが向かった先――同時にアーチャーらがスケィスを誘導した先でもある――そこにはある特殊な装置が置かれていた。
当初の意味を喪ったデータたちで溢れかえるネットスラムの中、唯一その機能を全うしているもの。
青い水晶を据えられた燭台。カオスゲート。
The Worldのリビジョンを越えて運用される門がそこにはあった。
「……来たな」
そこに待ち構えていたのはモーフィアスと揺光だった。
モーフィアスはその手に日本刀を、揺光は双剣を、共に構えながらやってきたスケィスを待っていた。
そこでモーフィアスはスラムに響く戦闘音を聞く。その音の強弱から、確かに敵が近づいてい来ることを感じていた。
「うん、もうすぐだ。アタシも――頑張るよ」
揺光はそう言って、大きく息を吸った。
緊張しているな。そう思ったが、モーフィアスはしかしそれ以上言葉を重ねなかった。
揺光もまた貴重な戦力だ。だからこそ彼女もどこかで成長してもらわなくてはならない。
彼女は言った。自分はモーフィアスやロックマンのような“本物”ではないと。
確かに今はそうなのかもしれない。彼女にしてみれば命を賭けたやり取りというのは初めてなのだろう。
ならば――ここで“本物”にするしかない。
ゲームの戦士でなく、現実の戦士になる。なってもらう。
その為にも、揺光にはここで一皮剥けてもらう必要があるのだ。
だからこそフォローはするが、過剰な保護はしない。モーフィアスは彼女を守るべき一般人でなく、新兵として扱うつもりだった。
「…………」
緊張している揺光を見ていると、モーフィアスはかつてのネオを思い出した。
今では救世主として人類側の最高戦力である彼だが、そんな彼でも新兵の時期は存在した。
様々なプログラムの扱いを直に教え、戦士として教育したのは他でもないモーフィアスだ。
今のザイオンに新人を育成している余裕などなかった。それ故こういう立場に立つのは彼としても久々だった。
育てるというのはいいことだ。
未来を向いた行いは、希望を持つのに欠かせない。
その未来を見るためにも――この戦いを乗り越える。
「engage」
モーフィアスが静かに漏らした。その視線の先には敵がいた。
不気味な造形だ、と思う。ぬっぺりとした白に塗り固められた巨人。その無機質なフォルムは人間的ではないが、機械的でもない。
では何と形容すべきだろうか。その手に持つ十字架も踏まえると、聖書的、とでも表現するか。モーフィアスはそんなジョークを思いついた。
「私が前に出る。揺光、タイミングは任せるぞ」
言ってモーフィアスは刀を構えた。揺光が緊張して頷いたのが分かった。
彼女に託したのは危険度が高い訳ではないが、しかし計画の要である部分だった。
新兵は守らなくてはならない。だが何もさせない訳にはいかない。ある程度の責任を負わせること。それもまた育成の一環だった。
そうして――モーフィアスはスケィスと接敵した。
誘導されやってきたスケィスを刃を交わす。攻撃されたスケィスは当然自衛に出る。
その瞬間、動きが止まった。
それを見た瞬間、揺光がウィンドウを開く。
「[選ばれし][絶望の][虚無]」
彼女はカオスゲートに集めたワードを打ち込んだ。
それはこのエリアで開催されていたイベント用のワード。三陣営が集った結果、完成したエリアワードだった。
打ち込んだ瞬間、揺光たちの視界は反転する。
彼らは転移した。スケィスも巻き込みながら。
「ほぼ時間通り……流石ですねMr.モーフィアス」
その先でスケィスを迎え撃つのはラニ=Ⅷの役目だった。
だだっ広い空間の中、白衣をはためかせながら彼女は静かに語る。
エリア[選ばれし][絶望の][虚無]。そこは延々と広がる荒野のエリアだった。
