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第二章 転機 - (2006/05/28 (日) 11:00:48) のソース
カーテン越しであっても眩しすぎる朝日を感じ、アリア=リーフオルトは目覚めた。 夏特有の部屋の暑さに加え、容赦なく光は降り注ぐ。カーテンなんてなんのその まるで彼女を起こすようにギラギラとその光を全力で放出する。まあ、休んでもらっても困るのだが。 とりあえず目覚めた彼女。今日は非番であり、予定も特に無い。 あると言えば、あの謎の少女についての事くらいだろう。 どうにかしなければならない、でもどうすれば良いのか見当もつかない。 欠伸と共に瞼を擦り、体を目一杯のばす。ベッドの上で。 手を伸ばした先には、何かがあった。柔らかく、大きな何か。 問題のその少女だった、自分の隣で寝ている。寝息も静かに、長い黒髪を携えて。 アリアはこの現状を理解するのに数秒を要した。 (あ…ああ、そうだった) 彼女はソファに眠り、少女にベッドを明け渡す…予定だった。 だが、いざ寝ようとソファに寝転がったがいかんせん寝辛い。堅いのである。 あまり良いソファではない、本当に座る為だけにあるような安物である。故にこの寝辛さ。 「あー…あー…あぁぁぁぁぁぁ!」 あまりのソファの寝辛さに、不機嫌そのものの声を露にするアリア。 きちんとしたベッド、というものがあるが故にソファでの睡眠を試みた事が無かったのだ。 そして彼女、アリア=リーフオルトはこういうことに関しては非常に短気である。 すぐキレる、というものではなかったが。不満に耐える事を快く思わない。 ガバッと勢いよく起き上がり、黙っていれば美しい顔をぶつけようの無い怒りで歪ませる。 怒れる(黙っていれば、そしてよくよく見てみれば)美女に内心驚く謎の少女クレリス。 ソファの上でごろごろ転がり、体勢を変えていた事を見ていた少女には彼女の怒りの原因がすぐに解った。 自分は居候の身である、しかも彼女には既に一飯の恩まである。 そんな彼女が寝辛いという怒りをあらわにしているのだ、少女はごく簡単に結論を出した。 「私がソファで寝るよ」 言いながらベッドから退く少女。 アリアが買い出しでとりあえず用意したパジャマを着用している。 パジャマ美少女に声をかけられた下着にTシャツ一枚という申し訳程度の衣服を身にまとったアリア。 ソファの前に立ち、アリアが退くのを待っていたクレリスだが。アリアは動かない。 膝元の薄っぺらい毛布に目線を落とし、なにやら考え事をしている様子。 (言い出したのは私だし、いくらなんでもこの子をこの堅すぎるソファに…) 結局彼女は少女の予想していなかった答えを口にした。 「もう良いよ、一緒に寝ようよ」 両者が柔らかなベッドで眠る方法。それを聞いた少女は無表情を少しだけ崩し、驚きの顔を示した。 数時間前の、話である。 そんな事を思い出し、寝ている少女の顔を見つめるアリア。 寝グセで四方八方に跳んだ栗色の髪を掻く、ついでに少女の頭を撫でてみたりした。 幼い、10に数を少しオマケした程度の外見年齢の少女である。 澄んだ海のように青い瞳は今は閉じていて見えない。しかし、寝顔は十二分に可愛い。 恋人との同棲中に結婚まで少し考えたアリアである、ちょっとだけ母親気分に浸ってみる事にした。 娘にしては、少々歳が近すぎるが。 少女との同居生活も悪くない、たった一晩を共に過ごしただけで既にそんな感情が生まれていた。 或いは、彼女は「二人」に飢えていたのである。 シャワーを浴びながら、アリアは考えていた。 今日、これからどうしようか。である。具体的には殆どが少女クレリスについてなのだが。 降り注ぐ湯が彼女のしなやかな肢体を打つ。実に見事な曲線美である。 主にレイヴンを扱う警官という堅苦しい肩書きを持ち、仕事中は肩書き通りの堅苦しい制服を纏う彼女。 それ故に彼女自身も堅苦しい人間にみられがちであり、女性として少々損をしていたりする。 実際は(黙っていれば)美女という形容が出来るし、身体も実に女性らしく滑らかかつ柔らかいものである。 少々、自己主張が控え気味な胸だが彼女はそんな事は気にしない。 以前の恋人も、そして自分もその話題には触れた事が無い。