これは私、平沢唯が1年生の時の話。
3月・・・その日はとても暖かく、私はその年初めてアイスを買った。
「えへへ~、今年初めてのアイスはあずきバーにしちゃった♪」
つい先日まで、学校の
帰り道に寄ったコンビニで、肉まんを買っていた。
そして、食べながら帰るという、ちょっとお行儀の悪い事をしていた。
お行儀が悪いと思いつつも、それは小腹が空いた時の至福の時間だった。
購入対象が肉まんからアイスに変わっても、食べながら帰るという事は変わらなかった。
「う~ん、美味しい~♪」
至福の時間を味わっていた私だったが、気になる事があった。
コンビニを出た頃から・・・いや、学校を出た頃から誰かの視線を感じていたのだ。
ピタッと立ち止まり、後ろを振り向く・・・しかしそこに人の姿は無い。
「何だろう・・・誰かに見られてるような気がするんだけど・・・」
私は再び歩き出したが、やはり私の後ろを何かがついてきている感じがする。
しかし立ち止まるとその気配は消え、再び歩き出すとやはり何かがついてくる気がするのだ。
「う~ん・・・誰も居ないのに・・・何で視線を感じるんだろう・・・」
私は首を傾げながらも、背中にある相棒、ギー太を軽く背負い直し、再び歩を進めようとした・・・その時だった。
『ニャー』
「ん・・・?」
私の耳に子猫の鳴き声が聞こえてきた。
視線の持ち主は子猫なのか・・・そう思ったが、辺りを見渡しても子猫の姿は見えない。
仕方なく歩こうとすると・・・。
『ニャー』
「えっ・・・子猫ちゃん、どこに居るの?」
キョロキョロと周りを見ても、やっぱり居ない・・・と思いきや、私の足元にその子猫は居た。
私の横にピトッとくっつく様に、お座りをした状態で私の事を見ていた。
「わぁ・・・可愛い~♪」
その子猫は前足と後足が白いが、その他は綺麗な黒色の毛並みをしていた。
可愛い物が大好きな私は、すぐに子猫を抱きあげたり撫でたりしてあげたかった。
しかしこの日は、生憎買ったばかりのあずきバーを手にしていた為、子猫に触れる事を泣く泣く断念した。
「可愛い子猫だなぁ・・・連れて帰っちゃいたいなぁ・・・」
とは言っても、可愛いからというだけで動物を飼う事もできない。
ましてや、今はお父さんもお母さんも海外に出掛けている為、許可無く子猫を飼う事などできない。
子猫から離れる事に名残惜しさを感じていたが、その子猫も私と同じ気持ちだったのか、後を追いかけてきた。
「飼えないんだよぉ・・・連れて帰れないんだよぉ・・・」
決心が揺らぎそうになったので、私は心を鬼にして早歩き・・・いや、小走りで子猫を置き去りにしようとした。
『ニャー』
時折聞こえてくる子猫の声に振り向きそうになりながらも、私はグッとこらえ、前だけを見て走った。
(可愛いけど・・・一緒に居てあげたいけど・・・ゴメンね・・・!!)
まだまだ小さい子猫・・・親とはぐれてしまったのだろうか・・・1匹で生きていけるのだろうか・・・。
様々な思いが頭の中を駆け巡ったが、家に着くまで私の意志は変わらないままだった。
ただ・・・とっても胸が苦しかった。
自分が子猫を捨てたわけではないのだが・・・拾ってあげられなかった事に対する罪悪感が自分を覆っていたのだ。
「ふぅ・・・」
右手には溶けかかったあずきバー・・・本当なら、家に着く前に全て食べきるつもりだった。
とっても美味しく、今頃は幸せな一時を過ごせた事で笑顔になっているはずだった。
だけど・・・実際にはうっすらと目に涙が浮かんでいる。
辛い・・・かと言ってもう後ろは振り向けない・・・私は心が揺らがないうちに家に入ろうとした。
『ニャー』
「・・・」
2時間後・・・私はギー太を抱えながら、ベッドに腰掛けていた。
そんな私の横には、黒い子猫がチョコンと座っている。
私は・・・小さな子猫に負けてしまった。私なりに必死で子猫から逃げたつもりだったが、子猫の執念が私の意志に勝ったのだ。
『ニャー』
「キミは・・・どうして私を追いかけてきたの?」
『ニャー』
「美味しい物はあげられないよ?・・・あずきバー、食べちゃったし・・・憂はまだ帰ってきてないし・・・」
『ニャー』
その子猫は最初は私の事を見ていたのだが、初めて見るのであろう、ギー太に視線を移していた。
「これはギターって言って、こんな音が出せるんだよ」
ジャラーンと音を1回出すと、子猫はピクッと反応した。
初めて聞く音に、さすがにビックリしてしまったのだろうか・・・。
「せっかくだから、子猫ちゃんに曲を聴かせてあげよう♪・・・ふわふわ時間行くよぉ~」
子猫をビックリさせないように、ゆっくり優しくギー太を弾き始めた。