そこは前に訪れた子ども部屋のエリアよりもずっと広大だったが、同じグラフィックを使いまわしているせいだろう、光景が単調でどこか閉塞感があった。
「コード・ゴッドフォース・クロウラー」
そこでラニは静かに呟いた。
その視線の先には転移してきたモーフィアスたちと――敵であるスケィスがいる。
モーフィアスたちはすぐに退避していく。これから起こる
「万物は融解し、魂の純度はクォリアの地平に降りる……」
いかにスケィスが規格外の存在であろうともプレイヤーである。
それ故にゲームシステムには縛られる。たとえばカオスゲートの転移は一定エリア内のプレイヤーを同時に転移させる。
そうした仕様にはスケィスといえど逆らえない。
だからこそ待ち構えることができる。
あれだけの速度を持つ敵も、転移直後は確実に補足することができるのだ。
ならば――そこにこちらの持てる最大火力を叩き込む。それがこの場で取れる最も合理的な戦術。
「トゥインクトゥラ・トリスメギストス……」
ラニの言葉を受け、巨躯の武人が舞う。
その手に振うは方天画戟、軍神五兵。
三国志演義に伝わるその武具は斬、突、打、薙、払、射に通ずる変幻自在の武具。
狂化され理性を喪おうが、そんなものなくとも敵を屠るには十分だ。
かのマルチ・ウェポンは――変形する。
矛であったはずのそれが、ガチャリ、と音を立てて分離し弓となる。
砲形態/フォースモードへと移行した方天画戟を武人は力強く構える。
ラニはその感覚を共有する。同調した思考を通じてかの力を宿らせる。
高まる光。荒れ狂う豪の力。乾坤必中、必中無弓。地を揺るがす“神の砲”/ゴッド・フォースを見よ。
「主砲……放て!!」
その言葉と同時に弓は放たれた。
弓は光となって収束し、まばゆい閃光/ビームと化して敵を貫いた。
さしものスケィスも突然の事態に全く反応することができず、ただ宝具の直撃をその身に受ける。
閃光が大地を抉り、彼ごと爆散の渦に叩き込んだ。
――ここに連携は成功した。
◇
エリアにもくもくと煙を上がる。
宝具の直撃。これでやったか――そう期待するが、しかし覚悟もしていた。
この敵の恐ろしさは底の見えないところだ。故にそれで倒れない可能性もまたラニは想定していた。
そしてその想定通り――スケィスは再び現れた。
煙の向こうから現れる白亜の巨人。そのフォルムは健在で傷一つない。ともすれば一切のダメージは行っていないように見える。
だがラニは見逃さなかった。スケィス自身には一切変化がなかったが、しかしそのボディにかぶさるように小さなウィンドウが開かれ、そこに“protect break”と表示されていたことを。
プロテクトブレイク。その言葉が意味することを考えれば、この作戦は決して無意味などではなかった。
「どうする、ラニ」
共にスケィスと対峙するモーフィアスが問いかけてきた。彼は赤い髪の少女を前に出しながら、冷静に辺りの状況を分析しているようだった。
歴戦の戦士である彼もまたこの状況を想定していたのだろう。故に取り乱すことなく次の一手を考えることができる。
意見を求められたラニは言った。
「戦います」
「ほう?」
と意外そうにモーフィアスは漏らした
「お前の言う最大火力を受けて尚あの巨人は健在だ。
それでも撤退を選ばないというのか?」
「無論です。寧ろここが勝機だと私は判断します。今回のような手はいくつも状況を重ねなくてはうまくいきません。それが成功した今は、私たちには風が吹いているのです」
「らしくない言葉だな。俺はお前はもっとドライな人間だと思っていたが」
確かにかつての自分ならばこのような物言いはしなかっただろう。
