「ねえ、知ってる?」
月が雲に隠れた夜道にて、女がふとこう言った。
その言葉に対し、青年の眼が動く。他にいたもう一人の男も同様だった。
当然ながら、彼等の視線は一様に女性へと注がれている。
青年達は、飲み会を後にした大学生であった。
会場の店を出て、さあ皆で家に帰りましょうと並んで帰っていたところだ。
三人はそれなりに仲が良く、たまにこうして一緒に帰路に着く機会があった。
「出るらしいよ、口裂け女」
「今更だな……」
口裂け女といえば、20世紀の頃に流行った都市伝説だ。
口が頬まで裂けた女の噂が、街の子供達を恐怖のどん底に叩き落したのだとか。
青年がまだ生まれる前の話だが、当時の混乱はネットで時たま話題になる。
「あれだ、ポマードって三回唱えればいいんだろ、チョロいよな」
話を聞いていた男が、そう言って調子よく笑った。
酔っているせいか、心なしか態度も大きくなっている。
青年や女も酔うには酔っていたが、彼ら程ではなかった。
「でもさ、実際に会ったらそんな余裕あるかな?」
「馬鹿、今時そんなのにビビる奴なんかいるかよ」
女に対し辛辣な意見を述べると、男はまたカラカラ笑った。
若干腹の立つ言い方だが、分からない話ではない。
いくら世間を騒がせた怪人といえど、所詮口裂け女など過去の遺物だ。
もし本当に彼女が現れても、鼻で笑われるのがオチかもしれない。
「口裂け女と言えばよ、俺のダチも人面犬見たって言ってたな」
「それ知ってる、首なしライダーも見た人いるんだって」
次々に出てくるのは、彼等が知る都市伝説の目撃情報。
それらのことごとくが、この冬木の地を舞台としたものだった。
一体いつから、この街は怪人の伏魔殿と化してしまったのだろうか。
心中で苦笑しながらも、ここは自分も言わねばなるまいと、青年は口を開く。
"ねえ、知ってる?"、そんな言葉から始まる、ありもしない噂話を。
「僕も聞いた事あるよ。月夜にピエロと出会うと――――」
HA HA HA HA HA
HA HA HA HA HA
HA HA HA HA HA
HA HA HA HA HA
青年の言葉を遮る様に、笑い声が夜道に響いた。
はっとなって後ろを向くと、そこには如何にも怪しげな男が立っていた。
顔全体に塗りたくられた白いメイクに、紫色したよれよれのスーツ。
彼の顔からまず連想されるのは、サーカスのピエロであった。
尤も、そこには愛らしさなど微塵も無く、むしろ狂気さえ覚えさせる。
「その都市伝説なら知ってるぜ。アレだ、気狂いピエロと出会った奴はイカれちまう、だよな?」
青年の心を先読みしたかのように、道化は言ってみせた。
確かに、自分が言おうとした都市伝説はそれで間違いない。
丁度目の前にいるような恰好をしたピエロと出会うと、気が狂ってしまう。
そんなありもしない話を、これから話そうとしていたのだ。
「ところで、ちょいとマジックを披露したいんだがいいか?」
道化師を不審者と判断した男が、なんだテメェはと威嚇する。
しかし、当の道化はそんな事などお構い無しに、奇術の準備に取り掛かる。
ボロボロのハンカチを取り出し、それを地面に敷いてみせると、
「今から口裂け女を出してみせようじゃないか」
馬鹿にしてるのかと、男が道化師に殴り掛かる。
が、どういう訳なのか、彼が殴りつけたのは見知らぬ女の頬だった。
道化師の前に彼女が突如出現し、彼の盾となったのである。
コートを纏ったその女は、顔の下半分を覆い隠す大きなマスクを着けていた。
ほんの数分前に話された怪人の特徴と、丁度一致する姿である。
