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F-4ブロックの“学園”、校長室。
そこは、大統領の執務場だった。
「ヘイ、メェーン……」
校長専用の座席にて、屈強な黒人男性が踏ん反り返っている。
男は厚手のストリートファッションを纏い、ジャラジャラしたアクセサリーを身に着けていた。
彼は大層ふてぶてしく、椅子の背にもたれかかるように鎮座する。
「聴こえるか、親愛なるブラザーとシスター。
聴こえるか、偉大なる主(ビッグ・ダディ)よ」
気怠げな伏せ目でリリックを口ずさみ、男は“聖書”を机の上に置いている。
要点のみを纏めた簡易版聖書である。彼の私物だ。
些細な代物に過ぎないためか、没収を免れていた。
「So help me God(俺は此処に誓う)……」
男は厳つい右手を聖書の上に乗せる。
――――聖書への宣誓である。
彼はこれより、神に誓って宣言をする。
つい先程、修道女ソピアが神への憎悪を滲ませたことなどお構いなしに。
「この島をアメリカ合衆国・第185番目の州とする」
今ここに、大統領令が発令された。
この儀式場は合衆国の州となったのだ。
「この学園は――――臨時大統領府だ」
全球凍結現象に端を発する危機的状況を経て、アメリカ合衆国は大いなる変革を迎えた。
非常事態における“合衆国の主権”を守るための超法規的措置により、あらゆる土地を大統領の一存で州に組み込むことが可能になった。
この措置が功を成し、現在アメリカ合衆国の領土は建国史上最大規模にまで拡張されている。
かつて旧大陸でアレキサンダー大王やチンギス・ハーンが覇権を築き上げたのと同じように。
混迷の世の中で、合衆国は常軌を逸した超巨大国家と化していた。
「Yeah……」
これもまた第49代合衆国大統領――エンブリオ・“ギャングスタ”・ゴールドスミスの辣腕による賜物である。
彼はこの混沌の時代においてタトゥーまみれの官僚達を率いて、政権の困難な舵取りを乗りこなす政治家だ。
なんたる行動力。なんたる実行力。昨今の政治家に足りない資質の持ち主と言えよう。
星条旗よ永遠なれ。合衆国よ永遠なれ。ヒップホップよ永遠なれ。
大統領は流麗に両手を動かし、己のヴァイブスを指先で表現する。
その所作が、そのリズムが、クールなグルーヴを体現する。
――――尤も、全ては“自称”に過ぎない。
彼は自称大統領。超法規的措置も、憲法改正も、彼が勝手に主張しているだけの嘘っぱちである。
合衆国の領土拡大も彼の妄想に等しい一方的な宣言である。
議会の承認もへったくれもない。まず議会が消滅しているのだから。
アメリカに限らず、全世界で国家は崩壊しているのだ。
そもそも元を辿ればこの男、社会崩壊のどさくさに紛れてホワイトハウスを占拠しただけのギャングでしかない。
政府の閣僚たちも全員自称、というかエンブリオが勝手に任命している。
閣僚の大半は西海岸の混乱を生き延びたゴロツキ達である。
つまるところ彼は廃墟の官邸に居座り、仲間を率いて勝手に大統領を名乗り、恥も外聞もなく政権の真似事をしているのだ。
そして彼は、さも当たり前のように国家の復権を約束している。
もしやラリっているのか。
頭は大丈夫なのだろうか。
正常な思考力は保てているだろうか。
十分な睡眠時間は取れているだろうか?
「Keep it real(本物であれ)……」
されど、ここは一旦落ち着いて考えてみよう。
彼もこう言っているのだ。嘘だからといって、安易に偽物と断じてはならない。
現在、アメリカの政治機構は崩壊して久しい。
よって他に合衆国大統領に当たる人物は存在しないし、見方によっては彼を臨時政府と見なせるかもしれない。
彼は機能不全に陥った合衆国政府の自主的な補完を行っている――そのように好意的な解釈をすることも出来なくはない。
なれば現時点では彼こそが法であり、秩序と呼べるのではないだろうか?
