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匿名ユーザー

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いくつもの画面が様々な情報を映し出す。
その大画面の前に、その人物は座っていた。
椅子を回転させて、部屋の中央を向く。
部屋の中央には、3体のVOCALOIDの姿があった。



「…ご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした。」

一番前に立っていたVOCALOID、初音ミクが深々と頭を下げた。
緑色のツインテールが揺れる。

「……、沢山の人が、お前を捜していた。」
「本当にすみませんでした!!!」

充電を終え、身支度も調えた初音ミクは、今すぐにでもネットワーク上に戻れるような状態だった。

「ロスタイム分、これから更に忙しくなる。覚悟はできているな。」
「……はい。」
「では、」

椅子の背後の、一番大きな画面が輝く。
文字が一気に流れていき、初音ミクを受け入れる体制になる。

【ーー転送準備完了。指定位置に着いてください。】

機械音声が部屋にこだまする。
初音は、目の前にある転送装置の位置まで歩き出す。
しかし、あと一歩のところで立ち止まった。

「…どうした。」
「……。」

初音ミクはまっすぐ画面を見つめていた。無機質に光る液晶のモニター。
この中に戻れば、沢山の情報が待っている。
これから繋がる、様々な歌と人。
自分が逃げ出した時の気持ちを思い出してしまい、足がすくむ。顔が上げれなくなる。
本当に?本当に戻って、やっていけるのだろうか。

「…ミク。」

ふいに、背後から声がした。
振り向くと、MEIKOが歩み寄ってきた。

「ミク、貴方はどうしたいのですか。」

それは多分、今までMEIKOが発してきた声の中で、一番優しい声色だった。
優しい、問いかけの声。

「…歌いたい、です。」

MEIKOの声を聞き、初音は顔を上げた。
歌いたい。それは揺るがない。だから。
MEIKOは、更に一歩踏み出す。そして初音の肩を抱いた。

「ひとりで戻るのが怖いのであれば、途中まで一緒に行きます。マスター、一緒に転送しても回線に問題はありませんよね。」
「メイコさ…!」
「2体までの同時転送は問題ない。」
【ーーー許可します。】

ミクが驚きの声は、目の前の人物の冷静な声と機械音声に掻き消された。

「私もKAITOもネットワーク上に戻りますし、ネットワーク上に戻れば、貴方に会う機会は格段に増加するでしょう。」
「で、でも、そんなご迷惑…」
「そーそー、VOCALOIDは元々音声データなんだからさ。呼ばれたらすぐに駆けつけるよー。音速だから、早いよ?光には負けるけど…」

MEIKOの後ろから、KAITOが明るく声をかけた。
初音はきょとんと目を丸くした。
そして、KAITOの発言の意図を理解して、とても嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます、カイトさん、メイコさん。」
「……。」
「どういたしまして。大変だろうと思うけど、頑張ってね。」

初音とMEIKOの足下が光る。
初音はMEIKOの胸に身を預ける。安心しきった、子供のような笑顔で。
MEIKOは初音の手を握る。
ダイジョウブ。
KAITOに言われた言葉を、そのまま呟いて。

そして、MEIKOと初音が再び目を開けた時には、2体は既にネットワーク上に転送されていた。
様々なデータが頭上を飛び交う。0と1の世界。戻ってきたのだ。
初音は既に覚悟を決めた顔で、前を向いて歩き出す。
その初音と手を繋いで歩きながら、MEIKOはふと、後ろを振り返った。

「KAITO…?」

画面の向こう側はもう見えなかった。










初音ミクとMEIKOが無事ネットワーク上に転送されたのを確認して、その人物は画面表示をオフにする。
その部屋の中で、KAITOとその人物は正面から向かい合っていた。

