「…先輩、本当にそれでいいんですか?」
「え、何?」
戸田の言葉に崎山はハッと我にかえる。
「だから、なんでこんな無駄な動きするんですか?
俺が桂馬ここに打ったら詰んじゃいますよ?」
「え…あぁ、いいや、俺の負けで」
「ちょっと先輩、本当にどうしたんですか」
崎山は将棋部の部長であり、部の中では
最高の腕の持ち主である。
その崎山が、部で最弱の戸田にあっさり負けてしまったのだ。
「今日の組み手の時の、あの覇気はどこいっちゃったんですか?
超が付くほど余裕で勝ってたじゃないですか」
「いや…あの時はその、けっこう張り切ってて…
柄にも無くカッコつけたくなったっていうか…」
戸田は思わず顔をしかめてしまう。
「部長、最近何か変ですよ」
「そ、そうか?」
「この前も、図書館でありったけの数学関係の本
読み漁ってたじゃないですか。
ただでさえ成績抜群の部長がそんなことするなんて
上級学校への進学でも考えてるんですか?
俺はてっきり
オフィシャル入りするものとばかり…」
「ああいや、そういうんじゃないんだ」
崎山は少し慌てたように話を遮る。
「あのさ、戸田のクラスに加賀谷由里って女子、いなかったか?」
崎山が唐突に聞いてくる。
「ええ、確かにいますけど?」
「その子についてさ、何か情報ない?」
「情報っても…俺別段加賀谷さんと親しいわけじゃないし…
活発で友達も多くて案外優しくてお人よしってことは知ってますが」
「…そのうえ綺麗だしなァ…」
「え、何か言いました?」
「いや!何でもない…。
それじゃさ、交友関係とか、あとその…
以前に彼氏とかいたのかどうかとか、分かるか?」
ここまでくると、流石の戸田でも多少ピンとくる。
「彼氏はあの性格ですし、過去にはいたんじゃないですか?
尤も、この学校に入学してから今までは
ずっといたことはないようですけど。
友達なら、西田薫子っていう特別よく話す友人がいるようです」
「西田さんか、その人なら知ってるさ。
加賀谷さんについて一度聞いたことがあるから」
「ところで、先輩」
「ん?」
「『将を射んとすればまず馬を射よ』って言葉、知ってます?」
「まぁ、それくらいは…」
「ですからね、加賀谷さんと付き合いたかったら
まず加賀谷さんの親友と友達になってみてはどうですか?
例えば西田さん…は、難しいか」
「ん、そう…だな………えっ?」
崎山がぎょっとした顔をする。
「な、なんでお前知ってんだ?
お、俺が…その…」
「分かりますよ。
先輩、露骨過ぎるんですもん」
「え、そ、そうだったか?」
崎山は組み手にしろ将棋にしろ
必ず的確な戦術を展開する知将である。
だがしかし、こういうことになると
あまりに脆くなってしまうという欠点があるらしい。
「まあ俺は恋愛の経験なんて皆無ですけど、
それでも、今のままじゃ駄目な気がしますよ?」
戸田の言葉に崎山は一瞬黙る。
しかし
「いや、付き合えるチャンスは貰ったんだ」
「え?」
崎山の言葉に戸田の駒を並べる手が止まる。
崎山は、メモ帳に何やら謎の数字を羅列した。
「この数字の意味が分かれば、付き合えるかもしれないんだよ」
「あぁ、だから数学関係の本あんなに読み漁ってたんですか」
その努力っぷりから、崎山の気持ちが半端でないことは
戸田にもすぐ分かった。
「でも、全く見当がつかなくてな…」
「なんで数学書なんて読み漁ってるんですか?
これってパスルか何かじゃないんですか?」
「それも考えたんだがな、どうにも当てはまるものが無くってだな…」
「この数字、12までってことは月と関係してるんじゃ?」
崎山は頭を振って言う。
「それぐらいは考えたさ。
でも、やっぱり当てはまる答えが無い」
「31日まで無い月…ってわけでも無さそうですね。
もしそうなら『西向く士』で2・4・6・9・11月ですし…」
「一体何なんだろうな~」
崎山はふぅーと長い溜息をついた。
夕方のチャイムが完全下校時間の近いことを知らせる。
戸田が相手を何度も替えて対局していたのに対し、
崎山はあれ以来ずっと1人で考え込んでいる。
これはもう大分キテるなと戸田は思った。
付き合うための方法が予め示されているのは
結構大変なことだ。
明確な道を示す代わりに、他の全ての
道を取り去ってしまう。
付き合いたい方の人間は、有無を言わさず
それを攻略するしかない。
だがもし、それが攻略不可能な道だったら…。
「あれ?」
戸田は将棋版を片付けている最中にふと考えた。
「…もしかして、加賀谷さんは最初から
答えの無い問題を出したんじゃ…」
問題の答えではなく、問題そのものの意味を考えていた
戸田には、崎山が出せないであろうある答えが
見えてきていた。
しかしながら、戸田はこのことを崎山に告げるべきか
どうなのか、判断がつきかねている。
散々悩んだ挙句、結局は何も言わずに
戸田はその場を後にした。
最終更新:2006年09月08日 22:30