11月―――――
秋風が冷たく、人肌が恋しくなる。そして、ちょっぴり心も寂しくなってくる季節。
でも、どんなに風が冷たくても、心が寂しくても、好きな人と一緒に居られれば心は温かくなるんだよね。
そういう気持ちになれる事を教えてくれた人が居る。
…唯先輩だ。
半年、1年と一緒に過ごすうちに、私は唯先輩に惹かれていた。
最初はだらしない先輩という感じしかしなかったのに。
いざという時に見せる唯先輩のカッコいい姿とか、皆を和ませてくれるフワッとした笑顔とか、私の事を優しく包み込んでくれる抱擁とか…。
私が唯先輩に惹かれた理由は、挙げれば沢山出てくる。
そんな唯先輩だけど、最近ちょっと様子がおかしい。
何か隠し事をしているのか、妙にそわそわしたり私から視線をそらしたり…。
今まではこんな事無かったのに。
「今日は、いつもより1時間くらい遅れて部室に来てね!」
「な、何でですか!?」
「色々準備があって忙しいんだ♪じゃ、そういう事で!」
そう言い残すと、駆け足で去っていった唯先輩。そして廊下に残された私…。
今日は11月第2週目の木曜日。晴れた午後に優しい日射しが私を包み込んでいる。
しかしその温かさとは裏腹に、最近唯先輩のぬくもりを感じられていなかった私の心は少し寂しかった。
唯先輩の様子がおかしくなったのは…多分私が原因なのかもしれない。…いや、十中八九そうだ。
私がずっと抱いていた大切な気持ちを、唯先輩に伝えてしまったから…。
「私…唯先輩の事が好きです…」
「ほぇ?私も
あずにゃんの事、大好きだよ♪」
「私は…Likeではなくて…Loveという意味で唯先輩が好きなんです…」
それは先週の土曜日の事…。
私は唯先輩と一緒に映画を見たんだけど、その
帰り道に半ば勢いで告白をした。
観た映画の内容は女子高生のラブストーリー。ヒロインが初恋の男の子から告白されて、その恋を成就させて幸せになる内容だった。
正直、ベタな内容だった。でも相手は違えど、同じ女子高生として私の気持ちが高揚していたんだと思う。
私にとっての生まれて初めての恋…それが唯先輩。
「…ありがとう、あずにゃん。…今度の木曜日に私の気持ちをはっきりさせるから…それまで返事は待っててくれるかな」
私の気持ちを聞いた時は、少し驚いた表情を見せた唯先輩。
だけど、すぐにフッと表情が和らいで、その時は私の頭を優しく撫でてくれた。
…すぐに返事を貰えて、私達は結ばれる―――――なんて事も考えたけれど、そんなに虫のいい話じゃなかった。
1人の後輩だと思ってた女の子から、いきなり告白なんてされたら…唯先輩じゃなくても戸惑うよね…。
それでも…きっと、唯先輩から嬉しい返事が貰えるって…根拠があるわけじゃないけど、何となくそんな気がしていた。
唯先輩の様子がおかしくなったのは、その日の夜からだ。
翌日曜日も一緒に遊びに行く予定だったのに、急に予定が入ったとのメールが来た。
まぁ、唯先輩にも急用はあるだろうし、仕方のない事…。
だけど、急用というだけで内容までは教えてくれなかった。いつもはちゃんと理由も教えてくれるのに…。
そして、月曜日、火曜日ともに唯先輩は部活を休んだ。
律先輩や澪先輩、ムギ先輩の話によれば、学校にはちゃんと来ているけど、用事があるとの事ですぐに帰ってしまうらしい。
しかも、いつも一緒のギー太さえも学校に持ってきていないという。
つまり、最初から部活には出る気が無いという事…。
私は考えたくないけれど…一つの考えに辿り着いてしまった。
もしも唯先輩が女の子同士の恋愛は受け入れられないとしたら…。
私が唯先輩に告白をしてから、こんな状況になってしまったのだから…。
「私、唯先輩に避けられてるのかなぁ…」
こうなったら、頼れるのは妹の憂だ。
きっと憂なら最近の唯先輩の様子の変化に気付いているはず…。
「最近、唯先輩が部活に出てないんだけど…何かあったの…?」
「えっ!?さ、さぁ…。最近帰ってくるのが遅いから、軽音部での練習後、どこかで受験勉強しているもんだと思ってたけど…」
「帰ってくるのが遅いって、何時頃なの?」
「夜の9時過ぎとか…」
「遅いね…。部活に出ないで、どこで何してるんだろう…」
「唯先輩が部活に出ない理由…案外…デートだったりして?」
「なっ!?」
私と憂の会話を黙って聞いていた純がニヤリと笑い、私に迫ってくる。
私の気持ちを知ってか知らずか…ちょっと意地悪な顔になっている。
「唯先輩がデート…ははっ、まさかね…」
「でも、唯先輩って可愛らしいし、男の人も放っておかないんじゃない?」
「唯先輩が可愛らしいのは全人類共通認識だけど」
「規模がでかいな、おい」
「でも…男の人とデートなんて…」
「そう言えば、お姉ちゃん…ずっと好きだった人から告白されたって喜んでたような…」
「えぇ!?」
嘘だ…。唯先輩が男の人から告白されたなんて…。
そんなの、信じたくない…!