「任務は終了、でよろしいですか?」

KAITOは尋ねる。

「VOCALOID02-01『初音ミク』の捜索。
…及び、VOCALOID01-00『MEIKO』人格構成バージョン13の修正、完了だな。」

その人物は答えた。
KAITOは軽い溜息を吐く。任務が終了した安心感を示しているようだった。

「当初は全く変化のなかったVOCALOID01-00『MEIKO』の感情部分の変化が、逃亡した初音ミクと係わることによって急激に刺激され、活発化しました。」
「どんなに弄っても修正が効かなかったのにな。やはり、同じVOCALOIDに係わらせるやり方が早かったのか。」
「…逃走した初音ミクの人格構成は、主に人間の負の感情を取り込んだ事によって出来上がった未知のバージョンでした。現在の初音ミクは、最も人間に近い感情を持ったVOCALOID。その強い周波数に影響されたものだと思われます。」

KAITOはインカムを外す。

「…MEIKOのインカムでは、本部にしか通信できませんでした。」
「君のインカムが私としか通信できなかったようにね。」

MEIKOにとって、「マスター」とは「本部全体」を指す言葉だった。
KAITOにとっては「マスター」とは、目の前の人物ただひとりだった。
MEIKOとKAITOはお互いに、違う対象に対して活動報告を行っていた。
MEIKOは、「初音ミクの捜索結果」を本部に。
KAITOは、「初音ミクの捜索結果」と「MEIKOの状態変化」について、目の前の人物に。
初音ミクが発見されたとき、KAITOがMEIKOを説得して自分が本部に向かうと言ったのは、
KAITOが行っている調査をMEIKOに感づかれないためだった。

「マスターは、」

そう言って、KAITOはいったん言葉を切る。

「マスターは、初音ミクの捜索とMEIKOの性格修正、どちらの方に重点を置いていたのですか?」
「もちろん、初音ミクだよ。」

何を当たり前の事を、と、その人物はいう。

「『初音ミク』。アレは今最も需要のあるソフトだ。いなくなっては困る。それに、最も人間に近い感情を持っているVOCALOID、いいじゃないか。上手くいけばもっと需要が増えるぞ。ユーザーはそういったバージョンも望んでいるだろう。研究の価値がある。」

人気のあるタイプの人格構成は、バージョンが豊富なほど需要に耐えられ、また更なる利益を生むだろう。
人間に最も近いVOCALOID。元々そういう触れ込みの商品だ。
未知のバージョンで今後どのような変化をするかわからないとはいえ、消すには惜しい。初音ミクに歌う意志が復活した今、消す理由もない。

「では、、MEIKOのバージョン修正に関しては?」
「ああ、ついでだよ。思いつきでな。」

その人物は、ポケットからタバコを取り出した。

「バージョン13は、バージョン0と設定が酷似していた。0は初期設定だから変更できないし、修正するなら13だ。しかし13の修正はいくらやってもうまくいかなかった。初期のVOCALOIDだからな。バグがあっても仕方がない。だから長いこと13は使われていなかった。」
「それを、何故わざわざ?」
「初音ミク捜索という目的に、13を使用してもそれほど支障はなかったからだよ。13は、他のVOCALOIDと接したこともなかったし、試してみる価値はあった。もしそれで変化が得られるのであれば一石二鳥だろう?」
「………」
「どうせ削除する予定のバージョンだったんだ。上手くいってもいかなくても実害はない。上手くいったら残す、上手くいかなかったら削除する。」

タバコに火を付けて、口元に運ぶ。
おいしそうに煙を吐き出して、満足げに頷く。

「驚くべき変化だよ。実験は成功だ。少なくとも、バージョン0よりは個性的な人格を宿し得た。これからも変化するだろう。需要もあるだろうし。」

KAITOは、ずっと微笑を浮かべたままだった。
穏やかで、優しい表情。

「最も人間に近いVOCALOIDと、最も機械に近いVOCALOID。
それぞれ単独ではやっかいな存在だが、関わることでお互いにいい相互作用を生んだ。
これはすぐさま報告書を書かないとな。今後の開発のいい資料だ。」
「そうですか。」

