【0】
――次回! 大幹部ジュータインの猛攻に敗れ、撤退した二人のレッド。囚われた仲間達の公開処刑の時が迫る。 「背負った荷物、もう全部投げ出してぇよ」「わかる。私も怖いや。でも」「待ってくれている人が、こんなに沢山いる……!」 第24話『正義のプレゼントを君に』。来週日曜のお届け予定!
「……お姉ちゃん、本当に勝てるのこれ?」
「大丈夫、ちゃんとマジで勝ったから。あ、もちろんネタバレ厳禁ね。震えて待て~」
日曜日。窓から差し込むうららかな日光を浴びながら迎える、午前9時58分。
テレビ画面の中で生傷だらけの顔面に恐怖を堪えた力ない笑みを浮かべていた女性と、ソファの隣でふふんと得意げに笑う女性のつやつやの顔を見比べながら。同じ顔の人間なのに、表情の作り方一つでまるで別人に変わるものだと、もう何十度目になるかもわからない感想を優希は抱く。
役者の仕事とは、十人十色を一人で表現する芝居の技術。レンズ越しに映るのは、その肉体に魂を宿した、台本上の架空の別人の姿。
いよいよ女優としての名前が売れ始めた今になっても、新鮮な感覚はしばしば抱くものである。
大学進学を機に上京し、部屋に転がり込んで共同生活を始めてから、かれこれ一年以上が経ち。実家から場所を変えて、日常の中で素のままに振舞う『お姉ちゃん』をまた見慣れるようになったのだから、その感情は尚更だ。
「私、あと半年はこの調子で反応を面白がられるのかあ……」
「出演者の特権だもん。視聴者代表としてしっかり見せておくれ、頼れる妹よ?」
毎年代替わりしながら数十年間に渡って放映され続け、子供達に愛されてきた『戦隊ヒーロー』の番組シリーズ。
第何弾だったかは忘れたが、2030年の新作は、メンバー内に男女二人の「レッド」を配置したダブル主演の制作体制が注目を浴びていた。シリーズの存在感を世間にアピールしつつ、本命である玩具の販促も成立させるための施策を毎年苦心して編み出していて、その一環としてのかなり挑戦的な試み、らしい。
前に『お姉ちゃん』の晩酌に付き合いながら聞いたそんな話を、なんだかいろいろ大変なんだなあ、と優希はぼんやりと受け止めていた。
小学校に入る前くらいまでは見ていた女児向けアニメの後で偶に見た、または第一線で活躍する有名俳優の出世作として紹介されるのを偶に見かける男児向け番組という印象しか無かったのだから、仕方が無い。
優希自身はあいにく、『戦隊ヒーロー』に対しての造詣など持ち合わせていないのだ。
「そういうの、ネットの感想漁った方がわかると思うけど」
「生の感情が見たいのー。あたしの目の前で、いっぱい一喜一憂してほしいのー!」
半年後に放送予定の最終回分まで撮影が済み、オールアップの報告もSNSに投稿したばかりの『お姉ちゃん』は、腰を据えて自分の目で世間の反応を確かめてほしいと制作スタッフから言われているそうだ。
各種メディアからのインタビュー対応。クイズバラエティ番組への出演。青年週刊誌向けのグラビア撮影。守秘義務の関係で教えてくれないが、その言い方の時点で起用が決まっているらしいとわかる新しいテレビドラマか何か。等々。
少しずつ多忙になり、番組のリアルタイム視聴も今後難しくなっていくかもしれない『お姉ちゃん』の貴重な楽しみが、優希と一緒の時間だった。
高校卒業を機に役者の道を志してから五年以上、下積み期間を経て掴んだ主演のチャンス。新進気鋭の若手俳優を一年間かけて育成する場は、次代のスターを求める芸能界でも注目の的。厳しい視線を物ともせず、時に演技を磨き、時に現場の空気を和ませ、『お姉ちゃん』は業界内での評価を獲得していった。
これから数年間は、特需という形で露出の機会に恵まれる。その先を生き残れるかは貴方次第だ。マネージャーからの忠告をしかと肝に銘じ、どんな仕事も着実な成長の機会にしていくつもりだという。
驕りでも侮りでもなく、『お姉ちゃん』なら出世コースを駆け上がっていけるんじゃないかと、特に疑いもなく優希は信じていた。
人生で一番身近だからこその、一番の偉人への評価だった。
「インタビューのネタの提供ってことで一つさ。てか、優希もいつかあたしと一緒になんか出てみない? 密着取材の流れで自宅訪問とか、そのうちやるかもじゃん?」
「え、普通にやだ……私カメラとか苦手だし……」
「人の視線にも慣れときなー? 未来のトレーナー」
