不意のノックで睡眠を遮られた木村は、苛立たしげに自室のドアを開けた。
「あ、先生。この間のレポートなんですけど」
目の前に立つ男子生徒に一瞥をくれると、すかさず木村は音を立ててドアを閉じた。
ドア越しに立つ生徒は再度大声を出して教師の名を呼んだ。
「木村先生! 大黒ですけどぉ、俺この間の授業出れなかったからわかんないんですけど! きーむーらせんせー!」
「知るか」
机の上で足を組んで雑誌を読みながら、彼は突き放すように言った。
「知るかって先生が知らないでだーれーが知ってるんだよ! おいコラ木村!」
木村は読みかけていた雑誌を床に叩き付けると、大股でドアに歩み寄った。
「やっと開けてくれましたか。それでさぁ、この間のヤツって」
「……てめえ二度と呼び捨てになんざしやがったら殴り殺すぞ」
睨み付けられたじろぐ男子生徒を尻目に、木村はフンと鼻を鳴らして自室に引き返した。
しばらくの沈黙の後、
「ちぇっ。じゃあ来週俺のレポートが出来てなくても文句言わないでくださいよ」
あきらめたように言ってから男子生徒はドアの前を立ち去った。
木村が常日頃から公言していることがある。
自分はガキが嫌いだということだ。
その自分が何故学校の教師などという立場に甘んじなければいけないのか。
木村には納得がいかなかった。
その立場を受け入れるつもりはないのに、自分を勝手に教師として扱う同僚や生徒は忌むべき存在だった。
数ヶ月前、突然に言い渡された辞令は衝撃的だった。
言いたいことや疑問は山ほどあったが、木村は命令に抗う術など知らなかった。
言われたとおりに教師と生活をしている彼に、しかし積もりつもったストレスはすでに限界に達していた。
そしてそのストレスが自分を追い詰め、心の内での「もう一人」との葛藤は激しさを増す。
度々呼び起こされる衝動を、酒と惰眠で押さえつける自堕落な日々。
早く戻りたい。
彼は気が狂いそうなくらいその思いに駆り立てられていた。
ふと目を覚ますと、時計は三時前を指していた。
(時間か……)
木村は立ち上がると、足を引きずるようにして実技教室へ向かった。
実技教室、別名を道場といい生徒たちはそこで週四回「組み手」を行う。
教師たちの役目はその「組み手」の審判と、万一のことが起きた場合の監視である。
隅にあるパイプ椅子に座ると、木村は胸ポケットからタバコの箱を取り出し火をつけた。
宙に向け大きく煙を吐き出す。
その様子を眉をひそめて横目で睨みながらも、他の教師たちは誰も注意をしようとはしなかった
一服目を終え二服目に火をつけようとすると、不意に背後から声をかけられた。
「先生、校内は禁煙じゃないんですか?」
振り向くと、明晰そうな顔立ちをした女子生徒が立っていた。
「知るかよ。べつにいいだろ」
「でも学校の規則ですよ」
非難するというよりも諭すような口調で彼女は言った。
「俺はな、好きで教師やってるわけじゃないんだよ」
「私だって好きで生徒やってるわけじゃないですけど。でも、校則は守りますよ」
恐れられている自分にここまで言い返す生徒は珍しい。
木村は少し驚いた顔をすると、観念したようにタバコの火をもみ消した。
「見ねえ顔だな」
「この間転校させられてきました」
少し嫌味をこめるようにして彼女は答えた。
「だから好きで生徒やってるわけじゃないんです」
「そうか」
タバコを仕舞いながら木村は答えた。
「宮本嶺! はやく来い」
中央に立つ審判の催促に、少女は面倒くさそうに立ち上がった。
「はいはい……」
待機位置に立つ彼女を、木村は腕を組んで眺めた。
「宮本嶺 対 石坂夏江」
「始め!!」
試合はすぐに決着がついた。
対戦相手の少女が号令とともに走り寄ると、少女――嶺はたったの一撃でその場に屈みこんでしまったのだった。
あまりのあっけなさに対戦相手の少女も驚いている。
審判は頭をかいてばつの悪そうな顔をした。
「まあ仕方がないな。宮本にはまだ早かったか」
嶺を抱き起こすと、審判は互いに礼をさせ二人を帰した。
元の位置に戻った嶺は他の生徒の輪には交わらず、腹部を押さえながら無表情で残りの試合を眺めていた。
「・・・はい次、西田 薫子と白井 達也!」
形ばかりの試合監視をしていると、ちょっとした騒ぎが起きた。
「まずいぞ!」
審判が叫んだ。
先ほどまで劣勢に見えた女子生徒が、相手の男子生徒に馬乗りになって殴りつけている。
木村は直感的に何が起こったかを理解した。
急いで女子生徒のほうに駆け寄ると羽交い絞めにして引き剥がす。
このように突然暴走して歯止めが利かなくなる部下を、木村は何人か知っていた。
しばらく少女は木村の腕の中で暴れ顔といわず手といわず体中を殴りつけた。
しかしやがて彼女が正気に戻ったことを確認すると、フンと鼻を鳴らして木村は戻っていった。
彼女の友人らしき生徒が駆け寄る。
そのうちチャイムの音とともに授業は終わり生徒たちは退出し始めた。