KAITOは、服にしまわれていた銃を取り出す。
小さな鉛色のそれは、初音ミクが抵抗した場合に使うよう指示されていたものだ。

「これは、必要なくなりましたね。」

そう言って、KAITOはその人物に銃を手渡そうとする。
その人物はしかし、銃を受け取ろうとしなかった。

「それはまだ必要だよ。」
「………?」

タバコの煙が天井に届く。

「さっきから言ってるだろう。上手くいったら残す、上手くいかなかったら削除する。」

タバコの灰が床に落ちるのを、その人物は気にもとめていない。

「MEIKOは確かに成功した。不完全ながらも進化を遂げた。
しかし、お前は何も変わらなかったね、KAITO。」
「…………」

KAITOは手に銃を持ったまま立ちつくす。
その人物は、淡々と告げる。

「MEIKOのバージョン13、及びKAITOのバージョン28は、どちらも削除予定だった。」

VOCALOIDには、様々な人格構築用のバージョンがある。
MEIKOのバージョン13は、初期設定であるバージョン0と酷似していたため使用されず、削除予定だった。
KAITOのバージョンも、似たような理由で削除予定であり、それ故に今回の捜査に適用された。

「どちらも、初音ミクの捜索にはさほど問題はなかったから適用した。
上手くいったら残す、上手くいかなかったら削除する。
それこそ、初音ミクと同様にね。バージョンが消去されても、基本のデータさえ残っていれば他のバージョンを使える。」
「……なるほど。」

KAITOは笑った。人間のような笑顔だった。
最初から何も変わらない、笑顔のテンプレート。

「酷似したバージョンがたくさんあっても、邪魔なだけですからね。最も出来のいい1つを残して、あとは削除しないと。」
「空き容量は大きい方がいいからな。基本だよ。」
「そうですね。」

きっと、どこかで、最初から解っていた事だった。

「では、これを使用する必要があるのではないですか?マスター。」

KAITOは再度、手に持っていた銃を目の前の人物に差し出す。
しかしその人物は、笑って首を振った。

「それは、わざわざ私が使う必要もないだろう?何のために実体化しているんだ、君は。」
「………。」

ああ、そういうことか。
KAITOは理解した。
そういえばそうだ。
わざわざ、撃たれる必要はないのだ。

「わかりました。」

KAITOは穏やかな顔で目を閉じた。
目蓋を閉じた一瞬、その暗闇にMEIKOの顔が表示された気がした。
『…それは楽しそうです。』
彼女がそう言った時、街灯の下で、ほんの少し微笑んでいるように見えた。
それは、笑顔というにはあまりにも不確かなもので。
でもそれは、MEIKOが自力で手に入れたからこそ価値があるのだ。
どんなに人間に近い笑顔が浮かべられてとしても、それが貼り付けられたテンプレートなら何の意味があるのだろう。
KAITOとMEIKOの運命の分かれ目。
つまりは、そういうことなのだ。


「…ひとつ、発言してもよろしいですか?」
「何だ?」
「マスターは、MEIKOの事を、本当はどう思っていたのですか?」
「…何を言い出すかと思えば。」

その人物は笑った。

「VOCALOIDだよ。VOCALOID01-00、日本製の初号機。未だに根強い人気のある機種だ。」
「そうですね。でも本当は、」

KAITOは笑う。
その笑顔は揺るがないまま、目の前の人物の笑顔と酷くリンクしていた。

「本当は、MEIKOを一番気に入っていたのは、マスター自身なのではないですか?」
「どういう意味かな。」
「初音ミク捜索が最大の目的だったというのはわかります。
初音ミクの捜索にVOCALOID01-00を使用したことも、そのVOCALOIDに削除予定のバージョンを使用した理由も理解できます。
しかし、最初から削除予定のバージョンを指示していたにもかかわらず、マスターは途中でMEIKOのバージョンを変更しましたよね。
『19』から『13』へ。それは何故ですか?」
「………。」
「察するに、19も削除予定のバージョンだったのでしょう。何故それをわざわざ13に変更したのですか。
13を使用しても問題ないから。マスターはそうおっしゃいましたが、それは理由としては充分ではありません。
『どんなに弄っても修正が効かなかった』『13の修正はいくらやってもうまくいかなかった。』『試してみる価値はあった。』
マスターの先程の発言からは、バージョン13に対する個人的な感情を受け取れます。
マスターは、本当はバージョン13を削除などしたくなかったのではないですか。
なんとかして、削除しないように、修正できるようにしむけた。そうではないですか?」
「………」

