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主よ人の望みの喜びよ -Jesus bleibet meine Freude-(第1回)
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僕はなにをすればいいのだろう?
役割を演じるだけの人形であるだけの存在なのだろうか?
否。それは違う。
誰かから授けられたなにかではなく、自ら拓くべきなにかがあるはずだ。
僕はそう心がけた。
それはいつからだったのだろうか? 誰かを見習った訳ではない。なにかをきっかけに思ったのだ。
広いライブ会場の観客席を一瞥し、冷めた心地で過去を振り返る。
中学で軽音楽部を作り、活動していた女子の先輩で、名前は浅山響子(あさやま きょうこ)と言った。この半年、ずっとバンド活動に打ち込む毎日で、その先輩の名を思い返す機会がめっきり減ってしまった。ほんの一瞬だけあやふやな記憶に頼らざるをえなくなってしまったが、人間の記憶なんてそんなものだ。どんなに大事にして、どんなに忘れまいと誓ったことでも、月日の経過とともに風化して、時間の波に破片が流され、その場にはなにもなくなる。大抵の記憶はその程度の薄っぺらく、脆く、儚いものだ。
けれど、僕はその先輩の名を永久に胸に刻みつけるだろう。誰も知らない僕の記憶に、深く根を下ろしたその名を、僕は現世との別離を迎えるまで忘れはしない。
誰にでもない、自分の為の行為だった。自己満足と罵られても構わない。幻想とからかわれても揺らぎはしない。 けれど、笑われても反論しない。他人から見て、それは滑稽に映るだろう。僕だってそう思う。僕がそうと決めたのだから、それ以上でも、それ以下でもない。最後まで貫き通すのが僕の務めだ。僕の責任だ。
かたくなに閉ざした心を開き、秘められた才能を見出してくれたのは、先輩に他ならないから。
役割を演じるだけの人形であるだけの存在なのだろうか?
否。それは違う。
誰かから授けられたなにかではなく、自ら拓くべきなにかがあるはずだ。
僕はそう心がけた。
それはいつからだったのだろうか? 誰かを見習った訳ではない。なにかをきっかけに思ったのだ。
広いライブ会場の観客席を一瞥し、冷めた心地で過去を振り返る。
中学で軽音楽部を作り、活動していた女子の先輩で、名前は浅山響子(あさやま きょうこ)と言った。この半年、ずっとバンド活動に打ち込む毎日で、その先輩の名を思い返す機会がめっきり減ってしまった。ほんの一瞬だけあやふやな記憶に頼らざるをえなくなってしまったが、人間の記憶なんてそんなものだ。どんなに大事にして、どんなに忘れまいと誓ったことでも、月日の経過とともに風化して、時間の波に破片が流され、その場にはなにもなくなる。大抵の記憶はその程度の薄っぺらく、脆く、儚いものだ。
けれど、僕はその先輩の名を永久に胸に刻みつけるだろう。誰も知らない僕の記憶に、深く根を下ろしたその名を、僕は現世との別離を迎えるまで忘れはしない。
誰にでもない、自分の為の行為だった。自己満足と罵られても構わない。幻想とからかわれても揺らぎはしない。 けれど、笑われても反論しない。他人から見て、それは滑稽に映るだろう。僕だってそう思う。僕がそうと決めたのだから、それ以上でも、それ以下でもない。最後まで貫き通すのが僕の務めだ。僕の責任だ。
かたくなに閉ざした心を開き、秘められた才能を見出してくれたのは、先輩に他ならないから。
最初の出会いは、私立高校に入学してすぐのこと。新入学生を部活に引き込もうと、各々がスカウトに奔走していた時のことだった。
僕はもともと反社会的な反骨精神があるのか、部活に入って交流を深めよう、などといいうことは思い浮かばなかった。そういった集団にはさっぱり興味がなかったし、一生懸命になどなれはしないことを重々承知していたからだ。中学時代、それで手痛い目に遭っているので忘れはしなかった。
唯一の自慢といえば、エレキギターが弾けるという一点に尽きたのではないだろうか。身近に――親の影響か――ロックを毎日のように聴く慣習があったので、それ以来関心をそそられ、中学二年の頃、友人から借りて一週間後くらいで基本は呑み込むという、周囲がビックリするような習得の早さだった。
しかし、それだけで手放してしまった。一応曲は演奏できるものの、楽譜が読めないのでは話にならない。覚える気にもならなかったので、エレキギターはすぐに返却した。自分の無関心は、よい方向に向かうこともあれば、将来の芽を摘んでしまう可能性があることを、後々になってようやく思い知ったのだが。
しかし、ロックを聴く慣習だけは忘れなかった。けれど、僕にはエレキギターの音しか分からない。
ジョン・ボーナムのドラムが凄い、と言われてもよくは分からなかったし、ジャック・ブルースのベースが素晴らしい、と言われてもピンと来なかった。
しかし、ギターの音なら感覚的に理解できた。ジミ・ヘンドリックスは速くはないけれど、あの独特の音の歪みにはパワーを感じたし、ヴァン・ヘイレンのギターは、どうやって弾いているのかすら分からない、そこに感銘を受けた。でも、追求する気にはならなかった。
半年ほどして、その友達がギターをくれた。新しいものが手に入ったようで、古いギターを貸してくれるらしい。僕は、気だるげながらも幾つかの曲をコピーし、延々とループさせて時間を潰した。
僕はもともと反社会的な反骨精神があるのか、部活に入って交流を深めよう、などといいうことは思い浮かばなかった。そういった集団にはさっぱり興味がなかったし、一生懸命になどなれはしないことを重々承知していたからだ。中学時代、それで手痛い目に遭っているので忘れはしなかった。
唯一の自慢といえば、エレキギターが弾けるという一点に尽きたのではないだろうか。身近に――親の影響か――ロックを毎日のように聴く慣習があったので、それ以来関心をそそられ、中学二年の頃、友人から借りて一週間後くらいで基本は呑み込むという、周囲がビックリするような習得の早さだった。
しかし、それだけで手放してしまった。一応曲は演奏できるものの、楽譜が読めないのでは話にならない。覚える気にもならなかったので、エレキギターはすぐに返却した。自分の無関心は、よい方向に向かうこともあれば、将来の芽を摘んでしまう可能性があることを、後々になってようやく思い知ったのだが。
しかし、ロックを聴く慣習だけは忘れなかった。けれど、僕にはエレキギターの音しか分からない。
ジョン・ボーナムのドラムが凄い、と言われてもよくは分からなかったし、ジャック・ブルースのベースが素晴らしい、と言われてもピンと来なかった。
しかし、ギターの音なら感覚的に理解できた。ジミ・ヘンドリックスは速くはないけれど、あの独特の音の歪みにはパワーを感じたし、ヴァン・ヘイレンのギターは、どうやって弾いているのかすら分からない、そこに感銘を受けた。でも、追求する気にはならなかった。
半年ほどして、その友達がギターをくれた。新しいものが手に入ったようで、古いギターを貸してくれるらしい。僕は、気だるげながらも幾つかの曲をコピーし、延々とループさせて時間を潰した。