だって…だって、唯先輩は私の恋人になるはずの…。
…何、自分勝手な事を考えてるんだろう。
唯先輩は私のものじゃないのに…。
恋人同士でもない、ただの
先輩後輩の関係なだけなのに…何、独り占めしようとしてるんだろう…。
気になってた人から告白されたら…そりゃ嬉しいよね。喜ぶよね…。
ただの1人の後輩から…しかも女の子から告白されたら…戸惑うよね。避けたくなるよね…。
現実的に考えて…唯先輩はどっちを選ぶか…。
うん…。決まってるよね。そりゃあ、男の人―――――
「あ、あずにゃん、ヤッホー♪」
「…ゆ、唯先輩!?」
私は部室の扉を開けていた。
どうやら、あれこれ考えながら部活に来てしまったようだ。
今、私の目の前には…はにかんだ唯先輩が居る。
その表情も私には眩しく見えた…。でも…唯先輩の視線と私の視線が直結する事は無かった。
「せっかくあずにゃんに会えたのに…残念だけど、私もう帰らなきゃ!」
ちょっぴり焦りながら帰り支度をしている唯先輩。
3日も会わなかったら…今までだったらすぐに抱きついてきてたのに。それが無いって事は…。
あぁ…やっぱり避けてるんだ…。
「…今日も『用事』があるんですか…?」
「うん!ゴメンね~。どうしても外せない、大切な用事なんだ…。じゃあ皆、また明日ね!」
「…」
『デートですか?』と…聞く勇気は私には無かった。
本当はしっかりと確かめたいのに…。唯先輩の口から、その答えを知るのが怖かったんだと思う。
「唯先輩…最近どうしたんですかね…」
ムギ先輩の持ってきたお菓子には全く手を付けずに帰ってしまった唯先輩。
「まぁ…あいつも色々忙しいんだよ」
「一緒に練習できないのは納得できないかもしれないけど…今日だけは許してやってくれよな」
「とりあえず、お茶にしましょう♪」
4人だけのティータイム…これで3日連続だけど、話が進む3人をよそに、私だけが上の空だった。
こんな事を言ってしまったら他の先輩方に申し訳ないんだけど…唯先輩が居ないと部活も張り合いが無いな。
唯先輩が居てこそ、頑張ろうって思えるのに…。
いつになったら、唯先輩はちゃんと部活に出てくれるようになるんだろう…。
学校を出てからも、あれこれ考えを巡らせていたけれど、それは全て唯先輩の事だった。
「…気分転換に楽器屋さんにでも行こうかな」
少しでも落ち着かない気持ちを紛らわす為に…。
だけど、その選択肢は間違っていたと知るまでに時間はかからなかった。
楽器屋のすぐ近くまで来た時に…私の目には衝撃的な光景が飛び込んできたのだ。
純と憂との会話がフラッシュバックする―――――――――
「唯先輩が部活に出ない理由…案外…デートだったりして?」
「唯先輩がデート…ははっ、まさかね…」
「そう言えば、お姉ちゃん…ずっと好きだった人から告白されたって喜んでたような…」
「えぇ!?」
――――――――――目の前には、私の知らない男の人と手を繋ぎながら歩いている唯先輩が居た。
その表情は…私も見た事ないくらいの、満面の笑みだった。
それから…どれくらい時間が経ったんだろう。
私は今、部屋のベッドに制服姿のままで寝転んでいる。
あの衝撃的な光景を見た後、逃げるように家に帰ったんだけど、その間の記憶があまりない。
私が見たのは一瞬だけだったけど…その一瞬のインパクトが強すぎて…。
考えたくないのに、『唯先輩と知らない男の人が手を繋いでいる姿』が何度も頭の中でリプレイされている。
唯先輩、凄く嬉しそうな表情だったな。あの人が、唯先輩の好きな人な人なのかな。
だったら、やっぱりあれはデートなのかな。男の人とデート…うん、別に何もおかしくないよね。
男の人…パッとしか見なかったけど、私達より年上だったな。でも、若そうな感じはしたな。