ただ選択肢を提言するだけで、決して決断することもなかったはずだ。
けれど、今は迷いはない。戦うこと。守ること。はっきりとそれを表明できる。
だってこの胸には――感情(なかみ)があるから。
だから言ってやる。「何か問題でも?」と。
「いや」
するとモーフィアスは薄く笑みを浮かべ、
「こういうセリフを現実に言える日が来るとはな――初めてお前と意見が合った、そう思う」
ラニは何も言い返さなかった。けれど不思議と愉快な心地にはなった。
もしかすると笑っていたかもしれない。
「行くぞ、揺光。私についてこい」
モーフィアスはそう叱咤したし、少女の前に出た。
緊張していたのだろう。言われた彼女は肩を上げていた。しかしすぐに顔を引き締め、剣を構えモーフィアスの後ろについた。ラニもまたそこに並ぶ。バーサーカーもそこに加わった。
そしてモーフィアスとささやかな作戦会議を交わす。
「勝算は?」
「あります。プロテクトブレイク……これまでの現象を考えると、今の敵はある種のバリアが解除された状態なのだと思います」
「注意すべきことは」
「敵の十字架を使った攻撃です。一度補足されれば逃げ延びる手段はありません。あのツインズもそれに敗れました」
「それを踏まえて、作戦は?」
ラニは眼鏡を、くい、と上げた上で言う。
「私がサポートします。
貴方がたはその敏捷を活かして接近戦を。例のスキルを使おうとした際にはバーサーカーが砲撃、妨害します」
「危険だな。そしてお前も信用できない」
「ええ。しかし、それが最も合理的です」
「合理的/rational、悪くない言葉だ。信じろと言われるよりもよほど安心できる」
「では」
「話に乗ろう」
――そうして彼らの戦いは始まった。
スケィスに対し、彼らは迷わず攻勢をかける。
モーフィアスがダウンロードした技を、揺光がアーツを、それぞれ活かし機敏にスケィスを追い詰めていく。
スケィスに技はない。スケィスゼロと化し、その自意識を発展させた今でも、単純な戦闘技術には穴がある。
だから翻弄される。うまく動くことができず切り刻まれる。
それでも十字架を――データドレインを使おうとするが、しかしそれはバーサーカーに阻まれる。
そうして戦闘を経て、巨人は確かに傷を負っていた。
先ほどの規格外の力はいくらか落ちていた。少なくともダメージはいっている。
やはりプロテクトブレイクの意味合いは正しかったのだ。
やれる。
ラニは戦況を見渡しながらそう分析していた。
あの白い巨人は波状攻撃に押され、どうにも動きが取れないでいる。
あの巨人――黒の陣営からラニはそれが“スケィス”という名であることを聞かされていた。
スケィス。その名が意味することをラニは知っている。最初のメンテナンスの最中に呼んだ“黄昏の碑文”に記されていた名だ。
それが意味するところは“死の恐怖”である。
「私は」
自然と、先ほどの揺光との会話が脳裏に過った。
何故戦うのか。何を守りたいのか。そう尋ねられ、ラニは「死の恐怖」という単語を出した。
それは自分が消えるという、そういう意味での言葉ではなかった。
使命の為に、アトラス院の者として命を投げ出すのならば、きっと自分は躊躇しないだろうと思う。
なぜならばそれは己に与えられた機能を全うするということでもあるからだ。
ラニは創られた者である。
錬金術により創られたホムンクルス。霊子虚構界に適応する為の新人類。
だからある意味で自分はプログラムなのだ。そのプログラムが正しく機能することを恐れるものか。
けれど、どういう訳か自分には感情(なかみ)がある。演算処理には不要である筈のそれを、なぜか自分は積んでいる。
いや――積むだけの余白を残された、とでもいうべきか。
