「ねえ、みんなって結婚願望ってある?」

いつものティータイム中、突然唯先輩がこんなことを口にした。

「結婚願望ねえ、そりゃいつかは結婚したいかなあ」

律先輩がすかさず唯先輩の発言を拾い上げた。
どうやら本日のトークテーマはこれでいくことになりそうだ。

「澪ちゃんは?」
「うーん、やっぱりいつかは結婚したい、かな」
「澪ちゃんってウェディングドレス似合いそうだよね」
「あ、ありがとう……」

唯先輩の褒め言葉に素直に頬を赤く染める澪先輩。後輩の私がいうのもあれですけど、正直可愛いです。

「ムギちゃんは?」

澪先輩の次はムギ先輩ですか。それじゃその次は私ですね。
私は自分の番がきたときの回答を考えながらケーキを口に運ぶ。

「私には許婚の人がいるから」

……ついさっき口にしたケーキ吹き出しかけましたよ。こんな答え誰が予想しますか。

「ムギちゃんそれホント!?」
「おい、マジか!?」
「マンガか小説の世界だけだと思ってた……」

先輩たちもこれは完璧に想定外だったようで、唯先輩と律先輩は机に身を乗り出し、澪先輩は二人ほどでないにしても驚きを隠せない表情を見せていた。

「え、えと……、一度言ってみたかったのー、なんちゃって……」

どうやらムギ先輩渾身のジョークだったようだ。
言った本人もまさかこんな反応されるとは思っていなかったらしく、少しバツが悪そうにネタばらしをしてましたけど。

「なーんだ。冗談だったんだー」
「でもムギならホントにいてもおかしくないって思っちゃうもんな。すっかり騙されちゃったよ」
「ごめんね」

椅子に座りなおす唯先輩と律先輩にムギ先輩は謝罪の言葉を述べた。
それにしてもさっきの冗談が冗談に聞こえないあたり、ムギ先輩はいろんな意味で凄いと思う。
きっとムギ先輩以外が『許婚がいる』なんて言ってもそれは冗談にしか聞こえないだろう。
律先輩の言うように、ムギ先輩ならホントに許婚がいたとしても決しておかしくないもんなあ。

「誰も傷つけない嘘なら問題なし! だよ、ムギちゃん」
「ありがとう、唯ちゃん」

実際に許しの言葉を口にしてもらってムギ先輩の顔が心なしかほころんだように見えた。
こうやって何の気なしに素直にフォローすることができるのが唯先輩の魅力なんだよなあ。
そんなことを考えていると唯先輩の視線が私に向けられた。

「それじゃあ、次はあずにゃんだけど……」

いよいよ私の番ですね、もう答えは用意してあるのでどうぞ訊いてください。
といっても『そうですね、私もいつかは結婚したいとは思いますね』と、これぞテンプレートといわんばかりの答えですけど。

「あずにゃんには私がいるもんねー」
「そうですね、私も……ってちょっと待ってください!」

先輩たちと同じ質問を待ちかまえていた私は唯先輩が繰り出した変化球にまったく対応できなかった。
思いがけないことを言ってきた唯先輩に私はつい声を荒らげてしまった。

「私はてっきりみなさんにしたように『あずにゃんは?』って質問されると思ってたんです。
 だから、『そうですね、私もいつかは結婚したいとは思いますね』って答えを用意してたんですよ!
 それなのに何ですか、『あずにゃんには私がいるもんねー』って。
 それに『そうですね』って答えちゃったらまるでプロポーズにOKしたみたいじゃないですか!」

勢いに任せ一通り言いたいことを吐き出すと、突然クールダウンする瞬間が訪れた。
冷静になった頭で、私に注目する先輩たちの表情を読みとる。
その表情は四名とも『笑顔』だった。
しかしそれぞれ唯先輩は『嬉しそうな』、律先輩は『いたずらな』、ムギ先輩は『幸せそうな』、澪先輩は『呆気にとられたような』と形容できるものだった。

「何だ? まさかのカップル成立か?」

恰好のいじりネタを手にした律先輩は早速私を冷やかしてきた。

「名前はどうするの? 平沢梓? それとも中野唯?」

ムギ先輩もすかさず律先輩に乗っかってきた。
意外とムギ先輩も悪ノリ、とまではいかないけど『この場を楽しもう』という傾向があることはこれまでの付き合いでわかってましたけど。

