「…どういうことだよ、コレ…?」
窓から中庭を見ると、数匹の蜘蛛型エネミーが見えた。
それがデパートなどであればそれほど驚きはしない。
しかし、ここは優秀なコントローラーを育成するための
特別な学校。
当然ながらこの学校の教師もそれ相応の使い手である。
多少のエネミー程度なら数十匹いたとしても
校門やグラウンドに進入した時点で排除できる。
ところがエネミーは既に中庭にまで入り込んでいた。
こんな事態は初めてだった。
俺は周りの生徒同様、すぐにリボルブしてエネミーの
襲撃に備えた。
俺はどちらかといえば非戦闘系シンボル使い。
出来たとしても物資の運搬程度なので
怪我人の救護に回ることにした。
保健室には既に数名の怪我人がいた。
幸い、どれもリボルブしていたお陰で
即病院行きといった大怪我はないようである。
俺は怪我人のうちの一人に尋ねてみた。
「リボルブしてても怪我したってことは、
相手は相当強いのか?」
怪我した生徒はこちらを見て喋りだす。
「…いや、最初はそうでもなかったんだ。
僕のシンボルはものを弾ませるだけの
非戦闘系シンボルだったにも関わらず
相手を高く弾ませて地面へ叩き落すだけでも
致命的なダメージを与えられたんだ。
だけど、しばらくするうちにそれが通用しなくなった。
それどころか、周りを見るとさっきの倍ほどの
エネミーが僕の周りを取り囲んでいた。
僕はとても敵わないと悟って、自分自身を
弾ませてそこから脱出し、この事態を
先生や他の生徒に伝えたんだ。
…怪我はその際、強力な跳躍力のあるエネミーに
空中で掴まれ、地面へ叩きつけられた時のだよ」
なんだか、話を聞いたら更に異常な事態だと
実感してくる。
まさか、倒されれば倒されるほど強化・増殖する
そんな異常なエネミーなのだろうか?
もしそうだとして、俺たちはどうやって戦えばいいのだろうか?
俺は手当てをしながら暫く考え込んでいたが
そこで不意に愛海のことが気になった。
愛海のシンボルは戦闘補助系だが
そんなことはお構い無しにあいつはリボルブして
戦場真っ只中に突っ込んでいくような
そんな命知らずの行動派だ。
もしかしたらまた無茶なことをしでかしているんじゃないかと思い
俺は居ても立もたまらず保健室を飛び出した。
そしてグラウンドへ向かうと、案の定
アイツは威嚇をしたり囮になったりと
一番危ない行為をしていた。
本当に命知らずの馬鹿だ。
俺は蟻達を目くらましに使いながら
愛海に近づいていった。
俺の存在に気づいたのか、加賀谷さんと西田さんが
俺の近くのエネミーを優先的に倒しだした。
愛海まであと数メートルというところまで
きた時である。
さっきまではいなかった屈強にして歪なエネミーが
金属のような爪で愛海を払い飛ばした。
「きゃあ!」
愛海は思わず声を出して地面に叩きつけられる。
「愛海!」
「沖田さん!」
俺や周りで戦っていた生徒が名前を呼ぶ。
俺は沢山の蟻達をジャンプ台代わりにして
即座に愛海のもとへ行った。
危険なことに、さっきの衝撃で気絶したのか
リボルブが解けている。
愛海のシンボルも真奈美の周りでオロオロするばかり。
俺はすぐさま愛海を保健室へ運ぼうと決めた。
だが愛海を吹っ飛ばしたエネミーが追撃を食らわしに、
いや、この場で愛海を殺そうと接近してきた。
俺は愛海を抱えてダッシュしようとしたが、
周りを取り囲むエネミーが多すぎて思うように
前に進めない。
そんな時、さっきのエネミーのパイルバンカーのような
大きな爪が俺を襲った。
俺はとっさに蟻達を盾として攻撃を防ごうとしたが
ほとんど軽減することもなく俺は直に
ダメージを受けた。
それでも、蟻達は咄嗟に防御から受け流しの
体勢に入ったので、俺は大きな擦り傷を
負うだけですんだ。
この程度ならすぐに治癒してしまう。
…だけど、リボルブしてシンボルの力に包まれていたにも
関わらず、少し擦れただけでこれだけの傷を負うなんて…。
俺にも鍛錬不足なところは確かにあっただろうけど
奴の力は異常すぎる。
ますます不可思議さを極める事態に
俺は困惑していた。
奴は追撃の手を緩めなかった。
幾度となく爪を突立て、地面を掘り返し、
周囲の間接攻撃もものともせず
俺たちを追いかけてくる。
俺は必死で逃げたが少しずつ間を縮められていく。
早く、早く!