「―――あぁ~神様お願い・・・二人だけの・・・ドリームタイムください~♪」
『ニャー』
「お気に入りのウサちゃん抱いて~・・・今夜もオヤスミ・・・ふわふわ時間♪」
『ニャー』
「ふわふわ時間♪」
『ニャー』
「ふわふわ時間♪」
『ニャー』
まるで「ふわふわ時間」と返しているような鳴き声に私はクスッと笑った。
ご褒美と言わんばかりに子猫を撫でてあげると、目を閉じ、気持ちよさそうな表情をしている。
「凄いね~・・・この子猫ちゃん、もしかしたら私達のバンドに入れちゃうかも♪・・・そうしたら、一緒にギターやりたいね!」
『ニャー』
「ふふっ、なんちゃってね♪」
勿論冗談のつもりで言ったのだが、子猫は小さな前足でギー太の弦をチョイチョイと触ろうとしていた。
初めて見る物に興味を示しているだけだと思ったが、何故かこの時、私はいつかこの子猫と一緒にバンドが組めるのではないかと感じたのだ。
「・・・ところで、いつまでも子猫ちゃんって呼ぶのもあれだし・・・名前付けてあげようかな」
『ニャー』
「この子猫ちゃんとの出会いは、ついさっき・・・あずきバーを食べている時に出会ったんだよね」
『ニャー』
「あずきバーを食べている時に追いかけてきた子猫ちゃん・・・あずきちゃん・・・あずき子猫ちゃん・・・あずきニャン子ちゃん・・・」
私の脳内では、さっき食べたあずきバーが50%を占めており、何故かあずきバーから名前を考えようという事しか考えられなかった。
「あずきニャンちゃん・・・あずニャンちゃん・・・ん!?」
私は閃いた。響きがとても可愛らしく、この子猫にピッタリな名前を・・・。
私が今後、ずっと愛していけそうな名前を・・・。
「
あずにゃん・・・ってどうかな!?何か・・・自分が言うのも変だけど、凄く良い名前だと思うんだ!!」
『ニャー♪』
「あずにゃーん!」
私が名付けたばかりの名前を呼ぶと、黒い毛並の子猫・・・もといあずにゃんは勢いよく私に飛びついてきた。
「な~に、あずにゃん♪そんなにこの名前気に入ったの~?・・・えへへ、私も嬉しいよって・・・ダメだよぉ、そんな顔舐めちゃ♪」
『ニャー♪』
あずにゃんは私に甘えるように顔を舐めている。
あずにゃんに押し倒されるような形になってしまったが、あずにゃんの軽い体重と、撫でると手の平に広がる感触が心地良かった。
食べ歩きをしながら帰る時間よりも、もっと至福な時間を私は得る事ができたのだ。
「えへへ、あずにゃん、もう1回ふわふわ時間を弾くよ~!」
『ニャー』
「夢は・・・いつか一緒に武道館に出る事だよ!」
『ニャー』
「私とあずにゃんと・・・世界初の人間と子猫ちゃんのライブやろうねっ!」
『ニャー』
人間の言葉を理解しているかはわからないけれど、話しかけると呼応をしてくれるあずにゃんがとても愛しかった。
私はあずにゃんを再びベッドに乗せると、ギー太を弾き始めた。
「―――あぁ~神様お願い・・・二人だけの・・・ドリームタイムください~♪」
『ニャー♪』
「お気に入りのウサちゃん抱いて~・・・今夜もオヤスミ・・・ふわふわ時間♪」
『ニャー♪』
「ふわふわ時間♪」
『ふわふわ時間♪』
「ふわふわ時間♪」
『ふわふわ時間♪』
あずにゃんの合の手が入った演奏を終え、気持ち良くギー太を降ろした。
「凄いよあずにゃん!上手だったね~♪」
『えへへ、ありがとうございます♪』
「ニャー、ニャー♪って可愛かったよぉ♪・・・最後、ふわふわ時間ってちゃんと言えてたし・・・天才だよ、あずにゃん!」
『いやいや、そんな事無いですよぉ~』
「こりゃ世界もビックリだね!言葉を喋れる子猫が居るって・・・・・・・・・・!?」
私は一体誰と会話をしているのだろうか。
ずっと私についてきた黒い子猫に話しかけているつもりだったのに、しっかり返答がある・・・。
目をゴシゴシと拭き、子猫の方を見るが、そこには子猫では無く・・・一人の女の子が居た。
「・・・」
『どうしたんですか?・・・そんなビックリした顔して・・・?』
「・・・だ・・・だ・・・誰っ!?・・・さっきまで居た子猫ちゃんは何処に行ったの!?」
『誰って・・・私、あずにゃん・・・ですよ?・・・さっき私に名付けてくれたじゃないですか♪』
「えっ・・・でも・・・いや・・・えぇ!?」
私は頭の中の整理ができずにいた。
先程まで隣に居たのは黒い子猫だった・・・にも関わらず、今隣に居るのは黒髪のロングヘアーの女の子である。
子猫に『あずにゃん』と名付けたけれど、この女の子も『あずにゃん』と名乗っている。
- という事は、子猫がこの女の子という事になるのだけれど・・・子猫が女の子に変身するなんて有り得るのだろうか・・・?