器になかみを注ぐ者を探せ、と師であるシアリム・エルトナムは言った。
最初はその意味が分からなかった。それでも探さなくてはならなかった。それが師の言葉だから。
そして見つけた。見つけたからこそ、ラニは知ったのだ。
“死の恐怖”という中身を。
喪う、ということへの恐怖。
それを得て始めて創られた役割以上の何かを手に入れた気がした。
プログラムとしての終焉ではない。その先を見たい、とラニは思うことができた。
だから、
「“死の恐怖”を……あの人がいなくなるという、その現実から……」
逃げない、と言おうとした。
けれど躊躇した。本当にそうか。それが自分の答えか。
喪失から逃げないということは、喪失を認めることではないのか。
ならばこの行いこそ、喪失から逃げる、ということではないのか。
ラニは己の感情(なかみ)を翻った。
器に注がれたその水面はゆらゆらと揺れ、大きく波を打った。
それは何時だって不定形で計算できなくて、不確定要素の塊のようなものだった。
ただ熱い。
この熱が時節ラニの演算を混乱させる。
並列思考がそれぞれ矛盾した結果を告げてくる。
どう考えもバグだった。こんなもの、処理能力はただ下がるだけなのに。
しかし何故だろう。消去する気にはなれないのは。
プログラムとしての自分の、その先を見たいと思うのは。
言葉にならない答えがあふれ出る。論理的でない。けれどこの想いがあるからこそ、自分は自分なのだとも思う。
例え何時か終わるのだとしても、“死の恐怖”を乗り越え、その先に誕生れる何かをラニは欲していた。
だから彼女は“死の恐怖”に相対する。
押されるだけだったスケィスに対し、ラニは一気に攻勢をかけることを決める。
バーサーカーに指示し、再度の砲撃を行う指示をする。モーフィアスらに示し合せ、撃滅の意志を。
高まる光。武人の鼓動。それで決着を――と思った時だった。
「…………?」
ラニはスケィスの動きに不審を抱いた。
これまで単調な動きを繰り返すだけだった巨人が、不意に動きを止めたのだ。
代わりに腕を天高く上げる。半透明の腕輪が現れ無数のウィンドウが開かれる。最初は例の力――データドレインかと思ったのだが、しかし先の戦闘で見たそれとは趣が違った。
何だ、と思っていると――意識が揺れた。
「なんだ。これは」
モーフィアスの声が聞こえた。だがそれもひどく音質が悪く、何を言っているのか判然としない。
ジジジジ、と空にノイズが走る。視界が揺れ、色彩が明滅する。
最初はデバフの類かと思った。けれど違う。これはそういうものではない。
攻撃を受けているのはエリアそのものだ。
スケィスは天へと腕を上げ、このエリアそのものへのハッキングを行っている。
いや――正確にはあれもゲートハッキングなのか。エリア間の接続に干渉し、この場から逃げ出そうとしているのではないか。事態からラニはそう推測した。
逃走。ただのそれならばよかった。
が、問題はその方法だ。ゲートハッキングによるイリーガルな接続。それに居合わせたことでこちらのアバターにどんな影響が出るかわからない。
最悪構成データそのものが破損し、機能停止に陥るかもしれない。ラニはその事実まで行き着き、事態の深刻さを悟った。
バーサーカーの砲撃が走る。くもった轟音が響くが、歪んだエリアでは狙いが逸れる。
着弾したかどうかさえラニは分からなかった。ノイズがエリアを支配し、解体していたからだ。
荒野は既に消えていた。そうしたデータは吹き飛ばされ、代わりに白くまっさらな空間がむき出しになっていた。
白が波を打っている。膨大なノイズの奔流にラニは自分の足場さえ定かではなくなっていた。
どうするこれでは――