あんな感じの人が唯先輩のタイプなのかな。背も高かったし、何か優しそうな感じだったし…私とは正反対だな。
ベッドの上で、悶々としながら時間を過ごしていた。
「そういえば唯先輩、木曜日に気持ちをはっきりさせるって言ってたけど…何言うんだろう」
そう、答えはもうはっきりしている。唯先輩には好きな人が居て、その人とデートもしている。
だとしたら、私の好きという気持ちには応えられないと、はっきりとお断りの返事をするつもりなのかな…。
「明日…学校行きたくないな…」
ふとケータイを開くと、ディスプレイに表示される時間を見る。既に日付は変わっていた。
「1時11分…ははっ、日付も合わせると1が7個もあるよ」
こういうのを見ると、ちょっと得をした気分になるけれど…今の私にはそんな気分になれる余裕が無かった。
何通かメールも来ていたけれど、唯先輩フォルダには新着メール無し…。
1番欲しい人からのメールが無い事がわかり、私は来ているメールを確認せずにケータイを閉じた。
そして迎えた木曜日の朝…。
どうにもテンションの上がらない私は、学校を休む事にした。
…というわけにもいかないので、仕方なく学校に行く事にしたけれど、その足取りは鉛のように重かった。
だけど、こんな時でも…やっぱり私の頭の中には、唯先輩の事ばかり浮かんでくる。
土曜日の帰り道での唯先輩の驚いた表情、最近のそわそわしている唯先輩の表情、昨日の嬉しそうな唯先輩の表情…。
それらを思い浮かべると、弱気になってしまう自分が居る。
例え告白の答えがダメだったとしても…良いお友達で居ようって言ってもらえれば、それで良いかなって…。
学校に着くと、すかさず憂と純が笑顔で話しかけてくれた。
「今日から3年生は、三者面談なんだって」
「受験生だもんね。あぁ、私達も来年は受験なのかぁ…梓と憂が居れば、私は高校生のままでも良いなぁ」
「もう、純ちゃんったら…♪」
楽しそうの話をしている2人…。
ねぇ…憂は知ってるの?唯先輩が楽しそうにデートをする相手が居る事を…。
ねぇ…純はどうするの?もしも憧れの先輩が、自分の知らない男の人と手を繋いでるのを見たら…。
徐々に迫ってくる部活開始の時間。もう、いっその事サボってしまおうかな…。
だけど、そんな事は許さないと言わんばかり…教室の外から私の名前を呼ぶ、唯先輩の声が教室内に響いてきた。
「あずにゃーん!」
ドキッとする私。唯先輩に呼ばれた事で嬉しさ半分、告白の答えを言いに来たんじゃないかと思うと恐さ半分。
「もう…恥ずかしいですから、そんなに大声で呼ばないでくださいよ…」
「ゴメンゴメン♪…今日はいつもより1時間くらい遅れて部室に来てね!」
「な、何でですか!?」
「色々準備があって忙しいんだ♪じゃ、そういう事で!」
そう言い残すと、駆け足で去っていった唯先輩。そして廊下に残された私…。
準備って…何なんだろう…。
午後の授業もあまり耳に入らず、内容は全て右から左に抜けていく。今日の私、ダメダメだ。
そして…とうとう
放課後が来てしまった。
「梓ちゃんは部室に行くんだよね?」
「うん…」
「じゃぁ…はい♪気に入ってもらえるかわからないけど、私からの
プレゼントだよ!」
「えっ…?う、うん…ありがとう?」
私は憂からラッピングされた小さな紙袋を受け取った。
中には、可愛らしい髪留めのゴムが入っている。
…そういえば、昼休みにも純からゴールデンチョコパン貰ったっけ。
『これが私からのプレゼント!苦労したんだから、ありがたくお食べ♪』とか言ってた。
何で2人ともプレゼントくれたんだろう。…私が元気無かったからかな。
…あれ…って事は、事情知られてる!?…いやいや、そんなわけないよね…。
誰も居なくなった教室…。綺麗なオレンジ色の夕陽が、その静かな教室を照らしている。