(いやいや、そんな事ないって・・・絶対無いって・・・)
現実では有り得ない事だと思っても、深くは考えられなかった。
私の中にある、美味しい物と可愛い物に反応するレーダーが、女の子のあずにゃんを捉えたからだ。
「信じられないけれど・・・子猫ちゃんが女の子になったとか・・・そんな事はもうどうでも・・・」
『へっ・・・?』
「もう・・・あずにゃん・・・可愛い~!!」
『にゃっ!?』
私はさっきのお返しとばかりに、あずにゃんに抱きついていた。
抱き心地は普通の人間と変わる事は無い・・・このあずにゃんは生身の人間だ。
『く・・・苦しいですよぉ~・・・』
「だって、あずにゃん可愛いんだも~ん!!」
『た、助けてぇ~・・・』
子猫のあずにゃんがやったように顔をペロペロっと・・・舐める事はさすがにできなかった。
その代わりに愛情表現として、私は女の子のあずにゃんに対し存分に頬擦りをするのだった。
「お姉ちゃん、ただいま~・・・何か声が聞こえてきたけど、お客さんでも来てるの?」
「あっ、憂~おかえり!・・・そうだ、紹介するね♪・・・この子、あずにゃんって言うの!」
私は体勢を直すと、経緯は詳しく言わずに、とりあえず出会った自慢の可愛い女の子、あずにゃんを憂に紹介した。
憂もすぐに可愛いと言ってくれると思ったのだが・・・何だか冴えない表情をしている。
「この子って・・・その子猫の事・・・?」
「そうそう、この子猫ちゃん♪・・・って、えぇ!?」
『ニャー』
そこに居たのは、私の後をずっとついてきていた子猫のあずにゃんだった。
さっきまで抱きついていた女の子のあずにゃんの姿は何処にも見えない。
しかし子猫のあずにゃんは、私はここですよ、と言わんばかりにジッと私の事を見つめていた。
「お姉ちゃん・・・お父さんとお母さんが海外に出掛けて居ないのに子猫なんて連れて帰ってきちゃダメだよぉ・・・」
「だって・・・この子猫がずっと私の後をついてくるんだもん・・・親とはぐれちゃったのかもしれないし・・・」
「でも・・・」
「1匹ではきっと生きていけないよぉ・・・可哀想だよぉ・・・せめてお父さんとお母さんが帰ってくるまでの間、飼えないかなぁ・・・?」
『ニャー』
私は憂に子猫の面倒を見たいと懇願した。
子猫のあずにゃんも、私の気持ちに同調するように小さく鳴いていた。
「子猫じゃなくても、動物を飼うって大変な事だよ、お姉ちゃん・・・」
「絶対に、私が最後まで面倒見るから!」
「ご飯とか、おトイレの躾とか・・・大変だよ?」
「大丈夫!・・・私も本とか読んで躾を覚えるから!」
『ニャー』
「・・・まぁ、その子猫もお姉ちゃんの事気に入ってるみたいだし・・・とりあえずお父さんとお母さんが帰ってくるまでならね・・・?」
「わぁ・・・ありがとぉ、憂~!!」
『ニャー♪』
「何だか、その子猫も嬉しそうだね!・・・確か、友達の純ちゃんが子猫飼ってるって言ってたから、明日色々聞いてくるね」
「うん、ありがとう♪」
こうして、私とあずにゃんの同居は始まったのだった。
その日の晩・・・私はジッと子猫のあずにゃんを見つめていた。
「あずにゃんは・・・いつあずにゃんになるの~?」
『ニャー』
「ニャーじゃわからないよぉ~・・・」
『ニャー』
「うぅ・・・」
全く会話が噛み合わなかった。人間と子猫なのだから、当然と言えば当然なのだろう。
だけど、子猫のあずにゃんには私の言ってる事が通じているような気がしていた。
だから私も、どうにかして子猫のあずにゃんの言いたい事を理解したかった。
『ニャー』
子猫のあずにゃんはベッドから降りると、ギー太の入ったギターケースに近寄り、それを引っ掻き始めた。
「あぁ、ダメだよあずにゃん、ギターケース引っ掻いちゃ・・・」
子猫でまだ爪が無かった為、ギターケースは下の方に目立たない程度の傷ができただけだった。
私はおもむろにギー太を取り出すと、それを優しく抱え込み、昼間と同じようにベッドに腰掛けた。
『ギターの練習・・・するんですか?』
「うん、あずにゃんが弾いてほしいって言ってる・・・そんな気がしたから・・・って!?」
私は声のする方に慌てて振り向くと、そこには女の子のあずにゃんがベッドに腰掛けていた。
『えへへ♪ さっきの演奏楽しかったので、またギターの音に合わせて合いの手入れちゃいますね♪』
「あずにゃ~ん!!」
『にゃっ!?・・・またそんなに抱きつかないでくださいよぉ~』
女の子あずにゃんの登場で、私は反射的にあずにゃんに抱きついていた。
抵抗の言葉を私に投げかけるも、あずにゃんは本気で嫌がる素振りはしなかった。
