アットウィキロゴ

第4話 議論

「岡崎、アイツの能力はお前と同じなんじゃないか」
九後の言う「アイツ」とは死刑囚番号25S1131番、先ほどまで回帰観測の実験材料だった男だ。
「物理定数を変化させる能力なら電磁相互作用も小さくできるし、
プランク定数を変化させればトンネル効果で通り抜けることも可能になる。
それなら心臓だけ取り除かれた理由も機械の中身だけが取り出された理由も説明がつくはずだ」
床には機械から取り出され無惨にも破壊された基板と記憶媒体が転がっている。
そして、隣の部屋にはまだ部下達3人の遺体が放置されたままである。
「それはないね。私が変化させることができるのは半径10cmだけだから、体ごと通りぬけるのは不可能だよ」
それでも九後は岡崎を早口でまくしたてる。
「それは遠隔的に操作できる代償みたいなものだろ。
アイツは触れたものしか変化させられない代わりに範囲が広い可能性だってある。
なによりも回帰観測で物理的にありえない明確なデータがとれたことも説明できる。
いや、そうでなければあれほどのデータがとれるはずがないことはお前なら百も承知のはずだろう」
九後はどうだと言わんばかりに岡崎を見る。
だが、Fouはゆっくりと首を振る。
「君の持っている情報だけなら、そのもありうる。
だが、私はもう1つの情報を持っている。
      • 私は攻撃をしたんだよ」
「攻撃?」
九後は意味が分からないというふうに聞き返した。
「何もしてなかったじゃないか。現にアイツも平気で去って行ったじゃないか」
Fouはまた首を振る。
「違うよ。私が攻撃をしたのは・・・」
そう言って、Fouはあるものを指さした。
その指さした先にあったものは3人の部下達の遺体だった。

九後は驚いた。
部下達を殺したのが目の前にいるFouだというのが信じられなかった。
科学のために犠牲は付き物なのは仕方ない。
でも、全く関係ない人間を殺すとは。
「ど、どういうことだ」
九後は狼狽えた。
「関係ないはずだろ。なんで・・・」
Fouは冷静に答える。
「正確に言おう。心臓を取り出したのは恐らく私だ。確証はない。
私が攻撃しようと思ったのは奴だ。私にはその記憶しか残っていない。
だが実際に死んだのは別人だったということだ」
「え?」
九後には意味が分からなかった。
「仮に奴が私と同じ能力だとしたら、私の攻撃を相殺することは可能だろう。
しかし、それは私がどういう攻撃をするかということが予め分かっていなければならない。
ということは私と同じ能力であるということはありえないんだよ。
そして推理に過ぎないが奴の能力は幻術みたいなものだと思う。
科学的に言えば脳波を操るということになるかな」
九後は腕を組み、目を閉じて俯いた。
九後が考えるときの基本姿勢だ。
「もし幻術なら壁のすり抜けだって、データを消したことだって説明できる。
実際にはデータなんてないわけだからね。消さざるをえなかったということだよ。
基板はデータを消すカモフラージュってところかな」
「いや、それはありえないよ。」
九後が反論した。
「それでは壊れ方の説明がつかない」
「壊れ方?」
今度はFouが尋ねる。
「基板と記憶媒体の壊れ方だよ。
普通は投げつけただけでは壊れないはずだろ。
でも見事に拉げている。むしろ潰れて小さくなっている感じだ
まるで重力が大きくなったかのように。
もし、幻術みたいなものを見せる能力だとしたら、人の手で壊したような壊れ方でなければならないはずだ。
しかし、人の手ではこうはならない。
破壊力学的にありえない」
「おぉ、確かに。その発想はなかったよ。
あのときは攻撃できない上にデータを失ったという気分だったから、全く気づかなかったよ」
Fouは目を丸めて驚けて見せたが、すぐに真面目な表情に戻った。
「だが、それも脳波を操ることで説明できるよ。
私の脳波が操られたと考えればね」
「うっ、・・・」
九後は言葉につまった。
確かに脳波を操れば他人に能力を使わせることも可能になる。
ということは脳波を操るという能力で正しいのか。
そう思い壊れた記憶媒体を見た瞬間にひらめいた。
「あっ、岡崎、やはり脳波では説明できない。
今は重力で潰れてしまったようだが、こいつは元々、どれくらいの大きさだったか覚えているか」
「確か25cmくらいだったか・・・そういうことか。」
Fouも九後の言わんとしていることが分かったようだ。
「どうやら分かったようだな。
お前の能力は半径10cmしか効果はない。
重力でつぶす分には小さくなるから問題ないかもしれない。
だが、25cmの記憶媒体を壊すことなくカセットケースから取り出すことはお前の能力ではできないんだよ」
Fouは右手を組み左手で顎を撫でながら考える。
「あのカセットケースは人の手でも壊さずに取り出すことはできない。
ということは・・・透過する能力、つまりプランク定数を変化させる能力は少なくとも奴の能力ということになるね」
「そういうことだ。
そして、あの実験データは幻術などではなく本物。
心臓を取り出したのもお前ではなくアイツだということだ。
唯一、説明できないのはお前の能力がアイツには効かなかったということだけだ。
とりあえず分かることはアイツの能力が透過だけではないということだけだ」
九後は自信ありげに断言した。
しかし、Fouは悩んだままだ。
「いや、もう1つあるよ。
透過では説明できないことがね。
あのデータの出方からして強制回帰したのは間違いないはずなんだ。
にもかかわらず奴は精神崩壊もせず、それどころか全くの無傷だったんだよ」
「そうか、それもあったな・・・」
九後は再び考え始めた。
気にせずFouは続ける。
「2つの共通点はともに奴が無傷だったということだね。
もし奴の能力が幻術のようなものなら、両方とも簡単に説明できるんだ。
しかし、そうでないとしたら、回復系の能力なのかもしれない」
「回復系・・・ダメージを受けた瞬間に細胞分裂を爆発的に促進するということか。
しかも、どこでも治癒できなくてはならないとしら、細胞は細胞でもES細胞ということになるな」
「なるほど。
なら、奴の幼児性を持った精神とも関係があるのかもしれないね。
ES細胞は幼い頃のものでなければ意味はないからね。
奴の精神が見事に能力に現れているのかも」
2人の顔に微笑が浮かぶ。
「脳波にしてもES細胞にしても複数の能力であることは確かだ。
俺は今までこんなの見たことがない。興味深いな」
「フフフ、実におもしろい。
想像以上に観察しがいがある実験材料のようだね」

「さっ、行こうか」
そう言ってFouは部屋の扉に向かう。
「あぁ」
九後も後を追う。

2人の次の仕事は決まった。
それはもちろん『観察』だ。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2006年09月10日 13:14