普段なら部室に行ってる時間。だけど、今日は1時間遅れて部室に来るようにと言われた。
でも…やる事が無い。まぁ、部室にギターを置くだけなら良いかな、とゆっくり席を立つ事に。
部室の前に着いたけれど、中からは誰の声も聞こえてこなかった。
ゆっくりと扉を開け、中を確認するも…やっぱり誰も居ない。
とりあえずギターだけ置いて、図書館で時間でも潰そうかなっと思った時…。
机の上にクシャクシャに丸められた紙を見つけた。
「何だろう、これ…」
その丸められた紙を手に取り…そこに書かれていた内容を見た私は絶句してしまった。
―――あずにゃんは酷い
―――あずにゃんは罪な女だ
―――あずにゃんに大切な物を盗まれた
「何…これ…」
色々と…私の悪口のようなものが書かれていた。
所々、シャーペンでグチャグチャに消されている部分もある。
こんな事を書かれた事だってショックなのに…もっとショックな事がある。
筆跡で誰が書いたかわかってしまった…。
「唯先輩…」
こんなにも嫌われていたんだ…。私が、唯先輩の気持ちも考えずに好きって告白なんてしたから…。
自分の中だけに想いを留めれば良かったという後悔…私の目からは止め処なく涙があふれてきた。
「早く、こっちだよ♪」
「なぁ、本当に良いのか唯…部外者の自分が来ても…」
「大丈夫だよぉ♪」
部室の外から…唯先輩と…男の人の声が聞こえてきた。
…まさか、昨日の…!?
「ジャーン!りっちゃん、澪ちゃん、ムギちゃん、紹介するね!これが私の…って、あずにゃん!?」
「…唯…先輩…」
昨日と同じ光景だった。笑顔で手を繋ぎ、部室に入ってきた唯先輩と男の人…。
この人が、唯先輩の…彼氏なんだ…。
そっか…わざわざ私を1時間遅く部室に来させようとしたのは、他の先輩方に彼氏を紹介する為だったんだ…。
私が居れば、部外者は立ち入り禁止とか口うるさく言うから…。
「…そういう事…だったんですね…」
「あ…あずにゃん…あ、その紙…」
「わかりましたよ、唯先輩の気持ち…ここまで嫌われてるなんて…思いませんでした…」
「ち、違うの…!その紙は…」
「最近部活を出なかったのも…私の事を避けたかったからなんですよね…」
「えっ…ち、違うよ!あずにゃん、誤解…」
「もう…良いんです…」
「あ、あずにゃ…!?」
私は部室を飛び出していた。
もうあの場には居られない…そんな気がして…。
学校を出た後も…何も考えずに…ただひたすら走っていた。
行く当ても無く…ただひたすらに…。
「ふぇ…えぐっ…うぅ…」
何故だろう…。行く当ても無く走り続けたのに…私が辿り着いたのは、私が大好きな場所だった。
サラサラと流れる川…その水面にはキラキラと夕陽が反射している。
『ゆいあず』を結成した川原…あの時から、ここは私のお気に入りの場所になっていた。
辛い事や悲しい事があっても、ここに居ると隣で唯先輩が笑って励ましてくれる…そんな気がしたから。
2人で腰かけていた定位置に座り込んだ。
時折吹いてくる秋風がとても冷たい。今の自分の心と同じくらいに…。
「…返事、OK貰えなくても…嫌われたくなかったなぁ…」
いつも私に振りまいてくれた笑顔。
そしてどんな時でも抱きついてきたけど、いつも感じられた優しいぬくもり。
…もう私に向けられる事は無いのかな…。
あの紙に書かれていた言葉を思い出すと、心が痛みが10倍、100倍となって…涙があふれてきていた。
「今…何時だろう…」
秋になると、太陽が沈むのも早くなる。
ボンヤリと川を眺めていたら、キラキラしていた水面の輝きは消え、辺りが暗くなってきていた。
ケータイは鞄の中に入っているが、その鞄はギターと共に部室に置きっぱなしだ。
「…取りに…戻らなきゃ…」
「梓さん…?」
「えっ…?」
