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 ”小指”のジョーの粛清は、つつがなく終了した。
 小粋なジョークで場を温め、シチリアを出自とするギャングにまつわる知識を”組”に継ぎこんでくれた、死ぬには惜しい男だった。
 組長直々に盃を交わした十三人のうちの一人であった。

 寒空の下、赤い花火のように全身を散らせたジョーの死体を一瞥して、”秋山充明”は白い息を吐いた。
 長い、長い一息だった。

 人類は滅亡をうたわれて既に久しく、幾つもの国家が露と消え、そのしわ寄せが極東の都にも押し寄せている。
 日本政府は国家の再建に早々に見切りをつけ、当時インフラの大半を握っていた”小鳥遊グループ”の長も行方をくらませた。

 物流の停止、勃発する世界大戦、誰彼に手渡された人を害する神禍(きょうき)。
 これらが一気に重なった結果として東京は、地獄になった。
 文明社会において忌避されるはずの原始の法、暴力が支配する乱世へと突入したのだ。

 ”秋山組”は、東京に乱立する生存者集団の中にあって、もっとも”暴力”に比重を置かれた組織と言えるだろう。
 虐殺、略奪。欲しいものは、必要なものは殺して奪う。
 そして────少しでも組織に反する味方も、殺す。
 ”小指”のジョーは間違いなく有能な部下の一人であったが、あろうことか”組”の情報を横流しにしていた。
 ほんの出来心と語るジョーを二人だけで話そうと充明は連行し、自らの神禍によって惨たらしい死を迎えることになった。

 雪が降り積もる路地裏は弾けた血肉を冷ますには充分だったようで、しゅうしゅうと音を立てるジョーの死体は既に凍り始めている。

 「で、これの何がいいんだ?」

 充明は語りかけた。
 ジョーの死体のすぐそば、血肉を弄び、赤く赤く手を染めていく少女へと。

 「何がいい、って……こんなにきれいな”赤”、見るのははじめてだったから……ふふ、無理はいってみるものね」
 「粛清の瞬間をみたいだなんて言ってきたのは後にも先にもてめェだけだろうな」

 少女は屈託なく笑みを浮かべていた。
 これ以上なく楽しげに。事実少女は、はしゃいでいる。
 美しい飾り物を目にしたように。

 「てめェもなかかなか……変わり者だな?」
 「そうかしら?誰だって綺麗なものには目がないものでしょう?」

 初めから、変わり者だった。
 ”何でもするから、この組に入れてほしい”
 そう言って組織に入り込んですぐに、彼女は頭角を現した。組織内で確かな戦果を挙げ、”舎弟候補”まで上り詰めている。

 「わかってんのか?オレの”舎弟”になるっていうのは、こういうことだぜ?少しでも組の害になることをしでかしたバカ野郎は、原型留めずブッ殺される。いままでの”信用”してやった分、裏切りには相応のツケが回ってくるってわけさ」
 「ええ、わかっているわ。……だから、いいんじゃない」
 「あ?」
 「ねえ、組長」

 変わらず笑顔で。
 賀月 京姫が自身の”命”を差し出したその日に、こう告げたのだ。

 「あなたは……どう死んでみたい?」


 ◇



 「おう」
 「あら」

 エリアC-2。
 秋山 充明とその忠実なる舎弟、賀月 京姫のスタート地点は偶然にもまったく同じ場所からになった。
 寒空の下、顔を突き合わせて早速の邂逅、幸先の良いものだと充明は思う。

 「まさかすぐにオレたちが合流できるとはな。名簿見たか?錚々たる顔触れが揃っていやがる」
 「そうみたいねえ。まさか十二崩壊まで呼ばれているなんて」
 「まったくだ。それに……目の上の瘤、”株主総会”の小鳥遊の坊ちゃんに、城崎のカスまで呼ばれてやがる」
 「ああ……。そうみたいねえ」
 「おう、見つけたら殺せよ。小鳥遊の坊ちゃんと城崎とは交渉の余地なくな」
 「わかっていますとも」

 と、粗方の情報を交換して、一つ聞くべきことがあったと、京姫は思い出した。

 「組長……あなた、この殺し合い、どうするつもりなの?」
 「あ?」
 「殺し合いのことなのだけれど……あの修道女さんが言うには、一人しか生き残れないらしいでしょう?私、まだまだ死にたくはないわよ?」