彼女にとってはまったくどうでも良い事だった。 世の女性の大半が気にする事だろうが、彼女はまったく気にかけない。まるで存在しないかのように。 とにかく、シャワーを浴びていた。少女の事を考えながら。 当の少女はシャワーの音でようやく目を覚ました。 起き上がりながら隣にいたはずの女性が居ない事を確認し、寝る前の事を少しだけ思い出す。 昨晩、少女は長らく忘れていた人肌の温もりというものを感じていた。 ぶっちゃけていえば早々に眠ったアリアに抱きついてみたのである。 何故そんな事をしたのか自分でも理解できなかった。 「他人の温もりなど、私には必要無い」等と口に出して言ってみたものの、彼女は抱きついたまま眠った。 訳の分からない自分の行動を記憶の端からもみ消して、あたりを見回す。 そうしてやっと、先ほどから聞こえて来た自分を起こした騒音がシャワーの音だと気づいた。 少女と入れかわりに、シャワーを浴び終えたアリアは悩んだ。 少女は自分が記憶喪失だと言った。名前だけは覚えているようだったが、それ以外は特に情報は無い。 レイヴンに過剰に反応するという事だけが唯一の手がかりだった。 さて、ではどうするか。 娘を持つレイヴンを調べる。彼女が最初に考えた手だった、だがこれはすぐに却下する。 娘が行方不明になったレイヴンは今のところ居ない。 そういう事件なら彼女が良く知っているはずだった。そういう仕事をしているのだから当然である。 やはり医者に診せるのが良いのだろうか、記憶喪失であるからそれが一番妥当ではある。 とにかく、彼女をどうにかしなければならない。 少女との暮らしを楽しく感じられては居るが、そんなものはただの一時の感情の揺れに過ぎない。 冷酷なまでに自己分析を下し、今後の方針を決める。 結局出した答えは、現状保留という名目の休日を楽しく過ごす。というものだった。 天高く昇った太陽が、大小さまざまなビルを明るく照らす。 反射する光、直接降り注ぐ光。まさに天気は快晴そのものだった。気温も適度に暖かい。 そんな大通りの中を奇妙な3人組が歩いていた。 奇妙なのはその中の一人なのだが、おかげで3人全員が注目の的である。 どこぞの高貴な貴族のお嬢様とみまごうばかりの盛装の女性・プリマである。 このお祈りの時だけ修道女姿のおかしな不真面目信者は、それ以外でも可笑しかった。 実は彼女、本当にお嬢様なのである。貴族の娘ではないが、それなりに裕福な家に生まれた。 そのせいか定かではないが、少々、いやだいぶ、かなり性格が一般のそれとずれている。 格好を見ればそんな事は一目瞭然、明らかに異質である。 勿論周りの一目は全て彼女が独り占め、注目の的である。 しかし、当人はまったくそれを気にかけず堂々と歩を進める。 彼女の後ろを歩くアリアとクレリスも彼女を特に気にしない。自分達も一緒に注目の的なのも、気にしない。 場違いだが、非常に美しい女性・プリマ。 相変わらず泣く直前のような顔をしているが、表情とは裏腹に図太い性格の持ち主である。 それに続く(黙っていれば)美女と(無愛想な無表情を浮かべる)美少女。 二人の格好は一般のそれと大差ないが、前を歩くお嬢様のおかげで一緒に周囲の目を集めている。 元々美女3人組というだけで注目を集める集団ではあったが、それに拍車がかっている。 彼女達が目指しているのはショッピングモール。目的もショッピングである。 アリアが下した決断は、少女と普通に休日を楽しく過ごす。内容はショッピング。 付き合いの長いプリマを当然のように誘い、今こうして大通りを闊歩している。 「道を空けてくれるのは嬉しいね」 その原因が自分にあるとは考えもせず、先頭を歩くプリマが嬉しそうに言う。 「当然と言えば当然なんだけどね」 原因を知りつつも、気にかけないアリア。少女は相変わらず無言・無表情。 三度目だが、目的はショッピング。ただの休日の余暇の過ごし方である。そのはずだった。 目的地に辿りついた彼女達は衣服を物色し、雑貨を物色し、飲食物も物色した。 既に3人はそれなりの成果の現れである買い物袋や紙袋を引っさげている。 何の不都合も無く、クレリスというアリアの心配要素も杞憂に終わった。 クレリスは普通に買い物と食事を楽しんでいたのである。笑顔までこぼれた。 成果は上々だと言っていいだろう。