不意に呼ばれた私の名前。振り向くと…そこには唯先輩と一緒に居た男の人が立っていた。
「唯が、ここに梓さんが居るかもしれないって言うから探しに来たんだ」
「…そうですか」
「ちょっと隣に座っても良いかな?」
「どうぞ」
何でこの人と会話してるんだろう。本当なら、恋敵であるこんな人とは喋りたくないのに…。
「キミの事は、唯からはよく話を聞いてるよ。とてもギターが上手くて、可愛い後輩が居るって」
「どうも」
「キミの事を話す時は、唯はいつも嬉しそうなんだ。この前の土曜日も一緒に映画に行ったんだってね。仲良くしてくれてありがとう」
「…あなたと唯先輩もとても仲良いですよね」
「はっはっは、よく言われるんだ」
何だろう…自信があるような笑い方が嫌味っぽくて嫌だ。
「昨日も、あなたと唯先輩が手を繋いで楽器屋さんに入っていく所を見ました。デートですか?」
「はっはっは、見られていたんだね。デートのように見えるなんて、ちょっと照れくさいね」
デートなんでしょ!?それならそうとはっきり言えば良いのに。やっぱり嫌な人だな。
「…もう1年以上前の話なんだけど、唯は初めて好きな人ができたって言ってきたんだ」
へぇ…こんなタイミングで慣れ染め話ですか。自慢ですか。最低な人だな。
「今までは、そういう話を聞いた事が無かったから、私としては嬉しくもあり、ちょっぴり複雑でもあったんだ」
「…」
「そうしたら最近、その好きな人から告白されたって喜んでたんだよ」
はいはい、それがあなたなんですね。って、1年も唯先輩の気持ちを酌まなかったんですか。酷い人だな。
「私の口からは詳しくは言えないけれど、その人の為に唯は一生懸命頑張ってたんだ。その人の気持ちにちゃんとした形で応える為に」
詳しく…言えば良いじゃん。どこまで勿体ぶる気なの、この人は。
「その姿を見ていたら、私も唯の恋愛を応援したくなってね…」
「…?」
「だから…学校に戻ってもう一度唯に会ってやってくれないかな?」
「あの…何言ってるのかよくわからないんですけど。私、唯先輩に嫌われたんです」
「それは、唯の口から言われた事なのかな?」
「そうじゃないですけど…最近の唯先輩の態度とか見てると、そうとしか思えないんです」
「それは誤解だと思うよ。直接唯の口から気持ちを聞いてやってほしいんだ。嫌われてるか否かは、それから判断しても遅くないんじゃないかな」
唯、唯って…そんなに唯先輩の名前を連呼しないでよ。唯先輩の全てを知ってるような口ぶりして。
そうやって、私にトドメを刺す気なんだ。そこまでして私に、自分が唯先輩の恋人だって事を勝ち誇りたいのかしら!?
「…あなたがそこまで言うなら行ってあげますよ。でも、どうしてそこまで私を唯先輩に会わせたがるんですか?」
「幸せになれる寸前まで来ている2人が、ささいな誤解で不幸になるなんて…あってほしくないからね」
善人ぶった事言ってますね。本音は?本音はどこですか?
「あなたにとって、唯先輩は本当に大切な人なんですね」
いつの間にか、悲しさよりも苛立ちがピークに達していた私は、わざと男の人に背を向けて言った。
だけど…この後に返ってくる言葉は…全く…予想だにしない物だった。
「はっはっは、当たり前だよ。父親である私にとって、娘達はかけがえのない大切な宝だよ」
「………………・・はへっ!?」
…おかしいなぁ、何か聞き間違えたのかな?うん、そうだよね。聞き間違いだよね。いやぁ、どうしちゃったんだろう、私。
「娘達には幸せになってほしいんだ。唯にも…もう1人の娘の憂にも…。娘達の幸せは父親の幸せでもあるからね」
うん、ゴメンなさい。全ての発言を撤回させてください。この方は唯先輩のお父………・えぇー!?
じゃあ…私は今まで…ものすごーく…とんでもない
勘違いをしていたって事…!?
