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第四話 交響詩「ワタリガラスの詩」より Ⅳ.幻想の奏でる調べ - (2006/03/04 (土) 06:37:31) のソース
ぜぇぜぇと息を切らせながら、男は歩く。左腕から血を流し、その流出を防ぐものは右手のみ。 傷口が大きすぎて、こんな止血法では話にならない。だからと言って、処置をしている暇もなかった。 「……クソッ!!」 床を蹴るように、走り出す。ひんやりと冷えた廊下に、足音だけが響く。 周辺の温度は低いのに、男の頬を汗が伝って落ちる。血痕と、汗の痕が道標として連なっていた。 それでも、彼は走る。なりふり構っていられないのだ。 『こっちだ!!』 彼の後方から、男の叫びが聞こえる。その声を聞いて、一瞬後ろを見て舌打ち。 しかし、すぐに前を向き直り、走り出す。相変わらず、乾いた息が喉に絡みつく。 バタバタと、激しい足音が接近する。疲弊した肉体では、やはり逃げ切れないと判断した。 右腕をコートの内へと伸ばす。一直線の長い廊下を駆けながら、脚が一定のリズムを刻む。 瞬間、後ろから恐怖の弾丸が襲う。 『逃がすな!!殺れ!!』 叫びと、足音と、銃声が奇妙な三重奏を奏でた。しかし、その凶弾は彼には当たらない。 走りながらの銃撃は、軌道が流石に安定しないようだ。そもそも、道が狭すぎて上手く隊列を展開できていない。 そうしていると、十字になった道が見えてきた。その奥には、大きな鉄扉が見える。 彼は、一心不乱に駆け抜けた。そして、十字の道へ差し掛かった瞬間に、彼はその懐から銃を取り出す。 ダンッ!! 一発の銃声と共に、十字路に備えてあった小高い荷物の山が崩れ去る。 今のこの状態で、相手との距離を離すにはこれしか方法が無かった。 ガラガラと崩れ去る荷物を尻目に、扉へと向かって駆け抜ける。 後方から何やら叫びが聞こえるが、そこは気にしない。 そして、彼は重々しい扉をゆっくりと開いた。 冷たい空気が流れ込む。大きく開けた視界と、薄暗い空間。 その中央に佇む、漆黒の巨人『アーマードコア』 「パーツなんぞ気にしてる場合じゃないか……」 パーツ保管庫を横目に、リフトへと駆け抜ける。素早く乗り込んで、搭乗口まで待った。 その間に、即席のバリケードを乗り越えた連中が現れる。 「チッ……!!だが、ACに乗ってしまえばこっちのものか……」 しかし、搭乗口はまだまだ先である。待っている間に打ち落とされたりした、堪ったものではない。 現に、数人の男たちから放たれる弾丸は、正確に彼を狙っていた。さっきのように走りながらではない。 (まずいな……) 冷や汗なのか、疲労からの汗なのかはわからないが、ひたすらに汗が滲み出てくる。 どれほど待ったかわからないが、なぜか時の経過が遅く感じる。 リフトが頂上へと達し、そこからACへと飛び乗った。 「残念だったな!!」 最後に、それだけ叫んでACの中へと消えていく。 最後の抵抗と、男たちはひたすらに銃を乱射した。 すぐにシステムを起動させ、ガレージの扉を開く。事態は急を要する……この際ここにあるパーツは放棄してでも逃げなければならない。 オーバードブーストを作動させ、強烈な緑の閃光を噴射。その勢いに、男たちは吹き飛ばされ、壁に全身を強打した。 漆黒に包まれたカラスが、大きく羽ばたいた。 左腕が、再び痛みを訴えだした。逃げるのに必死で、処置を施すのを忘れていたようだ。 コックピットにも、一応救急セットはある。一旦ACを止め、応急処置をしたほうがいいだろうか。 (いや……あいつらのところにも奴らが現れる可能性が……) それだけは、何としても避けたい。己の傷の処置もせず、彼は大急ぎで街へと向かった。 (俺のせいで死なれては……寝つきが悪くなる) 果たして本心なのか、それは誰にもわからない。 「ふぅ……サッパリした」 丁度バスルームから出てきたシーナは、髪を乾かしているところだった。 シェンナも同じように、髪を乾かしている。