無表情を崩す事に迄成功したのだから。 白く螺旋を描き、高く積み重なるそれ。 上に行けば行く程その直径は短くなり、螺旋で出来た山のようにも見えるそれ。 土台である茶色い三角錐、その上にそれはある。 程よい冷気をかもしだしつつ、しかしそれは長くは続かない儚い存在。 …要するにソフトクリーム・食後のデザートを手に3人は歩を進める。 各々空いたもう片方の手にはそれぞれ多種多様な袋を下げている。 「これは…どうやって食べるの?」 クレリスが意外な言葉を口にした。無論2人は驚いたが、説明する。 「ん?どう、って…そのまんまこうやって」 と、言い終えると思い切りかぶりつくプリマ。3分の1がコーン上から消え去る。 本来なら舐める、という選択肢が普通である。 しかし、彼女はそんな面倒な食べ方をしない。どこまでもおおざっぱな女性である。 泣きそうな顔は常のままだが、どこまでも奇妙である。 クレリスはそんなプリマを面白い人物だ、とまで捕らえていた。 そう、クレリスは純粋に2人との行動を楽しんでいた。何もかもを忘れて。 勿論、彼女は記憶喪失などではない。ただの嘘である。 医者に連れて行かれて困る事でもない、実際ここ数年は装置の中で過ごしていたのだ。 その間の記憶は確かに無いし、いくらでも彼女には逃げ道がある。 アリアの世話にならずとも1人で生きて行く事は容易であるし、2人で暮らす事にも問題は無い。 その中で娯楽を楽しんでも誰も彼女を咎めない。背徳感も何も無い。 ただ、自分が装置の中で眠らされていたという事実。 アリアによって解放されたという事実。今や彼女は自由の身である。 自分の目覚めは必然だったと、彼女は考えもしない。純粋に自由を喜んでいるだけである。 「お、あったあった」 無造作に設置されたベンチに腰掛けるアリア。明るい日差しが彼女を貫く。 最低限の薄化粧で爆発的な効果を生む整った顔立ちに容赦なく紫外線が降り注ぐ。 流石にこれは女性として無視するわけにはいかない、とばかり日陰のベンチに座り直す。 隣に二人も座る。泣きそうな顔の美女と無表情の美少女。 「うーん、ポカポカ陽気は良いわぁ…」 言い終えると、最後に残ったコーンを口に放り込み噛み砕くプリマ。清楚の欠片も無い。 「頭の中が常にポカポカ陽気も良い所、沸騰してんでしょ」 と、ソフトクリームを舐めながら酷く失礼な事を言うアリア。 隣のクレリスは結局彼女の食べ方を真似し、舐める。 「…」 アリアの言葉に怒って言葉を止めているわけではない。何を言い返そうか考えている訳でもない。 なぜなら彼女からのこの言葉はこれが初めてではない、最初こそ否定したものの今となっては何も無い。 ベンチに座り込み、ソフトクリームを舐め続けるクレリス。 心無しか微笑んでいるようにも見える。雑踏を目の前に、ただただ舐め続ける。 そんな少女を横目に、アリアは思わず笑みをこぼした。 (可愛いなぁ…) 素直に、そう思っていた。実に平和な、休日のひととき。 彼女を連れて来たのは正解だった、と胸中で喜んだ。 そしてその平和な休日のひとときを、突然の悲鳴が非日常へと誘った。 「きゃぁぁああああああー!」 女性特有の、甲高い叫び声。アリアの目の前の雑踏から発せられた非日常。 思わず、彼女はベンチから飛び出し悲鳴のあった場所へと一目散に走り出していた。 職業柄、彼女はこういう事を放っておけない。放っておいては、職業が成り立たない。 取り残された二人はお互い顔を見合わせ、それから沈黙した。 走る。ひたすらに走る。 悲鳴の場所は探さなくとも分かった、人だかりが出来ている。 人を押しのけ、背中に文句をうけつつも進む歩を止めない。 最後の人垣を押しのけ、彼女が見たものは血を流し、地面に倒れる一人の女性。 直ぐにかけつけ、安否を確認する。 「あ…」 直ぐに解った。銃で撃たれたという事、そして既に生命活動を停止しているという事。 だからといって、その場でへたれ込むような馬鹿な事はしない。 すぐに周りを見渡す、円形に死体を囲むように人だかりができてしまっている。 彼女は遠くを見るため、勢い良くその場で跳躍し、視点を上に持って行った。 着地、そして場所を確認する。 そこへ、同じ部署の同僚が運良くかけつけた。彼もこの場にいたらしい。 「アリア!何が…」 尻すぼみで消えて行った声、死体を確認した所為だ。 