人間のあずにゃんの感触を確かめ終わり、正気に戻った私は疑問に思っていた事を素直にぶつけた。
「キミは・・・子猫ちゃんなの・・・?それとも女の子なの・・・?」
『私はあずにゃんですよ?』
「そうじゃなくって・・・いや、そうなんだけどね、あずにゃんの真の姿は子猫ちゃんなの?・・・それとも女の子なの?」
『それは・・・』
あずにゃんは黙り込んでしまった。
私から視線を反らし、まごまごした様子を見ると、あまり事情は知られたくないようだ。
「子猫だったり女の子になったり・・・あまり知られたくないみたいだね」
『はい・・・ただ・・・』
「・・・ただ?」
『今の・・・人間の姿が見えるのは、あなただけなんです』
「私だけ・・・?」
『はい・・・他の人の前では決して人間の姿にはなりません。もしも私が人間の姿の時に、あなた以外の誰かに見られそうになったら・・・』
「なったら・・・?」
核心に迫ろうとした、その時・・・ドアがノックされ、憂が部屋に入ってきた。
「お姉ちゃん、入るよ~?」
「あっ、憂~」
『ニャー』
「あ、あずにゃん!?」
説明が終わる前に、あずにゃんは子猫に戻ってしまった。
状況から察するに、女の子としてのあずにゃんは私にしか見えない、と言うか私しか見る事ができないようだ。
例え人間の姿になっていたとしても、私以外の人に見られそうになると、子猫の姿に戻ってしまうらしい。
「明日も朝から学校で新歓ライブの練習なんだよね?」
「そうだ!春休みだから授業は無いけど、10時に集合なんだ~」
「遅れないようにね!・・・おやすみ、お姉ちゃん」
「うん、おやすみ~」
時計を見ると、いつのまにか午前0時を過ぎていた。
「ゴメンね、あずにゃん・・・明日も学校に行かなきゃいけないから、明日また弾いてあげるね」
『ニャー』
「・・・そうだ、あずにゃんがいつ女の子の姿になるのかを聞くの忘れちゃった・・・明日聞けると良いな~。おやすみ、あずにゃん♪」
私は半強制的にあずにゃんをベッドに連れ込み、抱き込みながら眠りに就いた。
『ニャー』
「へぇ~、子猫が唯についてくるとはねぇ・・・」
「な、なぁ唯・・・その子猫、今から見に行っても良いかな・・・!?」
「うふふっ、澪ちゃん、目が凄くキラキラしてるわぁ~♪」
「もしかしたら、子猫を見たら良い詩が浮かぶかもしれないんだ♪」
「澪が動物を歌詞のネタにするって・・・何か嫌な予感がするんだが・・・」
次の日の帰り道、私は昨日の子猫の事を話した。勿論、女の子に変身する事は内緒にして・・・。
りっちゃんは澪ちゃんの事を見ながら、何かを察しているみたいだ。
私には何の事だかわからないけれど、りっちゃんと澪ちゃんは小学校からの長い付き合いだから、何かを勘付いたみたい。
澪ちゃんも可愛い物が好きそうだから、子猫というフレーズだけで凄く反応した。私と同じ匂いがする気がする。
ムギちゃんは私達のやりとりを見ながら、いつものようにニコニコしている。
「ゴメンね、まだ子猫ちゃんはうちに来て間もないから、私以外の人にはまだ懐いてないの・・・もう少し落ち着いたら見せてあげるよ!」
「そっか・・・残念だな・・・」
「私は何故かホッとしたよ・・・」
「うふふ♪」
あんなに可愛い子猫、本心は皆にも見せてあげたかった。
だけど、私以外の人の前では女の子の姿にはならない・・・そう言われてしまったからには、皆にはまだ見せるわけにはいかなかった。
子猫のあずにゃんも大好きだけど、女の子のあずにゃんも凄く可愛いから大好きなんだ、私・・・。
子猫よりも女の子のあずにゃんに会いたい、その気持ちが私の中で勝っていた。
帰り道の途中、私は子猫のあずにゃんとも遊べるおもちゃを探しに駅近くの商店街に向かった。
ペットショップを探していると、オープンしたばかりの
たい焼き屋さんが目に留まった。
美味しい物も大好き、甘い物も大好き・・・だけど私は、とりわけたい焼きが大好きというわけではない。
しかし、惹きつけられるようにお店に入り、つぶあんたっぷりのたい焼きを2個購入した。
包み紙に入れられた、出来立てのたい焼きの良い香りが私の周りに優しく漂っている。
小腹も空いており、普段の私ならばすぐに頬張ってしまうところだが、今日は何故かその気にならなかった。
きっとこれを見せたら喜んでくれる人が居る・・・そんな事を思いながら、私は家路に就くのだった。
「ただいま~・・・あずにゃん、良い子にしてたかな~?」
『ニャー♪』
私が部屋に入ると、子猫のあずにゃんはトコトコと私の足元にやってきた。
そして、手に持っているたい焼きの匂いに釣られたのか、必死に私の足を上ろうとしていた。
『ニャーニャー♪』
