「…失礼します」
水上が静かに戸を開けると、中には
オフィシャル総隊長が
秘書官らしき人物を従えて座っていた。
総隊長は静かな笑顔のまま、手を反対側のソファーに
向けた。
「…総隊長直属部隊には入らないと、何度も断ってきているはずですが?」
総隊長は少しだけ笑って言った。
「いやいや、そのことはもう諦めたよ。
それに、今日はそんな話をしにきたんじゃない」
「ですが、重い話であることに変わりはないようですね」
「気づいていたか?」
「えぇ、自分が入った瞬間、この部屋をシンボルが包み込みましたから。
そちらの秘書官の能力でしょうか?
よくは分かりませんが、この部屋を丸々包み込むということは
外部から一切の接触が無いようにしたいわけでしょう?」
「その通りだ。
相変わらずいい感覚を持っている。
本当に、惜しい」
これ以上この話をすると本当にまた勧誘の話がきそうだったから
俺は総隊長を軽く急かせた。
「それで?
その重大な話とは?」
急に打って変わったように総隊長の顔は厳しくなった。
それは、巨大なエネミーと対峙するよりもはるかに
厳しい表情だった。
「…実はだな…、最近、政府内で不穏な動きがあるらしい」
「不穏な動き?」
「正確に言うなら、法や慣習、人道すらも意に介さない、
そういった動きをする集団があるらしい」
「具体的には?」
「それを説明するには、その集団がまずどういったものなのかを
説明する必要がある。
まずその組織の成り立ちだが、シンボルが現れて以来、
政府主導の下、シンボルやコントローラーに関する
様々な研究が為されてきたのは知っているだろう?
しかし、それらはあくまで人道的且つ法の内に収まる程度に過ぎない。
ところがだ、世界ではシンボルを研究し、軍事転用を目論む人間が五萬といる。
当然、それはこの国にもいる。
増して、この国は平和主義を貫いているのだから
表立ってそういった研究は出来ないし、
そうとなれば他国に先を越されていずれこの国が危うくなると、
そう考えている。
…いや、その集団の考えはそこで止まらないんだ」
「…何となく、話が見えてきましたよ」
「そうだろうな。
それで、話の続きだが…
その集団はただ自国の防衛の為に必要な力の研究に飽き足らず
世界を先駆ける研究をし、出し抜こうとしている。
つまり、戦術・戦略兵器の域、いや、侵略兵器とでも言うべきものへ
シンボルを軍事転用させようとしている。
そして、ある男がそんな考えを持つ政府の人間に接触した。
そいつは己の研究のためなら人命すら厭わない
よく言うところの『マッドサイエンティスト』というやつだ。
そいつは有り余る才能とシンボルを必ずや強力無二な兵器に
仕立て上げるというプランを展開し、
それが政府の人間の抱く考えと利害が一致したらしい。
それ以来、その男は自分の戸籍を抹消し
ただ己が為に研究へ没頭するだけの人間となった。
そして、そのスポンサーともいうべき政府の人間は
彼に研究所や資金だけでなく『研究素材』まで提供した」
「研究素材?
エネミーでも生け捕りにして提供したんですか?」
「確かにそれもある…が、さっき言ったろう?
その研究の最大の目標は『シンボルの軍事転用』だと。
そしてシンボルを研究するということは同時に
シンボルの持ち主『コントローラー』も研究するということだ。
つまり…」
「…人間を…」
総隊長の表情はよりいっそう厳しいものへと変わる。
「そうだ。
政府の人間は、死刑が執行されるはずだった死刑囚を
さも殺したように見せかけては生きたまま
その研究者に手渡していた」
「そこまでくるともう何でもありですね。
まさか、人体実験までしてるとは…」
「そこでだ」
総隊長が声を張っていう。
「それを快く思わない人間、つまりは人道的な視点で
それを批判する人間も政府の中にいることはいる。
そんな人たちから、我々は秘密裏にその法にも人道にも従わない
そういった組織の調査を依頼された。
場合によっては、逮捕紛いの事も出来る」
「それは…」
「そう、そういうことは本来公安のすべき仕事だ。
だが、相手が相手だけに公安だけでは恐らく太刀打ち出来ない。
そこで白羽の矢が立ったのが我々というわけだ。
我々は非常に不安定な位置に属しながら、それでいて
もっとも縛りが少なくあやふやでもある。
だから、今度はそれを逆手にとってしまおうというのだ。
そして、その話を受けた私は絶対的に信頼出来る人間に
この事実を打ち明けている」
「それは分かります。
ですが、どうして私にまで?」
総隊長はフッと笑って言った。
「君はエネミーの駆逐を至上の目的としている。
それ以外には一切動かされない人間だ。
だからこそ、この話にも関心は持たないかもしれないが
その集団の話の乗ることもないだろう。
そして万が一、君にそういった話があった際には
上手く話しに乗ったフリをして
情報を聞き出してほしいわけだ」
水上は眉をひそめて言った。
「私に果たして声がかかりますかね?」
総隊長は相変わらず余裕に満ち溢れているかのような
笑顔で答える。
「可能性は無きにしも非ず、だ。
まぁ実際にかからなくてもどうということはないがね」
「話というのはそれだけですか?」
「あぁ、一番重要なのはね。
それから、ついでにもう一つ。
さっき言った研究者は、ある時一人の死刑囚を逃してしまった。
君も知っているだろう?