無造作に電源をオンにしたテレビには、病院モノのドラマが映し出されていた。 その瞬間、突然電子音が鳴り響く。テーブルの上に置かれた、携帯電話が喚いていた。 ディスプレイに浮かび上がったのは、ファントムの番号。通話ボタンを押し、耳に押し当てる。 「もしもし?」 『シーナ!!すぐに街を出るんだ!!』 大きな声が、シーナの耳を貫いた。一瞬耳から離し、すぐに疑問を口にする。 「ちょっと、ファントムさん……何があったんです?」 しかし、彼は疑問に答えることはない。とにかく、警告を発するだけだった。 『いいから逃げるんだ!!早く……奴らが来る!!』 「えっ……奴らって?」 プツッと音を立てて、電話は途切れる。謎の内容に首を傾げるが、とにかく、彼の言うとおりにしておこう。 シェンナへ着替えを促し、彼女も準備を始める。だが、急な事態で何を持って出ればいいのかわからない。 冷静に状況を分析する。電話越しに聞こえて来た音を考えると、ACの内部からの電話だと思われる。 何かを急いでいるということは、まずかなり危険な事態だろう。 そして、最も気になること。 「奴らが……来る?」 彼が言う、奴らとは何なのか。彼が過去に少しだけ口にした、あの事件に何か関わりがあるのだろうか。 様々な可能性が、浮かんでは消えていく。嫌な予感が、脳を何度と無く通過する。 「お姉ちゃん……」 ふと、シェンナが心配そうにシーナの顔を覗き込んでいた。 その姿を見て、はっと我に返る。今は、考えている暇はない。 「急ごうか」 テキパキと準備を済ませて、家を飛び出す。果たして、再びこの家に戻ってくることは出来るのだろうか。 しっかりと施錠し、二人は歩き出す。しかし、どこへ逃げればいいのかもわからない。 とにかく、街を出よう。そして、ファントムの指示を待つことにした。 電話で街の東側に出ることを指示し、ファントムもそこへ向かう。 なぜ、こうなっているのか。あの時、あのACを追いかけたが、実は撃破には至っていない。 邪魔が入ったのである。それが、あの連中……かどうかは、未だ不明であるが。 だが、状況からみてもその可能性が最も高い。ACまで使ってあのACを逃がし、彼を執拗に追いかける。 あのACを逃がしたことが、直接奴らと関係しているかは不明だが。 (……しばらく音沙汰が無かったから油断していた……まさかあそこで狙われるとはな……) レイヴンの抹殺を妨害し、その帰還後、ガレージで襲撃する。 奴ららしいと言えば、奴ららしい手口ではある。 (ともかく……どこかへ逃げなければ) オーバードブーストをもう一度作動させ、全速力で街へと向かった。 街を東側に出てすぐには、草原が広がっている。夜も深まっているため、人二人歩いている程度ではすぐにはみつからないだろう。 せいぜい目印となる程度のものは、草原にいくつか点在する小高い丘ぐらいか。 ファントムの指示では、その丘の中で街から一番近い場所で落ち合うことになっている。 シーナとシェンナの二人は、そこへ向かって今歩いていた。警戒は決して怠らない。 ファントムの言う「奴ら」が、いつどこで現れるかはわからないのだ。 シェンナは、心配そうな顔でシーナにしがみ付く。シーナは、か弱き少女を守るために、ひたすらに歩いた。 吹き荒ぶ冬の風は、冷たく肌に突き刺さる。地理的に雪が少ない地域とは言えど、この気温だけはやはり辛い。 時々吹く突風に、煽られそうになっても目を瞑ってジッと耐える。丁度風から守るような位置にシェンナをやって、寄り添って歩く。 そうしていると、小高い丘の上に漆黒のACが佇んでいるのが見えた。 「見えた……」 少しだけ、足を速める。シェンナも、置いていかれないようにピッタリと付いていった。 幸いにも、途中襲われる様なことは無かった。しかし、この先も警戒は必要だろう。 「それで、奴ら……とは、何なんですか?」 無事に合流を果たし、ACに乗り込んだシーナが問う。流石にコックピットに三人も乗り込むのは少々狭い。 二人は、しっかりとその場にあったものへとしがみ付く。高速で機動するACの内部は、揺れが激しい。 