あずにゃんなんか―――大嫌いっ!」
「私も唯先輩のことなんて、もう……!」

私はあずにゃんに向かって舌を出し、ぷいっとそっぽを向くのでした。
初めての大喧嘩。
彼女―――あずにゃんと出会ってから、初めての大喧嘩。
いつも怒られたり注意されたりすることはあっても、喧嘩は初めてでした。
大好きなあずにゃん。
愛の告白をして、恋人同士になるほど大好きだったあずにゃん。
でもそんな彼女も、今では一番気に入らない存在になってしまいました。

「……もう帰りますっ!」

そう言うなり、あずにゃんはバタンをドアを乱暴に閉め部屋を出て行ってしまいました。
一人部屋に残された私。
やり場のない怒り、そして虚しさが私の中でドス黒い渦を巻きます。
私はクッションに顔を埋め、肩を震わせて泣き始めるのでした。

何で喧嘩なんかしちゃったんだろう。一体何が原因だったんだろう。
私は少し前のことを、ぼんやりとした頭で思い出そうとします。
ええと……ああ、そうだ……。
喧嘩の原因は私だ。
私の何気ない一言から始まったんだ……。

―――それは20分くらい前のお話。

部屋で、二人きりになってゆっくり過ごしていた時のこと。
私はベッドに寝転がりながら、ふと何気ない一言をポツリと漏らすのでした。

「あずにゃんって、最近ムギちゃんと仲いいよねー」
「え?そうですか?」

特に意味もない一言。暇潰しのお喋り。
それに実際、最近あずにゃんはムギちゃんといつも以上に仲良しになっていました。
昨日なんか抱き締められて顔を赤くしてましたし。

「そうだよー。昨日なんかムギちゃんに抱き締められて顔赤くなってたしー」
「……それってどういう意味ですか?」
「あずにゃん、ひょっとして浮気ー?」

いつものように、少しからかっただけ。
この後、『もう!ふざけないで下さい!』と可愛らしい反応をするあずにゃんを期待していたのですが。

「……唯先輩は私が浮気してるとでも?」

返ってきたのは、冷たく少しトゲのある反応。
あ、あれれ……?おかしいな……。
私はベッドから起き上がり、あずにゃんの顔を見ます。
彼女はとても真剣な顔をしていました。

「そ、そんなつもりで言ったわけじゃないよ……」
「ならどういうつもりで言ったんですか?」
「え、ええと……」

あずにゃんの気迫に、思わず言葉が詰まります。
明らかに、彼女は怒っています。
そんなつもりじゃないのに。
本気で浮気を疑っているわけじゃないのに。
なんでそんなに怒ってるの……?
私にはわからないよ……。

「あ、あずにゃん……なんでそんなに怒ってるの……?」

弱々しい私の言葉。
しかし、不運にもその言葉が更に彼女を激昂させるのでした。

「……唯先輩。例え冗談でも、私は浮気を疑われるのが大嫌いなんです。何故かわかりますか?

私は黙って首を横に振りました。
するとあずにゃんは少し溜め息をついて、続けます。

「……私は唯先輩の事を本気で愛しています。だから、冗談でも浮気を疑われるのはその気持ちに泥を塗られた気分になって嫌です」
「あ、あずにゃん……」

ドキリ、としました。
ああ。そうだったんだ……。
私は後悔しました。自分の愚かな一言を。
今度ばかりは、私は素直に―――心から謝ろうとするのですが。
しかし、事態は意外な方向へ。

「唯先輩こそ、最近は澪先輩と仲が良いじゃないですか」
「……えっ?」
「この前なんか、堂々と澪先輩の胸なんか触って……信じられません」
「あ、あれは……」

私はいつの間にか正座させられ、あずにゃんに色々文句を言われていました。
澪ちゃんの胸を触ったこと。澪ちゃんに抱き付いたこと。
ムギちゃんの食べかけのお菓子を食べたこと。ムギちゃんに冗談で好きだと言ったこと。
何も言わずりっちゃんの家に泊まったこと。その他にも、色々……。
今までずっと溜め込んでいたようで、今それが爆発してしまったようです。
私は思いました。
全部ただのおふざけで、本気で好きなのはあずにゃんなのに。
なんであずにゃんはそれがわからないんだろう。