「良い匂いでしょ~♪駅前にたい焼き屋さんが出来てたから、買ってきちゃった!」
『ニャーニャー♪』
「あずにゃん・・・たい焼き欲しいの?」
『ニャーニャー♪』
私はギー太を置き、袋からたい焼きを取り出した。
一口サイズにちぎり、人差し指と親指で摘まみながら、それを子猫のあずにゃんに見せた。
「子猫にたい焼きあげて大丈夫かなぁ・・・?」
『ニャーニャー♪』
私の心配をよそに、子猫のあずにゃんはたい焼きをロックオンしており、勢いよく飛びかかってきた。
そんな行動が可愛く、私はつい意地悪をしたくなった。
「ホイ♪・・・あずにゃん、ここまで届くかな~?」
『ニャー』
たい焼きを持った手を、私の頭の上まであげた。子猫の大きさだと、ジャンプしても届かないくらいの位置だ。
しかし、子猫のあずにゃんの目は諦めていなかった。
ベッドに腰掛ける私を踏み台にして、意地でもたい焼きをゲットしようと挑んできたのだ。
「あっ、ダメだよあずにゃん・・・そんな上ってきちゃ・・・」
『ニャーニャー♪』
「危ないよ・・・あっ・・・」
昨日と同様、子猫のあずにゃんに押し倒されたような形になってしまい、結局たい焼きは奪われてしまった。
しかし目を細め、幸せそうな表情でたい焼きを食べる子猫のあずにゃんを見て、私も思わず笑みがこぼれた。
「ふふっ、美味しそうに食べるね、あずにゃん♪」
『ニャーニャー♪』
私が持っていた一口サイズのたい焼きは、子猫のあずにゃんによって綺麗に食べられた。
しかしそれでも満足しなかった為か、今度は指に付いていたつぶあんを舌で器用に舐め始めたのだ。
「ひゃぁ・・・く、くすぐったいよ、あずにゃん・・・」
『ニャー』
「ダ、ダメだよ、そんなに舐めちゃ・・・」
『ニャーニャー♪』
「くすぐったいってばぁ~・・・・・・って重っ!?」
『美味しいですぅ~♪』
「あ、あずにゃん!?・・・ダ、ダメだって!ひゃ、ひゃめてぇ・・・」
『ペロペロ・・・はっ!?』
3分後・・・そこにはずっと正座で頭を下げている女の子のあずにゃんが居た。・・・いわゆる土下座だ。
「ねぇ、あずにゃん・・・私怒ってないから顔あげて・・・ね?」
『すみませんすみません・・・本当にすみませんすみません・・・』
「もう謝らないでよぉ~」
『すみません、本当にすみません・・・こんなに指をペロペロ舐めてしまう子なんて・・・嫌われて当然ですよね・・・』
「もう、私はあずにゃんの事は怒ってないよ~。いつまでも頭を上げないと怒っちゃうよ?」
『うぅ・・・』
女の子のあずにゃんはゆっくりと顔を上げた。
顔を赤く染め、視線を私に合わせようとしない。まぁ、状況からして仕方ないのだろう。
私だって、人の指を甘えるように舐めるなんて事・・・考えただけでも体温が上昇してしまいそうだ。
『美味しそうな匂いに釣られてしまい・・・食べてみたら凄く美味しくて・・・夢中になっていたら・・・いつの間にか人間の姿になってて・・・』
「そっかぁ・・・でもこれで、あずにゃんはたい焼きが大好物だって事がわかったね♪」
『本当にすみませんでした・・・』
「もう気にしないで良いから、ね?」
『はい・・・』
力無く返事をしたあずにゃんに対し、私は優しく頭を撫でてあげた。
しかし、あずにゃんは申し訳なさそうな表情をしたまま、私の事を見ている。
『今後の為にも言っておきます・・・人間の姿の時なら、ちゃんと感情をコントロールできるのですが・・・』
「うん」
『子猫の姿だと・・・さっきのように欲望の赴くまま行動しちゃうみたいです・・・またご迷惑をおかけするかもしれません・・・』
「ふふっ、なら仕方ないね♪」
『えっ・・・』
「それは女の子のあずにゃんの意思じゃないんでしょ?子猫ちゃんとしての行動なら、それくらいの方が可愛いと思うよ♪」
『・・・ありがとうございます、何か少しホッとしました』
「気にしなくて良いんだよ~♪私ね、あずにゃんと出会えて本当に嬉しいんだから!子猫ちゃんでも女の子でも、両方のあずにゃんが好きだよ♪」
『・・・私も、あなたのような素敵な方が大好きです』
私の事を大好きと言ってくれたあずにゃん・・・その言葉は紛れもなく嬉しい物だった。
しかし、私は昨日からずっと気になっている事があった。いや、色々と気になる事は沢山あるのだけれど。
子猫のあずにゃんから女の子のあずにゃんに変身するタイミングはいつなのか、とか・・・そもそも何で私についてきたのかのか、とか・・・。
だけど、それ以上に気になっているのが私への呼び方だ。
「う~ん・・・あずにゃんや」
『は、はい・・・』
「あなたとか呼ばれるのは何か慣れないからさ・・・私の事、唯って呼んでよ♪」