 ────だから、ごめんなさいね?
 少女の腕、持参している小さな針から開けられた穴から、血が噴き出す。刃物を形作る。
 そこから先は一瞬だった。秋山充明の首筋目掛けて、紅いナイフが振り降ろされた。


 ◇

 『いいか、充明。これだけは覚えておけ。儂の跡を継いで”二代目”となる、我が息子よ』

 『”組員”は子だ。”組長”は親だ』

 『子に飯をやらねえ親はいないように……いいか、お前は組員たちの……”息子”たちの食い扶持を守らにゃならん』

 『だから、儂らは生きねばならん。けどま、儂らも人間だからな。もし、死ぬ時が来るとすれば────』

 『息子たちの未来が明るいと、そう思える瞬間じゃねえといけねえのよ。儂は、そう思う』



 秋山充明の持つ『神禍』は、間違いなくこの凄惨な殺し合いの盤面において、最も”向いていない”類の能力であった。
 神禍とは外敵を排除し、己の生存圏を確立するための牙だ。
 しかし、彼の持つ思想と力は常に外ではなく、内側────身内にこそ向けられる。自らの統べる組織を絶対の規律で縛り上げるためだけに存在し、相対する見知らぬ他者にはいかなる干渉も及ぼさない。
 用途はただ一つ。部下の粛清。そして裏切り者の始末。
 自らの配下に置いたたった十三人の構成員を、文字通り心身ともに完全に掌握するためだけに神が誂えた、ひどくご丁寧な軛。
 極道という組織の長たるには相応しい力かもしれないが、超常が飛び交う実力行使の戦闘において、それがいかに無力であるかは火を見るよりも明らかだった。

 ────だから、極限まで鍛え抜いた。
 ────なに、七回も絶望的な血の海を浴びれば、死線の潜り方など嫌でも細胞に刻み込まれる。
 ────東京が終わっちまったあとには、とうに百を超える死闘を乗り越えてきた。

 超常の力に頼れない無力な極道は、ただ己の生身の肉体を鋼のように研ぎ澄まし、知恵と暴力と泥臭さだけで、修羅の道を血みどろになりながら這い進んできたのだ。

「……安心しろよ。オレが、使える味方を易々と殺す男に見えるかよ?てめェが裏切り者のクズだとして、この場面で切っちまって戦力不足で死亡……なんてなっちまえば他の組員たちを置いて行っちまうことになる」
「ふふ、優しいですね、組員さんは」
「勘違いすんな、次はねえぞ」

 深夜の凍土に、鈴を転がすようなくぐもった少女の笑い声が響く。
 和やかな会話とは裏腹に、二人の間にあるのは一触即発の死の匂いだ。直前まで賀月京姫が何の躊躇いもなく振り下ろしていた凶刃────彼女自身の血液から生成された深紅のナイフの刃先を、充明は岩のように分厚い掌で無造作に握り潰していた。
 それは、彼を強化する異能などではない。神禍とは何の関係もない、長年の死闘で培われた純粋極まる人間の膂力と反射神経。  
 ただそれだけで、己の喉笛へと正確に迫った致命の凶撃を、微塵の動揺も見せずに容易く防いでみせたのだ。
 ボタボタと、充明の指の隙間から砕けた血の刃が元の液滴へと還り、地面の雪を汚していく。掌の皮膚が僅かに裂け、自身の血も混じっているはずだが、充明の厳つい顔には焦りも、痛みへの頓着すら浮かんでいない。

「それでも心配は心配、ってか。現金な奴だな。そもそもてめェは、オレのこの身内殺しの『神禍』に用があって、うちに入って来たんだろうが」
「ええ、まあ、一応ね?」

 命を狙っておきながら悪びれもせず微笑む京姫。その淀みなく澄んだ瞳の奥には、常人には決して理解し得ない無邪気な狂気がチロチロと揺らめいていた。
 充明はため息混じりに深く息を吐き出すと、手の平にへばりついた血の残滓を鬱陶しそうに払い落とし、野獣のように鋭い眼光を少女へと向ける。

