「長ぁ♪ ゆっくりしていってね!」
ゆっくりしていってね、ゆっくりしていってね、と元気な挨拶とともに、もう遊び
始めていた早起きの子供達が駆け寄ってくる。
「ゆ〜。ゆ〜っくりしていってね〜」
たくさんの挨拶に、一つ一つ答えていく。特にまだ幼い子達には、丁寧に答えてい
く。ありすおばあちゃんが、そうしていたからだ。
長を勤めていたありすおばあちゃんが、えいえんにゆっくりした。
その亡骸を葬ったあと、群れのみんながまりさに長となってくれと頼んできた。
まりさには自信がなかったけど、それでも断っちゃいけないと思った。
ゆっくり出来ない気持ちを抱えてしまったのなら、ゆっくりせずに二度と悲しいこ
とが起こらないように頑張るしかないから。
だから、まりさはご飯を我慢するのをやめて、大きくなることにしたのだ。ちゃん
としたドスになって、みんなをゆっくりさせてあげられるように。
「ゆっくりしていってね、長」
「ゆ〜っくり、していってね〜」
今日の狩りへと出かける大人達が、広場に集まり始める。自分の親や、見知った大
人達に、にこにこと嬉しそうにくっつきたがる子供達を、やっぱりにこにことした笑
顔で大人達が窘める。これから狩りをしに行くのだから、おとなしくゆっくりお留守
番していてね、と。
一緒に行くと言い出す子を宥めたり窘めたりと、なかなか時間がかかる。
「も〜うちょっと、大きくなるまでは、お留守番がみんなのお仕事よ〜。私と一緒に
ゆっくりお留守番を頑張ってね〜?」
「「「「ゆゆ! ゆっくり理解したよ、長♪」」」」
長になってから、まりさは自分のことを「私」と呼ぶようになった。ありすおばあ
ちゃんがそうしていたからだ。見習って始めてみると、なんとなくだけどこれが正し
いのだと思える。長は、誰でもなく、長じゃないと駄目。言葉にすると、そんな感じ
だろうか。
そして長になってからは、みんながまりさのことを「ドス」とは呼ばず、「長」と
呼んでくれるようになった。
それはちょっと嬉しいような気もするけど、まりさと呼んでもらえないのは、やっ
ぱりちょっと寂しかった。
ありすおばあちゃんも、ちょっと寂しかったのだろうか?
「ねぇ長、今日の狩りはどこへいったらいいかしら?」
「そうね〜、お日様とは反対の方が、いいかな〜? 川さんの手前に、美味しい蜜を
つけるお花さんが、た〜くさん咲く場所があったでしょ〜?」
「ゆゆ、そうだね! 長は長になっても、狩りが上手なままだね!」
「でもぉ、みんなのお手伝いが出来なくて、ごめんね〜?」
「長のお仕事は、みんなが安心して狩りにいけるように、群れを守ることよ」
「そうね〜」
「じゃあ、ゆっくり行ってくるね、まりさ」
「ゆ〜っくり、気をつけてねぇ、れいむ〜」
れいむだけは、まりさをまりさと呼び続けている。それはちょっとくすぐったくて、
とても嬉しいことだった。
ありすおばあちゃんにも、そんな人がいたのだろうか?
そして。
あの怖いお顔の、なんにもないお顔の人間さんには、こんなふうに思い出す人はい
るのだろうか?
一人でも、いるのだろうか?
まりさには、たくさんいる。ありすおばあちゃんが、お母さん達が、お姉ちゃん達
が、れいむおばさん達が、そして、れいむが。
もし一人もいなかったら。
それが、一番ゆっくり出来ないと、まりさは思った。
*** *** *** ***
あの小僧が、いい餌になってくれれば、自尊心やら誇りやら自信やらが、無駄に肥
え太った饅頭が出来上がるだろう。
じきに、親父との間で胸のむかつきが溜まるようなことがあるだろう。溜まり切っ
たところで、巣へと行ってみればいい。
どんな結果になっているか、今から楽しみだ。
どんなものに出くわすことか、今から楽しみで仕方ない。
楽しみと言えば、それ以上のものがある。
あの、片目だ。あれを責め嬲ると、どんな思いがするだろう。そのことに想いを巡
らせるだけで、むかつきが消えていくようで……ただただ胸が高鳴った。
──なんてぇこった。相手は饅頭だぞ?
これでは、恋い焦がれているようではないか。まったく……勘弁してくれよ、おい。
最終更新:2009年01月11日 13:48