記憶より遠くから
首都。午後20時、南街路。
小さな屋台を薙倒して、グリズリーが徘徊する。「来るなと言ったのに」、足元に纏わりつくミミックを斬り捨てながら、銀髪の男が言う。言われた方は何も答えずに、足元に罠をばら撒いた。
男、一つ嘆息して、気を取り直す。短く献身の呪文を唱えると、二人の間を仄青い光芒が過った。
「恐らく、まだ喚んでいる奴が居る。油断するなよ」
「ああ」
言われるまでもなかった。それは、とてもありふれた類の、命の危険だった。
小さな屋台を薙倒して、グリズリーが徘徊する。「来るなと言ったのに」、足元に纏わりつくミミックを斬り捨てながら、銀髪の男が言う。言われた方は何も答えずに、足元に罠をばら撒いた。
男、一つ嘆息して、気を取り直す。短く献身の呪文を唱えると、二人の間を仄青い光芒が過った。
「恐らく、まだ喚んでいる奴が居る。油断するなよ」
「ああ」
言われるまでもなかった。それは、とてもありふれた類の、命の危険だった。
邂逅は、その、ありふれた死臭の漂う街角で。
何かに弾かれたように、淡青の髪の青年が振り返った。「どうした?」と訊かれても、答えは出てこない。ただ、背筋を這い上がる寒気を感じただけだった。それはよく知った感覚に…殺気に、よく似た。けれど、それよりももっと強烈で、吐気のするような…
歪んで張り詰めた空気を裂くように、鷹が鋭く鳴いた。
「レイ!」
主人の指示よりも早かった。気配の源に向かって、飛び掛かる。
その嘴と爪は、けれど対象には届かなかった。
威嚇の鳴き声がもう一つ上がり、空中で影が交錯する。鷹。もう一羽。
互いの翼を傷つけあって、二羽の鷹は主の手元に舞い戻った。一羽は淡青の髪の青年の下へ。もう一羽は、
「…魔物と、間違えでもしましたか?」
手甲の上に鷹を留らせて、低い哂い混じりにそう言ったのは、長い金髪の男だった。
「気をつけて下さいよ。…折角久々にお会い出来たのに、ね」
緩く笑う。殺気はない。確かにないのに、そんな問題ではなく、この男は危険だと、本能が警告する。
「アイゼルさん…でしたね。そしてそちらが、」
「君とする話なんかない。消えろ」
言葉を遮られて、男は大人しく黙る。それだけだった。立ち去ることも、その浮かべた微笑が消えることもない。「そちらが、」と、途切れた問いに答えが返ってくるのを確信しているような沈黙で、銀髪の男を見詰める。
「お前――」
「西風、行こう」
この男は「良くない」。どうしてそれが分からないんだ。善人とか悪人とか、人殺しだとか、そんな分かり易いことじゃなくて、これは、「よくないものだ」。
どうして、気付かない。
「お前、確か…モリエリス?」
「西風!」
引き摺ってでも連れてこの場を離れようと、アイゼルは振り向いた。叱責をこめて名を呼ぶ。けれど、その強い調子にも、背後のクルセイダーは気付かないようだった。
彼は何かを思いつめるような表情で、金髪の男だけを注視していた。
「…モリエリス」
呼ばれた自分の名を復唱して、男は、声を上げて笑った。
「君まで、私をそう呼ぶんだね」
最初は、小さな忍び笑いだった声は、加速度的に哄笑になる。気の狂ったような笑い声が…違う。ような? そうじゃなくて、この男は狂っている。
そして、耳障りな笑い声が、唐突に止んだ。
もうアイゼルには一瞥もくれずに、男は囁くような声で告げた。
「早く、約束を果たしに来てくれないか。――ガスト」
歪んで張り詰めた空気を裂くように、鷹が鋭く鳴いた。
「レイ!」
主人の指示よりも早かった。気配の源に向かって、飛び掛かる。
その嘴と爪は、けれど対象には届かなかった。
威嚇の鳴き声がもう一つ上がり、空中で影が交錯する。鷹。もう一羽。
互いの翼を傷つけあって、二羽の鷹は主の手元に舞い戻った。一羽は淡青の髪の青年の下へ。もう一羽は、
「…魔物と、間違えでもしましたか?」
手甲の上に鷹を留らせて、低い哂い混じりにそう言ったのは、長い金髪の男だった。
「気をつけて下さいよ。…折角久々にお会い出来たのに、ね」
緩く笑う。殺気はない。確かにないのに、そんな問題ではなく、この男は危険だと、本能が警告する。
「アイゼルさん…でしたね。そしてそちらが、」
「君とする話なんかない。消えろ」
言葉を遮られて、男は大人しく黙る。それだけだった。立ち去ることも、その浮かべた微笑が消えることもない。「そちらが、」と、途切れた問いに答えが返ってくるのを確信しているような沈黙で、銀髪の男を見詰める。
「お前――」
「西風、行こう」
この男は「良くない」。どうしてそれが分からないんだ。善人とか悪人とか、人殺しだとか、そんな分かり易いことじゃなくて、これは、「よくないものだ」。
どうして、気付かない。
「お前、確か…モリエリス?」
「西風!」
引き摺ってでも連れてこの場を離れようと、アイゼルは振り向いた。叱責をこめて名を呼ぶ。けれど、その強い調子にも、背後のクルセイダーは気付かないようだった。
彼は何かを思いつめるような表情で、金髪の男だけを注視していた。
「…モリエリス」
呼ばれた自分の名を復唱して、男は、声を上げて笑った。
「君まで、私をそう呼ぶんだね」
最初は、小さな忍び笑いだった声は、加速度的に哄笑になる。気の狂ったような笑い声が…違う。ような? そうじゃなくて、この男は狂っている。
そして、耳障りな笑い声が、唐突に止んだ。
もうアイゼルには一瞥もくれずに、男は囁くような声で告げた。
「早く、約束を果たしに来てくれないか。――ガスト」
よくない。
善人とか、悪人とか、そんな分かり易いものではなくて
人?
あれは よくない もの だ。
善人とか、悪人とか、そんな分かり易いものではなくて
人?
あれは よくない もの だ。
西風がぐらりと膝をつく。慌てて支えようとすれば、その額には冷たい汗が浮いて、激しい痛みを堪えるように断続的で激しい呼吸音が聞こえた。
幾度名を呼んでも返事が鳴く、表情の苦悶だけが深まる。
殺意すら抱いて振り向けば…もう、金髪の男の姿は影も形もなかった。
呼んだ名の余韻が、微かに漂うだけだった。
幾度名を呼んでも返事が鳴く、表情の苦悶だけが深まる。
殺意すら抱いて振り向けば…もう、金髪の男の姿は影も形もなかった。
呼んだ名の余韻が、微かに漂うだけだった。
早く、約束を果たしに来てくれないか。――
あいちゃん家りあるお泊りの産物。