「……詳しいことはわからん。俺の命を狙う連中だ」 若干違和感を覚える言葉だが、確かに危険な存在ではあるだろう。それに手を貸す存在として、命を狙われるのも頷ける。 彼に殺されたレイヴンの関係者なのだろうか。実際にどんな相手なのか目の当たりにしていない彼女には、想像が付かない。 「とにかく、このまま南へ逃げる」 「南……ですか」 と、ハッキリとしない返事をして脳内に地図を思い浮かべる。あの街より以南に広がる草原を抜ければ、そこには乾いた大地が広がっている。 途中渓谷があるが、ACで通るには何の問題も無い大きさだ。そこを超えて、別の街を目指す。そう、ファントムは言った。 ファントムの声に合わせて地図を展開させるが、彼女はその渓谷より以南の地理情報を全く知らない。 向こうについてからもファントムに任せるしかないだろう。しばらくは、宿を利用する生活になりそうだが……。 「あの……いつかあの街に戻れますよね……?」 不安の色は、消えない。様々な人々と過ごしたあの街が、彼女は忘れられなかった。 それは、ファントムもわかっていた。だからと言って、嘘をつくわけにもいかない。 「……わからない。ガレージの場所も突き止められたし……正直戻るのは厳しいかもしれない」 なんとなく、彼女もそんなことになるだろうとは思っていた。だが、実際に口に出されるとやはり落胆は隠せない。 だけど……。 (絶対に……シェンナは守る!!) そう心に決めて、心の中でグッと拳を握った。 逃亡は、異常なまでに順調である。未だに一度の襲撃も無く、ここまでやってきた。 渓谷が最早目の前に迫っており、思い浮かぶ一つの可能性は拭えない。 (待ち伏せ……か) 大方、渓谷に多数のMT部隊を配置して待ち構えているのだろう。一度場所を突き止められたら、煙に撒くまではひたすらに狙ってくる。 今、コックピットにはシーナとシェンナがいる。この状態で戦闘をするのは、あまりに危険すぎる行為だ。 ガレージを襲撃した時や、戦闘を妨害した時などのことを考えれば、恐らく、後ろも既に封鎖されていると考えていい。 しばらく音沙汰が無かったのは、やはりそれ相応の準備をしていたからなのだろう。連中は、彼をここで殺すつもりなのだ。 (と、すると……仮に突破しても完璧に脚を掴まれているようなものか) ガレージに戻ったときに調べる暇が無かったが、発信機を仕掛けられている可能性もある。 探して取り外す……しかないのだろうか。この巨体から、それを探し出すのは困難としか言いようが無い。 (だが……やるしかないか) 夜の暗闇に包まれて、途方に暮れるような作業が始まる。 暗闇は、ある意味で彼にとっては好都合だったのかもしれない。 発信機も、それなりの装置を使えばある程度発見できる。機体が黒いため、夜に同化して人目にはつきにくいだろう。 そもそも、場所からして人目がどうとか言う話ではないのだが。 (わりと簡単に見つけられたな……) 発信機自体は精巧なものではなく、実に簡素なものだった。それが幸いし、すぐに発見に至る。 だが、一瞬の足止めを食らったことには変わりない。すぐにここを離れないと、襲撃される可能性もある。 身軽な動作で、ACを登っていく。今更ながら、ガレージでもこうしていればまだ早く逃げられたのでは、と思ってしまった。 再びコックピットへと舞い戻る前に、手の中の発信機を見つめる。破壊すべきか、捨てるべきか。 ここは、何らかのトラブルによる停止と見せかけた方がいいだろう。そう思い、彼はその発信機を空へと放り投げた。 金属質の小さな欠片が、月光を反射して乾いた大地へ落ちていった。 問題は、まだ残る。先に待ち構えていると思われる、敵の部隊だ。 この状況での戦闘は大変困難。しかし、易々と通してくれるとも思えない。 (追われる側からすれば……全滅させるのが最善なんだがな) と言うか、今まで彼はそうしてきた。煙に撒くのも選択だが、全滅させた方がより効果的だろう。 (……今までと同じ程度の部隊ならば、まぁ何とかなるだろう) それ以上の部隊が待ち受けていた場合は……何とかすればいい。