仲間からの連絡を受け駆けつけた旧市街の一角では、既に事が粗方片付いていた。
サキはバイクのエンジンを切ると、辺りを見回して安堵のため息をついた。
ヘルメットを外すと露出した肌を容赦なく冷気が叩いた。
旧市街はもう冬に入っていた。
「よぉ、サキ」
サキの姿に気がついた三村が歩み寄ってくる。
彼の自慢のダブルライダースは泥だらけで、顔には痛々しい生傷があった。
「大丈夫かよ?」
血だらけの顔を見てサキは訊ねた。
「おう。全員まとめて返り討ちにしといた」
そういって三村は親指で後ろを指した。
壊れたバイクの横で五六人の少年が市場のマグロのように寝転がっている。
サキとともに駆けつけたメンバーが、そのうちの一人を締め上げて問い詰めていた。
「まあおかげで愛車はオシャカだけどな」
「さすがだな。なんかアタシらが来るまでもなかったみたい」
三村は得意満面の顔をして見せた。
煤けた黒い顔から真っ白な歯がこぼれる。
その仕草にサキは思わずドキリとした。
「モクくれよ」
「ほらよ」
タバコとライターをまとめて三木の胸に放り投げる。
三村はタバコを口にくわえると、うまそうに煙を吐いた。
寒空の中に紫煙が漂い消えていく。
「アツシ」
三村のバイクのそばで斉藤が手招きをした。
「これもう無理だ。あきらめろ」
パーツが砕け散りそこら中に散乱してしまったバイクの残骸を指差して斉藤は言った。
「そうか……」
三村はさびしそうな顔をするとタバコを打ち捨て足で踏み消した。
「とりあえず帰ろう。三村の怪我も見なきゃ」
傷だらけの三村の袖を引いてサキは言った。
「そうだな。長居しててもしょうがない」
斉藤が同意する。
「こいつらどうするー?」
うずくまっている少年たちを足でけづいて他のメンバーが尋ねた。
「ほっとけよ。斉藤、お前のバイクに乗せてくれ」
「あいよ」
「あ、ちょっと!」
さっさとバイクに跨り走り去る二人を、サキも慌てて追いかけた。
「ッテェな! もう少しやさしくやれねぇのかよ」
「じゃあ自分でやれよ」
三村の傷口に消毒液でぬらした綿をあてがいながらサキは言った。
「ムリ言うな」
部屋を照らす電灯が二三度点滅した。
三村の傷を看ながら、サキは内心では心臓が破裂するほどに緊張していた。
チームの他のメンバーは今で酒盛りをして出払っており、今はサキと三村の二人きりである。
それを意識すまいと思うほどに意識してしまい、否が応にも鼓動は速くなった。
サキはそれを悟られまいと必死だった。
「今日のヤツらってやっぱり山川のトコのか?」
気持ちを紛らわすようにサキは訊ねた。
山川は三村のチームと敵対しているチームを率いている。
「ああ。俺が一人になるの見計らって襲ってきやがった。でもあんなんじゃ足りねぇよな」
苦笑しながら三村は言った。
この一帯でも有力な三村のチームにおいて、ことにリーダーの三村自身の強さは随一であった。
なによりシンボルをリボルブ出来る数少ない人間だった。
親を亡くしたサキが三村のチームに入ったのも彼の強さに憧れてのことである。
しかしいつしかその憧れは淡い恋心に変わってきつつあった。
「なあサキ」
不意に三村は口を開いた。
「最近思うんだけどさ、お前俺らといて楽しいか?」
「どういう意味だよ?」
「お前以外に女はいないしさ、つまんねぇだろ」
「そんなことねぇよ!」
サキはあわてて否定した。
「ここのやつらはみんな優しいし、なにより……」
「なにより?」
「……あ、しょっ消毒液切れた!取ってくるから待ってろ」
サキの不自然な態度に三村は首をかしげた。
「スグ戻ってくるから!」
「おう。……なんか、ありがとうな。お前がいてくれて助かるよ」
「え?」
思わぬ言葉にサキは驚いて足を止めた。
「なんだよ?」
「な、なんでもねぇよ!」
不思議そうな顔をする三村を尻目に、サキは顔を赤くして慌てて部屋を出た。
むき出しのコンクリートに囲まれた味気ない廊下を歩きながら、サキは必死で心を落ち着けようとした。
三村にあんなふうに言われたのははじめてである。
言った本人にとってはなんてことのない言葉だろうが、サキは自分が必要とされていることが嬉しくてたまらなかった。
チームの中でただ一人の女であり、体も弱く喧嘩では出る幕のないサキは、自分がチームの厄介者ではないかといつも不安だった。
しかしだからといって出て行くわけにもいかず、肩身の狭い思いがしていたサキは、この三村の一言で救われる思いだった。
なにより、三村自身に必要とされたのである。
サキは思わずニヤつきそうになりながら救急セットを取りに行った。