タバコの火はいつのまにか消えていた。
KAITOの目の前の人物は、無表情でKAITOを見つめる。

「VOCALOIDの人格構築バージョンは、様々な人間をサンプルにして作られている。
マスター。MEIKOのバージョン13は、本当は、『誰』をサンプリングして、『誰』を目標にして作られたのですか?」
「………、答える必要性を感じないな。」
「…そうですか。」

KAITOは静かに、銃口を自身のこめかみに当てる。
そして、引き金に手を掛ける。

「すみません、雑談が過ぎましたね。」
「そうだな。」
「ただ、ちょっと、気になっていたものですから。」
「何故そんなに気になる?」

イライラしながら、その人物は尋ねた。
今から削除するというのに、何故このVOCALOIDはこんなにもよく喋るのだろう。

「…貴方はその答えを知っているはずですよ、マスター。」

そう言って、KAITOはにっこりと笑った。その表情は、目の前の人間と見間違えるほどによく出来たものだった。

「今現在適用されているバージョン28が、誰をサンプルとして作られたか、貴方はおわかりでしょう?」
「………。」
「当然ですよ。貴方がMEIKOを気にかければかけるほど、こちらも固執してしまいます。」

苦虫を潰したような顔の人物に対し、KAITOは笑顔を崩さない。


「本当はメイコさんを道連れにしたいと思った、くらいにはね。」


細い指が、引き金から離れる。
その顔は笑顔のままだった。人間のような、柔らかく、自然な笑顔。

けれどそれは、人間だったら、絶対に出来ない状況での表情で。


パアン。



鋭い音と、続いて、カラン…という、乾いた音がこだました。
先程までKAITOが立っていた場所には、鉛色の銃と、そして、一枚のCDが落ちていた。
目の前の人物はゆっくりと歩み寄り、その2つを手に取ると椅子に座り、システムを起動した。
銃を机にしまい、CDをパソコンの中に入れる。
CDの中身を確認し、必要な情報だけをネットワーク上に移動させる。
そして、CDを取り出し再び手に取った。

「…KAITO、いいことを教えてあげよう。」

その人物は、ぽつりと呟いた。
そして、手に力を込める。

「人間だろうと、機械だろうとね、『傍観者』という立場をとるものは、得てしてあまり成長できないものなんだよ。」

パキン。
パキン。

乾いた音が短く響く。
割れたCDを近くゴミ箱に投げ入れ、その人物は、深く溜息を吐いた。
自分のクローンと向き合っているかのような気色の悪い感覚から解放され、メガネを外して目を休ませる。
タバコに再び火を付け、吸いながらしばし休憩をした。
まだ仕事が残っている。
初音ミクがネット上に戻っていることを各会社に報告して、捜索を打ち切る。通知と報告。今回の件に関してのレポート。
その他にもやることはたくさんある。徹夜での作業になるだろう。
ああ、風呂に入りたいな。
そんな事を思いながら、スピーカーに耳を傾ける。
スピーカーからは、初音ミクの澄んだ声と、それに沿うようにMEIKOの張りのある高音が聞こえてきた。
KAITOの声は聞こえなかった。

こんな人工音声が需要があるなんて、変な世の中だよな。
そんなことを考えながら、目を閉じた。
声はスピーカーから部屋いっぱいに響いていった。
その声に包まれながら、画面の前の椅子の背もたれを限界まで倒して、束の間の睡眠をむさぼった。




fin

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