赤き髪の大天使曰く。青き髪の魔王に双璧あり。
片や視えぬものなしと謳われた視姦魔人。
片や喰えぬものなしと謳った食欲魔人。
“アウター”と呼ばれし魔王の側近、その上を持たぬ魔の最高位において、なお最強の呼び名を欲しいがままとする億千万の眷属。
彼女達は、この異世界を巻き込んだ殺し合いの場にも、それぞれの形で関わっていた。
視姦魔人ことマリーチは、主催者の一人として。
そして食欲魔人みーこは、参加者の一人として……
◆
「また随分と、くだらぬことを始めたのう……」
バグラモンの指が鳴り、会場に転送された次の瞬間。みーこはまず、一つ嘆息していた。
黒地に金糸、銀糸がこれでもかと散りばめられた派手な振り袖姿。それに劣らず鮮やかな、濡れ羽色の長い髪。化粧っ気もないというのに、それらが行き過ぎないほどに美しい顔立ち。いつもは愛嬌を感じさせる眠たげな双眸が、酷くつまらなさそうに細められていたが、それもまた凛々しさとなって彼女の蠱惑的な魅力を増すばかりだ。まるで磁石同士が反発し合うかのように、ふわふわとその身が地から離れていることへの警戒心など、その美貌の前には容易く押し流されてしまうことだろう。
これから魔殺商会の社員旅行で高瀬の別荘へ向かうため、鈴蘭達を待っていたはずだったが……皆に自慢しようと思っていた西陣織の、見栄えを悪くする異物が一つ。
「……気に食わぬよ」
自らの首筋を圧迫する鉄の塊に、虫けらを見下ろすように冷めた表情でみーこは呟いた。
見知らぬ顔と並んでいたが、この殺し合いを始めさせたのはあの忌々しい旧友――マリーチだった。別に彼女がいくら人の子達を弄ぼうとも、それが己の気に障るかノエシスプログラムから逸脱しない限りは、記憶が戻ろうとこれからも自分が干渉する義理はないと思っていたのだが……早速やらかしてくれたものだ。
みーこの中では今、静かに怒りが燃えていた。
人の子で遊ぶのも、誰某を殺したり駒にしたりするのも構わない。
共通の知人の娘である
エルシアの命を奪ったことも、然程目くじらを立てるつもりはない。何しろみーこ自身、ノエシスプログラムに従った結果とはいえ、この間エルシアの兄を殺したばかりなのだから。己が快楽の為か、仲間達との約束に従ったかという違いがあろうと、誰かが殺し殺されというのはみーこ達にとっては茶飯なことだ。
では何故みーこがこうも憤っているのか、答えは簡単だ。
単に、この自分を他と同じように玩具として扱っていることが、みーこの逆鱗に触れたのだ。
また、ただでさえマリーチに“支配”されていたということは屈辱的だと言うのに。それに加えて己を辱めるかのような首輪の存在に、彼女は酷く苛立っていた。
首輪を外すと爆発するらしいが、エルシアに対してそうであったように、みーこにとっては脅威にはなり得ないだろう。……万が一、みーこを殺せるとすれば、それはそれで儲け物かもしれないが。懸念事項など、精々高瀬に買わせたこのお気に入りの着物が汚れることぐらいか。
ここは先の場所とは異なる世界のようだが、首輪を外したみーこの前にマリーチがのこのこと制裁に現れれば、そこで殺せば良し。来ないのならば、それを確認してから初めて自分から出向いてやれば良いだろう。最初から自分が移動するというのは面倒臭い。
故にさっさと首輪を外してしまおう……とみーこは考えていたのだが。
「まあ、もう少し待ってやっても良いかの」
方針変更を呆気なく呟いて、彼女は一面の銀世界を見渡した。
無数に見える建造物は、種々多様の大きなホールケーキ。生クリームの大地を舗装するのは、敷き詰められたビスケット。浴槽のような大きさのティーカップに、発電所のタンクのようにそびえ立つポット。区画整理のような縦横の線が入った黒褐色の扉は、巨大な板チョコだ。