身体を動かすのは好きだが、自分自身が活躍して脚光を浴びようというポジションはどうにも馴染まない。どちらかというと、主役に相応しい人達を陰ながらサポートする方が性に合っている。
そういうわけなので、優希はアスリートやアイドル、または青少年を指導するトレーナーの仕事を志して進学したわけなのだが。数年後の就職先次第では、『お姉ちゃん』の撮影にも携わる機会が巡ってきたりするのだろうか。
同業の人達の前で「うちの可愛い妹ですよ~!」なんて調子で溺愛されそうだな? 想像したら口がへの字に曲がり、内心を察せられたのか頭を小突かれた。
「ほら、もしかしたら子供相手の仕事もやるかもしれないじゃん? そういう時に備えて、元気出していかなきゃ」
「それもそうだけど……お姉ちゃんはどうなの? ショーとかで子供達の前に出た時、どうだった?」
「私? 当然、」
どんと胸を張る。その逞しい姿こそ、『お姉ちゃん』が自分とは違うと思える何よりのポイントだ。
「みんなの憧れるオトナやれて、最高。誇らしい。オーディション勝ち抜いた甲斐あり過ぎ。みたいな気分? あ、これもインタビューで擦ると思う」
「超自慢げだー」
「そりゃあね。別に、私の将来のためだけに獲ったわけじゃないし。清く正しいヒーローでありたい、ってのは真面目な本音よ?」
いつかの未来、『お姉ちゃん』の積み重ねた女優のキャリアの中で、『戦隊ヒーロー』の存在感は自然と小さくなっていくのだろう。今の優希が、芸能界の名優達に向ける視線がそうであるように。
そうだとしても、優希は、子供達はきっと忘れないのだ。「レッド」に選ばれるに相応しい、自由奔放で明朗快活な『お姉ちゃん』の雄姿を。
「優希もさ。どんな形でもいいけど、これから見つけなよ」
「見つける?」
「優希なりの、好きな色。私はこれをやれるんだって胸張れる、優希なりの夢ってやつ!」
「…………………………………………夢だ」
2035年、某月某日、たぶん朝。
勝手に間借りしている廃屋の中、軋む床の上で優希は目を覚ます。
擦りながら目を凝らした先には、今時珍しく液晶テレビが鎮座していた。今や懐かしい、日本の大手メーカーの製品だ。米国でまたお目にかかれるとは思わなかった。
尤も、画面は割れているし、電源が入ることも二度とないが。本来の役目を果たせなくなった、ただの廃棄され損なった置物だ。
真っ黒の画面に映るのは、優希の暗い表情。25歳になった優希の顔つきには、相変わらず貫禄など無い。もう『お姉ちゃん』の歳も追い越したのにな、と思うと嫌になる。
地球全土が凍結してから程なくして、『お姉ちゃん』は命を落とした。
変身ヒーローの力が現実になることも、代替となり得る神禍に目覚めることも無いままに。
大勢に悼んでもらえることの無い、無名の人間としての寂しい死だった。
『お姉ちゃん』の死は、同時に『戦隊ヒーロー』の死でもあった。
電力を失った社会で、テレビ番組は制作されず、放映されず、視聴されない。
価値を失った番組は、もはや人々に記憶されず、共有されず、伝承されない。
子供達を楽しませる娯楽は、作り手である大人達の死によって、その歴史に終止符を打った。虚構の正義は、圧倒的な現実の前に無力だった。
「……つめた」
肌身離さず着けている、左手首の鈍い輝きに目を落とす。
今の地球上できっと唯一、『戦隊ヒーロー』が未だに健在であることを示すブレスレットだ。
『お姉ちゃん』の出演した番組のそれとは異なる、誰も知らない変身アイテム。他の誰も持っていない、独りきりのチームの象徴。
五分の一にも満たない力のヒーローが、負け戦を続けている証だった。
【1】
白鹿優希がメリィ・クーリッシュと行動を共にしていた期間は、およそ半年程度である。
単身での事業に限界を感じ始め、故郷の米国へ戻る途中で日本に立ち寄ったというメリィと出会い、彼女と一緒に渡米したのが、今から一年半ほど前。
その後、「ある事情」により優希がメリィと別れることになったのが約一年前。メリィのことは時折噂で聞く程度で、もう再会することは無いのだろうと受け止めていた。
渡米の際に覚悟していたことではあったが、世界各地で資源が失われていく情勢の中で、日本に帰国するための数少ない交通経路もいよいよ断たれた。いつか米国のどこかを死地とするのだろうと思いながら、単独で放浪していたのがこの一年間のことだ。
だから、禍者達による殺し合いは、優希にとっては奇しくもメリィとの再会が実現するかもしれない機会であった。