そう考えることにした。 「……ッ!!」 強烈な痛みが左腕を走り抜ける。見れば、忘れかけていた左腕の傷から血が滲み出ていた。 じわりと血が滲み、衣服をどす黒く変色させる。元々濃い色だったそれが、さらに濃さを増していく。 血の匂いが、わずかにコックピットへと漂う。脳髄を不快感が駆け抜けた。 瞬間的に自らの鼻を手で覆う。その様子を不審に思ったシーナが、不安げな顔で彼を覗き込んだ。 「ファントムさん……その腕!!」 すぐにシーナが腕の異常に気付く。 「……気にするな……大したことはない」 おびただしい数の流血が、その言葉の意味を無に返す。いつしか血はコックピットの床へと滴り落ちていた。 シーナがやや強引に袖を捲くる。彼女の目に飛び込んできたのは、ほんの少し肉が抉れた患部。 表面を抉るように弾丸が通過したため、弾丸が内部に留まっているわけではない。それでも、異常なほどの流血だった。 このまま放置しておけば死んでしまいそうなほどの流血。通常の弾頭ではなく、何か特殊な兵器なのだろうか。 改めて凝視する彼の腕は、太く逞しい。今まで何度か見たが、どこかいつもと違う印象を受ける。 「時間がないんだ……ここで脚を止めると奴らに追いつかれるかもしれないんだぞ!!」 「ファントムさんの腕のほうが大事です!!」 ファントムの叫びに、彼女は叫びで応戦する。真剣な眼差しと、若干涙の溜まった瞳を見て、ファントムは怯む。 「……勝手にしろ」 そんな表情に、彼は弱かった。ただ同時に、少しの罪悪感にも襲われる。 彼女は、近くに保管されていた緊急用の医療セットを取り出すと、傷の処置を始めた。 「死んだら……嫌ですから……」 小さな呟きは、ファントムの耳に届くことなく消えた。少し大げさすぎる心配だが。 「まもなく、作戦領域に到着します」 眼前に、渓谷が広がっている。レーダーはいくつかの敵の存在を知らせていた。 非常に狭苦しいコックピットの中で、しっかりと掴まって彼女は冷静に告げる。 まさか、ACの内部で始めてのオペレートをすることになるとは、誰も思っていなかった事だろう。 オペレーターが欲しい、とファントムは言っていた。が、実際に仕事に連れて行ったことは一度もない。 単純に、彼女の実力の問題でもあった。アークや、企業などで正式に雇われているわけではない。 そんな人間のオペレート、それも素人のオペレートなど高が知れている。 だから、日々彼女は勉強に励んだ。ACに関する基本的なことから、戦場での正確な状況判断まで。 それが今、ここで役に立とうとしている。そう考えただけで、彼女は少し興奮していた。 「少し辛いかも知れないが、我慢してくれ」 静かにそう告げると、彼はその顔へと仮面を装着する。彼の、戦闘用の衣装みたいなものである。 シーナは小さく頷き、シェンナはシーナにしっかりと掴まる。小さく震える少女に「大丈夫だよ」と囁く。 「では……行くぞ!!」 切り立った崖、走る大きな溝。トンネルが掘られていて、企業の輸送路にもなっている渓谷に、巨大なカラスが舞い降りる。 「うぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!」 いつになく力の篭った叫びを轟かせ、幻想の舞が始まった。 空を斬るミサイル。オーバードブーストを使用しながら、狙撃型MTの射撃を回避しつつ叩き込む。 しかしエネルギーが持つはずもない。撃破した一機以外の攻撃を避けるように岩壁を利用できる位置へと着地。 距離的には、ここからの攻撃はミサイルしか有効射程にならない。MTから放たれる高速の弾丸が、岩壁を削る。 (迷っている暇はない……か) 再度オーバードブーストを展開させ、空中へと躍り出る。素早くミサイルをロックし、MTへと放った。 先程と同じように空気を斬って進むミサイルは、次々とMTを叩き潰す。狙撃型MTを粗方掃討し終え、着地。 そこは企業が輸送路として使用しているルート上の鉄橋で、防衛用の砲台も設置されている。 しかし、それは機能していないようだった。