「梓、式には呼んでくれよ」

ちょっと、澪先輩までもですか。
ああ、きっと澪先輩はこの展開についていけずに混乱してるんですね。
だってそうとでも考えないと、まさかあの澪先輩が、ねえ。

「もう、違います! 私はそんなつもりで……」
「あずにゃん……」

私が強い口調で先輩たちに反論しようとすると、不意に唯先輩が私のあだ名をつぶやくのが聞こえた。
元はといえば唯先輩がですね……って何でいつの間にかそんな悲しそうな顔をしてるんですか?
さっきまであんなに嬉しそうな表情を見せていたのに。

「あ、あの、唯先輩……?」
「ごめんね、あずにゃんの気持ちも考えないでこんなこと言って」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
「それじゃあどうしてそんなに強く否定するの?」

私の弁解もむなしく、唯先輩の目にはどんどん涙がたまっていく。
どうして唯先輩が泣きそうになってるんですか。泣きたいのは私ですよ。
そんな気持ちは決して面に出さないように私は釈明を続けた。

「えと、それは突然のことだったからです。私が唯先輩のこと嫌いなわけないじゃないですか。好きですよ、もちろん。
 むしろ一緒になってもいいぐらいです。えーと……、そう、順序です、順序。いきなりじゃなくちゃんと順序さえ踏んでくれたらよかったんですよ」

必死に弁明していくなか、私はふと気がついた。
あれ、これってもしかして逆に告白した形になってないか、と。
どうやら先輩たちもこのことに気づいたようで、こちらを見る目がすっかり変わっていた。
……ああ、もう、わかりました! こうなったらとことん突っ走ってやるです!

「唯先輩」
「ほえ?」

私は覚悟を決め唯先輩の名前を呼ぶ。当の本人はいきなりのことに間の抜けた返事をしてきた。

「こんな私でよければよろしくお願いします!」

今日一番の大声を張りあげ、私は唯先輩に頭を下げた。
私の突然の行動に、ついさっきまでちゃちゃを入れていた律先輩は冷やかしがもう冷やかしの体をなさなくなったため、口をつぐまざるを得ないようだった。
ムギ先輩はというとさっきよりもより艶やかな笑顔を見せ、澪先輩はもう頭がついてきていないのか、ただただ苦笑いを浮かべていた。

「あ……あずにゃーん!」

私の一世一代の返事を受けて、唯先輩は椅子が倒れるのもお構いなしに立ちあがると私に両手を広げ飛びついてきた。

「あずにゃんは私がずっと守っていくからね!」

唯先輩に抱きつかれたまま熱烈な告白をうける私に、ようやく我を取り戻した澪先輩がカメラを向けてきた。

「ま、終わりよければ全てよしってことなのかな」

私は唯先輩に抱きしめられたままの格好でフラッシュを浴びながら考えていた。
唯先輩のことは好きだったけど、まさか数分の間にこんなことになるなんてなあ、と。


――ホント、何がきっかけになるかなんて分からないものだなあ……

「梓、何見てるの?」

あのとき澪先輩に撮ってもらった写真に思いをはせていると背後から不意に声をかけられた。

「私たちの将来が決まったときに撮ってもらった写真だよ」
「あ、懐かしいなあ。私たちはここから始まったんだよね」

私の背中越しに写真を覗き込むと唯も懐かしさを感じたようだった。

「でもあのときはビックリしたよ。唯が突然あんなこと言ってくるんだもん」
「だけどそれがあったからこそ私たちは付き合うことになって、今もこうしてひとつ屋根の下一緒に暮らすって関係が続いてるんだし、よかったと思わない?」
「まあそうだけど……」

そうです。唯はあのときの約束をしっかり守ってくれました。
といっても今はまだルームシェアという意味合いのほうが大きいんだけどね。
でも、先輩後輩の関係からは一歩進みました。
そしてこれからも私たちは一緒に同じ道を歩んでいくでしょう。
ただ、その道は決して平坦ではないのかもしれません。
だけど、きっと大丈夫。だってあのとき唯はこう言ってくれたんだから。

「ねえ唯、このとき私に言ってくれたこと、覚えてる?」
「もちろん! 梓は、……あ、あのころはあずにゃんって呼んでたね」
「そうだったね、せっかくだからあのときみたいに言ってよ」
「オッケー! あずにゃんは私がずっと守っていくからね!」


おわり!


  • やっぱり唯梓はいいな -- (名無しさん) 2010-06-12 03:54:46
  • なんて王道…。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-20 11:53:54
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最終更新:2010年06月09日 20:30