「……ほら。唯先輩の方が浮気者じゃないですか」
「う、浮気じゃ……ないもん……ただ、ふざけてただけで……」
「はぁ……。おふざけでも、浮気になることだってあるんですよ?まったく唯先輩は……」

そもそも、あずにゃんは細かいことを気にしすぎです。
ちょっと触ったりしただけで浮気?
そんなんじゃ、この先他の人と喋っただけで浮気になってしまいそうです。

「……あずにゃんは心が狭いよ」

私はあずにゃんが喋り終わった頃を見計らい、自分の思ったことをハッキリと言いました。
でも、その私の一言のせいで事態は泥沼の大喧嘩に発展してしまいます。

「唯先輩……本当に怒りますよ?」
「もう十分怒ってるよっ!」
「なっ……!?」
「もういいよ!あずにゃんなんか大嫌い!」
「……!!」

頭に血が上り、感情に任せて言ってしまった一言。
その一言にショックを受けたのか、あずにゃんは体を震わせ―――

「わ、私も唯先輩のことなんて……!」

―――ぼろぼろと涙を流しながら、私の部屋から出て行ってしまうのでした。



…………。



少しして落ち着いてから、私は時計を見ました。
もう夜の10時。外は真っ暗。
本当は今日はこのまま、あずにゃんはうちにお泊りする予定だったのに。
一緒にお風呂に入ったり、ベッドの中で、朝までお話したり。
この先、絶対楽しいことが待っているはずだったのに。
何やってるんだろう、私。
喧嘩なんてしなければ良かったよ……。
途中で私が謝れば、すぐ仲直りできたはず。
でも、『大嫌い』なんて一番言ってはいけない言葉を……。
ああ……どうしよう。
冷静になってやっと後悔する私。

第一、最初にあずにゃんに『好き』と言ったのは私の方なのに。
あずにゃんのことが気になって、眠れない夜を何度も過ごしたのに。
勇気を出して告白して、OKもらった時は本当に泣くほど嬉しかったのに。
どうして、こんなことに……。
私は思い出していました。あずにゃんと過ごした日々を。
他愛もないお喋り。
一緒に手を繋いで帰ったこと。
初めてのデートでの、大失敗。
そして夕陽の眩しい公園でした、初めてのキス。
どれも大切な思い出ばかり。
こんな喧嘩で捨ててしまったら一生後悔してしまうでしょう。

……うん、決めた。明日あずにゃんと仲直りしよう。
素直に謝れば、きっと許してくれるはずです。
それで仲直りしたら美味しいもの食べに行って、デートして……。
最後には次の日が学校なのも忘れて、ホテルなんかに行っちゃったり……なーんて。
とにかく今日はもう寝ましょう。
明日はあずにゃんと上手く仲直りできるといいな……。
おやすみなさい……。


―――


――――――


――――――――――――


……しかし数時間後。
早朝、まだ空が薄暗い時間。
私は憂に肩を強く揺すられ、叩き起こされるのでした。

「お姉ちゃん!起きて……!」
「んん……なあにー……?」

私は眠い目を擦りながら、重い体を起こします。
よくわかりませんが、憂は何かとても慌ててる様子。
今日は休日で学校もないし、こんな朝早くから一体どうしたのでしょう。

「とにかく大変なの……!」

気付けば、憂の目からは大粒の涙がぼろぼろと零れています。
どうやらとても大変なことが起こったようです。
そして少しの間を置いて、憂は嗚咽を漏らしながらも話し始めるのでした。

「あっ、あのね……梓ちゃんが……!」

……あずにゃんが?

「その……車にっ、轢かれて……」

……車に……轢かれ……?