合衆国の独立宣言曰く、現政府の不備や腐敗が発生した場合に人々は新たな政府を樹立することが出来るのだ。
彼はひょっとすると、新たな政府を樹立していると言えなくもないのかもしれない。
それを踏まえるとこのエンブリオという男、現時点ではまだ弾劾されていないのである。
たとえ彼が自称大統領に過ぎないとしても、彼から大統領としての権限を奪うための法的な手続きは執行されていないのだ。
そして――――彼が体現する“自立の精神”を、果たしてアメリカという国家は否定できるだろうか。
「I'm the great president……」
よって現時点では、ひとまず彼を合衆国大統領として扱わせて頂くことにする。
彼もこう言っているのだ。その意志を無下にしてはならないだろう。
◆
窓の外では、いつものように白雪(スノーフォール)が絶え間なく降り注いでいる。
世界が寒冷化を迎えて以来、もはや太陽と青空を拝める日は喪われた。
年中を通して、外を眺めれば白と灰の光景が広がり続ける。
それは終焉の世界か。あるいは停滞の世界か。
少なくとも、今の人類は希望を取り零している。
彼らは未来を夢見ることも出来ず、細々と命を繋いでいる。
見下すように眠たげな眼差しが、寒々しい情景を一瞥した。
黒肌の仏頂面が、185番目の州となった島の景色を見つめている。
彼は国家元首なのだ。自らの統治する国を慈しむのは当然である。
校長用の座席の後方には窓がある――椅子を回転させれば、外界の雪景色を眺めることが出来た。
冷ややかな空気が窓越しに伝わってくる。今の時代、防寒具を手放して生き抜くことなど不可能である。
氷結(アイスキューブ)に覆われた世界。震える凍土は、その目に焼き付けるだけでも寒気を抱きかねない。
果たして神はこの世界を見放したのか、否か。
大統領は考える――今は審判の時なのだ、と。
大統領は既に名簿へと目を通していた。
自らが知る名を一通り確認し、窓の外を眺めながらそれらを咀嚼する。
「アーロン・J・ラッドフォード。
西海岸(ウエストサイド)の同胞がいやがる。
これは何の因果か?何の宿命か?神よ聴こえるか。
俺たちを引き合わせたのは運命か――――」
西海岸の情熱的な景色も、遠い記憶になってしまった。
今やアメリカ全土も白銀の世界と化しているのだから。
そんな中で政府官僚を除き、数少ない貴重な“同郷の男”がこの場にいた。
彼もまた西海岸出身。彼もまたスラム出身。共に野良犬上がりだ。
違いがあるとすれば、大統領はカルチャーに生き、あの男はギャンブルに生きたということだ。
「そしてシルヴィ!お前もいたか。
俺の専属SP、偉大なる守護神!
利害一致の美しき剣(ツルギ)。
しかし、この地ではどうだ?
果たして敵か味方か――――?」
名簿には大統領の専属SPであるシルヴァリオ・ロックウェルの名もあった。
かつて闇市場で出会い、自らの護衛としてスカウトした人物である。
極めて冷静沈着で口数が少なく、グルーヴに欠けた男だが――。
彼の思惑を理解した上で、互いの利害一致によって傍に置いていた。
言わばビジネスライク。大統領は彼の能力を信頼している。
されどこの場においても共闘するか否かは、まだ考慮の余地がある。
魔王だの、姫だの、噂に聞く十二崩壊とやらに連なる名も見かけた。
しかし――そんなモンはクソだ、マザファッカ。
大統領は大胆にも、傲岸不遜にもそう断言する。
例え奴らが12人いようとも、合衆国は185もの州が連なる巨大連邦国家だ。
数が違う。規模が違う。歴史が違う。威光が違う。
よって本質的には雑魚に過ぎないと言える。
「如何なる災厄だろうと、“自由と開拓の精神”は決して覆せないのさ」
イェア、と指輪だらけの両手を突き出してポーズを決める大統領。
正義は負けない。人の勇気をナメるなよ。
大統領は揺るぎない意志(厚顔無恥と呼ぶべきか)を胸に、虚空へ向けて言い放つ。
その他にも幾つか知っている名は見かけたが、どの道やることは決まっている。
大統領は、この儀式を生き残る――つまり殺し合いに乗るのだ。
全ては国家存続、国家繁栄の為に。合衆国を復活させる為にも、この場で勝ち残る。
「そう、俺のスピリッツは決して負けない。
俺は国を背負う男。俺こそが政府なのだ。
故に、俺は生き残らねばならない――――」
因みに西暦2035年の氷河時代において、アメリカの国歌がギャングスタ・ラップに改正されたことを読者諸君らはご存知だろうか?
