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MISSION:2 - (2011/01/14 (金) 21:31:43) のソース
MISSION:2 ◇某山間部 偽装ガレージ 事務室 古く年季を感じさせるが、清潔でよく整頓された一室。 その部屋中に若い女の怒鳴り声が響いた。 「ふざけんじゃないわよ~ッ!」 声量だけで窓ガラスを割りそうな勢いである。 明け方に倒れこむようにして事務室のソファで眠りについた阿部 玲司にとっては 非常に不愉快な目覚め。 近くのデスクに手を伸ばして置き時計を確認すると、時刻は午前9時。 (まだ3時間しか眠っていない……) パートナーのクレア・ゴールドスミスが何処かの誰かと喧嘩腰で話しを しているようだが、玲司は心底どうでもよかった。今はただ眠りたい。 ブランケットを被り直して、もう一度目を閉じる。 「――というかさっさと払えッ!!」 明け方まで一緒に作業をしていたのに、この女は何故こんなにも元気なのか。 クレアの怒鳴り声は一向に収まる気配がなく、むしろエスカレートしていた。 「射突グレネード」「修理費」「払え」という単語が繰り返し出てくる。 (アリゼブラ重工と話してるのか……) 玲司は寝起きの頭で昨日のことをぼんやりと思い出した。 昨日はアリゼブラ重工の試作兵器――射突グレネードのテストを行った。 射突ブレードの杭にグレネード砲弾を取り付けたようなパーツで 目標に杭を撃ち込んだ後、目標内部でグレネード砲弾を炸裂させるという 一撃必殺の武器。その威力は凄まじいものであったが 問題は一発限りの弾数と、使用した側のACの腕も一緒に吹き飛ばす事である。 面白いパーツではあるが、あれでは製品化してもまず売れないだろう。 当然ながらテストを行った玲司のACは片腕を失った。 なんとか修復できないものかと、あれのせいで眠るのが遅くなったのだ。 (クレアのやつ、腕の修理費を請求しているのか) ACの修理費用は当然報酬に含まれているというのが アリゼブラ重工の言い分であったが、クレアは事前に説明がなかったとして 納得していなかった。 「どうせ無理だろう」と高を括っている玲司はブランケットを頭まで被り 再び眠りにつこうとしたが―― 「いいんですか? うちのレイヴンが黙ってませんよ?」 襲撃予告と取られてもおかしくない台詞を聞いて飛び起きた。 「どうも阿部です。うちの事務員がとんでもない事を…………。はい。……いえいえ。 …………もちろん修理費用は結構です。……はい。……はい。はい、失礼しまーす」 安堵した玲司と対照的にインターコムを奪われ、勝手に通信を切られたクレアは 耳まで真っ赤。肩口まであるプラチナブロンドの髪を豪快に揺らしながら 玲司に詰め寄った。 「ちょっと、なにするのよ!」 「いや、あれは脅しに聞こえるぞ」 「あれぐらい言わなきゃ分からないのよ。 あたしたちみたいな無所属は舐められたオシマイなんだよ?」 「別にいいだろ。舐めたい奴には舐めさせてやれば。 それに俺は今回の報酬に満足してる」 「あんなゴミパーツ貰ってどうするのよ」 玲司は報酬とは別に試作兵器の射突グレネードをアリゼブラ重工から譲り受けていた。 「絶対に使わないでよ。自機の腕が吹っ飛ぶとかありえないから」 「へいへい」 「はぁ……。パーツを貰ってくるのはいいけど、試作品とか二流品ばっかり。 うちは貧乏なのに売れないパーツばっかり集めてどうするのよ」 「コレクションを売る気はないから」 「今、コレクションって言ったわね」 「……い、言ってない」 「言った。変てこなパーツを集めるのは趣味って事でしょ? 信じられない!」 クレアは「信じられない! 信じられない!」と繰り返しながら 玲司の首に掴み掛かった。 「ギブ、ギブ……」 タップしながらギブアップ宣言をしても、ぐいぐい締め上げられていく。 細い腕のどこからこんな力が出るのか。 「ギ……ブ……」 玲司が意識を失いかけたその時、部屋のドアが勢いよく開け放たれた。 「グッドモーニーング!」 入ってきたのはシェリー・ゴールドスミス。 「あらあら、相変わらず楽しそうな職場ですね」 まるで微笑ましいものを見たかのような口ぶりで言い放った。 「……楽しそう?」 クレアから開放された玲司が咳き込みながら異議を唱える。 「お前の妹に殺されかけてたところなんだが」 「クレアなりのスキンシップでしょう? それより、こんな遠くまで訪ねて来たんですよ。お茶ぐらい出してください」 「うちは喫茶店じゃねーぞ。帰れ」 「いいんですか? そんなに邪険にして。 せっかくレージたちに仕事を紹介してあげようと思ったのに」 「クレア君、なにしてるんだい。