「……即死だって」

次の瞬間、憂はまるで火が点いたかのように大声を出して泣き始めてしまいました。
え?何……?
あずにゃんが……車に轢かれて……え?
わけが、わからないよ……。
突然のことに、頭が真っ白。まるで白いペンキをこぼしたみたい。
あ、わかった。これは夢なんだね?
昨日あずにゃんと喧嘩したから、こんな夢を見るんだ……。
夢なら大丈夫だよね?
大丈夫。大丈夫……。これは夢。これは夢……。
そうだ。これは夢。だから私の好きなようにできる。
例えばこうやって、携帯であずにゃんに連絡を――――
あれ?何これ?
澪ちゃん、りっちゃん、ムギちゃんからすごい沢山メールが届いてるよ?
しかもどれもあずにゃん関連のメールのような……?

「あは、あははは……変な夢だなぁ……」
「お……お姉ちゃん……?」

こんな夢、嫌だ。早く目覚めなきゃ……。
私は自分の頬をぴしゃぴしゃと叩きました。
早く目を覚まして、あずにゃんに謝って、仲直りしないと……。
ぴしゃぴしゃ。
……痛い。なんで痛いんだろう。リアルな夢だなあ。

「お姉ちゃん……やめてっ……!」

ぴしゃぴしゃ。
早く目覚めて……早く……早く目覚めろ私……早くッ、目覚めろッ!

私は自分の頬を何度も叩きました。
しかし結局、私は夢から覚めることができませんでした。
……いえ、実はわかっています。わかっているのです。これが紛れも無い現実であることを。
でも私は認めたくありませんでした。
認めてしまえば、それはあずにゃんがこの世を去ったことを認めてしまうことに―――

「い……嫌だ……嫌だよぉ……!」

私はその場に泣き崩れました。
涙がぽたぽたと零れ落ち、絨毯に染みを作ります。
私たちは、しばらくそのまま涙を流し続けました。それこそ、涙が枯れるまで。
涙が枯れて、少し落ち着いた憂が私に言いました。

「お姉ちゃん……行こう、梓ちゃんのところに」
「あずにゃんの……ところに?」
「うん。軽音部の人たちも待ってるよ」

そうして、私たちは家を出て……どこかに行った気がします。
この辺は記憶がぼんやりしてて、思い出せません。
病院に行ったのか、はたまた警察署に行ったのか。
でも白い壁と、長く暗い廊下、そして目を真っ赤に貼らしたりっちゃん、澪ちゃん、ムギちゃんは覚えています。
他にも、揺れる蝋燭の火、お線香の匂い。真っ白なお棺などは、何となく覚えています。
その後は、お葬式やら、お墓参りやら……とにかく色々慌しい時間が続いたような、続かなかったような。
今確実に言えることは―――私は今、こうやってショックで自分の部屋に閉じ篭ってることくらい、でしょうか。



…………。



私は後悔していました。
なんであの時、あずにゃんと喧嘩してしまったのだろう。
あずにゃんはあの喧嘩した夜、帰り道に不運にも酔っ払いの運転する車に轢かれたそうです。
もしあの時喧嘩してなかったら。
喧嘩しても、すぐ仲直りしていればあずにゃんは予定通り私の家に泊まって、こんなことには……。
仲直りが出来ないまま……永遠の別れになるなんて。

「えぐっ……あずにゃん……あずにゃん……嫌だよぉ……」

私は後悔していました。
後悔する度に、こうして涙が溢れてきました。
そんなこんなで、私が部屋に閉じ篭って1週間。いや2週間?
携帯が鳴っても出ず、人と話すのは憂と食事をする時のみ。
それ以外はずっと部屋の隅に座り込んで、あずにゃんとの楽しかった思い出を―――

―――コンコン。
ドアがノックされ、私はハッと我に返ります。
気が付けば部屋は真っ暗。もう夜みたいです。

「お姉ちゃん、ご飯できたよ……?」
「う、うん……今行くよ」

憂は強い子です。
学校にもちゃんと行き、こうやって家事もしっかりこなしています。
それに引き換え、私は……。

「いっぱい食べて?お姉ちゃんの好きなもの沢山作ったんだよ?」
「う、うん……」

はっきり言って食欲はありません。
でも憂がせっかく作ってくれたものなので、頑張ってお腹の中に詰め込みます。

「ああ、それでね、純ちゃんったらね……」

私を元気付けようと頑張る憂のお話を聞きながら、私は箸を進めるのですが。
やはり途中、どうしてもあずにゃんのことを思い出してしまい、食べ物が喉を通らなくなってしまいます。
ごめんね憂。まだ半分も食べてないのに。
私は箸を置き、ごちそうさまと言って席を立ちます。
そしてお風呂に入り、ベッドの中へ。