「他の地域でメリィさんに会った人って、初めて会うかもかもしれません。日本とアメリカ以外、自分で行ったことないので」
優希達がこの孤島から無事に脱出するためには、まず何よりも協力者の確保が不可欠である。
そんな方針のもと、最初に出会った人物と共に家屋の中で名簿の内容を確認し、共通の知人として挙がったのがメリィであり、ちょっとした思い出話をしているところだった。
「私だって同じよ? 世界各地の有名人だってことは噂で聞いていたけれどね。ほら、あの格好だから目立つでしょ? 彼女」
「それは、まあ……」
互いに敵意が無いことの確認もスムーズに済んだ、礼儀正しい大人の女性。そんな第一印象を持つ、黒いコートに身を包んだまま椅子に腰かける佇まいの綺麗な女性の名は、シンシア・ハイドレンジアといった。
命のやり取りを一方的に強いておきながら、それらしい甘言は立派なソピアへの不信感を拭えない以上、この殺し合いに乗ることには賛同できない。思いもよらない罠が仕込まれていないとも限らないのだ。
そう語るシンシアの理性的な判断は、優希と思考の過程こそ異なるが、少なくとも方針が一致するものであった。
「周りの子供達にも人気だったわよ? 強くて頼もしいサンタさん、憧れちゃうわ」
シンシアがメリィと出会ったのは数年前、欧州の某国内の集落に身を寄せていた頃。当時は先代のサンタクロースが存命で、メリィは先代との二人組で活動していたそうだ。
尤も、シンシア自身はメリィと特に親しかったわけでもない。言葉を交わしたことがあるだけの、一応面識はある程度の関係だった。
知っているのは名前と人柄と、そして「何か道具などを取り出す」神禍のことくらいだ。集落を襲撃してきた暴徒の集団を迎え撃つためにメリィが前線に立ち、その時に彼女の神禍を目の当たりにしたという。彼女が単独の兵力としては申し分ない人材である、ということも。
メリィの過去については彼女自身の語る思い出話でしか知らなかったため、こうして第三者からメリィの活躍を聞くと、やっぱり凄い人だなあ、と感嘆するものである。
「ああいうポジティブな人がいてくれるだけで、いくらか希望的観測はできるものね」
「わかります。真似したくても、なかなかできないですよ」
「それに、あの神禍も当てにさせてもらいたいわね。私、今丸腰だもの」
「あー……」
「ねえ。もし会えたら、メリィに融通してくれる? 銃一丁でいいから私に頂戴って」
何も持たない両手をふるふると振ったシンシアからすれば、切実な話なのだろう。
この殺し合いにも乗らないだろうという、人柄への信用だけでなく。メリィの神渦を使えば武器の確保も容易であるという利点でも、メリィとの速やかな再会は望ましいところだった。
……殺傷を決して好まないメリィを、このような形で頼るのは申し訳ない気もするが。
付け加えると、「ある事情」故に優希がメリィと別れた経緯は、少なくとも優希にとっては円満とは言い難いものであった。メリィがどう思っているかは知らないが、優希の方はメリィとの再会を気まずく感じている節も否めないだけに、尚更だ。
「……言ってみますね」
「ありがとう。助かるわ」
それでも、優希一人だけではない他人の命も関わっている以上、背に腹は代えられない。
不躾なお願いをしたことで、万が一メリィに嫌な気分をさせてしまったとしても……その時は、優希が不快感の混じった視線を受け止めて我慢すれば済む話だ。
「ごめんなさいね。でも優希だって、一人で戦うのは不安でしょう?」
「いえ。これでも慣れてますから」
シンシアの神禍について、本人から「条件さえ満たせば戦闘行為は可能だが、その達成がやや面倒である」という旨の説明を受けていた。
優希の方の神禍にはそのような制約も無いため、襲撃者と相対した時にはまず優希が前面に出るということで合意していた。
歯痒さを感じているのが見て取れる、悩ましげなシンシアの表情に、自信を示して返答とする。柄にもない空元気であることを、自分でもわかっていながら。
優希は、決して強い禍者ではない。強敵相手に奇跡の逆転劇、なんてものとはほぼ無縁の五年間だった。
「勝てなくても、なんとか生き残ってきました。だから……シンシアさんのことも、頑張って守ります」
「立派ね。ヒーローなんて柄じゃない私には、言えそうもない台詞よ」
「まあ、その……はい」