『唯・・・?』
「うん♪」
『ゆ・・・い・・・?』
「もっと大きな声で♪」
ぎこちない感じだが、あずにゃんが初めて私の名前を呼んでくれた。
それだけでも私は感情が高ぶり、思わずあずにゃんに抱きついていた。
『ちょっと、唯やめてよ~』
「そんな感じ!」
『なんだかしっくり来ません・・・』
「でも、今のやりとりだけで、将来私達の映画ができそうな感じだよ!?」
『な、何の話ですか?・・・と、とにかく・・・あなたは私の飼い主様でもあるので・・・呼び捨てはいかがなものかと・・・』
「え~・・・私は気にしないんだけどなぁ・・・」
『唯さん、はどうですか?』
「何か硬いなぁ・・・」
『唯様は・・・』
「私、何様のつもりなの・・・」
『じゃあ・・・目上の人に使う呼び方だと・・・唯先輩・・・ってどうですか?』
その名前を呼ばれた時、私はビビッと体中に電気が走ったような感覚に陥った。
今までに味わった事の無い感覚・・・新鮮で、とても刺激的だった。
『あっ、でも飼い主様に先輩、は無いですよね・・・』
「いや・・・良い!良いよ、あずにゃん!」
『へっ・・・?』
「先輩・・・先輩・・・凄く・・・良いよ!!唯先輩って・・・凄く良い響きだね、あずにゃん!!」
『そ、そうですか・・・えへへっ、飼い主様が喜んでくれるんだったら・・・
これからもこう呼びますね、唯先輩♪』
「ほおぉぉぉぉ!!」
その後、憂が夕飯の準備が出来た事を知らせに、部屋を訪れた為、あずにゃんは子猫の姿に戻ってしまった。
その晩はあずにゃんが女の子の姿に戻る事は無く、私は昨晩同様にあずにゃんを抱き抱えながら眠りに就いた。
『ニャー』
いつまでもいつまでも、こんな幸せな時間が続きますように・・・そう願いながら・・・。
だけど・・・あずにゃんとの別れは突然やってきた。
次の日、新歓ライブの練習を終えた私は雑貨屋さんに来ていた。
黒髪の綺麗なあずにゃんに
プレゼントをする為だ。
「あずにゃんに似合う可愛い髪留め無いかな~♪・・・あっ、このヘアゴムとか、あずにゃんに似合いそう!」
私の前に現れるあずにゃんは、ストレートなロングヘアの女の子で、特に髪を結ったりしていない。
勿論、それだけでも魅力的な存在なんだけど、髪をアレンジしてあげると更に可愛くなれるのではないかと思っていた。
「これください♪」
気に入ってもらえると良いな・・・あずにゃんの喜ぶ顔を想像しながら、私はウキウキな気分で家に向かった。
今日もまた、あずにゃんの笑顔が見られる・・・そう信じていた。
「ただいま~♪あずにゃん、今日はプレゼント買ってきたよ!」
部屋のドアを開けるや否や、私はベッドでちょこんと座っているであろう、子猫のあずにゃんに声を掛けた。
しかし昨日まで聞かれた、ニャーという可愛い声は聞こえてこない。
「あれ・・・?あずにゃん、何処~?」
部屋中を探したが、あずにゃんの姿は何処にも無い。この部屋には隠れられそうな場所も無い。
私はふと、今朝は部屋のドアを完全に閉めずに出掛けてしまったのを思い出した。
子猫は何にでも興味を示すようなので、もしかすると部屋の外に出てしまったのかもしれない。
私は憂の部屋やリビングにも捜索の手を伸ばした。すると、家の中がいつもと違う雰囲気なのに気付いた。
「テーブルの上にケーキがある・・・それにこれ、お父さんとお母さんの荷物だ。今日帰ってきたんだぁ」
海外から帰国したと思われる両親の荷物がリビングに置かれている。
子猫は両親の許可を得ずに飼っている。そして部屋のドアを閉めなかった今日の朝・・・。
両親の姿が見えない事で、私は嫌な予感がした。
「もしかして、お父さんとお母さん・・・あずにゃんを・・・」
と、その時・・・疲れきった表情の両親が帰って来た。
「お、お父さん、お母さん・・・あず・・・いや、黒い子猫知らない!?」
「唯、あの子猫は一体・・・」
「ゴメンなさい、お父さん・・・事情は後でちゃんと説明します。だけど、今はあの子が何処に居るのか知りたいの・・・!」
「唯・・・ゴメンね・・・」
「えっ・・・」
「母さんが謝る事じゃないよ・・・唯、実はな・・・」
私はお父さんから事情を聞かされた。
2時間程前に帰ってきた二人は、私と憂の為に買ってきてくれたケーキをテーブルに並べていたそうだ。
チョコケーキ、苺のショートケーキ、マロンケーキ、バナナタルト・・・。
お皿の準備をしている中、ふとケーキに目を向けると、子猫のあずにゃんがテーブルの上に乗っていたらしい。
『ニャー♪』
「きゃぁぁ!?」
「ど、何処から入ってきたんだ、この猫は!?」
家に子猫が居ると知らない両親の、この反応は何らおかしい物ではない。