動く様子は見せないし、どうやら動かそうとも思っていないらしい。 (しかし……それでも面倒な部隊配備だな……) まさに、通過しようとする者を全て叩き落さんと言わんばかりの部隊。 この調子なら、通過しても更なる増援が現れそうな気もしないでもない。 (レイヴン一人抹殺するのに……これだけ寄越してくるとはな……) それでも、彼は冷静に対処する。華麗に宙を舞い、的確にブレードを叩き込んでいく。 空を飛んで弾丸を叩き込んでくるMTにはライフルを。規則正しく配置されている対空MTにはブレードを叩き込む。 増援は、素早く駆けつけて隊列が展開される前に壊滅させる。断末魔は無く、それが無人MTだとわかれば容赦はしない。 元より人間が搭乗していたとしても、彼は容赦しないが。 (この程度で……俺を倒そうとは……笑わせる) 口元に笑みを浮かべ、ファントムは空を翔る。シーナは、その様子にどうしても声を出すことが出来なかった。 腕は震えが止まらず、声は喉を通らない。初めての感覚に、彼女は戸惑っていた。 (どうしよう……どうしたらいいのかわからないよ……) そうしている内に、ファントムの動きは止まる。一つ深く息を吐き出し、全身から力を抜く。 どうやら全て撃破し終えたようだ。 「……まぁ、初めてってのはこんなもんだろう」 彼は決して彼女を見ることなく、そうぼやく。突き刺さるようなその言葉が、少し悔しい。 無言でACは上昇していく。何とか無事に渓谷を通過できたようだ。 四角い窓から差し込む陽光が、瞼越しに瞳を刺激する。どうやら、かなり長いこと眠っていたようだ。 あれから敵の増援も無く、無事にここへ到着した。その時は既に陽が昇りかけていて、シェンナも眠りこけていた。 (……こんなに疲れたのは久しぶりだな) レイヴンの抹殺に失敗し、さらに追っ手の襲撃。いつに無く激しい日を過ごした彼の体は、疲労で筋肉が軋んでいた。 何かに誘われるように冷たいソファに寝転がったため、目が覚めてもほとんど疲れは取れていない。 窓を見れば既に日は傾きかけていて、厨房からは包丁で野菜を刻む音が聞こえる。 一見すると、極めて普通の家庭に見えなくも無い。それでも、どこか普通ではない雰囲気を、この男は持っている。 ふと、思い出す。砕き損ねたあのオレンジのAC。 湧き上がるのは、闘志。形を失った心の炎が、うねる様に彼の心を支配する。 (次こそは……殺す) ギュッと拳を握り、掲げた。 ミラージュ本社の廊下を、二人の男が歩く。 「よく逃げられたな、ケイン」 からかう様な口調で、男はそう口にする。オールバックの髪と、眼鏡が印象的な男だった。 どちらも大柄の男で、すれ違う人間は一様に彼らに目を向ける。その度に、どちらかが睨み返すのだが。 ケインと呼ばれた男は、どこか軽い雰囲気を醸し出している。性格も、同じように軽い。 「フランコ……俺があいつに劣るとでも言うのか?いや、全くの初対面だから実力なんて知らないけどな」 「あいつ、結構やるように感じたがな。まぁ、俺の思い違いかも知れんが」 一冊の書類を読みながら、彼らは歩いていた。その書類には、今回戦ったレイヴンに関する情報が少しだけ載っている。 適当に流し読みし、フランコはそれをケインへと手渡す。が、彼は手を振って拒否した。 「それよか気になるのは……あの黒いACを追いかけていた部隊だな……」 「ふむ……それが、君の戦いを邪魔した連中か」 行き場を失った書類は、大人しくフランコの脇へと収まった。 ケインは顎に手を当てて、わざとらしく悩みだした。 「あいつらが邪魔さえしなければ俺の評価も少しは上がったのによぉ……」 「お前は……いつもそればっかりだな」 呆れたように彼は言う。ケインは、上からの評価を人一倍気にする人間のようだ。 「ま、次会ったら今度こそぶっ殺してやるさ!!」 「ふっ……頼りにしてるぞ」 お互いの肩を叩き、笑い合う。その光景は、若干奇異なるモノだった。 それぞれの思惑は交錯し、それぞれの闘志は燃え上がる。 彼らの命運を賭けた戦いが、目前に迫っていた。