少し前までは、1日がとても充実してたのに。
大好きなあずにゃんがいつでも側にいて。
あずにゃんの居ない今では、まるで抜け殻のような空っぽで空虚な毎日。
同じく空っぽで空虚な私。

……このままじゃいけない。
私は悩みに悩み―――そして思い出すのでした。
そうだ。私には“どうしてもやりたいこと”が一つだけあるじゃないですか。
お菓子を食べる事?
違う。
ギターを弾くこと?
それも違う。

そう。
あずにゃんと、仲直りしなきゃ。
ちゃんと、『ゴメンナサイ』って謝って。

次の瞬間、私は飛び起きて、机に向かっていました。
もちろん勉強をするわけではありません。
ノートに、自分の気持ちを素直に書き綴っていきます。
あずにゃんと仲直りするには、何をどうするのが一番いいか。
そんなの決まってます。歌を贈ることです。
私たちは、軽音部なのですから……。

そして朝になり、仲直りのための歌の歌詞は完成するのでした。
後はこれに曲を付けるだけ。
でも私は作曲が出来ないので、誰かに頼むしかありません。
さて、私の知っている作曲の出来る人といえば……?
……決まりですね。私は急いで制服に着替えました。学校へ行くために。



…………。



外へ出ると、そこは澄んだ青空。清々しい空気。
隣にはニコニコ笑顔の憂。
私が学校に行くと言ったら、泣いて喜んでくれました。あはは、ちょっとオーバーだよ。

そしてしばらく歩いて学校に到着。
1~2週間行ってなかっただけなのに、1年ぶりというか……随分久々な気がします。
私は靴を履き替え、憂と別れて自分の教室に。
実は少し緊張してましたが、みんな私が教室に入るなり、心配の言葉を優しく掛けてくれたので安心しました。
もちろん、他にも優しく接してくれた人たちがいます。

「あっ、唯じゃないか!」
「唯ちゃん……すっごく心配したのよ?」
「唯ー!ばかやろー心配したんだからなー!」

りっちゃん、澪ちゃん、ムギちゃん……。
皆すっごく私のこと、心配してくれたみたいで、嬉しいような……申し訳ないような。
とにかく今は私も再会を素直に喜びました。
朝のホームルームでも、さわちゃんが私を見つけるなり、喜んでくれましたし。
えへへ。皆心配かけて本当にごめんなさい。
でももう大丈夫。今の私には、目標があります。
あずにゃんと仲直りするっていう目標が、ね。

そしてあっという間にお昼の時間に。
皆でご飯を食べるのも、とっても久々なような。
私は憂の作ってくれたお弁当を広げ、まずは玉子焼きから口に入れます。

「あ、唯は今日部活に来るのか?」
「もちろん行くよー!」
「今日は苺大福持ってきたのよー?」

何気ない会話。
でもなるべくあずにゃんのことには触れない、皆の優しい気遣い。
表面だけでも明るく勤めようとする努力がひしひしと伝わってきます。
少し虚しいような気もしますが、まぁかといって暗くなってても仕方ありませんしね。

昼食の後、午後の授業もあっという間に終わり、待ちに待った放課後に。
オレンジ色の夕陽が眩しい部室。
私は椅子に座り、ムギちゃんが持ってきてくれた苺大福、それからお茶を美味しく頂きます。

「……まぁ、今日はゆっくりお茶だな」

あはは。澪ちゃんがそんなこと言うなんて、珍しい。

「そうね~。私はこのひと時が大好きなの~」

そう言って、静かにお茶を飲むムギちゃん。

「4人で仲良く……いてっ!?」

と、突然りっちゃんの頭を叩く澪ちゃん。
どうやら、“4人”というキーワードはアウトなようです。

「あ、あのね……私のことなら気にしないで?確かに悲しいけど、もう大丈夫だから……」
「唯……」
「それに無理にあずにゃんの話をしないようにするのは、忘れようとしてるみたいで逆に寂しいかな、って……」