東京都周辺で判明しているだけでも実に400人もの
暴走族やギャング・ヤクザが殺されたという事件を。
逃げ出したのは、その犯人だ。
精神障害を持ちながら、その事実を隠蔽されて死刑が言い渡された、
そんな歩く核弾頭みたいなのが再び社会に解き放たれてしまった。
尤も、噂じゃ捕まったのも好奇心の一環らしいという話だが。
そして、もしその死刑囚を見かけたら、何もせず
ただ見失わない程度に監視して見つけたという事実を
我々に伝えてくれ。
おそらく、私と直属部隊全員で束になってかかっても
勝てるかどうか、という相手だからな。
下手に手を出すことは自殺に等しい行為ということになる。
因みに、これがその死刑囚の顔写真だ」
そういって総隊長は懐から数枚の写真を取り出した。
老人から幼児まで様々な写真がある。
水上はテーブルに置かれたそれらを
てで並べながら言った。
「どれがその死刑囚の顔写真なんですか?」
「全て、だよ」
「え?」
水上は思わず手を止めて声を出した。
「奴はその写真の通り、見た目の年齢が変化するんだ。
その証拠によく見てみろ。
どれも同じ面影があるだろう?」
「そう言われてみれば…」
たしかに顔の輪郭やパーツの位置などが
どれも似通っている。
そして、水上はある写真を見た途端、ピタリと動きを止めた。
「ん?どうした?」
「いえ…この写真の男…以前会ったことが、あるんです…」
「何!?」
「以前、恐ろしく強力なエネミーと対峙した時のことなんですが、
その時にこの男は我々が非常に苦戦していたそのエネミーから
いとも簡単に核を抜き出し、倒してしまったんです。
そして、その際にエネミーとの戦闘で瀕死の重傷を負った同僚の
命も助けてもらったんです」
総隊長はふーっと長い息を吐いた。
「…それなんだよな…。
その死刑囚はとことん気まぐれで、人を殺せば助けもする。
無論、それは自分にとってのメリット・デメリットを
少なからず計算しての行動だがね。
そしてそいつにとって人殺しはただの遊びの一環か、
あるいは邪魔だから排除するといった行為に過ぎない。
だからより手ごわそうなヤクザと対峙するし
『煩いから』という理由で暴走族を一人残らず殺し尽くす。
全く、食えない相手だよ」
そう言うと総隊長は立ち上がった。
「話は以上だ。
また何か情報が入れば提供するし、
その逆も頼むよ?」
「了解です」
そうして3人が部屋を出ようとした時、不意に戸がバンと開いて
オフィシャルメンバーの一人が駆け込んできた。
「た、た、大変です!大変なんです総隊長殿!」
総隊長は何事かといった表情でその隊員を見る。
秘書官らしき人物が静かに口を開く。
「一体どうなされたのですか?」
隊員は大きく息を吸い込んで深呼吸した後、ハッキリを喋りだした。
「今、都内に大多数のエネミーが出現したとの話が入りました。
それだけなら現地の隊員や警察官だけでも
事足りるのですが、何故かそのエネミーとともに
共闘する人間の姿も見受けられまして…」
「人間?そんな姿をしたエネミーではなく?」
「はい、リボルブした瞬間を目撃したという確かな情報も
ありますから、おそらく間違いありません。
そして、その人間達の羽織るローブには間違いなく
『
シュヴァルツ』の印があったとの話です」
「シュヴァルツ?
あの胡散臭い新興宗教紛いのか?」
「そうです。
真相は分かりませんが、ともかく人間がエネミーと協力して
街の住民を襲っているというのは紛れも無い事実です!」
総隊長は水上の方を向いて言った。
「やれやれ、またとんでもない事態が発生したようだ。
水上君、一緒に来てくれないか?」
「無論です」
水上はそう言って総隊長と共に駆け出した。
最終更新:2006年09月24日 12:25