学校の入り口では強力な戦闘系シンボルを持つ
生徒が迎撃の準備をしていた。
「戸田!早く沖田さんを中へ!」
そう叫ぶや否や、地中から金属の鋭利な柱が
飛び出し、エネミーを貫いた。
貫かれたエネミーは呻き声をあげ、やがて沈黙した。
よかった、これで安心して愛海を運べる。
そう思った次の瞬間、エネミーは自分に刺さっている
金属の柱から体を引き抜いた。
流血する体は瞬時に癒され、皮膚はより堅固な
装甲に覆われたようである。
「そんな…!」
隣の生徒はぽろっと声を漏らす。
大型エネミーに対して絶大な戦闘力を持つ彼の能力が
一瞬にして否定されてしまったのだ。
それは驚愕といった程度の感情ではなかったろう。
再び柱はエネミーを貫こうとする。
だが、今回は装甲の一部に損害を与えただけで
肉体のほうに傷らしい傷はつけられなかった。
まずい、この人は自身をなくしている。
自信の喪失は安定した力を発揮できない。
まずい、このままだと3人ともやられる。
どうしよう、どうしよう…!?
俺は明らかに混乱していた。
ここでエネミーを防がないと
廊下を砕きながら保健室にまで進行しかねない。
だけど、もう奴を止める術はない。
奴に対抗できるだけの力なんてもっていない。
俺は恐怖と混乱で足がすくみ、
格好の悪いことにその場へへたり込んでしまった。
そしてエネミーはさきほどよりもやや大きく鋭い爪を
身動きのとれない俺に振り下ろした。
殺られる!間違いなく殺される!
俺の思考回路は極限状態に陥った。
次の瞬間、俺の体から大きな黒い布がブワッと飛び出し
エネミーの体にまとわりついた。
前身を布で包まれたエネミーの爪は俺の5cm横に突き刺さった。
よく見れば、その巨大な布は布などではない。
それは無数の蟻達であった。
エネミーは苦しそうに呻きながら蟻達を払い落とそうとする。
装甲についた蟻はすぐに払い落とせたが、
僅かな隙間から内側に入り込んだ蟻までは払い落とせないようである。
そこからの光景は、もうどちらが危険なのか
判断のつきかねる凄惨なものであった。
比較的柔らかい部分に入り込んだ蟻達は
じわじわと皮膚を捕食し、内へ内へと進入していく。
その度にエネミーは悲鳴をあげるが、己の強固な
装甲に阻まれてまったく手出しができない。
傷は段々その数と深さを増していく。
エネミーの悲鳴からは明らかに苦痛感が増している。
主動筋を食い千切られたのだろうか、エネミーはその場に倒れこむ。
だがまだまだ蟻たちの集団捕食行動は終わらない。
おそらく、俺自身に奴を完全に消すまでは
安心できないといった考えがあったのだろう。
蟻達はついに内臓部にまで到達したらしく
エネミーは声すらまともに出せなくなってきている。
今度はエネミーの体内から蟻が溢れ出して来る。
最早体内にすら食える部分は無くなったのだろう。
それで残った皮膚などを食い始めたのだ。
そして数分の後、エネミーは完全に沈黙した。
後に残ったのは最早二度と動き出すことの無いであろう
エネミーの残骸と、辺り一面に広がる黒い絨毯だけだった。
俺の能力でありながら、俺自身何が起きたのか
把握しかねるほどの光景だった。
あれほど強力で巨大だったエネミーが
ものの数分でほぼ全ての部位を完食されてしまった。
俺は自分のシンボルの力に恐怖した。
一面真っ黒な絨毯はズルズルと俺の中へ戻っていく。
俺はその光景をただ呆然として見ていた。
そして全ての蟻が戻り終えた時、俺はハッと我に帰り
今の現状を何とか把握した。
俺はすぐさま愛海を保健室に運び、
再びグラウンドへ向かった。
おそらく、他のエネミーもさっきと同様
完食でもしない限り幾度と無く再生し、強化されていく。
それならば、皆にそのことを伝えつつ
俺も戦うしかない。
さっき発現したばかりの新しい能力はの使い方は
まだ把握しきれていなけど、
ここで逃げ出すわけにはいかない。
自分では全く気づいていなかったが
何故か俺には、ほんの少しだけ、以前より勇気が増していた。
最終更新:2006年08月31日 19:01