「こいつの口について教えてやる。こいつは……可哀想な女でよォ」
コートの女と男は、どちらも微動だにしない。
二人の間で何が起こっているのか、青年には見当もつかない。
普通ならば、男の方が声をあげるなどのリアクションを起こす筈だが。
「こいつには夫がいたんだ。そりゃ優しい奴でな……。
たまに殴ってくるのを除けばそりゃ理想的な男だったさ」
刹那、男がくぐもった声をあげる。
そしてその直後に、彼の足元に液体が零れ落ちてくるのが見えた。
薄暗くて見え辛いが、それが血液であると判断するのは容易であった。
「こいつは殴られるのが嫌で嫌で堪らなかった……痛いのが嫌じゃない。
夫は殴る時、いっつも鬼みたいな形相をしててな、優しいコイツはそれが辛かったのさ」
男の背中から、鋭い刃と思しきものが生え出てきた。
他でもない口裂け女が、刃物を彼の腹に突き刺していたのである。
青年達が悲鳴をあげ、男は激痛からくる絶叫を轟かせた。
みち、みち、みち、と。
肉を無理やり引き裂く様な音が、微かに聞こえてくる。
男は頭を壊れたロボットの様に動かして、痛い痛い痛いと叫び続けている。
「そこでこいつは考えた、自分がずっと笑顔なら、あの人も笑ったてくれる筈ってな。
そう考えてからは早かったさ。女はカミソリを口に突っ込んで……思い切り引き裂いたァ!」
男の絶叫が一段と大きくなり、そして。
ぶちんという音と共に、彼の上半身が宙を舞った。
地面に残った残った下半身が、鮮血を噴き出しながら崩れ落ちる。
そして障害物が消えた事で、青年達はようやく気付く。
口裂け女が巨大な鋏を以てして、男を切断してみせた事に。
「それからコイツは万年笑顔だ!泣ける話じゃないか、HA HA HA HA HA !!」
血しぶきを浴びながら、道化師は女のマスクを剥ぎ取った。
やはりと言うべきか、女の口は頬までぱっくりと裂けていた。
いる筈の無い怪異、存在する訳のない化物。それが今、青年達の前にいる。
「どうした、笑えよ」
瞬間、青年達は脱兎のごとく逃げ出した。
死んだ仲間を弔っている場合ではない、今は逃げねば命は無い。
本能がそう警鐘を鳴らし、強制的に肉体を動かしているのである。
青年は走り続けた。脇目も降らずに、他の風景などまるで気にせずに。
走る足音が自分一人だけになっていると途中で気付いても、それでも走った。
全ては生き延びる為に、道化師の都市伝説から逃げ出す為に。
本当は分かっている。青年と同行していた女は、不運にも転んでしまったのだ。
助けて、助けてという声が聞こえても、彼は振り返る事すらしないで逃げてしまった。
仕方ないと呟きながら、罪悪感を抱えたまま、必死で足を進めていた。
そんな走り方をしたせいだろうか、前方に佇むスーツの男と接触してしまう。
青年は尻餅をついて転がるが、彼はすぐさま立ち上がり、相手に警告する。
恐ろしい怪人に追われている、貴方もすぐに逃げるべきだ、と。
雲が月を隠しているせいで、男の表情は判断し難い。
されど、今の自分の様子さえ見れば、この話が真実だと理解してくれるだろう。
それにしても、スーツ姿の男が独り、こんな夜道で何をしているのだろうか。
「その前に、一つ尋ねる」
月を覆い隠す雲が去り、月光が男を照らし出す。
彼の全貌が明らかになった瞬間、青年はただただ絶句した。
真っ白な肌に緑色の毛髪、紫色のスーツを着込んだ、その男は。
口元を三日月の形に歪め、銃口をこちらに向ける、この道化師は。
「月夜に悪魔と踊った事はあるか?」
そして、銃声。
.