“国家の偉大なる復権のためには、偉大なるビートとリリックが必要である”。
彼は保守・リベラルを超越した政治信条に基づき、建国史上初となる国歌改正を決定したのだ。
偉大なり西海岸。偉大なり先駆者達。
ビガップ、ブラザー(ありがとう悪童の兄弟達よ)。
大統領はヒップホップを継承してきた先人達の熱きソウルに深く感謝する。
世界寒冷化を経て社会は崩壊したが、偉大な指導者の出現によってアメリカは再起へと進んでいる(少なくとも大統領的にはそう)。
軽妙に紡がれるフレーズとメロディが、この氷河期に西海岸の旋風を巻き起こす――彼はそう信じていた。
大統領はホットに滾る己のソウルに酔いしれる。クールガイ、プレジデント。
しかし復権へと向かっているとはいえ、アメリカは未だに深刻な非常事態の渦中に置かれているのもまた事実。
異常な寒冷化現象は今なお全世界を覆い尽くしている――つい先日にも教育省長官“マッドドッグ・ジェイク”が凍死した。
子ども達の未来のために尽くした狂犬、マッドドッグ教育省長官は国葬によって盛大に弔われた。
大統領専属SPであるシルヴィの“一度でも触れた武器を複製する神禍”で作り上げた弔砲を天へと放ち、閣僚一同と共にその死を悼んだ。
レストインピース、ブラザー(あばよ、ダチ公)。
リリックに包まれてあれ。子ども達の未来に幸あれ。
教育省長官の後任にはヤクの帝王“ダーティ・スモーキンボーイ”を任命した。
――――さて、話を戻そう。
過酷な世界で合衆国復興を目指す大統領閣下にとって、この儀式は思っても見ない僥倖だったと言える。
修道女ソピア曰く、この殺し合いの果てに“世界は救われる”。
儀式によって得られた糧が聖女ルクシエルに注ぎ込まれ、世界でも類を見ぬ“癒やしの力”によって極寒の大地を浄化するのだという。
そして救済の果てに、人の手による“永年王国”が築かれるそうだ。
事実か否か。トゥルー・オア・フォルス。
それはまだ定かでさないが――どちらにせよ、この殺し合いに勝ち残らねばならないことには変わらない。
よって一先ずソピアの言葉を真として扱った上で、生還を見越した方針を立てることにした。
大統領はこんなところでは死ねない。
彼には国家を背負う大義(?)がある。
故にエンブリオは、己の道筋を見据える。
「アイ・ハブ・ア・ドリーム――――」
儀式で生き残った暁には、“永年王国”の暫定元首になるであろう修道女ソピアとの首脳会談を行う。
“永年王国”との国交を樹立させ、合衆国との友好の証にルクシエルをファースト・レディとして迎え入れる。
そして救済を経た世界で、真に終わらない無敵の連邦国家を築き上げる。
――――“永年合衆国(エターナル・ユナイテッド・ステーツ)”を作るのだ。
そもそもソピアは別に国家元首とかではないのだが、大統領的にはそういうことになっている。
政治の駆け引きとは常に不条理の塊である。
大統領は座席に踏ん反り返ったまま、リズムに乗って軽妙なリリックを口ずさむ。
既に神禍は展開している――自らの“結界”を展開し、その内部で空気の震動を自在に操る能力。
震動を多彩な攻防に用いる他、音を操りビートを増幅させることも出来るのだ。
この大統領府(学園)は、文字通りエンブリオの領域と化している。
彼はひとまず、大統領府で他の参加者を待ち受けることにした。
極寒の世界において、寒さを凌ぐための“施設”の重要度は紛れもなく高い。
故に他の参加者達の中にも、施設の確保や調査を行おうとする者は現れるだろう。
そうして誘き寄せられた参加者達を、自らのフィールドで排除する。
シルヴィのように利害一致で組めそうな相手ならば、臨時閣僚として登用する。
大統領は当面の方針をそのように規定する――ここはオフィスにして狩場だ。
仮に施設の維持が限界になれば、此処を放棄することも視野に入れる。
その場合には会場の視察を行えばいい。近場の聖域とやらを見てみたい。
なお会場は既に合衆国領なので、彼が探索をすることは“視察”にあたる。
勝手に決めておいて何が領土だと思うかもしれないが、超法規的措置なので仕方がないのだ。
「聴こえるか、お前ら。父なる神よ。
バイブスが上がってきたぜ――――」
大統領は、再びコンパクト版聖書へと手を当てる。
神への誓いを行いながら、軽妙なビートボックスを奏でる。
合衆国大統領は、聖女の儀式場で執務を執り行う。
自らの勝利を掴み取るべく、マスター・オブ・セレモニーズと化す。
「俺こそがBIG BOSSなのだ……」
アメリカン・スピリットを讃えよ。
クールなビートは不滅である。
大統領は自らのソウルを高揚させる。
ありがとうブラザー。ありがとうシスター。
全ての愛しき同胞達(ニガー)に感謝を。
ヒップホップでは黒人同士の親しみを示す呼びかけとして使われるが、大変な差別用語なので使用には気をつけよう。
【F-4/学園(合衆国・臨時大統領府)/一日目・深夜】
【エンブリオ・“ギャングスタ”・ゴールドスミス】
[状態]:ビートにあふれている
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、不明支給品、コンパクト版聖書(エンブリオの私物)
[方針]
基本:殺し合いに勝ち残り、永年王国との国交を樹立。ルクシエルをファースト・レディとして迎え入れて“永年合衆国”を築く。
1.暫く学園で参加者を待ち受ける。使える者は官僚として迎え入れ、排除すべき者には武力行使。
2.気が向いたら聖域への視察にも赴きたい(この島は合衆国なので会場探索は視察に当たる)。
※会場の孤島を合衆国185番目の州に認定しました。
※F-4 学園を合衆国の臨時大統領府に定めました。神禍の“結界”を展開しています。
※結界の範囲は後のリレーにお任せします。
最終更新:2025年07月05日 23:06