彼女が飛ばされたのは、デジタルワールドのお菓子の聖地スイーツゾーン――巨大なケーキを始め、種々多様な洋菓子で構成された世界の一角だった。
本来は和菓子派のみーこだが、鼻孔をくすぐる甘い誘惑には抗えなかった。……というより、食欲に従わないつもりは最初から微塵もなかったが。
もし――爆発するだけなら良いが、マリーチ達がやって来れば。
マリーチの実力はよく知っている。バグラモンという輩は初めて見たが、不出来な兄と違い十分な力を持っていたエルシアを、隙を衝いたとはいえ一息で殺してみせた。彼女らを纏めて相手取るとすれば、さすがのみーこも本気を出す必要に迫られるかもしれない。
そうなると……こんなお菓子の街、簡単になくなってしまうことだろう。
「……食べ物は大事にせねばならぬからのう」
そう嘯きながら、ふわふわと、みーこは眼前のケーキの家に身を運ぶ。
箸があれば良かったが、手掴みで食べるしかない。はしたないが背に腹は代えられぬの、と内心言い訳しながら、細い人差し指でクリームを側面から掬い取る。程好い温度で柔らかく、滑らかな触り心地を指先で堪能しながら、みーこは流れるような仕草でそれを口元へと運び、赤い舌を覗かせた。
「本当はアワビが良かったのだがの」
図々しくも未練がましく言いながら、みーこはぺろりとクリームを舐め取った。
「――!」
それが舌先で溶けた途端、官能にも似た甘い痺れが彼女の痩身を駆け抜けた。味覚から迸る衝撃は、脳を内から膨張させる多幸感となり、想定外の悦びにみーこを打ちのめす。
「Oh……」
ほわわわぁんと、大和撫子然とした容姿と似合わぬ洋風の感嘆をうっとりと漏らしながら、上体を傾けながら顎を突き上げ、みーこはまるで祈るかのように胸の前で両掌を組み合わせた。
「……これは美味じゃのう」
今度は指二本と言わず、掌でスポンジごと毟り取り、齧り付く。先程忌避した衣服の汚れも気にせずに、ぱくぱくもぐもぐ、がつがつごくごくとそのペースを上げて行く。
「ふむ。口に合うようであれば、皆を呼んで一気喰いのつもりであったが……これはじっくり味わわねば損だの」
柔らかいスポンジを咀嚼し、嚥下しつつ、みーこはそう断りを入れると、終ぞBRデバイスを一度も起動することなく、食事に没頭することとした。
……ちなみに今回、会場として用意されたスイーツゾーンの総面積、実におよそ六十四平方キロメートル。家だけでなく大地だけでなく、全てが美味なお菓子で構築された世界である。
食欲魔人みーこが殺し合いのことを思い出すまでには、相当な時間が必要と推測される。
【一日目/朝/スイーツゾーンH-1・ケーキ街】
【みーこ@お・り・が・み】
[参戦時期]第四巻「カミさま登場」③直前
[状態]健康、食事中、幸福感、怒り(食欲に負けて若干忘れ気味)
[装備]BRデバイス@オリジナル
[道具]基本支給品一式、不明支給品×3
[思考]基本行動方針:その場の気分次第。
0:スイーツゾーンのお菓子を喰い尽くす。
1:0が終わったら首輪を外して主催陣の介入を誘う。
2:1が失敗したらさっさと会場を脱出後、マリーチの居所に殴り込み。
[備考]
※未だBRデバイスを起動していません。そのためマップも名簿も確認していません。
※首輪を無理やり外しても自分は大丈夫だと思っています。また、逆にそれで死んでしまってもそれはそれで構わないとも考えています。
※会場と
オープニングの舞台は別の世界にあると認識しています。
※オープニングで自身が動けなかった理由はマリーチの能力に因るものだと断定しています。
※自分なら会場から簡単に脱出できると考えています。
※スイーツゾーンのお菓子は眷属を呼ばず、全て自分の口だけで食べるつもりです。
――そして。その極上の甘味の虜であるのは、食欲魔人だけではなかった。
「陛下は別に、このゾーンに留まれとは命じられなかったわよね」
東京は中央区と、それに隣接する区からなる東京ゾーン。