早くお姉さんにお茶を出して」 ◇セントラル・シティ 老舗割烹 小島屋 依頼者とレイヴンが直接会ってやり取りを行うことは稀である。 両者の保安上の問題であったり、効率的な問題であったり、理由は様々。 近年、急速に勢力を拡大しているレイヴンズアークのような斡旋組織が 席を置く傭兵に対して専属契約を禁じているのも、大きな理由のひとつだろう。 特定の勢力に所属していない独立傭兵である阿部 玲司も 依頼者と直接会うことは滅多にない。 今回のようなケースは非常に稀である。 緑色の照明が照らす不気味な座敷にいるのは5名―― カジュアルな黒いスーツに身を包んだ阿部 玲司とクレア・ゴールドスミス。 会席料理の並ぶ大きなテーブルを挟んで、依頼者とその部下と思しき男が2名。 互いに紹介を済ませ、玲司と依頼者は談笑を始めたが「あそこの製品は奥が深い」 「いい仕事しますよね」「職人魂を感じる」といった内容の会話に クレアはついていけなかった、ついていきたくなかった。 いつ本題に入るのかとうんざりしながら、テーブルの上に置かれた名刺に目をやる。 『FM社 代表取締役 ケビン・スパイシー』 (姉さんはこんな人とどこで知り合ったのかしら……) FM社――フォーマルモデリング社はハッキリ言うと三流の兵器メーカーである。 “これは有名なあのパーツですよね? あれ……。よく見るとどこか違うぞ” という製品。所謂、有名ACパーツの「パチモノ」を作っている企業であり FM社――フェイクメイカー社と一般的には認識されている。 ここに来る前に少し予習したところによると <ムーンライト>のパチモノである<アースライト>や <カラサワ>のパチモノである<カラクサ>などが主力製品であるらしい。 今回の依頼者がそんなFM社の二代目社長。 FM社が小さな企業とは言え、社長自ら出張ってくるのは予想外であった。 (それにしても直接会って話したいとか言って、呼び出しておきながら このハゲオヤジはいつまでレージとパーツ談議を続けるつもりなのかしら。 さっさと本題を話しなさいよ! 静かに後退を始めた頭頂部の サイレントラインを毟って一気に後退させるわよ!) 完全に蚊帳の外であるクレアが痺れを切らしかけた時―― 「ところでミスター阿部は今週末にセントラルのアリーナで行われる イベントのことはご存知か?」 やっと本題らしきものが始まった。 「ミラージュのあれですか?」 「いかにも」 今週末、セントラル、アリーナ、ミラージュ。 このキーワードから導き出される解はクレアにも心当たりがあった。 ミラージュがその力を誇示する為だけに開催する特殊なアリーナ。 ミラージュ製のパーツを使ったレイヴンが格下のレイヴンを叩きのめすという趣向で 殆ど公開処刑に近い催しである。 「ではテラというレイヴンをご存知か?」 「もちろん知ってますよ」 玲司は淀みなく答えたが、クレアはテラというレイヴンには心当たりがなかった。 (この仕事を始める時に有力なレイヴンの名前と詳細は全て頭に叩き込んだ筈なのに。 レージが知っていて、あたしが知らない?) テーブルの下で玲司をつついて「あたしにも分かるように教えて」と合図を送る。 「あの人ですよね? <カラサワ>使いの」 クレアの意図を理解して玲司はテラの説明を始めた。 「レイヤード時代、今はもう存在しないグローバル・コーテックスのランカー。 名銃<カラサワ>の扱いに最も長けたとされるレイヴン」 「いかにも、いかにも。よくご存知ですな」 「俺が生まれる前に引退した人ですけど、ファンなんですよ。 ストイックな感じがかっこいいじゃないですか」 (なんだ、現役じゃないのか) クレアは自分がテラを知らないことに納得した。 いくらなんでも既に引退しているレイヴンは守備範囲外だ。 「実はそのテラが<カラサワ>を携えて一度だけアリーナに戻ってくるのです」 「それはファンとして見に行かなければなりませんね」 のん気に「観戦に行きたい」と答えた玲司とは違い スパイシー社長がどんな依頼をしようとしているのか、クレアは大方気づいた。 (うわー、レージの好きそうな依頼だ……) 「ミスター阿部、あなたにはテラと戦っていただきたい」 (ほらきた) 「当社の製品を使ってミラージュ主催のアリーナでテラを倒してもらいたいのです」 スパイシー社長が脇に控える部下から携帯端末を受け取り ディスプレイを玲司の方にくるっと回転させた。 「KARAKUSA-MK3……」 そこに映し出された<カラサワ>のようで<カラサワ>ではないパーツの名を 玲司はぽつりと呟いて続けた。 「<カラクサ>の最新モデルですか?」 「ええ。<カラクサⅢ>はFM社の集大成であり、次期主力商品です。 ミスター阿部にはこれを使ってテラを倒していただきたい」