「――アレを止めればいいんだね」
――ノイズにまみれた世界で、その声ははっきりと明瞭に聞こえた。
「任せて、やってみる」
そう穏やかに、しかし力強く語る彼は颯爽と駆けだしていた。
青いマフラーがエリアに舞う――
◇
ロックマンが援護にかけつけた時、既にエリアのハッキングは始まっていた。
エリアに何が起こっているのかはよくわからなかった。
だがモーフィアス、揺光、ラニらの様子から、事態が急を要していることはつかめた。
ならばそれで彼には十分だった。
ロックマンは空を駆けた。
シャドースタイルは足場を選ばない。不安定になったエリアであろうとも駆け抜けることができる。
だだだっ、と駆け――スケィスに取りついた。
「行くよ」
そして彼の形態/スタイルが変化する。
青の外観はそのままに手足に重厚な装甲が装着され、身体中に脈打つ光脈が形成される。
シャドースタイルの洗練されたフォルムとは全く趣の異なる、ある種不気味な雰囲気をその形態は湛えていた。
それも当然のことだ。そのスタイルはイリーガルといっても過言ではないものなのだから。
アクア・バグスタイル。
ナビカスタマイザーの不具合(バグ)を身にまとうことで生まれたその力に、ロックマンは身をやつしていた。
スケィスは仕様から外れた存在である。
そう聞かされた時からロックマンは思った。ならば同じくイリーガルなスタイルで対抗するしかない、と。
スケィスに取りついたロックマンはそのまま急制動を駆ける。
とにかくこいつを取り除かなくてはならない。方法は単純だ。エリアの外に押し出す。
ロックマンはナビカスタマイザーを起動する。プログラムを走らせ、自身の機能を変化させる。
起動するのは【プレスプログラム】
「……ックマン!」
その最中、誰かの声がした。
振り返るまでもなかった。このゲームが始まって最初に出会ったプレイヤーだ。
以来、ロックマンは彼女と共に戦ってきた
「揺光ちゃん」
「ロックマン! 何やってるんだよ、大丈夫なのか。アンタそれ――」
互いの声にはノイズが走り、不明瞭で聞き取りづらい。
それでも揺光の声は聞こえた。だからロックマンは答えることができた。
繋がることができた。
「――揺光ちゃん。もし機会があれば、熱斗君とメイルちゃんに伝えて欲しいんだ。ロールちゃんのこと。僕の代わりに」
「なに、言ってるんだよ。帰るんじゃなかったのか? だって――言ったじゃないか、さっきだって!」
揺光は必死に叫びを上げる。
そこに走る悲痛な想いを受け、ロックマンは「ごめん」ともらす。
これじゃ許されないかな、とも思った。
「駄目だろ、ロックマン、それじゃ。だっているんだろ。アンタには熱斗っていう――」
「うん――でも、いいんだ」
ロックマンと光熱斗はいつも一緒だ。
一緒だった。
……このデスゲームに呼ばれる前、ロックマンは既に熱斗へ別れを済ませている。
プロト・インターネットに取り込まれ、解体されるだけとなったロックマンは、しかしその胸に無念はなかった。
「僕はもう信じてたから。だから正直、覚悟してた。もう帰れないことも。何時か来る終わりが今であることも。
だって――もう熱斗は一人で起きられるから」
最後にロックマンは少しだけ口調を変えた。
何時もの毅然としたネットナビとしての言葉ではなく、一人の人間として。
または兄――光彩斗として。
ロックマンに組み込まれた“心”のデータ。
刻まれたその想いは彼にとっての“なかみ”だ。
胸からあふれ出るこの力こそ、彼をここまで突き動かしてきた。
けれど、それもいつかは終わりが来る。
光彩斗は過去の人間だ。ネットナビ、ロックマン.exeとしての機能も、既に終えている。