途端に暗くなる空気。
ごめんね……。でもどうしても言いたくて。
辛くて、悲しくて、忘れたいのかもしれないけど。
最初からあずにゃんがいなかったように振舞うのなんて私にはできないよ……。

「えーと……まぁどの道、いつかは話さなきゃいけないことだしな。HTTの今後のためにも」

少しの沈黙の後、りっちゃんがまず話を切り出しました。
続いて澪ちゃんが、少し控えめな声で言います。

「……とりあえずまた4人でやっていこう。梓も解散は望んでないと思うしな」
「そうね。澪ちゃんに賛成」
「私も!」
「……決まりだな」

皆、どこか安心したような笑みを浮かべました。
やはり、皆このまま解散するんじゃないかと心の奥底で心配してたのでしょう。
私は冷めたお茶を静かに啜り、乾いた喉を潤します。

「あ!あのね……私、ちょっと歌詞書いてきたんだけど……見てくれるかな?」

場が少し和んだようなので、ここで私は例の歌詞を発表することにしました。
鞄からノートを取り出し、机の上に置きます。

「おおっ、凄いじゃないか唯!」

まず最初に、りっちゃんがそのノートを開きました。
そして横からムギちゃんと澪ちゃんがノートを覗き込みます。

「アノ子に『ゴメンナサイ』、か……これ本当に唯が考えたのか?」
「あはっ、澪が考えたのより良いな!」

ちょっぴり恥ずかしいけど、どうやら好評みたい……?
ちなみに皆、私とあずにゃんが喧嘩したことは知りません。
当然この詩があずにゃんへの『ゴメンナサイ』だということも。

「よーし、ムギ!さっそくこれに曲つけてくれー!HTTの次の新曲はこれだーっ!」



…………。



そして、あっという間に2週間が過ぎ―――
ムギちゃんはもう私が歌詞を発表してから3日で曲の方を完成させてくれました。
練習も皆で力を合わせて頑張り、もうほとんど完璧に演奏できるように。
あと少し。あと少しで……私はあずにゃんと仲直りができる……。

「それじゃ、今日もはりきって練習するぞー!」
「おー!」

今日の放課後も、私は一生懸命歌い、そしてギターを弾きます。
あずにゃんと仲直りしたいから。
またあずにゃんの笑顔が見たいから。
皆には内緒で、あずにゃんのための放課後ライブ。

ジャラーン。

完璧です。
ミスもなければ、ムギちゃんの曲も完璧。
もういつあずにゃんに聴かせても恥ずかしくありません。
本当にありがとう。りっちゃん、澪ちゃん、ムギちゃん……。

「暗くなってきたと思ったらもうこんな時間か。今日はもう終わりにしよう」
「練習してるとあっという間ね~」
「よっしゃ、帰ろ帰ろー!」

後片付けを軽く済ませ、楽器と鞄を持つと私たちは音楽室を出ました。
日も暮れ、薄暗い廊下。もう他の部の人たちは帰っているのか、とても静か。
そんな廊下を歩き、玄関で靴を履き替え校舎から出ます。
今日はもう遅くなったので、どこかに寄ったりせず皆このまま家に帰るそうです。
そして楽しくお喋りしながら歩いて、とある十字路へ。
皆それぞれ自分の家の方に行くので、寂しいけどここでお別れです。

「じゃ、また明日なー」
「うん!また明日ね!」

ムギちゃんに手を振り、あともうちょっと帰り道が一緒な澪ちゃんとりっちゃんに手を振ります。

「みんなー、本当にありがとう!」

私はそう大声でお礼を言い、自分の家へ向かって走り出しました。
もう街灯が点き始め、同じく帰宅と思われる人が歩く中、私は走ります。
踏切を通り過ぎ、またしばらく走ればすぐ家です。

「ふう、ただいまー」
「おかえりー、お姉ちゃん」

玄関のチャイムを押すと、すぐエプロンを着た憂がドアを開けてくれました。
晩御飯を作っているのか、奥からいい匂いがします。
……さて、すぐ着替えて帰宅後のアイスを食べたいところですが。