医務室で包帯と消毒液のボトルを探していると、離れたところで何かが割れるような音がした。
階下では仲間たちがバカ騒ぎをしている。
ビンでも投げて割ったのだろうと、サキは大して気にも留めず医務室を後にした。
ところが、サキが廊下を歩いていると突然、先ほどから点滅していた電気が一斉に落ちた。
「あれ?」
ブレーカーが落ちたのだろうか。
確認しようと手探りで階段に向かったサキは、そこで何者かにぶつかっり尻餅をついた。
「ッテェ! 誰だよ」
返事はない。
「おい、誰だって……」
再び叫ぼうとすると、不意に強い力で腕を掴まれ引き寄せられた。
「うわっ、なんだてめぇ!」
その手を振り解こうとするサキの耳元で聞き覚えのある声がした。
「サ、き……」
「斉藤?」
「は、はやく……アツシと逃げろ!」
蚊の鳴くような弱弱しい声でそれだけまくし立てると、斉藤はそのまま崩れ落ちた。
「え、おい? 斉藤?」
あわてて斉藤の体を揺すると、塗れたものが手に触れた。
妙に生暖かくて鉄くさい。
「斉藤、お前……」
「はやく!」
声にならない声で斉藤は叫んだ。
「あ、ま、待ってろ! すぐ三村を呼んでくるから!」
壁をつたい大慌てで部屋に戻ると、サキは三村の名を呼んだ。
「三村! さ、斉藤が怪我してて、それで」
不自然な沈黙が部屋を覆っていた。
「三村?」
何かが動く気配がした。
暗闇の奥から思わず鼻を覆いたくなるような強い獣臭が漂ってくる。
「……ねえ」
不安げに闇の中に踏み出したサキの足を突然何者かがつかんだ。
体勢が崩れたサキは、思わず倒れこむ。
その瞬間サキのすぐそばですさまじい衝撃が起こり、あたりに砂埃が舞った。
「キャッ!」
眩暈がしそうなほどの爆発音と衝撃だった。
コンクリートの破片が崩れる音がする。
そして、暗闇の中で明らかに人間のものではない低いうなり声があたりに響いた。
「な、なんだよ!」
思わず見上げたサキは、一瞬点灯した明かりに浮かび上がったそれを確かに見た。
「……ッ!」
返り血で赤く染まった服を着た「それ」は、じっとサキの姿を見下ろしていた。
あまりの光景にサキは言葉を失い、腰を抜かした。
暗闇の中で、確かに何者かが近づいてくるのがわかる。
再び唸り声が響く。
その唸り声はなにやら歓喜の音を含んでいるようだった。
獲物を前にした歓喜を。
気が狂いそうなほどの恐怖感がサキを襲った。
「逃げろ!」
どこからともなく声が響いた。
その瞬間声に弾かれるように、サキは急いで立ち上がり部屋を飛び出た。
ドスンと何かが倒れるような音が後方でしたが、サキは構わず暗闇の中を駆けた。
涙と鼻水で汚れた顔を歪ませながら、声も出さずにサキは駆け続けた。
何が起こったかをサキは一瞬で悟っていた。
あの暗闇の中にいた「何か」が斉藤を襲った。
あれは敵対している山川のチームのヤツなんかじゃない。
人間以外の「何か」だった。
そして今度は自分をも襲おうとした「何か」から助けてくれたあの声は、聞きたがえようのない三村の声だった。
皆が騒いでいたはずの部屋に近づくにつれ、あたりには鉄の様な臭いが充満していった。
(イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ)
嘔吐感がこみ上げる。
それを必死で飲み下して、サキは部屋を駆け抜けた。
やがてサキの肌を冬の寒気が覆った。
外だ。
サキはアジトのビルから離れようと旧市街を懸命に走った。
「作戦開始から二分三十七秒四二。只今完了したそうです」
「そうか」
部下からの報告に、男は大して興味もなさそうにおざなりな返事をした。
「これから如何いたしますか?」
「データと報告書をまとめておけ。あの方に俺が提出しておく」
「はい」
「それと処理班を呼んでおけ。旧市街だから建物ごと破壊しても構わんが四十体の死体は見つかると厄介だ。証拠はすべて抹消しておけ」
「了解しました」
「じゃあ行け」
部下を手で追い払うと、男は簡易ベンチに腰掛けた。
紙コップのコーヒーをすすると、深いため息をつく。
「やってられんよ、全く……」
何が好きであんな「気違い研究者」の手伝いなどしなければいけないのか。
不良とはいえ、四十人もの少年の命を奪う研究の必要性などあるのだろうか。
さまざまな思いがよぎった。
「まあ、今更遅いよな」
ふと上を見上げると、満月がじっと自分を見下ろしていた。
まるで自分の犯した罪をすべて見ていたとでも言うように。
「しょうがないだろ」
男はもう一度深いため息をついた。
最終更新:2006年09月09日 17:24