そのやや北東に位置するのは、日本が世界に誇る電気街・秋葉原。高層ビル群の一棟、その屋上に降り立った影すら美しいそれは、人間の女に近い形を取っていた。美しい黒の長髪は金の髪飾りで丸く結われ、額の蝙蝠の入れ墨を誇示するかのように分けられた前髪は、その奇跡のような美貌を縁取っている。豊かな胸元を大胆にはだけた、紫紺の着物と漆黒のレオタードを基調とする和洋折衷の装束と相まって、花魁を思わせるような妖艶な雰囲気の美女はしかし、人間ではありえない。
こめかみから生えた捻じれた角に、背から伸びる大小二対の蝙蝠の翼。一目見た誰もが、古からの伝承にある、悪魔と呼ばれる者と認識する姿をしていた。
だが彼女は――およそただの悪魔などという、生易しいものでもない。
デジモンの内、神話や伝承を模した種族の中で。魔王と呼ばれし邪悪の、さらに最上に位置する者。悪という物と決して切り離せぬ罪という概念、その根源たる七つを象徴する魔の一角。
彼女こそ、暗黒の女神の名で畏怖される、色欲を司りし七大魔王――
リリスモンであった。
デジタルワールドにおいても、最大の恐怖と禁忌の存在として語られる最強最悪の魔王達。だが各々の欲望にのみ忠実な彼らが、互いを含めたあらゆる他者と協調するなどあり得ぬこととされ、別の勢力も交えた均衡によってその暴虐は牽制されている……はずだった。
その一角であるリリスモンが、新たに台頭した魔王バグラモンの配下に収まるまでは。
バグラ軍の新たな最高幹部として迎えられ、新たに三元士の称号を得た魔王は今、主の望むままにバトルロワイアルの会場、その内の東京ゾーンに降り立っていた。
リリスモンの秀麗な眉目が、闇の住人たる彼女を照らす朝日を鬱陶しがるように歪められる。
「今回のご下命は、あくまでジョーカーとしてゲームの円滑な進行を取り繕うこと……」
あの聖騎士達を筆頭に、常軌を逸した猛者も参加しているとはいえ、たかが殺し合いの人数減らしのために三元士を投入とはなかなか豪勢なことである。
だが、バグラモンはリリスモン達に戦闘には本気で取り組むようにと命じる一方で、ゾーンを破壊するなどの広範囲に渡る殲滅などについては極力行わぬように指示していた。
確かに、三元士が本気で参加者を皆殺しにする気であれば、多少の運に左右されるようと小一時間もあれば半数以下にすることは容易いが、それは主君の目論見に反するということか。あくまでバトルロワイアルというゲームのバランスと、その意義に対する保険をある程度確保することが、三元士を参戦させた狙いなのだろう。
それ以上の、バトルロワイアルに関するバグラモンの思惑を知らされているのは三人だけ。
同じ三元士でも、最古参にしてバグラモンの懐刀であるタクティモンがそこに含まれていることは――嫉妬の情がないとは言えば嘘になるが、まだ納得できる。
しかし、バグラモンがあの日連れ帰って来た者の内、特に気に食わない二人がタクティモン以上に主と事情を共有しているという事実が彼女を苛立たせていた。
一人は三元士を除いた最後のジョーカー――そして参加者であると同時、主催者の一人でもある無間龍ロン。何でも見透かした風の、あの慇懃無礼な輩よりも下の立場として会場に放り込まれたのは、気分の良いものではない。あの邪龍がバグラモンから重畳され、三元士ですら知り得ないこのバトルロワイアルの真意、さらには自分達には簡単にしか知らされていない、参加者の初期配置まで含めた詳細情報を握っているということや、ジョーカーの途中スカウトという特権が許されているならなおさらだ。
それでも――彼らと待遇が違うこと……それこそ場合によってはロンの指示に従うようにとバグラモンから命じられたことも、まだ甘んじて受け入れられる。彼の深遠な思惑の胸の内の全てを打ち明けられなかった程度で、この信愛と忠誠が揺らぐことはない。それは他の三元士の二人も同じことだろう。