本当は、自分より優れた実力とリーダーシップを持つ誰かが先頭に立ってくれるのが一番望ましい。それが叶わない以上、優希は単独で戦うのだ。
「私達の味方、見つかってくれるといいわね」
「そう信じます」
「信じなきゃ、やってらんないわ」
ソピアの望む通りに殺し合いが促進する図が形成されるだろうことは、今の優希にも想像がついた。
自らの命の保証。際限の無いという褒賞。世界滅亡の危機からの救済。
意義も大義も十分で、それを是とする面々に対して今更唱える正義感など、安いものとして扱われても不思議ではない。
協力者など、どれほど見つけられるかわからない。勝ち目など絶望的な、少数派による虚しい抵抗なのかもしれない。
「……きっと、大丈夫です」
それでも。
かつて世界に未来への展望があった頃、誰もが信じた普遍的な正義を、優希は信じ続けることにした。
「正義って、簡単に消えるものじゃないですから」
平和な世界で『戦隊ヒーロー』の活躍を毎週見守ってしていたのは、『お姉ちゃん』の姿がそこに映っていたからだけではない。
『お姉ちゃん』が誇りを持ってみんなに伝えていたメッセージの尊さを、優希も知っていたから。
怖くても、辛くても、この胸に宿り続ける信条を、決して絶やしたくないのだ。
「……ねえ。必要だと思うから、今のうちに聞いておきたいことなんだけど」
「はい?」
「日本だと、捕らぬ狸の……って言うんだったかしら。そういう話になるという前置きの上でね」
そう。優希は、この殺し合いの中でも正義を全うする。
ソピア達の計画を達成させず、可能な限り多くの生存者と共に、この島を脱出する。
「優希。世界は、救わなくていいの?」
その選択の責任を背負って、滅びゆく世界で生きていく。
【2】
――"指示書"「次に出会う人物と協力関係を築く」を達成。シンシア・ハイドレンジアの身体能力を一段階強化。
聖女ソピアは、数十名の禍者を集めて殺し合いをさせたいらしい。
結構。秩序などとっくに壊れた世界で、正気の沙汰ではない催しを開く者がいても、今更不思議ではない。
殺し合いが完遂した後、奇跡が起きて世界は元通りになるらしい。
大いに結構。それが真実ならば、再び平和を享受できることはとても喜ばしい。嘘だったとしても、それはそれでただの悲劇でしかない。善良な市民の一人として、哀悼の意を表明させていただく。
そして、世界平和のために捧げられる犠牲者達の中にはシンシア・ハイドレンジアの名前も含まれる予定であり、その未来を拒むためにはシンシア自身が殺し合いに勝ち残り、最後の一人にならなければならないらしい。
……実に不条理な話である。
シンシアを救ってくれるというなら、預かり知らぬ間に勝手に救ってほしかった。命を喪うのも、他人の命を奪うのも、決してシンシアの望むところではないのに、なんと身勝手な救世主か。
『誰かの指示書』などという己の神渦に何度となく振り回されながら、必死に五年間を生き抜いた末の仕打ちが、これか。
シンシアはまたも、凶行に手を染めなければならなくなったのだ。抗う術など持たないシンシアに、ソピアの脅迫に従う以外の選択肢など与えられていないのである。
寒空の下で溜息と弱音を沢山吐いて。その後で仕方なく、まずは生存に向けた手段の確保のためにやむを得ず、忌まわしき"指示書"の発令を待った。
しばらく経って新たに幾つか現れたそれは、幸いにも殺し合いに勝ち抜くための導線として相応しいものだった。
すぐに達成できそうな"指示書"の内容に従い、最初に出会った東洋人に、ひとまず話を合わせることにした。白のダウンジャケットを着ていても尚細身に見える、大人しそうな印象の彼女は白鹿優希という。
幸運は重なる。優希は穏健な人物であり、友好の意思を示すだけで協力関係を築くことができた。殺し合いに反対する妥当な理屈を適当にでっち上げつつ、人当たりの良い態度を取っておけば、とりあえず疑われることもない。
自分の神禍について詳しく説明しない代わりに、優希の持つ神渦について探りを入れるのはまだ控えた。次に「銃器を入手する」の"指示書"の達成を考えているため、メリィ・クーリッシュに頼らずともその手助けになるか判断したいところだが、戦闘の機会が来るまで待つとしよう。
我ながら狡い真似をしていると気が滅入るものだが、こんな状況では致し方ないではないと己に言い聞かせる。いつものことだ。