怪我を案じて嶺に声をかけようか迷ったが、辺りを見回した限り姿が見当たらないので木村も自室に引き返していった。
数日後、自室で食堂から持ち込んだ昼食をとっている木村に思わぬ来客があった。
「先生、暇ですか」
戸口には嶺が立っていた。
「暇じゃねえ、食事中だ。出ていけ」
嶺には目もくれず、木村は食事をかきこんだ。
「じゃあ食べ終わるまで待ってますよ」
木村のぶっきらぼうな態度にも臆することはなく、嶺は部屋の隅から椅子を持ってきて座った。
「部屋、汚いですね」
そこら中に散らばったごみの山を見渡しながら、少女は率直な感想を述べた。
「いちいちうるせぇな」
食事を終えた木村は爪楊枝を歯に咥えながら答えた。
「で、なんの用だ?」
「別に用ってわけじゃないんですけどね」
嶺は落ち着き払って言った。
「先生なんでいつもそんなに苛ついてるんですか?」
「なんだお前、喧嘩売ってるのか」
「ホラ、そういうの」
嶺は木村を指差していった。
「言いか、よく聞け。俺は、ガキが、嫌いだ。だから苛ついてるんだ」
真正面から睨みつける木村の目に対して、嶺は臆することなくじっと見つめ返した。
「でも生徒にっていうより周りの人全員に対してそんな感じですよね」
「あ?」
「いつも何かに悩んでてその八つ当たりみたいな」
少女の洞察力の鋭さに木村は少なからず驚いた。
「……くだらないこと言ってるんじゃねえ」
「まあ、いいんですけどね」
にべもなくそう言うと、嶺は立ち上がって部屋を物色し始めた。
「おい、勝手に触るな」
「見られて困るものでもあるんですか?」
「ああ、そうだよ」
「いい年してエロ本とかじゃないですよね。あ、写真。誰ですか?」
「家族だよ」
「へえ、家族なんているんですか。意外」
「てめえにだって両親ぐらいいるだろ」
「いませんけど、死にましたから」
何でもないことのようにあっさりと言いのけた。
「……悪かったな」
エネミーに家族を殺された人間は多い。
木村は少し悔やんだ。
「別にいいですけどね……アレ?」
嶺が手に持ったものを木村は血相を変えて奪い取った。
「触るなっつってんだろうが!」
「その服って……」
「知るか! お前には関係ねえから出て行け!」
部屋中に響き渡るほどの大声で木村は叫んだ。
腑に落ちないような顔をしながら、嶺は意外と素直に出て行った。
しかし木村が奪い取った服を急いで畳んでいると、出て行ったはずの嶺の声がした。
「先生」
「なんだよ」
「なんか、オオゴト」
廊下の向こうを指す嶺の顔は固かった。
その態度に顔をしかめながら廊下に出て行った木村の目に映ったのは予想だにしないものだった。
校内には無数の蜘蛛のような形をしたものが蠢いていた。
(エネミーか?!)
状況を即座に判断すると木村は自室に駆け戻り、掃除用具いれを開けた。
個人的に持参してきた「いざというときのための」道具がギッシリと並んでいる。
「先生、コレって……」
その中身を見て驚いた嶺は恐る恐る尋ねた。
「うるせえ! いいか、お前はここから出るな! わかったな!」
顔も見ずに怒鳴ると、木村は取り出したライフルを手に廊下に躍り出た。
数ヶ月ぶりの出来事に、木村は極度の興奮を抑えることが出来なかった。
心臓の鼓動は速くなり、呼吸が荒くなる。
ライフルを構えると、思わず震える指で引き金を引きエネミー達を撃ちぬく。
見た目には下級のエネミーで、大した敵には思えなかった。
しかし、木村は即座に異変に気づいた。
(――数が減らない)
弾を打ち込めば一旦は引き下がるのだがすぐに戻ってくる。
思い当たる節はあった。
以前に部隊が遭遇したことがある。
気づくと木村の背後からもエネミーは迫っていた。
「どうしようもねえな……」
「なら私も手伝いましょうか?」
独り言への返事に木村は振り向いた。
「お前、中で待ってろつったろ!」
「別にいいじゃないですか。手伝いますよ」
「邪魔だ、戻ってろ!」
「少しぐらい手伝ったっていいじゃないですか」
この状況にもかかわらず、嶺は全く平生と変わらぬ素振りを崩さなかった。
「てめえみてえな雑魚は足手まといなんだよ!」
銃を乱射しながら背中で木村は叫んだ。
「この間のは手抜きですよ」
「あん?」
「はい、リボルブ」
少女はそう呟くと敵に向かって歩いていった。
「先生、怖かったら逃げてもいいですよ」
「……うるっせぇ、こんな楽しいこと邪魔されてたまるか!
オフィシャルをナメるなよ」
木村の台詞に、嶺は驚いたそぶりを見せた。
「え、じゃあさっきの服ってやっぱり」
「隊服だよ。――次『この俺』に逃げてもいいなんてナメたこと抜かしやがったら殺すぞ」
「じゃあそっちは任せて大丈夫ですね」
笑って嶺は言った。
「行きましょうか」
木村は溜まりに溜まった欲望が、リボルブと同時にに一気に放出されるのを感じた。
(――やっと「自分の本来すべきこと」が出来る。)
木村は心の中でほくそ笑んだ。
最終更新:2006年09月05日 23:12