だがあの女のことを考えると、いよいよリリスモンは歯軋りせずにはいられなかった。
素知らぬ笑顔でとぼけたまま、今最もバグラモンの傍に居るあの女――視姦魔人マリーチ。
ロンのように参加者になるわけですらなく……愛しい御方の傍らに侍っているあの異界の女に対し、敵愾心を持つなと言うのは無理からぬ話であった。
瞬間、眼前に房の生えた白いボールが現れた幻視が、リリスモンを襲う。
「――っ!?」
すぐにそんな幻想――そう、幻のはずの記憶を振り払い、リリスモンはそっと金色の爪で銀の首輪に触れた。
「陛下……」
大丈夫だ。
あの女が、いくら他者の心を操れるとしても。それを易々と許すようなバグラモンではない。
いくらあの女が他人の記憶を作り変えられるとしても、自分があの方を慕う気持ちに奴の目が介在したなどということはない。仮にも七大魔王の一角、そこまで落ちぶれてはいない。
ならば自分は己が“色欲”に従って、欲望のままに生きるだけだ。
「ウフッ……ウフフフフフフ……!」
そう考えれば、何を躊躇うことがあろうか。
マリーチは今、距離的にはバグラモンの近くにいるかもしれないが、今彼が期待しているのは参加者である自分の方。彼に支配されている証である――実際のところ、それ自体の性能ではリリスモンに対して、何の拘束力もなきに等しいが――首輪を授けられることもなく、自分のように背徳的な悦びを得ることもなく、ただ協力者としてそこにいるだけだ。
先程までの不安も晴れて、リリスモンの中にはむしろ勝ち誇る気持ちが溢れていた。
「嗚呼陛下、陛下。見ていて下さいまし。必ずやご期待に添えてみせますわ」
踊るように回転しながら浮き上がったリリスモンは翼を広げると、北の空へと目を向けた。
「長期戦だし、まずは滋養をつけにレッツスイート!」
かつてはリリスモンが占領していたが、ダークナイトモンらとの戦いで荒廃させてしまったスイーツゾーン。それをバグラモンが会場の一部として用意してくれたことを、思い上がったリリスモンは勝手に自分へのサービスだと考えていた。
極上スイーツを摘み食いしていても、周辺の参加者をきちんと殺せばバグラモンも満足することだろう。要は魔王として奔放に振る舞うことそれ自体が、バグラモンの望みを叶えるのだと解釈して。
思い切り身体を伸ばしてそう宣言したリリスモンは、続いて四枚の翼を羽ばたかせた。
……菓子を賄賂にかつてのスイーツゾーンを現地民に安堵していたなどのその刹那的な快楽主義や、今一つ反省の伴わない性格がバグラモンからの信頼を損ねているとは露にも思わず、
一つの世界で最強を誇る魔王の一人は……別の世界で最強を誇る、魔王の側近のいる場所へと移動を開始した。
そこで待つ闘争を知らずに。
ただ己の気の向くままに。
――それぞれの欲望を司る、魔の頂点が邂逅するまで。残された時間は後、僅か――
【一日目/朝/東京ゾーンF-2 秋葉原上空】
【リリスモン@デジモンクロスウォーズ(漫画版)】
[参戦時期]第三巻終了後
[状態]健康。マリーチへの嫉妬。食欲に若干視界が狭まっている?
[装備]BRデバイス@オリジナル
[道具]基本支給品一式、不明支給品×3(確認済み)
[思考]基本行動方針:ジョーカーとして、バグラモンへの愛のために行動する。
0:スイーツゾーンに向かう。
1:お菓子を食べながら参加者を見かけたら適当に殺す。
2:ジョーカー(タクティモン、
ブラストモン、ロン)以外の参加者を皆殺し。
3:ロイヤルナイツ、アウターは一応警戒。
[備考]
※ジョーカー参加者ですが、他の参加者についての情報は、大まかにしか与えられていません。
※首輪を外しても自分なら問題ないことを知っていますが、趣向的な理由で外しません。
最終更新:2012年08月14日 12:07