「オレの狙いは単純さ。こんな上から押し付けられたような、くだらねえ殺し合いの盤面を、根こそぎブッ壊す」
「まあ」

 京姫が、興味深そうにこてんと小首を傾げた。

「なんでか聞いても?」
「ああ? 決まってんだろ」

 充明は口の端を吊り上げ、顔に刻まれた傷痕を歪ませながら凶悪な笑みを浮かべた。それは、社会の裏側で泥水をすすりながら裏社会を生き抜いてきた男の、決して譲ることのできない矜持の顕れだった。

「少なくとも奴らの謳う白々しい『救世』じゃあ、うちの可愛い組員どもは真っ先に爪弾きにされるからさ」

 光ある場所には必ず影が落ちる。そしてこの世界には、その昏い影の中でしか息を吸えない者たちがいる。

「何もかもが清算されて救われた、綺麗で道徳的で平和な世界。……んな吐き気のするもんに、オレらヤクザの居場所はねえだろう? そういう単純なことさ」





「私は────彼のように、死んでみたい」

「ねえ、私は今まで、色んな人の温かくて、きれいな血を見ることができたわ」

「けれど、私の手ではどうやったって、組長ほど上手に、綺麗に赤を取り出すことができないから……」

「……もし、私の血を見せる時が来るなら……組長さんの能力が、いちばん綺麗に見せられる気がするの」

「私も女の子なのよ? できることなら、色んな人に私の綺麗な”赤”を見てほしい……」

 「できるなら、一世一代の晴れ舞台(し)は────私がいちばん理想と思える環境で、綺麗だと思える姿でありたいの」


 ◇

 脳裏をよぎる。賀月京姫という特異点が、なぜ秋山組という極道組織に居座っているのかという事実。
 なぜ、命の恩義も損得も通じないこの無軌道な狂人が、わざわざ自分の下についたのか。
 その目的は『己を極上に美しく殺させるため』。それだけのために、最も確実な身内殺しの刃を持つ組長、充明を飼い主として利用しているのだ。あまりにも身勝手で、命というものを根本から冒涜するような理由。だが、その理解不能な狂気すらも、充明は己の分厚い掌の上で転がし、利用し尽くすだけの度量と腹芸を持ち合わせていた。

「んなわけで、今からオレたちは”味方”集めに奔走しなくちゃならねえ。十二崩壊に、”大統領”、”ボクシングを終わらせた男”……てめェ一人じゃあとてもじゃねえが勝ち残れねぇからよ」
「ええ。……わかっているわ」
「んで、いざ殺し合いの壊す手立てが見つからなかった場合は……」
「ええ。……わかっているでしょう?」
「オレを裏切って良い死を与えてくれる新しい相手を探す……別の機会を待つ、か。ったく。とんだ親不孝もんだぜ、お前は」
「ええ。父様と母様にもそう言われました。聞きなれていますとも」

 呆れたように咎める充明の言葉に、京姫は気分を害するどころか、嬉しそうにクスクスと鈴を転がすように笑った。
 彼らはある一点においてのみ、手を組むことが成立する。
 それは、善意や正義で彩られた新しい世界を真っ向から否定し、この薄汚く狂った世界を継続させるという────たった一点の、ひどく暗い目的においてのみ。


 【C–2/1日目・深夜】
【秋山充明】
[状態]:手のひらに裂傷
[装備]:無し
[道具]:支給品一式×2、ランダム武器(???)
[思考・行動]
基本:この殺し合いを破壊する
1:名簿にある”十二崩壊”、”小鳥遊宗厳”、”城崎仁”を警戒。”十二崩壊”は交渉が通じるなら応じるが、”小鳥遊宗厳”、”城崎仁”は出会ったら問答無用で殺したい。
2:賀月京姫を利用する。しかし心を許しはしない。
3:同じくバトルロイヤル破壊のための味方を募りたいが……難しいかね、これは。
[備考]

【賀月京姫】
[状態]:健康、『血盟廻咬』の能力対象
[装備]:短針
[道具]:支給品一式×2、ランダム武器(???)
[思考・行動]
基本:この殺し合いを破壊する
1:名簿にある”十二崩壊”、”小鳥遊宗厳”、”城崎仁”を警戒。”十二崩壊”は交渉が通じるなら応じるが、”小鳥遊宗厳”、”城崎仁”は出会ったら問答無用で殺す。
2:秋山充明を利用する。できるなら、大勢の前で、彼の神禍で死にたい。
[備考]



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最終更新:2026年06月14日 16:31