「ごめんね、ちょっと出掛けてくるー!」

と、再び家を出ようとします。
そうです。私は家に帰って来たわけではありません。
強いて言えば、憂に会いに来たのです。

「えっ?お姉ちゃん、どこに行くの?もう外真っ暗だよ?」
「えへへ、ちょっとね」

どこに行くかって?
それはもちろん―――――あずにゃんと仲直りしに。

「うーいー、今までありがとうー!」

『ちょっとお姉ちゃん!?』という憂の声を背に、私は再び家を出て走り出しました。
目指すは街。不思議と足が軽いです。
心はウキウキワクワク。だってこれからあずにゃんに会いに行くんだもの。


…………。


数十分後。
私はとあるビルの屋上に立っていました。
満点の星空。キラキラ宝石のように輝く、街の夜景。
どれもとっても綺麗に見えます。

「ギー太……」

私はケースからギー太を取り出し、ぎゅっと抱き締めます。

「ムギちゃん、本当にありがとう……」

次に鞄から楽譜、そして歌詞の書かれたあのノートを取り出し、これもギー太と一緒に抱き締めます。
どれも皆と私の想いが詰まった宝物。
ふと、過去の思い出が蘇り、熱い涙が頬を伝います。
でも私にもう迷いはありませんでした。

「あずにゃん……今会いに行くよ……」

私はとぼとぼと歩き、屋上の端まで行きました。
柵は無く、少しでも身を乗り出せば落ちてしまいそうな、そんな危険な屋上。
高さも十分あり、ここから落ちれば―――間違いなく―――。

「あずにゃん……あずにゃん……」

……実は、初めからこうするつもりだったのです。
どうしてもあずにゃんと仲直りがしたい。ならどうするか。
天国にいる、あずにゃんに会いに行くしかありません。
あずにゃんに会って、この歌を目の前で歌って。そして仲直りしたいのです。

恐怖はまったくありませんでした。
一生仲直りできないままあずにゃんのいない世界で生きる方が私には苦痛だったからです。

気が付けば、大好きになっていたあずにゃん。
ずっと側に居て欲しいよ……。あずにゃんがいないと寂しいよ……。

私は改めてギー太と楽譜、ノートをぎゅっと力強く抱き締めました。
絶対に離さないように。天国まで持っていけるように。
そしてぽたりと涙が地面に落ちた瞬間。
私は屋上から身を投げ、空中を舞い――――そして――――

ありがとう、りっちゃん。澪ちゃん。ムギちゃん。
そしてごめんなさい。私が抜けても、HTTは頑張って続けてね。

ありがとう、憂。それに和ちゃん。
一緒に過ごした長い時間。絶対に忘れないよ。

あずにゃん……あずにゃん……あず、にゃ……………。



♪ アノ子にゴメンナサイ 伝えたいけど届かない それでも私は歌うよ
   ケンカの後の ゴメンナサイ どうしても伝えたくて キミに贈るよこの歌を



(了)


  • あずにゃんの分も、唯先輩の分も、というよりはこっちの方が好み -- (名無しさん) 2010-10-21 01:34:06
  • 死ねたなんて片手で数えるぐらいしかないからたまにはアリなのかも
でも賛否両論ありそうだなー
 -- (名無しさん)  &size(80%){2010-10-21 22:58:15} 
  • 「……実は」の部分がなかったらクソ作だったよ、良かった良かった。曲完成させた後家に戻る描写が出た時点で自殺ENDは読めた(ハッピーエンドなら不要な描写だしな)。けど、それでも良いSSだと思う -- (名無しさん) 2010-12-17 15:23:51
  • 現実味があるね -- (名無しさん) 2011-02-03 20:13:10
  • 一番上の人が言ってるように安易なお涙頂戴になるよりはこっちの方が… -- (名無しさん) 2011-02-15 10:13:15
  • かなしすぎるけども、唯ちゃんがこの苦痛を乗り越えて生きるとこが想像できなくて、確かに死んじゃうかもって、会いに行っちゃうかもって、思った -- (名無しさん) 2011-10-18 00:15:07
名前:
感想/コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年10月20日 21:08