◇
ナーサリーライム、というサーヴァントが存在する。
おとぎ話の象徴として形を成したそれは、言うなれば子供達の英雄である。
子供達の夢の為に戦い、遊び、護り、そして朽ち果てる。それが使命であった。
されど、おとぎ話の全てが、子供達の味方となるとは限らない。
無数に存在する物語の中には、子供達を恐怖させるものもあった筈だ。
マザーグースにさえ、悍ましい意味を内包したものが幾つも存在したように。
例えば、民間信仰。
例えば、学校の怪談。
例えば、都市伝説。
例えば、友達の友達の話。
人から人に伝えられ、時には人自身がそれを作り出し、土地へと染み渡る物語。
人類が無意識に生み出した信仰にして、恐怖を以て語り継がれる新時代の神話。
それらを総括して、人はこう呼ぶようになる――"
フォークロア"、と。
ナーサリーライムが、子供達の希望にしてハッピーエンドの象徴なら。
悪意と恐怖を内包したフォークロアは、果たして子供にとって何の象徴となるのか。
決まっている。ナーサリーライムの反転(オルタネイティヴ)なら、答えは一つだ。
フォークロアは、子供達の絶望にして、バッドエンドの象徴となる。
◇
月明かりが照らすのは、二人の道化師と無残な屍骸。
夜道に出現した恐るべき怪物は、忽然と姿を消していた。
バーサーカーが呼び出した都市伝説は、他者を害する為だけに呼ばれた存在。
命を奪うという使命を終えた彼等が、舞台から退場するのは道理であった。
「都市伝説ってのはいいもんだ、何しろ金がかからない」
「オレに限った話じゃない、サーヴァントとは無償で奉仕するものだからな」
道化師(
ジョーカー)に話しかけるのは、道化師(ジョーカー)だった。
ナーサリーライムが主の鏡になるのであれば、同じ性質を持つフォークロアもまた同様だ。
彼がジョーカーそのものとなる事は、何らおかしな話ではない。
されどこれは、ジョーカーがマスターでなければ在り得なかっただろう。
フォークロアとは本来、狂化によって無差別に能力を行使する現象めいたサーヴァントである。
しかし、ジョーカーとパスが繋がった事により、彼が持つ狂化スキルに変化が生じた。
それは言うなれば、狂気の融合によるバグ。狂った正気という矛盾により生まれた異常。
混じる筈の無かったものが混ざった事により、フォークロアは理性を獲得してしまったのだ。
「逃げた二人はどうなった」
「一人は人面犬が、もう片方はオレが仕留めた」
朝になれば、ワイドショーがこの事件を大々的に紹介するだろう。
胴体が切断された死体、無数の犬に食い千切られた死体、そして撃ち殺された死体。
それら三つが一度に見つかったのだから、大騒ぎするに決まっている。
「なら次は金だな、火薬を買う金がいる」
「ならば銀行だ!あそこには金がたんまりあるぞ!」
バーサーカーが愉快気に言った後、二人は銀行に向けて歩きだした。
作り上げた死体には、既に微塵も興味を示していない様子だった。
此処で人を殺したのだって、別段理由などありはしない。やりたいからやった、それだけだ。
ジョーカーの意識を反映したバーサーカーは、彼の目論みをしっかり理解している。
このマスターには目論見など存在しない、ただ災いを齎すだけだという事を知っている。
何故なら、バーサーカーとはジョーカーであり、ジョーカーはバーサーカーなのだから。
彼等は道化師、聖杯戦争という闘争を嘲笑するコメディアン。
この冬木という大舞台で、二人は愉快に笑い、殺し、また嗤うのだ。
嗚呼、しかし。果たして本当に彼等は殺し続けるのだろうか。
ふと気づいてみれば、彼等は聖杯を求めて戦っているのかもしれない。
はたまた、正義のヒーローの様に聖杯戦争を止めようとするかもしれない。
そして思い出したかのように、また人を殺し始める事さえあり得てしまう。
分からない。いや、分かるものか。
狂人の思想など、一体全体誰に読み取れよう?