白鹿優希は、都合の良い手駒であり、シンシアの本心の対外的な隠れ蓑であり、万が一の時に使える肉の盾。
然るべきタイミングが訪れるまでの間、優希とは協力関係を続け、共に過ごすのが適切だろう。
だから、その一環で。
安易な認識で方針を決めたわけではないことの再確認として。或いは、形容しがたい違和感をそのままぶつけた疑問として。シンシアは、優希に尋ねたのだ。
シンシアの説いた理屈とは異なり、優希にとってソピアの言葉の真偽は重要ではない。
ならば、ソピアに従えば世界の再生が本当に叶うと仮定して。
それでもソピアの"指示"に背き、人類の救済という可能性を挫くことが叶ったとしたら。
後の人生を、優希はどのような心境で生きるつもりなのか。
――恨まれるんでしょうね、沢山の人に。でも、良いんです。受け止めます。
今も死に脅かされる数千万人と、既に死を迎えた数十億人の尊厳よりも。己の掲げるありふれた正義感を重んじて、目の前の数十名の命を保護する。天秤に乗せれば到底釣り合わないだろうことを、理解しながら。
いや、亡くした家族や友人との再会というささやかな願望くらい、優希自身だって持っているに違いなくて。
願いを叶える代わりに言うことを聞け、という指示に従ったところで、誰に責められる謂れも無い。強いて言えば、そんなことを命じたソピア達の責任だ。
世界中の万人が、そしていつか優希自身ですら優希を憎むだろう選択をすることに、果たして説得力はあるのか。
――……なんで。平気なの?
―-はい。
シンシアからすればごく自然な問い掛けに対して。
優希はまるで、まだ大人の世界の入り口に立ったばかりの子供のような、泣き出しそうな感情を覗かせて。
そんな一瞬など無かったかのように、強いようにも脆いようにも見える笑顔が、取り繕われていた。
――『お姉ちゃん』と一緒にテレビ見てた頃の思い出が、ちゃんとありますから。
シンシア・ハイドレンジアは、正当性が無い判断を下し続けることで生き延びてきた人間である。
当たり前の良識や倫理観は持ち合わせた上で、他者からの強制という理由さえあればそれらを軽んじる。その上で他者に責任を押し付けることで、罪悪感に苛まれることを回避してきた。
災禍にも勇者にもなれない只人が、せめて常識人としてのアイデンティティを保持し続けるための、一つの処世術であった。
そんなシンシアの両目には、優希が自分とは別種の生き物のように映った。
たとえ優希自身の肉体が無事でも、その内側の精神がいずれ磨り潰されるのは目に見えているのに。
ヒーローとしての役目を自らに課しながら、きっと根底にあるのはどうしようもない諦念。現状の追認によって、何度となく躓いては己の無力さを痛感する生き方。
もしかしたらそれは、遠からず訪れるだろう死を受け入れながら延命を続けることに、この五年間で慣れてしまった故の選択なのだろうか。
色とりどりの未来を夢見ることを、やめてしまった人間の。
「――気色悪い」
白い景色の中に溶けてしまいそうな、雪の上を連れ立って歩くその姿を、シンシアは横目に見ながら。
ふと口から零れた、優希の耳には拾われないような小さな声。蔑みや嘲りも通り越した、忌々しげな色だった。
黒いジャケットに包まれたシンシアの身体が、寒さの中でぶるりと震えた。
【G-3・平原/一日目・深夜】
【白鹿優希】
[状態]:健康
[装備]:変身ブレスレット
[道具]:支給品一式、不明支給品
[方針]
基本:殺し合いからの脱出を目指す。
1.シンシアさんと行動する。
2.メリィさんに会えるなら会いたい。
【シンシア・ハイドレンジア】
[状態]:健康、"指示書"達成による身体強化(α+1)
[装備]:
[道具]:支給品一式、不明支給品、名刺入れ
[方針]
基本:指示に従い、優勝する。
1."指示書"の内容を順次達成していく。
2.当面の間、優希と行動する。
※現在、下記の"指示書"が出現しています。他にもありますが、詳しくは後続の方にお任せします。
「黒一色で身を飾る」「銃器を入手する」
※本編開始時点での身体強化の有無及び程度は、後続の方にお任せします(便宜上「α」と記載)。
【3】
※現在出現している"指示書"の中に、「殺し合いに優勝する」という趣旨のものはありません。
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最終更新:2025年06月27日 21:48