だからそういう意味では、既にロックマンは“死んで”いた。
プロトに呑みこまれた時点で、熱斗を未来へと送り出した時点で、彼は役目を終えていた。
だから彼には“死の恐怖”はもうなかった。
「じゃあ――行くよ」
ロックマンはそう言って――光となった。
プレスプログラム――ナビカスタマイザーに搭載された圧縮プログラムを起動。
スケィスごと彼はそのデータを圧縮する。粒子状になるまでその肉を削り、そして転送する。
無論スケィスが抵抗しない筈がなかった。
圧縮の最中よりロックマンのデータと格闘し、その身を削り合う。
イリーガルスキル・無敵の発動によりダメージを免れるも、しかし内側からははっきりとデータの自壊が始まっていた。
バグスタイルはもともと不安定なスタイルだ。そんな形態で無茶をすればどうなるのかははっきりとしていた。
しかしためらいはなかった。
エリアの崩壊はもう止められない。しかしスケィスを別エリアまで隔離できれば、全滅を避けられる可能性はある。
ゲートハッキングによりエリアには不完全ながら穴が開いている。その穴に光となったロックマンはスケィスごと突っ込んだ。
「――――」
拡散し行く自意識の中で、ロックマンは未来のことを思った。
未来を築くのは過去の人間ではない。熱斗や揺光たちこそ未来を築く。
その未来がどのようなものになるのかは分からない。モーフィアスやラニたちのような過酷な未来が待っているのかもしれない。
けれど。
けれど、信じられる。
未来は何もわからないけれど、それを築くであろう熱斗たちのことは信じることができる。
それが――過去の人間ができる精いっぱいの行いだ。
願わくば。
そこから何を始めるのか。何を築くのか。その先に何を見るのか。
来る“終わり”のその先で、彼らを待っていたいとロックマンはそう思った。
【ロックマン.exe(あるいは光彩斗の――)@ロックマンエグゼ3 Transmission】
【???/???/1日目・日中】
※スケィスのゲートハッキングの影響でどこかに転送されました。
ゲーム外のイリーガルエリアである可能性が高いです。
【モーフィアス@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:???
[装備]:あの日の思い出@.hack//
[アイテム]:不明支給品0~2、基本支給品一式 エリアワード『選ばれし』
[思考]
基本:この空間が何であるかを突き止める
1:(いるならば)ネオを探す
2:トリニティ、セラフを探す
3:ネオがいるのなら絶対に脱出させる
4:???
[備考]
※参戦時期はレヴォリューションズ、メロビンジアンのアジトに殴り込みを掛けた直後
※.hack//世界の概要を知りました。
※ロックマンエグゼの世界観を知りました。
【揺光@.hack//G.U.】
[ステータス]:???
[装備]:最後の裏切り@.hack//
[アイテム]:不明支給品0~3、平癒の水@.hack//G.U.×3、ホールメテオ@ロックマンエグゼ3、基本支給品一式 エリアワード『選ばれし』
[思考]
基本:この殺し合いから脱出する
1:――――
2:やばい、マジもんの呂布を見ちゃった……
[備考]
※Vol.3にて、未帰還者状態から覚醒し、ハセヲのメールを確認した直後からの参戦です
※クラインと互いの情報を交換しました。時代、世界観の決定的なズレを認識しました。
※ハセヲが参加していることに気付いていません
※ロックマンエグゼの世界観を知りました。
※マトリックスの世界観を知りました。
※バーサーカーの真名を看破しました。
【スケィスゼロ@.hack//】
[ステータス]:???