子猫のあずにゃんにとっては初めて見るケーキ・・・とりわけ、バナナタルトに凄く興味を持ってたそうで、ペロペロ舐めていたようだ。
しかし、お母さんの悲鳴を聞いたあずにゃんは、その声に驚いて逃げ出してしまったらしい。
子猫が家に居る事情を知らない両親は、もしかしたら私が誰かから預かった猫なのかもしれないと思い、探しに行ってくれたそうだ。
家の周りをくまなく探したが、結局見つける事ができず、今に至るという事だった。
その話を聞き終えた私は家を飛び出していた。右手にはさっき買ったばかりのヘアゴムを握りしめて・・・。
探す当てなど無い。だけど、私は必死で探し回った。あずにゃんの姿を求めて・・・。
「突然のサヨナラなんて嫌だよぉ・・・」
1時間以上探したが、一向にあずにゃんの姿は見つからない。日も傾き、遠くの空は綺麗なオレンジ色に染まり始めていた。
そんな綺麗なはずの夕焼け空も、私の目には滲んでよく見えない。
「もう一度・・・私の名前を呼んでよ、あずにゃん!!」
通学路にかかる橋・・・その欄干に捕まりながら、私は思いっきり叫んだ。
何処に居るかもわからない、あずにゃんの耳に届く様に・・・。
「うぅ・・・あずにゃん・・・」
溜まっていた涙がポロポロとこぼれ始めた。
もう会えないんじゃないかと思えば思う程、この涙は湧き出てきてくる。
(諦めちゃダメ・・・私、絶対にあずにゃんを見つけるんだから!!)
心が折れそうになったが、あずにゃんとまた再会できる事を信じ、私は前を向いた。
その決意に呼応するように、私の涙も徐々に収まっていく。
「待っててね・・・必ず見つけてあげるからね、あずにゃん・・・!」
強い心を取り戻した私は、再びあずにゃんの捜索を開始しようとした。すると、私は川の土手に座り込む、見覚えのある人影を見つけた。
遠目からだが、両手で目を覆いながら泣いているように見える。
「あれって・・・」
私は自然に足が動いていた。
そして直感する・・・はっきりとその姿は確認できなかったけれど、私が今一番必要としている人なんだという事を・・・。
橋から見えた人影に近づいていくにつれ、ドックンドックンと鼓動が速くなっていく。
そして・・・ようやく辿り着いたゴール地点。私は言葉よりも先に体が動いていた。
『にゃっ!?・・・ゆ・・・唯・・・先輩・・・?』
「あずにゃん・・・会いたかった・・・会いたかったよぉ・・・」
今、私の体にしっかり伝わってくるあずにゃんのぬくもり・・・。
私は二度と離すまいと、その力をグッと強めた。それだけで幸せな気分になれる・・・今の私に言葉は要らなかった。
サラサラと流れる川の音が心地良く聞こえていた。
『シクシク・・・私、またやっちゃいました・・・また匂いにつられて・・・気付いたらバナナタルトを・・・』
「あずにゃんは悪くないよ。子猫の性質がまた出ちゃっただけ・・・気にしないでね?」
『シクシク・・・ゴメンなさい・・・』
「よしよし♪」
泣きじゃくるあずにゃんを落ち着かせるように、私はありったけの愛情で彼女を包もうとした。
女の子のあずにゃんは、私以外の人には見えない。他の人に見られそうになると子猫の姿に戻ってしまう。
それなのに、外に居るにも関わらず、子猫の姿に戻らないなんて・・・今は私達の為に神様がくれた時間なのかもしれない。
「あずにゃん、今日はお土産買ってきたんだよ♪」
『お土産・・・ですか?』
「うん!ちょっと後ろ向いててくれるかな?」
私はあずにゃんの綺麗な黒髪をブラシでとき、真新しいヘアゴムで髪を留めた。
肩幅まで広がっていた髪は後頭部の左右2か所をヘアゴムで留め、すっきりした印象になった。
「はい、ツインテールあずにゃんの完成だよ♪」
『わぁ・・・ありがとうございます!』
「とっても似合ってるよ、あずにゃん♪」
『えへへ・・・唯先輩からの初めてのプレゼント・・・大切にしますね!』
あずにゃんが最後に見せてくれた笑顔・・・この笑顔だけは忘れる事はできなかった。
すっかり気持ちも落ち着いた私は、あずにゃんを連れて帰ろうとした。
「そろそろ暗くなってきたし・・・帰ろうか、あずにゃん」
しかし、その言葉にあずにゃんは首を縦には振る事はなかった。
先程の笑顔から一変、あずにゃんは悲しげな表情で私を見つめている。
『ゴメンなさい、私は悪い子です・・・子猫の姿だったとは言え、やはりけじめをつけなくてはいけません・・・今の私には唯先輩の傍に居る資格がありません』
「えっ・・・?」
『唯先輩のお父さん、お母さんを驚かせてしまった上、子猫のままだとこれからもご迷惑をおかけする事も多々あると思います』