日本のとある土地に、世界中の偉人を集め殺し合わせる儀式が存在するらしい。
だがその中に一組、その儀式に混じったバグと言わんばかりに、殺戮を続ける者がいた。
白い肌をしたその二人を知る者は、まだ誰もいない。
信じようと、信じまいと――。
【クラス】
バーサーカー
【真名】
フォークロア
【出典】
民間伝承
【属性】
マスターにより変化(現在は混沌・悪)
【パラメーター】
筋力:E 耐久:E 敏捷:D 魔力:A 幸運:B 宝具:EX
【クラス別スキル】
狂化:-
『理性と引き換えに驚異的な暴力を所持者に宿さない。
イカれたピエロに狂えと言えば、奇形共(フリークス)さえクスクス嗤う!』
【固有スキル】
空想具現化:EX
『口裂け女、首なしライダー、ターボババアに八尺様、人面犬に怪人アンサー。
この国自体が道化舞台、役者は我らが都市伝説、ショウのライトは年中無休!』
自己改造:A
『自身の肉体にまったく別の肉体を付属・融合させる適性。
このランクが上がれば上るほど正純の英雄から遠ざかっ、
カカ、かかか、かかか関係ない関係ない全く以て問題なし!
何であろうときっかけお前の注文通り!道化はお客の犬なのさ!』
変化:A+
『変身するさ、変身するよ。
私は貴方、貴方は私。変身するぞ、変身したぞ。
俺はおまえで、おまえは俺だ!HA HA HA HA HA HA!!』
【宝具】
『誰かの為の物語(フォークロア)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:0 最大補足:1
『フォークロアは民間伝承。
誰かが唱えた下賤な神話。マザーグースのさいごのカタチ。
壊れたオレに狂ったオマエ。最期の望みを、叶えましょう』
固有結界。サーヴァントの持つ能力が固有結界なのではなく、固有結界そのものがサーヴァントと化したもの。
マスターの心を鏡のように映して、マスターが夢見たカタチの疑似サーヴァントとなって顕現する、というのが本来の効果。
しかし、狂化の影響により宝具が暴走。召喚者の意図を無視し、狂った様に都市伝説を具現化させる存在と化してしまう。
そこにバーサーカー自身の意思など存在せず、それはただ能力を発動するだけの機械も同然である……筈だった。
幸か不幸か、召喚者であるジョーカーの精神とリンクした結果、彼が持つ狂気とバーサーカーの狂化スキルが融合。
狂った上で理性を保つ事に成功し、宝具の暴走も見事収まったのであった。
【weapon】
この国に存在する民間伝承、それら全てがバーサーカーの駒にして武器である。
【人物背景】
ナーサリーライムがバーサーカーとして召喚された事により、在り方が変貌した姿。
語り継がれる無数の伝承、その中でも悪意を以て作られた物語を主体とした存在である。
この状態で召喚された場合、バーサーカーは無差別に都市伝説を顕在させ、混乱をばら撒いていく。
しかし、道化の仮面を被った現在、それらは悪意を以て意図的に行われる事となるのだった。
【特徴】
紫のスーツに緑の毛髪、真っ白な肌に歪む口元。
僅かな差異こそあれど、現在のバーサーカーの姿はジョーカーそのものである。
【サーヴァントとしての願い】
????
【マスター】
ジョーカー@ダークナイト
【マスターとしての願い】
????
【weapon】
ガソリンに火薬等、ジョーカーは得てして安い武器を好む。
【能力・技能】
卓越した頭脳と狂気は、全ての参加者にとっての驚異となるだろう。
【人物背景】
過去の経歴は一切不明、指紋やDNAさえ明らかでない。
この男は唐突に街に現れ、数多くの災厄をばら撒いていった。
彼を言葉で言い表すのは容易い――混沌、その二文字で事足りるのだから。
【方針】
今現在は、聖杯を獲ろうと考えているかもしれない。
あるいは、聖杯を破壊しようと考えているかもしれない。
もしくは、聖杯戦争自体を潰そうとしているかもしれない。
狂人の思想を読み取るのは、我ら常人には不可能である。
時系列順
投下順
最終更新:2016年11月27日 22:14