「今日は三者面談で学校に行ったんだけど、唯がどうしても見てほしい場所があるって言うから、部室にお邪魔させてもらったんだ。
そこにキミが居たんだけど、走って出ていってしまったね。でも唯は、キミが必ず戻ってくるからと言って、今でも部室で待ってるんだ」
「唯先輩…」
「…唯の所に戻ってあげてくれないかな?」
「はい…でも私、唯先輩に何て言えば…」
まだ色々な謎は残っていたけど、とんでもない誤解をしていた事に罪悪感を抱いていた。
この後、私はどうすれば良いのか…。そんな悩みも、唯先輩のお父さんの一言が拭い去ってくれた。
「何も飾らずに、キミの素直な気持ちを伝えれば良いんじゃないかな。きっと唯に伝わるさ」
「はい…あ、ありがとうございます…」
私は唯先輩のお父さんに一礼して…ひたすら走った。今度は行く当てがしっかりとある。
唯先輩が待ってくれている…あの部室へ…!!
謝らなきゃ…とにかく謝らなきゃ…!!
酷い誤解をしてしまった事を…。
そして…闇の心をさらけ出してしまった、唯先輩のお父さんにも謝らなきゃ…!!
…あれ、口に出してなくて本当に良かった…。
学校に戻って来た時には、私の息は絶え絶えになっていた。
教室の電気はほとんど消えている。部室の電気は…点いていない。
「唯先輩…」
校内に残っている生徒はほとんど居ないようで、静寂の中で私の足音だけが響いていた。
部室の前に到着したが、やはり電気は消えており、人が居るような気配はしなかった。
…が、静かに耳を澄ますと…部室の中から誰かのすすり泣く声が聞こえてきた。
「うぅ…あずにゃん…ひっく…あずにゃん…」
その声が誰だかわかった瞬間…私は部室の扉を勢いよく開けた。
「唯先輩…!!」
「あ…あずにゃん…」
外はすっかり日も落ちて暗い。部室も電気が点いていないから暗い。
暗いから唯先輩の顔もよく見えない。だけど枯れた声を聞くとわかるんだ。
唯先輩は…沢山泣いたんだという事を…。
私も泣いたけど、唯先輩はそれ以上に泣いていたんだと思う…私のせいで…。
「あずにゃん…ゴメン…私…」
「謝らなきゃいけないのは私の方です…。唯先輩の気持ちを何も確かめないで…勝手に勘違いして…ゴメンなさい」
「私も…あずにゃんに喜んでもらいたくて…サプライズプレゼントを用意する事ばかり考えてて…」
「サプライズプレゼント…ですか?」
「うん…今日は、あずにゃんにとって、とってもとっても大切な日だから…」
暗闇の中…唯先輩が私に近づいてくるのがわかった。
そして…一瞬だけ私の唇に温かく、柔らかい感触が残った。
それは…初恋の人からのファーストキスだった。
それ以上の言葉は要らなかった。
ただただ、行動でその喜びを示したくて…私は力いっぱい、唯先輩に抱きついていた。
大好きな人と心が通えるようになった…そう思うだけで心が温かくなれた。
ここのところ、ずっと唯先輩の事で悩んでいた。今日が自分の誕生日だという事を本当に忘れていたくらいに…。
ホッとしたせいか…私はまた目に涙を浮かべていた。だけど、それは悲しいものじゃない。
嬉しい時、幸せな時にも涙を流す事ができる…また1つ、唯先輩から教わったよ。
「あずにゃん…他にも受け取ってほしいものがあるんだ…」
そういうと、唯先輩は部室の電気を点けた。
机の上には小さいけれど、とても可愛らしくデコレーションされたホールケーキがある。
「こ、これは…」
「あずにゃんの為に作ったんだよ。ホールケーキの作り方を教えてくれる料理教室があったから、日曜日から3日間通って作ったの」
「す…凄いです…」
「本当はもう少し大きいのを作りたかったんだけど、一緒に料理教室に来たお父さんが、美味しいからって味見ばっかりしちゃって…」
「…あははっ、面白いお父さんですね♪」
「だから昨日は味見しすぎた罰として、お父さんに楽器屋さんでの買い物に付き合ってもらったの。
でも、楽しかったんだぁ。お父さんと楽器屋さんに行くの初めてだったし…」
そういう事だったんだ…。唯先輩のおかしな行動も、昨日見た光景も…やっぱり、私のただの勘違いだったんだ。
「せっかくだから私が、あーんってしてあげる!」
「ふぇ!?/// は、はい…///」
「はい…あずにゃん、あーん♪」
「い、いただきます…あ、あーん///」