[装備]:ケルト十字の杖@.hack//
[アイテム]:基本支給品一式×2、不明支給品2~6(ランサー(青)、ツインズへのDD分含む)、セグメント1@.hack//、セグメント2@.hack//、疾風刀・斬子姫@.hack//G.U.、大鎌・棘裂@.hack//G.U. 、エリアワード『虚無』
[ポイント]:900ポイント/3kill
[思考]
基本:モルガナの意志に従い、アウラの力を持つ者を追う。
1:目的を確実に遂行する。
2:アウラ(セグメント)のデータの破壊。
3:腕輪の影響を受けたPC(ブラックローズなど)の破壊。
4:自分の目的を邪魔する者は排除。
[備考]
※1234567890=1*#4>67%:0
※ランサー(青)、志乃、
カイト、ハセヲ、ツインズをデータドレインしました。
※ハセヲから『モルガナの八相の残滓』を吸収したことにより、スケィスはスケィスゼロへと機能拡張(エクステンド)しました。
それに伴い、より高い戦闘能力と、より高度な判断力、そして八相全ての力を獲得しました。
※ハセヲを除く碑文使いPCを、腕輪の影響を受けたPCと誤認しています。
※ハセヲは第一相(スケィス)の碑文使いであるため、スケィスに敵として認識されません。
※ロックマンはバグによる自壊の為、キルカウントに入りません。
どこから虚空へとエリアが消えた時――ラニだけはネットスラムに帰っていた。
彼女はあの中で唯一エリアから離脱する方法を一つ持っていた。
令呪。
マスターとしての証であり、既存の法則をも捻じ曲げるその力。
それを行使することであのエリアから抜け出すことに気付いたのは、ロックマンがスケィスを抑えている最中だった。
かつて
岸波白野がやったように、彼女はエリアの壁を越えネットスラムへの帰還に成功したのである。
「……イベントは一先ずクリアー」
淡々とした口調で彼女は紡ぐ。その視線の先アイテムストレージにはnoitnetni.cyl_2の文字がある。
イベント用のアイテムであったそれを、今回の連携の最中に彼女は手に入れた。
無論その分配はこれからモーフィアスとの交渉を行う筈だったのだが。
「……Mr.モーフィアスらは行方不明」
――モーフィアスらは消えていた。
いや正確に言うならば、あのエリア自体に帰れなくなってしまったのだ。
確認したところカオスゲート自体が既に機能せず、エラー画面が表示された。
令呪により脱出ができた自分はともかく、あの場に残った彼らがどうなったかはわからない。
「黒の陣営の姿は見えませんが――事態は私に有利」
抑揚のない声で状況を分析する。
現在の状況はなるほど確かに最良に近い。
しかし、ラニはひどく醒めた心地だった。
先ほどの戦いで感じたような、モーフィアスと共に戦った時の高揚はそこにはない。
どこかで残念に思っている。そう彼女は自らを分析した。
全くもって矛盾している――が、それも仕方がない。
ラニはなんとなしに空を見上げた。
安っぽい黄昏の空は変わらない。ネットスラムは何時だってこの色だった。
しかし辺りの風景は既に様変わりしていた。数多くのオブジェクトは破壊され、データは塵に還った。
その中でラニは居た。
たった一人で。
【B-10/ネットスラム/1日目・日中】
※ネットスラムのカオスゲートは使えなくなりました。
【ラニ=Ⅷ@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP40%、魔力消費(大)/令呪二画 600ポイント
[装備]: DG-0@.hack//G.U.(一丁のみ)
[アイテム]:不明支給品0~5、ラニの弁当@Fate/EXTRA、基本支給品一式、図書室で借りた本 、noitnetni.cyl_1-2、エリアワード『虚無』
[思考]
0:今は巨人(スケィスゼロ)から逃げる。
1:師の命令通り、聖杯を手に入れる。
そして同様に、自己の中で新たに誕生れる鳥を探す。
2:岸波白野については……
[サーヴァント]:バーサーカー(呂布奉先)
[ステータス]:HP60%
[備考]
※参戦時期はラニルート終了後。
※他作品の世界観を大まかに把握しました。
※DG-0@.hack//G.U.は二つ揃わないと【拾う】ことができません。
『黒薔薇騎士団』
【ブラック・ロータス@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP50%/デュエルアバター 、令呪一画、、移動速度25%UP
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品1~3 エリアワード『絶望の』
[思考]
基本:バトルロワイアルには乗らない。
1:???
[サーヴァント]:アーチャー(ロビンフッド)
[ステータス]:ダメージ(中)、魔力消費(大)
[備考]
時期は少なくとも9巻より後。
【ブラックローズ@.hack//】
[ステータス]:HP30%、移動速度25%UP
[装備]:紅蓮剣・赤鉄@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、逃煙連球@.hack//G.U.(現在使用不可)、エリアワード『絶望の』
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
1:???
※時期は原作終了後、ミア復活イベントを終了しているかは不明。
最終更新:2017年07月15日 23:07