「そんな事気にしちゃダメだって・・・私からはちゃんと説明するよ!」
『昨日も言いましたが、人間の姿なら自制心を持っています。人間ならばご迷惑はおかけしませんが、人間の姿のままで生きていく事はできません』
「それは・・・」
『私・・・子猫が真の姿です。だけど・・・人間の姿で唯先輩と一緒に居たいって思うようになってしまいました』
「あずにゃん・・・」
『実は私、いつどのタイミングで、今の人間の姿になれるのかわからないんです。唯先輩と一緒に居たくても、好きな時に人間の姿になれないんです』
「私は勿論女の子のあずにゃんも大好き!だけど、子猫のあずにゃんも大好き!だから・・・いつ人間の姿になるかわからなくても、私はいつまでも待つ・・・」
『ありがとうございます・・・私、唯先輩のそういう優しい所が大好きでした』
「でしたって・・・待って、あずにゃん・・・!」
『もう時間です・・・行かなくてはいけません。短い間でしたが、とっても楽しかったです。唯先輩と一緒に過ごせて幸せでした』
「嫌だ!!絶対に離さな・・・」
チュッ・・・
「・・・へっ・・・?」
不意打ちだった。
私の傍から居なくなってしまわないよう、ギュッとあずにゃんの腕を掴んでいた。
そんな私の頬に、彼女は優しくキスをしてきた。
突然の事だったので、私は思わず力が抜けてしまい、両腕からあずにゃんの腕をスルリと解放してしまった。
『今までの・・・お礼です♪』
「待って・・・あずにゃん・・・お願い、行かないで・・・」
あずにゃんは立ち上がり、私にペコリとお辞儀をした。
まだ手を伸ばせば届く距離に居るのに・・・私は何故かそれができなかった。
そして、何故か朦朧としていく意識・・・。何がどうなっているのかわからなかったが、私は最後の力を振り絞り、もう一度名前を呼んだ。
「待ってよぉ・・・あずにゃん・・・」
『さようなら、唯先輩・・・だけど・・・きっとまた会えると思います・・・』
「あずにゃ・・・」
『その時はまた・・・一緒に・・・』
「あず・・・」
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「―――――――――!!」
私はガバッと飛び起きた。部屋にはカーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
時計は朝の7時を指していた。
「はぁ・・・はぁ・・・何だろ今の・・・夢・・・!?」
何かを叫ぼうとして醒めた夢・・・だけど、不思議な事にどんな夢だったのか、何を叫ぼうとしたのかを思い出せない。
「何か・・・とっても愛おしい名前を叫ぼうとしたんだけど・・・あれぇ・・・?」
夢の内容を思い出せずにいたが、一人のツインテールの女の子の笑顔だけはしっかりと脳内にインプットされている。
しかし、その女の子の名前も声も出て来ないのだ。
「こう・・・思い出せないとなんかモヤモヤするなぁ・・・。でもあの女の子・・・見た事ない子だったけど、可愛かったなぁ」
私はベッドから出ると、ギターケースに入ったままの相棒に抱きついた。
「おはようギー太ぁ♪・・・ムチュチュ~・・・あれ、何だろうこの傷・・・?」
ギターケースごと抱きついたのだが、そのケースの下に何かで引っ掻いたような跡があるのに気付いた。
ただ、引っ掻いたとは言ってもそれほど目立つ物ではなく、遠くから見ると全く気付かない程度の物だ。
「動物が引っ掻いたのかなぁ?爪の生えてない子猫とか・・・ふふっ、そんなわけ無いか♪」
私はギー太を取り出すと、ジャラーンと1回音を出し、朝一番のチューニングを始める。
今日はとっても大切な日。ギー太の状態が、今後の私の運命を左右すると言っても・・・過言じゃないかもしれない。
「今日は新歓ライブだからね・・・頑張ろうね、ギー太!・・・軽音部に可愛い女の子が入部してくれると良いなぁ♪」
そして数時間後・・・私のささやかな願いは現実の物となるのであった。
どこか見覚えのある、黒髪でツインテールの女の子・・・ネコミミが似合いそうな女の子が軽音部に入ってきてくれた。
「入部希望の中野梓と申します。パートはギターをやっています・・・宜しくお願いします、唯先輩」
END
- なんかこうゆうのもいいなぁ -- (鯖猫) 2012-06-14 07:35:35
- よかったね -- (名無しさん) 2012-09-24 21:59:45
- 感動した -- (名無しさん) 2014-04-25 04:48:17
- センター国語の元ネタですね -- (名無しさん) 2019-01-19 19:42:01
最終更新:2012年06月13日 22:34