ラフな格好に身を包んだ男から発せられた声に、直ぐに反応する。 「ここは任せたわ!」 それだけ言い残し、彼女は走り出した。 彼女の進行方向に居た人の壁は、彼女をまるで危険物のように躱し、道をひとりでに空けていく。 彼女は跳躍の最中、見た。 黒いフードのを被った後頭部と思わしき人の頭を。 この人だかりの中で後頭部、つまり後ろを向いているという事はこの場から去ろうとしている。 偶然後ろを向いていただけかもしれないが、黒いフードで顔を隠しているという事。 なにより彼女の勘が「あいつだ!」と叫んでいた。 彼女は勝手に道をあけてくれる人に心中で感謝を告げながら、進んで行く。 人垣を越えたあたりで、再度周りを見渡す。 (黒フード…黒フード…) 居た。 ビルの一つに今まさに入らんとしている所だ。 彼女は瞬間、走り出した。その時、フード越しに目が合ったような気がした。 取り残されたプリマとクレリスは結局事件の現場へと赴いていた。 アリアと違った理由で人が道を空けてくれるため、容易に最前列へと出る事が出来た。 男が携帯電話になにやら叫んでいる。傍らには女性の死体。 確認したプリマは思わずクレリスの視界を遮ろうとしたが、彼女が拒否した。 その意思が強く感じられて、プリマは諦めた。見せたいはずは…無かったのだが。 「ああ、そうだ!街中だよ。そうだ…ああと…待ってくれ」 携帯電話に叫び続ける男。 人垣はざわめきと疑惑の声で溢れている。 死体と一定距離を保ち、それ以上近づこうとはしない。 人垣から2人、また人が飛び出した。おそらくは電話をかけている男と同じ立場の人間だろう。 「くそっ、何があった?犯人は?どうなってる!?」 男に語りかける女性。もう一人、無言で死体を確認する男性。 「…この姉ちゃん、シルフィードだ…」 「シル…レイヴンのか…?」 この二人のやりとりに、電話の男が固まった。 「おいおい…まさかまた例のアレか…?」 クレリスはレイヴンだという女性の顔を見、それから空を見上げ、呟いた。 「嗚呼…」と、それだけを、呟いた。 隣に立つプリマはその少女の声に深い感情の現れを感じたが、それが何かは解らなかった。 黒コートにフードといういかにもそれらしい格好の(おそらく)男を追って、ビルへと入ったアリア。 彼女は今、無論丸腰である。 しかし、女性が撃たれているという事実から奴は拳銃を所持している事は明らかだった。 (分が悪いからって諦めるわけにはいかないのよね!) 勢い良く飛びこみ、あたりを確認するアリア。全力疾走のおかげで肩で息をしている。 栗色のポニーテール、そのこめかみあたりから一筋、汗が流れた。 ビル内部は吹き抜けになっており、階層が一望出来た。 そして見つけた。駆けて行く黒コートの(おそらく)男を。 (2解!) 確認して、非常階段を目指してまたも全力疾走。 髪をなびかせ、ひた走る彼女。勢い良く階段を上り、直ぐに2階へ昇る。 扉を開け、またすぐに確認する。黒コートは一つのドアをくぐっていった。 場所を記憶し、また走る。体力と脚の速さにはそれなりに自信のあるアリア。 実は武術も嗜んでおり、捕らえる自信も、またあった。 黒コートの通ったドアを蹴り開けると、眼前に廊下が広がった。 突き当たりはどうやら外部に繋がるもう一つの非常階段のようだった。 またも勢い良く走り出し、非常階段へと躍り出る。 眼前に広がる裏路地と階段の上下も確認する。黒コートの姿は無い。 「ハッ…ハッ…ハッ…あぁー…」 その場にへたり込むアリア。 逃げられてしまった。恐らくはここから降り、裏路地の奥へと消えたのだろう。 その証拠に、梯子が一つ眼下に転がっている。 「まったく…用意が良いわね…」 飛び降りるには高すぎる。アリアには、吐き捨てる事しか出来なかった。 アリアとはぐれた(彼女が一方的に去ったのだが)2人は何事も無かったように歩いている。 先ほどの事件の後だというのにプリマは常の状態に戻っている。 クレリスもわだかまりを感じつつ、彼女の隣を歩く。 「クレリスちゃん、どうする?」 プリマの問いかけに、クレリスは少し困った。 アリアに連れてこられた(という表現が実は正しい)ので、彼女は別段何かしたいわけではない。 それでも、なんとかしようと考え少し自分に甘えてみる事にした。 