「ど…どうかな?」
「美味しいです…世界一美味しいです。そして…とっても甘いです///」
「本当!?良かったぁ…♪」
美味しくて甘いケーキ…それを食べさせてくれた事も嬉しかったけれど…。
それよりも、私の為に、唯先輩が一生懸命作ってくれた…その事が凄く嬉しかった。
「あずにゃんの為に歌も作ったんだよ。時間が無くて、あまり練習できなかったけれど…聴いてください」
そして始まった、2人だけのコンサート。演奏者は1人、聴いている客も1人。
唯先輩のソロ演奏…そりゃぁ、酷いのなんのって…こんなの、他の人の前では演奏しないでくださいっていうレベル。
でも、どんなに酷くても私の為だけに演奏してくれてた、私だけが知っている、唯先輩の演奏。
唯先輩の愛が沢山詰まった演奏…やっぱり、他の人には聴かせたくないな。
演奏は酷かったけれど、忘れられない歌詞があったんだ―――――
―――あずにゃんは酷いよ 私の頭の中に一日中居座るんだもん…朝も昼も晩もあずにゃんの事しか考えられないよ
―――あずにゃんは罪な女だよ そんな天使のような笑顔を見せられちゃ…眩しくて目を合わせられないよ
―――あずにゃんに大切な物を盗まれたよ 私の心をずっと掴んだまま離さないよ…あずにゃんにもう首ったけだよ
これで…全て誤解は解けたかな…。
「今日は…素敵な誕生日にしてくれてありがとうございました♪」
「あずにゃんが喜んでくれて良かったよ!」
「でも…1つだけ納得できない事があります!」
「えぇ!?な、何…?」
「キス…あ、あれは私にとっての大切なファーストキスだったのに…あまりにも短すぎです!///」
「ゴ、ゴメン…私にとっても初めてのキスだったから…緊張しちゃって…」
「その割には、いくら暗かったとは言え、急にしてくるなんて…大胆でしたけど///」
「えへへ…///」
「…唯先輩」
「あずにゃん…」
真っ暗になった帰り道…2人の間に心地良い沈黙が流れている。
この沈黙は…2人だけの世界への入り口だ。
私を逃がさないように、ギュッと抱き締める唯先輩。
目を閉じ…私と唯先輩の距離が無くなる。
2回目は、どれくらい経ったかわからないくらいに…とっても深くて甘いキスだった。
暗いからわからないかもしれないけど…私の顔は結構赤かったんじゃないかな。唯先輩もきっと…。
「あずにゃん…良かったよ///」
「私も…唯先輩のキスでとろけちゃいそうでした///」
「あずにゃん、キスも経験したって事は…後は、ゴニョゴニョ…」
「ふぇ…!?/// ま、まだそれは早いですぅー!!」
「でも、あずにゃん、見て見て♪」
唯先輩は嬉しそうにケータイのカレンダーを見せた。
今日は2010年11月11日の木曜日…。唯先輩が指差すのは…。
「次の日は学校お休みだよ、あずにゃん♪…あずにゃんからの、素敵な誕生日プレゼント…待ってるからね♪」
「にゃ…にゃぁぁぁぁ///」
2010年11月27日(土)…唯先輩への誕生日プレゼントは早々に決まったのだった。
一方…
「唯…お前が幸せになれるなら、父さんはどんな恋愛でも応援するぞ…例え、それがレズの道であっても…!」
「素晴らしいです!ですが、レズではなく、百合と表現していただきたいですわ…」
「むっ…沢庵のような眉…お嬢さん、タダ者ではないですね…」
「現在、ゆいあず極秘プロジェクトが進行しているのです。私はそのプロジェクトの責任者…。
そのプロジェクトに…ぜひとも貴方のような理解者に加わっていただきたい…」
「ふっ、唯の幸せの為なら、何でもやらせていただくよ。で、そのプロジェクトとは一体…?」
「唯ちゃんと梓ちゃんがどんな時でもイチャイチャしてしまう秘薬の開発…これが完成すれば…ふふっ♪」
「貴女は恐ろしい…いや、とても素晴らしいお方だ!」
「イチャイチャしている唯ちゃんと梓ちゃん…あぁ、目の保養だわぁ…♪ ハァハァ...」
END
- あの…プロジェクト参加希望なんですが… -- (名無しさん) 2010-12-08 05:23:24
- 唯のお父さんってまさか… -- (名無しさん) 2011-02-18 16:48:54
- 沢庵のような眉毛ってwww -- (名無しさん) 2013-01-16 03:00:42
最終更新:2010年11月26日 06:42