「…ソフトクリームをもう一個食べたい」 彼女は、ソフトクリームを気に入っていた。 ソフトクリームを2つ(結局自分の分も)を手に歩み寄るプリマ。 彼女には何かしら人を安心させる何かがある、とクレリスは感じていた。 「はい」 「ありがとう」 一つを受け取り、少しだけの笑顔で返すクレリス。 先ほど生の死体を見たとは思えない平和ぶりを披露する二人。 忘れたわけではないが、わざわざ蒸し返す事でもなかった。彼女達には直接は関係無い。 だが、クレリスはやはりもやもやしたものを胸中に抱えていた。 ソフトクリームを目の前に、しかめっ面をするクレリス。 見かねたプリマが彼女の肩を軽く叩く。振り向いたクレリスにプリマはただ笑顔を投げかけた。 美しい笑顔だった、でもやはり、彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。 「それで…逃げられた、と」 「あ…はい、すいません」 「良いのよ、そこまでの準備があれば逃げられて当然だわ…」 字面はそうだが、声には自分が悪いと思わせる何かがある。 この上司に失敗報告するのはアリアの苦手とすることだった。 勿論、失敗をしなければ良いだけなのだが。そこまで完璧な人間ではない。 「それに…貴方の脚で追いつけなかったのなら…」 「はぁ…」 これは自分も悔しかった、脚の速さには自信があったのに。 「まぁ、詳しい報告は明日で良いわ。折角の非番なんだし」 せいぜい明日に怯えなさい。というニュアンスが含まれているような気がしてならない。 被害妄想ではあるが、どうもそういう気持ちにさせる声なのだ。 「はい、では」 携帯電話の電源を切り、ため息をつくアリア。足取りも重い。 実際はその後すぐにプリマと連絡を取り、待ち合わせ場所を決めたアリア。 突っ走った事に関してプリマは何も聞いてこなかった。彼女なりの配慮か、単に興味が無いのか。 いつだったか、そう、昨晩通った道。買い物袋をひっさげて、通った道。 そして、歩く彼女に不意に声がかけられた。 「ちょっとあんた」 周りに人は居ない、あんた呼ばわりされるのは自分だけだった。 くるりと栗色のポニーテールをなびかせ振り向くアリア。 いかにも占い師といった店を構える女性。お世辞にも若いとは言えない。 オールバックの髪の下、鋭いまなざしから嫌に強く光が放たれている。 「はぁ…なんでしょう」 ダルそうに、アリアは答えた。 「とにかく、座んなさい」 と、目の前にある椅子に座るよう促す占い師。アリアは素直に座った。 なんとなく逆らってはいけないような気がしたのだ。 ふと傍らにある看板を見てみる、『占い師カヅコ・ホリキ』と書かれている。名前などどうでも良いのだが。 「あんた、良くないねぇ」 初対面の占い師に突然失礼な事を言われ、眉根を潜めるアリア。 確かに良くはない、むしろ悪い事が今起きたばかりである。だが失礼だ。 「はぁ」とだけ短く返す、占い師カヅコは続ける。 「拾い物を逃すんじゃないよ、しっかり掴んでおきなさい」 訳の分からない事を言い出す占い師、だが思い当たる…そう、最近拾ったのは美少女である。 拾った、というのだろうか。と首をかしげるアリア。カヅコはまだ続ける。 「追うんじゃなくて、誘い込みなさい。協力者が出て来るから」 今度も、また思い当たる節がある。一体なんだろうこの人は。 「良い?言うわよ?」 何をですか、と聞きたかったが。我慢する。 答えを聞かずにずけずけと言ってのける失礼な占い師・カヅコ。 「選択を迫られる。でも主観で考えちゃ駄目。客観的に物事を見つめなさい」 嫌に真剣な顔つきで言う。アリアは怖じ気づいたが、でも聞かずにはいられなかった。 「さもないと…」 「え…?」 一瞬の沈黙。 「死ぬわよ」 強烈な一言。アリアは絶句した。 それから後の事は彼女はあまり良く覚えていない。 死ぬ、なんて言われてしまってはショックは大きい。 しかし、あの人は一体何だったんだろうと考えにふける。信じるのもどうかと思う。 そんな事は、待ち合わせ場所で彼女を迎えてくれたプリマとクレリスの笑顔を見て、吹き飛んだ。 常の無表情を感じさせない少女の笑顔と、泣きそうな(だけだが)顔の笑顔。 思わずアリアは、二人を抱きしめた。 まるで逃したくない平和を、日常を抱きしめるように。